オウガメタル救出～繋がる手と手

■リプレイ

●繋がる
「じゃあ、下で」
　ロストーク・ヴィスナー（春酔い・e02023）が緑の瞳を細めると、一同は頷いた。
　ロストークと彼のボクスドラゴン・プラーミァを先頭に、翼飛行が出来る者たちが一斉にヘリオンから羽ばたいた。
　続くのは葛籠折・伊月（死線交錯・e20118）、カルディア・スタウロス（炎鎖の天蠍・e01084）、大粟・還（クッキーの人・e02487）とウィングキャットのるーさんの計６名だ。彼らは先行し、一直線に地上のオウガメタルの発光信号へと向かう。その点滅を見つめながら、伊月が呟いた。
「純粋に助けを求めている者を助ける。シンプルでいいね」
　ロストークが作り出したアリアドネの赤い糸が夜空を割り、吸い込まれるように地上へと伸びていく。
　仲間だけに見える、細い細い赤色。それを見つめながら、八王子・東西南北（ヒキコモゴミニート・e00658）が、ぐっと拳を握りしめた。テレビウムの小金井はすぐ傍に控えている。
「助けを求めてきたなら……応えないわけにはいきません。ケルベロスは、弱者の味方」
　そんな東西南北の様子をじっと見つめていた東雲・莉緒（心を人形にやつした少年・e01757）が、愛用の人形『アリス』を口元に持っていく。
「オウガメタル、さん、助、けましょ、う……！」
　『アリス』を通じて発されるたどたどしい言葉は、すなわち莉緒の心からの言葉である。思わぬ賛同に驚きつつも、東西南北が、うん、と笑顔を返す。
　宮古城・涼（総てを棄て総てを求める・e17649）もその言葉に黙って力強く頷くと、ナノナノのだるまくんがそれに倣う。
「では、参りましょうか。新たなる仲間を迎えに」
　漆黒の、野戦用の忍装束に身を包んだ秋草・零斗（螺旋執事・e00439）が慇懃に一礼し、後発隊の先陣を切って降下を開始した。
　地上に降りたつや零斗はライドキャリバーのカタナに騎乗し、暗い山道を突っ切って走る。その後にぴったり追いついて、東西南北、涼、莉緒、サーヴァントたちが勢いよく疾走した。地を這う木の根や生い茂った草は自ら身を曲げて、ケルベロスたちの行く道を開いていた。

●追手
「あー、いた！　いたですよオウガメタルー！　ケルベロスだよーおーい！」
　還がそう叫び、ケルベロスたちが傍へ着地すると、オウガメタルは発光点滅を停止した。大きな岩、くらいの印象のスライム状の塊だが、常に形を変えるようで、その質量は定かでない。
「もう大丈夫、私達が来ました」
　カルディアがそう語りかける。当然、言葉での返事はない。だが、銀色のぬらりとした体はどこか安心したように見え、ケルベロスたちにもその気持ちが伝わってくるようだった。
「……何か、来る」　
　伊月が遠くの気配を察知して、軍靴で地面を踏みしめ身構えた。ロストークがそれに気づいて、ふと自分の足元を気にする。アリアドネの糸はいつの間にか消えてしまっていた。半数のチームでもしローカストに奇襲を受けてしまえば、果たしてオウガメタルを守りきれるかどうか。
「絶対、盾になってみせるけどね……」
　全員が緊張しつつ、接近してくる気配に神経を尖らせる。だが。
「！」
　木立を割って姿を現したのは、零斗を先頭にした降下組だった。胸を撫で下ろすロストークに、零斗が軽く一礼する。
「お待たせ致しました、ロストーク様、皆様」
　更に踵を返して、オウガメタルへと。
「お迎えに上がりましたよ、共に戦う者達――オウガメタル」
「オウガメタルさん！　無事ですか」
「オウガメタル、さん、も、う、大丈、夫……」
　東西南北と莉緒が駆け寄ってそう伝える。涼も、そっとオウガメタルの銀色の体に触れながら表情を和らげた。
「助けに来たよ。アイテムポケットに入るか隠れておいて。大丈夫。何があっても守ってあげるから」
　涼のその一言で、還があっと声を上げた。
「！　そうだったアイテムポケット……どうです？　入れる？」
　と、還がそっと訊ねてみる。オウガメタルはしばしの間を置くと、数体に分裂し、小さくなった体で飛び上がると次々にポケットに向かって飛び込み始めた。
「お、おおお？！」
「不思議な生き物ですね……」
　皆がその不思議な光景に見とれる。限界までアイテムポケット内に身を潜め、残ったオウガメタルは、小さく分裂していたものが寄り集まり、先より少し小さい塊になった。
「大丈夫、入れなかったあなた方も守りますよ」
　カルディアがそう言って微笑みかける。
　まずはオウガメタルと無事に接触出来た安心感で、場の空気は少しだけ緩んだ。だが、ここで敵に倒されてしまえば元も子もない。
「……！」
　茂みの向こうの、微かな話し声に気づいた莉緒が、近くにいた東西南北の服の裾を黙って引いた。
「ん……？」
　声は近付いてくる。零斗と涼が、手元に持っていた灯りを伏せる。全員が、息を潜めてその声の主に注意を傾けた。
『よく探せ。ケルベロスどもより先にオウガメタルを回収するのだ。アリア騎士の手より逃れられぬこと、思い知らせてやらねばならん』
　一見、西洋の騎士の鎧にも似たローカストだった。周囲を索敵しつつ、３体の下っ端を引き連れて歩いている。オウガメタルを追って来た『アリア騎士』の部隊に間違いなかった。

●誇り
　ギリッと東西南北が奥歯を噛んだ。弱い存在を踏みにじって平気でいる、そんな連中を許せなかった。
「ボクの、ケルベロスとしての存在意義が試される時です……！」
　戦端は、開かれた。いち早く敵の横っ腹に突撃する東西南北、零斗が分身の術を駆使しながらそれに続く。
『ギッ』
　働きアリたちが、慌てて決まったポジションにつこうとする。だが流石にアリア騎士は動じない。
『フン、不意討ちとは犬らしいではないか！』
「偉そうに！　騎士とか言いながら、オウガメタルを虐めてたくせに！」
　涼が負けずに叫んで、兵隊アリの頭に掴みかかる。
「捕まえたっ！！」
　涼が敵を地面に叩きつけ、引きずった挙句手近の大木へと打ちつけた。白手袋を装着したロストークが前に出る。
「リドニコフっ」
　兵隊アリが立ち上がるより早く、ロストークが愛用の武器の名を高く叫ぶ。
「謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた……怖れるがいい、この冷気を！」
　氷塵が飛び散る中を縫って、プラーミァの赤い体が宙を泳ぐ。一気に優位を取ったかと見えたが、しかし。
『ハァッ！』
　一瞬の隙をついて、兵隊蟻が跳んだ。高い高いジャンプから繰り出されるのは、炎の如き蹴りだった。
「ぐぁッ……！」
　それを胸元に、まともに食らってしまったのはカルディアだった。カルディアの呼吸が一瞬止まり、その身が地面に崩れ落ちる。
「しまった！」
　唯一のクラッシャーにいきなり大打撃を食らい、零斗が顔色を変えた。
『心意気は買おう、だが相手が悪かったな。我が誇り高きアリア騎士・アゴスティーニの名を土産に、あの世へいけ。アルミニウム生命体どもは、返してもらうぞ』
　ローカストらしからぬ威圧感に、一瞬ケルベロスたちの間に動揺が走った。しかしそれを一蹴したのは、他ならぬカルディアの声。
「悔しかろう、あれが命としてのあなた方を長年侮辱してきた怨敵だ、討ちたかろう！」
　味方が駆け寄るよりも先に倒れた体を強引に起こし、片手を伸ばして叫ぶ。
「私を使って果たすがいい、私のグラビティをくれてやる、その代わり！」
『哀れな、錯乱したか……』
「力を寄こせええ！！」
　カルディアのその声は、確かに昂ぶり錯乱しているようにすら聞こえた。だが『新たな仲間』は、その呼びかけに応えたのだ。
　地上に留まっていたオウガメタルが微かに震え、そして。
『な、なんだと！』
　目にも止まらぬ速さで、オウガメタルが形を変えカルディアの元へ跳んだ。
「あ……！」
　全員が目を見張る中、オウガメタルは新たな『武器』として彼女の体に装着されたのだった。
『バカな！　我らローカストに逆らいケルベロスにつくとでも言うつもりか！』
「つもりじゃない！　はっきりとそう言っているんだ、彼らは僕達の刃になってくれる、ってね！」
　軍服姿の伊月がそう叫んで飛び出し、使い込まれたマントを翻して働きアリの一撃を受ける。続けて、後衛の働きアリたちが一斉に羽をこすりあわせ、不快な音波を発し始めた。
「くっ、うー……るーさん！　皆を」
　ヒーラーの意地、負けじと還は傷の深いカルディアの元へ走り、るーさんは清浄の翼で飛びまわる。
「僕は帝国山狗団の葛籠折伊月！　虐げられし者の盾として助太刀をさせてもらう！」
「……！」
　オウガメタルの加勢は、単純な戦力のみならず皆に高揚感をもたらしていた。このまま一気に畳み掛けてしまいたい、と伊月と莉緒が、アゴスティーニに一斉に撃ってかかる。
　だが敵も、騎士の名乗りは伊達ではない。次々と攻撃をかわし、態勢を立て直す。
『自らを盾とするとは笑止。騎士とは、盾をかかげ矛もて戦う者のことよ！』
　絶望する状況ではない、だが、一瞬たりとも気は抜けない状況でもあった。
「案外、動きが速いな……！」
　東西南北が後方から淡々と攻撃してくる働きアリに何とかプレッシャーを与え、小金井は必死で回復にあたる。零斗もこれ以上クラッシャーであるカルディアに攻撃をいかせないためにと、足を止めない。逆にローカストたちは、カタナにより足止めを食らっていた。
　ふと涼が思いつき、前に飛び出していきなり敵の懐近くまで踏み込んだ。
（「聞こえる……？　聞こえたら答えて」）
　攻撃しながら、アゴスティーニの体内にいるアルミニウム生命体、つまりオウガメタルになんとか接触できないかと考えたのだ。しかし。
『無駄だ、こいつらの力など本来微弱。こうして、我らに使役されているのが、最善の生き残りの方法だ、こんな風にな……！』
　ギギ、と不気味な笑い声をたてて、アゴスティーニがぐっと体に力を入れる。体の隙間から滲み出たアルミニウム生命体は、そのまま鎧となって硬化した。だがそこへ。
「微弱？　てめぇらの使い方が悪いだけだろ……！」
　オウガ、の名の通り『鋼の鬼』と化したカルディアの拳が、力いっぱいめり込む！
『ギギャッ……！』
　アゴスティーニの体が吹っ飛んだ。
『くそっ、何をしている！　あの女もろとも消し飛ばせ！』
　働きアリはその言葉に従い、淡々と攻撃を繰り返してくる。不気味と言えば不気味なのだが、彼らは本当に言われるままに動くだけの、いわば機械のようなものだった。狙いは正確、その分軌道が読みやすい。カルディアを狙った攻撃は、零斗とロストークに次々阻まれた。
「盾、っていうのはこうあるべきなんだ。仲間を無理矢理鎧にするなんてことじゃない！」
　ロストークの怒りは、皆同じ思いだった。オウガメタルに意志がある、ということがわかった今、二度とローカストの元に返すわけにはいかない。
　だがアゴスティーニは執拗にクラッシャーを落とそうと必殺の蹴りを繰り出してくる。その威力はやはり脅威だ。
『食らえ！』
「くっ……！」
　その蹴りを受け止めたのは、間一髪間に入り込んだ伊月。がくりと膝をつく彼女の隣で構えるカルディア。
「今度はこっちの番だ！」
　惑星レギオンレイドを照らす『黒太陽』が具現化され、絶望の黒光が前衛の２体に向けて照射される！
『ギッ……ギ……！』
　だが、崩れたのは働きアリ１体。その威力を全て肩代わりさせたアゴスティーニが、その陰から頭を出した。
『ふぅ……危ないところだった』
「……やなやつですね、ホント」
　還が眉を顰めて敵を睨む。
『やかましい！　私にはッ覚悟がある！　貴様ら相手に負けるわけにはいかんのだ！』
　アゴスティーニの声に合わせて、再度後方の働きアリたちが羽を擦り始めた。
　その間を縫って、零斗の冷ややかな声が飛ぶ。
「声を大にして叫ばねば揺らぐ覚悟なぞ、恐るるに足りませんよ……覚悟とは、静かにするものだ」
『こざかしい！　若造が』
　蓄積したダメージと疲労は、決して軽くなかった。だるまくんと小金井、るーさんは辛うじて体を保っている状態。還が不安げにるーさんを一瞬だけ見た。だがここまでくれば、勝利は目前。。
『何をしている！　さっさと撃たんか！　どいつもこいつも、使えんな！』
　ヒステリックに叫ぶアゴスティーニに、ケルベロスたちの攻撃は集中していく。
「いや、な、やつ……どっか、いっちゃ、え」
　莉緒が素早くアリスを口元に運んでから、達人の一撃を叩き込む。続けて東西南北の、渾身の一撃！
「仲間の存在を誇りに思えないお前に、絶対負けない……僕の背骨は避雷針、きたれ臨界／破れ限界！」
　守りに徹した分戦いは長引いたが、決着の時はきた。
　涼のケルベロスチェインが敵を捕らえた。ロストークの拳が叩き込まれ、蹴りを返してやろうと身を捩ったアゴスティーニは、強靭なはずの足元を滑らせ、蹴りは空しく空を切った。
『ギャッ……、ま、待て、待つのだ……』
「お前みたいなゲスはズタズタしてやりたかったが、今回は新しい仲間の怨みが先だな」
　カルディアが拳を振りぬいた。そこに篭められていたのはオウガメタルの怨嗟、ではなく、新たな力として開放された喜びであったかも知れない。
　グニャリと体が曲がり、やがて灰のように砕け散ったアゴスティーニの姿を目にした２体の働きアリたちは、やはり機械的にその場を立ち去っていったのだった。

●勝利
　元より深追いはしない、ということになっていたが、体力的にも限界だったようだ。戦いを終えたケルベロスたちは、疲労感からその場に座り込む。
「勝ちました……」
「もう、大丈夫ですよー」
　肩で息をするカルディアと、ポケットの中に隠れていたオウガメタルを一旦外に出す還。周囲に残っていた、小さいオウガメタルたちがそこにくっついていく。無事でよかった、と涼が今日一番安心した顔をした。
「今日からあなた方も僕たちの仲間です。地球へようこそ……歓迎します」
　東西南北が、心から嬉しそうにそう告げる。アリスの口を借りて、莉緒も気持ちを伝える。
「皆、仲良、しが一、番です、よ。オウガメタル、さんと、も、仲良、くしたい、です」
　言葉としては、やはりたどたどしい。それでも、莉緒の気持ちはきっとオウガメタルに届いただろう。
「護れました……ね」
　伊月が差し出した拳に、ロストークが笑顔で拳を返し、こつりと合わさった。
「うん、がんばったね」
　盾であることを心から誇りに思うふたりに、オウガメタルを守りきったこの勝利は大きい。
　仲間を信じ、自分の力を信じ、それを繋いで大きな力とする。
　簡単なようで、とても難しいことだ。だが、彼らはそれを成し得た。
　零斗がふと暗がりに目をやる。この山中のどこかに、ローカストのゲートがあるならば、決戦はそう遠くないのかも知れない。
　気は抜けないが、今は新たな仲間と手を取り合えたことを喜ぶケルベロスたちだった。

作者：林雪	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年6月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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