オウガメタル救出～白銀の逃亡者と青眼の追撃者

■リプレイ

●
　闇夜をヘリオンの大部隊が進軍する。暗い山岳を見ながらエヴェリーナ・パルシネン（アラサー戦乙女・e24675）は、まるで底深い海を見ているような薄気味悪さを感じていた。
「どのみち、あの先にローカストのゲートがあるなら碌なモノは出てこないか……」
　風に靡く金髪を手で押さえながら、彼女が中に視線を向けるとアドルフ・ペルシュロン（緑の白馬・e18413）が操縦席に長い首を突っ込んでいた。
「回収地点はこのポイントで問題ないっすか？」
　何度か月乃とやり取りしてからアドルフは操縦席から首を引っ込めて、手持ちのＭＰ３を確認した。
「これを使わないで済む展開が一番ありがたいんすケド……」
　使うとなれば作戦失敗時だ。準備に余念はないが、当然使わないに越したことはない。それでも自身が覚醒した時、ローカストから逃げる事しかできなかったことを思えば、今回はローカストから助けに向かうことが出来るのだ。アドルフにも自然と気合が入る。
「助けを求める人は助けてあげたい……それが、自分がケルベロスになった意味だと思う」
　森光・緋織（薄明の星・e05336）の静かな呟きにその場にいた鈴原・瑞樹（アルバイト旅団事務員・e07685）も首肯した。彼女は隣にいるコロッサス・ロードス（金剛神将・e01986）の方を向き直った。
「オウガメタルさんは絶対に助けましょう！」
　鼓舞してきた可愛い妹分に彼は微笑を浮かべると、
「ああ、必ずな……」
　そう言って瑞樹の手を握った。男性に免疫のない瑞樹はそれだけで少し頬を赤らめて恥ずかしそうにコロッサスの手を握り返した。だが、コロッサスは瑞樹の反応を他所に胸に帰するものがあった。
（お前の命に代える気はないが、ね……）
　それも果たさなければならない彼のミッションだ。
「皆さん、準備はよろしーですか？」
　リブレ・フォールディング（月夜に跳ぶ黒兎・e00838）が問いかけて両手を差し出す。手を繋いで降下地点の誤差を少なくする狙いだ。エリシエル・モノファイユ（銀閃華・e03672）が外の様子を伺うと、ヘリオンの部隊は各々の作戦ポイントに向かって散開を始めていた。
「やってやるさ」
　ヘリオンが傾いて、降下ポイント上空へ到達する。そこは逃走するオウガメタルの進行方向のやや前方。
「いくわよ！」
　立体スクリーンに降下開始の文字が躍り、コルチカム・レイド（突き進む紅犬・e08512）の掛け声と共にケルベロス達はヘリオンを飛び降りた。

「逃げても無駄だ」
　青い眼を光らせ、兵隊蟻が銀色に輝く人影を追う。オウガメタルが、木々の間を素早く抜けていく。だが、ローカストの追跡を振り切れぬまま、とうとう大きな岩の近くで追い詰められた。両脇に屈強な働き蟻、中央に痩躯の兵隊蟻が陣取って、オウガメタルの退路を塞ぐ。
「ちょっとまったー！」
「なにっ！？」
　闇夜を照らす灯りが兵隊蟻達に浴びせられ、眩しさに一瞬怯む。
　岩の上に立ったコルチカムが眼下の兵隊蟻に手をかざした。
「ケルベロス参上！　鬼ごっこはそこまでよ！　次はあんた達が逃げる番ね！」
　得意げに鼻を鳴らす少女に兵隊蟻が怒りに体を震わせる。
「ほざけ！　たった一人で何ができる！」
「そんなわけないだろ」
　割って入ったのは岩場の影から敵の正面へと飛び込んだエリシエルと、
「悪りーですが、ここは通行止めです。通りたければ……地獄を経由してきてくだせー」
　背後の死角を取ったリブレが明確な敵意を兵隊蟻に叩きつける。
「お前達！」
　兵隊蟻が合図を送ると働き蟻達はそれぞれ二人の前に立ちはだかった。
　コロッサスがオウガメタルの包囲が崩れた隙を見逃さず、その間へ立つ。
「今のうちだ、瑞樹、緋織」
　コロッサスの背後、動かぬオウガメタルに駆け寄って緋織と瑞樹が手を差し出した。
「さあ、こちらへ」
「オウガメタルさん、助けにきました！」
　体を震わせていたオウガメタルが、二人の手に触れる。言葉を発しない、だがケルベロス達の想いがオウガメタルに届いて、オウガメタルは二人の先導によって後方へと下がっていた。
「邪魔するか！」
「こっから先は通さないっすよ！」
「ここから先へ行きたいのなら、私の拳を潜り抜けていくがいい」
　アドルフとライドキャリバーのカブリオレ、そして胸に「無何有郷」の漢字が踊るラフなＴシャツ姿のエヴェリーナが行く手を塞ぐ。
「邪魔をするというのなら、このアリア騎士シグマント……青い眼のシグマが貴様らを葬り去ってくれるわ！」
　兵隊蟻――シグマが一喝して、その背の翅を小刻みに震わせた。

●
「なに、この音！？」
　破壊音波を生み出すシグマにコルチカムが悲鳴を上げる。不快な音がケルベロス達を包み込んで正常な判断力を奪おうとする。
「今のうちに」
　緋織が瑞樹に効果を重ねたオーラで癒しの時間を与えていく。
「ありがとうございます」
　瑞樹は素直にそう述べると回復手としての役割に集中していく。幸いオウガメタルに大きな傷はない。瑞樹は地面に守護星座を描くと中衛を守護した。
「足掻くがいい！」
　シグマの音波攻撃がケルベロスの前衛を巻き込むのと同時にコロッサスが飛び込む。
「我、神魂気魄の閃撃を以て獣心を断つ――」
　顕現した炎の神剣が紅き神火の光を放ち、抜き放たれると同時に闇を裂いてシグマへと伸びる。その一撃が身を捻ったシグマの肩を掠めた。
「お前達、何をやっている！」
　シグマが配下に檄を飛ばすと、働き蟻達が打たれたようにシグマの周りを固める。
「正面から不意打ち、他人の嫌がることを進んでしましょう、ってね！」
　コロッサスの剣戟の軌跡をなぞるように飛び込んだエリシエルがその動きとは裏腹に天空に召還した無数の刀剣でシグマを狙い打つ。しかし、働き蟻が間に割って入った。
　同時に反対側から接近したリブレが氷結の螺旋を放ち、シグマを狙うがもう一匹の働き蟻に庇われ、防がれてしまう。振り払うような蹴りを飛び退いて回避したリブレが舌打ちした。
「ウザってーです」
　ただでさえ音を頼りとする程、耳に自信のあるリブレだ。敵の音波攻撃に加え、邪魔をする働き蟻に不快指数が跳ね上がる。
「カブリオレ、援護するっす！」
　バスターライフルを構えたアドルフが叫ぶとカブリオレがガトリングガンをシグマに向かって撃ち放つ。素早くシグマを庇う働き蟻。
「ここっす！」
　連携したアドルフがトリガーを引くとエネルギー光弾がシグマに着弾し、グラビティを中和する。
「おのれ！」
　執拗に攻撃を集中させるケルベロス達にシグマが吐き捨てた。
「こいつはしつこいわよ！」
　コルチカムが捕食する降魔の力で具現化した狂犬の首をシグマに向かって解き放つ。執拗に追いかけてくる狂犬を間に割って入った働き蟻が防いだ。怒りを露わにした働き蟻がコルチカムに狙いを定める。
「アンタじゃないわよ！」
　噛み付かんとする働き蟻の攻撃を回避しつつ、コルチカムが言い捨てた。と、入れ違いに飛び込んだエヴェリーナが前に出る。
「ならば、これでどうだ」
　光の翼を暴走させたエヴェリーナが光の粒子の化し、疾走して働き蟻を弾き飛ばした。体を浮かされた働き蟻に、光の粒子から元に戻ったエヴェリーナが御業を顕現させる。
「喰らえ！」
　半透明の御業が働き蟻を鷲摑みにした。これで働き蟻の注意を自分に引き付けられればと思っていたが、働き蟻はエヴェリーナを深追いせず、シグマに対する防御姿勢を崩さない。
「この場で死んでもらうぞ、ケルベロス！」
　シグマが吼える。戦いの動向はまだ予断を許さないでいた。

●
　シグマに攻撃を集めて倒そうと動くケルベロス。シグマの破壊音波を主軸にケルベロスを崩そうとするローカスト。攻防は一進一退。戦局はどちらの有利も未だなく、だがしかし、終局の時は刻一刻と近づいていた。それは傾けば一気に流れを奪われるという事を示していた。
「しぶとい奴らめ！」
　地を蹴ったシグマの鋭い蹴りがエリシエルを襲う。
「くっ！」
　防御体制に入ったエリシエルの前にエンジン音を唸らせてカブリオレが飛び込んだ。強烈な一撃に車体がひしゃげる。
「カブリオレ！」
　アドルフの声にカブリオレが体勢を立て直した。
「お返しだ！」
　後退するシグマを追って放ったエリシエルの炎を纏った強烈な蹴りがシグマの胴を捉える。
「ちぃっ！」
　炎を振り払おうとするシグマに今度は死角を突いてリブレがオーラの弾丸を放つ。気付くのが遅れたシグマの背後にオーラの弾丸が直撃した。
「そのうるせー翅、二度と歌えなくしてやりますよ」
　踏み止まるシグマに油断なく構えながら、リブレが周りの動き出しを待つ。一方、
「いい加減しつっこいのよ！」
　何度となく狂犬を放ち、幾つか防がれたコルチカムは働き蟻の怒りを買っていた。攻撃自体は大したことはないものの纏わりつかれるのも鬱陶しい。
「離れろ」
　真っ直ぐ飛び込んだエヴェリーナの全力全開右ストレートが働き蟻を打つ。
「これでも喰らいなさい！」
　コルチカムの手から狂犬が解き放たれた瞬間、彼女の思考が霞がかった何かに邪魔される。
「あっ……」
「っ！！」
　意識を取り戻した時には遅かった。彼女の一撃は軌道を逸れ、仲間であるリブレを強襲する。身を翻して回避するリブレの肩に狂犬の牙が噛み付いた。
「クソ兎！」
　一瞬動揺したコルチカムにシグマの刃が襲い掛かる。
「死ね！」
「させるなっす、カブリオレ！」
　飛び込んだカブリオレが身を呈してコルチカムを守る。力尽きたカブリオレは消滅し、体力を吸収したシグマの傷が癒えた。
　慌ててリブレに駆け寄るコルチカムの下に緋織も駆け寄る。
「大丈夫」
　緋織のオーラで傷を癒したリブレが体を起こした。
「なんて顔してるんです」
　力なく尻尾を垂れるコルチカムにリブレが鼻を鳴らす。
「私らは戦闘してるんです。こんな事もあって当たり前でしょーに」
「フォールディングさん、レイドさん、今癒しますからね」
　駆けつけた瑞樹が広域にオーロラのような光を展開し、仲間の状態異常と同時に傷を癒していく。
「反省は後にしましょー」
　リブレがきっぱりと言い切る。
「あのメタ公は意地でも連れて帰りますよ」
　それには。一瞬、緋織とエリシエルが視線を交わす。お互いに覚悟はできていた。
「まだ、やるべきことは残っている」
　足掻いてみせろ、と。コロッサスは静かに己の拳に力を込める。まだ大勢が決まったわけではない。
「捕らえる！」
　精神操作で弧を描いた鎖がシグマを捕らえんと放たれる。その一撃を働き蟻が受け止めた。
「何をしようが無駄だ！　余力もあるまい！」
　吼えるシグマにアドルフが正面から吼え返した。
「最後の一瞬まで諦めるわけにはいかないっす！」
　アドルフの放った魔法光線が庇いに入った働き蟻を再度貫く。
　そして、その時は唐突に訪れた。
「が……」
　バスターライフルの光に焼き尽くされた働き蟻が力尽きて崩れ落ちる。
「なん……だと……」
　狼狽するシグマの前で働き蟻が消滅した。ケルベロス達の体力も限界に近かった。だがしかし、先に限界を迎えたのはローカスト。それは序盤に敵の注意を引きつけようとしたエヴェリーナの攻撃が実を結んだ結果だった。
「チャンスっす！」
　アドルフの声にコロッサスとエリシエルが同時に飛び出す。この機会を逃せば恐らくケルベロス達に勝機はない。
「はあっ！」
　気合と共に踏み込んだコロッサスが大鎌をシグマに向かって投擲する。割って入った働き蟻が大鎌を弾くと、それを受け止めたコロッサスがそのまま働き蟻を押し込んだ。
「いけっ！」
　コロッサスの脇をエリシエルが駆け抜ける。彼女は直進するかのように見せて地を蹴り、軌道を変えた。
「押し切らせてもらうっすよ！」
　遠間から放たれたアドルフのファイアーボールが夜の闇を切り裂く。
「ぐっ！　搦め手か、卑怯な！」
「卑怯？　汚い？　……悪いね、褒め言葉さ」
　木を足場に跳躍したエリシエルのファミリアシュートが炎に巻かれたシグマの傷を押し広げた。
「調子に乗りおって！」
「よそ見している暇があるのか？」
　迎撃しようとするシグマに対してエヴェリーナの解き放った炎弾がさらに敵を追い詰める。その炎の死角から緋織が飛び込んだ。
「助けを求める人の為、僕の力が少しでも役に立つのなら……」
　その瞳が闇を照らす炎よりも深く、赤く、光る。解き放たれた魔力がシグマの青い眼を捉え、その動きを幾重にも阻害した。だが、
「これしきの事でっ！」
　咆哮を上げたシグマが強引に音波攻撃を放つ。
「何度も何度も喧しいのよ！」
「レイド！」
　緋織の脇から飛び込んだコルチカムがシグマの翅を掴む。強烈な音の波を無理やり体で押さえ込んで、それでも彼女は踏み止まった。
「レイドさん！」
　瑞樹の放つオーロラの光が優しく仲間を包み込んでいく。
「ボサ犬にしては上出来です」
　死角から音もなく踏み込んだリブレが印を切る。シグマの足元から闇夜をさらに黒く塗り潰すような地獄の炎が柱のように立ち上った。
「おまけよ！」
　魂すらも塗り潰すような一撃を耐えたシグマに、コルチカムのオーラの弾丸が直撃した。
「おのれ！」
　ダメージを押し殺して刃を構えるシグマ。その視界に影が差して、
「ウオオッ！」
　働き蟻を力で押し込んだコロッサスが勢いのまま、働き蟻をシグマに叩き付けた。
「黎明の名、その身でとくと味わうがいい！」
　顕現された炎の神剣が働き蟻の脇を潜り抜け、シグマの体を貫く。
「ギャアアァ！」
　体の内側から焼かれたシグマは断末魔の悲鳴を上げ、そのまま消滅した。
「さあ、どうする？」
　最後の一匹に向き直って緋織が問う。統率者を失った働き蟻は一目散に森の奥へと消えていった。

●
「ノォォッ！」
　リブレにコブラツイストを決められたコルチカムの悲鳴が響く中。
「これがオウガメタルさん……」
　不定形のスライムのような姿を取るオウガメタルを瑞樹が撫でると波打つような反応が返ってくる。
「腹減ってないかオメちゃん。美味いぞ、食べてみろ」
「持っては来たけど、そういえばオウガメタルって御飯食べられるのかな……」
　オムすびやクッキーでコミュニケーションを図るエヴェリーナやエリシエルの横からアドルフが覗き込み、
「個体名ってあるんすかね？」
　と、首を傾げる。そんな様子を見ていたコロッサスが視線を山奥へ向けた。
「作戦通り、撤退しよう」
　進む事と闘う事しか知らぬ狂戦士では蟻の餌になるだけだからと。隣で聞いていた緋織が頷く。
「そうだね」
　目的は達成された。オウガメタルの安全を最優先とする事はチームの総意だ。
「月乃さんと打ち合わせた回収地点がちょっと遠いんすけどね」
　地図で場所を再確認するアドルフが額をぽりぽりと掻く。疲労も押し寄せてくるが、撤収するケルベロス達の足取りは軽いものだった。

作者：綾河司	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年6月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 9／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。