オウガメタル救出～貴様の涙は我が心で受けとめよう

■リプレイ

●救援
　暗黒の森が眼下に広がっていた。
　その暗黒の中に信号にたリズムを刻む光が灯る。それは続けて同じ場所に現れることは無く、光るたびに位置が変化している。
「向かって左から右へと移動しているようだな」
　墨を溶かしたような黒の森、そして星明かりに微かに照られる山の稜線の形を頼りに、それが次に光る位置を予測しながら、目面・真（たてよみマジメちゃん・e01011）は速度を上げて降下を続ける。そして腰に照明をつけた王・浩（ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e23814）も合流を目指して先を急ぐ。
　その光に気づいた兵隊アリのローカストの複眼が鋭い光沢を放つ。
　次の瞬間、付き従う２体の働きアリローカストに向かって指示を飛ばす。邪魔者を食い止めろと。その複眼には一刻も早くオウガメタルを殲滅する決意が宿っていた。
「さあ急いで保護しましょう。追っ手も近くに迫っているはずです」
「光っているんですねぇ。次に光った方に行けば、だいじょうぶですよねぇ」
　バジル・ハーバルガーデン（薔薇庭園の守り人・e05462）の声に応じながら、ワーブ・シートン（とんでも田舎系灰色熊・e14774）はゆっくりと周囲を見渡す。
　上空から見たときは暗黒の世界に見えたが、森の中は星明かりに照らされて、視界は意外に効く。広葉樹が枝を広げる森だから、全く光が届かない闇もあるが全てがそうでない。
「こっちだよね？　急ごう」
　エドワード・エヴァンズ（太陽の笑顔・e26026）はオウガメタルが進行していると予測できる方に向かって走り始める。
（「伸ばされた手なら掴んであげたい」）
　ゼン・ヴァイシュミット（愛及屋烏・e01186）が、そう思いを強めたその時、進行方向の先から、仲間も持つ照明とは明らかに違う、信号のように点滅する光が、再びリズムを刻み始めた。
　あと少しで追いついて、合流できそうだ。
　しかしその少しの時間は、追跡者にとって仕掛ける好機、悪い予感に身を固くするゼンだったが、襲撃を阻む手立てはなにも無かった。
「いたぞ！」
　浩の鋭い声に続いて、来援を告げるエドワードの澄んだ声が響き渡る。
「僕たちは君たちを助けに来た味方だよ！」
　動きを止める発光体。それは正にオウガメタルが求めていた呼びかけであった。
　飛行能力を活かす者も、森の中を駆ける者も、その光を認めたケルベロスの誰もが、その距離感から、間もなくオウガメタルを保護できると確信した。
　だが、距離を詰めようと脚を早めた瞬間、脳髄を揺さぶるような、奇妙な音波が襲いかかってくる。
　進路を阻むように姿を現したのは２体の働きアリローカスト。
　その出現と機を同じくして、光の灯っているポイントに向かって、兵隊アリのローカストが跳び込んで行く。
　次の瞬間、森を揺さぶる轟音と共に兵隊アリローカストは光源に衝突する。
　光は数個の塊に砕けて、そして希望を込めて点されていた光は消えた。

●戦いは誰の為に
「絶対に助けるんだ！」
　滑るように地を駆けるのはゼン。ローラーダッシュの鋭い動作により火炎を纏った蹴りが進路を阻むように立つ働きアリのローカストを打ち据える。
　直後、燃え上がる炎が森を明るく照らす。
　直撃を受けたオウガメタルは３つほどの塊に分かれたようだ。
「そこまでだ、ローカスト！　これ以上の好き勝手は俺たちケルベロスが決して許しはしないぞ！！」
　正に最終決戦モードという気配を纏った、ブレイ・ディジョン（獄獣合体ヘリオブレイザー・e05435）が、兵隊アリローカストの注意を引かんと声を上げながら、己の主砲身をぐいぐいと動かす。
「獄獣合体！　ヘリオブレイザー！！」
　次いで、クリアキャリバーと名付けたライドキャリバーの複雑な動きと共に撃ち放たれた砲弾が、惜しくも兵隊アリの脇をすり抜け、その後方の樹を砕いて大爆発を起こす。
「白銀の鎖よ、限界を打ち砕け！」
　橙色の炎が爆ぜて周囲を明るく照らす中、声と共に慣れた手つきで液状の輝く鎖を放つのは真。それは前列の仲間に幻想的な金属光沢を纏わせ加護を与えた。次いでメルーナ・ワードレン（小さな爆炎竜・e09280）の操るヒールドローンの群れが展開する。続けて繰り出された術は、長期戦を見据え戦いを有利に運ぶための確かな布石だ。
　ナノナノの煎兵衛の放つハート光線が夜闇を突き抜ける中、メルーナの赤い瞳に映ったのは、加護を与えたケルベロスではなく、逃げようとするオウガメタルの殲滅を優先する兵隊アリの姿。
　現時点でオウガメタルは全滅こそしてはいないが、早く兵隊アリを止めなければ、遅からずオウガメタルは全滅させられる。
　助けたい。
　浩は無骨な鉄塊の如き巨大剣を腕力だけで振りかぶる。
　瞬間、兵隊アリを狙う意図を見透かしたように繰り出された働きアリの爪撃が脇腹に突き刺さる。
　直後、激痛に歯を食いしばりながら振り下ろした、浩の鉄塊剣が兵隊アリを打ち据えた。
「この棘で、痺れていて下さい！」
　攻撃を受けてなおオウガメタルを殲滅せんと飛び散った別の塊に注意を向ける兵隊アリを目がけて、バジルの放った青薔薇の茨が兵隊アリを捉えて強かに締め上げる。
「まずは、これからいくですよぅ！」
　難しく考えない。ワーブは敵の数を減らすことを第一に考え、傷ついた働きアリに狙いを定める。
「この右手にかけるですよぅ！」
　鋭い爪に己の力とグラビティを集中させ、叫びと共に２メートル近くの体躯から繰り出した衝撃が働きアリに衝突する。瞬間、陶器が砕けるような軽い音と共に働きアリの身体が四散して果てる。
「これ以上は、もう辛い思いはさせないから、あと少し、あと少しだけ頑張って！」
　エドワードの甲高い声が響く。同時に腰程までの金髪を夜闇の中に揺らし、小さな身体――だが体内の溢れんばかりのグラビティ・チェインを、自身の背丈ほどもある剣に乗せて振りかぶる。
「えーい！　潰れちゃえ！」
　振り抜く先には、ただ命じられたままに動く別の働きアリ。極限まで高められた破壊の力は気合いに後押しされるように敵を打ち据える。甲皮は砕け散り、粘りのある体液を散らしながら転がる瀕死の身体は折れた樹木の根に激突して受け止められる。
「ゼンさん！」
「分かった」
　この敵さえ倒せば、残る敵は兵隊アリだけにできる。
　脚を踏み込んで狙い定めて、撃ち放たれた地獄の炎弾が瀕死の働きアリに食らいつき、その残された僅かな命を完全に奪い去った。
　敵意に抗うのに主観的な善意をぶつけてもそのまま良い結果を得られるほど世界は単純では無い。しかし思いの刻まれた理性的行動は状況を動かす一手となる。
「行け、しもべたち。皆を守れよ！」
　意の刻まれた声に促されてヒールドローンの群れが複雑な動きで飛び回る。次いで、バジルが構える惨殺ナイフの刀身に兵隊アリが心の奥底にしまっていたトラウマが映し出される。次の瞬間その像は具現化して精神を激しく揺さぶる
「その程度なの？ 　兵隊サマが聞いて呆れるわねぇ！？」
　手にした鉄塊剣をくるりと回転させたメルーナは、気合いと共にそれを振り下ろす。
　直後、気配に気づいて身を逸らしかけた兵隊アリの身体を強かに打ち据える。
　重厚無比の一撃が生み出した破壊の力が衝撃音を轟かせ、身に受けたダメージの重さにより、兵隊アリは攻撃を掛けてくるケルベロスたちを無視してオウガメタルを殺すことは不可能だと気づく。
「邪魔だ。退け！」
　瞬間、突き出した槍が伸ばし、膝に力を溜めて前傾姿勢を取る兵隊アリ。
　その姿は艦砲弾の如き。
　轟音と共に衝撃が駆け抜ける。
　同時に跳ね上がった泥と自身の血が、痺れるような衝撃を受けたメルーナと浩そして前列にポジションを取る者の肌に付着して斑を広げる。
　衝撃に叩き付けられたナノナノが動かなくなり、飛び回っていたヒールドローンが悉く破壊されている。
　壮絶な質量による衝撃と同時に視界がぐるぐると回り、全身に激痛が走った。
　果たして、己の身の安全よりも救いを求めるオウガメタルを優先する行動をしただろうか、暗黒の樹海の中にいる敵意に満ちた追跡者の動向を顧みただろうか。
　喉が熱を帯び、呼吸できない違和感に喉に力を込めて咳き込めば、口の端からごぼりと音を立てて血が溢れ出る。
「お前たちも仲間の為に退く訳には行かんのだろう、俺も助けを求めた者を見捨てられん」
　震える声で言い放つと、何より俺はドラゴニアンだからだ。そのプライドと共に電光石火の動きで脚を振り上げた。真正面から叩き付けられた蹴撃は、衝撃音と共に黒光りする兵隊アリの体表で火花を散らし、それと機を同じくして超加速を始めたブレイが突撃してくる。
「救いを求める者を、俺たちは、見捨てはない！」
　叫びと共に激突した兵隊アリの身体は衝撃に揺さぶられ、そこに輝くオーラの弾丸が甲皮に食らいつく。
「こういうことで、堪忍するんですよぅ」
　ワーブの放った気咬弾だった。言葉と共に間合いを取る。先程の兵隊アリの攻撃を見れば一撃で落とされかねないことは容易に想像がつく。
「えいっ！」
　呟くように気合を一つ、エドワードは敵を破壊するイメージに意識を集中させた。
　兵隊アリの攻撃により体力の殆どを失っていた。手厚い治療を受けたとしても次の一撃を受ければ恐らくは耐えきれない、ならば敵にダメージを刻みたい。オウガメタルの切実な求めに応えることとなると信じて。
　瞬間、槍を構え直す兵隊アリが突如爆炎に包まれ、その身体は夜空高く舞上げられて、間もなく地上に激突して転がった。
「我、見えぬ、見ゆるども」
　詠唱と共に、夕と夜の狭間に舞い踊る炎の紅葉を包む込む満月の月光の如き、癒やしの力を帯びた光がゼンの傷を包み込む。
「翼の輝きよ、皆を癒したまえ」
　真が背中の羽根を広げる。瞬間、オーロラの如き発光現象が起こる、強力な癒力を持つ幻想的な光の帯は、傷ついた４人の傷を撫で、その痛みを和らげ、続けてバジルによってもたらされた薬液の雨が癒やしを重ねる。
「うおぉぉぉ！」
　雄叫びと共に前に出たワーブの獣撃拳が兵隊アリを深々と切り裂く中、メルーナはシャウトを発動し、浩は再び旋刃脚を繰り出す。
　刹那、感情など露わにしないかに見える兵隊アリの複眼が無念に満ちたように感じる。
　命と引き替えにしても達成すると誓った任務はもはや完遂出来そうに無いと、経験から来る勘が告げている。だが兵隊アリは、牙が軋みを上げるほどに顎を締めて、あらゆる物を絶ち切るが如き斬撃を乱舞させながら突進してくる。
　荒れ狂う斬撃にエドワードが倒れ、辛うじて耐えきった、ゼン、メルーナ、浩も体力の殆どを失う。そんなタイミングでブレイは胸の装甲を展開する。
「今だ！　超・電・拘トルネーーーードォ！！」
　直後、必殺の叫びと共に放たれた光の竜巻が兵隊アリを包み込み、その身体を宙高く毎上げ、数秒の後、地上に激突させる。
「その脳天、叩き割ってくれる！」
　機を逃さずに、高々と跳び上がり、真はルーンアックスを振り下ろした。
　そして言葉の通りに、あっけないほどに、兵隊アリの頭部を真っ二つに断ち割った。

●戦い終わって
　しばらくの間、兵隊アリの四肢はばたばたと動いていたが、頭部から流れ出る体液が土壌を潤すに間に動かなくなり、やがてその身体も闇に溶けるように消滅した。
　そして合流を果たせたオウガメタルの消耗も激しかった。
　だが救いを求めて伸ばされた手を握り返すことは、確かに出来た。
「命がけの覚悟、上等じゃない。確かに見せて貰ったわよ！」
「皆さん、大丈夫ですか？
「まぁ、これから先がどうなるかなんだよねぇ」
　これで万事が解決というわけでは無く、動き始めた大きな事態の始まりだという予感は誰もが抱いていた。
「オツカレサマ。って、のんびりはしていられないな」
　だからその思いを強く抱いていた真は素早く地図を広げ、オウガメタルの光が移動した線を描き入れる。
「この線を延ばした先に、アリのやってきた手がかりがあるはずだ。確かめて損はないだろう」
「何が起こるか分からない。気をつけるんだよ」
「分かっている。ちょっと見てくるだけだ」
　懸念を告げるゼンに軽く頷き返して、真は夜空に飛び立った。
　星と山の稜線を頼りに地図に引いた線の方向に進んで暫し不思議な感覚を覚える場所を通り過ぎた。
「……？！」
　奇妙な違和感に振り向いた真が目にしたものは、何かの膜に覆われたような隠された拠点だった。
（「そういうことか」）
　地図に『×』の印をつけると、真は撤退する仲間に合流するため急ぎ踵を返した。
　湿りを帯びたひんやりとした風が、夜の山肌を撫でるように吹き過ぎて行く。
　それはオウガメタルと共に帰路に着くケルベロスたちを優しく慈しむような風だった。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年6月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 4／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。