オウガメタル救出～虫の国から来た仲間

■リプレイ

●突進、夜の森を
　八人のケルベロスが夜の森を駆けていた。
　先頭を行くのは、三枚刃の鎌『Hildr』を手にしたイスクヴァ・ランドグリーズ（楯を壊すもの・e09599）。その鎌を振るって障害物を排除しているわけでもないのに、自然に道が切り開かれていく。防具特徴の『隠された森の小路』を使っているのだ。
　前方の木々の隙間に淡い光が見える。ヘリオンから降下する前に視認した、アルミニウム生命体の……いや、オウガメタルの発光信号。
「『オウガメタル』という名前は強そうですけど、あの光はなんだか弱々しく感じられますわね」
「そうね。だからこそ、私たちが救わなくてはいけない」
　足を止めることなく、エルモア・イェルネフェルト（金赤の狙撃手・e03004）とシータ・サファイアル（パンツァーイェーガー・e06405）が言葉を交わした。
　ラストスパートとばかりにイスクヴァが速度を上げて、皆もそれに続く。
　そして、数十メートルを一気に駆け抜け、辿り着いた。
　救いを求める者たちの前に。
　しかし、そこにいたのはオウガメタルだけではない。
　鈍色のスライムのようなオウガメタルを間に挟んで、ケルベロスたちは別の一団と対峙することとなった。
「なんだ、貴様らはーっ！？」
『別の一団』の一人――甲冑を着た騎士を連想させる蟻型のローカストが大声で誰何した。彼の背後にいる三人のローカストも蟻型だが、騎士めいたフォルムではない。前者が兵隊蟻のローカストであり、後者が働き蟻ローカストなのだろう。
「同着かぁ」
　兵隊蟻の問いなど聞こえないような顔をして、レオンディリア・マークベル（銀の天秤・e17566）が独白した。
「荒事がおっ始まる前にオウガメタルを避難させることはできなかったが……まあ、良しとするか。被害が出る前に合流できたんだからな」
「貴様ら、さては――」
　レオンディリアの言葉によって、兵隊蟻は悟ったらしい。目の前にいるのが何者であるかを。
「――ケルベロスだな！　オウガメタルからゲートの情報を聞き出そうという肚か！」
「私たちがここに来たのはゲートの情報を得るためだけではありません」
　と、小楠・耶子（華禽蜻蜒・e07751）が静かに応じた。
「なんだとぉ？　他にどんな目的があるというのだ？」
「決まってるじゃないっすか。オウガメルタルを助けることっすよ」
　守屋・一騎（戦場に在る者・e02341）がオウガメルタルを飛び越え、ローカストたちとの間合いを詰めた。他の者たちも同様に動き、オウガメルタルを背後に守る形でローカストの前に並ぶ。
「アイテムポケットに匿っておきたかったのですけど、そんなことをしている余裕はなさそうですね」
　ピリカ・コルテット（くれいじーおれんじ・e08106）が振り返り、オウガメタルを心配そうに見た。彼女を含めた何人かは防具特徴の『アイテムポケット』を用いて、オウガメタルを収納するつもりでいたのだ。もっとも、予想以上にオウガメタルは多かった（一体化しているので、『大きかった』と言うべきかもしれない）ので、その全てをアイテムポケットに収めることはできなかっただろう。
「さっきの話は聞こえてましたよね？　私たちは貴方たちを助けに来たんですよー」
　身振り手振りを交えて、ピリカはオウガメタルに語りかけた。
「ここは危ないから――」
「――どこかの茂みにでも隠れていて。こいつらを始末するまで」
　と、比嘉・アガサ（野薊・e16711）が後を引き取った。
　彼女たちの言葉に従って、オウガメタルは後退を始めた。動きが緩慢なのは、もとより素早い移動ができないからか。あるいはケルベロスたちの身を案じているのか。
「始末だと？　舐めるな、侮るな、見くびるな！　貴様らごときが、アリ……」
　兵隊蟻が怒声を発したが、後半部分は――、
「ウォオオオーッ！」
　――野獣の咆哮にかき消された。
　一騎のハウリングだ。

●猛進、恐れることなく
「ええい！　怯むな、臆するな、動じるな！」
　ハウリングの直撃を受けてうろたえる働き蟻たちを一喝すると、兵隊蟻はケルベロスを睨みつけて、先程の台詞を改めて口にした。
「貴様らごときが、アリア騎士ボウブバールに……そう、『驀進ボウ』と呼ばれたこの俺に挑むなど、百万年早いわーっ！」
「うわぁ、出たよ。訊かれてもいないのに自分から名乗っちゃうイタい奴が……」
　驀進ボウことボウブバールの芝居がかった言動に対して、レオンディリアが苦笑を兼ねた冷笑を返した。
「『驀進なにがし』という二つ名は――」
　エルモアもまた冷笑を浴びせた。その笑みよりも更に冷たいフロストレーザーとともに。
「――いかにも脳筋という感じですわね！」
　バスターライフルから伸びた青白い光線がボウに命中し、体の一部を凍りつかせる。
　更にアガサがボウの側面に回り込み、左の脇腹に『氷華（ヒョウカ）』を見舞った。フロストレーザーと同様、標的を凍結させるグラビティである。
　次の瞬間、氷の花を咲かせる右半身に対抗するかのように左の脇腹が燃え上がった。イスクヴァが鎌に地獄の炎を纏わせて、ブレイズクラッシュを打ち込んだのだ。
「よく頑張ったな」
　視線をボウに向けたまま、イスクヴァは背後のオウガメタルに語りかけた。抑揚のない声だが、そこには万感の想いが込められている。彼女は重ねずにいられないのだ。自由を求めて逃げてきたオウガメタルと、かつて逃亡者だった自分を。
「もう大丈夫だ。なにがあろうと守ってやる」
「そう、守ってみせる。救ってみせる」
　誓いの言葉を呟きながら、シータがイスクヴァの後方でバスターライフルのトリガーを引いた。
　ゼログラビトンのエネルギー光弾がボウに直撃し、攻撃力を低下させる。
　しかし、ボウは――、
「貧弱、脆弱、惰弱！　痛くも痒くもないわ！」
　――体を蝕む氷や炎をものともせずに（必死に耐えていだけかもしれないが）跳躍した。
「食らえ！　アリア十字蹴り！」
　お世辞にもセンスが良いとは言えない技名を恥ずかしげもなく叫び、跳び蹴りを放つ。
　直撃を受けて耶子が吹き飛ばされたが、転がりざまに身を捻り、すぐに立ち上がった。
「強力な蹴りですが――」
　口の端から流れる血を耶子は拭った。その姿がぶれているように見えるのは、起き上がる直前に分身の術を行使したからだ。
「――どこにも『十字』の要素がありませんよ？」
「なにを言うか！　空中で両腕を広げて、十字っぽいポーズになっていただろうがーっ！」
　苛立たしげに足を踏み鳴らすボウ。
　そんな彼の言葉を涼しげな顔で聞き流しながら、レオンディリアが縛霊手を突き出して、御霊殲滅砲を発射した。標的はボウではなく、背後に控えている三人の働き蟻だ。
　ハウリングの洗礼を受けた時と同じように働き蟻たちは動揺を見せたが、なんとか気を取り直して反撃に転じた。ただし、二人だけだ。一人は御霊殲滅砲のパラライズが発動し、体を硬直させている。
　二人の働き蟻が放ったグラビティは、催眠効果を有した破壊音波。
「人里離れた森の中とはいえ、深夜に大きな音を立てるのはマナーに反しますよー！」
　両耳を押さえて（そんなことをしても無駄だが）ピリカが叫んだ。
　彼女を含む後衛陣に音波が襲いかかる。
　半秒後、その小さな嵐が過ぎ去ると――、
「ご近所の皆さん、ごめんなさい。私もマナーを破っちゃいますね」
　――ピリカは大きく息を吸い（催眠は付与されなかったらしい）、またもや叫んだ。先程よりも大きな声で。
「こんにちわー！」
　戦場に相応しからぬ挨拶の言葉とともに眩しい輝きが放たれた。本当に『ご近所の皆さん』がいるならば、クレーム必至の大音声と光。それはキュアの効果を持つグラビティ。破壊音波を受けた後衛陣の傷が癒され、催眠の効果もどこか遠くに吹き飛ばされていった。
「なかなかやるな。しかし、俺の敵ではなーい！」
　ボウの腕から長大な刃が伸びた。オウガメタルで構成された鎌だ。
「食らえ、アリア卍斬り！」
　鎌が振り下ろされた先にいたのはイスクヴァだが、斬撃を受けたのはアガサだった。盾になったのだ。
「『卍』の要素がどこにもないよ……ていうか、ネーミングセンスなさすぎ」
　挑発的な言葉で痛みを誤魔化しつつ、アガサは獣撃拳で反撃した。その動きに合わせるかのように、八本足の馬の形状をした風の砲弾が飛んだ。イスクヴァが『Sleipnir（スレイプニル）』を放ったのだ。
　しかし、ボウはそれらを紙一重で躱した。
　間髪を容れずに一騎が旋刃脚で攻め立てる。
　その攻撃も回避され、足裏が黒い体表を擦るだけにとどまったが――、
（「戦おう！　俺たちと一緒に！」）
　――足が触れた瞬間、一騎は接触テレパスでメッセージを送っていた。ボウの中にいるオウガメタルたちに向かって。
「無駄だ！」
　と、オウガメタルではなく、ボウが答えた。メッセージは彼に伝わったらしい。
「黄金装甲と違い、こやつらは非力な存在。宿主である俺に逆らうことなどできぬわ！」
　嘲りながら、これ見よがしに鎌を突き出すボウ。
　一騎は思い知った。
　その鎌を構成しているオウガメタルが本当に『非力な存在』であることを。
　自由と尊厳を奪われた奴隷であることを。
　かつての自分と同じであることを。
「改めて湧いてきた。怒りってやつが……」
　一騎は呟いた。怒りを微塵も感じさせない、静かな声で。

●邁進、勝利に向かって
　ボウは強かった。だが、それは仲間との連携があって初めて発揮される強さだった（他のアリア騎士もそうなのかもしれない）。この場合の『仲間』とは、戦いに慣れた者のことであり、逃げ腰で事に当たっている三人の働き蟻は当てはまらない。
　そんな働き蟻たちを放置して（最初の数回は牽制のために攻撃したが）、ケルベロスはボウだけを狙い続けた。もちろん、ヒールもおろそかにはしていない。ピリカとレオンディリアがこまめに仲間たちを癒し、時には各自がシャウトやドレインを使用した。
『痛くも痒くもない』と豪語していたボウではあるが、戦いが進むうちに認めざるをえなくなっていた。ダメージの蓄積が無視できないレベルに達していることを。
「小癪な連中だ！　この俺に鎧化のグラビティを使わせるとは！」
　ボウの体内からオウガメタルが解放されて鎧化していく。
　しかし、それを待っていたかのように――、
「蟻は蟻らしく、暗闇で眠ってろよ」
　――と、レオンディリアが『月蝕の系譜（ツキノウタゴエ）』を発動させて、ボウを闇に閉じこめた。
　数秒後にボウは闇の中から抜け出てきたが、その体からは鎧が消えていた。ポジションから生じた効果によって、ブレイクされたのだ。
「ご近所の皆さん、またまたごめんなさーい！」
　ピリカが爆破スイッチを押した。『ご近所の皆さん』がいたら確実に告訴されるレベルの爆発音が轟く。
　攻撃力を上昇させるブレイブマインだ。
　その青い爆風を背に受けて、イスクヴァがボウに突進した。
　その赤い爆風を背に受けて、アガサもボウに突進した。
「燃えつくせ」
「凍りつけ」
　ブレイズクラッシュと『氷華』が続けざまに打ち込まれ、ボウの体がまた炎と氷に彩られる。
　だが、倒れなかった。簡単に倒れるわけにはいかないのだろう。ケルベロスがそうであるように、この愚直な戦士も大きなものを背負っているのだ。
「まだまだぁ！」
　ボウは鎌を振り上げた。
「食らえ、アリア――」
「――次は何字斬りですか？」
　冷めた声で割り込んだのは、茶色い爆風を背にした耶子だ。
　鎌に斬り裂かれながらも、彼女は眉一つ動かすことなく、右腕を突き出した。
　螺旋掌がボウの胸板を打ち据える。
　そして、ブレイブマインの恩恵を受けた最後の一人である一騎が黒い爆風に髪をなびかせながら、攻性植物の蔦に地獄の炎を宿らせて叩きつけた。
　更にボクスドラゴンの木彫とプリムがボクスブレスで畳みかけると――、
「ぐっ……」
　――ボウは呻き声を発して、ついに膝を折った。
「こ、こ、この驀進ボウ、そう簡単に……殺られはせんぞぉ！　待っておれ、今すぐに貴様らを打ち破る、打ち砕く、打ちのめす！」
「……それは無理」
　非情な一言を口にして、シータが超高速機動戦闘モードに移行した。青白い残像を空間に刻みつけながら、無数の弾丸をボウに撃ち込んでいく。
　人並み外れた動体視力を有している者がいたなら、気付いたかもしれない。高速で動くシータの表情が憂いを帯びていることを。彼女はローカストたちの境遇に少しばかり同情しているのだ。
　だからといって、手を抜いて戦うつもりはなかったが。
　十秒後――超高速機動戦闘モードが解除された時、ボウは体に無数の穴を穿たれ、膝だけでなく、両手も地に着かせていた。
「き、効かぬわぁー！」
　四つん這いの状態のままで叫び声を絞り出す。大量の血とともに。
　後方にいた働き蟻たちが慌てふためき、闇雲に破壊音波を放ったが――、
「騒音を立てることしかできない雑兵なんぞ、眼中にも耳中にもありませんわ！」
　――エルモアが『煌めく万華鏡の君（カレイドシューター）』を発動させた。アームドフォート『アロンダイト』から六つの鏡片が飛び出し、その後を追うようにしてレーザーが発射される。
　レーザーは鏡片に何度も反射されてボウの後方に回り込み、背中を撃ち抜いた。
「……ッ！」
　本人にさえ聞き取れていないであろう声を発して、驀進ボウことアリア騎士ボウブバールは倒れ伏した。
　残された三人の働き蟻は彼の仇を討つべく、ケルベロスたちに挑みかかる……などということはなく、背を向けて逃げ出した。勝てる見込みは充分にあったはずだが、戦闘に慣れていないためにそれが判らなかったのだろう。
「オウガメタルちゃーん！　もう大丈夫ですよぉー！」
　ピリカの嬉しそうな呼びかけに応じて、茂みに避難していたオウガメタルが這い出してきた。四つに分裂して、そのうちの三体がアイテムポケットを有する耶子とピリカとアガサに近付いていく。
「兵隊アリは倒せたけど――」
　オウガメタルをアイテムポケットに収めながら、アガサが仲間たちに言った。
「――まだ終わったわけじゃないよ」
「ええ、判ってるわ」
　シータが頷き、防具特徴の『ウォンテッド』で手配書の作成を始めた。

　オウガメタルを保護した三人以外のケルベロス――一騎、エルモア、シータ、イスクヴァ、レオンディリアは手配書を使って働き蟻を追跡し、ゲートの位置を突き止める事に成功する。
　ゲートは、一定以上近づかなければ、周囲の風景と一体化し姿を隠す特殊な膜のようなもので覆われており、その内部では、多くのローカストが大要塞の建設と整備を行っていた。
　このゲートが破壊されれば、デウスエクスとしてのローカストは滅亡せざるをえない。
　つまり、ゲート防衛時には、ローカストの全戦力が迎撃に出てくるのは間違いないだろう。
　そうなれば、当然、本星の警備体制は維持できず、その隙をついて残存のオウガメタルが脱出する事は決して難しくないだろう。
「つまり、全てのオウガメタルを救うためには、このゲートを破壊するしか無い」
　エルモアたち五人は、ローカストたちの動きを見ながら、そう結論付け、出来る限りの戦力情報を持ち、その場を離れたのだった。

作者：土師三良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年6月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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