また髪の話してる

作者:OZ

●また髪の話してる
 おっさんは、ひっそりと隠れるように電柱の傍らに立っていた。
 視線の先には、美容院。このごろおっさんの住まうアパートの近くに新装開店したばかりの綺麗な美容院だ。客も老若男女と幅広い。
 じっと見つめる。
 見つめる。
 見つめる。
 と、唐突に。
 だあん! と、手を添えていた電柱を、おっさんは力強く叩いた。近くで和んでいた猫が驚いて逃げていった。
「……くそっ、くそっ、皆して、ふさふさの髪の毛なんか持ちやがって……! 俺だって昔はあったんだ! それが、それがなんで……! なんで……! 全部男性ホルモンのせいだ……! ばかやろう……俺にもっと女性ホルモンが多ければ……!」
 恨めしそうに美容院をもう一度見つめた後、おっさんは舌打ちし、とぼとぼと帰路を踏んだ。薄らと両サイドの耳の上に生えているだけの髪の毛に、梅雨独特のねっとりとした空気がまとわりつく。
 気配を感じたのはその時だった。そして。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの願いも、とても素敵ね」
 とすん、と音もなく、おっさんの心臓を鍵が貫いた。
 おっさんの願い。
 ――髪の毛が欲しい。たくさん欲しい。許される限り欲しい。ウェービーでもツンツンでも構わない。
 ――俺猫っ毛だから梅雨の時期とかぺったりしちゃってボリューム出ないんだよねーとか言ってみたい。
 ――髪の毛が、欲しい。
 その願いはドリームイーターによって具現する。
 恐らくはおっさんが倒れたその姿は、酔っ払いが寝ている程度にしか見られないだろう。梅雨時期とは謂えども暖かいので、恐らくはそのまま放置される可能性が大だ。
 そして現れたのは、おっさんの影がそのまま立ち上がったかのような、真っ黒な影。
 その頭頂部には、モザイクが、ゆらゆらと揺れているのだった。


 九十九・白(ウェアライダーのヘリオライダー・en0086)はメモを見つつ、困惑した表情を見せた。
「ええと……ドリームイーターが、出ます」
 そこまではいい。
「……モザイク部分は、髪の毛です」
 あっ、という表情をしたケルベロス達は各々咳ばらいをしたり、気まずそうに目を逸らしたりしている。その中でも果敢に「行こう」と名乗りを上げたケルベロス達に、白は無言で深ーく頭を下げた。さらりと髪を流しながら。
「現れる場所はまばらですが人がいる商店街。ドリームイーターが襲う標的は……なんというか本当に、髪の毛がある人ならなんでもいいみたいですから、ある意味危険です。ああ、でも目立った方が良いのかもしれませんね……ド派手な金髪にしてみるとか、超がつくほどのロングとか。なんでしたっけ、昇天ペガサスMIX盛りとか、そんな感じで」
 ははは、と爽やかに笑ったあたり、白が若干壊れているのが解る。
 落ち着け、と肩をぽんと叩かれて、白はうん、と素直に頷いた。
「……まだ生えてくる可能性はあるはずです。その夢すら奪われてしまっては……どうぞ、この事件の解決、お願いします。あ、あと……ドリームイーターが生まれた場所は、商店街近くの新しい美容室の近くです。探せば、本人が見つかるかもしれませんよ」
 果たして見つけたとしてどう声をかければいいものか。
 それは全てお任せしますと、白は有無を言わせない微笑みを浮かべながら、言った。


参加者
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
ソネット・マディエンティ(捧ぐは反逆の戦詩・e01532)
アイヲラ・スレッズ(羅針盤の紡ぎ手・e01773)
長篠・樹(紋章技工師・e01937)
ペーター・ボールド(ハゲしく燃えるハゲ頭・e03938)
雨之・いちる(月白一縷・e06146)
高乃湯・あづま(自称合法ロリ美少女狐・e07337)
ガンバルノ・ソイヤソイヤ(リペイント・e18566)

■リプレイ


 まばらに人々が行き来する商店街、ケルベロス達はある意味、思い切り目立っていた。行き交う人々は、未だに雨之・いちる(月白一縷・e06146)が殺界形成を展開しないというのに、ケルベロス達のひとつの集団を避けているようにも覚えた。そう、その囮軍団は目立っていた。それはもう目立っていた。
「合法ロリ美少女狐、あづまちゃんの休日編なのじゃ!」
 これは依頼のうちのひとつだと忘れているのかどうなのか、とりあえず休日ではない。その筈ではあるのだが、高乃湯・あづま(自称合法ロリ美少女狐・e07337)はジャージ姿でドヤ顔をした。ジャージ姿のままに美容院に協力を仰ぎ、外から一番よく見える位置で、やり終えたのはヘッドスパ。あづまの髪はそれはもうさらつやふわっふわのきらっきらであった。
「うう~ん! わらわは普段から尻尾の手入れも欠かさぬが、髪の手入れをしてもらうというのも良いものじゃのう!」
 さらっ、ふわぁ……。
 シャンプーのCMばりに髪を両の手で広げて、あづまは言う。
 その場から少しばかり離れた場所では、いちるとペーター・ボールド(ハゲしく燃えるハゲ頭・e03938)が避難誘導を行っていた。
「もうすぐこのあたりにドリームイーターが出る! 髪の毛毟られたくなけりゃあ、大人しく建物の中にでも避難してな!」
 ペーターが声を張った。
「いちる、殺界形成頼んだぜ!」
「あ、うん……実のところ、今展開したんだけど……すごいね、囮の皆。人が避けて通っていってたから……」
「ああ、まあ、あれは……俺も事情を知らなきゃ避けて通ってたかもしれねえな」
 ペーターが光のない目で囮チームを見つめる。
 そこにはきゃっきゃうふふと髪の毛談義を繰り広げる囮チームの姿があった。
「蒸し暑い季節になりましたし、毎日数回は髪を梳かねば大変ですのよ!」
 紫色の髪を指でくるくると一房いじり、アイヲラ・スレッズ(羅針盤の紡ぎ手・e01773)は、はぁ、と大げさに肩を竦めながら溜息を吐いた。
「うむ、髪はやはりボリュームがあったほうが良い。量があれば、髪型も自由自在。もし気に入らなくてもどうせ生えるから切れば良い」
「うむうむ! 全くもってその通りじゃ!」
 普段よりも声のボリュームを上げた長篠・樹(紋章技工師・e01937)の言葉に、あづまがうんうんと頷く。
「ソイヤちゃんはさらっさらにしてみました、さらっさらに。樹さんの言う通り、量があれば切れますし、こーんな風にエクステだってつけ放題! 増やし放題!」
 ガンバルノ・ソイヤソイヤ(リペイント・e18566)はさらさらの髪の塊と化していた。
 そんなガンバルノの姿を見、ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)はストレートパーマをかけた己の髪をちょいとつまんだ。
「う~む。天パでちょっと悩んでたが、いざストレートにしたらこれはこれで慣れんな」
「そこそこ似合ってるわ。いいんじゃない?」
 ムギの髪型を見てから、ソネット・マディエンティ(捧ぐは反逆の戦詩・e01532)は言う。
「私あんまりおしゃれには気を使わない質なんだけど、髪のセットとかこだわってるの見ると、時々羨ましくはなるのよね」
「ソイヤちゃんがお手伝いしましょうか? 髪の毛セット」
 手をわきわきしながら近づいてくる髪の毛お化け状態のガンバルノに思わず一歩退きそうになりながら、ソネットは言う。
「ああ、いいのよ。……私の髪、放熱ケーブルを兼ねてるの。だからあんまり下手にいじれなくって」
「なるほど、そうでしたか。しかし、髪は女の命とよく聞きますが。なら男性の髪はなんでしょう。誇り? 魂? プライド? つまり髪がない男性は……ああ、いえ。なんでもないです。ソイヤちゃん優しいからこれ以上残酷なこといえなーい」
 ガンバルノを始めとした全員が気付いていた。
 わなわなと震える、黒い人型と、その頭に揺れるモザイクに。
「いらっしゃいませお客様? お望みでしたらソイヤちゃんがそのモザイク部分にエクステつけてあげますよ? どうします? まあソイヤちゃん今、前髪エクステつけすぎて前がうまく見えてないんですけど。邪魔すぎる」
 自業自得であった。


「さて、始めようか」
 いの一番にいちるが声を上げた。その掌から具現するのはドラゴンの幻影。ドリームイーターはその幻影の中を突っ切るかのように、正しく猪突猛進にいちるに肉薄した。そしてその手が狙うのは、いちるの美しい白髪だ。
「髪ィィイィィイ!」
「わ、わ……! 必死、だね……!」
 すれすれのところでドリームイーターの攻撃を躱し、ぞわぁ、と今更ながら背筋を駆けあがる悪寒を感じつつ、いちるは眉尻を下げる。
「今のところ、髪の毛で困ってはいないから、気持ちを理解してはあげられないけれど……悩んでるのは辛いよね。可哀想に……」
「髪ィィィ! 髪ィィィイ! 同情するなら髪をくれェェェエ!」
「誰かを羨んだり嫉妬したりしても、自分の頭も心も豊かにはならないんですがねぇ……まさしく、不毛な争いってやつですね」
 さらさらすぎる前髪エクステを片手で少しばかりかき分け、顔の半分を出したガンバルノは言う。その表情はどこか満足気というか、本日集ったケルベロス達の中二人目のドヤ顔のそれであった。
「髪、髪、髪と……ちょっとうるさいわ。静かになさいな」
 ソネットがとんと地を蹴り、一息でドリームイーターとの間合いを詰める。
「我が気、我が心、我が一撃を以て徹す。……止められると思わないことね」
「しかし髪の毛がモザイクって実際に見るとインパクトあるなこれ」
 ムギが前衛達に向け紙兵散布を展開しながら言う。
「髪の悩みか、同じ男性としてその悩み凄く分かるぞ。俺も禿げそうってよく言われるし、他人事とは思えん」
「全くだ。ハゲで悩む気持ち、分かるぜ。俺も三十年近くハゲやってるからな……」
 ムギの横から最前列に立った者達への超感覚を覚醒させながらペーターは言う。
「だがな、人様の髪を嫉妬するのはイカしてねえな! 目ぇ覚まさせてやるぜ!」
「ええ、そのモヤモヤした頭を綺麗さっぱりにして差し上げますわ!」
 アイヲラもまた飛び込んだ。
「キェエエエェェ!」
「!?」
 淑女的な言い回しの直後の奇声であった。その声に思わず数名が振り向いた。二振りのルーンアックスを高く掲げ、ドリームイーターの肩を狙うアイヲラは、腹から力を出すための奇声――いや、ここはあえて気魄と表現しよう――と共に斧を振るう。
「一本だけ! 一本だけでもいいから!」
 後衛から狙いを定めていたあづまもまた、ドリームイーターの発したその言葉に溜息を漏らした。
「無い物ねだりは見苦しく、半端を恥じる姿が哀愁を誘うのじゃ。いっそスキンヘッドはどうじゃ。筋肉を鍛えてワセリン塗ってツヤツヤテカテカハゲマッチョもゲイ術的じゃぞ!」
「おお、あづま。良く解ってるじゃないか! その通り、男は筋肉だ!」
「えっ」
 ムギが目を輝かせ己を見たことに、あづまは一瞬引いた。もしかしたら顔に出ていたかもしれないが、ムギは幸いそれには気付かなかった。


「いやー羨ましいなー頭部装甲薄いと暑い夏でも涼しそうでイイネっ!」
「実はそうでもないんだぜ、むしろ直射日光が当たって暑すぎることもある」
「えっ、あっ」
 相変わらずの髪の毛お化け状態のガンバルノの言葉に軽くペーターが返せば、ガンバルノはしまったと口を結んだ。その様子を見てペーターは笑う。
「気にすんな、伊達に三十年ハゲやってねえさ!」
「ペーターくらいきまっていれば、スキンヘッドも悪くはないだろうな」
 樹が言う。
「さて――頭皮マッサージといこうか」
 ぐっと一度地面を蹴る足に力を籠め、樹が跳躍する。勢いを殺さぬままに炸裂する蹴り技は、ドリームイーターの頭皮から生えているモザイクをぱっと散らした。
「ああっ! 髪ィ!」
「何、多少の刺激があったほうが髪の毛は生えると謂うぞ」
 樹のその言葉に、おお、といちるが声を漏らした。
「なるほど。刺激してあげれば、髪って生えるんだね。やっさしー」
 実に真剣な表情で頷いたいちるは、
「そういうことなら加勢する、ね」
 なんだかもう哀れとしか思えないドリームイーターの頭部のモザイクに向けて攻撃対象を絞った。
「俺の筋肉愛とお前の髪の毛愛、どちらが上か勝負だ! ――哀れだとは思うが手加減はしないし、できない。そのモザイク全て毟ってやる!」
 ノってきたらしい、上着をばっと脱ぎ捨ててムギがその拳を振るう。
「この一撃に迷いなし、筋肉は爆発だ!!!」
 全身の筋肉を『爆発』させ、ムギは渾身の一撃を放つ。放たれた衝撃は真っ直ぐにドリームイーターにぶち当たる。
 一瞬の間があった。
 その直後に訪れたのは再びの『爆発』――否、『大爆発』だった。それはドリームイーターの頭部で起こった。ムギの攻撃たるその一撃に、ぐらりとドリームイーターの身体が傾ぐ。
「か……髪ぃ……一本だけでも、少しだけでも……」
「テェェエエエイッ! まだ仰りますか! 髪も乙女も戦いも、コシが命ですわ! 殿方もそうあるべきと私は思いましてよ!」
 アイヲラが放った追撃に継ぎ、次々にケルベロス達の攻撃が炸裂する。
 ソネットが結んでいた髪を解く。は、と小さく息を零し、ソネットは己の内から湧き上がる熱の、排熱効率を上げた。


「……そろそろモザイクも全部散ってしまうのぅ。少しばかり可哀想じゃったかのぅ?」
「何を言う、最終的には倒してしまうが、刺激してあげた方が良いかなという親切心だ」
 後方から援護を行っていたあづまの言葉に樹は応える。
 よろめいたドリームイーターに、絶え間ない攻撃が降る。
 最早避ける体力も尽き果てたか、ドリームイーターは最期に、とでも言うかのように手を伸ばした。
「か、み……」
 そしてぽとりと、天を――いや、この場合は髪を掴み損ねたドリームイーターの手は地に落ちた。
「筋肉は、髪の毛より強し」
 ムギはさらさらとその人の形を失っていくドリームイーターの姿を見ぬままに、そう告げた。
 ――こうして、髪をめぐる戦いは終わった。

 ぺちぺちとおっさんの頬を叩き、ペーターはおっさんが意識を取り戻すのを確認するとにっかと笑った。
「よっしゃ、おっさんも無事だな!」
「お、俺は一体……」
 おっさんはきょろきょろと自らを囲むケルベロス達を見つめた。
「ドリームイーターに……デウスエクスに襲われていたんですの。ご無事で何よりですわ。あ、……それと、ですね――」
 アイヲラがそっと差し出したのは、『頭髪が無くても幸せになれる!』と実に解りやすいポジティブな言葉が書かれた雑誌の一ページ。しずしずと後ろに下がって、アイヲラはぺこりと頭を下げた。
「俺もな、小せえ頃にビルシャナに毟られて以来ずっとハゲやってんだ。でもその後に髪の毛を地獄化してな」
 ぼっ、とペーターの頭に地獄化した炎の髪が生える。おっさんは小さく「おお」と呟き目を輝かせた。
「へへっ、どうだい、イカしてるだろ? 髪のある奴にはこんなイカス髪型できねえぜ! あんたも地獄ヘアー目指したらどうだい?」
「お嬢さんも……俺を助けてくれたのか?」
「えっ?」
 さっさと帰ろうとしていたソネットに向けて、おっさんが声を掛ける。
(「え、何、私もなんか言えって?」)
 そんなことを思いながらソネットが周囲を見渡せば、全員が頷いた。
「……。まぁ、うん。ハゲが好きって層もいるわよ。どんな頭だってなにかしらの需要はあるって、きっと」
 言いながら己の髪を再びポニーテールに纏め、ソネットは最低限の空気を読んだ。その言葉に「ありがとう、ありがとうよう」と咽び泣き始めたおっさんはもう誰にも止められない。
「男にとって大事なのは髪の毛じゃない、筋肉だ。……だからその、何だ、泣くだけ泣いたら家に帰んな! おっさんならもう少し筋肉つけてみればスキンヘッドだって似合うと思うぜ!」
 頑張れ! とムギは言葉を締めくくる。
 おっさんは泣きながら何度も何度もその言葉に頷いた。
「これにて一件落着――じゃのぅ」
 あづまの言葉に、樹もまた頷く。
「あづま、見てみろ。なかなかに綺麗に撮れている」
「!? 囮をしている最中を撮っておったのか……」
 樹のスマートフォンの中に映し出されるのは、囮をしている真っ最中のあづま達の姿。
「……こ、こうして見ると少しばかり……いや、なんでもない、ないのじゃ」
 少しばかりの羞恥心を胸の中にぐっと押し込めて、あづまはこほんと咳払いをした。
「わらわはもう帰るぞ! 本気を出すのは明日からじゃ」
 実に『らしい』言葉に幾らかのケルベロス達が笑った。

作者:OZ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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