凍星の竜

作者:犬塚ひなこ

●凍てついた翼
 三浦半島南部は城ヶ島。
 鎌倉奪還戦と同時にこの地に現れたドラゴン勢力は半島を制圧し、拠点を作った。
 数多くのドラゴンが城ヶ島に籠っている最中、とある一体のドラゴンが島外へと出ていた。大きく伸びをするように広げた翼は氷の如く冷たい冷気を放ち、その体躯は夜空のように昏く仄かに煌めいた色をしている。
 例えるならば、凍星と表すに相応しい。
 グルル、と喉を鳴らしたドラゴンは半島まで足を延ばし、適当な森へと降り立った。そして、おもむろに周囲の木々を薙ぎ倒しはじめる。無意味に憂さを晴らすように暴れまわるドラゴンは未だ知らない。
 すぐそこまで自分を討つために集ったケルベロスが迫っている事を――。
 
●星の竜を討て
「皆さん、大変です。三浦半島南端の城ヶ島がドラゴン勢力に制圧されました」
 集ったケルベロス達へ、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は冷静に告げてゆく。
 このドラゴン勢力は鎌倉の戦いの後、エインヘリアルとの勢力争いを見据えて城ヶ島に潜伏し集結していたようだ。おそらくドラゴン達は、真の敵はケルベロスではなくエインヘリアルであると見做していたのだろう。
 だが、鎌倉奪還戦はエインヘリアルの敗北に終わった。
「戦の結果、ドラゴン勢力は城ヶ島に拠点を築き防衛力を高めているようです」
 そういった現状、今すぐ城ヶ島を制圧する事は難しい。だが、何が起こるか分からない先を思うと今の内に少しでも敵の戦力を削る必要があるだろうとセリカは語った。

「実は、このドラゴン達の一頭が島から離れて単独行動する事がわかったのです」
 敵は一体ずつが強敵であるうえに戦場が敵地となる危険な任務となる。しかし、ここでドラゴンの数を減らす事ができれば戦況はかなり優位になる。そこで件のドラゴンが単独行動する所を襲撃し、撃破して欲しい。
 そう願ったセリカは今回の敵となるドラゴンについて説明していく。
「そのドラゴン――仮に『凍星の竜』と名付けておきますね。凍星の竜は半島のとある森の中で暴れています。特に目的があるわけではなく、島に籠ってたまった鬱憤を晴らしているだけのようです」
 セリカは今こそがチャンスだと告げる。
 敵はこちらの襲撃など予想だにもしていない。だからこそ、ヘリオンから降下して一気に強襲する作戦を取れるのだ。
「凍星の竜は氷のドラゴンブレスや爪、尻尾を使った攻撃を行います。敵は一体ですが、どの攻撃も強力なので気を付けてください」
 星空を思わせる体躯の模様に、氷のような翼。
 見た目は美しくとも、その内に秘められているのは獰猛で残酷な性質だ。
 そのうえ、三浦半島南部はドラゴンの拠点である城ヶ崎に近いため、戦闘終了後はすぐに撤退する必要がある。
「勝利が難しいと判断した場合も撤退する余力があるうちに離脱し、出来る限り遠くの安全圏まで逃げ延びてください。場合によっては城ヶ島のドラゴンが増援が現れる可能性もありますので、引き際は重要です」
 倒せずに撤退した際の作戦は失敗となるが、命は何よりも大切だ。
 どうか細心の注意を、と願ったセリカは戦いに赴くケルベロスの無事をそっと祈る。
「ドラゴンと正面から戦うことはとても危険です。ですが……この任務、皆さんならやり遂げてくださると信じています」
 そして、セリカは静かな微笑みと共にケルベロスへの信頼を示した。


参加者
梅林寺・マロン(インフィニティポッシビリティ・e01890)
ユールヒェン・ラヴィンツァラ(紫黒の戦神・e02430)
鞍馬・九郎(斬狗郎・e02669)
哭神・百舌鳥(病祓いの薄墨・e03638)
アベル・ウォークライ(ブラックドラゴン・e04735)
霜寺・篤(庭師・e05841)
ユイ・オルテンシア(紫陽花の歌姫・e08163)
イリア・アプルプシオ(機械仕掛けの旋律・e11990)

■リプレイ

●対峙
 冷気が吹き荒れ、周囲の木々が薙ぎ倒されてゆく。
 暴れるドラゴンは湧きあがる破壊衝動のままに緑の森を凍り付かせようとしていた。
「ストレス溜まって、そこいらもんに当り散らすなんざ、まるでガキじゃねぇか」
 鞍馬・九郎(斬狗郎・e02669)は軽く息を吐く。そして、上空から敵の姿を捉えたケルベロス達は戦いの場へと降下してゆく。
 迅速に森に降り立ち、霜寺・篤(庭師・e05841)は拳を握りしめた。
「森を荒らしまくるような奴は庭師として捨て置けん、確実に始末しないとな」
(「あのドラゴン、私の髪の色に似ている」)
 イリア・アプルプシオ(機械仕掛けの旋律・e11990)も敵の姿を瞳に映し、自分の髪と凍星の竜の体躯を見比べる。
 まだ敵はこちらに気付いておらず、狙うのは強襲。
 バイオガスの展開を合図とした篤は仲間に視線を送る。哭神・百舌鳥(病祓いの薄墨・e03638)も暴れる敵を見遣った。
「戦闘開始だね。包囲陣形を取るよ……」
 百舌鳥の言葉を聞き、梅林寺・マロン(インフィニティポッシビリティ・e01890)も自らを獣の姿へと変じさせた。
「いつだって油断しちゃいけない。不意をうたれるほうが悪いんだ」
 マロンが地を蹴り、ドラゴンに向けて電光石火の蹴りを見舞いに駆けた。
 それと同時ユールヒェン・ラヴィンツァラ(紫黒の戦神・e02430)も敵に狙いを定め、喜々として先陣を斬っていく。普段の静かな様子とはうってかわり、舌なめずりをして至極楽しそうに笑う彼の姿はまるで獲物を狩る獣のようだ。
「カッ喰らわせろヨ、てめェをなァ!」
 刹那、鋭い蹴閃がドラゴンを貫いた。そこで敵もケルベロスの存在に気付き、痛みと怒りに震える咆哮をあげる。
 周囲の空気を揺らすほどのドラゴンの声はおそるべきものだった。
 しかし、アベル・ウォークライ(ブラックドラゴン・e04735)は怯まず、簒奪者の鎌を大きく掲げて駆ける。
「どんな強敵であっても、恐れず立ち向かうことが勝利への鍵だ!」
 アベルの雄々しい竜翼が風を斬り、尾が揺れた。駆け抜け様に薙ぎ払うようにして放たれた地獄の炎がドラゴンを焼いてゆく。
 ユイ・オルテンシア(紫陽花の歌姫・e08163)は頼もしい仲間の背を見つめ、心の中で皆の勝利と生存を祈る。
「勝って必ず生きて帰りましょう♪」
 紡がれた声に込められているのは、良い未来がありますように、という想い。
 猟犬の縛鎖を解き放つユイに続いて九郎が雷の力を発現させる。左手で刀の鯉口を切った九郎は更に鍔を弾いて刀を上に飛ばし、落ちてきた所を右手で掴んだ。そして、雷を帯びた霊刀を振るい、凍星の竜を切り裂いてゆく。
 だが、ドラゴンもただやられているばかりではなかった。
 口を大きくあけた竜は冷気をまとい、氷の吐息を篤や百舌鳥へと向ける。されど、後衛に向けられた攻撃を庇う形でマロンとイリアが立ち塞がった。
「夜は恐怖をもたらすものではいけない。夜は安息のためにあるものよ」
 星のような体躯も、氷めいた翼も、滅ぼすべきもの。
 イリアは身を貫くような冷気に耐えながらもそっと誓い、凍星の竜を強く見据えた。

●応戦
 襲い来るドラゴンの気迫は激しく、ともすれば気圧されてしまいそうだ。
 対するユイは決して負けぬよう、澄んだ声を響かせる。
「――咲き誇れ 想いを胸に 満開に♪」
 癒しの歌がマロンの受けた傷を癒し、しかとその背を支えた。イリアも自らの傷を癒すべく、天秤の守護星座を地面に描いてゆく。
「星の輝き具合では負けないわ」
 敵にそう告げ、陣を展開させたイリアは前衛に防護の力を宿した。
 百舌鳥も表情を引き締め、のんびりした普段とは違う真剣さを抱く。そして、杖からほとばしる雷を敵に向けて放った。
「さあ、こっちからも行くよ……」
 言葉と同時に威力を増した雷撃は氷の竜に絡みついてゆく。百舌鳥の一撃に合わせ、九郎も日本刀を構えて距離を詰めていった。
「さあ坊や、ねんねの時間だぜ。あ~らよっと!」
 ただ勢いをつけ、全力で振るった太刀筋は無造作にしか見えない。だが、九郎はそこから追撃の刃をくらわせていった。彼にしか出来ぬ剣の扱いを横目で見遣り、篤とアベルは流石だと感心する。
 自分も負けぬように気合いを入れ直したアベルは裡に秘めた騎士道精神を強く抱いた。敵はデウスエクスと言えど、力を持つもの。
「その強き力、認めよう。そして……そのうえで正々堂々と倒す!」
 鎌を掲げたアベルは刃を敵に差し向け、ひといきに放り投げる。Z状の刃が回転する鎌は敵へと向かい、その夜星色の体躯を見る間に斬り刻んでいった。
 弧を描きながら手元に戻ってきた鎌を掴み、アベルは更なる攻撃の機会を窺う。
 しかし、凍星の竜の猛威は続く。
 次にユールヒェンに向けられたのは鋭い爪の激しい一閃だった。
「いいなァ、その力持て余してる位なら僕にくれヨ」
 鋭い衝撃が身体中を駆け巡る。されどユールヒェンはどこか羨望にも似た眼差しをドラゴンに向けた。そして、彼は痛みなど構わずに容赦なく攻撃を続けていく。
 篤はその隙を見逃さず、自らを超加速させた。
「はっは~、ハンドル握ってなくても早さには自信があるんだぜ!」
 風のような突撃で敵を一気に穿った篤はドラゴンを見事に怯ませていく。しかし、篤達の連撃を受けてもなお敵の体力はありあまっているようだ。
 長期戦を覚悟しなければならないと感じたユイはケルベロスチェインを展開し、守護の魔法陣を描いていく。
「――♪」
 ユイが紡いでいく歌声は戦場にもよく通り、穏やかな空気を満ちさせていった。
 それでも、その空気すらすぐにドラゴンによって乱されてしまう。マロンは敵の気脈を断つべく、指先を急所に向けて突き放つ。
「さすがに竜なだけあって手強いね」
 マロンは攻撃に期待する効果が乗らなかったことに歯噛みした。痺れも石化も跳ね除け、ドラゴンはひたすら暴れ回る。
「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, miserere nobis.」
 守りを重視して立ち回るイリアも福音書を読み上げ、傷を取り去っていった。
 その間にユールヒェンとアベルが更なる攻撃へと移り、凍星の竜の力を削る。
「なァ、カッ喰らわせろ」
 強敵との戦いに滾る衝動のまま戦いつつも、ユールヒェンは常に冷静に周囲に気を配っていた。もっとも注意すべきことは増援がきていないかどうか。
「増援のドラゴンは来ていないか。……よし」
 アベルも半島南部を警戒しながらも戦いに集中し、鎌を華麗に操り応戦してゆく。影の如き斬撃と虚の力を宿す生命吸収撃が重なりあい、ドラゴンを切り裂いた。
「今だよ……やろう」
「ああ、確実に当ててやる!」
 更なる隙を見出した百舌鳥と篤が頷きを交わし、それぞれの得物を振るう。鋭い槍の如く伸ばした黒液と、空を断つかのような斬撃が敵の傷跡を正確に斬り広げた。
 ケルベロス達の攻撃は次々と繰り出されるが、敵もまた尾や爪を使って激しい反撃を見舞い返して来る。
 九郎は攻撃が後衛に及ばぬよう庇い、衝撃を受け止めた。
(「何とか耐えられるか。とはいえ、力は侮れねぇ。もしもの時は……」)
 倒れそうになる身体を自らの足で何とか支え、九郎は覚悟を決める。ドラゴンはまだまだ余力を残している。だが、自分達もまだ誰も倒れてはいない。
 できるところまで戦おうと心に決め、仲間達は更なる戦いに思いを馳せた。

●急転
 刃が振り下ろされ、翼がはためき、魔力が飛び交う。
 凍星の竜との戦いは烈しさを増しながら巡り、ケルベロス達は果敢に戦い続けた。敵と戦う中で、仲間達も確かな手応えを感じている。
 しかし――事態は急転した。
 その機が訪れたのは敵の体力を半分ほど削ったと思われる頃合いだった。
「厳しいですが……ユイは歌い続けます」
 ユイは常に癒しに回り、前衛として立ち回るイリアも回復行動に手を割かれていた。それほどに敵の攻撃は厳しく、徐々に癒しの手が足りなくなってきたのだ。
「ボクのことは大丈夫。だから心配しないで!」
 そのことにすぐに気が付いたマロンは喰らった魂を己に憑依させ、全身に禍々しい呪紋を浮かびあがらせた。回復を他にまわして欲しい、という意味を受け取ったユイ達は更に癒しの力を強めようと意思を固める。
「早々に片を付けられればいいんだが……!」
 篤も押されつつある展開を察し、少しでも敵の力を削る為に神速の突きを繰り出した。
 その一閃はドラゴンの鱗を剥ぐ勢いで駆け巡り、竜の血を散らす。ユールヒェンは今こそが好機だと感じ、凍星の竜に接敵した。
 戦いへの飢えを満たすため、少しでも長く一番近くで対峙していたい。
 衝動と共にユールヒェンが放った指天殺がドラゴンを貫いた。だが――それと同時にドラゴンの咆哮が彼の耳を劈く。
「……!?」
 刹那、ドラゴンの尾が大きく振るいあげられた。
「ユールヒェンさん、皆さんも危ない――」
「まずいな、あれを受けたらひとたまりもないぞ!」
 思わず百舌鳥がその名を呼び、九郎が仲間を庇おうと駆ける。
 しかし、間に合わない。
 尾の一閃はユールヒェンと九郎、マロンやイリア達まで巻き込み、衝撃を与える。
 何とか耐えられた者もいた。だが、一番大きな痛みを受けたマロンとユールヒェンがその場に膝をついてしまったではないか。
「不意を打たれちゃった……」
「まだまだ……足りねェんだヨ……。僕は腹ペコなんだ……」
 戦い足りない。戦わなければならない。そんな意志を感じたが、もう彼らは立つことすら出来ないまでに力を奪われていた。
「そんな……。いえ、諦めません」
 ユイは目の前の現実に驚きを隠せなかったが、すぐにはっとしてまだ立っている仲間に癒しの力を放った。静かな想いの詩が紡がれ、仲間の傷を癒されていく。
 だが、この状況はまずい。そう感じた仲間達の脳裏に『ある条件』が浮かぶ。
 そして――。
「退きましょう。これ以上は戦ってはいけないわ」
 イリアの声が決定打となり、残ったケルベロス達は即座に同意した。
 降下前のヘリオン内、皆で強く決めていたのは『一名以上の戦闘不能者が出た時点で撤退を考える』ということ。現在、二名もの戦えない人員が出てしまった状況では無条件撤退を行わざるを得なかった。
「皆で決めた事だからな。逃げるぜ!」
 篤も判断を下し、仲間に呼び掛ける。
 敵地で迷いでもしたならば、すぐに不意を突かれて全滅してしまうだろう。
 それに向こう見ずな蛮勇は勇気ではない。
 勝利したいと願った。しかし、全員で生きて帰るとも誓ったのだ。このまま無理をして戦い続け、皆が瀕死ながらも敵を倒せる道もあったかもしれない。だが、この場に居るケルベロス達はそんなことを望んではいない。
 それゆえに、この場においての本当の勇気とは――撤退を決断することだった。

●決意
 竜の咆哮が響き渡り、冷気が周囲を包み込んでゆく。
 アベルと九郎が武器を敵に差し向け、ユイが二人の傷を癒していった。その間に百舌鳥はマロンに肩を貸し、隠された森の小路を発動させた。
「ごめんね……」
「あの森の奥にいこう。大丈夫、支えるよ……」
 朦朧とした意識の中で謝るマロンに首を振り、百舌鳥は先を見据える。
 道を開けてくれる枝葉を掻い潜り、木々の陰になるところを通って速やかに逃げる。その先導を買って出た百舌鳥は城ヶ崎から遠ざかる道を選ぶ。
 篤は倒れたユールヒェンを背負い、皆もすぐに撤退するように促した。
 戦闘不能者を担いでいる現状、ドラゴンの気を逸らす役は仲間に任せるしかない。篤は頼むぜ、と視線でだけ仲間に願い、一気に駆け出した。
「二人は離脱させたわ。後は皆で撤退するだけよ」
 戦闘不能者とそれを支える二人、計四人が撤退したことを確認したイリアはユイ達に呼び掛ける。それに頷いたユイはドラゴンの気が自分から逸れた瞬間に身を翻し、篤達が駆けて行った方向へと走った。
(「これでいい……。だが、後三人……この力を暴走させるべきか?」)
 九郎は周囲の状況を窺い、考えを巡らせる。
 しかし、その気配を感じ取ったアベルはそれには及ばないと首を振った。そして、アベルは言葉の代わりに自らの身に地獄の炎をまとわせる。
「真なる黒竜の力を見せてやろう!」
 黒竜へと変化した彼は翼を広げ、超高速の飛翔で凍星の竜に突撃した。それは制御の難しい究極技だが、仲間が逃げる隙を作るには最善の手だった。
 暴走の可能性はアベルが消してくれた。すまない、と告げた九郎は地を蹴り、撤退路へと駆け出した。
 ――グアアァァ!
 黒竜アベルの一撃を受けた敵の鳴き声が響き、大きな隙を生む。
 だが、アベルも疲弊している。イリアはすかさず、力を使い果たして元の姿に戻ったアベルの腕を引いて疾走した。
「ありがとう。これで全員よ」 
 頷いたアベルを先に行かせたイリアは殿を務め、皆と共に森を駆け抜ける。
 背後では竜が翼を広げ、羽ばたく音が聞こえた。おそらくケルベロス達を追おうとしているのだろう。だが、森は視界を遮ってくれる。
「何とか逃げられそうだね」
「はい、追いつかせたりなんてしません!」
 百舌鳥とユイは敵の羽音が徐々に遠くなっていくことを確かめながら、駆け続けた。
 撤退を選んだケルベロス達を誰も責められはしない。
 もし責める者がいても構わない。イリアは犠牲を出してまで得た勝利は本当の勝ちではないと感じていた。
「大丈夫、これで良かったんだ」
 篤もこの選択は決して間違っていなかったと信じる。
 確かに勝利も大切だ。しかし、何よりも大事なのは仲間の命だと断言できるからだ。

 それから暫く。
 暗くなった森の中、仲間達は逃げ切れた事を悟って足を止める。
 皆が疲弊しているが死の危険にさらされた者は誰もいなかった。ユールヒェンとマロンもユイの献身的な手当ての甲斐あって重傷を免れている。
 イリアが逃走中に連絡をしたおかげで、迎えのヘリオンも間もなく訪れるだろう。
「平気ですか?」
「うん……。皆見て、最後の抵抗として持ってきたんだ」
 ユイが問いかけるとマロンは掌を広げた。そこには凍星の竜の鱗が数枚あり、九郎は彼女の抜け目なさに思わず笑む。
 敵は倒せなかった。しかし、自分達は生きて情報を持ち帰ることができる。
「ドラゴンは強かったな」
「このことを皆に知らせないとね……」
 篤が戦いを思い返す中、百舌鳥も敵の力量を他のケルベロスに伝えようと決めた。ユールヒェンも奥歯を噛み締め、凍星の竜への決意を新たにする。
「次は必ず、てめェを喰らう」
「ああ、次こそは凍星を討ってみせよう」
 アベルも深く同意し、木々の間から見える星空を仰いだ。
 今、胸に宿ったのはリベンジの炎だ。ゆえに下を向いている暇はない。
 この炎は氷の竜すら溶かさんとして、激しく熱く燃えあがっているのだから――!

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:失敗…
得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 15
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