追憶と幻想のメモワール

作者:朱乃天

 郊外の片隅に、人が立ち入るのを拒むかのように、草木が生い茂る一画がある。
 もうどれほど手入れがされていないのか。自然のままにある雑木林を潜り抜けると、古びた佇まいの洋館に辿り着く。
 かつては豪奢な造りだったと思われるその建物も、今は廃屋となって放置されていた。
 外壁は風化が進んであらゆる箇所が剥がれ落ち、植物が浸食するように絡みついている。
 館内に足を踏み入れると、床に木屑や瓦礫が散乱してすっかり荒れ果てた状態である。
 人が生活を営んでいたという面影は疾うに無く。
 この地に残された建物だけが、時の流れるままに朽ちるのを、ただ静かに待つのみだ。
 しかし――その誰もいない筈の屋敷の中で、何かが蠢いた。
 拳大ほどのコギトエルゴスムに、複数の機械の脚が付いた――小型ダモクレスが、小さな瓦礫の破片を乗り越え奥へと進む。
 まるで過去を覆い隠すかのように、屋敷の残骸で埋もれた部屋に入ると、そこには一台の8ミリカメラが捨てられていた。
 それはこの洋館の、ここに住んでいた人々の、在りし日の姿を映していたのだろうか。
 ただし、壊れて動かなくなった8ミリカメラでは、撮らえていた映像を見ることは二度と叶わない……のだが。
 突如、目も眩むような閃光が放たれて、徐々に光が収束されると――そこには、鋼の装甲を纏った天使像が立っていた。
 8ミリカメラは新たな生を得て、置き去りにされた記憶をその身に宿し。
 機械仕掛けの天使として、過去の世界から舞い降りたのだ。

 廃墟と化した洋館にダモクレスが現れる。
 事件を予知した玖堂・シュリ(レプリカントのヘリオライダー・en0079)は、ケルベロス達にその内容を語る。
 まだ被害は出ていないが、放っておけば多くの人々が虐殺されて、グラビティ・チェインを奪われてしまう。
「その洋館に人が来ることはまずないから、まだ屋敷内に留まっている今のうちに撃破してほしいんだ」
 今回戦うべき敵は、8ミリカメラがダモクレスと化した存在だ。その姿は、翼を生やした銀色の天使像のような形態をしている。
 美しくも荘厳とした雰囲気を漂わせ、異形ゆえの退廃的な造形美を感じさせるだろう。
「それと攻撃方法だけど、元が8ミリカメラだからか、映像を用いた戦い方をしてくるよ」
 其れは例えば――畏れの念を抱かせ身を竦ませる、白き天使の羽根の舞いであり。
 其れは或いは――闘争心を削いで武力を奪う、可憐に微笑む少女の幻影となり。
 其れは更には――時が止まったように意識を隔てる、色を亡くした花畑の情景と化す。
 視覚に映る全ては幻ではあるが、肉体に伴う痛みは紛れもなく現実だ。
「本来、8ミリカメラが撮っていたのは、ただの何気ない日常だったかもしれないけど」
 その成れの果てが、魂を搾取する怪物となってしまっては、もはや悲劇でしかない。
 ダモクレスが過ちを犯そうとする前に、どうか安らかに眠らせてほしい。
 シュリは懇願するように伝え終えると、予知で視た屋敷の様子を思い返して、再び言葉を紡ぎ出す。
「この洋館の庭にはお花畑があって、今は雑草が伸びている状態だけど……その中には花も咲いているから、少し眺めていったらどうかな」
 過去への感傷に浸るというわけではないが、もしも思うところがあれば、静かに過ごして時の流れを感じていくのも良いだろう。
 雑草に隠れるようにして、密やかに可憐に咲くその青い花の名前は――勿忘草と云う。


参加者
アルフレッド・バークリー(行き先知らずのストレイシープ・e00148)
フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)
麻生・剣太郎(全鉄一致・e02365)
夜刀神・罪剱(永久に停滞せし刹那・e02878)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
クロード・リガルディ(行雲流水・e13438)
長船・影光(英雄惨禍・e14306)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)

■リプレイ


 時の流れに置き去りにされ、人々の記憶からも忘れ去られた朽ち果てた洋館がある。
 主を失くし廃墟と化した屋敷のその奥で、新たな災いの芽が産み落とされて蠢いていた。
 屋敷の過去を記録してきた8ミリカメラが小型ダモクレスと融合し、新たな生を得て人々の命を簒奪しようと動き出す。
「……肉体を得たお前は今、いったい何を想い、何を見ているのか分からない、が」
 俺達がやるべきことは変わりはしない。長船・影光(英雄惨禍・e14306)は、ダモクレスを見るなり眼光鋭く睨みつけ、武器を持つ手に力を込める。
 近い未来に起きる惨劇を食い止める為、洋館に潜入したケルベロス達。そこで彼等が目にしたモノは、鋼の肉体を纏った機械仕掛けの天使像だった。
「……確かに綺麗な天使の姿なのです。でも誰かの思い出の場所だった此処を、思い出を記憶していたカメラを……殺戮に使わせたりはしないのですよ」
 機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は、異形の存在が醸し出す背徳的な造形美に一瞬心惹かれるが、だからとはいえ人殺しの道具にさせはしないと、口を真一文字に結んで決意を強める。
「天使像のダモクレスか……この洋館の主がオラトリオだったのだろうか」
 もしくは天使のような子でもいたのかもしれない。元は8ミリカメラだったダモクレスの今の姿から、フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)は洋館の過去に様々な思いを巡らせる。
「あの元になった8ミリカメラにどのような想い出が込められていたかは、もはや知ることはできませんが……」
 その想い出の中に悲しみを刻まない為に。ここで必ず討ち倒すという覚悟を持って、麻生・剣太郎(全鉄一致・e02365)がダモクレスに立ち向かう。
 長年放置され続けた建物は劣化が進んで壁がひび割れて、埃が積もった床には剥がれ落ちた壁の瓦礫や木屑等が散らばっている。窓から射し込む光芒が天使像を仄かに照らし出し、荒廃した空間の中ではソレは神々しさすら漂わせていた。
「家主を失い朽ち、やがて忘れ去られ、そして還る場所……お前にとってここは、いい場所だったはずだ」
 御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)は老朽化した屋敷内を見回しながら、この洋館が刻んできた時間に思いを馳せる。
 建物の歴史を記録してきた8ミリカメラが破壊の化身と化すのなら、この場が壊される前に眠らせてやろう――そう呟いて、静かに闘志を滾らせた。
「洋館と言うものには、なかなか心惹かれるものがある……」
 淡々と語るクロード・リガルディ(行雲流水・e13438)もまた、表情は変わらずとも、胸の内ではこの洋館に関心を抱く一人であった。
 しかしそう言いつつも、眼鏡の奥の瞳は天使像を確りと見据え、警戒を怠ることはない。
「過去の残像を抱いたまま彷徨い歩くとは、討滅すべき存在とはいえ、些か哀れです」
 アルフレッド・バークリー(行き先知らずのストレイシープ・e00148)は、どこか憐れむような憂いを帯びた眼差しで天使像を見る。
 だがすぐに真剣な顔付きへと変わって、アームドフォートを天使像に突きつける。
「……では、始めましょう。終わったはずの物語に更なる最後の結末を」
 彼の一言と同時に、ダモクレスに真の終焉を齎す為の戦いが始まった。


「過去に縋ることの何が悪い? 未来に向かって歩むことがそんなに尊いことなのか?」
 夜刀神・罪剱(永久に停滞せし刹那・e02878)の言動は、達観している以上に諦観さえも感じられるほどだ。全てに興味を抱かず無関心を装ってはいるものの、過去に執着して燻り続ける想いは決して拭えない。
「……過去に縛られないと生きられない人だっているんだよ、お前も……そして俺も」
 何か思うところがあるのだろうか。罪剱はそれでも迷いを払拭するかのように高々と跳躍し、思いを篭めて重力を乗せた蹴りを天使像に叩き込む。
「過去に囚われる、か……。分かってはいるが、それでも人は求めたくなるものだ」
 影光もまた、過去の負い目に引き摺られながら今日まで生きてきた。心の中に眠る蟠りを力に変換し、縛霊手から繰り出す衝撃波をぶつけて天使像を吹き飛ばす。
 壁に打ちつけられた天使像がムクリと起き上がる。祈りを捧げるような仕草をすると眩い光が溢れ出し、真理の視界を覆い尽くした。彼女の赤い瞳に視えるのは、暗闇がどこまでも広がっている空間だ。そこに上空から無数の純白の羽根がふわりと舞い降りてくる。
 本来は未来への祝福を意味するフェザーシャワー。しかしその光景を見た真理は、ただ息を呑んでその場に立ち竦むしかなかった。まるで畏れを抱かせるように、絶え間なく降り注ぐ羽根は彼女の胸を痛いほどに締めつける。
 その時、ライドキャリバーの『プライド・ワン』が主を救出すべく、炎を纏って天使像に体当たりをする。
「本当に天使のようだな。厄介な攻撃だが、仲間に危害を加えさせはしない」
 天使像の攻撃に対抗する為に、蓮が紙兵を周囲に拡散させて仲間の護衛に当たらせる。
「やれやれ、こいつは面倒そうな相手だな。だが――やすやすとそんなものが通るか」
 昂る気がフェアラートの全身を包んで薄い膜を張り、彼女を護る障壁となって、天使像が視せる幻想を遮断する。
「幻には幻を……だが、この炎は本物だ……」
 クロードが掌を翳すと大気が霞んで竜の姿を象って、放たれた紅蓮の炎は天使像を灼き、鋼の焦げた臭いと黒煙が室内に満ちる。
「援護します。ここは攻めていきましょう」
 今はまだ守りに入る場面ではない。攻撃できる余裕のある間にと、剣太郎は念じるように力を集中し、念波を叩きつけて天使像の片翼を吹き飛ばすのだった。
「討滅に移行します――舞え、『Device-3395x』!」
 アルフレッドの周囲に浮いているのは、水晶のように透き通った青いドローンだ。彼の手で特殊改良されたそれは回復用ではなく、敵を傷付ける為の兵器だ。
 飛び回るドローンの群れは天使像を取り囲み、青い光が発射されて天使像を撃ち抜いた。
 手を緩めることなく攻め続けるケルベロス達。幾つもの傷を敵に刻んでいくが、鋼の天使の荘厳とした姿は変わることなく、牙剥く番犬達への反撃を開始する。
 最前面で積極的に仕掛けるアルフレッドや影光、剣太郎の視界に突然歪みが生じる。目に映る景色が巻き戻されるような感覚に陥って、そこはいつしか色褪せたモノクロームの世界に覆われて、足元には彩を失くした花畑が一面に広がっていた。
 あたかも時間の流れが止まったかのように、そして景色と同化するように。彼等は精神を縛られて、無意識の内に身体の自由までも奪われてしまう。
「惑わされてはいけないですよ……!」
 その時、三人を呼び戻そうとする声が聞こえた。真理が操るドローンによって天使の幻想を打ち消して、景色は再び現実世界の廃れた屋敷を映し出す。
「あのダモクレスを倒すということは……僕たちの手で、誰かが映し、残して来た想い出の記録を破壊するということになるのでしょう」
 それでもその魂が穢されたままにしておけないと、剣太郎は僅かに垣間見た天使の記憶を思い返して唇を噛む。そんな彼の気持ちを汲み取るように、ライドキャリバーの『鉄騎』がガトリング砲を天使像に浴びせ続ける。
「例え天使の姿を模していても、怪物でしかないお前を外へ出すわけにはいかない」
 金糸の花菱文が華麗な藍色陣羽織を翻し、蓮が召喚した御業で天使像を捕らえて離さず、敵の動きを鈍らせる。
「お前の機械の身体、俺の鋼の拳で打ち砕いてみせる……」
 クロードが全身に纏ったオウガメタルを最大限に硬化させ、強度を増した拳撃を天使像に捻じ込んだ。金属同士が火花を散らしてせめぎ合い、両者譲らず摩擦音が激しく鳴り響く。
 フェアラートの指に嵌めた光の指輪が、銃の形に変化する。それは暗殺用に忍ばせていた武器の一つ。彼女は無言で銃口を敵に向け、光輝く銃から影の如き黒い弾丸を撃ち込んだ。
「――ああ、見せてくれよ。俺に、懐かしい人を……妹を、あの頃の思い出を」
 過去を忘れられずに願望し、虚ろな心を満たそうと渇望する現在。罪剱は自身から忘却を遠ざけることを切望し、斬霊刀に希望を託して一心不乱に刃を振り下ろす。


 ケルベロス達の波状攻撃が効いてきたのか、天使像の身体がグラリとよろめいた。
「世に満ち充ちる影に立ち。人に仇なす悪を断つ」
 このまま一気に畳み掛けようと、影光は意識に混在する記憶の底の中から、かつて憧れを抱いた英雄の姿を探して思い描いた。
「骨には枯木を、肉には塵を、濁る血潮は溝鼠――擬い物の手にて、散れ」
 影光を覆うオウガメタルが彼の魂に呼応するように変形し、残る力の全てを拳に篭める。命の輝きを燃やすように放たれた渾身の一撃は、敵に深手を与えて死の淵へと追い詰める。
 だが影光も力の代償の負荷により、変形武装が元の姿に解除されると同時に片膝を突く。
「疑似オラトリオ動力機、システム起動。ヒーリングエフェクト広域展開――」
 そこへ剣太郎がすかさずドローンを展開させて治療を施した。オラトリオの回復能力を再現させたドローンの群れは、瞬く間に仲間の傷を癒していった。
 天使像は重傷を負っても尚抵抗を諦めず、色失き花畑の世界に再びケルベロス達を誘って閉じ込めようとするが。
「後もう少しなのです。絶対に仕留めるですよ……!」
「想い出を餌に人々を傷付けようというダモクレスの悪行は、ここで終わりです!」
 真理とアルフレッドがアームドフォートで連続して砲撃を射出させ、敵の幻影を先んじて破壊し掻き消していく。
「……悪いが壊させてもらうぞ」
 気配を消すように回り込んだフェアラートの手に握られているのは、隠し持っていたもう一つの暗器。雷を帯びた光の刃で、天使像の胴体を深々と刺し貫いた。
「――喰らえ、そして我が刃となれ」
 蓮が旧き書物の頁を捲ると、封じられた思念が赤黒く禍々しい鬼となって顕れた。鬼の姿の思念体は鋭利な爪を振り翳し、巻き起こした風の刃で天使像を斬り裂いた。
「我が喚ぶ、『骸大蛇』。……標的を喰らえ……」
 クロードの召喚に応じて出現したのは、巨大な骸の蛇だった。大蛇は骨の顎門を大きく開いて機械の身体に喰らいつき、長い胴体を巻きつけ天使像を締め上げる。
 天使像は身を護る鋼の装甲を削ぎ剥がされて、内部の機械の部分が露わになっていた。
 それでも動きを止めることなく、最後の力を振り絞るように放った淡い光が、罪剱に襲いかかって飲み込んでいく。
 彼の緋い双眸に映るのは、何も無い空間の中で一人だけ佇んでいる、可憐な少女の幻だ。目の前で幸せそうに微笑みかける少女の笑顔に、如何なる思いが去来したのか。
「――刻の針を巻き戻そう。かつて強かった僕の力をもう一度だけ、この刹那の刻に――」
 罪剱の脳裏に在りし日の記憶が甦る。其れは何処にでもある物語の終焉。全てを亡くした時の自分を取り戻そうと、心の中で足掻いて這い蹲って。未来を拒絶し過去を望んだ結果、髪と瞳が夜の蒼い闇色に染まって、往時の力をその身に宿す。
「……僕の思いは刻だって超えるよ」
 ――なら、君は? そう問いかける彼の言葉に、幻の少女は黙したままで白い翼を大きく広げ、瞳から小さな雫が頬を伝って流れ落ちていく。
 罪剱が手を伸ばして少女に触れたその瞬間、彼女の姿はノイズが走るように乱れ崩れて、少女の幻影は泡沫の夢のように消滅し――機械仕掛けの天使も活動を停止させ、窓から零れる残陽の光に融け込んで、陽炎の如く儚く消え去った。

 外に目を移すといつのまにか日が傾いて、斜陽の空は茜色に染まって鮮やかな赤が一面に広がっていた。戦いを終えたケルベロス達は、静寂に包まれながら屋敷内を徘徊して回る。
 書斎に寝室、子供部屋らしき居室等もあり。廃屋になったとはいえ、栄華を誇っていた頃の面影が朧気ながら見て取れる。
 この邸宅の人達はどのような末路を迎えたのか。アルフレッドは、8ミリカメラの天使に蓄えられた映像の意味を考えつつも、それ以上深く詮索するのは控えることにした。
 持ち主にしてみれば、過去を汚すような行為は無粋だろう。自分達は心の中に留めておくだけで良いのだと、フェアラートはその目に映る景色を瞼に焼き付けた。
「あのカメラに、どんな想いが詰まっていたのですかね」
 真理もアイズフォンでこの洋館の歴史を調べようとするが、考え直して思い止まった。
 洋館が朽ちたのは、きっと人々が幸せな場所に向かうことを選択したのだと――。
 屋敷の奥に進んで外へ抜けると、緑溢れる庭に出る。ただし庭というには雑草に埋め尽くされており、原野のような状態だ。
 せめてこの雑草だけでも刈り取って、元の綺麗な庭に戻せないかとクロードは思案する。
 蓮はオルトロスの『空木』を庭に放って、共に戯れながら安らぎのひと時を楽しんだ。
「空木、この場所が気に入ったのか」
 嬉しそうに駆けるオルトロスを眺めていると、ふと口に咥えた青い花に目が留まる。その花の名前は『勿忘草』。屋敷は何れ忘れられてしまうが、せめて自分は覚えておこうと――蓮はこの日の記憶を胸に刻んだ。
「花言葉は確か……『私を忘れないで』、でしたか。なんともストレートですよね」
 住む人も既になく、荒れ果てた場所で一体誰に訴えかけているのでしょう。剣太郎は庭の片隅で密やかに咲く花に語りかけるが、答えは勿論返って来ない。
 少なくとも、僕は覚えておきましょう――例え自己満足であろうとも。控えめでありながら、淡い青色が印象深い小さな花を、剣太郎は穏やかな表情で見守った。
 黄昏時の空の下、花を見つめる罪剱の瞳に夕陽が映えて、更に赤みを増していく。
 花は可憐な姿で『忘れないで』と囁いて、その言葉は懐かしい声で頭の中に響き渡った。
 過去から目を逸らすように顔を背けるが、願いは届かず望んだ花が咲くには時期尚早で。
 ……ありがとう。そして――ごめんよ。
 心の刻が止まったままの青年は、感傷に浸りながら過去への追憶に想いを廻らせた。
 過去を想えば、蘇るのは義父と過ごした日々と、その最期。決して忘れ得ることのない、血に塗れた凄惨たる記憶。
 影光は己の掌を暫し見つめ直して、何かを掴むように拳を強く握った。されどそれはこの手では叶わない望みだと、理解しつつも求めずにはいられない。
 憧れた男の影を追うように、影光は背中を向けて静かにこの地を後にした――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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