大切なフィアンセ

作者:koguma

●ちぐはぐな2人
「ついてこないで!」
「そんなに怒ることないだろう?」
 休日のお昼時。ランチデート中なのだろうか、イタリアンレストランから勢いよく出て行った彼女を、彼氏が慌てて追いかける。
「私達2人の結婚式なのに、祐平君何にも考えてくれてないよね!?」
「それは……その。仕事が忙しいし、美香の好きに決めてくれれば俺は文句ないから……」
「なによそれ。私だって仕事してるけれど挙式場に打ち合わせに行ってるの! 言い訳聞きたくない、帰って!」
 興奮して、今にも泣きだしそうだ。
 数か月後に挙式を控えた、幸せカップルのはずだったのに……。
「とりあえず落ち着こう、なっ? ケーキ食べに行くか? そういうの好きだろ」
「それで機嫌をとっているつもり? 私がどうして怒っているのかわかってないでしょう! もう帰ってよ!」
 思わず振り上げた美香の拳に、その瞬間攻勢植物が絡みつく。
「みか……、やめ……」
 グシャリ。

「うそ……」
 へたり込んだ美香の右手から血が滴り落ちる。
 変わり果てた祐平の姿。殺すつもりなんて、なかったのに。

●ヘリオンにて
「今回の事件は、かすみがうら市から飛び散ったオーズの種の影響によるもののようですね」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は神妙な面持ちで言葉を紡いでゆく。
 皆の活躍により、充分なグラビティ・チェインを得る事無く飛び去ったオーズの種だったが、得られなかったグラビティ・チェインを補充するため、潜伏した状態で活動を始めたのだった。
「皆さんは、美香さんが攻勢植物を装着した所へ介入する事ができます。どうにか気付かれないように近づき、美香さんに声掛けをするなどして、事件を未然に防いでほしいのです」
 攻性植物は、グラビティ・チェインを獲得しない限りオーズの種の元に戻る事はできないらしく、祐平が殺されるのを防げば、本性を現してケルベロス達に戦闘を挑んでくるだろう。
「説得がうまくいかなかった場合ですが……」
 セリカは悲し気に目を伏せ、説明を続ける。
「美香さんの攻撃を阻止できなければ……美香さん自身を撃破する必要があります。そうしなければ、祐平さんは死んでしまいますし、グラビティ・チェインを得た攻勢植物に逃げられてしまいます」
 しかし、声掛けでの説得が失敗してしまっても、『加減攻撃』ならば美香を殺さずに攻撃を阻止出来るかもしれない。
「その後は、本性を現した攻勢植物ーーつまり、美香さんと一体化した攻勢植物との戦闘になります」
 注意すべきは、普通に攻撃すると攻勢植物と共に美香も死んでしまう点だろう。
 しかし、相手にヒールを掛けながら戦う事で、戦闘終了後に美香を救出出来る可能性がある。
「美香さんが死んでしまった場合の事も説明しておかなくてはなりませんね……。彼女が死んでしまった後は、誰にも寄生する事無く、攻勢植物は皆さんに襲い掛かってくるようです」
 説明は以上です。とセリカは言葉を切り、
「オーズの種は日本全国に飛び散って事件を起こしています。このまま放っては置けませんし、皆さんどうか力を貸してください」
 と、締めくくってケルベロス達を見送るのだった。


参加者
絶花・頼犬(心殺し・e00301)
小山内・真奈(ドワーフの降魔拳士・e02080)
知識・狗雲(鈴霧・e02174)
月隠・三日月(月灯は道を照らす・e03347)
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)
荒耶・四季(進化する阿頼耶識・e11847)
雨咲・時雨(何度躓いても進む・e21688)
ケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442)

■リプレイ

●2人の幸せは突如壊れて
 燦々と降り注ぐ陽の光が、夏の到来を感じさせる。
 ショッピングにランチと、休日を楽しむ人々が行き交う雑踏の中に、ケルベロス達が紛れ込んでいた。
(「まだかまだか! この高ぶる感情を抑えるのは不得手だぞ!」)
 黙って待機するなどケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442)にとっては苦行というもの。ケオがひとり我慢大会をしている一方で、傍らのキオノスティヴァスは落ち着き払っている。
 人の流れの中で知識・狗雲(鈴霧・e02174)とルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)も状況を見守る中、
「ついてこないで!」
「そんなに怒ることないだろう?」
 目当ての2人がイタリアンレストランから飛び出した。
 道行く人々がちらちらと見てくる程に、2人の仲はどんどん険悪になっていく。
「もう帰ってよ!」
 美香が怒りのままに拳を振り上げた、その時ーー。
「美香殿ちょっと待った! 祐平殿を殺すことになるぞ!」
 凛と響くような声の主は月隠・三日月(月灯は道を照らす・e03347)。隠密気流で気づかれること無く接近していたのだ。
 荒耶・四季(進化する阿頼耶識・e11847)と小山内・真奈(ドワーフの降魔拳士・e02080)も同様の手段で近づくことに成功していた。
「……放っておいて、あなた達には関係ないでしょう!」
 喧嘩の熱が冷めやらぬ美香を諭すように、
「その絆、壊れたら元には戻らんで、それでもええんか?」
 真奈は真剣なまなざしを向ける。
「……」
 ーーきっと取り返しのつかない事になってしまう。そう思わせるのには十分だったのだろう、美香は振り上げた拳を力なくおろしたのだった。
「お前には攻性植物が寄生している。それを証明してやろう」
「一体どういう事なの……」
 四季の言葉に、戸惑う美香。右腕に宿ったオーズの種は、いつ芽吹いてもおかしくないのだ。祐平を守るように、ケオがずいっと2人の間に立ちふさがった。
 そして、雨咲・時雨(何度躓いても進む・e21688)が祐平へ呼びかける。
「さあこちらへ!」
「でも美香が……」
「彼女には今デウスエクスが付いているんです、早く逃げないと殺されます! 早く行きましょう!」
 戸惑いつつも、祐平は安全な場所へと導く時雨の後を追いかけた。
「祐平さん、突然連れ出して申し訳ありません。詳しい状況をご説明します」
 安全な場所に着き、時雨の口から大体の事情が語られた。もしかすると、彼女が死んでしまうかもしれないという事もーー。
 
 その一方で、絶花・頼犬(心殺し・e00301)は殺界形成での人払いに精を出していた。行き交う一般人達もまた、守るべき命だ。
 その甲斐あって、あんなにも賑やかだった街角から、人々が遠ざかって行ったのだった。
「嫌ぁあ! 何なのこれ!!」
 恐れおののく美香の右腕には、おぞましき攻勢植物が装着されていた。美香の意思とは関係なく、右腕はケルベロス達への殺気で満ちている。
 四季は事前に渡されていた無線機で時雨に呼びかけた。
「攻性植物が出てきたぞ、すぐに此方に来てくれ!」
「わかりました、すぐに向かいます!」
 無線を切った時雨は、祐平にも無線機を握らせた。
「任せっきりじゃ、ダメだと思うのです」
 仲間たちの元へ駆けていく時雨の後姿を見ながら、祐平はひとり、じっと何かを考えているようだった。
 
●目覚めたオーズの種
 攻勢植物よりも早く、動いたのは頼犬。前衛陣を護るべく、彼らの足元にケルベロスチェインの魔法陣を展開させた。
「オーズの種……まだ被害が出ているのだな……」
 かすみがうら市から飛び散った種が、目の前で猛威を振るっているとあらば、無論放っておく事は出来ない。
 四季の構えたバスターライフルーー灼滅砲アグニの銃口からは激しい炎さながらのエネルギー光弾が、
「痛いと思うけど、がまんし」
 真奈の掌からはドラゴンの幻影が放たれて攻勢植物へ襲い掛かる。
「うう……」
 さらに三日月のサイコフォースによる爆発の衝撃が、攻勢植物越しに美香を蝕み……。
 それでも、
「我々も最善を尽くす! 美香殿、少しの間耐えてくれ!」 
  絶対に助けるとは言えない辛さを抱えて、しかし美香を救いたいからこそ、攻撃を続ける他ない。
(「救出が難しいなら、更なる被害拡大を防ぐために彼女を殺すつもりで来ているんだ。
 ……それでも、死んでほしくない。生きて幸せになって欲しい。だから今は、助けられる望みがあるうちは、諦めたくない……!」)
 役割は違えど、救いたい思いはウィッチオペレーションを掛ける狗雲も同じで。
「痛いですよね、ツラいですよね……きっと俺にはこれしか出来ないから」
 緊急手術を施すと、美香の表情は少し穏やかになった。
 しかしそれもつかの間、攻勢植物は奇怪に蠢いて大地に融合してゆくではないか。
 みるみる内に戦場を侵食した攻勢植物は、
「嫌っ、こんな事したくないいいい!」
 美香の気持ちを嘲笑うように三日月と狗雲を飲み込んだ。
「くっ……」
 苦しそうな主人に、アスナロは懸命に属性インストールを施した。こんな攻撃を受け続ければひとたまりもないだろう。
「さぁ、この攻撃でも受けてみなさい!」
「我慢した分! 思い切りやろうか!」
 ルピナスの放った半透明の御業が攻勢植物を鷲掴みにし、畳みかける様にケオの豪快な飛び蹴りが炸裂。
「ハハハッ! 潰れてしまえ!」
 じっと待機していた分開放感は格別だ。勢いの鈍った所へ、
「行かせません……絶対に!」
 時雨は祐平のいる方向を背に庇って、
「……影の内から出でよ分身」
 美香の影から生み出した影分身達と共に、総攻撃を仕掛けた。

●心身削る、長き戦い
 攻勢植物とケルベロス達の攻防は激しさを増していく中、
「青の力を見せてあげるね!」
 狗雲の紺碧色の鎖が、ルピナスのバトルオーラから放たれる気力溜めが、傷ついた者達の傷を癒す。
 一進一退に見える戦いだが、ケルベロス達が積極的に掛け続けたバットステータス、そして絶え間ない攻撃が、じわりじわりと敵の体力を削いでいる。
「何が起こっているの? 光が集まってる!」
 おびえる美香、先端に強大なエネルギーを湛えた攻勢植物の銃口の先にはーー。
「頼犬危ない!」
 容赦ない破壊光線を遮るように、四季が立ちはだかった。
「このままじゃ……!」
 頼犬は咄嗟に分身の幻影を繰り出し、四季の背中に襲い掛かる炎を和らげた。
「ありがとうな」
「ううん、こちらこそありがとう。俺は皆が倒れないように回復を頑張るしかできないから」
 しかして、回復を担う者達の働きが、戦う者をしっかりと支えているのだ。
「そうら、情熱の炎だ! 焼かれてみろ!」
 朗々と響き渡るケオの声。存在そのものが燃え盛る炎のような彼女は、体格の良さと声の大きさも相まって、存在感抜群だ。
 バッと広げた掌からドラゴンの幻影が飛び出して、攻勢植物に纏わり燃え盛る。
「キオノス! お前もドンドンやるといい!」
 キオノスティヴァスもノリノリで、顔から閃光を振りまく。
 攻勢植物にしてみたら、チカチカ点滅するテレビフラッシュの煩わしさと言ったら、この上ない!
 攻勢植物は怒りのままに蔓を伸ばして、キオノスティヴァスを締め上げた。
 その隙に、時雨は美香へマインドリングを放って癒しを与えるが、
「攻勢植物も一緒に光の盾の中に……」
 美香を癒せば、攻勢植物も恩恵を受けてしまうのは仕方がない事だ。
「時雨殿、ここは私に任せてもらおう。さて、私とお前、どちらが疾いかな?」
 魔法系グラビティは不得手だが、白兵戦ならお手の物。
 三日月は軽やかな連続跳躍で攻勢植物を翻弄し、流れるような槍さばきで盾を穿った。
 心なしか攻勢植物がしなびて来ている。とはいえ油断は禁物だ。
「ここからがほんちゃんや。みんな、きばるで」
「うん、もうひと頑張り。美香さんを必ず助けてあげようーー花よ血る血る、癒すは躰」
 絶花家に伝わる奥義の一。鮮やかな椿の花弁が仲間達の元へはらはらと降り注ぎ、癒しを与えてゆく。
 再び奮闘するケルベロス達。そんな中、狗雲はずっと美香の機微を気にかけていた。
(「悲しい結末だけは本当に見たくないんだ。見習いとは言え、俺は医者だ。目の前で助けられた命を救えなかったなんて本当にあってはいけないだろ」)
 寄り添ってくるアスナロを見れば、アスナロもじっと見つめ返してくる。
 アスナロの木の下で怪我をしたドラゴンを助けたあの日のように。同じようにやればいいだけだと、心に決めて。
「まだ彼に伝えてないことあるよね。ちゃんと自分の口で伝えてあげて」
「……でも私、祐平にもう会えない、かもしれない」
「俺は諦めませんよ。幸せはこんなところで終わっちゃダメだから」
 強い気持ちと共に、狗雲は美香に緊急オペを施した。
「そう弱気になるな。死なせはしない……! お前を待っている人がいるんだからな……!」
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」
 安らぎを与える詠唱と共に、
「帰ってこい! お前には帰る場所があるだろう!」
 四季が伸ばした手を、美香が左手で弱弱しく握りかえす。
「うん……うん……」
「あとちょっとや、頑張り。絶対助けるで、なぁ、あの説得の言葉考えんのに、5日もかけたんやで」
 喰らってきたグラビティを炎に変えてーー
「刃の錆は刃より出でて刃を腐らす」
 纏った炎ごと、攻勢植物を殴りつける。
「愛しい人を失うってことは、ホント、しんどいで」
 かつてデウスエクスに旦那を殺された過去をもつ真奈だからこそ、そう、強く思う。
「美香さん、待っててくださいね。必ず助けて見せますので」
 最後こそ慎重に。
 そっと手加減を加えたルピナスの一撃が、攻勢植物に終わりを告げたーー。

 みるみるうちに枯れ果て、消滅してゆく攻勢植物。元に戻った右腕を見るなり美香は気を失ってしまった。
 真奈とルピナスが慌てて抱き留める。
「えらい気ぃ張ってたんやろうなぁ」
「ええ、安心して気が抜けてしまったようですね」

●雨降って地固まる
 三日月は静かに黙祷を捧げたのち、荒らしてしまった周囲の建物にヒールを掛けていく。
 戦いの痕跡がなくなった街角には、早くも人々の活気が戻りつつあった。
「美香さん、お目覚めですね」
 四季と共にヒールを掛けていたルピナス。 美香が意識を取り戻し、ほっと胸をなでおろした。
「よく頑張ったな……」
 優しいまなざしを向ける四季。
 そこへ、時雨から無線連絡を受けた祐平が戻ってきた。
「皆さん、美香を助けてくれて本当にありがとうございます」
 深々と頭を下げる祐平に、声を掛ける頼犬。
「もっとじっくり話し合うといいよ。経験談……だけど」
 取り戻す事の出来ない、殺された妻子への思いがあるからこその言葉なのだろう。
「ごめんな、最近美香が色々やってくれている事が、当たり前だと思ってしまって甘えてたと思う」
「うん……でも、私も怒っちゃってごめん……一緒に結婚式の事決めてくれる?」
「もちろん!」
 失いかけて初めて気づく大切なもの。
 素直になれば、お互いを思い合っていた事に改めて気づく事ができる。
 こうして、オーズの種が引き起こした悲劇のひとつが見事阻止された。帰路につく皆の表情は晴れやかだ。

 そしてーー猫変身した時雨はこっそりと、
 仲良さげに談笑しながら、雑踏の中に消えていくカップルの後姿を見届けたのだった。

作者:koguma 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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