オウガメタル救出~チェイサーズ・ファング

作者:弓月可染

 山陰地方の山奥。
 人跡未踏の山肌には、働きアリローカストによって作り出された異形の建築物が立ち並んでいる。
 異形の建築物はそれ自体が生命体のように有機的に積み重なっており、更に、上空や周辺から完全に隠蔽される構造となっていた。
 この異形の建築物の中心にある宮殿には、アリ系ローカストの支配者たる、狂愛母帝アリアが鎮座し、ローカストのゲートの地球側出口を守護していた。
 そのアリアの元に、兵隊アリローカストの一体が駆け込んでくると、緊急の報告をする。
「大変です、アリア様! ゲートから大量のオウガメタルが出現、我等の制御を受け付けず、都市区域から逃走しようとしています!」
 大量のアルミニウム生命体『オウガメタル』がゲートから現れ、そして、逃走しようとする。
 この事態は、狂愛母帝アリアにも予測不能だった。
 だが、最も重要なゲートの守護を任された実力者であるアリアは、すぐに打開策を考え実行に移す。
「今すぐゲートに向かい、ゲートを一時閉鎖する。お前達はただちに出撃し、逃げ出したオウガメタルを一体残らず殲滅するのだ。奴らが、他のデウスエクスやケルベロスの元に逃げ込めば、我等のゲートの位置が割り出されてしまうやもしれぬ」
 その言葉に、弾かれるように退出した兵隊アリローカストに見向きもせず、アリアはゲートへと向かった。

●ヘリオライダー
 黄金のローカストとの戦いの中、アルミニウム生命体と絆を結んだという知らせ。未だ聞いていなかったケルベロス達に説明するアリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)は、驚きを隠せない様子である。
「アルミニウム生命体の種族名は、『オウガメタル』というそうです。本来は、他者に武器として使って貰う代わりにグラビティ・チェインの一部を貰う、という共生関係を築くとの事なのですが……」
 グラビティ・チェインが枯渇した主星『レギオンレイド』で生き抜く為、飢餓状態に自らの身体を対応させたのが、ローカストというデウスエクスである。いつしか彼らは、オウガメタルに貴重な分け前を渡さなくなってしまった。
「特に、先日撃破したローカストたちが使う『黄金装甲』は、オウガメタルから逆にグラビティ・チェインを奪い取って自分の力にしてしまう技術なんだそうです。これでは、もう共生とは言えないですよね」
 そんな中で、オウガメタルと絆を結んだケルベロス達が彼らの窮地を察知したらしい、と彼女は告げた。曰く、ローカストの主星から、多くのオウガメタルが助けを求め、地球に逃れてきたようだと。
「でも、主星と地球とを結ぶゲートは、当然多くのローカストによって守られています。おそらく、脱出するのは困難でしょう」
 ローカストのゲートは山陰地方の山奥にあるのだという。既に、主にアリのローカストが小部隊に分かれて山狩りを行い、オウガメタルの殲滅を行っているという情報も入っていた。
「ですので、皆さんにはヘリオンで現地に向かい、この小部隊を撃破してオウガメタルの救助して欲しいのです。ゲートが近くにあるという事は、その分敵の攻撃も激しくなりそうなのですが……」
 運がよければ、ローカストのゲートを特定する事さえ出来るかもしれない。厳しい戦いですが、同時に良いチャンスでもあります――そう、彼女は続けた。

「今から出発すれば、現地に到着するのは夜半になるでしょう。逃走するオウガメタルは、銀色の眩い光を発して私達に合図してくれますから、ぴったり真上とは行きませんが、すぐ近くには降下できるはずです」
 一方、追っ手は兵隊アリローカストが一体と、働きアリローカストが二体の部隊だ。
 兵隊アリは戦闘に特化した役割で戦意も高く、どれほど不利な状態でも逃走はしない。働きアリも、戦闘向きではないとは言え、ケルベロス数人分の実力はあるだろう。
 もっとも、働きアリは兵士ではないので、兵隊アリが撃破され状況が不利になれば、逃げ出すかもしれないが。
「予想外の事態ですが、もしかしたら、今回の事件はローカストとの決着に繋がっていくのかもしれません」
 もちろん、ケルベロスを頼って行動に出たオウガメタルを助けるのは最低条件です、と強調し、よろしくお願いします、とアリスは一礼を施した。


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
鵺咬・シズク(黒鵺・e00464)
ヴィオラ・ハーヴェイ(リコリス・e00507)
北郷・千鶴(刀花・e00564)
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
吉柳・泰明(青嵐・e01433)
柳楽・宗右助(鴉羽の隠し手・e23927)

■リプレイ


「我らはケルベロス! 貴殿ら、後ろに走り抜けるがいい!」
 高速で地を這い進んできた流体金属の塊が、吉柳・泰明(青嵐・e01433)の声に眩い光を放つのを止める。上空からでも目立つそれはSOSの信号だったか、そそくさと発光を消すのは逃げ延びた安堵の仕草の様で。
「命懸けで繋がれた絆だ。護り通さねばなるまい――何としてでも」
 少なくない数が既に討たれた事は想像に難くない。だからこそ、彼はがさりと物音を立てて現れた敵手から、彼らを守り通すと誓うのだ。
「蟻が猟犬の真似事ですか」
 泰明同様、自ら目印となるべく夜光リングで身を飾ったクロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)が、その声色と視線に敵意を篭める。
 現れたのは、夜闇に溶けるかの様な黒鎧。騎士の名に相応しい武装の蟻は、しかしクロハの煽りには乗らず、後方へ逃げ去ったオウガメタルを捉えんと息を吸い込む仕草を見せた。
「ええ、ですが、狩るのは我々の役目です。お判りでしょうが」
 それには構わず、淡々と告げるクロハ。挑発がどうあれ、彼女の仕事は変わらないのだ。地獄の炎で象られた右脚を振り抜けば、摩擦が更なる炎を生んで兵隊蟻の鎧を打つ。
「ゼレフ!」
「はいはい、解放戦線のお出ましだよ」
 その後方で、射線を塞ぐ様に立っていたゼレフ・スティガル(雲・e00179)が動く。暗がりに溶ける燻し銀の杖、先端の琥珀だけが光を映すそれを掲げれば、たちまちの内に魔力が満ちて。
「ちゃんと、牙を研いで噛み付いてあげるから」
 す、と目を細め、圧縮詠唱の一音を唱える。途端、彼らを隔てるかの様に、稲妻が次々と降り注いで壁を成した。
「どっちの牙が強いか、見届けてね」
 雷光が、彼のくすんだ銀髪を森に浮かび上がらせ、そのモノクルを光に染める。
「あれがオウガメタルか」
 そう一人ごちた柳楽・宗右助(鴉羽の隠し手・e23927)が、夜に染まった黒き翼を広げて嘯いた。その顔は、烏帽子と烏の仮面とに隠されている。
「目にするのは初めてではあるが――」
 とん、と跳ねれば、精悍なる身体は軽々と宙に舞う。その脚の刃を備えたシューズに、彼は退魔の霊力を纏わせて。
「――みだりに見捨てたりはしない。追われている奴らをな」
 働き蟻を一蹴りし、名乗らずとも無言の内に語るのだ。山陰に鴉羽在り、と。

「退がってな。……見せてやるぜ、守る為の剣がどれだけの力か!」
 鵺咬・シズク(黒鵺・e00464)の一閃は虚空を斬る。だが、彼女が見据えるのは刃が届く遥か先、アルミの鎌を振り翳す雑兵だ。
「先手必勝。速攻あるのみ!」
 渦を巻き吹き荒れる風。螺旋忍者の秘中の秘、斬り裂いた空間に生まれる螺旋の力が、周囲に凍気を撒き散らしながら空間を穿ち蟻を襲う。
「流石に、親分は一筋縄じゃいかないみたいだしな」
「そうね、けれど一人で戦っているわけじゃないわ」
 吐息混じりに零すのは、傍らに立つヴィオラ・ハーヴェイ(リコリス・e00507)。彼女の金瞳が映すのは、兵隊蟻に単身挑むクロハである。泰明や北郷・千鶴(刀花・e00564)が時折割って入るものの、ゼレフが味方の援護を選択した結果として、最強の敵の足止めは主に彼女へと託されていた。
「仲間の盾、だなんてカッコイイわね。救出戦と同じくらい」
 臈長けた笑み。艶やかな唇から齎されたのは、しかし少女の様に華やいだ声。爪を紅く塗った指が薬液の瓶を投げかければ、『盾』の鱗に刻まれた傷が癒えていく。
 もっとも、クロハを援護するのはヴィオラだけではない。八重梔子の白花を髪に飾る青年、ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)もまた、より攻性の援護を仕掛けていた。
「……余り動いてくれるなよ」
 当て難くなる、とは韜晦か。ごく低い声で呟いて、意外と陽に焼けた掌を広げる。急速に濃縮される魔力。やがてそれは、焔纏う竜――その幻影を象った。
 羽ばたき、蹂躙し、咆哮する。正しく竜の暴虐を、この場に現出せしめる為に。
「……前座を片付けるまで、少し待っていろ」
 無表情に言い放つディディエは、しかし強大な敵にも決して怖れは抱かない。ただ、次なる痛打を求め戦場を睥睨するのみだ。
「はい、持てる全てを尽くすのみ――!」
 一方、狩衣の文士の挑発を耳にして発奮する者もいた。働き蟻と斬り結ぶ千鶴にしてみれば、同族の言葉は早く片付けろという檄にも等しい。
「応えましょう。彼らの覚悟に、我らの覚悟をもって」
 勿論、それは真っ直ぐで生真面目な彼女が自らに誓ったもの。なればこそ、その瞳は激さず、ただ凛として敵を見据えるのだ。
「我らを信じ、必死の思いで行動に出た彼らの為――剣と成りて、斬り祓い給へ」
 愛刀を手に、千鶴は蟻へと立ち向かう。その行く手を遮るべく前に立ち、地を穿つ一閃。いや、閃くのは闇夜の刀剣にあらず、魔を討つ霊力の迸り。
「妖邪を斬り、武運を齎せ――」
 ――是尚武太刀也。
 放たれた霊気は咲き誇る菖蒲にも似た蒼い刃となり、一片の容赦なく腱を切り骨を穿つ。ああ、それこそがこの美しき剣士の、苛烈なる宣戦布告なのだ。


「名乗るのが遅れたか。アリア騎士が一、ディムシェルド」
「名乗る程の者ではありませんよ」
 鎧の下より発せられた声に、しかしクロハは応じようとはしない。戦鬼彷徨う戦場に、熾火たる自分に、騎士道など有りはしなかった。
「ええ、ですから貴方の首にも興味はありません。一匹も逃さない、唯それだけです」
 ――恨みはありませんが、それが我ら猟犬の仕事ですから。
 放たれた黒き残滓が騎士を包み、アルミの鎧を喰らわんと取り付いた。たまらず鎧化を解いて引っ込んだオウガメタルに、ごめんなさい、とは詫びれども。
「お仲間方が必死に命や絆を繋がんとしておられます! どうか、どうかお応え下さい!」
「ここさえ凌げば道が開ける。チェインが必要ならば、此方の身へ移るがいい」
 敵の装備するオウガメタルにも、未だ心があるならば、と切に訴えかける千鶴。一時攻撃の手を止めさえして、敵味方問わず訴えかける泰明。だが、少なくとも装備されている者達は蟻に完全に支配されているらしく、反応はなかった。
「少なくともこっちの方が高待遇なのは保証するけどね」
 飄々と言ってのけるゼレフは、しかし一切の油断無く前に後ろにと戦場を駆け巡る。いずれ強力な敵、なればこそ、敵の動きを鈍らせ味方の傷を癒す、遊撃としての彼の存在感は大きかった。
「まあ、とりあえず一緒に帰って――一緒に生きようか」
 超重の得物から敢えて左手を離す。横に突き出した。袖に刺された銀の炎、繊細なる装飾が夜闇の中で奇妙に主張し、そして。
 爆ぜた。
「――君は、お還り」
 何かを求める様に伸ばされた手。立ち上る白炎。全てを灰に還さんとするそれは、動きを封じる様に働き蟻を灼いて。
「……畳み掛けるぞ」
 ディディエは機を見誤らない。気怠げで厭世的ですらあろうとも、戦場に身を置く意味は知っている。
「……腕が鳴る。それも、護るものがあらばこそ、というものだ」
 そして、戦場に身を置く理由も。
 腰に提げた祈願の鈴が鳴った。杖を媒体に凝縮する魔力。オラトリオという種だけに伝えられた秘儀が、絶対零度の弾丸を現出させる。
「……そこだ」
 ディディエが望んだその時、既に中る未来は決まっていた。時間すら凍れ、濃密なる魔力の渦が働き蟻を縫い止める。そして、かなりの近距離に迫りながらも弓に矢を番える宗右助。
「征くぞ、トラ」
 癒しの力で戦線を支える羽猫。縞模様が愛らしい相棒へと一声くれて、伯耆の烏天狗は大弓を引く。
 本拠は奪われども山陰は彼の縄張りだ。虫風情の好き勝手を許しはしない。
「蟻程度に苦労していて、『奴』を倒すなど出来るはずもないからな」
 宗右助が射る矢が纏うのは、魔を祓う空の霊力。狙い過たず胴を射抜いた一矢が、集中攻撃を受けた働き蟻への止めとなった。

「彼らの覚悟もまた、相当なものと見えますが――」
 兵隊蟻の存在があるにせよ、同僚を討たれても戦意を衰えさせない働き蟻に千鶴は舌を巻く。どれ程戦意が高いのか。――どれ程、この地が重要なのか。
「なればこそ一層、譲れませぬ」
 邪気よ去れと愛刀を振るえば、若草色の羽織を着込んだ羽猫がすかさず飛び掛って爪を立て、その名の通り鈴を鳴らす。
「覚悟の有る無しに、美しさは感じないわ」
 だが、ローカストを称えるかのような響きには、珍しくヴィオラが毒づいた。僅かに乱暴な手つきでカードを切り、その一枚を手繰れば。
 此度彼女が導いた運命こそ、白き法衣の女――『女帝』。
「ダメよ、動かないで。……跪きなさい」
 手の内に滑り込んだカードは華奢な銃へと姿を変えていた。頼りなさげなそれを、ヴィオラは働き蟻へと向ける。
 鮮烈なるマニキュア。引鉄を引く指は、躊躇わず。
「――嫌いなのよ、虫なんて」
 働き蟻へと吸い込まれていく弾丸。それを追う様に、シズクが疾る。
「さあ、ディナータイムだ」
 すう、と彼女の目が細められる。黒鵺の二つ名、その由来たる研ぎ澄まされた剣気を刃の内に練り上げて、シズクは働き蟻へと迫るのだ。
「存分に喰らいつけ――!」
 上段の構えから、大きく振り下ろす。瞬間、稲妻が走ったかと思うと、解き放たれた剣気が黒き雷獣へと姿を変え、蟻の喉笛へと牙を立てる。
 鵺咬流絶技、黒鵺魂。
 ただシズクのみが会得できた大技は、未だ抵抗を続ける働き蟻を追い詰める。
 そして。
「力を貸してくれ、一つでも多くの命を助けたい」
 泰明はそう再び口にする。最良の未来を掴む為に。

 ――我々に手段を選んでいる時間はないのだ。

 かの武人フーガの声を思い出す。痛い程に判るのだ。その困窮と覚悟は。
 だが、認められぬ。
「他の命を犠牲にするやり方だけは、やはり認められぬのだ――!」
 呻く様に口にした、その時。
「手を貸して、くれるのか……?」
 泰明の声に、背後に隠れたオウガメタルが姿を現し、身体を波打たせる。あえてローカストに身を晒した彼に、しかし怯えた様子はない。
 次の瞬間、泰明の上半身をオウガメタルが包み、一体となった。殊に厚く金属に覆われる拳。その様子に、彼は新たな仲間が何を求めているかを理解する。
「死力を尽くす。光が、この道が絶えぬ様に」
 地を蹴って迫る。迎え討たんとする働き蟻。だが、アルミの鎌より早く、彼の拳が蟻を捉え――その外骨格を粉砕した。

 一方その頃。
「貴方の相手は私ですよ。脚が砕けても、余所見をすれば喉笛くらい噛み千切って差し上げます」
「誇るがいい。貴公は強かった」
 切札たる蹴撃の炎舞。その返礼に兵隊蟻が繰り出したのは、脚を捉えた大顎の一撃。治癒の支援を受けたクロハすら昏倒させたそれこそが、アリア騎士の真骨頂だった。
「ラストダンスまで、お相手願いたかったのですが……」
 意識を手放した彼女にもはや一瞥もくれず、騎士ディムシェルドは次なる敵を迎え撃つ。


「アリア騎士の名に賭けて、オウガメタルは逃がさぬ」
「……巫山戯た事を」
 一拍遅れて応じたディディエは、ここで最強の手札を切ることを躊躇わなかった。
「……出でよ、畏れられし黒の獣よ」
 陰のある表情に低い声を重ね、彼は喚ぶ。その声に応えて闇の中よりのそりと現れたのは、狼を思わせる、けれど狼とは思えない鮮烈な殺意を滴らせた獣。
 そしてディディエは命じるのだ。あれぞ、我らの敵だ、と。
 獣は跳ねた。兵隊蟻が目で追った時にはもう遅い。殆ど上空から襲い来る質量、押し潰すように向けられる殺意。黒き獣が、乱杭歯の牙を突き立てる。
「……さて、如何か」
「いや、足りてないね」
 どこか嬉しげに指摘するゼレフ。その眼前で黒き獣が弾き飛ばされた。無傷とは言わずとも、兵隊蟻は未だ健在。
「まだ、諦めちゃくれないか……いいね」
 そういうのも楽しいよ、と唇を歪めた。彼の佇まいは普段と同じ穏やかで飄々としたそれ。その内側に潜む高揚が彼に甘い痺れすら感じさせている事を、余人は知らないが。
「おいで、そういうのも楽しいよ」
 銀の大剣こそが、獲物を屠る為に研ぎ澄まされたゼレフの牙。元軍人らしくごく真っ正直なけれん味のない剣戟が、首を跳ね飛ばさんと振るわれる。
「我ら番犬の牙は、命護る為にあるものだ」
 新たな仲間と共に戦う泰明もまた、此度は両手の二刀で斬りかかる。空間すら抉り取る一閃、回避など許さぬ必殺の剣が敵の鎧すら割り裂いて。
「無情な牙の前に、易々と折れる訳には行かぬ」
「それでも、我らは退けぬ!」
 兵隊蟻より突如発せられる、耳を劈く怪音。幾人かの鼓膜すら破り血を流させたそれは、あるいは彼の隠し球か。
 だが。
「困るわね。奪い奪われるのは自然の摂理よ」
 蟻の周囲へと降り注ぎ、傷を癒していく薬液の雨。それを生み出したヴィオラは、しかしどこか物憂げで。
「だから、抗うのも、助けるのも自由なの」
 結局の所、何処までも生存競争である事は判っている。ならば、ローカストを追い詰める『塔』の呪いは、次に自分達へと降りかかるかもしれない。
「正義なんて最初から無かったわ。どちらの願いが強いか、それだけ」
「所詮は弱肉強食、か」
 ヴィオラの呟きに応じる声。言葉にすれば薄っぺらくも感じるそれは、宗右助にとっては複雑な感情を呼び起こすものだ。義賊たらんとすれば否定すべき概念。けれど、彼の本拠は弱いからこそ奪われたのだから。
「いずれにせよ――ここが踏ん張りどころだな」
 追撃をいなす撤退戦の殿。その重要性は言うまでもない。宗右助が大きく脚を振り抜けば、闇夜を照らす炎が敵へと向けて一直線に走り、燃え上がった。
「剣として、盾として。持てる全てを尽くすのみです」
 彼に頷いて、千鶴もまた動く。舞う様に、踊る様に刃が流れる度、霊気纏う破魔の一閃は確実に兵隊蟻を捉えていた。
「命を喰らう牙は、ここで断ち斬ります」
 それこそが。
 それこそが、千鶴の示した鮮やかなる覚悟。
「そして、未来への活路を斬り開く――!」
 傷を抉るような千鶴の剣に、思わず呻きを漏らす兵隊蟻。それは、とうとう露呈してしまった限界点でもあった。
 無論、ポニーテールの少女剣士はその瞬間を逃さない。
「助けを求める奴が居れば、誰であれ助けるだろ」
 どこか好戦的なシズクだが、その行動の大元は負けず嫌いな義侠心だ。だからこそ、彼女は思うままに振舞って自分を恥じる事がない。
「たったそれだけだ。それ以上の理由はないぜ!」
 ただそれだけ。ただそれだけの為に戦いに身を投じる事が出来る者達を、何と呼べばいいのか。もちろん、シズクは知っている。遍く全ての人々が知っている。
 その名こそが、ケルベロス。
「厄介な鎧ごと打ち砕いてやるよ!」
 跳躍。頭上に振りかぶった太刀に、ありったけのグラビティ・チェインを詰め込んで――大きく振り下ろす。
 兵隊蟻の兜を両断したその一撃が、この戦いの終幕となった。

作者:弓月可染 重傷:クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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