遥かなる蒼

作者:日崎律

●遥かなる蒼
 蒼き空を見つめる双眸があった。
 耳を澄ませば波の音が届くその場所で、一体のドラゴンが薙ぎ倒された木々や建物を寝台代わりと言わんばかりに巨体の下に敷き、まどろんでいる。凍てつく鱗を身に纏った身は降り注ぐ日差しも気にせずに眠りに興じている。その態度がどこか不貞腐れているように見えるのは、恐らく気のせいではない。
 拠点とした島の中にこもっているのが嫌になり、この場所まで出てきた。ドラゴンにとって、その行動に意味は無かった。ただの憂さ晴らしだ。
 今までの憂さ晴らしとばかりに木々を薙ぎ倒したり地面を抉ってみたりしたが、憂いは晴れない。
 一般人は避難を終えているらしく、誰もいないその場所で空の如き青の瞳を持つドラゴンは時折空を見る。
 まるで焦がれるように、蒼き竜は空を見上げていた。
●城ヶ島のドラゴン
「大変な事が起きました」
 ヘリオライダー、セリカ・リュミエールはその顔に緊張の色を隠しきれないままに言葉を紡ぐ。
「三浦半島南端の城ヶ島が、ドラゴン勢力に制圧されました」
 城ヶ島を制圧したドラゴンの勢力は、鎌倉の戦いの後にエインヘリアルとの勢力争いを見据えて潜伏、集結していたようだ。
 ドラゴン達からしてみれば、ケルベロスが勝利するとは思っていなかったのだろう。真の敵はエインヘリアルであると見なしていたようだ。
 しかし鎌倉での戦いはケルベロスの勝利に終わった。敗北に驚いたドラゴンの勢力は城ヶ島に拠点を築き、防衛力を高めようとしている。
「今すぐ城ヶ島を制圧する事は難しいでしょう。ですが、少しでもドラゴンの戦力を削る必要があります。そこで……」
 一度言葉を切り、セリカは一同の顔を見つめた。
「実はこのドラゴン達の一頭が、城ヶ島から離れて単独行動する事が分かったんです。皆さんにはそのドラゴンを襲撃し、倒して欲しいんです」
 ドラゴンは強敵な上に、戦場は敵地。聞くからに危険なものだと分かる。
 セリカはそれを説明した上で、尚も言葉を続ける。
「お聞きの通り、危険な任務です。それでも、ここでドラゴンの数を減らす事が出来れば、戦況はかなり優位になるでしょう」
 単独行動するドラゴンは空色の瞳にアイスブルーの鱗を持った、討伐可能な比較的弱い個体だ。
 その攻撃方法は硬化した爪で貫き、太い尻尾で薙ぎ払おうとしてくる。また、冷気を纏ったブレスを吐いて氷の中に閉ざそうとしてくるようだ。
「そして、皆さんにはヘリオンから降下して襲撃して貰う事になります」
 いわゆる急襲だ。周囲にはドラゴンが薙ぎ倒した木々や建築物があり、その中で戦う事になるだろう。
「ドラゴンと正面から戦う事になるので、とても危険な任務になると思います。勝利が難しいと感じたらすぐに撤退すべきでしょう」
 もっと言うべき事は、と視線を彷徨わせていたが、必要ないと結論付けたのだろう。セリカは微笑を浮かべて一同の顔を見渡した。
「それでも皆さんなら、あの蒼を抱いたドラゴンを打ち倒す事ができると、私はそう思っています」


参加者
北郷・千鶴(刀花・e00564)
紫堂・桜(日陰の巫術士・e01904)
切塚・烙羅(空風・e02195)
ダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)
翼龍・ヒール(ヒールドクター・e04106)
クリスティ・ローエンシュタイン(オラトリオの巫術士・e05091)
弓塚・潤月(潤み月・e12187)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)

■リプレイ

●蒼き竜
 どこまでも広がる青い空。その下にあるものは、眠り続ける一体の蒼きドラゴン。
 そしてその竜を倒すべく降り立つ者達。
 北郷・千鶴(刀花・e00564)は竜に気取られぬよう、注意を払いながらヘリオンから地へと降り立つ。目に映るものは眠る蒼い竜と、無残な姿となった建築物や自然。
「何たる惨禍……これ以上の蹂躙は許しません」
 凛と前を見据える彼女と同様、次々とケルベロス達が地へと降り立っていく。ダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)の目が細められた。その視線の先にあるのは蒼き竜。
「先日のドラゴンとは比べるべくもなく手強い相手になりそうさね」
「ええ、本当に。でも、ドラゴニアンとしては弱い者と思われない為にも勝たないといけませんね」
 ダンテの言葉に頷いたのは、翼龍・ヒール(ヒールドクター・e04106)。優しく穏やかな雰囲気を纏いながら、言葉を紡ぐ彼女の見つめる先にあるものも仲間達と変わらない。
「蒼いドラゴン……か」
 呟いたのは、弓塚・潤月(潤み月・e12187)。破壊の尽くされた周囲とは対象的に、空も海も、その色は変わらない。
「そんな竜が青い空と碧い海に守られた場所に居つくなんて、ロマンチックね。……でも、そんな事も言ってられないのね」
「話して解決とも行かぬとは、酷く哀しいものに御座いますが……。他に気取られる前に、片を付けましょう」
 そう言った千鶴が悲しげに目を伏せたのとほぼ同時。
「さあて、仕事の時間だ。――風よ、おいで」
 静かな空気の中、声が響いた。斬風に乗って木の葉が舞い、竜の体に傷をつける。
 戦闘の口火を切ったのは、切塚・烙羅(空風・e02195)だった。
 降下と同時に攻撃を開始した彼女を追うようにして、クリスティ・ローエンシュタイン(オラトリオの巫術士・e05091)も流星の煌きを宿した蹴りを叩き込む。
 ほぼ同時にヘリオンから降り立った、ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)の姿は愛らしいプリンセスの如く。降下と同時に変身した彼女は加速と同時に竜へと突撃した。間を置かず、黒いボクスドラゴンが封印箱に入ったまま体当たりする。
「本当に前に出たがりだな」
 その主である、紫堂・桜(日陰の巫術士・e01904)はサーヴァントであるジボルとは対照的に、翼を広げふわりと降り立った。
「晴れた日の空を気に入るのはいいのだが景観を破壊されても困るな。悪いが退治させてもらうぞ」
 眠りから醒めた竜が唸る。青い瞳の中に己を害さんとする者達の姿を――ケルベロス達の姿を映した。
 起き上がり、翼を広げる。空に向かって上げるは雄々しき咆哮。
 ――これより始まるは、蒼き竜との戦い。

●蒼を抱く
 耳をつんざくような咆哮が聞こえたかと思うと、すぐに視界に巨大な尾が入ってきた。立ちはだかるものを薙ぎ払わんとするそれを避ける事は難しく、前衛に立っていた者達が薙ぎ払われる。
「成る程、確かにこれは強敵だ。けれど……」
 言いながら、ダンテは鉄塊の如く剣を手に立ち上がった。
 コードネーム『デウスエクス・ドラゴニア』。彼女が知るその種族はこうして島に閉じこもるようなものだったろうか。
「ドラゴニアってのは何時から戦いにビビって巣穴に逃げ帰るような種族になっちまったのかい?」
 その言葉と共に、重厚無比の一撃が竜に降り注ぐ。言葉を解したか、それとも彼女の攻撃に対してか。竜はその青い瞳に怒りを宿してダンテを見た。その爪が振り上げられる前に、流星と重力を宿した飛び蹴りが竜を捉えた。
「おーっほっほ、ワタクシに跪きなさい!」
 攻撃の主はヒールだった。地面に降り立ったヒールは長い髪を風に遊ばせながら、片手を腰に当て、自前の鞭で地面を叩く。
「ワタクシにかかれば、この程度造作も無くってよ! さあ、お行きなさい!」
 主人の言葉に応えるようにして、彼女愛用のメディカルボックスが竜に喰らいついた。
 先程までの穏やかで優しい雰囲気は一変し、高飛車で高圧的な態度を見せるヒール。彼女の様相が一変した事に若干驚きながらも、千鶴は刀を構えた。これで更に攻撃が入りやすくなった筈だ。
「――鎮めて差し上げましょう」
 真っ直ぐに、毅然とした態度で竜を見据える。その手にあるのは彼女の心を映したかのような、曇り無き刀。
「静心なく――」
 陽光を受けて刀身が煌いた刹那。疾く、鋭い一太刀が竜を斬る。舞い踊る桜花を視界に入れながら、潤月が『光月』の名を冠した太刀を手に肉薄した。
「あんたには何の罪もないんだけどね、この世界に生きるものの脅威なのよ……」
 赤い瞳に映るは蒼き竜。
 黄色味がかった銀の刀身が美しく閃く。弧を描いた斬撃が確実に竜の身を裂いてゆく。
 先のいくつもの足止めが効を奏したか、彼女達の攻撃は上手く入り、着実に竜の体力を削っていった。しかしそれでも避けられる事も多く、また竜の攻撃も相当なダメージがある為に戦況は安定しない。
 再度竜の尾が前衛を薙ぎ払われるのを確認すると同時に、桜によって彼女達に癒しの光が降り注いだ。
「光よ、皆に癒やしを」
 鉛のように重かった足が動く。
「助かったよ、ありがとう」
 礼を述べるダンテに、桜は微笑んで頷き返した。主人に負けないようにと意気込んだのか、ジボルが果敢にも封印箱に入ったまま体当たりする。いつもは怖がりな癖に、と桜は唇に軽く笑みを乗せた。
 苛立ちを隠そうともしない竜に向けて、ヒメは攻撃の手を休めず尚も機動力を下げるべく、加速し突撃する。
「キミ達にも言い分はあるのだろうけどそれはお互い様だし、仕方ないよね」
 囁いた声音が届いたか、青い瞳がヒメの姿を映す。フリルやリボンがふんだんにあしらわれたドレスを翻し戦う彼女は尚も竜に語るように言葉を紡ぐ。
「確かに強敵……だけど、ね」
 こうして攻撃を重ねていけば、どうなるかは自明の理。
 竜に自らを癒す力は無い。積み重ねられていく傷も、動きを阻害する忌々しいものも、癒せはしない。それでもその攻撃は一切止む事は無く。
「へぇ、避けるんだね」
 放ったブラックスライムを避けられながらも、烙羅は飄々とした笑みを崩さずに竜の動きを観察し続けた。
 そして不意に異変に気付く。仲間によって次々と繰り出される攻撃の合間、竜が大きく息を吸い込んだ――ように見えた。それの意味するところを知り、息を呑む。
「まずい、ブレスが来るよ」
 周囲に聞こえるように烙羅が大きめに声を上げたのと、竜の口から氷の息吹が後衛に向けて吐かれたのは、ほぼ同時だった。
 氷の息吹は一見すれば陽光を浴びて煌き、美しく見える。しかしそれがもたらすものは煌きとは程遠い。凶悪なまでの冷気に思わず目を瞑る。
 身を蝕む氷の冷たさに、クリスティは眉根を寄せた。
「流石ドラゴン……と言うべきか。北郷、紫堂、大丈夫か」
 同じ後衛である千鶴と桜を見遣る。
「ええ、私は大丈夫です」
「私も問題無いぞ」
 二人ともクリスティと同じような反応を見せていたが、どうやら大事ないようだ。
「リン、お願いします」
 千鶴のサーヴァントである鈴も、主人の声に応えるように一鳴きすると、すぐに彼女たちに向けて邪気を払うべくその翼をはためかせたところを見るに、まだ大丈夫なようだ。クリスティは安堵したように表情を緩ませる。
「為るようにしか為らないが、できる限りの事はやろうか」
 身を蝕む氷は溶けない。それでも、動ける。流れる水の如く流麗な動きを以て刀を振るい、竜を斬り裂く。痛みが体を走るが、耐えられない程ではないし、先程の鈴の羽ばたきもあっていずれ消えるだろう。
 迅速な行動が求められるが、焦らず、確実に。
 そうすればいずれ、勝機は見えてくるだろう。

●遥かなる蒼
 度重なる攻撃の末、ヒールのサーヴァントであるメディカルボックスと、桜のサーヴァントであるジボルが倒れ、消えた。復活すると分かってはいても身を裂かれるように辛い。
「ジボル……!」
 しかし回復の要である桜はすぐに気持ちを切り替えた。攻撃する暇も、悲しんでいる暇も無さそうだ、と胸の内で呟く。
 傷を負っていない者はおらず、付与した盾の守護は爪によって打ち砕かれる。誰にどの癒しをもたらせば良いか――それを見極める事に神経を集中させていた。
「ワタクシ愛用の救急箱を倒してくれた代償は高くってよ!」
 その思考を打ち破ったのはヒールの声だった。高圧的な態度は崩さぬまま、声を上げる。
「陰影なる我が幻影よ、その身に宿りし力を我らに与え給え!」
 ヒールが技の名前を声高く言うと同時に、彼女の影の中から人型の影が生まれた。影は前衛に立つ三人にエネルギーを与えていく。その間にも、各々攻撃の手は休めなかった。
 竜の瞳が攻撃してきた後衛を見据えた事に気付き、ダンテは武器を構える。
「主よ、誰か、あぁ、誰か私に、愛せるような人を見つけてくれ――」
 黒き光が全身を、武器を這い巡る。黒く乾いた風と共に鉄塊の如き剣を眉間に突き入れ、自分の体重をかけて地面に縫い付けるように叩きつける。
 ――そっちじゃないよ。こっちだ。
 攻撃に乗せて、言外にそう伝えるように。
 それを追うようにして、潤月が持っていた杖を子ウサギの姿に変え、魔力をこめて射出する。
「行ってらっしゃい!」
 竜の傷が深くなった頃から、彼女はダメージ量の多い技を多く使っていた。出来るだけ、苦しむ時間が短く済むようにと。
 挑発に乗ったのかどうかは分からない。しかし狙いを後衛から前衛へと向けた竜は、尾を振るわんとすべく動く。
 ダンテは覚悟していた。自身でも回復を重ねたが、これが限界だ。例えこれで攻撃を受けて倒れたとしても、ここまでくれば仲間が必ずやり遂げてくれる――そんな確信があった。例え自分が倒れたとしても、もう一人の護り手がいる。そんな信頼と共に。
「戦争で負けた理由はその慢心。気がついていれば結果も変わったかもね」
 目の前の竜から目を逸らす事無く、真正面から見据える。その表情は護り手としての誇りと、勝利への自信に彩られていた。
 間もなく、尾によって薙ぎ払われたと同時、彼女の意識は沈んでいった。
 そして、もう一人。潤月も倒れたまま起き上がれずにいた。
 体を起こそうとするも動かない。後は任せる事になりそうだ。
 共に征く仲間達の――若者達の手本になりたい。そう思い怪我も流血も厭わずに戦ってきた。血に濡れるこの姿は正面から戦った末になったもの。恥じる事など何も無い。
「あとは……頼むわ、ね」
 桜は倒れた二人を一瞥し、再び前を向くと唇をぐっと引き結んだ。
 まだだ。まだ癒すべき仲間がいる。まだ、戦える。
「彼の者を祓い清め給え」
 祈りを捧げた先はヒール。倒れたダンテも傷が深かったが、ヒールも負けないくらい傷が深い。仲間達の盾となって戦い続ける彼女達の体は傷だらけになっていた。
 いまや前衛として戦うのはヒール一人。彼女が何を思っているのか分からなかったが――ただ諦めないとする意志は、背筋を伸ばし立つ姿から感じ取ることが出来た。

 目の前に立ちはだかる竜は、見るからに息も絶え絶えだった。それはこちらも同じ事なのだけれど――傷つきながら、倒れながら、全員で積み重ねてきたものがある。
 ヒメ自身もそれをしっかり感じ取り、だからこそ、この一刀に全てを乗せるべくしっかりと見据えた。精神を研ぎ澄ませる。
「――行くよ」
 ヒメが囁く。振るわれるのは辿り着いた答えの一つ。竜の足元へと踏み込み、抜刀する。その全てが洗練された動きと速さを以て、一刀の下に斬り伏せた。
 悲鳴のような咆哮が轟き、息つく間も無く氷の息吹が烙羅とヒメに向けて吐き出される。
 烙羅は何とか耐え切ったが、ヒメは地面に片膝をついた。この戦いの中で彼女のドレスは赤く染まっていた。しかし例え血に染まったとて、ヒメ自身の白が――誇りが穢れる事は無い。
「悪いけど、ボク達の勝ちね……。でも、キミの強さは、覚えているわ」
 落ちそうになる意識の中、一言一言を搾り出すようにして竜に語りかける。
 言い終えた途端倒れゆく白き少女の姿を視界に入れながら、クリスティが肉薄した。その後を追うようにして、烙羅が駆ける。
 鈴が烙羅を癒しているのを見て、千鶴も駆けた。小さくも心強き友に感謝の意を込めながら。
「そろそろ立っているのも限界だろう? 私達もなんだ。いい加減決着をつけよう」
 冷静に竜を見据え、縛霊手で殴りつける。それと同時に網状の霊力が竜を覆うように広がり、絡みついた。
 クリスティの攻撃に竜が闘志を孕んだ瞳を向けるも、攻撃する暇など与えないとでもいうかのように烙羅が武器に空の霊力を纏わせ、その傷口を広げるように斬りつけた。
「悪いけど、アンタが行く先は空じゃない。……地獄だ」
「ええ、貴方の帰るべきは此処では御座いません。お帰り頂きましょう」
 天へ……無へ。
「――御覚悟なさいませ」
 ――花と散れ。
 繰り出された一太刀は鬼すら怯む程、疾く鋭い。
 千鶴の一撃を受けた竜の目が見開かれると同時に動きが止まり、間を置かずして大きな音を立てて倒れた。手向けとばかりに舞った桜花が、その体に降り注ぐ。
 先程までざわめき、揺らいでいた空気が凪ぐ。どこかに隠れていたらしい鳥が空を舞っている姿を見て、ようやく戦いが終わった事を知った。

●蒼穹
「早めに撤退しようか。これ以上ここにいたらお仲間さんが大挙して押し寄せそうだ」
 烙羅は空を見つめて口早に提案した。増援の気配は無いが、皆常にその気配に配っていたせいで精神的な疲れもあるだろう。早めに帰るに越した事は無い。同じく空を見上げていた桜も同意するように頷く。
 彼女の言葉に頷きながら、一行は倒れた仲間を起こした。
「護ってくれてありがとう」
 ダンテを起こしながら、クリスティは小さく礼の言葉を述べる。囁かれた言葉は届いただろうか。
 再び穏やかな雰囲気を纏ったヒールが潤月を起こそうとした時、不意に彼女の目が開かれた。
「この花を、置いて貰えないかしら……」
 掠れそうな声音と共に潤月が差し出したのは一輪の青い花だった。『遥かなる蒼』の冥福を祈って捧げられる花。彼女の意図を汲み、ヒールは花を受け取り頷く。
「ええ、お任せ下さい。ちゃんと置いておきますね」
 その言葉を聞いて安心したのか、潤月は目を閉じた。穏やかな息遣いが耳に入り、ヒールは安堵したように息を吐く。
 意識を無くしたヒメに、彼女のドレスがこれ以上汚れないように手を貸しつつ、千鶴は息絶えた竜を見つめた。見上げれば晴れ渡る蒼天。しかし心は雲がかかり、晴れない。
 かの竜は一体何を思っていたのか。生気を失った瞳に映る空を見て、彼女は振り切るようにして頭を横に振った後仲間達の後に続いた。
 晴れ渡る空を好いた彼の竜は、やがて朽ち行くまで、ただ遥か遠き蒼穹を望むのだろう。

作者:日崎律 重傷:ダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154) 弓塚・潤月(潤み月・e12187) ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月28日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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