月下に舞う華

作者:波多野志郎


 ――それは、いずこでもない場所。螺旋忍軍の夕霧さやかは、眼前に控える小柄な少女へと、笑みと共に告げた。
「あなたへの命令は、地球での活動資金の強奪、或いは、ケルベロスの戦闘能力の解析です。ああ、あなたが死んだとしても、情報は収集できますから、心置きなく死んできてください。勿論、活動資金を強奪して戻ってきてもよろしくってよ」
 戦って死ぬもよし、活動資金を得るもよし。この指令が下った時点で、勝利が確定しているのだ、と。
 目の前の女の言いように、少女は気にも留めない。うなずきをひとつ、その場を後にした。
「…………」
 そんな彼女が選んだ先は、小さな町の宝石店だった。ガシャンとショーケースのガラスを破壊、広げた風呂敷にせっせと宝石類を入れていく。
「…………」
 風呂敷が一杯になると、少女は満足げにうなずきよいしょっと言いたげに背負った。それ以上は無駄になる、少女は悠々とその場を後にするのであった……。


「このまま、強盗を許してしまう訳にもいきません」
  セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、そうため息混じりに切り出した。
 強奪する金品は、特別なものではない。地球での活動資金にするつもりのようだがそれも厄介な事になるので放置はできない。
「どうやら、『月華衆』という一派の螺旋忍軍で、小柄で素早く隠密行動が得意な螺旋忍軍のようです」
 月華衆が襲撃するのは、小さな町の宝石店だ。時間は深夜であり、不幸中の幸い、人死にだけはでずにすむ。しかし、何にせよ放置はできない。
「敵は単体、こちらを見れば襲い掛かってきますから夜の宝石店の前で張っていれば問題なく補足できます」
 加えて、月華衆は特殊な忍術を利用する。それは、自分が行動をする直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用するという忍術だ。これ以外の攻撃方法は無いようなので、戦い方によっては相手の次の攻撃方法を特定するような戦い方もできる。
 また、理由はわからないが月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先するので、その点も踏まえて作戦を立てれば、有利に戦えるだろう。
「何にせよ、月華衆の行動には不可思議な点も多いです。もしかしたら、この作戦を命じている黒幕がいるのかもしれませんね」


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
サフィーナ・ファイアワークス(菊牡丹の双華・e00913)
鬼部・銀司(ヤーマの眼・e01002)
霧崎・鴉(はぐれ忍・e05778)
クリスティーネ・コルネリウス(偉大な祖母の名を継ぐ者・e13416)
磯野・小東子(球に願いを・e16878)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
アレキサンダー・フォークロア(天光満つる処に我は在り・e24561)

■リプレイ


 時間は夜、その小さな町に一つの小さな影が駆けていく。足音を立てず、気配を殺し、月下に人影は迷わず惑わず走っていった。
 目的地は、小さな町の商店街だ。その内の一軒、宝石店の前へと降り立とうとして人影の足が不意に止まる。
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参!」
 高らかに夜の路地に響いたのは、シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)の名乗りだ。無言で構える人影――月華衆へと陽光の如き煌きを湛えたショートソードの切っ先を突きつけ、シヴィルは告げた。
「月下美人の花を象徴とする螺旋忍軍め。ヒマワリの花をシンボルとする太陽の騎士団のこの私が成敗してくれよう!」
「窃盗するデウスエクス……泥棒は犯罪なのです……」
 アレキサンダー・フォークロア(天光満つる処に我は在り・e24561)の指摘にも、月華衆は答えない。否、答える言葉を持っているのかも定かではないのだが。
(「もはや連中と殺し会うのは四度目。……ま、どうやら相手方も動き始めてはいるようだが。このくノ一達との戦闘も最後になるかね……あるいは、この後に大物か」)
 四度月華衆と戦った、霧崎・鴉(はぐれ忍・e05778)はその事実に小さく言い捨てる。
「ま……しっかりと刈らせてもらうが」
「コピーだけで戦うって、木霊みたいだね。考えが読めないのはやり辛いなぁ……」
 仮面があるからだけではない、相手の無感情にサフィーナ・ファイアワークス(菊牡丹の双華・e00913)がこぼす。
 月華衆は、構えたまま動かない。コピーのみで戦うという事は、すなわち先手を取れないという事だ。尾神・秋津彦(走狗・e18742)は、以前の経験からもそれを知っている。
「月華衆との相見えるのはこれで二度目。相変わらず模倣を極めているようでありますが――真似したくば幾らでも真似するであります」
「あんたが話に聞いてたコピー忍者かい。忍ぶのはいいけど、やってることがただのコソ泥なんて、なんか悲しくなってくるね。あんた、本当にやりたくてやってんのかい?」
 磯野・小東子(球に願いを・e16878)の問いかけに、当然のように返答はない。わかっていた沈黙に、小東子はため息をこぼした。
「……って、聞いても無駄か」
「人間を遥かに上回る力を持ちながら、何をするかと思えば盗人風情か。下らない生き方をするものだな……。元より生きる価値など知らないか? ならその命……殺してくれる!!」
 鬼部・銀司(ヤーマの眼・e01002)は右目より地獄の炎を吹き出させ、言い放つ。
「オっさん。皆さんを守ってくださいね」
 オルトロスのオっさんへそう語りかけ、クリスティーネ・コルネリウス(偉大な祖母の名を継ぐ者・e13416)が身構えた瞬間、月下に静かに戦いの幕が開いた。


「行くぞ!」
 ヴォン! と夜の路地へ爆音が鳴り響く――シヴィルのチェーンソー剣が唸りを上げて、月華衆へと鋭く振り下ろされた。月華衆は、それを引き抜いた小刀で受け止め、ギギギギギギギギギギギギギン! と火花を散らす。
「カミヒメ、いくよ!」
 その刹那、サフィーナは惨殺ナイフを変形させてビハインドのカミヒメとタイミングを合わせて月華衆を挟撃した。カミヒメのポルターガイストによって飛ばされた物を月華衆は左手でブロック、その隙にサフィーナのジグザグスラッシュが脇腹を捉えた。
「浅いっ」
 だが、サフィーナが感じた通り、脇腹に届いた刃は一寸も切っていない。月華衆が後方へと跳び、バク転しながら間合いをあけたのだ。
 だが、開いた間合いを銀司が一気に詰める。右目から迸る雷火が尾を引き、一条の電光を闇へ刻みながら直刀《阿修羅》で神速の刺突を繰り出した。
「奔れ雷勁ッ! その真芯を錐穿つ……ッ!」
 ズガン! と放たれた銀司の雷刃突が、月華衆の肩を貫く。しかし、月華衆は構わず前へ。牽制の掌打によって、銀司を後方へと吹き飛ばした。銀司は踏ん張らない――その必要がないからだ。
「伽藍堂が……いい加減、その鏡を砕く」
 銀司が退いた瞬間、鴉のリボルバー銃が銃弾を叩き込む。鴉のクイックドロウの銃弾を月華衆は、ガギン! と螺旋手裏剣で受け止めた。狙いをすました銃弾に、月華衆の体勢が崩れる――そこを見逃さず、秋津彦が跳んだ。
「まずは、その足を止めておくであります」
「そうですね」
 秋津彦が上から、クリスティーネが真正面から、鋭い跳び蹴りが月華衆へと重ねられた。そこへ、オっさんが疾走。口に咥えた神器で、月華衆の脛を切り裂いた。
「レキ行きま~す!!」
 アレキサンダーの声と同時、半透明の「御業」が炎弾を放つ。ドン! と月華衆にアレキサンダーの熾炎業炎砲が直撃、それに合わせるように小東子が間合いを詰めた。
「いくよ、いくら! 自分の意志で動く強さってのを教えてやろうじゃないのさ!」
 小東子の言葉に応えるように、テレビウムのいくらが凶器攻撃を叩き込む。小東子もまた、炎に包まれた鋭い回し蹴りで月華衆を蹴り飛ばした。
 タタン! とステップを刻みながら月華衆は、間合いをあける。そのまま、クラウチングスタートのような体勢で着地するとすかさず疾走――その小柄な体では想像も付かない、重い跳び蹴りを繰り出した。
 だが、それは待ち構えていたサフィーナによって庇われた。
「コピーするだけが貴女達なの? それを改良してより良いものにしたり、は考えないの?」
 サフィーナの問いかけに、答えはない。スターゲイザーを放った月華衆は、受け止めたサフィーナを足場に大きく跳躍した。
「逃がしません」
 その動きを視線で追って、クリスティーネが呟く。これからが本番だ、コピーの攻撃を開始した月華衆を囲むようにケルベロス達は展開した。


 月下の戦いは、ただただ激しさを増していく。
 タタン、と月華衆が、軽やかに疾走する。それにオっさんが張り付くように併走。その進路上に待ち受けていたクリスティーネが、魔力を込めた翼をはためかせた。
「全てを! 切り裂く風を! 巻き起こします!」
 ゴォ! とクリスティーネのSturm silber Flugelの竜巻が月華衆を飲み込む。その中で、オっさんは神器の瞳で睨みパイロキネシスの炎で月華衆を燃え上がらせた。
「――ッ!?」
 直後、ゴォ! ともう一つの竜巻が秋津彦を巻き込んだ。月華衆が、Sturm silber Flugelをコピーしたのだ。
 だが、そこへいくらの応援動画で秋津彦を回復する。それを横目に、小東子が駆け込んだ。ヴォン! と唸りを上げるチェーンソー剣を横一閃に振り抜く。
「ナイスヒールだよ、いくら! 初めて使ったけど、改めて見るとなんかコレ、すごいビジュアルだね……」
 思わず月華衆を薙いだ自分のチェーンソー剣を見やって、小東子がこぼす。
「お婆様の治療術――私にも使える筈!」
 サフィーナもまた、魔力を込めた自身の花を切り落としてその花で秋津彦の傷口に触れて治癒させた。サフィーナの刻を逆巻く菊華に、秋津彦は笑みを見せる。
「回復、感謝であります!」
 カミヒメの金縛りを受けて動きを止めた月華衆へと、秋津彦は弧を描く斬撃を繰り出した。秋津彦の月光斬を受けて、月華衆は強引に後退。その動きに、銀司が踏み込んだ。
「せめてもう少し考える頭があれば、対策も取れるだろうにな……」
 しかし、コピーしか行わない相手ならばその動きを縛れる――銀司の霊力を帯びた直刀《阿修羅》が、正確に月華衆の傷口を切り裂いていく。
「貴様の傷痕、悉くを斬り開くッ!! 我が眼から……逃れる術無しッ!」
 銀司の絶空斬に、月華衆の動きが止まる――その瞬間、シヴィルがブラックスライムを捕食モードへ、月華衆を覆いつくした。その内側から這い出てくる月華衆に、シヴィルは思う。
(「使用していないグラビティ等に拘らず、全力を出して戦えば良いものを!」)
 そうであったなら、この戦いはもっと違ったものになっていたはずだ。しかし、シヴィルはその言葉は飲み込んだ。
「全力を出した相手との決闘を望むのも騎士であれば、力なき人々の盾となるのもまた騎士の務め――どのような事情があるかは知らないが、全力を出さぬなら出さぬうちに倒させてもらう!」
 月華衆が、低く身構え駆け出す。その動きは、素早い。一気に包囲を抜ける――そう思った刹那、鴉の卓絶した技量のナイフによる一撃が、その動きを止めた。そして、そこへ重ねるように冥府深層の冷気を帯びた手刀をアレキサンダーが打ち放った。
「どこにも行かせないのです」
 腕を組んで仁王立ちして言い切るアレキサンダーに、月華衆は言葉では応えない。仮面の下では表情を見取る事さえ出来ない……だからだろうか、鴉は哀れみを覚えずにはいられない。
 鴉にとってはそれだけの話だが、既に四度月華衆と戦っている。それは、捨て駒にされた少女の数に他ならない。そう思えば、裏方への怒りよりも哀れみの方が先にこみ上げて来るのだ。
「……敵に情を抱くなぞ、俺もヤキが回ったか」
 ……さっさと終わらせないと刃が鈍りそうだ、そう口の中でだけ鴉は呟く。戦いの趨勢は、既に決していた。だからこそ、後は――。
「もう……貴方に勝ち目はないと思います。降伏をされないのでしたら、せめて苦しまないように……」
 クリスティーネの言葉を遮るように、月華衆は動く。その小刀を鋭く勢いよく振るう、その直前だ。シヴィルのサン・ブレードの一撃が、相殺していた。
「何度失敗しても同じ作戦を繰り返すとはな。連中のリーダーはよほど無能のようだ」
 シヴィルは、月華衆を宿敵とする者として凛と言い放つ。
「これで最後だ!」
 シヴィルの放つ斬撃に切り裂かれ、月華衆がよろめいた。度重なる攻撃に、もはや月華衆の限界は近い――だからこそ、手心は加えない。速やかに倒してやるそのために、ケルベロス達は殺到した。
「レキの翼が言っている。お前はもう……助からないと……」
 光の翼を暴走、全身を光の粒子に変えてアレキサンダーは腕を組んだ仁王立ちの体勢から一気に月華衆へと突撃した。アレキサンダーのヴァルキュリアブラストに吹き飛ばされ、小さな体が宙を舞う。
「もういっちょう!」
 そこへ、小東子のスターゲイザーの跳び蹴りといくらのテレビフラッシュが重ねられた。ズン、と重圧を落ちて落下した月華衆へ、星座の重力を剣に宿したサフィーナとカミヒメが同時に動く。
「動かないでください、一思いに終わらせるために」
 カミヒメの金縛りで動きが封じられた月華衆を、サフィーナのゾディアックブレイクの重い斬撃が切り裂いた。ぐらり、と傾いた月華衆に、オっさんのソードスラッシュが叩き込まれ――四方向から、同時にケルベロス達が迫った。
「おやすみなさい」
 ――クリスティーネの弧を描く、月光斬の一閃が。
「そのまま呉れてやります故、冥土への土産に、いくらでも覚えておくと良いであります」
 ――秋津彦の報仇雪恨の一念を込めた、愚直なまでに鋭い屠龍の居合いが。
「斬る」
 ――鴉の手刀に込められた、螺旋の力を解き放つ虚空刀の斬撃が。
「冥土の土産だ……、命の……生の意味と使い方を見せてやる!」
 ――銀司の星宿に準えた28連撃、鬼剣「二十八宿」の連撃が。
 月華衆の小さな体は、その猛攻に耐え切れない。耐え切れるはずがない。致命の斬撃に断ち切られ、月華衆は闇夜に紛れ、花弁が散るように掻き消えていった……。


「やれやれ……、真似の敵わぬ技をと思ったが……流石にやりすぎたか……」
 カハ、と血を吐き、血の涙を拭いながら銀司は言い捨てる。自身の放つ渾身、それに誇りがあるからこその全力だった。
「生まれ変わることがあるのならば、次はもっと立派な主と巡り会うことだな」
 掻き消えて消えた月華衆へ、シヴィルはそう告げる。以前共に戦った仲間が月華衆の少女にかけていた言葉を真似て、己なりの言葉で送ったのだ。
「月華衆を操ってた黒幕の動きを掴んだって聞いたけど……そっちを担当する人達も、上手くいくといいなぁ」
 サフィーナの言葉に、鴉が小さくうなずく。
「あぁ……どうやら裏で仕切っていた「夕霧さやか」も動いたらしい。痺れを切らしたか、あるいは……忍者らしく仲間割れか。なんにせよ、月華衆の騒ぎも終わりに向かいつつあるな」
 その結末は、いかなるものなのか? その答えを知る者は、ここにはいない。
 月が、出ていた。月は何も応えず、ただそこにある。月下の戦いは、月という観客だけを残して、幕を閉じたのだった……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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