虹色のエピタフ

作者:秋月きり

 夜の空気はすっかりと深夜へ色を変えていた。
 繁華街から少し離れた箇所にある住宅街は深夜と言う時間の為か、人通りは無い。故に、修道女風のデウスエクスが宙を泳ぐ怪魚を伴い歩んでいても、それを見咎める者はいなかった。
 路地裏で修道女――ネクロムの名を持つ死神は足を止める。何かに気付いた風の彼女は顔を上げると、配下である三体の怪魚に語りかけた。
「あら、この場所でケルベロスとデウスエクスが戦いという縁を結んでいたのね。ケルベロスに殺される瞬間、彼は何を思っていたのかしら」
 目に浮かぶ光景は虹色の軌跡。この場所で行われた想いを馳せ、ネクロムはウットリと瞼を閉じた。
「折角だから、あなたたち、彼を回収してくださらない? 何だか素敵な事になりそうですもの」
 そして配下に語りかける。
 彼女の声に応じる怪魚達はそのまま、くるくると空中を泳ぎ出した。やがてその舞は青白い光の跡を残し、魔法陣を形成する。
「さぁ。この場所で滅ぼされた彼の怨みは如何ほどかしら?」
 その様子を見届けた彼女はパサリと羽音を一つ残すと、虚空へと消えて行った。
 残された死神達が描いた魔法陣から現れた影は――虹色のモヒカンが特徴的なオークの形をしていた。

「大阪府の住宅街で女性型の死神――因縁を喰らうネクロムの活動が確認されたわ」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の告げた言葉はデウスエクスの到来を予知するものだった。その言葉にヘリポートに集ったケルベロス達の表情に緊張が走る。
 中でも険しい表情を浮かべていたのは死神によるデウスエクスのサルベージを予期していた芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)と、彼と共にそのデウスエクスの討伐を行ったグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の二人だった。
「ってことはやっぱり」
 響の言葉にリーシャはコクリと頷く。
「サルベージされようとしているのは貴方達が倒したオークよ。今から向かえばサルベージが完了した直後に到着するわ」
 グスタフと言う名前のオークの配下を彼らが倒したのは先日の事。それが今や、変異強化を施され死神の配下となろうとしているのだ。
 だからそれを止める為、オークを再度倒して欲しい、とリーシャは言う。
「変異強化されていると言う事はつまり?」
 かつて妖精8種族の中で兵站と看取りを司っていたヴァルキュリアであるグリゼルダにとって、死者の蘇生と言う死神の蛮行は許し難い所業であった。故に、過去にサルベージを防ぐべく、戦いを挑んだ事もある。その時に変異強化についても学んでいた。
「蘇ったオークは一体。でも、死神の施した変異強化の結果、オーク数体分の戦闘力は有しているわ」
「そんな――」
 驚愕を浮かべる響の言葉をリーシャは制する。
「ただし、その代償として知性を失っている。それと、何とかは死んでも治らないって言うけど、女好きって性格は矯正出来なかったみたい。女性を優先的に狙ってくるから、その辺りにつけ込む隙はあるわ」
 きっぱりと断言した。
 また、三体の怪魚型死神についても噛み付きや怨霊弾等のグラビティを使用してくる。攻撃は単調だが油断出来る相手では無い為、注意が必要だろう。
「あと、避難勧告は終了しているから、オークと死神を倒す事のみ、集中すればいいわ」
 物的被害はヒールで修復出来る。そう告げる彼女の言葉にケルベロス達はコクリと頷く。
「死者を眠りから呼び覚まし、更なる悪事を働かせようとするネクロムの企みを看過する事は出来ないわ。だから、それを貴方達に挫いて欲しい」
 その言葉と共にリーシャはケルベロス達を送り出す。いつものように、行ってらっしゃい、と。
「はい!」
 少年と少女の元気な声が、ヘリポートに響くのだった。


参加者
星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)
シルフィディア・サザンクロス(この生命尽き果てるまで・e01257)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)
星廻・十輪子(惑いの一等星・e15395)
セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407)
唯織・雅(告死天使・e25132)

■リプレイ

●墓荒らしの怪魚
 深夜の住宅街はしんと静まりかえっている。静寂のみが支配するこの場所に、しかし、その光景にそぐわない四体のデウスエクスの影があった。
 舞うように空中を泳ぐ三体の怪魚。そして、怪魚達によって蘇らされたオークである。
 怪魚は青い燐光を残しながら悠然と空を泳ぎ、特徴的な髪型のオークは彼らに従うようにその後に続く。
 四つの影が夜の闇に消えようとしたその瞬間。
「待ちな」
 彼らを呼び止める声があった。
「このまま、未練を果たされても困るんで地獄にまた送り返してやるぜ」
 声に反応し、振り返ったオークが「ぶひっ」と興奮した声を上げる。声の主――芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)が生前、自身の命を奪ったケルベロスの一員だった事を悟ったのだろうか。その興奮の声は彼と共に現れた三つの影、星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)、神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)、そしてグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)にも向けられる。
「お父さんを殺し、お母さんの身体を奪った、あの女の仲間。あなた達の好きになんてさせないから。……絶対に」
 鈴は己の因縁を口にし、そしてぼそりと付け加える。
「わたしの恥ずかしい所を見たり、聞いたりしたオークさんはきっちり殺り直さないと」
 きわめて個人的な怨みだった。
「そう言えばグリ君。馬鹿は死んでも治らないって諺を聞いた事がある?」
 オークの怨みの声を受けたユルの問いかけにグリゼルダは小首を傾げていた。
「私の知る限り、死んだ程度で性格等が変わった例は無い筈です」
「あ、だよね」
(「さすが、元デウスエクス……」)
 さらりとした回答に一瞬、むむっとユルが唸る。定命化を果たしたとは言え、デウスエクスであった彼女にとって死は身近なものなのだろう。考えてみれば彼女が仕えていたエインヘリアルは死者の集団でもある。ユルの応対したエインヘリアルの全てが高潔な存在でも無かった事を考えれば、何とかは死ななきゃ治らない、と言うのは迷信なのかな、とも思う。
「とは言え、『死』を与えられた後は判りませんが」
 コギトエルゴスムと化さず、ケルベロスに殺されたデウスエクスがどうなるのか。その答えを自身の知識の中では有していないとグリゼルダは首を振る。
 そんな他愛ないとも形容される会話を打ち切ったのは、同族の言葉だった。
「我ら、看取りを担うヴァルキュリア。故に死神、貴方達の所業を見過ごしはしません。――行きます!」
 セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407)の宣言と同時に、ケルベロス達は走り出す。
 死神の企みを挫くため、オークを再び安寧の眠りにつかせるために。
「叩き起こされた。所、恐縮、ですが。お呼びで、ありませんので、再度、お眠り下さい」
 唯織・雅(告死天使・e25132)が告げたそれは死の宣告。称号に相応しい静かな声が夜の街の中に響き渡る。

●走狗は墓を征く
 迎え撃つ死神、オーク達もまた、黙ってケルベロス達を迎える筈はなかった。
 ケルベロス達が接近するより速く散開し、それぞれの行動に移る。そして死神の一角が放ったのは黒色の魔弾だった。
「はっ、毎夜、毎夜ご苦労なこった」
 放たれた怨念はしかし、四名のケルベロス、そして二体のサーヴァントによって減衰され、侵食の大部分が効果を為さない。シルフィディア・サザンクロス(この生命尽き果てるまで・e01257)に向けられた黒色弾の一撃を割り込む事で弾いた神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)は攻撃主である死神に対して挑発的な声を上げる。
「死神ぃッ! てめえらは、一匹残らず俺の地獄の炎で焼き尽くす!」
「そうです」
 煉の言葉に庇われたシルフィディアも同意を示す。
「死神の野望もオークの復活も許しておけません。纏めてブッ殺してやりますよ」
 フルフェイスのヘルメット越しに発せられた物騒な言葉はまるで地獄の底から響くようでもあった。
 その声で戦慄したワケではないだろう。だが、残された二体の死神はシルフィディアを食い千切ろうと彼女に殺到する。
 だが、その牙もシルフィディアに届く事はない。
「――黒彪!」
「遅ぇ!」
 響のサーヴァント、ボクスドラゴンの黒彪と煉によって阻まれる結果となったのだ。
 そして続けざまに放たれたユルの矢が死神の一体を貫く。
「セデル君、雅君、グリ君ッ!」
 名を呼ばれた三人のヴァルキュリアはコクリと頷く。仲間達が死神を倒す迄、蘇ったオークを押さえ込む。それが彼女たちに託された役割だ。オークに施された変異強化は脅威として彼女らに牙を剥くだろうが、それを恐れるケルベロス達ではない。
「こちらです!」
「ぶもうっ!」
 セデルの声にオークの歓喜の声が重なる。彼女の胸元を露出したレオタードの様な衣装に食指が動いたのか、背から生えた触手がわきゃわきゃとその身体を捕まえようと揺れ動く。ヘリオライダーの伝えた情報通り、死して蘇った今もなお、好色と言う性癖は矯正されなかったようだ。
「一度死んでも変わらないとかどうしようもないクズですね」
 とはその様子を視界の端に納めたシルフィディアの弁。ヘルメットの中の表情は読み取れなかったが、嫌悪に歪んでいる事は感じさせるだけの強ばった声であった。
 そしてオークの触手がセデルの身体を捕らえる。その刹那。
 触手とセデルの間に割り込んだ彼女のビハインド、イヤーサイレントの身体が軽々と宙に吹き飛ばされる。空中浮遊さながらに空中で体勢を整え、ゆらりと地に降り立つ彼女の服、そして身体には触手が刻んだ傷痕が残されていた。どことなく口元から伺う表情が喜色に染まっているのは主人を守れた喜びと思いたい。
「やはり、女性型でも。サーヴァントには反応、しません、ね」
 イヤーサイレントに目をくれず、セデルを狙った一撃を見て雅が感心した様に呟く。生前、このオークと対峙した響達が持つ情報によれば、好色であった事は間違いないが、女性型のビハインドには目をくれなかったとの事だった。死が好色と言う性格に影響を及ぼさないのであれば、その趣好が変わらないのも道理である。
「セクメト。私達も……後に。続き、ますよ」
 自身のサーヴァントであるウイングキャットに呼びかけ、雅は治療用の小型無人機を召喚した。

「夜を泳ぐ、お魚さん。神秘的、ね。青白い光、流れ星、みたい」
 歌うように、囁くように。フードを目深に被った星廻・十輪子(惑いの一等星・e15395)がユルに続き、詠唱する。紡がれた文言と共にケルベロスチェインによって描かれた魔法陣はケルベロス達を包み込み、守護の力を付与する――筈だった。
(「――減衰!」)
 四人のケルベロスと二体のサーヴァントによって生み出された減衰により、守護の力が発揮されない事を悟る。
 減衰が効果を及ぼしたのは十輪子の描く魔法陣だけではない。雅とグリゼルダが召喚した小型無人機もまた、その力を完全に発揮出来ずにいた。
(「でも、完全じゃないにせよ」)
 三重に掛けられたエンチャントは数名には発揮されている。それを是とするしかない。
「レンちゃん!」
「姉ちゃん!」
 それに続くのは天狼姉弟が繰り出す蹴りだった。流星の煌めきを宿す姉の蹴打、電光石火の槍の如く突き出された弟の蹴撃が、姉弟ならではの息のあった連携で死神の身体を切り裂く。
「頼むぜ、親友の相棒ッ! 三毛猫キャリーの道具店、営業開始だぜッ!!」
 痛みに身を捩る死神に更なる追い打ちが炸裂した。響の召喚した三毛猫の獣人はギターと歌声にて紡がれる破壊音波を死神に叩き付ける。三者の集中砲火を受けた死神が取った行動は青色の燐光を残しながら空中へと逃れる事だった。
「一体ずつ、確実に、です!」
 だが、一時的であれ、その離脱を許すケルベロスではない。
 翼を広げ、宙に回り込んだシルフィディアの痛烈な一撃がその魚体に叩き込まれる。死神から零れる悲鳴にフルフェイスで表情を隠した彼女は何を思うのか。
「お前達も地獄に突き落としてやりますよ……」
 口にする声の色は憎悪に染まっていた。

●虹色の墓標
 オークの触手が主を庇ったイヤーサイレントの身体を殴打する。何合とも繰り返された攻撃にその身体は耐えきれず、その身を消失させる結果となった。
「――っ?!」
 返す触手はそのままセデルの身体を吹き飛ばす。壁に叩き付けられた彼女の口からかはりと呼気が零れた。
「セデル様!」
 グリゼルダの施す緊急手術は彼女の身体を完全に癒す事は叶わない。その治癒を補佐すべく呼びだした彼女自身の改良型無人機は広範囲に回復を施す性能のため、治癒能力は雀の涙ほどしかなかった。
「オークの触手などに負けるつもりはないのですが」
 ネットで調べたと言っていた彼女のスラングを聞きながら、グリゼルダは小さく呻く。
(「回復量が足りない――」)
 理由は分かっている。単純な力量の不足。メディックの恩恵を受けながらも、戦士としての経験が浅い故、グリゼルダの施す緊急手術はセデルの負うダメージを完治するに至らない。
 オークの一体はケルベロス一人に匹敵すると言う。オーク数体分の強化を施された目の前の蘇生オークはつまり、ケルベロス数人分の力量を持つ。
 認めざるを得なかった。それを抑えるのに自分は役者不足であった事を。
「叩き起こされた。所……恐縮、ですが。お呼びで、ありませんので……再度、お眠り下さい」
 雅の稲妻を帯びた槍の一撃はオークの肩口を切り裂く。痛みに怯むオークは身動ぎすると、それを逃すかのように咆哮した。
「グリゼルダ、さん」
 ゲシュタルトグレイブを構える雅から告げられたのは叱咤の言葉だった。
「この、程度で……ケルベロスが、止まる事は……決して、ありません」
 だから、心が折れるのはまだ早いと、たどたどしく告げる。
「そうです。看取りを司るヴァルキュリアとして死への冒涜は許せない。……そうですよね?」
 最後の一時まで諦めないと不敵に笑うセデルの表情は儚げに、しかし頼らしげに輝いていた。

 降り注ぐ爆炎の弾丸は死神の命を刈り取って行く。
 シルフィディアの放った弾丸は死神の鱗を、そして命を剥ぎ取り、その身体を光の粒へと転じさせていた。
 残された二体がケルベロスに向ける威嚇の声は、死を刻まれた仲間への追悼にも聞こえる。
「死神でも死を恐れるのか?」
 自身の傷を地獄の炎で癒しながら、煉が戯れを口にする。十輪子の施す祝福の矢、そして姉のリュガによる属性インストールによって死神に付けられた傷は完全に塞がっている。
「安心しろ。直ぐにてめぇらも同じ所に送ってやる」
「死んでも懲りない女好きを、それを蘇らせたこいつらもブッ飛ばしてやる」
 煉の拳が、響の放つ業火が死神の身体を焼く。ケルベロス達の猛攻に死神の戦線は崩壊を始めていた。六人と三体による攻撃は着実に死神にダメージを蓄積させて行く。それを覆すだけの力を彼らは有していない。それは誰の目にも明らかだった――。
「セデルさん?!」
 空気を一変させたのは雅の上げた悲痛とも取れる声だった。
 遂にセデルに限界が訪れたのだ。触手の殴打を受けた彼女は膝を折り、そのまま地面に伏す。うねうねと蠢く触手は意識を失った彼女を抱え、その柔肌を弄ぶように蹂躙して行った。
「彼女を……放せッ!」
「放し、なさい!」
 彼女を解放しようと二人のヴァルキュリアの槍が触手を切り裂こうと薙がれる。だが、二人の膂力ではそれを成す事は出来ない。逆に触手に受け止められ、槍を絡め取られる。
「ぶひゃっひゃっひゃ」
 金属音とオークの哄笑が響くのは同時だった。槍のように突き出された触手の先端がグリゼルダのヘルメットを弾き飛ばしたのだ。
 頭部を強襲されたグリゼルダは地面に叩き付けられ、そのまま動かなくなる。
「グリちゃん!」
 焦燥の声は鈴からだった。
 ぐったりとしたグリゼルダの身体はそのまま触手に持ち上げられる。小柄な身体を引き寄せたオークの口の端から零れていたのは紛れもなく涎だった。
 最悪の想像が鈴の頭によぎる。その否定に御業の炎弾を喚び出すものの、しかしそれは。
「そこを、どいてッ!」
 まるで彼女の妨害こそが自分の使命とばかりに、死神が牙を剥き、射線を塞ぐ。
「これが親父から受け継いだ、俺の牙だッ!」
 その横面を煉の拳が殴りつける。蒼き狼と化した烈火の闘気は死神の魚体を貫くと、まるで食い破るようにその身体を切り裂いて行く。
 光の粒子へと転じる死神に目をくれず、召喚した業火をオークに叩き付けようとする鈴へ、黒色の魔弾が降り注ぐ。
 残った死神の放つ怨霊弾だった。黒い怨念はケルベロス達を浸食し、彼らに踏鞴を踏ませる。
「貴方達も、お休み、なさい」
 対して十輪子は魔法陣を描く。満たされた輝きはケルベロス達を包むと、彼らを蝕む怨念と傷を吹き飛ばしていた。
 時間にして数秒。だが、まるで永劫の様にも感じる。その時間の中で、鈴はグリゼルダの肌の上をぬらぬらとしたオークの舌が這うのを見送る。
 唇を噛む。友人が蹂躙される悔しさに悲鳴が零れそうだった。
 そして、その彼女の視界の中で、オークが爆発した。
「その手を放せ」
 ユルの静かな声が響く。展開された星降る護法による一斉射撃がオークの身体を貫き、吹き飛ばす。
 ケルベロス達が死神に攻撃を集中させる最中、ユルのみがオークの挙動を注視していた。その為、死神の妨害をかいくぐり、オークへの攻撃を成功させる事が出来たのだ。
「ボクは、怒っている」
 仲間へ、友人へ向けられた蹂躙に心を砕いたのは鈴だけではない。ユルもまた、気持ちは同じだ。
 故に――。
「我が魔力、深森に遊ぶ夢幻泡影の、小さき妖精に捧げ、其の妖翼の後光で、愚者を惑わさん!」
 呼び醒まされた森緑の妖精による攻撃がオークに殺到する。ユルの怒りを体現するが如く、エネルギーの矢と化した妖精はオークの身体を貫いていた。
「行くぜ黒彪ッ!! 道を作るぞッ!」
 オークの怯んだその隙を縫って響の召喚した業火が、黒彪の吐く鋼の息吹が死神の身体を燃え上がらせる。
 死を確認する暇は無かった。その必要は無いと消失して行く怪魚からオークに視線を向ける。その先で、三つの影が飛んでいた。
「我が招くは暴虐の顎。さあ……喰らいなさい」
 雅の呼び出す悪食にして暴虐なる捕食者はオークの身体に食らいつく。身体を覆う守護を食い破る一撃を受け、オークがぶへりと悲鳴を上げた。
「よくもっ!」
 翼を広げ、強襲する鈴は拳に神狼を宿らせ、オークの顎を殴りつける。それは奇しくも以前と同じ箇所への殴打だった。
「私の怒りをその身に刻め……」
 そして吹き飛ばされたオークを地獄が包み込む。
 type-Ωから覗かせたシルフィディアの両腕が展開するのは禍々しいまでの地獄の刃。地獄を纏った刃はオークの身体を幾重にも切り裂き、蹂躙して行く。
 あたかも、それは再度、死者となった彼を地獄へ連れ戻すかのようだった。
 断末魔の悲鳴が響く。はらりと舞った虹色の髪は夜の風に紛れ、消えて行った。

●斯くして夜は更けて行く
「最悪の事態は、免れて、います」
 ヒールで倒れた二人に応急処置を施しながら、十輪子が淡々と告げる。
 ユルの攻撃が早かったからなのか、死神の眷属と化した事でオークとしての目的を失ったためなのか、理由は分からない。だが、二人の無事にホッと一息つく。怪我は酷いが寝ていれば治る傷だ。
「……良かった」
 ほっとした表情で鈴が呟く。
「直ぐにヘリオン呼んで、病院かな」
 何事もなければお好み焼き屋でお疲れ様会でも、と考えていたユルの呟きは砂を噛むような表情から零れる。
(「となると快気祝いかなぁ」)
 運ばれる二人を前にむうっと唸っていた。
 なお、意識を失った二人を運ぶのは、二人の男子の仕事だった。
「ま、しぶといヤツだったが今度こそ終わりだぜッ!」
 セデルを背負った響は感慨深げに呟く。死神に呼び覚まされ、そして再び屠る事が出来た。二度とあの虹色のモヒカンヘアを目にする事は無いだろう。
「……前に名前間違った事、謝らなきゃならないのになぁ」
 グリゼルダを背負う煉は寝息を立てる彼女に気を遣いながらぼそりと呟く。
 体格的に言えばグリゼルダより小柄な彼はしかし、他に適任がいないため、これも修行の一環と納得して運ぶ事にした。そんな彼に突き刺さる姉の視線が妙に痛いのは気のせいだと思いたい。
「よし。目が覚めたら腹一杯ラーメンを奢ってやろう!」
 意を決して呟く。
 その呟きを聞きとがめた雅が形成した表情は驚愕だった。
(「グリゼルダさんに……御飯を奢る……? それも、お腹いっぱい……?」)
 思わず天を仰ぎ、その偉業――蛮勇に祈りを浮かべてしまう。
「神よ……彼は無謀ながらも、勇敢でした……」
 果たして、雅の言葉通りになったのか。
 未来を見る事の出来ない彼らに、それを知る術はなかった。

作者:秋月きり 重傷:セデル・ヴァルフリート(解放された束縛メイド・e24407) グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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