オウガメタル救出~銀色の光点

作者:桜井薫

 山陰地方の山奥。
 人跡未踏の山肌には、働きアリローカストによって作り出された異形の建築物が立ち並んでいる。
 異形の建築物はそれ自体が生命体のように有機的に積み重なっており、更に、上空や周辺から完全に隠蔽される構造となっていた。
 この異形の建築物の中心にある宮殿には、アリ系ローカストの支配者たる、狂愛母帝アリアが鎮座し、ローカストのゲートの地球側出口を守護していた。
 そのアリアの元に、兵隊アリローカストの一体が駆け込んでくると、緊急の報告をする。
「大変です、アリア様! ゲートから大量のオウガメタルが出現、我等の制御を受け付けず、都市区域から逃走しようとしています!」
 大量のアルミニウム生命体『オウガメタル』がゲートから現れ、そして、逃走しようとする。
 この事態は、狂愛母帝アリアにも予測不能だった。
 だが、最も重要なゲートの守護を任された実力者であるアリアは、すぐに打開策を考え実行に移す。
「今すぐゲートに向かい、ゲートを一時閉鎖する。お前達はただちに出撃し、逃げ出したオウガメタルを一体残らず殲滅するのだ。奴らが、他のデウスエクスやケルベロスの元に逃げ込めば、我等のゲートの位置が割り出されてしまうやもしれぬ」
 その言葉に、弾かれるように退出した兵隊アリローカストに見向きもせず、アリアはゲートへと向かった。
 
「押忍! 黄金装甲のローカスト事件を解決したケルベロスたちのお陰で、黄金装甲化されちょったアルミニウム生命体と絆を結ぶことができたんは、皆も聞いての通りじゃ」
 円乗寺・勲(ウェアライダーのヘリオライダー・en0115)は、背筋を伸ばして前を開けた学ランを整え、集まったケルベロスたちに状況の説明を始める。
「まずは、件の事件で得られた情報を、もういっぺん整理するじゃ。ちいと長いが、聞いとってつかあさい」
 勲は一礼し、判明したアルミニウム生命体に関する状況をざっと説明する。
 絆を結んだ結果、アルミニウム生命体が実は『オウガメタル』という名前の種族で、自分たちを使ってくれる者を求めていること。
 現在オウガメタルを支配してるローカストは、グラビティ・チェインの枯渇を理由に、オウガメタルを使い潰すような使い方をしていること。
 特に、黄金装甲化は、オウガメタルを絶滅させる可能性すらある残虐な行為であること。
「……とまあ、こんな状況におることを伝えてきたオウガメタルに、助けば求められたじゃ。そして今、オウガメタルと絆を結んだケルベロスたちが、オウガメタルの窮地を感じ取ったんじゃ」
 勲によると、オウガメタルたちはケルベロスに助けを求めて、ローカストの本星からゲートを通じて脱出し、地球に逃れてきたところらしい。
「じゃが、最重要拠点であるゲートには、当然ローカストの軍勢がおる」
 放っておけばそのローカスト達によって、オウガメタルたちは遠からず完全に殲滅されてしまうだろう。
「オウガメタルたちがローカストに追われちょるんは、山陰地方の山奥のほうじゃ。じゃけん、急いでヘリオンで現地ば向かって、オウガメタルの救助とローカストの撃破を頼みたいんじゃ」
 もしこの作戦が成功すれば、オウガメタルを仲間に迎えるのみならず、ローカストの最重要拠点であるゲートの位置も特定することができるかも知れない。
「連中の生命線と言っても差し支えないゲートがからんどるけん、ローカストどもの攻撃は熾烈を極めるじゃろうの。厳しい戦いになると思うじゃが、どうかよろしくお願いするじゃ」
 再び勲は一礼し、続いて、目標となるローカストの情報をケルベロスたちに伝える。
 
「兵隊蟻のローカスト1体に率いられた、働き蟻のローカスト3体の群れ。そいつらが現場の山を隅々まで探し回って、逃げるオウガメタルを殲滅しようとしちょるようじゃ。わしらのヘリオンが現地に到着するんは、夜半過ぎごろになるの」
 逃走するオウガメタルは銀色の光を発光信号のように光らせるので、それを目標にすればオウガメタルの近くに降下できるだろう、と勲は言う。
「まあ、多少の誤差があるけん、すぐそばに降下っちゅうわけにはいかんかも知れんじゃが……おおむね百メートル以内の距離には降りられると思うけん、合流は難しくないじゃろう」
 続いて勲は、ローカストたちの性質や能力について説明する。
「まずは、群れを束ねる兵隊蟻じゃ。こいつは戦闘力が特に高くて、ゲートを守る役割を持っとるからか、どんな不利な状況になっても絶対逃げたりはせず、最後まで戦うじゃ」
 攻撃手段としては、アルミの牙による大ダメージをもたらす噛みつき、アルミをまとった腕による体力を吸い取る斬りつけ、牙による石化効果に似た働きをするアルミ化液の注入、といったところだ。
「それから、働き蟻の方じゃ。こっちは戦いが本分じゃないけん、兵隊蟻より力は劣るじゃ。それでもケルベロス数人分の戦闘力を持っとるじゃて、決して油断はできんじゃが……もし兵隊蟻が先に倒されたりして不利だと思ったら、逃げ出すかも知れん。うまくこっちの負担を減らす状況を作り出すのが、勝利の鍵になるかも知れんのう」
 ちなみにこちらの攻撃手段は、兵隊蟻と同じ噛みつき攻撃と、身体をこすり合わせ不快な音波を出して混乱を誘う攻撃、二種類とのことだ。
「重ね重ね、厳しい戦いが予想されるじゃ。じゃが、わしらを頼って逃げてきたオウガメタルを、黙って見殺しにすることなんかできん。頑張って絆を結んできた先陣の為にも、オウガメタルの救出、くれぐれもよろしく頼むじゃ……押忍っ!」
 いつにも増して気合いを入れたエールを腹の底から響かせ、勲はケルベロスを送り出すのだった。


参加者
ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)
メルティア・サーゲイト(去らない老兵・e00750)
一式・要(狂咬突破・e01362)
青鮭・笑苦(コーギーの尻尾を守る会会長・e03883)
シア・メリーゴーラウンド(実らぬ王冠・e06321)
黒木・市邨(蔓に歯俥・e13181)
丸口・二夜(駆け抜ける金狐・e17322)
イヴ・レスピナス(合縁奇縁・e27612)

■リプレイ


 宵闇の帳に包まれた、ほの暗い山中。
 まだ見ぬ友を救うために集結した数十体のヘリオンから、ケルベロスたちが次々と降下してゆく。
「オウガメタル救出か。単純な戦いではないぶん大変そうだが、心強い仲間がいる。みんなよろしく頼む、のし」
「うむ、義を見てせざるは何とやら……である!」
 ほぼ隣り合って着地した青鮭・笑苦(コーギーの尻尾を守る会会長・e03883)とワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)は、顔を見合わせて頷き合い、腰に差したライトの明かりを頼りに木々の間を見回した。
「随分な扱い、だね。理不尽を強いた報い、存分に受けると良い」
 笑苦とワルゼロムから数メートルの位置に降りた黒木・市邨(蔓に歯俥・e13181)は、すうと眼を細め、己の都合でオウガメタルを虐げるローカストへの静かな怒りをあらわにする。
「降りてきた時に見た光は、あちらの方だ……さあ、往こうか」
 そして市邨は隠された森の小路を拓く防具の力で、鬱蒼と茂る木々に道を開けさせる。確かに見た小さな光を求め、三人は急ぎ駈け出した。
「オウガメタルがここまで逃げてきた頑張りを無駄には、悪い結末にはさせないんだねぇ!」
 丸口・二夜(駆け抜ける金狐・e17322)もまた、三人よりも少し東側の着地地点から、レーザーの光剣のように構えたワークライトで足元を照らしだし、駆ける。二夜の行く手を塞ぐ植物たちも、防具に秘められた力に呼応し彼女のために道を譲った。
「……」
 と、その時、はっきりとした銀色の瞬きが、二度、三度と辺りを照らしだした。何かを強く訴えかけるようなその光の在り処は、ちょうど彼らの進む道が交わる辺りだ。
「必ず、助けるわ。待っていて」
 オウガメタルの助けを求める声なき声を確信し、シア・メリーゴーラウンド(実らぬ王冠・e06321)も、森の小路を辿って二夜を追走する。
 そして目標に近づいたのを見て取り、シアは注意深く辺りを見回した。十分な光源の準備と迅速な移動が幸いしてか、接触を阻むはずの恐ろしい姿は、今のところまだ見当たらない。
 ほどなくケルベロスたちは、輝きの主……オウガメタルのもとにたどり着いた。
「これがオウガメタル……えっと、ハロー、こんにちは、ニーハオ?」
 銀色の不思議な流体金属のような、ひとかたまりの存在。一式・要(狂咬突破・e01362)は目の前の見慣れぬ姿に、探り探り声をかける。集合体たちもまたその声に応えるように、チカチカと光を明滅させた。
「ワシらはケルベロスや、もう大丈夫。助けに来たで」
 比較的木の少ない場所を選んで滑空してきた翼をたたみながら、イヴ・レスピナス(合縁奇縁・e27612)もオウガメタルに語りかける。手短に要点を伝えるシンプルな言葉は、異種族である相手にも分かりやすく届いたのか……オウガメタルたちは流れるように群体を移動し、ケルベロスたちのもとに近づいてきた。
「ワシら頼って逃げてきて、健気やったなぁ……さてさて、仕舞えるやろか?」
 イヴは漆黒の布で縫い上げられた黒衣『魍魎箱』を広げ、オウガメタルたちに中に入るよう促す。
「……」
 広がるアイテムポケットの空間を感じたのか、オウガメタルたちは意図を察したようで、光を発しながらするすると黒衣の中に避難してゆく。あいにく全てを中に収めることはできなかったが、二夜も広げたパーカーに包み込むなどして、できる限り多くのオウガメタルを保護していった。
「どうやら、来たようですね。弾幕、展開します」
 救出の間周りを警戒していたメルティア・サーゲイト(去らない老兵・e00750)が、予測されていた追手……ローカストたちの姿を認め、仲間に注意を促す。
「招かれざる侵入者たちよ、それは我々の所有物だ。返してもらおうか」
 ケルベロスたちが身構えたところに、冷たい声が響く。その主は、言うまでもなくオウガメタルの追跡者……兵隊蟻のローカストと3体の働き蟻だ。
「あいにくですが……彼らには、そのつもりはないようですよ」
 さっと自分の後ろに隠れる残りのオウガメタルたちをかばいながら、メルティアは愛用の銃たちをローカストたちに向け、理不尽な要求への返事とした。そしてさらなる増援を防ぐため、戦場内の様子を見えにくくするガスで周囲を包み込む。
「ここまでよく頑張ったねぇ。あとはあたしたちに任せるんだねぇ!」
 二夜もオウガメタルたちを安心させるように声を張り、ローカストたちに向かって身構える。
 それが、開戦の合図だった。


「我がいる限り、彼らに手など出させんのだ」
 機先を制し動いたワルゼロムは、蟻たちとオウガメタルの間に割って入るように前に出て、縛霊手の祭壇から霊力を帯びた紙兵を張り巡らせる。ワルゼロムのミミック『樽タロス』も主人の隣に並び、己のエクトプラズムを武器と化して懸命に兵隊蟻を打ち据える。
「……さようなら、在るべき場所へお還り」
 市邨はそれとほぼ同時に、仇を逃さぬとばかりに足元から蔓を伸ばし、相手に追いすがるような軌道を描いてローカストを打ち据えた。兵隊蟻を斬りつけた蔓が消え去る一瞬、葬送花にも見える花がはらりと散り、地に舞い落ちる。
「こしゃくな……アリア騎士の名にかけて、オウガメタルもろとも貴様らを殲滅してくれよう」
「ふふん、通しゃしないっての」
 市邨に向けて鋭く振り下ろされた兵隊蟻の腕は、間に割り込んだ要にがっちりと受け止められた。
「……さすがに痛いけど、あいにくあたしもケルベロス張ってる身なの。番犬舐めんじゃないわよ」
 重い一撃を受けつつも要は兵隊蟻を睨み返し、身体にまとった水のオーラを沸き立たせる。浮き立ったオーラは薄く透き通った水の盾となり、前に立つケルベロスたちを包み込んだ。
「なるほど……火力重視の戦い方、ですわね。ごめんあそばせ、その動き、お邪魔させていただきます」
 戦術で高められた高いダメージを阻害するべく、シアは稲妻を帯びた槍の突きを繰り出し、相手の動きを鈍らせにかかる。格上相手なのは百も承知、一手でも動きを奪うことができたら僥倖と、シアは立ち位置によって高められた追加効果を刻みつける。
「……」
 まだまだ余裕はあるが傷を受けた指揮官を守るように、三体の働き蟻たちは、次々と不快な音波をケルベロスたちに浴びせかけた。数の多い前列に向かって攻撃を合わせた三つの不協和音は、時に激しく集中を乱すかのように鳴り響き、敵味方の区別をなくさせようと襲いかかる。
「ぎょぇぇ、追加効果いっぱいの働き蟻さんがいるんだねぇ! 大変だけど、抵抗力がっつりつけるんだねぇ!」
「せや、ここは翡翠の庭園や。神経の乱れも何もかも消し去ったるで」
 二夜とイヴが、それぞれ抵抗力を与える紙兵と、傷を癒し不浄を否定する薄緑の薔薇を前衛に振りまき、何重にも張りめぐらされた混乱の罠に抗う力を懸命に付与する。強敵相手と見て癒し手二人の体勢を組んでいたのは、決して大げさではなかったようだ。対策が無ければ一気に戦線が崩壊しかねない多重の催眠は、全てとはいかないまでも、ある程度までは解消されたのだから。
「一番やっかいなのが分かった以上、そこから潰していくまで。ぽてっちも行くぞ、のし」
 笑苦は卓越した技量で氷を与える一撃で、ボクスドラゴンの『ポテトのぽてっち』はポテトのような色のブレスで、真ん中あたりに立ちはだかる働き蟻に攻撃を集中させる。まずはジャマーとして状態異常を振りまいてくる働き蟻から確実に潰す……十分にすり合わせていた作戦で、標的の変更に迷いはない。
「標的を確認、確実に仕留めます。なお、次の優先攻撃目標は兵隊蟻と共有願います」
「了解!」
 メルティアも同じ働き蟻に向け、素早く引き金を引いて目にも留まらぬ速さの弾丸を射ち込んだ。また、働き蟻たちの攻撃の威力や命中を解析して推定したポジションから、次の目標が兵隊蟻であることを仲間に伝える。作戦の目標はあくまでオウガメタルの保護と、敵を撃退すること……全員で合わせた認識を再確認し、ケルベロスたちは口々に了解の声を掛け合った。
「そう簡単に行くと思うでないぞ……ならば、こちらも攻撃を集中させるまで!」
 ローカストは連携するケルベロスたちを忌々しげに睨みつけ、強烈なダメージをもたらす恐ろしい牙を突き立てる。その対象は、先ほど腕の一撃をかばって受けた要だ。働き蟻たちも兵隊蟻の命令に反応し、兵隊蟻のそれよりも幾分頼りない牙を続けざまに突き刺そうと要に殺到する。
「……!」
「では支援に回ろう」
 樽タロスが細い足で地面を蹴り、要と働き蟻の間に飛び込んで代わりに一撃を受けた。相棒がうまくダメージを分散させたのを見て取り、ワルゼロムは色とりどりの爆風で前に立つケルベロスたちの力を奮い立たせる。
「ありがとね、ワルゼロムさんにミミックさん……あたし、まだまだ倒れたりしないわよ!」
 要は強烈なダメージを振り払うように気力が満ちた叫びを上げ、崩れかけた体勢を何とか立て直す。
「霧と雨、永遠の夜、銀白の色……冷たきこの糸よ、眠れる力を呼び覚ましておくれ」
 シアの唄うような声が、前に立つケルベロスたちにさらなる力……こちらは命中の感覚を研ぎ澄ます力を与える。水滴の宝石は地獄の炎にきらめき、夜の風にゆらぎ、オーロラの光に照らされた糸がふわりと仲間たちを覆った。
「……必ず帰るよ、君の許へ」
 それを贈ってくれた大切な人を思いながら、市邨は懐に忍ばせた藍晶石の瞳持つ鳥の守り刀にそっと手をやり、生命力を吸い取る鎌の一撃を振りかざす。思いの乗った一撃は働き蟻の腕をまともにとらえ、激しく切り裂いた。
「心強いものだ。俺も負けてはいられんな」
 笑苦は鉄塊剣に地獄の炎を纏わせ、市邨に合わせるように、命を喰らう炎弾を勢い良く撃ち出す。
「……!」
 狙いあやまたず炎の弾丸は働き蟻を貫き、勢い余ってその身体を吹き飛ばしながらとどめを刺した。
「やったねぇ! じゃああとは、全力であっちに行くだけだねぇ!」
 二夜は頼もしい攻撃手たちに満月の力で癒しとさらなる力を与えながら、まっすぐに兵隊蟻を見つめて足場を整えた。
 ここからが、本番。ケルベロスたちは強敵との戦いに備え、油断なく体勢を立て直すのだった。


「誇りにかけて、ゲートは守り通してみせる。むろん、貴様ら全てを喰らい尽くしてだ」
 部下の働き蟻が倒されても、兵隊蟻の士気はまったく衰えない。不退転の決意を見せつけるかのように、兵隊蟻は大きく腕を振りかぶった。
「さすがに、手痛いと言わざるをえないが……我々も、守り通す誇りは同じこと」
 アルミの腕に大きく体力を吸い取られながらも、ワルゼロムは心乱すことなく足を踏ん張り戦場に立つ。仮面の奥の瞳は、確固とした意志の力で強く見開かれていた。
「今までの私なら障害物の多い森は不利でしたが……遮蔽と射角というSHSBAの欠点を補う事に成功したのです、この特殊弾頭で」
 とは言え前衛の耐久力も確実に削られているのを見て取り、メルティアは電磁加速で砲弾を発射する特製の長距離砲を展開する。目論見通り攻撃を引きつけられるかどうかは未知数だが、やってみないことには何も始まらない……メルティアは弾道と座標を計算し、『PHANTOM SNIPER』の跳弾を兵隊蟻の身体に叩き込んだ。
「目くらましで我が注意を引こうなど……!」
 こうるさい弾丸に怒りを誘われたように、兵隊蟻はメルティアの姿を一瞥する。
「生意気や、ってか? ほれ、ワシからのプレゼントや」
 怒りは五分五分の確率に阻まれ空振りを誘うことこそなかったが、兵隊蟻の視線が逸れた一瞬のタイミングが重なったのを見逃さず、イヴはケルベロスチェインを振りかざす。鎖は生き物のように木々の間を飛び交い、その毒を帯びた先端を兵隊蟻の身体に突き刺した。
「これは返礼だ、代わりに貴様が受け取っておくがよい」
 射程の届かないイヴを忌々しげに見つめ、兵隊蟻は笑苦に向かって手元の棘を突き立てる。
「……っ、すまん、回復を……!」
 兵隊蟻の棘から注入されたのは、身体の動きを鈍らせる毒性を持つアルミだ。笑苦はすかさず地獄の炎で全身を包みリカバリーしようとするが、動きを阻まれて手足がさらに固まるような感覚を覚え、ためらわずに救援を求めた。
「承知いたしました、ですわ」
 シアはゆらめくオーラを溜め、迅速に仲間を援護する。戦術によって三つに数を増した虹色の燐光はくるくると笑苦の四肢を辿り、どうにか普段の動きを取り戻させた。
「……」
 残された働き蟻たちは、一進一退の攻防に心動かされる様子もなく、淡々とケルベロスたちに攻撃を重ねる。アルミの牙と不快な音の軋みは、ダメージの重なった前に立つケルベロスたちの体力を確実に削っていった。
「……ここまで、良く頑張ってくれた」
 自らも無事とは言えないワルゼロムが、限界を超えて姿を消す樽タロスをねぎらい、何とか気力を振り絞り身体を支える。
「何があっても、持ちこたえてみせる」
 また市邨は手元のナイフで兵隊蟻の胸部を切り裂き、返り血を浴びるように身体を密着させて、どうにか相手の体力を奪い取った。多少心もとない命中を越えさせたのは、その言葉通り、何があっても目的を果たして帰るという意志の力だったのかも知れない。
「ここは何とか、踏ん張ってだねぇ! こっちも傷だらけだけど、あっちもそこそこ弱ってきてる感じだからねぇ!」
 二夜も溜めた気力で傷の深い前衛をヒールしながら、声を張り上げ懸命に味方たちを鼓舞する。その言葉通り、兵隊蟻の装甲にはあちこち傷がつき、少なからぬ手傷を負っていることがうかがえた。
「ええ、私は私の役割を果たしましょう」
 メルティアは六連装と三連装のガトリングガンを両手に構え、腰だめで全力の射撃を撃ち尽くす。
「……貴様、っ!」
 兵装に無数の穴を開けられた兵隊蟻は痛みを怒りに変えるかのように、最後の力を振り絞った一撃を、目の前の笑苦に振り下ろした。
「これはあたしが代わりに貰っとくから……お願い!」
 身体を張って飛び込んだ要は代わりにその痛烈な一撃を引き受け、笑苦に攻撃を託して身体ごと崩折れる。
「……わかった、任せてくれ」
 仲間の思いを受け取り、笑苦は炎を渦巻かせた鉄塊剣を高々と頭上に振り上げた。いまだ夜の暗さに包まれた山中を、意志が灯す炎が煌々と照らす。
「…………!」
 そして炎は、鉄の剣と一つになり、ローカストの身体を貫き通した。
「えらい待たせてしもたな……もう、本当に大丈夫や」
 兵隊蟻が倒れ、働き蟻が逃げてゆくのを確認し、イヴは身体に巻きつけた黒い布の奥に収まっているオウガメタルに、そっと声をかける。
 こちらも多大な傷を追いつつも、何とか助けだすことができた……イヴの言葉は、激闘を乗り越えた仲間たち共通の思いだった。

作者:桜井薫 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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