月華衆、竹林の中で

作者:一条もえる

 いずこともしれぬ、ビルの一室。
「準備はできているかしら?」
 長い髪の女が窓の外を見ながら呟くと、いつの間にか螺旋忍軍の仮面を付けた少女がその背後に跪いており、小さく頷いた。
「では、いきなさい。
 あなたの任務は、地球における活動資金の強奪です。
 順調にいくならそれでよし、もしケルベロスが現れたのなら、戦って敵の戦闘能力を解析してきなさい」
 女……夕霧さやかは配下の方に向き直り、酷薄な笑みを浮かべる。
「敗れて死ぬことになっても、責めはしません。それでも情報の収集はできますからね。心おきなく戦って、死になさい」
 螺旋忍軍『月華衆』の少女は無言のまま跳躍し、姿を消す。
 その、行き先は。
 エノキダ氏は、偏屈な陶芸家である。
 それでも夫人が表に立ってクライアントとの交渉に当たり、なんとかうまくやれていたのだが。2年前に亡くなってしまってからは氏の偏屈に輪がかかった。
 周りに人家のない竹林の中にかまえた、工房兼自宅。
 そこに籠もりっきりで、制作は続けているようだが、気むずかしすぎてクライアントも逃げ出すような有様。訪れる者は、週に2度だけの家政婦くらいになっている。
 月華衆が狙ったのは、そこだった。
 深夜、音もなく窓を破り、中に忍び込む。
 そこは応接間のようだ。しかしエノキダ氏に、片づけをする気は全くないらしい。いろいろなものが床に散らばっていた。
 棚には無造作に氏の作品が置かれ、書画などの価値ある調度品もあったが。螺旋忍軍はそれには目もくれない。
 リビングに移動すると、戸棚の中にあった宝石類(夫人が身につけていたものだろう)や現金をつかみだし、懐に入れる。
「誰だ!」
 眠っていたと思いきや、エノキダ氏は窯の方で作業をしていたらしい。物音に気づいて、母屋に戻ってきたのだが。
 螺旋忍者は全く動じることなく、その頸動脈を掻き斬った。

「もぐもぐ……困ったことになったわねぇ。
 あ、はじめまして、かな? 私は崎須賀・凛。よろしくね」
 そう言って微笑んだ崎須賀・凛(ハラヘリオライダー・en0205)は、チョコレートのかかったドーナツの最後のひとかけらを、大きな口を開いて飲み込んだ。
「『月華衆』っていう螺旋忍軍の一派がね、金品の強奪事件を起こそうとしてるの。侵略者にも先立つものが必要ってことみたいね」
 と言いつつ、凛は手にした袋に手を突っ込み、ホイップクリームの詰まったドーナツにかぶりついた。唇についた粉砂糖を、ちろりと舌を出して舐め取る。
「もぐもぐ……。
 今回の敵、『月華衆』は、ちょっと変わった忍術を使うから、気をつけてね」
 あ~ん、と大きな口を開けた凛はクリームを漏らさぬように器用に口に含むと、幸せそうににっこりと微笑む。
「それはね。相手……つまりみんなが直前に使ったグラビティを、真似をして使ってくるみたいなの。
 理由はわからないけど、真似をするのは自分がまだ使ってないグラビティを優先するみたい。で、ほかには攻撃方法を持っていないみたいなのよ。
 ね、変な敵でしょ?
 さぁ、それをふまえて、作戦を立てていきましょうか」
 と、凛はニコリと笑った。新たに手に取ったドーナツを噛みちぎり、もっちもっちと咀嚼しながら。

「暗躍する螺旋忍軍……闇の中の刃を絶つことこそ、私たちの使命なのでしょう」
 話を聞いていた是澤・奈々(自称地球の導き手・en0162)が、陶然とした表情で呟く。
「進みましょう。この地球(ほし)の、未来のために」


参加者
天壌院・カノン(オントロギア・e00009)
英・陽彩(華雫・e00239)
アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)
七種・酸塊(七色ファイター・e03205)
因幡・白兎(ジビエって呼ばないで・e05145)
バドル・ディウブ(月下靡刃・e13505)
ミカ・ミソギ(未祓・e24420)
荒神・空(ドワーフのウィッチドクター・e28960)

■リプレイ

●ただ、雨の降る音がする
 それにしても、見事な竹林だ。細雨がさらさらと、葉を鳴らしている。そのほかには音もない。夜の闇と相まって、ここが現世であるかどうか不安になってくる。
「この先に人家があるなんて、信じられないぜ」
 と、七種・酸塊(七色ファイター・e03205)は笑った。
 かすかな笑い声が闇に広がり、首をすくめる。
「偏屈ぶりが、これだけでわかるね」
 因幡・白兎(ジビエって呼ばないで・e05145)も苦笑いするしかない。
 一人きりで、恐ろしくなったりしないのだろうか? ならないのだろう。それが芸術家らしい感性なのか、それとも単に個人の偏屈ぶりなのか。
 闇の中を、自分たちの掲げるわずかな明かりを頼りにケルベロスたちは進む。
「……もしかすると、敵もすぐそばまで来ているかもしれませんね」
 アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)は周囲の様子をうかがいながら、小声で囁いた。
「あまり猶予はない、とのことだからな」
 バドル・ディウブ(月下靡刃・e13505)も、それに応じたように小声で呟く。
「敵に見つかったらどうなるんだろうね? 向こうも、打つ手を変えてくるのかな?」
 荒神・空(ドワーフのウィッチドクター・e28960)の言葉に、一同の表情が引き締まった。
「月華衆と対するのは、もう3度目です。……油断ならない相手です」
「ひとまず急ごう。……まだ事態は起こっていないようだ」
 渋面を見せる天壌院・カノン(オントロギア・e00009)。ミカ・ミソギ(未祓・e24420)は光の翼をちらりと見て、彼女を促した。近くに、瀕死の人間はいない。
 是澤・奈々(自称地球の導き手・en0162)は鍵もかかっていなかった玄関で、エノキダ氏の名を呼んで声を張り上げる。
「夜分すみません、緊急のお知らせが!
 闇が、あなたを押しつつもうとする闇が迫っているのです!」
「言い方が回りくどいよ、奈々ちゃん」
 英・陽彩(華雫・e00239)は苦笑いし、
「そうだ。予知だと、エノキダさんは工房で作業中じゃなかった? そっちに行ってみましょう!」
 と、足早にそちらに向かった。
「救える命があるのなら……なんとしても、救わなければ」
 カノンら数人も、そちらに向かう。
 果たして、氏の姿はそこにあった。
「こんばんは、おじさま。少々話を聞いていただけますか?」
 アリシアが声をかけると、エノキダ氏は体を窯の方に向けたまま、ジロリとこちらを睨んできた。
「何の用だ」
「あの、すいません! ……あ、あの、えと、その、実はなんとゆーか」
 奈々が口ごもる。愛想も何もないエノキダ氏の眼光に、身がすくんでしまったのである。深夜というあり得ない時間の来訪だが、氏はそちらに関しては気にとめていないようだった。
 仕事を始めると、昼夜の別もどうでもよくなるのかしら? 陽彩は内心で苦笑しつつも、精一杯にこやかに接する。
 人から信頼を得やすいのは地球人の資質だが、そればかりに頼ってもうまくはいかない。その点で陽彩はしっかりと、丁寧に事情を説明することで説得を試みた。
 バドルの言葉にも、事態が急を告げているのだという危機感がある。
「時間的猶予はもうない。あと数分のうちには、デウスエクスは建物に侵入してくるだろう」
「ふん。今、作業で忙しい。デウスエクスは、母屋の方に忍び込んでくると言ったな?」
「……そうだが?」
「そっちなら、多少どうにかなったところでかまわん。勝手にやってくれ」
 それっきり、氏は作業に戻ってしまった。
「……説得できたと思っていいのか、これ?」
 酸塊は口をへの字に曲げて腕組みしたが。
「まぁ、いいや。ここでジッとしてくれてるんなら、問題ないだろ。あまり遠ざけすぎてもな。
 是澤、もしこのじーさんに何かありそうだったら、お前が食い止めてくれ」
「は、はいッ!」
 奈々に後を任せ、ケルベロスたちが母屋の方につま先を向けた、そのとき。

●月華衆、あらわる
 音もなく、応接間の窓ガラスが切り裂かれた。螺旋忍軍にとって、この程度は造作もないことだ。
 その様子は、周辺を窺っていたミカが一部始終をとらえていた。
 また空も、
「きたきた……」
 と、小声で呟いて敵が侵入する様を窺う。空がうずくまっているのは、応接間のソファと壁との間だ。
 いくか? いや待て。
 ミカと目配せした空は、握った手のひらに汗がにじんでいるのを感じながら、まだ飛び出さない。
 皆が集まるのを待った方がよい。エノキダ氏の説得に成功しているのなら、氏がここに来て殺められることはない。
 応接間にあった書画や器を無視した月華衆は部屋を出て、家の奥へと向かう。
 足音をたてぬよう、空とミカとは後を追う。それにしても、部屋といい廊下といい散らかり放題だ。何かを踏まないと進めないような有様で、実に歩きにくい。
 月華衆はリビングに至ると、手当たり次第に棚を開き始める。
 様子を窺うミカが呟く。
「興味があるのは現金か。……意外とため込んでいるんだな」
 月華衆はお目当ての現金や貴金属を無造作に手に取り……。
「させません、月華衆!」
 全員が家を取り囲むように散開したのち、裏手から回ってきたカノンは勝手口を破って飛び込んでくると、大上段から鉄塊剣を振り下ろした。
 月華衆は避けようとしたがそれよりも速く、剣が迫る。得物を抜いて受け止めたが、その圧倒的な質量に先に床が砕けた。
 そこに、狼の鋭い爪をもった拳が叩きつけられる。
「忍びの名が泣いているぞ。やっていることは、ケチな盗人とはな!」
 月華衆の体は今度は横に吹っ飛び、壁に叩きつけられた。戸棚から、食器が落ちて砕けた。
「ふむ……あまり使わない技だが、悪くはないな」
 拳を見つめつつ、バドルは呟く。
 さらに、四方から次々とケルベロスが飛びかかる。
「あなたに好き勝手させるわけには参りません。ここで倒させていただきます!」
 そういいつつも、アリシアの蹴りは急所をやや外したところを狙う。それを悟られたわけでもあるまいが、月華衆は壁を蹴って跳躍し、避けた。
「逃がさない!」
「いま手に取った物は、すべて置いていってもらおうかしら?」
 ミカと陽彩とが、それを追う。ミカのナイフが月華衆のわき腹を深々と抉り、部屋中に血飛沫が舞った。陽彩の得物は空の霊力を得て、相手を切り裂こうとしたが。
 敵もさるもの、空いた手でわき腹を押さえつつも、得物を振るって攻撃をはじく。
 相手はカノンの方を仮面の下から睨んだようだが、気を取り直したように傷口を押さえ、ジリジリと下がる。
「なぁ、なんとか言ったらどうなんだ?」
「曲がりなりにも螺旋忍軍。そう簡単に口を割ったりはしないだろうね」
「仮面を剥いでやれば、観念してしゃべるかなぁッ?」
 酸塊と白兎とは、ともにチェーンソー剣を構えて左右から飛びかかる。徹底して接近戦だ。
「ここじゃ手狭だから。外に場所を変えよう!」
「了解ッ!」
 叫びつつ振るった酸塊の剣は紙一重のところで避けられてしまったが、体勢が崩れたところに、白兎の剣が袈裟懸けに切り裂いた。一度くるりと身を翻すと、蹴りを放ってその体を吹き飛ばす。もちろん、それでデウスエクスに手傷を負わせられはしないが、その体はリビングの吐き出し窓を突き破り、外へ放り出された。
「ひゃあッ!」
 離れのそばでエノキダ氏を守っていた奈々が驚き、悲鳴を上げる。
「んー、まさか、逃げたりはしないよね。盗人忍者は成敗しないとねー」
 空は後を追って飛び出しつつ、『エレキブースト』で酸塊を助ける。
 他の面々も次々と飛び出し、相手との距離を詰めた。
「ここなら心おきなくやれるぜ!」
「散らかり放題のお宅とはいえ、気が引けますものね」
 酸塊とアリシアの放った回し蹴りは暴風を巻き起こし、さながら左右から迫る竜巻のように月華衆を襲った。
 たまらず膝をついた月華衆だが、漏らしたのはかすかな吐息だけ。
 なおもカノンの蹴り、そして白兎の獣の拳を食らっても倒れず、空の霊力を帯びたバドルの斬撃を大きく跳躍して避けた。
 さて、相手はどうでるか。
「……」
 電気ショックが生じ、月華衆は大きく息を吐いた。ケルベロスたちが付けた傷が瞬く間にふさがる。
 月華衆が強く地を蹴った。
 逃げたわけではない。ケルベロスたちの周りを回るように、こちらを窺っている。
「あれ、真似られちゃったよ。困るなー!」
 空はいくぶん間延びした気合いの声とともに突進したが、相手はそれを軽くいなす。止まりきれなかった体が、竹林に転がった。
「わぁ!」
「あぁ! ……えと。ふふ……支援はお任せくださいな!」
 奈々は真に自由なる者のオーラで……。
「待てぇい! そいつも相手に真似られるとやっかいだ! とりあえず斬っとけ!」
「えええ、は、はいッ!」
 酸塊に言われた奈々は刀を構えて突進し、切りつけたものの。これまた軽々と避けられ、勢い余って竹林の中に転がっていった。
「わぁ!」
「きゃあッ!」
「仲良く抱き合ってる場合じゃないよ」
 陽彩は苦笑しつつ、落ち葉まみれになったふたりを見やる。「のしかかられただけだよー」と、空の反論が聞こえた。
 気を取り直して大きく踏み込み、陽彩が放った鋭い突き。
 それは月華衆の腹を突いて、相手は家の壁に叩きつけられた。いや、しかし浅い。敵はとっさに得物を差し挟み、致命傷は避けている。
「やるな」
 小さく呟いたミカの全身を覆うオウガメタルが、大きく蠢いて形を変える。『鋼の鬼』と化した拳は月華衆の仮面をとらえ、相手は何度も地を回転しながら吹き飛ばされたが。
「……いや、自ら跳んだか?」
 ケルベロスたちはさらに攻撃を繰り出していくが、月華衆はこちらの様子を慎重に窺い、巧みに致命傷を避けている。
 バドルが繰り出すナイフを受けた月華衆だったが、よくよく見れば傷を受けつつも脇に刃を挟み、押さえつけている。
「……!」
 鋭く呼気を吐き出した月華衆が繰り出したのは、重力を集中させた高速の一撃!

●美しいもの
「ぐぅッ!」
 急所にそれを食らったバドルが、体をくの字に折り曲げる。倒れるわけにはいかない。すぐに体勢を立て直したが……なかなか効いた。
「なるほど、確かにいい技だ」
「感心している場合ですか」
 アリシアが苦笑しつつ弓を構える。放たれた矢は妖精の祝福をバドルに与えた。
「ジッとしててよー。痛くないよー」
 空も緊急手術を行い、かなり痛みは消えた。言いしれぬプレッシャーも感じなくなっている。
 月華衆はなおも襲いかかってこようとしたが、陽彩と、
「シグッ!」
 アリシアの声を受けてボクスドラゴン『シグフレド』が立ちはだかると、深追いはできずに距離をとった。
「……なかなか面白いことをするけど、それに縛られているのなら勝機は十分だね」
 ほのかに笑った白兎が距離を詰める。
「いくら上手に真似できても、それに振り回されるんだったら、ろくなデータは集まらないんじゃないの?」
 とても『螺旋忍術・でっどこぴー の術』なんぞというものを使う者の言う言葉ではないが、
「あれは、ちょっとしたパロディ的なアレだから」
 などと言いつつ、チェーンソー剣を再び構え傷跡狙って切り裂く。敵は白兎自身やバドルから受けていたプレッシャーをさらに強く受け、かすかに呻いた。
 相手は黙れ、とでも言いたげに睨んでくるが、すぐさま白兎は跳び下がって距離をとる。代わりにバドルがナイフを煌めかせて飛びかかった。
「こっちだ」
 そのナイフは相手の仮面をわずかに裂いただけに終わったが、その死角には、ミカが飛び込んでいる。さきほど白兎が抉った傷跡を、さらに深々と抉ってみせた。
 敵はなおも立ち上がり、得物で斬りつけてくる。それはジグザグの刃に変じ、陽彩を傷つけた。
「くッ……うぅん、でもこれくらいなら」
 しかし、度重なる攻撃を浴びて動きが鈍ったか、先ほどより鋭さはない。
「それでも、無理はするものではありませんわ」
 と、アリシアは傷を癒やす矢を放つ。
 さらに斬り結ぶこと数合。敵は幾度も真似た技を繰り出してきたが、ケルベロスに致命傷を与えるには至らない。逆に多勢に囲まれた月華衆は、全身から血を噴き出していた。
「あの方も苦しいのでしょう。もう、限界ですわ」
 一瞬だけ眉を寄せたアリシアだったが、情けは無用。気を取り直し、矢をつがえる。
「七種様ッ!」
「任せろ! これ以上、こっちの手は見せないぜ!」
 放たれた矢が、月華衆に突き立つ。急所は狙わなかったが、その隙に酸塊は敵に躍りかかり、伸ばした手で仮面を掴んだ。そのまま相手を地面に突き倒し、馬乗りになる。
「さぁ、お前こそ背後をしゃべって楽になりやがれ!」
 力を込めると、ヒビが入っていた仮面の一部が割れて口元が露わになった。
 その口元が、ニヤリと歪む。
「……まさか、自爆でも?」
 カノンが顔色を変える。酸塊が慌てて、飛び下がった。
「させませんッ!」
 跳躍したカノンは鉄塊剣を大上段に振り上げる。地獄の炎がそれを覆い尽くし、燃えさかった大剣は、月華衆に向かって叩きつけられた!
 さすがの月華衆もそれには耐えられず、血反吐を吐いて力を失った。
「……その魂に、救済を」
「ハッタリ? 口を割るくらいなら、潔く斬られて死んだ方がいいってこと?」
 白兎が面白くなさそうに、鼻を鳴らす。
「つまんないよね、そういうの」
 白いマフラーで口元を隠し、大きく息を吐いた。

「今回も目立った手がかりはなし……ですか」
 ため息をついたカノンではあったが、これほど幾度も敵の行動を阻んでいるのだ。
 必ずや動きがあるに違いないと、自らを励ます。
 一件落着して現れたエノキダ氏は無愛想に、
「盗人は片づいたか。荒らした家の中は掃除しておいてくれ」
 とだけ言って、背を向けた。
「えー、これ、僕たちがやったんじゃないよー! 元からだよー!」
「これを全部……ですか?」
 空が抗議し奈々が絶句するが、エノキダ氏はジロリと睨むだけで工房の方に戻ってしまう。
「まったく……あの調子で依頼人の人も追い返しちゃうんじゃ、仕事にならないよね?
 それなのに、いったい何を作ってるのかなー?」
「それはきっと、大切な人のためではないでしょうか?」
 と、リビングの床から何かを拾い上げた陽彩が微笑んだ。月華衆が奪おうとして、落としたものだ。
「これですか? きっと、奥様が身につけていらした指輪でしょう。部屋はこんなに散らかっているのに、宝石はきちんとしまっているんですもの」
 後かたづけをすませたケルベロスたちはエノキダ氏に辞去を告げた。
 返事もせず作業に専心していたエノキダ氏だったが……工房には、いかにも女性が好みそうな優美な器が、整然と並べられていたのだった。

作者:一条もえる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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