本日は晴天、ときどきぶた

作者:秋月きり

 マッドサイエンティスト風の男は目の前の飛行オーク達から計測された実験結果を注意深く読み上げると、眉をひそめ唸りだした。
「ムムム、量産型とは言え、実験ではこれ以上の性能は出せないなァ。これ以上の性能を得るには、新たな因子の取り込みが不可欠だ」
 男の名前はラグ博士と言った。こう見えてもドラゴンを崇めるドラグナーである。マッドの頭文字が付くのだが。
「よぉし。お前達。ちょっと人間の女達を襲ってこい。お前達が生ませた子供を実験台にする事で、飛行オークは更なる進化を遂げるだろう!」
 男の言葉に飛行オーク達は歓喜の声を上げる。そこには主の命と言う大義名分の元、獲物を襲える喜びが満ちていた。

「んー。梅雨の合間だけど晴れて良かった」
 六月とは言え、常に雨が降っているワケでは無い。しかし、昨日も大振りの雨で明日もその様子だから、今日が特別と言えば特別なのかも知れない。
 その合間を縫って彼女が訪れたのは砂湯――別府八湯、亀川温泉の一つ、海浜砂湯だった。温泉で蒸した砂に埋まる事で得られるリラックスとデトックスの為、やって来たのだった。
 埋められて見上げた空は清々しいほど真っ青で。
 波の音を枕に、何時しか彼女は眠りに陥っていた。

 ――目覚めは額に掛かる水滴だった。
(「雨……? 狐の嫁入りかなぁ……?」)
 薄目を開けた彼女は結果、悲鳴を上げる事となる。
 目に飛び込んで来た光景は、砂湯に埋まる彼女を見下ろす飛行オークの豚顔と、それが物欲しそうにだらだらと涎を零すものだった。
 逃げようと身を起こす彼女の身体を穢らわしい無数の触手が縛り上げる。そしてオーク達はぶひぶひと歓喜の声を上げるのだった。

「飛行オーク達の更なる襲撃箇所が見えたわ」
 己の見た未来予知の結果に嫌悪の表情を浮かべながらリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が呟く。瀬戸・玲子(脱淫魔委員・e02756)はそれに頷くと、次の彼女の言葉を促した。
「玲子が心配していた通りね。飛行オークが襲撃する場所は別府市亀川温泉。海に面した場所にある此処は砂湯が有名ね」
 故にマッドドラグナー・ラグ博士が生み出した飛空オークの標的になってしまったのだろう。屋内で無い為、彼らの進入は容易く行われてしまうのだ。
「飛行オークは空を飛べず滑空するだけの能力しか持っていない。でも直接標的が居る場所に降下する方法はかなり効率的で、もしもこれ以上の進化を許してしまえば更なる悲劇を招く事になってしまう」
 だから、飛行オークに襲撃される女性達を守り、それらを撃退して欲しいとリーシャは告げた。
「襲撃する飛行オークの数は六体。一度降りちゃえば飛び上がる事は出来ず、戦闘能力自体は普通のオークと変わらないわ」
 触手で殴り付けたり滅多刺しにして来たり。また、オーク達の上げる雄叫びには自身への回復能力と攻撃力の上昇効果があるから注意が必要だろう。
「やっぱり事前に避難をさせるわけには行かないのですよね?」
 玲子の指摘にコクリと頷く。予知と違う状況を作ってしまえばオークの出現そのものが違う場所になる可能性がある。避難誘導を行うのであれば、オーク達が降り立った後になるだろう。
 だけど、とリーシャは言葉を続ける。
「襲撃場所は砂湯。浴衣に着替えて砂の中に埋められるタイプの温泉ね。よって、女湯じゃなくて、ある意味混浴みたいなものだから、男性ケルベロスでも待機出来るわ。勿論、男性が居るなんて遠目で判ればオーク達の対応も変わってくるだろうから、何らかの手段が必要だけど」
 もしも誤魔化すためにカツラを被るのであれば季節は初夏、それも温泉の中だ。熱中症には気をつけて欲しい。
 それ以外の方法であれば、砂を落とすための温泉も併設されているので、その建物の中に隠れるのも良いだろう。こちらは当然男女別なので安心して隠れる事が出来る。
「後は、オークを逃がさない為のフォローでしょうか?」
 オークの例に漏れず好色な性格を利用し、足止めをする。
 以前飛行オークと対峙した経験を思い出しながら呟く玲子にリーシャが頼もしげな視線を向ける。彼女に任せれば安心だろうとその金色の瞳が語っていた。
「オークによる略奪を許す事は出来ないわ。絶対に女性達を守って欲しい」
 リーシャの言葉に玲子を始めとした集った面々は「はい!」と力強い返答をする。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
 そして、いつもの言葉で彼女はケルベロス達を送り出すのだった。


参加者
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227)
月枷・澄佳(天舞月華・e01311)
瀬戸・玲子(脱淫魔委員・e02756)
シルフィー・シルバーズ(ウェアライダーの螺旋忍者・e03911)
大原・大地(元守兵のチビデブ竜派男子・e12427)
屍・桜花(デウスエクス斬り・e29087)

■リプレイ

●梅雨の合間のエトセトラ
 視線の先の太陽は眩しく輝いている。瀬戸・玲子(脱淫魔委員・e02756)に降り注ぐ陽光は、早くも夏の訪れを思わせる日差しであった。
(「まさか数ヶ月経たず同じ町に来る事になるなんてね」)
 肩まで砂に埋もれながら、感慨深げに溜息を吐く。そんな彼女の横――これまた、同じく砂に埋もれた蒼樹・凛子(無敵のメイド長・e01227)が声を掛けてきた。
「そう言えば前にウチのお嬢様達と一緒に温泉に来られたのでしたっけ?」
 綺麗だとも可愛らしいとも取れる微笑みに、ええ、まぁ、とお茶を濁す。
(「そーなんだけど」)
 その出来事を思い出すと思わず赤面してしまう。事故とは言え、初恋の相手に裸を見られた過去をその恋人に告げられるのは面映ゆい。
「ん~」
 そんな二人のやり取りを背後に、気持ちよさそうな声をシルフィー・シルバーズ(ウェアライダーの螺旋忍者・e03911)が上げていた。
(「これはオークを油断させる為の演技。演技なんだから」)
 言い訳を心の中に浮かべる物の、大地からの温もりを受け、その頬はだらしなく緩みきっている。
 砂湯を堪能しているのはその隣の屍・桜花(デウスエクス斬り・e29087)も同じだ。瞳の閉じた顔に表情は浮かんでいなかったが、普段の彼女を知る人間から見れば上機嫌さを伺う事が出来ただろう。温泉とは斯くも偉大であった。
(「とは言え、身を委ねすぎても駄目なのですが」)
 蕩けそうになる心に渇を入れ、月枷・澄佳(天舞月華・e01311)は上空を見上げる。額に汗が浮かび、美しい黒髪を保護すべく頭に巻いたタオルは既にぐっしょりと濡れている。砂湯に潜って五分ほど。逆上せるにはまだ早く、しかし、温まるには充分な時間が経過している。
 むしろ早く来て欲しい。そんな彼女の願いが叶ったのか否か。
 雲の合間に黒点のような六つの影を認める。
 それが飛行オークだと認めた瞬間、声が出なかったのは、ヘリオライダーの言いつけを思い出したからだ。予知と違う状況を作ってしまえば飛行オーク達がこの場所に降り立たない可能性がある。そうなれば被害がどうなるか予測付かない。
 声を上げるとすれば数秒後。飛行オーク達が地面に降り立ってからだ。

 一方で、飛行オーク達から発見される事を防ぐべく、建屋内に身を潜める者達もいた。
「雨かと思ったら豚が降ってきた、か」
 字面だけ見ればシュールだな、と三和・悠仁(憎悪の種・e00349)が呟く。梅雨の合間、雨が止んだと思えばオークが降ってくる。この上なく迷惑な話だが、事件の発生は紛れもない現実である。
「うーん」
 扉越しに外を伺う大原・大地(元守兵のチビデブ竜派男子・e12427)は眉をひそめ、小声で唸っていた。そんな主人にボクスドラゴンのジンが小首を傾げて見上げている。
 悩みの元凶はオークだった。彼曰く『異性好きなオークの方がもしかして正常なのだろうか?』。
「好みは人それぞれだと思うぞ」
 背後で湯煙を上げる温泉を一瞥し、ギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)がその疑問に答える。
 とは言え、略奪、陵辱を是とするオークそのものを好みの範疇と括る訳に行かない。その被害を防ぐ為、自分達がここにいるのだ。
 そんな彼らの意気込みを肯定するように、砂湯そのものに六つの影が降り立つ。
 同時に。
「デウスエクスです!」
 澄佳の声が響くのと、四つの影が躍り出るのは同時だった。

●飛行オーク、砂湯に立つ
 侵略者の到来に番犬の役目は二つだ。一つはその撃退。そしてもう一つは――。
「デウスエクスです!! 皆さん、ここは私達が時間を稼ぎます。避難して下さい!!」
 吠え、警告をする事だ。
 その意味では、砂湯から立ち上がった澄佳の上げた声は充分に役目を果たしていた。声に飛行オーク達が怯む合間を縫って、一般人達は退避を始める。
 そこに建屋から飛び出してきたギルフォード達が避難誘導を行う。隣人力を駆使する彼に任せておけばパニックに陥る事はないだろうとの安心感があった。
 無論、獲物を黙って見逃す飛行オーク達ではない。触手を振り上げると退避する一般人を確保しようと接近する。
 だが、その動きは直ぐに止められる結果となった。
「ほらほら美少女はこっちだよっ! 変態さんでも正面から相手してあげる。この銃で、ね!」
 シルフィーがニコリと微笑み、リボルバー銃をオークに向ける。続けざまに放たれた物は銃撃では無くウインクだったが、オークのハートを射止めるには充分だった。
 オーク達から舌なめずりが響いたのは、浴衣から零れる白い脚も無関係ではないだろう。
 彼らに対する挑発はシルフィーだけではない。彼女と同じく砂湯から立ち上がった凛子と玲子は汗で濡れた浴衣に浮かび上がる艶やかな肢体を誇示し、オークの視線を奪っていた。
「貴方達はどんな斬れ味……かしら?」
 斬霊刀を抜く桜花は浴衣の隙間から痩身に不釣り合いな程の豊かな双丘を覗かせ、挑発的な言葉を呟く。
 四人の立ち姿に「むっ」と言葉を漏らすのは澄佳だった。どうしてもその視線は彼女たちの豊満な胸に向けられてしまう。対して控えめな自分は――。
(「これから成長する筈です」)
 気にしていないです、と自身の得物である槍と護符を構える。
「ウォー、オオオオオ」
 ケルベロス達の艶姿を前に、オーク達はいきり立った声を上げるのだった。

 オークから鬨の声が上がる。対して身構えるケルベロス達に降り注ぐのは無数の触手だった。
「下種なら下種らしく、下を這い蹲っていればいいものを」
 繰り出される突きから凛子を庇った悠仁が不快感に顔を歪める。服を切り裂く一撃は彼の纏うロングコートに裂傷を刻むが、女性の衣服に比べればその代償は安いと首を振る。
 触手が向けられた先は凛子だけではない。オークの好みに合致したのか、それとも別の意図があったのか、玲子や桜花にも降り注ぐ槍のようなそれはしかし。
「これで守る!」
 大地の掲げた太陽の盾、そして彼の命によって割り込んだジンによって、欲望塗れの意図は防がれる。
 応酬は巨大な光線となって放たれた。
 彼の精霊手から放たれた光は飛行オーク達を薙ぎ、その身体に火傷を刻む。
 だが。
「――減衰!」
 動きを縛る筈の麻痺が発動しなかった事に歯噛みする。そもそも列攻撃のエフェクト付与は単体攻撃に比べて弱くなる。その上、六体と言う壁に阻まれ、効果を発揮させる事が出来なかったのだ。
 減衰の発露は彼の光線だけではない。ジンの放つ息吹もまた、オーク達を焼くものの、エフェクトの付与までは行かなかった。
「叩き落とす!」
 そして大地の攻撃に悠仁の唐竹割が続く。飛行オークに対抗するかのように頭上高く飛び上がった彼は、自身のロングコートの仇とばかりにオークの脳天へルーンアクス――凝骨斧セザルビルを叩き付ける。一撃を受けたオークからぐはっと呻きにも似た悲鳴が零れた。
 そこにギルフォードの雷を纏う刺突が追撃する。守護の魔力を切り裂く神速の一撃はディフェンダーの恩恵で戦うオークの皮膚を切り裂いていた。
「月から零れし癒しの灯」
 紡がれた詠唱は澄佳からだった。天に放たれた呪符は月光の魔力を解放し、ケルベロス達の傷を癒す。降り注いだ月の光が癒したのは彼らの傷だけではない。放たれた癒しの灯火は悠仁のロングコートや大地の太陽の盾、ジンの鱗に刻まれた破壊の跡すらも再生させていた。
 月光に紛れ、桜花の斬撃が飛ぶ。影からの一撃は咆哮するオークを切り裂こうとするものの、しかし、横から飛び出た触手に阻まれ、その意図を封じられる。
「オーク同士の連携は……出来ているようね」
 流石小隊を組むだけはあると言う事か。それぞれの役割を全うする戦い方は単騎と比べ、その戦力を何倍にも増幅させる。連携が取れていると言う事はそれだけ厄介な相手だった。
 だが、それはケルベロス達も同じ事だ。
「玲子さん!」
「はい!!」
 双剣と銃弾が舞う。
 玲子の放つ銃弾はオークの足を釘付けにし、その隙を縫って凛子の非物質化した刃がオークに襲来する。足止めの弾丸もまた、減衰の影響を受けるものの、しかしジャマーの恩恵を以て無理矢理エフェクトを発動させていた。
 そして凛子の斬撃は防御に回った触手ごと、オークの身体を切り裂く。
「突然の弾雨には気をつけてね! しるふぃーのお天気コーナーでした!」
 まるで梅雨を揶揄するような言葉が告げられる。
 ケルベロス達の連撃の最後を締め括るよう、シルフィーの銃弾が雨霰とオークに降り注いだのだ。
 豚のような悲鳴が砂浜に木霊した。
 
●潮騒に消える
 ケルベロスとオークの攻防は拮抗していた。双方とも自身の役割に徹し、連携の取れた攻撃は互いに損傷を与えて行く。ケルベロス達に与えられた損害は澄佳によって癒されるが、オーク達の手数の多さは治癒に専念する彼女を以てしてもカバーする事は出来ない。
 だが、治癒の力を持つのは彼女だけではないのだ。
 防御を担う悠仁や大地、そして援護射撃をする玲子のヒールグラビティが澄佳の癒しきれない傷を修復して行く。
 やがて、決壊が発生したのは、オーク達からだった。

「落ちろ……極星」
 ギルフォードの放つ三つ叉の手槍がオークを貫く。追撃に放たれた青白い閃光は自身の手槍を撃ち抜き、その傷口からオークの全身を焼き尽くす。
 焼け焦げたオークはぷすぷすと黒い煙を上げるとどぅと砂地に倒れ伏した。
「――?!」
 オーク達に動揺が広がる。そして、それはケルベロス達の待ち望んだ瞬間でもあった。
「いまです!」
「はい!」
「これでも喰らえ!!」
 六体と言う数の優位が無くなった。即ち減衰を引き起こす要因が無くなった今、躊躇いはない。玲子とシルフィーの弾丸が降り注ぎ、オーク達を釘付けにする。
 そして大地の暴風を伴う回し蹴りはオーク達を覆う破壊の加護すらも吹き飛ばしていた。
 斬霊刀がかちゃりと死の音を刻む。死は美しき暗殺者にもたらされた。
「貴方の斬れ味は悪くなかったわ」
 桜花の双手に握られた刃は間に割って入った触手ごと、オークの首を斬り飛ばす。断末魔の悲鳴すら上げる事なく絶命したオークに向けられるものは彼女の晴れやかな笑顔だった。
「踊れ」
 残されたディフェンダーの担い手のオークもまた、悠仁に叩き込まれた連撃によって沈む結果となる。幾重に繰り出される重い斬撃を触手で弾くものの、その全ては悠仁にとって偽物。やがて蓄積する疲労によって触手の動きが鈍ったその瞬間、本命に放たれた憎悪の一撃がデウスエクスの身体を切り裂く。
 残されたオーク達もまた、甘んじて自身らの終焉を迎えるつもりはない。その筈はなかった。
「ぶひぃっ!」
 逃げる事も忘れ、放たれた触手は凛子の浴衣を切り裂く。豊かな双丘が零れ、ふるんと揺れた。
「――ッ?!」
 それを目の当たりにしてしまったギルフォードは顔を朱に染め、視線を逸らす。女性耐性の高くない彼は健康的な露出程度ならば動揺する事が出来たが、流石に無防備に晒されたそれは耐える事が出来なかった。
「イエス温泉! ノーオーク! 変態は倒れろ!!」
 浴衣を切り裂いた喜びに嬌声を上げるオークを居合いの如く放たれたシルフィーの弾丸が貫く。肌を露わにした凛子に殺到するオークは狙撃され、無様に地面に転がる結果となる。
 そこに追い打ちを掛ける大地の光線はオークの身体を焼き尽くし、心臓に死の楔を打ち込む。自身の宿敵らの最期に浮かぶ感慨深げな面持ちは憐憫だった。
 閃光が収束した後、走るのは蒼い煌めき。
 澄佳の治癒で浴衣ごと傷を修復した凛子は斬霊刀に氷の息吹を纏わせ、残されたオークを切り裂く。
「我は水と氷を司りし蒼き鋼の龍神。我が名において集え氷よ。凛と舞い踊れ!」
 切り裂いた傷口に氷の華が咲く。零れた血は蒼く凍り付き、開いた傷口から吹き出た冷気は四方八方にその手を伸ばし、蒼い花弁を思わせた。
「氷の華が貴方の墓標です」
 ちん、と斬霊刀を納める音が響く。同時に。
「全術式解放、圧縮開始、銃弾形成」
 玲子の携えた魔導書が綻び、はらはらと頁を散らせる。散った頁は彼女の左手に収束。掌に生まれた光を握ると、指先で右手のリボルバー銃のシリンダーに触れ、神殺しの弾丸を弾倉の中に充填する。
「神から奪いし叡智、混沌と化して、神を撃て!」
 照星と照門によって導かれた弾丸は狙い違わずオークの眉間を貫く。
「いい加減、温泉に出てくるのは止めなよ」
 硝煙を吹き消しながらの言葉がオークに届いたか否か。
 玲子の眼前で、撃ち抜かれたオークは光の粒へとその身体を転じて行くのだった。

●日常よ、こんにちは
「気持ち悪かった!」
 湯船に肩まで浸かったシルフィーが解放されたーと嬉しそうな声を上げる。なお、湯船に浸かる前に当然ながら身体は洗っている為、オークから浴びた体液などが温泉に入る事はなかった。
(「ま、涎も掛けられてないし」)
 戦闘中にもしかしたら飛んでいたかも知れないが、ヘリオライダーの予知のようにだらだらと掛けられていないので良しとする事にした。
 お湯を堪能するのは桜花も同じだった。はふぅと幸せそうな吐息を零した後、
「やっぱりこっちのお風呂も好き……」
 と呟く。この温泉は彼女の眼鏡に適ったようだった。
「視線も気持ち悪いんですよね、オーク」
 澄佳は好色なそれを思い返し、ぶるぶると首を振る。温泉を襲う原因は取り除かれたのだ。今は温泉を楽しもうと、湯船の中で、その温もりに包まれる。
「今回は良かった、かな」
 並ぶ凛子へ向けられた玲子の呟きは、少し過去を引き摺った物だった。前回は性別の壁から、想い人と一緒の入浴は叶わなかったが、今回は同性である彼女と一緒に湯船に浸かれて喜ばしく思う。
 そんな彼女に対して凛子は微笑んでいた。デウスエクスと言う脅威から守られた平和な日常を噛みしめるように。

 一方、男湯でもお湯を堪能するケルベロス達の姿があった。
「ああ、温泉があって有り難いですね」
 悠仁の呟きは力強く響く。オークとの戦いにもたらされる気持ち悪さを考えると、戦闘後にひとっ風呂浴びる事が出来るのは有り難い。一方で温泉があるからこそ飛行オーク達に狙われた事を考えると、複雑な気持ちになる。
「だな。喜ばしい限りだ」
 しみじみと呟くのはギルフォードも同じだ。オークとの戦いを思うと悠仁に同意してしまう。そして、その合間に見てしまった女性達の幻影を消そうとばしゃばしゃと顔に温泉を叩き付ける姿は致し方ないと言えば致し方なかった。
「そ、そうだね」
 何故か緊張した面持ちの大地は二人に背を向け、湯船の中を泳ぐジンをぷにぷにと突いていた。
 この後、休憩室で涼みながら串団子をみんなで食べるのもいいな、と、そんな思いを馳せながら。
 それはとても素敵な事のように思えた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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