オウガメタル救出～夜に輝く銀光の元へ

■リプレイ

●山中行軍
　夜の山陰地方山中は、かつてない異常な様相を呈していた。
　所々から発する銀の光が夜闇を裂き、それを中心に複数の存在が夜間の山中とは思えない速度で移動している。
　銀光の１つを求めて動く集団の１つは、空中と地上とに分かれていた。
「あそこ、もう少しね」
　銀光の元へ急行する者の内、空を飛ぶ翼を有するのは３人。ジゼル・フェニーチェ（時計屋・e01081）が、同行する２人に言葉少なに語る。
「ああ。地上のメンバーも遅れてはいないな」
　チラリと地上の仲間の様子を覗ったリューデ・ロストワード（鷽憑き・e06168）は、身に付けた照明の数から全員が遅滞無く進行している事を確認した。
　ケルベロスの移動速度は、よほど特殊な地形条件などが無い限りは飛んでいようが走っていようが変わらない。どうやら、夜中の山道とは言え移動に支障は生じなかったようだ。
「もう少しで追い付きますわ。気を付けて行きましょう」
　地上の仲間に呼び掛け、アイヴォリー・ロム（ミケ・e07918）は着陸のため、徐々に飛行の角度を落とす。
「見えましたわ。黄金色の液状金属……？　あれがオウガメタルですわね」
　地上を走るメンバーの中でも先頭を走る２人の一方であるペシュメリア・ビリーフニガル（アヴァンツィアーモ・e03765）が、銀光を放つ金色のスライム状生物を視界に捉えた。
「よし、ローカストよりも先行できたナ」
　ペシュメリアと並んで走っていた君乃・眸（ブリキノ心臓・e22801）も、オウガメタルを視認する。
　ペシュメリアと眸の２人は、植物が避け道を開ける特殊な能力を持った防具を身に付けているため、山道を開けた道路と変わらない速度で移動することができた。数分で植物は元に戻るが、後続の仲間達も十分にその恩恵を受けられている。
　飛行移動と地上移動の全員が、オウガメタルの元に辿り付いた。ローカストが近づいている気配と物音が聞こえて来るが、まだ数秒の猶予がありそうだ。
「乃公様らが、ケルベロスじゃよっ！　……あーっと、言葉通じるー？　あいあむ、えーっと、ふれんどっ！　きっと、たぶんっ」
　尊大な一人称を用いて話し掛けたネイ・タチバナヤ（天秤揺らし・e00261）だが、途中からやや自信が薄らいでいた。
　言語による意志疎通は、できそうにない。
「会話はできそうにないですね。ですが、私達が敵でないことは理解してもらえたようです」
　狩猟者であり戦闘者としての顔で、エスカ・ヴァーチェス（黒鎖の銃弾・e01490）はオウガメタルを見やる。
　先ほどまで分裂や合体を繰り返しながらもひたすら逃亡を続けていたオウガメタルだが、ケルベロス達と合流してからは逃走を停止していた。
　このままオウガメタルを伴いこの場を脱することができれば上出来なのだが、それを許す程には敵も甘くはない。
　林崎・利勝（へうげて候・e03256）は、木々を砕き下草を踏み荒らし接近して来るローカストが、もう間近に迫っている事を察知し武器を構えた。

●防衛戦
　木々の隙間を縫って現れたローカストは、１体の兵隊蟻と２体の働き蟻。兵隊蟻は戦いに慣れた騎士といった風情だが、働き蟻はあまり戦場に馴染んでいる様子ではない。緊急事態のために、止む無く駆り出されたといったところだろう。
「貴様等、ケルベロスか。先を越されたとはな……」
　待ち構えているケルベロス達の姿に、兵隊蟻は苦々しげに呟く。
「我等を滅ぼそうとする貴様等は、何としても討ち取る！」
　悲壮とも取れる決意を以って、兵隊蟻はアルミの牙を伸ばし、ケルベロスを食い破ろうと襲い掛かる。
「蟻ってとても強いいきものだけど……」
　兵隊蟻の牙に身体を引き裂かれた負傷を自ら癒すジゼルは、兵隊蟻の力量を文字通り身を以って知ることとなった。
　予めこの攻撃を警戒し耐性のある防具を用いているのだが、それでもなお相当の痛手となったのだ。
「あたし達だって、負けたりしない」
　けれど、その程度は覚悟の上だ。ローカストにとって負けられない戦いであるのと同様に、ケルベロスにとっても失敗は許されない任務であると胸に刻み、ここにいる。
「……大丈夫、必ず守ります」
　この空間を支配するかのような、膨大かつ強大な兵隊蟻の殺気。アイヴォリーは背後のオウガメタルが怯えているように感じ、安心させようと宣言した。
（「己の意思でなく理不尽に奪われるのは嫌いです。命も、自由も」）
　いかなる事情があろうとも、オウガメタルを蹂躙するローカストを認めることは出来ない。敵を否定する意志を炎で表したかのように、アイヴォリーは半透明の御業から炎弾を放ち兵隊蟻を炎で包んだ。
「リューデ、頼んダ」
「任せろ。自己都合で弱者を虐げる輩だ、容赦は不要だな」
　妖精の祝福と癒しを宿した矢に呪的防御を破る力を与えられ、リューデは杖から兵隊蟻へと雷を迸らせる。
　炎と雷に打たれた兵隊蟻だが、その動きに弱った様子は全く無い。そして、兵隊蟻には格段に見劣りするものの働き蟻達も行動を開始した。
　２体の働き蟻は、羽をこすり合わせて後衛のケルベロス達に対して破壊音波を放つ。
「……そうか。皆、狙うのハ、あの働き蟻からダ」
　一手のみで判断しきれるものではないが、それでもまるきりの見当外れという事はないだろう。眸は敵の中から、優先的に倒すべきは破壊音波を放った働き蟻の一方と判断し、仲間達へ伝えた。
　予測ではあるが、働き蟻は中衛と後衛とに分かれている。攻撃対象としたのは、中衛と思しき働き蟻。
　眸のビハインドであるキリノは、その指示に応じて周囲に散乱する小石に念を籠め、働き蟻へと飛散する。利勝の攻撃によって攻撃を避け辛くなっていた働き蟻を、石礫が強かに打ち付けた。
「共に戦う仲間に、敬意を」
　エスカが散布した霊力を帯びた紙兵が自身を含めた前衛の仲間達を護る。これによって、働き蟻の破壊音波はその効力を十分に発揮することはできなくなるだろう。
「事情は慮ります。それでも……種を貶め、正を縛った報いは重いと知るべきです」
　ペシュメリアは、ローカストに同情の意を抱いていた。けれど、自種族のために他種族に犠牲を強いる手法は容認できない。
　後衛の仲間達の士気を高める爆発を起こしたペシュメリアだが、それは自身を鼓舞するものでもあったのかも知れない。
「大丈夫じゃー、怖くないぞ」
　マインドリングから具現化した浮遊する光の盾にジゼルを守護させながら、ネイは背後のオウガメタルに呼び掛け続けた。安心させようと、笑顔で親指を立てるジェスチャーを交える。
　その行為は、オウガメタルに伝わったかどうかは定かではない。恐らくは、通じていないだろうけれど。それでも、ジゼルのその行動は仲間達の緊張を適度に解していた。
　互いに背負いものは重く、それは極度の緊張を強いる。覚悟は自らを奮起させる力となるが、緊張は過ぎれば自らを縛る戒めとなってしまう。
　ケルベロスとローカスト、どちらがより強く力を発揮できるのだろうか。

●負けられない戦い
　山中の戦場となった空間を、ケルベロスとローカストが縦横無尽に入り乱れ、ぶつかり合い互いを削り合う。
　戦闘の最中にケルベロス達はローカストが使役するアルミニウム生命体へと説得の呼び掛けを行ったが、効果は無かった。黄金装甲のような特殊な使役でない限り、使用者に抗うことはできないのかも知れない。
　戦いが進むにつれ、ケルベロスに無傷な者はいなくなっていた。
　前衛と中衛のケルベロス達は兵隊蟻の攻撃と、働き蟻の音波攻撃によって全員がそれなりに負傷している。後衛のケルベロスは兵隊蟻の攻撃こそ届かないものの、音波攻撃に曝され少なからず手傷を負っていた。
　比べてローカストは後衛の働き蟻が無傷だが、これはケルベロスが攻撃対象を絞っているためである。
「痛い？　上等です」
　破壊音波によって肉体と精神を攻められながらも、アイヴォリーは不敵かつ上品な微笑みを浮かべる。
「わたくしが生きている証、ですもの……！」
　アイヴォリーが繰り出す稲妻を帯びた超高速の刺突が、働き蟻を貫きその神経回路を麻痺させた。
　さらに眸のビハインドであるキリノの金縛りが追い打ちとなり、働き蟻ローカストは満足に動くこともままならない。
「砕けろ」
　そして、地獄の炎を纏ったリューデの武器が、働き蟻を叩き潰した。
　感情表現の乏しいリューデだが、自己都合で弱者を虐げるローカストに抱く不快感が、珍しくその顔色に表れていた。
　ローカストの一体が斃れたものの、戦力比でケルベロス達が圧倒したとは到底言えず、まだ気を抜ける状況ではない。
　その事実を示すかのように、後衛のケルベロス達を健在である働き蟻の破壊音波が襲う。
「リューデ、無理ヲするな」
　痛みに揺らぐ身体を気力で支えるリューデを、眸は祝福の矢で癒そうとする。
「俺の事はどうでもいい。自分の身を守れ」
　けれども当のリューデはそれを拒否する。戦況を鑑みれば、兵隊蟻を目の前にしている眸の方がより危険なのだから。
「麗しきは友情よのう。まあ、ここは乃公様に任せるのじゃ」
　後衛陣を尊大な態度で治療するネイだが、どうにも子どもっぽさが拭いきれていない。
（「何故か頼られているというよりは微笑ましく見られている気がするのう……？」）
　ともすれば強敵の重圧に押し潰されそうになる戦いの中では、精神面でも癒しを担当している存在であった。
「おのれ猟犬共め、我等が同胞を……！」
「オウガメタルさんは平気で虐げておきながら、仲間が殺されれば怒りますか。随分と選民思想に浸っているのですね」
　憤怒に燃える兵隊蟻を、エスカは冷ややかな視線で見つめる。
「弱い物いじめ、よくない、ね。お前様も、自分がされてみたら、分かった？」
　挑発や煽りではなく、ジゼルは物事を明確にするためにそう問い掛ける。
　だがエスカやジゼルの言葉で己を曲げるには、兵隊蟻が背負っているモノは重過ぎた。いっそ狂信者のように盲目の輩であれば、ケルベロス達は楽な心持でいられただろうか。
「我等ローカストの存続が、我が双肩に懸かっているのだ。貴様等を討ち、未来を切り開く！」
　兵隊蟻の覚悟は、この場のケルベロスの誰をも凌ぐ強固なものであった。
「仕方ないね。あたしはあたしの役割を全うするまで……」
「あなたの覚悟を受け止めることは、出来ないかも知れませんね。ですが、逸らすことなら私にも可能です」
　仲間を守るという役割を担うジゼルとエスカは、兵隊蟻から一歩たりとも退きはしない。
　負けられない戦いであることは、どちらも同じなのだ。
「背に救うべき存在が居るのは、こちらも同じですわ」
　槍のように鋭く伸ばしたペシュメリアのブラックスライムは、兵隊蟻に避けられてしまった。ここでの戦いで雷撃に比べて避けられ易いと分かってはいるが、雷撃ばかりではすぐに見切られてしまうので止むを得ない。
「ならば貴様等の守るべき存在を滅ぼし、我等ローカストが未来を得るための糧としてやろう！」
　ケルベロス達の中で、防衛に秀でた立ち位置に３人を配置していた。しかし、敵味方が常に動き流動する戦局において、常に味方を庇うことは叶わない。
　それ故に、兵隊蟻の斬撃からペシュメリアを守れなかったのは、３人の力量不足ではない。
「ペシュメリア……。こうなれバ」
　力尽き倒れるペシュメリアを視界に捉えた眸は、自身の潜在能力を限界を越えて解放してでも守ろうとする。まだペシュメリアは生きているが、兵隊蟻を止めなければ無事でいられる保証はないのだ。
「……それは駄目です。まだ私達は、負けていません……」
　意識を失う前に、力を振り絞って仲間にそう伝えたペシュメリアの言葉。それによって、眸は思い留まった。
　ペシュメリアの言う通り、まだケルベロス達は敗北してなどいないのだから。

●共に帰る
　ペシュメリアを欠いたケルベロス達は、奮戦し結果として兵隊蟻を追い詰めるに至った。
　互いに守る戦いではあるが、守るために攻めるローカストと、守るために防衛するケルベロス。その違いが勢いの差となり終始兵隊蟻に圧されていた原因なのかも知れない。
「我が牙は、猟犬の腑抜けた牙になど、決して劣りはせん！」
　兵隊蟻の牙に身体を食い破られた眸は、精神力でどうにか耐えている状態であった。
「ワタシが磨くのは牙ではない、皆を守ルこの身体こそダ」
　仲間を守るという役割を果たさんとする決意が、眸を支えている。
「さすがだ、眸。お前のその姿勢は敬意に値する」
　精神で操作した鎖で兵隊蟻を締め上げるリューデにとって、眸の存在はこの戦いにおいて非常に頼もしいものであった。勿論、彼以外の仲間達も同様である。
「あたし達の方が、お前様の覚悟よりも勝っていた、ね」
　満足に攻撃を回避できない兵隊蟻にケルベロス達の攻撃が幾度も重ねられ、最後にジゼルが放った魔法の光線がトドメとなった。
「……同胞達よ……」
　事切れる兵隊蟻が同胞に願ったのは己の復讐か、あるいは如何なる手段を用いようとも繁栄する事だったのか。何にせよ、ケルベロスにとっては阻まなければならない事柄なのだろう。
　唯一健在であった働き蟻は、兵隊蟻が倒れてすぐに逃げ出して行った。
　兵隊蟻の苛烈なまでの覚悟の一欠けらでも有していれば戦い続けたのだろうが、働き蟻にそれを望むのは酷というものだろう。
「ありがとう、皆。この勝利は貴方達と、だったから……」
　１人では決して得られなかったこの勝利という結果に、アイヴォリーは仲間達へと感謝の言葉を紡ぐ。
　この信頼関係があれば、ローカストにケルベロスが負けることなど、この先もきっとない。

「オウガメタルさん、もう大丈夫じゃよ。悪いローカストは乃公様達がやっつけてやったのじゃ」
　まるで道端の野良猫に話し掛けるように、ネイは背後に隠れ潜んだままのオウガメタルに呼び掛ける。
　危険が去ったことを感じたのだろう、一固まりになったオウガメタルは、ケルベロス達の前に再び姿を現した。
「無事で何よりです。しかし……、何とも形容し難い形状ですね」
　指先でちょんとつついてみるエスカは、普段ののんびりとした雰囲気に戻っていた。
　一見すると金属質のオウガメタルだがスライム状であることが、何とも不可思議であった。液体金属と解釈すれば、まあ納得できなくもない。
「……初めまして。地球へようこそ」
　どうにか意識を取り戻したペシュメリアは、そう言ってオウガメタルを歓迎するのだった。
　この戦いに勝利を収めたケルベロス達だが、もはや後が無いローカスト達は今回以上の激しい戦いを展開することになるだろう。
　ローカストという種の未来と地球の命運とが懸かった戦いの行方を左右するのは、ケルベロス達１人１人に他ならない。
　勝利に安堵しつつも、ケルベロス達に安寧の日々は、許されないのだった。

作者：流水清風	重傷：ペシュメリア・ビリーフニガル（ノーブルオブリゲーション・e03765）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年6月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 1／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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