ただの泥棒なんかじゃない?!

作者:緒方蛍

 暗闇の中、影が動いた。
「あなたへの命令は、地球での活動資金の強奪、或いは、ケルベロスの戦闘能力の解析です」
 冷静な女の声はどこか酷薄を孕んでいる。
「あなたが死んだとしても、情報は収集できますから、心置きなく死んできてください。勿論、活動資金を強奪して戻ってきてもよろしくってよ」
 無情な命を受けたのは小柄な少女。仮面のせいでその顔にどんな表情が浮かんでいるのかはわからない。だがこくりと小さく頷いた。
 そうして少女が姿を現したのは、金持ちが多く住む住宅街の一角。そのうちの一軒、お屋敷と言っていいほど大きな邸宅に目星をつけると、影のように家の中へ侵入し――屋敷の奧にある金庫の扉を、強引な手段でもって開けた。
 中に収められていたのは数々の宝石と、札束。
 無言でわしづかみすると、素早く風呂敷に包み、背に負う。
 周囲へ素早く視線を走らせる。幸い警備用のセンサーに細工をしたから警備会社もまだ来ない。ここにこれ以上滞在する理由もない。さあ、帰るとしよう。
 闇に影を滑らせるように、少女は屋敷を後にした。
 
 御門・レン(ヴァルキュリアのヘリオライダー・en0208)が集まったケルベロスたちひとりひとりの顔を見回すと口を開いた。
「今回の事件は、螺旋忍軍が引き起こすものです。目的は金品の強奪。特別な品物を選んで盗んでいるわけではありませんので、地球での活動資金にするつもりだと思われます」
 この事件を起こしているのは『月華衆』という一派らしく、小柄で素早く隠密行動が得意な螺旋忍軍なのだとレンは言う。
「強盗事件が起こるのは都内の閑静な高級住宅地。広い敷地のお屋敷で、戦うとするならこのお屋敷のお庭になるでしょうね」
 そうして月華衆について話が及ぶ。
「月華衆は特殊な忍術を利用します。これが面倒な忍術なのですが……自分が行動をする直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用する、というものなのです」
 だが、これ以外の攻撃方法はないらしい。戦い方によっては相手の次の攻撃方法を特定することもできる。
「それから……理由はわかりませんが、月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先します」
 その点も踏まえて作戦を立てれば有利に戦えるはずだとレンは言う。
「事件としては小さなものかもしれませんが、一般の方への被害が出る以上、見過ごしてはおけません。また、月華衆の行動には不可思議な点も多くあります。もしかしたら事件を指図している黒幕がいるのかもしれません」
 曇らせた表情を最後にはほどくと、レンはケルベロスたちによろしくお願いいたします、と信頼の目を向けた。


参加者
フィーベ・トゥキヤ(地球人のガンスリンガー・e00035)
クリスティア・マーレイ(ぺったんこの妖精・e05505)
白森・陽(元野生児のエルフ侍・e14913)
水野・葵(奴隷幼女・e15084)
イアニス・ユーグ(時の随に人の真に・e18749)
セシリア・アークライト(竜胆を携えし者・e26924)
神藤・聖奈(彷徨う術士・e27704)
霧島・迅龍(機龍の凱歌・e28704)

■リプレイ

●潜伏、見張
 夜更けの住宅街、人々はそろそろ眠ろうとしているような時間。周囲よりひときわ大きな邸宅の庭に、8人のケルベロスたちの姿があった。ただし屋敷からは簡単には見えないような、死角や植え込みに隠れている。
 それもこれも、デウスエクスによって屋敷の金庫に収められている金品を狙った犯行があると予知されたからだ。
(「相手が何者であれ、どのような心情であれ、見逃すわけにはいきません」)
 たとえそれが民間人の殺害によらないものでも。神藤・聖奈(彷徨う術士・e27704)が注意深く金庫のある部屋の窓を注視しつつ思う。
 庭全体がよく見える場所に隠れているのはイアニス・ユーグ(時の随に人の真に・e18749)だった。
(「今回の螺旋忍軍はこちらのグラビティをコピーしてくるというが……盗めるなんてたいしたもんだ」)
 だが宝石まで盗まれるわけにはいかない。
 固唾をのんで見守っていると、屋敷から何者かの影が滑るように出てきた。すぐさまケルベロスたちが影の周囲を取り囲む。イアニスがあらかじめ持っていたライトを点灯する。
「そこまでだよ」
 影、螺旋忍軍の少女の前に立ちはだかったのは霧島・迅龍(機龍の凱歌・e28704)だ。
「よし、そいつは金品やな、金品やろ、置いてけ、金置いてけ!!」
 妙な迫力で迫ったのはフィーベ・トゥキヤ(地球人のガンスリンガー・e00035)。そして横からクリスティア・マーレイ(ぺったんこの妖精・e05505)が一歩前へ出る。
「レディの相手は本当に嫌なんだ、できることならおとなしく捕まって欲しい。あ、嫌というのは『魅力的じゃない』という意味ではないよ決して!!!」
 警戒する少女姿の螺旋忍軍に、今度はセシリア・アークライト(竜胆を携えし者・e26924)がゲシュタルトグレイブの先端を突きつける。
「観念しなさい♪ あなたはすでに包囲されているわよ♪ 降伏するなら、それなりの待遇は用意してあげるけど、どうかしら?」
 表面上はにこやかにして優しげな言葉遣いだが、目は笑っていない。
「そうですね、一応、投降なさる気はありませんかと聞いておきましょう。如何です?」
 セシリアと聖奈の言葉に螺旋忍軍は反応を見せない。そうして無言のまま臨戦態勢へと入った。
「……やっぱり戦うのね。残念」
 さして残念そうに見えない口振りでセシリアが肩を竦めると、フィーベがずいっと前へ出た。
「よーし、金盗むやつはぶっ殺し確定やな。ニンジャ死すべし慈悲はない」
 楽しげな口調。だがその目は笑っていない。
 白森・陽(元野生児のエルフ侍・e14913)がきりりとした目で敵を見据える。
「ならば、いざ尋常に勝負でござる!」
「……それが……ごめーれーであるなら……」
 やや後ろでおとなしく様子を見守っていた水野・葵(奴隷幼女・e15084)が小さく呟いた。

●会敵、開戦
 ヘリオライダーから事前に聞いていた情報によれば、この螺旋忍軍は前ターンのグラビティを真似てくるという。
 それに、金品や情報をひたすら集めるなど、何を考えているのかわからない。
(「しかし、情報取られてばっかってのも癪だよねぇ……」)
 華奢な少女姿の螺旋忍軍を見つめながら迅龍は思う。
 螺旋忍軍、月華衆は情報集めを旨とするらしいが、まったく不気味な存在だ。
(「死んだとしても構わないなんて、まるで最初から倒されることを前提としてるみたいで、敵ながら嫌な気持ちになるわね」)
 セシリアが内心で呟くのを見計らったわけではないだろうが、最初に動いたのは聖奈だ。まずは、と黄金の果実で味方にバッドステータスへの耐性をつける。
 続けざまに、
「鋭きは猛き勇者の一閃、切り開くは未来への凱旋!」
 歌うように詠唱したのは迅龍の『剣戟勇武』。勇ましい戦士の歌で士気を高めて命中精度を向上させる。背後で彼のウイングキャット、キジトラのカプリチオも皆を応援するかのように清浄の翼を振りまく。
 詠唱が終わるか終らないかでアームドフォートのDF C14 Scrambled Fortressを構えたのは葵。
「あおい……こうげきをかいしします……」
 幼いながらも冷静な表情で、まるで操り人形かのごとく撃ち放ったのはフォートレスキャノン。
「ブラックスライムの扱いには不慣れではござるが……!」
 陽が捕食モードのブラックスライムを放つ。
 流れるようにイアニスのガトリング連射、クリスティアの手加減攻撃、フィーベのクイックドロウ、セシリアのゲイボルグ投擲法での攻撃。
「私の槍を、受けてみなさい♪」
 軽やかな一撃も螺旋忍軍の少女へ致命傷を与えるものではない。
(「できれば捕まえていろいろ聞きたいところでござるが……上手くいくでござろうか?」)
 彼女を捕まえて聞きたいことはいくつかある。
 少女に指示を下した存在のこと。
 資金の回収場所。
 ケルベロスの情報収集方法。
 どれもが未知で、知ることができればきっとこの先に役立つことのはずだ。だから8人全員の方針は決まっていた。
 後は、思惑通りに事が運ぶかどうか。
 陽が右から手加減攻撃を繰り出せば、イアニス、クリスティアも続く。
「こちらです」
 左から聖奈が声をかける。手のひらに生じている竜の幻影はドラゴニックミラージュの炎。そうして螺旋忍軍の背後から迅龍が再び手加減攻撃を叩き込む。
 だが螺旋忍軍も、1ターン目と違いやられているばかりではない。
「鋭きは……」
 歌のような詠唱。迅龍のグラビティを真似てきた。
「これは……聞いてはいたけれど」
 実際目の当たりにすると驚かされるし厄介なものだ。
 だが螺旋忍軍に付与されたエンチャントをすぐに解除しようとした影がひとつ。
「思い通りにはさせんで!」
 フィーベがリボルバー銃にグラビティ・チェインを乗せ、攻撃を叩きつける――グラビティブレイク。
「……っ……」
 少女が威力でわずかに後ずさる。その横からセシリアが手加減攻撃。
「あなたには、知ってることを話してもらおうかしら♪ もちろん、捕まえた後でね♪」
「あおい……こうげきをかいしします……」
 無感情な葵の声が再び宣言すると、フィーベ同様にグラビティブレイクを放つ。エンチャントは解除された。

●戦闘、続行
 3ターン目の螺旋忍軍の攻撃はグラビティブレイク、4ターン目はフォートレスキャノン、5ターン目はシャウトと、事前情報通り、直前ターンに使ったグラビティを真似てくる。
 ケルベロスたちにしてみれば8対1なのだから、本気で戦えば苦戦する相手ではない。だが捕縛して螺旋忍軍から情報を集めようとし、かつ見切りが生じないように戦おうとすれば必然的に螺旋忍軍は毎ターン違う攻撃をしてくる。
 仲間が使ったグラビティに合わせようとしても、全員が同じ考えで螺旋忍軍に見切りをつけさせるように戦わなくては意味がない。
 冷たい夜風が吹き抜ける。
 そうして、消耗戦の様相を呈してきた頃。
 螺旋忍軍は捕縛される意思もなく、どころか隙を見ている節がある。逃げようとしているのか。
(「これは……討伐しなきゃダメみたいだね」)
 迅龍が内心で呟いたタイミングでまた風が吹き、螺旋忍軍が動いた。
「危ないっ」
 葵を狙ったストラグルヴァインを肩代わりしたのはクリスティアだ。
「クリスティア……さん……」
「レディから頂けるお仕置きならいくらでも喜んで受け入れるよーッ!」
 平気だ、と言う代わりにおどけたようなセリフを返すとすぐに螺旋忍軍に向き直る。
「このままじゃラチがあかんな」
「どうやら捕獲は諦めたほうがよさそうだね」
 イアニスの言葉に応じる迅龍の言葉に、皆が残念そうに頷く。
「仕方ない、な」
「それが……ごめーれーであるなら……」
「そうですね、躊躇している場合ではないかもしれません」
 イアニスと葵、フードを目深にかぶったままの聖奈が頷く。
「手加減無用♪ ということですね♪」
「こればっかりはしゃあないか……」
「ああレディ……残念だよ……」
 残念ではあるが、そこはケルベロス。次の瞬間には確実に倒すための戦闘モードに切り替わっていた。
 螺旋忍軍の少女がまず動く。使用したグラビティは祝福の矢。攻撃グラビティでないなら、あとは回復した以上にダメージを与えるのみ!
「せめて苦しむことがないように……!」
 イアニスが武器に乗せたグラビティ・チェインを叩き込む。先ほどまでより確実なダメージ。
「敵対する意思が消えないのなら仕方ないとはいえ……すまないね、レディ!」
 女性に手を上げるのは趣味ではないが、と言いつつ、網状の霊力を放射する縛霊撃を決めるのはクリスティア。
 全員で一斉に攻めるなら、今は回復より攻撃に転じる。聖奈が攻性植物を大きく網のように広げさせた。
「本当に残念です……」
「君、おとなしく捕まってたほうが良かったと思うよ」
 その意思がないのだから仕方がないが、と続けざまに聖奈と同じように攻性植物を解き放ったのは迅龍だ。ストラグルヴァイン。捕縛のバッドステータスが付与された。
「初っ端に慈悲はなしと言ったのは俺やしな……!」
 素早くリボルバー銃を構え、神速で弾丸を撃ち放ったのはフィーベ。避けきれなかった螺旋忍軍の太腿に命中。
 その時には反対側でセシリアが構えている。
「我が掌から、出でよ赤竜!」
 高らかに詠唱すれば、手のひらから生じた真っ赤な竜が螺旋忍軍めがけて襲い掛かる!
「あおい……こうげきをかいしします……」
 攻撃のたびに律儀な宣言をしたのは葵だ。アームドフォート、バスターライフルをいつの間にかパージして、スカートの中から取り出したリボルバー銃のDF M51 Paradoxを取り出すと目にも止まらぬ速さで弾丸を撃ちこむ。
 そうして。
「拙者の速さと其方の速さ、どちらが上か勝負でござる!!」
 挑んだのは陽だ。
 螺旋忍軍が陽の攻撃を避けようとする動きを見せる。
「万華の様な拙者の姿、見切れるでござるかな?」
 無数の分身が螺旋忍軍の少女を取り囲む。そうして放たれた居合の斬撃を、誰が視認できただろう?
 気が付いた時には分身は消え、螺旋忍軍は地に斃れていた。

●終了、回復
「これにて幕引きです」
 聖奈がぽつりと言う。後には何か痕跡が残っていないかと確認をし始める。その横で、消えていく螺旋忍軍の少女の死体を葵が見下ろしていた。
「……あなたも……わたしとおなじ……?」
 離れた場所で、植え込み、花壇に被害が出ていたのを見付けたセシリアがヒールで修復を試みていた。すぐさま直っていく花壇の脇に、いずれ花が咲くようにと竜胆の種を植えた。
「綺麗な花を咲かせてね♪」
 螺旋忍軍が落とした金品を回収しているのはフィーベ、イアニス、陽だ。
「まったく、金盗むなんて絶対許されへんで」
「フィーベ殿はお金が絡む時は目が真剣でござるな……」
「そんなに金が好きなのか? 宝石は綺麗だけど」
「当たり前や!」
 楽しげにしている三人から少し離れた、けれど消えた螺旋忍軍がいたあたりに佇むクリスティアに声をかけたのは迅龍だった。
「……? クリスティア君、どうしたんだい?」
 クリスティアが浮かべている笑みに違和感を抱いて声をかけたのだが、クリスティアが迅龍のほうを振り向いた時にはいつもの笑みに戻っていた。
「なんでもありませんよ」
 さあ帰りましょう、と言うクリスティアに頷くと、全員で揃ってヘリオンへと向かった。

作者:緒方蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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