些細な違反にもご注意を!

作者:奏蛍

「貴様、何をしている!?」
 凛とした少女の声が、通りに響き渡った。歩いていた二人の男子生徒が、首を傾げて足を止めた。
「何って、何も……」
「何ものはずがないだろう!」
 少女が指を差した方向には、ガムのゴミが落ちていた。
「しっかり見ていた。ポイ捨てしただろう」
「は? それがどうしたよ?」
 拾ってちゃんと捨てるように言う少女に、片方が面倒そうに眉を寄せた。
「更生する気はないということか……」
「そうそう、こんな奴らこの世界にいらないよ」
 呟いた少女の肩の上で、ハムスター型ダモクレスが楽しそうに体を震わせた。
「あるわけないだろ。さっさとどっか行けよ!」
 イラついた声と共に、肩を押されそうになった少女が後ろに一歩下がる。そしてその時には、少女の右腕がチェーンソーへと変わっていた。
「ならば、その腐った性根と共に朽ち果てろ!」
 言葉と同時に刃を振るうと、鮮明な赤が空を舞った。途端に周りから悲鳴があがる。
「よくやったね、えらいえらい」
 二人の男を殺した少女を褒めながら、ハムスターが嬉しそうに肩から駆け下りて死体に近づくのだった。
 
「うんうん、ポイ捨てはダメですよ!」
 でもこれは行き過ぎていると、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)がぷるぷると首を振った。黒いパンダの耳が可愛らしく揺れている。
「ルールを破る人を見つけると、殺しちゃうのです!」
 アンドロイド化した少女は、肩に乗せているハムスター型ダモクレスに誘導されるように制裁を行う。そしてハムスターを通じてグラビティ・チェインを奪取するのだ。
 場所は埼玉県のとある学校の付近にある大通りで、生徒たちが下校中だ。
「脳にチップを埋め込まれたせいで、ダモクレスになりかけているのです」
 普段からルールや規則に厳しくはあるが、こんな凶行を起こすような少女ではないのだ。
「大通りで目立つルール違反を起こせば、あっちから来てくれます!」
 派手にルール違反を起こすか、男子生徒二人が注意されるところを狙うかの判断はお任せする。
 アンドロイドと化した少女は、右腕がチェーンソー剣に変わるように改造されている。
「あと、完全にダモクレスにはなっていないみたいなのです」
 違反した者を、少女が許せるように説得することができれば、埋め込まれたチップの回路をショートすることができるかもしれない。そうすれば、少女を人間に戻すことが可能なのだ。
「説得に成功すると、ハムスター型のダモクレスが無理やり合体するのです」
 この状態でダモクレスを撃破することができれば、少女を救出することができる。しかし失敗すれば救出は不可能になり、ハムスター型のダモクレスは少女に後を任せて撤退してしまう。
「先にハムスター型ダモクレスを倒しちゃうと、暴走しちゃいます」
 回路を暴走させてしまった場合も、救出は不可能になる。
「戦いながらの説得になりますが、できるなら救い出してあげて欲しいのです!」
 ぎゅっと手を握り締めて、ねむが訴えるのだった。


参加者
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
ユーリヤ・アロノヴァ(マジックアワー・e02059)
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)
ガーデニア・ヒガン(白雪之曼珠沙華・e05084)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
香志木・真白(深緑の翼は英雄に憧れて・e28345)

■リプレイ


「あー、信号変わっちゃった」
 残念そうに足を止めた少女たちの隣で、ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)がぽつりと呟いた。
「今からする事は絶対にやってはいけないぞ」
 頭上から響いた穏やかな声に少女たちが顔を上げた時には、ルビークは横断歩道に足を踏み入れていた。仕方ないとは言え、車や人の邪魔をする行為への罪悪感がルビークの胸に湧く。
「車は来ていないし、大丈夫だろう」
 周りを見渡したムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)が探すのは、車ではなくアンドロイド化した少女だ。その後ろから、ライドキャリバーのプライド・ワンに騎乗した機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が駆け抜ける。
 本当なら下りて歩かなければいけないろこを騎乗して、さらに赤信号での横断。さらに目立ってくれることを期待する真理だった。
「赤信号、皆で渡れば怖くないです」
 どこかミステリアスな雰囲気を漂わせたミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)も、みんなに続くように踏み出す。スカートの裾のレースがふわりと揺れるのと同時に、気配を感じた。
「貴様ら、正気か!?」
 殺気を漂わせた少女の凛とした声が響き渡る。足を止めた香志木・真白(深緑の翼は英雄に憧れて・e28345)の視界に、ハムスター型ダモクレスが映った。
「自分たちが何をしているのかわかっているのか!」
 一緒に赤信号を渡ろうとしていたテレビウムのテレ坊を止めていた佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)も、油断なく少女を見た。
「無駄無駄、何を言っても無駄」
 今すぐに殺してしまえと、ハムスターが少女を唆す。
「貴女様が規則を大事にするのも、その想い、心では?」
 うるさいハムスターを黙らせるように、ガーデニア・ヒガン(白雪之曼珠沙華・e05084)の青い瞳が見つめた。静かな声で問うガーデニアは、どこか儚く清廉な雪のような雰囲気を漂わせる。
 そんなガーデニアの問いかけに、少女が微かに眉を寄せた。
「……更生する気はないということだな」
「そうそう、この世界には必要ない存在だよ」
 少女を後押しするように、ハムスターが声をかけ続けている。それに答えるように、少女の右腕がチェーンソー剣へと変化していく。
「あなたたち、避難をお願いします!」
 瞬時に信号待ちをしていた二人に、ユーリヤ・アロノヴァ(マジックアワー・e02059)が声をかけた。変化する右腕を呆然と見ていた二人は、慌てて駆け出していく。
 それと同時だった。軽やかに地面を蹴った少女が、ムスタファの目の前に迫っていた。


 無慈悲な斬撃が身を守る服を破り、ムスタファの体を傷つける。
「任せて、です」
 光の盾を具現化したユーリヤが、ムスタファを防護させながら傷を癒していく。
「社会を営む上でルール違反は確かに問題だろうな」
 ユーリヤに礼を告げたムスタファが少女に向かって音速の拳を繰り出しながら、声をかけた。衝撃に吹き飛ばされた体を、空中で立て直した少女が着地する。
「わかっているなら、なぜ破る!」
 怒りを露にする少女に、ムスタファは緩く首を振る。そして信号無視よりも重い違反があるのを知っているかと問いかけた。
「お前がやろうとしている殺人だ」
 ムスタファの言葉に少女が瞳を微かに見開いたのと同時に、ハムスターが再び囁く。
「お前の制裁から逃れようとしているんだ」
 戯言を聞いたらダメだと言われて、少女の瞳が再び細く鋭くなる。
「自分の罪を誤魔化す気か!」
「違反行為の注意は正しいさ」
 聞く耳を持たなくなってしまいそうな勢いの少女を、真白が肯定でなだめながら黒い液体を変形させて覆う。逃れようと暴れる少女の瞳が、初めての依頼に気合を入れる真白を映す。
 そんな少女の瞳を受け止めて、真白は小さく息を吐く。この少女の命が、自分たち次第で変わるということを改めて感じていた。
「だけど……君は何のために俺たちを注意したんだ?」
「何のためだと?」
「赤信号で来る車から俺たちを守るためでもあるだろ?」
 ぴくりと少女の体が震えた。その表情には戸惑いが映る。
 注意することで守れる命を、少女自体が奪ってしまっているのは矛盾だ。
「それじゃあ、君のしている行為は無駄になっちゃわないか?」
「私のしていること……」
「おいおい、騙されるなよ!」
 耳元で響く声に、はっとしたように少女の瞳が見開いた。
「ルール違反の罰は殺す為にあるのではないのですよ」
 ハムスターに負けないように、真理が声をかけながら光の剣を具現化していく。こうやって皆のために頑張っている人を利用しているのかと思うと、早く助けてあげたいと思う。
「罰を受ける事で反省して、次に生かすためにルールがあるのです」
 きっぱりと告げた真理の剣が少女を斬りつける。
「違う違う、ルールを破る奴は生きている価値なんてないんだよ」
 次々にかけられる言葉に、少女が微かに首を振る。
「ルールを何より重んじる君が、人としてのルールを破ってはいけないよな」
 少女が注意するように、ルールは守るためにあるのだからと告げたルビークの攻撃が戸惑う少女の体を打った。
 人は弱い。間違いだとわかっていても、自分勝手な理由を付けては仕方ないとルールを破る。
「………だが君はそんな自分勝手な奴なのかな」
「私は……」
 耳元ではハムスターが喋り続け、いくつもの言葉が入り込む。
「護るべき道徳、規律、規範」
 ふわりと舞うように動いたガーデニアが、白夜刀・光陰流転で緩やかな弧を描く。的確に急所を斬り裂かれた少女が、間合いを取るように後ろに飛んだ。
「けれど、それを紡いだのは優しき思い、『心』を護りたいという願いで御座いますよ」
 ガーデニアの言葉に、眉を寄せた少女の体が転がる。電光石火で繰り出されたミントの蹴りだった。
「そろそろ気づいたらどうでしょうか?」
 少女を蹴り飛ばした後、音もなく地面に着地したミントが静かに告げる。
「貴女がしている事も、法律と言うルールを違反した殺人です」
「私が違反?」
 信じられないというように呟く少女にハムスターが再び口を開こうとする。そのタイミングを狙って、照彦が巨大な光弾を放った。


「アカン事する人って、何でアカンか知らんか考えられへんねん」
 光弾を放った照彦が、どこか陽気な雰囲気を漂わせながら声をかける。しかしその雰囲気に反して、全く隙はない。
「それを分からせな、解決にはなれへんで」
「違う違う、制裁すれば解決するんだよ」
 頭が痛いというように、少女が首を振った。
「はっきり言います、貴女は間違ってるんです!」
 その様子に、もうひと押しとユーリヤが声を張った。
「でも、でも、間違えたら終わりなんてひどすぎるじゃないですか」
 違反した者も、少女も……償って許すことができたら、また笑えるとユーリヤは思う。
 悪いことはダメなこと。そう思うユーリヤでもたくさん間違えるし、いけないこともしてしまう。
 けれどその度に優しく叱ってくれる存在がいる。全部終わったら、笑って許してくれて……そんな当たり前が好きで、優しいお姉さんがもっと好きになる。
 だからどんなに間違えても、心さえ見失わなければきっと笑顔になれる。
「だから、私達が貴女を、助けます!」
「助ける……?」
 どうして、何から? 何度も呟く少女の耳には、すでにハムスターの声は届かなくなっていた。空気を切り裂くような悲鳴をあげた少女の体がずるりと地面に落ちそうになる。
 けれどその体は途中で止まった。
「ここからは、全力だな」
 呟いたムスタファに答えるように、隼のようなボクスドラゴンのカマルが翼をはためかせた。同時に少女と合体したハムスターが飛び込んでくる。
「許さない、許さない!」
 邪魔されたことへの怒りなのか、呟きながらチェーンソー剣が水平に振るわれる。横薙ぎにされた剣に体を斬られたと感じたミントが微かに息を飲んだ。
「……!」
 しかし痛みに息を飲んだのは、攻撃を肩代わりした真理だった。礼を告げながら、ミントは目にも止まらぬ速さで弾丸を放つ。
 撃ち抜かれながらも、距離を取るために離れた体を追ったルビークが鋭い目で捉える。
「何がいけないって……お前が一番いけないよな。……ダモクレス」
 その声に、はっと顔を上げたダモクレスにルビークの飛び蹴りが炸裂した。吹き飛ばされた体を、真白の掌から放たれたドラゴンが焼き捨てる。
「変わらぬ心はないのです。花咲いて、吹雪と散り移ろうように」
 握った刀に真紅の光を纏わせながら、ガーデニアが呟く。規則やルールは誰もが苦しまないために、傷つかないように……。守るために受け継がれてきた剣のようにガーデニアには思える。
 だからこそ、罪を払う刃にもなり得る。全ては心を守るために受け継がれてきた刃(イノリ)のようにも感じた。
 自分のように愛に溺れてしまった者なら、尚の事……。愛を求める本音を恥じるかのように、敵を捉えたガーデニアの刃の紅赤は砕け散り赤き焔の花吹雪と化す。
 舞い乱れながら焼けて散っていく花は、周囲を赤く赤く染めていくようだった。


「さぁ、貴女のチェーンソーと私のチェーンソー、どちらが上かを見せてあげます」
 チェーンソー剣を構えたミントが駆け出し、その刃を振るう。避けようとした体が、鈍くふらついたのが視界に映る。
 斬り裂くのと同時に、悲痛な声が響き渡る。
「そろそろ、限界のようですね」
「く……! まだまだ!」
 ふらついていた体が再びしっかりと地面を踏みしめた。瞬時に飛び離れたミントが油断なく構える。
 そんなミントと入れ替わるように、照彦が放ったオーラの弾丸が食らいついた。状況を的確に判断した照彦は、堅実に敵を追い詰めていく。
「全力の魔力を込めてお前にぶつけてやる!」
 頭上に巨大な魔力弾を真白が作り出していく。危険を察知して駆け出したダモクレスに向かって魔力弾を放った。
「逃さないぜ……深緑! 魔導砲!」
 避けるために横跳びしたダモクレスに向かって、魔力弾も曲がる。真白の魔力によって標的を追いかけた弾はその体を撃ち貫いた。
 痛みに動きを止めた体を、ガーデニアが光の剣で斬り裂く。同時にダモクレスが振るったチェーンソーの刃がガーデニアの体を斬り裂いた。
 ユーリヤのボクスドラゴン、チビがガーデニアの回復に向かう。それを確認したユーリヤは桔梗の花を作り出していく。
 空高く舞い上がった花たちは、ユーリヤの祈りの言葉に反応して砕け散る。そして無数の光矢となって降り注いだ。
 貫かれる痛みに声をあげながら、ダモクレスはまだ持ちこたえている。
「カマル」
 呼びかけに反応したカマルがブレスを吐くのに合わせて、ムスタファが雷を放つ。
「彼女は返してもらう」
 ルビークが漆黒の炎を放ちながら宣言するのと同時に、真理もアームドフォートの主砲を一斉に発射させた。
「これで終わりにするです!」
 連撃に耐えられなかった体が、今度は本当に地面に崩れ落ちるのだった。
「大丈夫ですか?」
 目覚めた少女を覗き込みながら、ミントが問いかけた。何度か瞬きして頷いた少女に、ルビークが笑みを見せる。
「ルールは思いやり。……そう心に唱えておくといい」
「思いやり……」
 考えるように少女はその言葉を口にする。
「神は許しこそ尊ぶのだ」
 宗教家なムスタファだけに、違反者をどうにかしたいという少女の思いに共感すら感じていたのだ。だからこそ、諭してやりたいと思った。
 二人の言葉を真剣に聞く少女を見て、照彦は微かに瞳を細めた。この少女が将来ちゃんと人を導く立場になって、正当な手段で世の中を正してくれたらいいなと……。
「これが戦うってことで、これが救うって、ことか……」
 少し離れたところで見ていた真白が呟いた。
「俺はまだまだ弱いけど、多くの人を守るためにはもっと強くなりたいな……!」
 そんな真白の耳に、真理がハムスターとどこで出会ったのかと問いかける声が聞こえるのだった。

作者:奏蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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