オウガメタル救出~緋一閃

作者:宇世真

 山陰地方の山奥。
 人跡未踏の山肌には、働きアリローカストによって作り出された異形の建築物が立ち並んでいる。
 異形の建築物はそれ自体が生命体のように有機的に積み重なっており、更に、上空や周辺から完全に隠蔽される構造となっていた。
 この異形の建築物の中心にある宮殿には、アリ系ローカストの支配者たる、狂愛母帝アリアが鎮座し、ローカストのゲートの地球側出口を守護していた。
 そのアリアの元に、兵隊アリローカストの一体が駆け込んでくると、緊急の報告をする。
「大変です、アリア様! ゲートから大量のオウガメタルが出現、我等の制御を受け付けず、都市区域から逃走しようとしています!」
 大量のアルミニウム生命体『オウガメタル』がゲートから現れ、そして、逃走しようとする。
 この事態は、狂愛母帝アリアにも予測不能だった。
 だが、最も重要なゲートの守護を任された実力者であるアリアは、すぐに打開策を考え実行に移す。
「今すぐゲートに向かい、ゲートを一時閉鎖する。お前達はただちに出撃し、逃げ出したオウガメタルを一体残らず殲滅するのだ。奴らが、他のデウスエクスやケルベロスの元に逃げ込めば、我等のゲートの位置が割り出されてしまうやもしれぬ」
 その言葉に、弾かれるように退出した兵隊アリローカストに見向きもせず、アリアはゲートへと向かった。

●ヘリポートにて
「よっすー。良い所に来てくれたな。超待ってたぜ」
 軽い調子で口を開いた久々原・縞迩(ウェアライダーのヘリオライダー・en0128)は、挨拶がてら先の『黄金装甲のローカスト事件』の経緯に触れた。
「事件を解決したケルベロス達は、黄金装甲化されていたアルミニウム生命体と絆を結ぶことができたってよ。その結果、いくつか判った事があってな」
 曰く、アルミニウム生命体は、本当は『オウガメタル』という名前の種族で、自分達を武器として使ってくれる者を求めている事。
 現在、オウガメタルを支配しているローカストは、グラビティ・チェインの枯渇を理由に、オウガメタルを使い潰すような使い方をしている事。
 特に、黄金装甲化は、オウガメタルを絶滅させる可能性すらある残虐な行為である事。
「――んで、オウガメタルに助けを求められた、っつーのがこれまでのいきさつだ」
 そして今、オウガメタルと絆を結んだケルベロス達が、オウガメタルの窮地を感じ取ったのだとヘリオライダーは言う。
「オウガメタル達は、ケルベロスに助けを求めるべくローカストの本星からゲートを通じて脱出、地球に逃れてきたらしい。だが、最重要拠点であるゲートには、当然ローカストの軍勢がいる。……そいつらに殲滅されちまうだろうよ、遠からず、一体残らずな」
 オウガメタル達がローカストに追われている場所は、山陰地方の山奥。
「オウガメタルの救助とローカストの撃破。頼めるか? 勿論、現地まではヘリオンで、俺が運ぶ」
 この作戦に成功すれば、オウガメタルを仲間に迎えるだけでなく、ローカストの最重要拠点であるゲートの位置も特定する事が可能になるかもしれない。
「ただ、まあ、ゲートの位置に関わるこったからローカスト達も滅茶苦茶して来そうでな。さくっとは行かねぇだろうが、……宜しく頼むぜ」
 ローカスト達は群れで山地の広範囲を探索し、逃走するオウガメタルの殲滅を行っている様だ。それぞれ、兵隊蟻ローカスト1体が働き蟻ローカスト数体を率いているという。
 ヘリオンが現着するのは夜半過ぎ。逃走するオウガメタルが発する発光信号の様な銀色の光を目標にして、オウガメタルの近くに降下できるだろう、とヘリオライダー。
「誤差があるから、すぐそばとは言えないまでも、百メートル以内の場所には降りられる筈。合流すんのは難しくないと思うぜ。問題はその先――追っ手と対決する時だろな」
 追っ手である兵隊蟻ローカストの戦闘能力は極めて高く、かつゲートを守るという役割からか、どんな不利な状態になっても決して逃げ出す事はないだろう。と彼は続けた。
 戦闘が本職でない働き蟻ローカストでさえ、ケルベロス数人分の力量を持つという。
「もっとも、働き蟻の方は、兵隊蟻が倒されて状況が不利と思えば逃げ出す可能性もある。……気ィ抜けねぇのは変わらねぇってのが俺も辛い所だが。まあ、知っときゃ気の持ち様も多少は違って来るだろ。戦い方は、今までの昆虫野郎共と大差無ェと思って良いぜ」
 ざっと説明を終えた縞迩は、一旦言葉を止めるとケルベロス達を改めて見遣って笑みを浮かべた。
「にしても急展開だよなぁ。色々と好機にゃ違いねェし、何よりケルベロスを頼って逃げて来たオウガメタルをこのまま全滅なんてさせられねーよな。助け出そうぜ、皆で」
 絆を結んだ仲間達の為にも。
 そう言って、縞迩は軽く拳を突き出したのだった。


参加者
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
ベルカント・ロンド(リザレクター・e02171)
七星・さくら(桜花の理・e04235)
深鷹・夜七(新米ケルベロス・e08454)
アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)

■リプレイ

●夜蔭に紛れ
 山中を往く複数の足音が夜気を震わせる。
 青々と茂る木々が枝葉を曲げてクローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)に道を譲り、仲間達は先導する彼女の後について走った。分裂したり一塊になったりしながら逃げて来るオウガメタルが数分おきに発するSOSシグナルを目指し、一刻も早くと急ぐケルベロス達にとって『隠された森の小路』は非常に頼もしい存在だ。道中、シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)が追手の襲撃を警戒しながら、レッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)は道標となる光を目敏く見つけて先導をフォロー、七星・さくら(桜花の理・e04235)とメイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)は後続の仲間達を気遣い、時に自らが後ろに回って背を押し遅れる者がない様、一行のペースを纏め上げる。
 一丸となって山道を駆け抜けた一行は、かくして首尾良くオウガメタルとの合流を果たす事が出来た。
「助けに来たよ」
 彼らの前に飛び出すなり、シエラシセロとさくらが告げる。
 追手より先に接触できたのは実に幸いだ。
「もう大丈夫だよ。ぼくらはケルベロス、君たちを助けにきたんだ」
 安心させる様に深鷹・夜七(新米ケルベロス・e08454)もそう言って、どんと胸を張る。
「ここから先はぼくらに任せて!」
 メイザースが周囲に配する照明を、ローカスト達はすぐに見つける事だろう。
 ケルベロス達は、『その場』でオウガメタルを護りながら戦う決意をしていた。
「意思ある皆さんを酷使し、反抗すれば殲滅とは許せませんね」
 光る事を止めたオウガメタルから伝わってくる安堵と不安を見遣り、呟くベルカント・ロンド(リザレクター・e02171)。夜七も同感だった。
「頼ってくれたオウガメタルさんの為にも、彼らの思い通りにさせないよ」
「こんな身勝手な行いは我々ケルベロスが正しましょう」
 ベルカントは暗がりの向こうに目を向けた。
 追手の気配は近い。迎え撃つべくケルベロス達は臨戦態勢。シエラシセロは背後に庇うオウガメタルに笑顔を向けた。ローカスト達と戦うという事は、彼らの制御下に在るオウガメタルとも拳を交えるという事だ。
 使役されている仲間達も救いたいと考えるのは、彼女のみならず。
「仲間達も助けたいから頑張るよ。――ね、キミも一緒に戦ってくれる?」
 叶うなら共に戦おうと呼びかける彼女に呼応する様に、オウガメタルの一片が彼女の元へとやって来た。シエラシセロも手を差し伸べ――そこへ、追手の襲来を告げるレッドレークの声。
「来るぞ」
 ――ざん。
 赤い胸をずいと反らし、無造作に繁みを割ってやって来た兵隊蟻ローカストは、一瞬、驚いた様にその場に立ち止まったかに見えた。が、次の瞬間、前方に手を投げ振り、それを合図に働き蟻が2体。草を蹴散らし突っ込んで来る。ケルベロス達がその場に居ようとお構い無しに彼らも目的を遂行するつもりであるらしい。
「我々から逃げ切れると思うな。さあ、観念して――」
「ここからは、絶対に通さないよ」
 結んだ絆は絶対に守る、とばかり、気迫を滲ませた夜七が立ちはだかると同時、オウガメタルを背後に庇いながらメイザースが放ったブラックスライムが兵隊蟻めがけて地を奔り、さくらのアームドフォートの砲口が同じく火を噴いた。先制の機を逃さず、進攻を阻止する為の攻撃だ。ベルカントが紡ぐ魔曲に感覚を研ぎ澄まされたアニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)は、迫り来る働き蟻へと矢を放つ。さほど変わらぬ速度と距離感を保ちながら迫り来る、見分けのつかない2体。ポジションすら現時点では判らない。
 一瞬迷いはしたものの、念には念を入れた一撃が確かに一方へ命中した。そんな中、夜七はオルトロスの『彼方』と共に、もう一体を迎え撃つ構えだ。シエラシセロが己が身を光の盾で鎧い、レッドレークが炎を纏って備えるその刹那にも、蟻達の突進は止まらない。
「お互い退けない戦いを始めよう!」
 力強い夜七の踏み込みに怯む様な気配。
(「――届く!」)
 瞬間、アニーと視線を交わし、確信と共に頷いて、そのまま働き蟻に雷電纏う抜刀術を見舞う彼女の後ろから、更に閃くもう一刀。オウガメタルを護るべく主の意を受けて飛び出した白い仔犬――クローネのオルトロス、『お師匠』だった。
「………こ、この……」
「構うな」
 切り刻まれてのっけから情けない声を上げる働き蟻を追い越し様、短く窘め兵隊蟻が抜きん出る。
 草を蹴散らし、牙を剥き、彼はそのまま軌道上のオルトロスへと喰らい付いた。
「お師匠……!」
 クローネが小さく悲鳴を噛み殺す。

●届け、内なる者達へ
 奏でる魔曲――天花演舞曲によって仲間達の狙撃力がより向上すると同時に、華やぐ戦場の風。
「皆さんの事は必ず守ります、大丈夫ですよ」
 背後で蠢くオウガメタルにベルカントが言葉を向ければ、ひしひしと伝わってくるもどかしさ。共に戦いたい意思も確かに感じられるが、例えベルカント自身が強く望んだとしてもバトルオーラを身に纏っている今、この場で彼らを装備する事はできない。未知なる力の湧くままに、オウガメタルと共に戦うシエラシセロはどんな想いで居るのだろうか。ふと、前線を駆け回る少女を見遣る。と、働き蟻の片やが彼女をかわして斬り込んで来ようとするのが見えた。次の瞬間、メイザースの繰る攻性植物『Nemesis』がそれを縛する。
「如何かな?」
 メイザースの言は、働き蟻には唐突で理解の及ばぬものであったに違いない。
 当然であろう。彼はローカストの制御下に在るオウガメタルに問うているのだから。
「恭順ではなく、こうして共闘を。君達が望むのなら、必ず応える。――『約束』だ」
 彼の中でも特に強い『言葉』を投げかけたのには、相応の理由と決意が在った。
 だが、果たして、届いているのか否か――。
「聡明で勇気ある同胞に準じ、我々とこの星で、隷属ではなく共生の道を探してみる気はないか!?」
 頭だけでなく動作も鈍い働き蟻に地獄の炎を宿した『赤熊手』を叩き付け、レッドレークも続く。己の腕に絡みつく攻性植物を見せ付けながら。
「見ろ、俺様の真朱葛など自己主張し過ぎて困る程だぞ!」
 風を切る気配。
 咄嗟に腕を引くレッドレークだったが、一呼吸間に合わず、奔る鋭い痛みに目を細める。一撃の重さは、中々に無視できない域にあると認めて彼は兵隊蟻を睨め付けた。
「……おいおい、お前らさっきから一体何の真似だ?」
 アルミニウムシックルで彼を斬り付けた兵隊蟻が鼻で笑っているが、夜七は一つも笑えない。横手から再び迫り来る働き蟻に、流星の軌跡を描く蹴りを放って呼びかける。
「ぼくらはオウガメタルさんを助けに来た。勿論、君たちのことも!」
 引き剥がせるものなら、引き剥がしてしまいたい。が、哀しきかな、変化の気配はない。
「このままそいつらに共生して使われ続けていたら、きみ達、死んじゃうよ」
 クローネが呟き、ベルカントに目を向ける。彼の瞳が頷くのを見て彼女が詠唱するのは古代の詞語。迸る石化光線に貫かれた働き蟻が遠間から何か仕掛けようとする挙動に、反射的にシエラシセロが走り出す。
 破壊音波が空気を震わせ、けたたましく不快な振動と衝撃に後衛陣が思わず耳を塞いだ。
 強くこめかみを押さえて苦悶に耐えながら、固体を特定したメイザースが攻撃代わりに投じたカラーボールが、働き蟻の身体にささやかな目印を付ける。もしも闇中に逃げ込まれたならどうしようもないが、戦場を淡く彩る照明の輪の中だ。
「ルカさん、大丈夫?!」
「だ、大丈夫ですよ」
 焦った様な気遣わしげなシエラシセロの声に応える彼の、個最早口癖となっているそれに根拠は無い。無いが、想定内ではあった。浄化の備えは常に出来ている。でなければメディックは務まらない。
「……おや?」
「此処は負けられないんだからねっ」
 ばちこん、と指を立て明るくウィンクなど飛ばして来るさくらのメディカルレインの方が一足早かった様だ。軽くなった頭を振りつつ、同じくすっきりした面持ちのクローネと顔を見合わせた彼は、廻り合わせの妙に笑みを浮かべるのだった。

 その後は、歪な模様付きがケルベロス達の集中攻撃にあえなく斃れ、最中にローカスト達の攻撃を受けて戦闘不能に陥ったクローネの『お師匠』に代わって前衛に移動したさくらは手を出せない分、口を出す。代わりにシエラシセロが向ける拳は『鋼の鬼』と化したオウガメタルの力を乗せて、残る働き蟻の装甲を強かぶち抜いた。
 覚えの有る手応えに彼女は瞬く。
 打たれ強さまで瓜二つとは恐れ入る。どの道、倒すだけだが。
「このまま使い潰されるだけで良いの? 助けるから強い意志を持って抵抗して!」
 さくらが幾ら発破をかけても、
「何とかして、きみ達が助かる方法を一緒に探そう? 大丈夫だよ、おいで……何なら、ぼくに、共生してみない?」
 クローネが幾ら誘っても。何かが動いた様子も、兆しすらない。
 彼らの支配を越えて干渉する事はやはりそもそも不可能なのか。
「くどいぞ。無駄、無駄、無駄ァ!」
 兵隊蟻が突進して来る。
 その姿を映し取るレッドレークの真っ赤なゴーグルが、不意に影に煙った。俯いたのだ。
「この星の者達ならば、オウガメタル達を無碍に扱う事など絶対にないだろう。逆に、弱者に寄り添えなければ……この星では生きられんぞ、ローカスト共!」
「邪魔だァ! ――おいお前、俺が道を作ってやるぞ。さあ喰らいつけ、『働け』!」
 レッドレークの無骨な赤いレーキと、空を裂く鎌がぶつかり合い、激しく火花を散らす。
 その背後で。どしゃりと音がした。
「ねえ。『お前』って、『これ』のことかい?」
「………」
 レッドレークの位置からは、振り返らずとも音の出所が見えていた。
 鍔迫り合いの只中、兵隊蟻は見向きもせずに触角だけを後背に振る。アニーが土の上に転がしたのは、彼女が息を潜めて静かに、静かに、襲い掛かった獲物の成れの果て。ソロリと近付き噛み付く、『鰐』の名の下に。強烈な一撃が仕留めた働き蟻の残骸だ。
「あまり苦しくはなかった筈だよ。一瞬だったから」
「………」
 兵隊蟻は舌打ちをしたかと思うと、レッドレークの赤熊手を弾いて飛び退る。
 やがて、静かに笑い飛ばした。

●騎士の覚悟
 それは自嘲か、はたまた開き直りか。
(「ローカスト達も、困窮する自分達の星や人々を守る為に戦ってる。その想いが悪いものだとは、ぼくは思わないけれど……」)
「他人の命を使い潰すようなやり方には、賛同出来ない」
 クローネの口から、ぽつりと、小さな呟きが零れる。あまりに小さな声だった所為か、あるいは――とにかく兵隊蟻は何ら反応を示さず地を蹴った。本日、もうこれで幾度目かという仕切り直しの儀式。
(「彼等もまた生きる為に譲れないものがあるのだろう」)
 と、メイザースも思う。古代語の詠唱、そして放つ石化光線――ペトリフィケイション。兵隊蟻は止まらない。奔る刃をシエラシセロが、受け止める。彼女自身が身に纏うオウガメタルの力を以ってしても、兵隊蟻の一撃を重く感じるのは彼の立場に重なる覚悟の分も上乗せされているからだろうか。
「――っ!」
 だが、彼女とて、オウガメタルには手出しさせまいと、何が何でも踏み留まっている。シエラシセロに突き立てられた鎌の腕に、忍び寄ったアニーが思いっきり噛み付けば、兵隊蟻は後ろに跳んだ。
「『ぴぃぴぃ、ぴりり、ちぃちぃ、ころり……』」
 そこへ童謡の様なリズムで響く、さくらの囀る様な詠唱に、喚ばれ囀る雛鳥達。お預けを喰らった分だけ、たっぷり乗せる親心。
「『おいで、おいで、雷雛遊戯』――」
「!」
 ころころ丸こい雛達が啄ばむ様に餌を求めて、兵隊蟻に群がって行く。
「蟻って小さいけど凄く強いんだよね。絶対に撤退しない心意気も本当に凄いと思う」
(「見習いたいけど、今回の目的は保護だから無理も出来ないんだよね」)
 振り向きはしないがアニーの背中の更に向こうに、護るべきものが在る。
 こうしている今も仲間達が護っている。そして、護る為に戦う仲間達が共に在る心強さをも武器にして、オルトロスと共に斬り込んで行く少女の姿を見遣る。
(「ルカさん、ごめんね、ありがと」)
 ブレイクされるその度毎、ベルカントの魔曲とクローネの紙兵散布がこれまで何度も仲間達を奮い立たせていたが、癒す為の施術は本日第一号かもしれない。ベルカントのウィッチオペレーションに魂を揺さぶられながら、シエラシセロは胸中で感謝を伝えた。
 護りたい人に支えられるこの瞬間が妙に照れ臭くもあり、どんな顔をして良いか解らなくて、とりあえず笑顔で誤魔化しておく。苦しい顔はオウガメタルにも仲間達にも見せたくないから。

 ――小さな呻き声が、けたたましい雛玉の狭間から聞こえた気がした。

●騎士の最期
「せめて、君たちの姿はしっかりこの目に焼き付けておくよ」
「ふン。要らんね」 
 アニーの言葉に悪態と、赤黒い体液を吐きながら、兵隊蟻は胸に深々と刺さる刃を抜く力さえ残っていない様だった。ふらふらと後ずさる彼。夜七が刀の柄を握れば、天仰ぐ様に倒れ往く動作で勝手に切っ先が抜けて行く。それでも――。
「まだ終わる気はない様だね」
 メイザースが気付いて目を細め、レッドレークがそれに応えた。
「しぶといな。それだけ、瀬戸際って事なんだろうが――俺様が終わらせてやる」
「援護しますよ」
 兵隊蟻の身体を鎧い始めたアルミニウムごと、打ち砕くベルカントのライトニングボルトが炸裂する中、アニーが胸部から放つ追撃のエネルギー光線が走り、闇を裂く一閃の瞬きの間にレッドレークが高らかに宣言する。
「『その身を贄と捧げろ!』――『地徳は我が方にあるぞ!』」
 攻性植物『真朱葛』がうねり、文字通り虫の息の兵隊蟻に這い寄り描く魔法陣。
 赤く染まった蔓草は、埋葬形態を執り、熊手状のその姿で命をもぎ取って行く。
 兵隊蟻の身体は引き裂かれ、――残骸は赤に沈む。

「他に、良い方法は無かったのかな……」
「上手く折り合いをつける方法を、見つけたいね」
 クローネとメイザースのやり取りも今となってはやるせない。
 名乗りもせずに散って逝った騎士は、最期に何を想ったのか。それは誰にも判らない。
 ただ――深刻な怪我人もなく、一部分裂して逃げ惑っていたオウガメタルも皆、無事に保護できて胸を撫で下ろす一同。喜ばしいその戦果に、束の間、表情も綻ぶのだった。
「それじゃあ、帰還しましょうか」
「安全圏まで、気を抜かずに、ね」
 ベルカントが言い、クローネがそう添えた。――撤収も、皆一丸となって迅速に、だ。

作者:宇世真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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