神に捧ぐは心か命か、それとも死の花か

作者:朝比奈万理

 整備された、人気もない林の中。近くには大きな鳥居が立っている。
 黒衣に身を包むその女性は、球根のような形をした種を竜牙兵に植え付ける。
 球根のような種、すなわち『死神の因子』。
「……!」
 竜牙兵は一瞬、体をぐらりとよろめかせたが、すぐに足を踏んばった。
「さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
 女の声はまるで呪いのよう。
 理性を失った竜牙兵は、咆哮を上げて鳥居をくぐっていった。
 向かうは神の鎮座する場所。目的は、ただ一つ――。
 
「みんな、集まってくれてありがとうなのですよ!」
 ぺこりと笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)はお辞儀をした。
「死神によって『死の因子』を植え付けられた竜牙兵が暴走してしまうのです」
 『死の因子』を植え付けられた竜牙兵は大量のグラビティ・チェインを得るため、人間を虐殺しようとしている。
「竜牙兵がたくさんのグラビティ・チェインを手にしてから死ねば、死神の強力な手駒になってしまうのです。だからみんなは竜牙兵が人を殺すよりも早く撃退してほしいのです」
 ねむは拳をぎゅっと握って訴える。
「場所は神奈川県寒川町。大きな神社がその場所なのです」
 神社は相模国一宮。その日も県内外からの参拝客でにぎわっている。
 捧げるものが祈りや願い、お礼や報告ではなく、人々の血や命であってはならない。
「中には神前結婚式の花婿さんや花嫁さん、初めてお宮にお参りする赤ちゃんもいるのです」
 せっかくの門出の日。そんな日を不幸の日にしてはならないとねむは思う。それはケルベロスも一緒だ。
「逃げるのに手助けが必要な人がいますけど、境内の外に出ることができたら助けられるのです!」
 みんなの力のみせどころです! とねむは力いっぱい頷く。
「竜牙兵はゾディアックソードを持っています。ただ、暴走しているのでごり押し攻撃、一撃はとても重いですよ」
 と注意を促し。
「竜牙兵を普通に倒した後に死体から彼岸花のような花が咲くと、その体はどこかへ消えてしまうのですが、その花は咲かせないほうがいいのです」
 なのでトドメはありったけの力で思いっきり打ち込んでほしいとねむは続ける。
「死神が何を考えてるかわかりませんけど、みんなを救うため、がんばってなのです!」


参加者
玖々乱・儚(参罪封じ・e00265)
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)
エンジュ・ヴォルフラム(銀の魔女・e04271)
神宮・翼(聖翼光震・e15906)
朱堂・清羅(鬼神の巫女・e16444)
相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)
リュリュ・リュリュ(リタリ・e24445)

■リプレイ


 6月の梅雨の晴れ間。
 相模国一宮である寒川神社には、いつものように穏やかな時間が流れていた。
 白無垢の花嫁と紋付き袴の花婿が神への婚姻の報告を終え、参列の親族と砂利敷きの広場にお目見えをすると、参拝客がわぁっと感嘆の声を上げる。
 その傍では門出の二人と入れ替わって、初めてのお宮に向かう赤ちゃんが母親の腕に抱かれながら、純粋な瞳で空を見上げていた。参列する父親も祖父母も、生まれたばかりの子を慈しみの瞳で見つめていた。
 今日は善き日。
 人生の節目となる人もそうでない人も、神の御前にひと時の幸せの時間を送っている。
 ――その時までは。
 突然激しい音が境内を包み込んで、人々は思わずそちらを見張った。
 神門を支える柱が木屑と化して門が大きく揺らぐ。砂埃を振り払って現れたのは骸骨の顔を晒した竜牙兵。
「ガアァァァァァ!!」
 咆哮を上げて突っ込んでくる招かれざる客の登場に、ひっ。と、人々が吸気音を発する。
 それとほぼ同時。
「お前の相手は俺達、ケルベロスだ!」
 竜牙兵の前に立ちはだかったのは、ヘリオンから降下した八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)。
 神域を穢れでよこすとは、不届き千万。
「寒川大明神に安堵して貰うべく、死神の思惑なんざ完膚なきまでに祓って進ぜよう!」
 なんてな。と最後に小さくお道化てみせる爽だが、青い髪から覗く眼差しは真剣そのもの。
「お前の相手は、俺らだぜ」
 空中を滑り降りた勢いを足に込めて打ち出す星々の煌きと重さを込めたひと蹴りは、竜牙兵の懐に入り進む足を止める。
 こちらへ! と神職たちが本殿から声を張り上げている。そちらを確認して相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)は、花婿に背を支えられて早歩きの花嫁の手を引く。
「あっち、です。ころばないように、ですっ!」
 いつもは炸裂するドジっ娘属性も、今回ばかりは出ないようにと祈りながら。
 神には祈らない。だけど、こうした場所を荒らすのは感心しない。
 エンジュ・ヴォルフラム(銀の魔女・e04271)は赤ちゃんを抱く母親の背中にそっと手を添えた。
「大丈夫よ。絶対に、守ってみせるから」
 両親祖父母に、まだよく見えない瞳で見つめる赤ちゃんにも微笑んで。
 そしてエンジュは向かうべき本殿をしっかり見据えると大きく息を吸い。
「ケルベロスよ。ここは危ないから、境内の外へ」
 参拝客にダイレクトに響くはっきりと冴えた声。
 神門に近い位置にいた人々は声を聴いて門から逃げようと駆ける。しかし竜牙兵はそれを逃すまいと大きな図体で振り返った。
 そして人々を殺めようと剣を構え直す。
「神域を汚そうとはずいぶんと不愉快な話だな」
 先にいたのは朱堂・清羅(鬼神の巫女・e16444)。双つの日本刀を構えると竜牙兵を見据え。
 この神域を血の穢れで汚そうとは、随分と不快な話だ。
「私もまがりなりにも巫女だ、このような蛮行許すわけにいかぬ。さあさ、朱堂・清羅の鬼切舞とくと見られよ楽しまれよ!」
 清羅の刀が緩やかな弧を描く。辛うじてその攻撃をかわした竜牙兵に襲い掛かるのは――。
「陰陽道四乃森流、四乃森・沙雪、参ります」
 いつものように斬霊刀『神霊剣・天』の刀身を、刀印を結んだ指でなぞった四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)。
「我が一刀は空を断つ……」
 その懐に飛び込み、空の霊力を帯びた斬撃を竜牙兵にくらわせて、傷をさらに抉る。
 死神にも竜牙兵にも、この門出の祝いを邪魔させてなるものか――。
「グアァァァァァ!!」
 傷を受けて天に向かって吠える竜牙兵は星々の重力をその剣に集めると、思う存分力を込めた斬撃を清羅に食らわせる。
「っ!」
 激しい痛みに思わず顔をゆがめた清羅。操られて自分を無くしているせいか、その一撃はとてつもなく重い。
 しかしその傷が瞬く間に癒えていく。
「気をつけよ、怠惰の夢に飲まれぬように」
 今まで竜牙兵から逃げる人々に声をかけて誘導いていた玖々乱・儚(参罪封じ・e00265)が、放った癒しの力を帯びたナノマシーンを放って傷を癒したのだ。
 儚の足元ではテレビウムのれてが、大きな鋏を構える。
「今回の役割は盾役だよ、わかってるね、てれ? 守って強い一撃を、だよ」
 この竜牙兵が死神に連れていかれないように、赤い花を咲かせないように。
 そしてこの、八方除の神の域を、死神に侵されたものに汚されないように。
 自分たちにできることを精一杯。
 てれは儚の言葉にこくんと頷くと応援動画を流して清羅の残りの傷を癒す。
 この隙を竜牙兵は狙う。何が何でもグラビティ・チェインを得なければならない。
 振り返る先には、逃げる人の姿。
 ただそれはもうケルベロスの肩ごしの光景。神宮・翼(聖翼光震・e15906)の翼が人々を竜牙兵の視界から消し去った。
 この人たちは皆、未来の幸福と幸福のお礼にここに集っている。
 だから、守ってみせる。
「あなたの絶望の為に、ここにいるみんなの希望を奪わせはしない!」
 翼は構えたバイオレンスギターの弦を爪弾くと、
「ミュージック、スタート!」
 歌うは、幻影のリコレクション。
 ただ前へ前へ進む者の歌は、人々を守りたいと願い戦う自分たちそのもの。
「グ……!」
 歌の力で竜牙兵の動きが阻害される。
 ケルベロスが自分たちを助けに来てくれた。その事実だけで参拝客は迷わず逃げ道を選び取れる。神門付近の参拝客は向こう側に逃げ、本殿では花嫁と赤ちゃんの母親が閉まる扉の隙間から、愛とエンジュにそれぞれ感謝を告げ。
「ここから応援してるわね」
 その言葉だけで、ケルベロスは強くなれる。固く閉ざされる扉の音を背に、二人は仲間たちと合流した。
 操られていてもこの竜牙兵は敵。人々の幸せを手折るなら一切の容赦は無用。
 リュリュ・リュリュ(リタリ・e24445)は、狙う獲物を見失い吼える竜牙兵を正視する。
 虐殺なんてさせない。
「勝つのはリュリュたちだ」
 戻ってきた愛の姿を確認してリュリュが爆破スイッチを押せば、攻撃手と守り手の背後で激しい爆破が起きる。
 守るべき人々はすべて救えた。
「操られてるの、かわいそ、ですけど……」
 士気を高めてもらった愛が、はっと拳を突き出せば。
「でも、倒しますっ」
 幻影のドラゴンが口から大量の炎を吐き出して竜牙兵を焼く。
「さぁ。異端の神にはお帰り願いましょう」
 続いたエンジュの背には黒い翼の幻影。
「『朽ちる翼 堕ちる影 風は絶え 巨躯は地に臥せる』」
 どこからか舞い降りる漆黒の羽は、竜牙兵を覆いつくし――。
「果てなさい」
「ガ、アァァァァァ!!」
 影に食われた竜牙兵は、空気を揺るがすほどの大きな咆哮を上げて剣を振るった。すると地面に描かれた星座から光があふれ、僅かながらだが竜牙兵の傷が回復する。
 

 竜牙兵の重い一撃にも耐えうるよう、ケルベロス達は回復を密にした作戦をとる。傷ついた仲間がいたら即座に回復を施し、回復漏らしを作ることはない。
 しかし、攻撃の手も決して緩めない。多彩な攻撃で竜牙兵を翻弄した。
 竜牙兵は徐々にその体力を削られていく。
「ガァァァ!!」
 苦し紛れに咆えてもその力は甚大。星座の力を纏ったオーラが、狙撃手と回復手に氷の刃をむく。
 爽はそれをかわし、清羅とてれが前に出てエンジュと儚を庇った。
「……はてさて、どこを見ているのだ? 今は私と切り合おうぞ!」
 氷を払う清羅は威勢よく日本刀を構え直すと、足を一回踏み鳴らす。
「斬って斬られて血花化粧、これを楽しまずになんとする!」
 上がりきったテンションで立ち振る舞えば、竜牙兵の足元に伸びた御業がその巨体を一瞬にして鷲掴んだ。
「ガァァァァァッ!」
 苦痛に咆える竜牙兵。もう、あまり体力は残っていないだろう。
「もう一曲いくよっ!」
 躊躇いも尻込みも、それは生きているから。
 翼が奏でるワルツは、竜牙兵の心を蝕んでいく。
「彼岸花も咲かせない!」
 続くは金色の長い髪を揺らすリュリュ。マインドリング『紡ぎし絆の片割れ』をはめた手に力を籠めると光の輪を導き出す。それを一気に前に突き出すと、指差したほうへ真っすぐ飛んでいく。
「グアァ……ッ!」
 切り刻まれて苦痛の咆哮も弱くなる。もう竜牙兵の傷はかなり深い。儚はロッドで風を切ると、
「私は私の仕事をきっちりしましょうかね。殴るのは他の人にお任せしてね」
 儚の言葉にこくんと頷いたてれは、再び応援動画で清羅の傷を癒す。
「雷よ、秘めた力を呼び起す力となれ」
 生命を賦活する電気ショックを沙雪に飛ばす儚に続いて、エンジュも同じようにロッドからあふれる電気を放った。
 エンジュの視界に映り込むのは破壊された神門。
(「終わったら綺麗に直して、門出を祝福できるようにしましょう」)
 お宮参りの赤ちゃんと、その家族が。
 花婿と花嫁が。
 あの時はびっくりしたけどケルベロスが助けに来てくれて、怖かったけど貴重な体験をしたよね。と、笑い話になるように。
「さぁ、無礼者に目にものみせてくれようぞ!」
 声高らかに清羅が宣言すれば、古の言葉をつぶやいて前に差し出した愛の指から、魔法の光線が竜牙兵目がけて飛んでいく。
 爽の元には仮想空間に揺蕩う森羅万象が集う。それは徐々に膨らみ明るさを増すと、
「ド派手なのを一発、咬まそうか!」
 爽の手から一気に放たれたのは、色とりどりの花火にも似た、メテオ。
 竜牙兵が咆哮を上げる隙もない。刀印を結んで四縦五横に切り出すのは、沙雪。
「鬼魔駆逐、破邪、建御雷! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
 指先に集まる光はやがて光の刀身と化し。
 仲間からすべてを打ち壊す力を授かった沙雪は竜牙兵の懐まで飛ぶと、その大きな躯体を光の刀で一気に斬り捨てた。
「グオォォォォォォォォォ……!」
 断末魔に続いて響くのは、ズゥンと巨体が崩れる音。
 全員、最後はオーバーキルを狙うため、自分たちの役割を果たしたはずだ。
「やったか!?」
「花は!?」
 爽がが声を上げるとリュリュも倒れた竜牙兵をみつめる。ほかのケルベロスたちも各々武器を構えてその時を見守る。
 竜牙兵に植え付けられた『死の因子』は、芽を生やし葉を伸ばし、蕾がふると震えた。
 ――かと思ったが一瞬。竜牙兵の亡骸と共に、ざらりとそのまま朽ち果てていった。


 竜牙兵と赤い花の蕾が朽ち果てたのを確かに確認して、ケルベロスたちはそれぞれに武装を解いて安堵の息をついた。
「これで死神にサルベージさせずに済んだな」
 沙雪が曲げた人差し指を親指の腹で弾くと、パチッと音が鳴った。竜牙兵の不浄を祓い、場の空気を日常に戻すため弾指を行ったのだ。
 その音を聴いて翼は、静かにギターを奏でだす。
 それは激しい曲ではない。穏やかな日常が戻ったと知らせる優しい曲。そして、死神に利用され消えていった竜牙兵への鎮魂曲。
 本殿の重い扉を開いたのは、爽。
「怖がらせたな、もう大丈夫だ」
「もう安全だ、出てくるがよいぞ」
 清羅もからっと笑んで人々を安心させる。
 破壊された神門はリュリュと愛、そしてエンジュはヒールをかける。すると神門は見る見るうちに元に戻り、新緑の葉で包まれていく。
 歓声を上げる参拝客に愛は小さな翼をぱたりとはばたかせ。
「皆様っ、お参り、しましょっ」
 世界が平和でありますように。
 そしてケルベロスたちは神域を後にする。
 花婿と花嫁の晴れやかな笑顔と、神に健やかな成長を約束される赤ちゃんの愛らしい姿。
 それぞれに倖せを祈る人々の姿を、その燃える心に収めて。
 

作者:朝比奈万理 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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