白詰草の残滓

作者:七凪臣

●よみがえり
 それは、月も星もない夜だった。
 水と夏の香りが漂うなだらかな丘陵地で、白き翼の死神ははたりと足を止める。
「あら、こんな場所でもケルベロスとデウスエクスが戦いという縁を結んでいたのね」
 空泳ぐ怪魚を三匹を引き連れた死神は、敬虔なシスターのような姿をしながら、人の因縁や恨みの感情に悦びを得る性を持つ。
「あなたに死の間際、遺されたのは何だったのかしら?」
 嫣然とした月の弧を唇で描いた死神は、瞳を伏せて想いを馳せ――薄く目を開くと、連れた三匹を振り返った。
「あなたたち、せっかくだから『彼女』を回収して下さらない?」
 ――何だかとっても素敵な事になりそうなんですもの。
 願う形でありながら、命じる言葉を愉しげに吐き、白き翼の主は姿を消す。
 
 春に咲き、秋まで人の目を楽しませる白詰草。
 白き花が敷き詰められた地を、仄青い光を放つ怪魚が泳ぐ。
 描かれた軌跡は、まるで魔法陣のように浮かびあがり。やがてその中心に一体のビルシャナが召喚される。
 否、正しくはビルシャナであったモノ。
 嘴の付け根から牙を剥き、伸びた爪はまさに肉食獣のそれ。
「……フ、ク……シュウ――ヲ」
 くわり押し上げられた瞼の奥には、知性失いし赤い眼が爛々と燃えていた。

●『復讐』
 都心から電車で二時間と少し。長閑な田園風景が広がる町で女性型の死神の活動が確認された。
 彼女はアギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)の宿敵である、『因縁を喰らうネクロム』という個体らしい。
「このネクロムが怪魚型死神に命じたのは、ケルベロスによって殺されたデウスエクスの残滓を集め、その残滓に死神の力を注いで変異強化させた上で戦力として回収することのようです」
 彼の地でケルベロスに屠られたのは、恋敵への復讐を目論んだ音々という女性と融合したビルシャナ。想いに強く縛られた音々自身も、ビルシャナと共に果ててしまった。
「安曇野さんがご心配されていた事が現実になってしまったんです」
 憂いの色濃くリザベッタ・オーバーロード(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0064)が語るのは、安曇野・真白(霞月・e03308)が危惧していた凶事。
 ビルシャナに利用された者が、再び死神に利用される悲劇。例え自ら望んで招き寄せた悲運とは言え、眠りについた筈の魂を無慈悲に穢されるのはやはり哀れだ。
「甦ったビルシャナに宿っているのは、『復讐』の思いだけ。記憶や知性などは一切ありません」
 敢えて『音々』とは言わず、リザベッタは復讐の鬼と化したビルシャナとの戦いについて説く。
 性質は凶暴、只管に目の前の敵を殺めようとするだろう。
 付き従うのは三匹の怪魚型死神。
 周辺には既に避難勧告が出してあるので、余人の関与を心配する必要はない。
 それだけの情報を一息に語り、リザベッタは緑の眼差しを切なげに細めて願う。
「……お願いします。せっかく静かに眠った音々さんを、音々さんの魂の残滓を。死神になど利用させないで下さい」

 戦場は白詰草の咲く地。
 嗚呼、何という皮肉だろうか。
 白詰草が持つ花言葉は『幸運』――そして『復讐』。


参加者
藤守・つかさ(闇視者・e00546)
連城・最中(隠逸花・e01567)
安曇野・真白(霞月・e03308)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
薊野・鏡花(触れないで・e17695)
香良洲・鐶(枯らす毒・e26641)
ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)
楠久・諷(オラトリオの鹵獲術士・e28333)

■リプレイ

 暗がりに、光の帯が放射状に伸びる。闇から浮かび上がるのは、白い花を踏みつけて立つ鳥の――獣の異形。
「……フ、ク……シュウ――ヲ」
(「復讐? 自分を倒したケルベロスに? それとも、自分ではない者を愛した男に? 愛された女に?」)
 翼を持ちながら牙をも持つ口から零れる呻きに、藤守・つかさ(闇視者・e00546)は漆黒の闇に胸裡で問う。
「復讐なんざもう止めとけ、果たしても報われねェぜ……なんて言っても、もう分からねェか」
 頭上から生やした兎耳をぴくりと揺らし、ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)が言った。
 そう。
 かつて『音々』であったモノは、もう何も理解してはいない。ただ鍋底にこびりついた焦げのような『復讐』の残滓だけに突き動かされているのだ。屠りたい相手さえ、覚束ないのに。
「復讐する事だけしか残ってない状態で蘇らせるなんてっ、そんなのってないっ…!」
 込み上げる哀しみと怒りの侭に、シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)は背に二対の薄紅の翼を広げ、髪に勿忘草の花を咲かせる。
 それは、少女が戦う意志に目覚めた証のようなもの。
「音々さんの魂を。必ず、救うよ!!」
 8名のケルベロスと1体のボクスドラゴンが、白詰草の野を駆け出す。

●妄執
「我が手に来たれ、黒き雷光」
 黒雷一閃。グラビティ・チェインから転じさせた黒い雷を得物に纏わせ解き放つ、つかさだけが持ち得る力。迸らせた夜闇よりなお真闇に近い一撃は、大気を渡りビルシャナを衝撃の渦に飲み込む。
「参ります」
「行きます」
 白狐のウェアライダーの少女と、オラトリオの女。先に力を編み上げ終えた安曇野・真白(霞月・e03308)と、彼女が作った流れに乗った楠久・諷(オラトリオの鹵獲術士・e28333)――二人の女は華奢な体躯から強烈な蹴りを繰り出すと、爆ぜた大気で敵を纏めて薙ぎ払う。
「そっちは任せた」
「了解です」
 ビルシャナから怪魚へ、そして同じ陣を形成する仲間へ馳せられたつかさの視線を眼鏡を外した瞳で受け取り、連城・最中(隠逸花・e01567)は軽く腰を落とす。
「影無き刃――捕らえられるものならば」
 艶めく刃を鞘から抜き放つ刹那、最中が居合から繰り出すのは雷力を帯びた神速の斬撃。風さえ生まず、軌跡さえ描かぬ一閃に、淡い燐光を放つ怪魚の一匹が中空で大きく身をうねらせた。
「早く解放してあげるんだ、だからキミたち魚は邪魔なんだよっ!」
 跳ねて、飛んで。空色の眼差しに熱を灯し、シエラシセロが魂喰らう拳を、最中の斬撃を受けた魚へ叩き込む。破壊者たちが遺憾なく能力を発揮した連撃をまともに被った下級死神に、生き残る術はあろうはずもなく。輝く鱗を花吹雪のように舞わせ、一体の怪魚が命を散らす。
「……ジャマ、しなイデ!」
 囀りは、細く掠れる女の響き。しかし膨れ上がる怨嗟の火球は激しい紅蓮に燃えて。
「――っち」
 放られた炎弾が真白を狙ったのは偶然か、はたまた心の欠片に沁みついた何か故か。ともあられ見知った少女の窮状に、ローデッドは反射で体を開く。
「あ、ありがとうございます」
「別にな」
 送られた礼には素気なく返し、男は褐色の肌が焦げた異臭を鼻を鳴らしてやり過ごす。が、その苦痛も長くは続かない。薊野・鏡花(触れないで・e17695)の実らせた黄金の果実が、聖なる光を放ち癒やしてくれたのだ。共に与えられた浄化を助ける力も、灯って消えない炎の消失を予感させる。
「ありがてぇな」
 削がれた分を満たし切るには足りないが、動くには十分な回復を得てローデッドは獣のしなやかさで中空へ跳ぶ。
「喰らっとけ」
 狙いに定めたのは、残った怪魚のうちの一体。なんの変哲もないようで、だからこそ圧倒的な力を込められた蹴りに胸鰭を貫かれ、死神がびちりと身を震わせた。されど、彼らとて屠られる的に甘んじるつもりはないらしく、果敢に剥いた牙で最中を食む。
 ずるりと吸い上げられる、命の雫。しかし多くの戦場をくぐり抜けて来た男にとっては、差し迫った危機とはならない。況してや――、
「……浄化の力よ、雷よ」
 香良洲・鐶(枯らす毒・e26641)が掲げた電撃杖が編み出す雷壁が、最前線へ展開されればほっと安堵の息を吐けるくらいの余裕も生まれるというもの。

 ケルベロス達が持参した光源に、真夜中の戦場が煌々と照らし出される。緑の中に咲く白は、一つ前の季節と同じに。なるだけ踏まぬようローデッドは気を遣うが、ビルシャナ自身が乱暴に花弁を散らす。
(「……戦場にするには避けたい場所ではございますが」)
 今にも朽ちそうな怪魚を金眼の中心に捉え、真白はくっと唇を噛む。
(「ビルシャナも、死神も。必ずここで、終わりにいたしましょう」)
「きらきらひかる夜をつなぎ、請うて願いし、光糸のゆらぎ」
 固い決意を秘した柔らかな詠唱に、ぴんと敵を示す真白の指先から仄かな流星の煌めきが尾を引き放たれた。
(「思った以上に早かったな」)
 真白を継いだ青き双眸ボクスドラゴン――銀華のブレスに、はらり解け逝く光を目端で捕え、つかさは二体目の怪魚の終わりを知る。
(「だが、こっちも準備は万端だ」)
 血濡れたばかりのナイフは、ビルシャナへ多くの縛めを与えたことを如実に物語っていた。

●結策
 救える可能性のあった命が失われた初夏。懺悔も、後悔も、最中は違うと思っていた。ただ祈っていたのは、『彼女』の安寧。
「……それなのに、」
 顔色は変えず、けれど漏れた呟きに様々を乗せ、最中は月の軌跡で鳥の異形を薙ぎ払う。
 まずは死神の数を減らし、次いでビルシャナへ総攻撃を仕掛ける策。区切りと成る数は、二に定めていた。瞬く間に事を成したケルベロス達は、つかさが罠を張り巡らせた復讐の鬼へ全霊を注ぎ始める。
「はぁっ!」
 気合一閃。可愛らしい姿とは裏腹の勇ましさを漲らせ、シエラシセロが疾風怒濤の蹴りをビルシャナの腹部へ見舞う。強烈な一打に、無数の羽が弾け飛ぶ――が、さすがは強化変異型。手応えは確かにあったのに、立ち尽くす脚は微動だにしない。それどころか。
「――っ、フク、しゅう、ヲォ!」
「連城さん、っ」
 言い知れぬ、そして往く宛のない憤懣が籠められた爪は先鋭にして苛烈。肩を二重に引き裂かれた最中へ、鏡花は急ぎ緊急手術を施す。
「そこに意志という魂が宿らぬ哀れな亡骸を土へと還しましょう」
 デウスエクスの死神は、ただの墓荒しでしかない。例え姿形に生前を思わせる何かがあったとしても、甦りしモノはただの別物だと諷は考える。
「死神という名ばかりのクズは残滓すら残さず滅しましょう」
 例えばそれは、冥府から掬い上げられたものまで。穢された魂への憐みを、機動力を奪う蹴りへと換えて、諷は流星の煌めきとなってビルシャナを爪先で穿った。
 蚊帳の外に放られた怪魚とて馬鹿ではない。支援しようとビルシャナが狙った最中の方へと泳ぎ出る。しかし、その牙はまたも体を張ったローデッドによって阻まれた。
「お返しは、鳥の方になっ」
 己が痛みは何処吹く風。喧嘩上等、ローデッドは貪欲なブラックスライムに地獄の炎纏わせ、羽毛に覆われた体躯を激しく打ち据える。その反応の良さは、彼が負ったダメージの軽さの証。
(「回復は、まだ大丈夫か」)
 状況を具に見て取り、鐶は4種のスートが描かれたシャーマンズカードを華麗に捌く。光帯び発動した力で召喚するのは氷の騎士。エネルギー体は駆け出し端に風を生み、主が秘する竜種の翼や尾を覆う白衣を微かに翻し、そうして鳥の異形の元まで至ると鋭い切っ先でその身を貫いた。
 対する敵に対して、命中精度はさほど高くなかった筈の鐶の一手。
 だが、そんな事は関係ないとばかりに効力を発揮できたのは、事前に仕込み、つかさがより執拗に逃げ足を封じたおかげ。
「あんたも運が悪いな」
 成した策が十全に機能しているのを見止め、つかさは再び黒雷を練り上げる。
 全身を漆黒で染め抜く男の口の端が、ほんの僅か吊り上がったのは、この戦いはそう長くはかからないと確信したから。

●君想う
 ――幸福、約束、私を思って。
(「そして『復讐』」)
 足元に植わる白の裏腹な花言葉を思いながら、鐶は黒に混じる一房の赫灼を爆風にそよがす。
 眇めた眼に映るのは、ビルシャナを守ろうとして諷に殴られた怪魚。ぐらり彷徨う様は、終焉間際と見て取れた。
 落せるものなら、容赦はしない。それが優しい眠りを贈る妨げになるのなら尚の事だ。
「氷の騎士よ……全てを凍てつかせてしまえ」
 狙いをビルシャナから下級死神に転じ、鐶は喚んだ氷の使者を差し向ける。冷気を纏い砕けた燐光は、儚く美しい断末魔。
 交わした攻守は、おそらく片手に過ぎるが両手には余っているはず。
 幾度目かの黒雷を残った最後の異形へつかさは放ち、小刻みに痙攣する羽に複雑な思いを募らせる。
(「俺は、どうするんだろうか」)
 かつて妹を除く家族を惨殺された男は、もしその死の真実を知った時に、自分が『復讐』を考えずにいられるか、望まずにいれるか分からない。
「音々さまは識っていらっしゃいました。想いの行く末も、選ばれた先も――想いに全てを賭けられた分」
 決して幸福にはなれないと識りながらビルシャナとなった女の一途さを振り返り、真白はヘリオライダーの少年が敢えて『名』を呼ばなかった残滓と向かい合う。
「今度こそ、ここで終わりに致しましょう」
 強く放たれる言葉に、添う銀華が真白を見上げる。心配気な様子に、真白は「大丈夫」と微笑みを返し、敵貫く星の軌跡を戦場へ描いた。
(「よみがえりもう一度逢えるなら、真白にだって願うひとはおります」)
 胸を刺す姿は瞼の奥に留め、真白は煌めきの先を追う。悲劇は、これ以上要らないのだ。
「そーそー。帰れよ、塵は塵に、ってな」
 奮戦する少女の前に立ち、ローデッドはぶっきらぼうに言った。だが、苛立ちの矛先が向けられるのは、ビルシャナではなく死神の方。折角減らしたのに、片っ端から蘇らされては割に合わない――と、いうのは建前。
(「ま、俺が言えた事じゃないんだがな」)
 表へは微塵も滲ませない自嘲は、己が心を疼かせる傷を抉じ開ける。
 忘れ得ぬ痛みはローデッドの中にも。跡形もなく喰われ、利用される事無く潰えた『お前』は幸福だったのかもしれない。そんな想いを噛み締めて、男はバネを活かした強烈な蹴りをデウスエクスへ見舞った。
 一体の『敵』に、様々な心が交差する。最中の裡でも、また同じく。
 あの日、仲間達や送り出してくれた少年の顔。幼馴染の涙、掌の感触……最期の表情。
 集めた欠片を無表情の奥に飼い慣らし、裸眼の男は一度対峙した相手をまっすぐに見つめる。
「……ごめん、二度も苦しませて」
 自分が狙われたのが、『彼女』の恨みであってくれればいい。それで少しでも晴れる事があるならば。だが、命は呉れてやれないから、代わりに振るう刀で囚われの魂を浄化に導く。
 ビルシャナは、酷く哀れな様になっていた。羽毛は抜け落ち、牙も欠け、重なった縛めのせいで伸ばした爪は土しか掻けずに。
 それでもぶつぶつと繰り返す、復讐という怨嗟の声。
「ビルシャナに身をやつしたのは正しい事とは言えませんが、その命をかけて貫いた意思は尊いと思うのです」
 生まれつき、不治の病を抱えた諷にとって、死は酷く近しい存在。故に諷は思うのだ、どんな事であっても、命を賭して意志を貫くのは尊いと。
「ですから、その意思を穢すような行為を赦すわけにはいかないのです」
 仲間が作ったリズムに身を任せ、諷が緑の大地を蹴った。緑の髪に咲くクスの花を揺らし、舞い降りる先には弱り切ったビルシャナ。想い込めた重い蹴りで、更に終わりを近付ける。
「約束、幸運、復讐――もう、哀しい繰り返しはさせません」
 止め処なく襲い掛かる戦士たち。怒涛の勢いを継いだ鏡花も、この段に至っては癒しは不要と、左手を掲げた。
(「僕は、意識があった頃の、彼女を知らない、けれど」)
 それでも。音々であった女は、最期の時は『音々』で在れたと思うから。少しでも救われたと思うから。これ以上の蹂躙は赦せないから。
「死神には断罪の左手を、骸には贖罪の右手を」
 とつりと鏡花は呟き、鋏手に意識を集中させる。練り上げる、螺旋の力。
「続く苦しみに終止符を」
 大気を裂いて、凍てた白が飛翔する。折れたのは、右手の爪だった。痛みに、ビルシャナは遂に蹲る。蹲ったまま、炎を投じる。生憎と、大地を焦がすに終わったが。
(「死人に口無し、何も語らず――ただ、もう一度声が聞きたくて……よみがえりを願ったことが、ない訳でもない」)
 シャーマンズカードを繰りつつ、鐶は己が裡にのみ声を響かせていた。
(「けれど、夢の続きを願っても。いずれ覚めたら虚しいだけだろう、ね」)
 成ってしまった現実は、決して覆らない。
(「何を想って何を白詰草に託したのか、もう知る術はないけれど……せめて、もう一度眠りにつかせる事が優しさ、かな」)
 憂い、憐み、慈しみ。鐶は槍騎兵を翔けさせる。
「ア゛ッ、あ、ぁッ!」
 泡を吹いた口から洩れるのは、苦痛の呻き。もう、復讐さえ紡げずに。
「こんなの、もう望んでないよね?」
 ゆっくりとシエラシセロがビルシャナに歩み寄る。体が勝手に、そう動いていた。
 復讐に捕らわれる姿は、自分と重なっている。シエラシセロも、故郷を滅ぼした死神が許せない。必ず自分の手でと、復讐を誓ってもいる。でも――。
「憎むのは疲れたよね」
 ――音々さん。
 異形の中に在りし日の面差しを探して、名を呼んだ。もたげられた首は、息が苦しかったからだろう。しかし、その名を知っているようで。
「……いくよ」
 光鳥の群れを召喚したシエラシセロは、その内の2羽をナイフへ換え、ビルシャナの胸へ深く刃を突き立てた。
 おやすみ、音々さん。
 復讐でなく、幸運を。今度こそ。

●さよなら
 眼鏡をかけても、厚い雲が邪魔をして星は見えない。けれど、それさえ超え祈りを届けようと最中が黙祷を捧げる傍らで、鏡花は白詰草を編む。
 敢えて冠にはしなかったそれの最後に結ぶのは、スイトピーのドライフラワー。
「優しい記憶の中で、眠れますように」
 遺骸は残らなかった。だから鏡花は深い爪痕が残された地に、新たな意味を添えた手向けを右手で奉じた。
 夜の静寂が戻った野を、鐶は一望する。咲いている白花も、いずれは枯れるのだろう。
「留められるのは記憶の中だけ、か」
 永遠の輝きを仕舞える宝箱は己が内に。だからこそ、縋ってしまう事もあるが、救いにもなるはず。
 人間は、矛盾を抱えた生き物。辛く苦しい事も少なくないけれど。
「今度こそ、ちゃんと眠れよ……」
 何にも邪魔されることなく――天へ還った魂を想い、つかさは二度と繰り返される事はないだろう永遠の「さよなら」を白い花へ贈った。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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