闇夜を駆ける

作者:こーや

 ビルの屋上から夜の街を見下ろす女。
 かなりの強風が吹きあげてくるというのに、黒いハイヒールを履いた足は何の不安もなくそこに立っている。
 長い黒髪を一つに束ねた少女の姿が隣に並んでいる。
「あなたに命令を与えます」
 女はトン、とペン尻で自らの肩を叩いた。
「地球での活動資金の強奪、或いは、ケルベロスの戦闘能力の解析です」
 こくり、少女が頷くのを確認した女は言葉を続ける。
「ケルベロスが動こうが動くまいが問題ありません。活動資金とケルベロスの情報、どちらを得ても私たちの利益となります」
 ですから、と女は言う。優しいとすら思える声音と表情でつづけた言葉は――。
「心置きなく死んできてください」

 月を背に少女が夜の世界を跳び回る。一度跳んでは電柱の上に。二度跳んでは屋根の上に。その末に少女が舞い降りたのは邸宅と呼ぶに相応しい日本家屋の中庭だった。
 音もなく中庭を駆け抜けた少女が家に上がり込もうとしたところを――白いエプロンを付けた使用人が見つけてしまった。
 少女とはいえ見知らぬ姿。時刻は深夜。不審者と判断するには充分だった。ゆえに、慌てながらも使用人は人を呼ぼうと口を開く。
「だ、誰――」 
 大声を上げる直前、少女のクナイが使用人の喉を貫く。ごぼり、嫌な音と共に使用人の口と喉から血が溢れだした。
 少女は自らを見つけた人間をことごとく絶命させながら、家の中を駆ける。
 目指す場所は一つ。先ほど外から確認した金庫のある部屋――主人の寝室。

「知ってる人もいてはると思いますが、螺旋忍軍が金品を強奪しようとする事件が続いてます」
 河内・山河(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0106)が切り出すと、集ったケルベロス達の表情が引き締まる。
 強奪する金品は高価であるだけで特別なものではない。そのことから地球での活動資金にするつもりなのだろう。
 この一連の事件を起こしているの『月華衆』と呼ばれる螺旋忍軍の一派。小柄で素早く隠密行動を得意としているらしい。
 今回、山河が予知した現場は中庭や蔵もある日本家屋。月華衆は中庭から侵入し、主人の寝室へ向かうのだという。
「中庭や言うても充分な広さがあるとこですから、ここで待ち伏せするのがええでしょうね」
 木も何本かあるが戦闘の障害とはならないはず、と山河は言い添えた。
 住人には既に事態を説明して避難を促してあるので一般人を巻き込む心配はない。
「月華衆は特殊な忍術を利用します。自分が動く直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用するいうものです」
 それだけか、と問うケルベロスに山河は首肯を返す。
「これだけです。せやから、皆さんの戦い方によっては月華衆の次の攻撃方法を特定することも出来る思います」
 ただ、と山河は気になるところがあるとばかりに首を傾げた。
「月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先するみたいです。なんでかは分かりませんけど……この点を踏まえて作戦を立てれば、有利に戦える思います」
 むぅ、と朝倉・皐月(地球人の降魔拳士・en0018)が唸る。
「月華衆の行動って、なんか変だね。うー……真似されるのっていい気しないけど、うん、ここはバーンってぶっ飛ばそう!」


参加者
ミシェル・マールブランシュ(ガーディアンデクロックワーク・e00865)
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)
ジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)
シィ・ブラントネール(天使の二丁剣銃・e03575)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
池・千里子(総州十角流・e08609)
逆井・鈴都(ドルチェの鈴音・e22382)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)

■リプレイ

●闇
 闇と光が共存する中庭。
 夜が生み出す闇は影を深くし、月が生み出す光は優しく、設置された照明は力強く中庭を照らす。
 日本家屋の母屋の縁側や玄関にも人工の光こそあるものの、それだけだ。人の気配は無い。
 逆井・鈴都(ドルチェの鈴音・e22382)は丸く刈り込まれた木に身を隠す。隣には大事な相棒であるテレビウム『琴』。
 琴の小さな体を見遣り、鈴都はまだ見ぬ敵を思う。いいように使われて何も思わないのだろうか。
「自分の意志が感じられない相手ってのは不気味だな」
 ともすれば風の音にかき消されそうなほどに小さく呟いた鈴都の膝に、琴がぽふりと小さな手を置いた。不気味と言いながらももどかし気な鈴都を気遣ったのだろう。大丈夫と言う代わりに琴の頭にそっと触れる。
 コピーするしか能がない相手に負けたくはない。表面上には見えていない、別の目的があるのかもしれないと思うが、考えても答えは出なかった。
 そのすぐ近くには別の影が二つ。ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)と朝倉・皐月(地球人の降魔拳士・en0018)だ。
 屋敷の主に避難を促そうとしたガドだが、皐月に大丈夫だと止められてヘリオライダーからの情報を思い出した。避難は促しており、月華衆は中庭から侵入すると言っていた。事前に行わなければいけないことは身を隠すくらいだと思い至り、そのまま皐月と物陰に入ったのだ。
 同じように身を隠した玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は緑の目を小刻みに動かし、仲間の位置を確認する。
 陣内の隣にいるのはヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)。
 池・千里子(総州十角流・e08609)は背を取られぬよう木と壁の僅かな隙間に。
 体を低くし、繁みに隠れているのはミシェル・マールブランシュ(ガーディアンデクロックワーク・e00865)。
 シィ・ブラントネール(天使の二丁剣銃・e03575)は茂みを利用して、中庭を見渡しやすい灯篭の足元に。
 どこに隠れているか分かっていれば見つける易い仲間達と違い、隠密気流を使っているジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)はそこにいると分かっていても気を抜けば見失ってしまいそうだ。
 そのジンは赤い瞳を瞼で隠し、殺気を放つ。避難は済んでいるが念の為だ。
 ふいに、一つの小さな影が落ちた。ケルベロス達が一様に身構えたのと同時に、少女が音も無しに中庭に舞い降りる。
 途端、全てが始まった。

●月
 闇夜を縫って飛び出した黒豹は照明を浴びながら駆ける。繰り出した跳び蹴りは勢いこそあるものの殺意が無い。
 胴に受けた衝撃を利用し、少女は後ろに跳んだ。
「……参る」
 いつ宵闇に溶け込んでもおかしくないような服の袖からナイフを覗かせたジンが反対の手の攻勢植物を変形させ、最前へと飛び出した仲間に聖なる光を浴びせる。
 僅かでも情報が得られればと注意深く少女の様子を見る鈴都も、すかさず攻勢植物の姿を黄金の果実へと変えてジンと合わせる。月の生み出す銀の光をかき消すように黄金の光が広がった。
「ごきげんよう、月の綺麗な夜で御座いますね」
 その間にストンと着地した少女の前で、ミシェルは手に持った警棒をそのままに丁寧にお辞儀をした。
「敢えて貴女『方』と呼ばせていただきますが……貴女方の思い通りにはさせはいたしません。ご容赦くださいませ」
 言い終えるやいなや、ミシェルは自らに魔術加護を打ち破る力を付与する。
「敵の本命はうちらの情報……てことはぶっちゃけた話、あちらの目的はコレで果たせとるっちゅうことよね」
 ガドの言う通り敵の手の平の上で踊らざるを得ないのだから癪な話だ。遮蔽物を利用して『周囲から攻撃が見えにくい』ようにしたいところだが、遮蔽物になり得るものが限られているこの場所では難しい。せめて強盗だけは止めなくては。
 朽ち果てた槍が本来の輝きを取り戻すと、ガドは茂みをも跳び越えて一直線に突撃した。
「なに、ケルベロスの授業料くらいは払ってもらわんとな、ってことさ」
 避けようとした少女だが間に合わず、槍の一撃を受けたがケルベロスがグラビティを使うのを特別気にする素振りもない。淡々と自らに打ち込まれる技やケルベロスを癒す技を眺める様子は、作業の一環だと言わんばかりだ。
 ヒエルはさっと周囲を窺った。今日は月が出ている。こちらから見える高所に誰かが居ればすぐに分かるはず。戦闘の様子を見届けている伝達役がいるのではと警戒したが、それらしき姿も気配も無い。
「意味はないかもしれないが……」
 それでも伝達の妨害になればと、ヒエルはバイオガスで戦場を覆いながら急加速し、重拳撃を叩き込む。
 吹き飛ばされた少女は悲鳴どころか呻くことさえせず、木に叩きつけられる寸前に宙でくるりと身を翻すと、薬剤の雨を降らせたばかりの皐月の頭を踏みつけ、再び跳び上がった。
「うぎゃっ!?」
 突然の出来事に可愛げのない悲鳴を上げた皐月に千里子が声をかける。
「朝倉、大丈夫か?」
「なんともないけど、腹立つなぁ……!」
 踏み台にされたことに憤慨する皐月の声を背に、昂ぶる心を体現するように跳び上がった千里子は照明を受けてギラリと輝く斧を振りかぶる。距離がゼロになる直前に振るわれた斧は、少女が咄嗟に身を反転したことで空振りに終わる。
 そこへシィのbenedictionが火を噴いた。いや、凍結光線を発射したものの、仮面のみに狙いを定められていた弾丸は少女の真横をすり抜けていく。命中精度を重視していても、特定部位を狙った攻撃は当たりにくいのだ。
「やっぱりそう簡単にはいかないのね」
 シィは諦めつつもへこたれることなく次の攻撃に備えて武器を構えなおす。ちらとその様子を確認したジンがマフラーを口元まで引き上げる。
 戦場を跳び、駆けまわっていた少女が、初めてケルベロスを目指して駆けた。見る間に少女のクナイが黄金色に変わり、槍さながらの姿へと変貌する。切っ先はミシェルへと向けられていた。
 一蹴り、二蹴りであっという間に縮まった距離の中、割って入ったのはヒエルのライドキャリバー『魂現拳』。拳を彷彿とさせるフォルムとクナイがぶつかり、つんざくような金属音が響く。
「オイオイオイ、うちの十八番まで真似るかね。スポンジ並みの吸収力やなアンタ」
「グラビティのコピーだなんてニンジャはやっぱり凄いのね! ひょっとしてサスケとかハンゾーとかも螺旋忍軍だったりしたのかしら?」
 呆れと苛立ちを含ませたガドに対して、歓声めいたことを言うシィ。
 そんな二人を尻目に陣内は満月めいた光球を作り出す。青い翼を広げたウィングキャット『猫』がその下を軽やかに潜り抜けるのと、光球がヒエルへと放たれたのは同時。
 無言のままに重ねられた一人と一体の動きはどこか対照的に見える。
 少女が猫の爪をクナイで弾いたところにジンの攻勢植物が絡みついた。ギリギリと細い体の急所へと的確に圧が加えられる。
 攻勢植物から少女が解放される直前、シィはルーンを発動させた。見た目こそ細長いサーベルではあるが、その用途は斧。軽やかに振るわれたにも関わらず、重々しい風切り音を上げて振り下ろされた。
 鈍い音が聞こえ、地面へと叩きつけられた少女だが、すぐさま跳ね起きた。
 しかし、跳ね起きた先で少女は再び地面へと倒れ伏した。振り下ろしたばかりの警棒を引き戻したミシェルが離れていく。
 それでも少女は平然と起き上がった。
 その姿に、ミシェルの胸が曇る。ミシェルは『人』だ。だから、死が怖い。対して仮面をつけた螺旋忍軍の少女は痛がる素振りさえ見せない。彼女は死が恐ろしくないのだろうか。
 月光に照らされる中、攻防は続く。

●華
「いい具合だ」
 戦況は悪くない。むしろ良いと言えるほどだ。
 少女がグラビティをコピーしたのは三度。
 二撃目は千里子が仲間と技を合わせたことでルーンディバイドを誘発。ヒエルが引き受けたが、受けたダメージは僅か。
 ヒエルが『守』に重きを置いていたことに加え、『破壊』への耐性を備えていたからだ。全員の攻撃を『破壊』で統一し、ジンとガドを除く7人は『破壊』への耐性を用意することで被害を抑え込めるようにしてある。
 そして三撃目。ミシェルの指示通りにメディカルレインを使い続けた皐月。魔神降臨で自らの攻撃力と治癒力の底上げを図ったヒエル。この戦闘が始まってから猫が初めて使用した清浄の翼。そして陣内があえて重ね続けたルナティックヒール。
 多くの者が回復行動をとったのだから少女がそれを真似るのも当然。少女がルナティックヒールをコピーしたのは陣内の狙い通りであった。
 あえて回復させることで攻撃を封じたのだ。一度の回復では、それまでケルベロスが叩き込んだダメージを癒しきることはできない。せいぜい気休め程度だ。
「ほんの少し横槍を入れさせてもらうよ」
 さらにケルベロスが動きやすいようにと、八代・社(ヴァンガード・e00037)が状態異常を叩き込んでいた。
 今や少女の体からは数え切れぬほどの傷と痣が刻まれている。
 跳び上がった少女の体から流れ落ちた血が地面に咲く。その花を追うように琴は走った。椅子から灯篭へと跳び、降下してくる少女の真下にいるガドの頭上へと躍り出る。
 ポテンと地に落ちた琴を見て、鈴都の顔が一瞬強張る。しかし、声はかけない。大事な存在にして相棒である琴は必ず起き上がると知っているから。
 コピーするしか能がない者には負けたくない。否、負けるわけにはいかない。
「他者の武技を盗もうなど、浅はかな考えだ」
「そう、技で大切な事は使い手の練度と想いだ……それがなければ技の真価は発揮できないだろう」
 千里子とヒエルの言葉が静かに落ちる。
 月光に照らされた少女は苦痛を見せない。けれど限界が近いことはだれの目にも明らかだ。
 それは駆ける少女の足にも言えたこと。駆ける少女の足から、一瞬力が抜けるのをシィは見逃さなかった。諦めは見せかけ。この時を待っていた。
「今度はどう!?」
 再びシィの凍結光線が少女の仮面を狙う。少女は避けることが出来ず、頭に訪れた衝撃に姿勢を崩した。そこにジンが応える。
「……気は向かないけど」
 影で練り上げた鋼糸が少女に絡みつき、自由を奪ったところにジンが畳みかける。拳と蹴りが少女の頭を打ち――パキリ、音を立てて仮面が欠けた。
 割れた仮面は僅かな部分。額とこめかみを外気に晒す程度で顔は隠されたまま。
 どうにか鋼糸から逃れ、跳び退った少女にガドが言う。
「こっちが教えるばかりじゃあ都合が良すぎると思わんかね? せめてアンタのバックにおるヤツのことぐらいは、詳しく教えてもらおうか」
 少女は変わらず沈黙したまま。答える気無しと判断したガドは大きく息を吐き、蹂躙すべく構えた槍で突撃する。
 槍の黄金と月の白銀を受けた陣内の緑の双眸がキラリと輝いた。
 少女はあと一撃を耐えられるかどうか。ガクガクと震える足がそれを証明している。
「気合を入れろ」
 陣内の回復グラビティにより気合いを得た千里子が駆ける。
 なびく黒髪、赤い瞳には戦がもたらす酩酊にも似た高揚感。護ることが武の本質ならば、快楽を求めるのは淫魔の本質ゆえに。
「……覚悟を」
 懐深くへ踏み込んだ千里子の拳が少女の胴を打った瞬間、腹の底を震わすほどの重低音が中庭に広がる。
 音が鳴り止み、一拍置いて――ドサリ、少女が崩れ落ちた。

●光
 ライフルを早々に収めたガドが大きく伸びをした。使い慣れない飛び道具に少し戸惑っていたからか、体が強張っているように感じる。
 ふわり、鈴都の黒髪に咲く青いクレマチスが香る。最前を駆け回っていた琴が傍に戻ってきた。
「おかえり」
 ただいまの代わりに、琴が鈴都の足に触れると、ちりんと鈴が鳴った。
 服をはたいたミシェルは少女の傍らに立つ。この結果が彼女の意にそったものであったのかどうかすら、分からなかった。
 少女は最期まで感情を見せなかったから。手には月下美人の紋様が彫り込まれたクナイが握りしめられたままだ。
 そんな少女の姿を目に焼き付け、シィはその場にしゃがみこむ。そこにあったのは仮面の欠片。そっと拾い上げ、ハンカチに包み込む。
「慈悲の心も覚えてくれれば、な」
 同じように周囲を見回しながら、ぽつりとヒエルは呟いた。やはり伝達役らしき姿は無い。
 技を真似るというのであれば、手加減による慈悲の心も一緒に持っていってほしいという願いがあった。技をコピーするだけのデウスエクスの少女が、一瞬だけの効果をそのまま抱き続けることはないだろうと分かってはいたけれど。
 千里子に怪我の有無を尋ねられた皐月はなんともないと笑って返す。同い年の同性である皐月を千里子は気にかけていたのだ。
 中庭のヒールを終え、塀の上へと跳び上がったジンは一人、いや、一人と一匹で離れていくケルベロスの姿を見つけた。
 視線に気付いた陣内が小さな箱を掲げる。煙草だ。察したジンは気にするのをやめ、宵闇を冷徹に眺める。
「……コンビニがいいな」
 トンッと肩に猫が乗る。さして気にした風もなく、陣内は歩き出した。黒い姿が闇夜に溶けることはない。
 月の銀光が照らしていた。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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