オウガメタル救出～渇望

■リプレイ

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　見下ろす山は黒く深い。
「ここにオウガメタルとローカストがいるのか」
　しんと静まり返ったヘリオン内で真夏月・牙羅（ドラゴニアン巫術士・e04910）が呟く。
　助けを求めるオウガメタルを案じつつも、ノイアール・クロックス（魂魄千切・e15199）はヘリポートに届いた様々な報告を思い出していた。良く利く夜目で眺める、僅かな月明りの差す闇。昏い木々の影に時折うぞうぞと蠢いて見えるものが例の蟻達だろうか。
　ローカストという種族の苦しみを思うと、可能ならば彼らへも手を差し伸べたいと考えてしまうが……今は、自分達にできることをするのみだ。
　心配そうにノイアールを見上げるミミックのミミ蔵に一度微笑んで、気を取り直すように両頬をぱしんと叩く。と、ほぼ同じタイミングで九石・纏（鉄屑人形・e00167）から声が上がった。
「救援信号だ」
　片眼鏡越しの黒い瞳が銀の発光を捉える。
　明滅を見失わぬうちに。各々照明器具を携え、ケルベロス達は光目掛けて宙へ躍り出た。

　浅く草の生い茂る山肌を滑るようにして銀の塊は脅威から逃げる。ぐにゃぐにゃと形を変えながら急ぎ進む様は必死さを感じさせた。
　だが、光は格好の目印なのだ。それを目指す、誰にとっても。
「観念しろ、従属風情が」
　背後から追い縋る罵声と牙がオウガメタルを切り刻まんとする。刹那、硬質な金属音が夜の木々に木霊し、兵隊蟻ローカストの動きが止まった。
「……貴様」
「ご挨拶としてはお行儀の悪い言葉ですね。貴様、なんて」
　ミニスカートを靡かせて兵隊蟻の攻撃を受け止めたラピス・ウィンドフィールド（天蓋の綺羅星・e03720）が挑発的に目を細める。縛霊手に阻まれた兵隊蟻が一歩下がれば、周囲に次々と現れる光源。
「今のうちに隠れるロボよ！」
　リミカ・ブラックサムラ（アンブレイカブルハート・e16628）の声に反応してか、ラピスの登場によって静止していたオウガメタルが再び逃走を始めようとする。
　無論、それをみすみす逃すようなローカストではなく。
「撃て」
　短く告げられた指示に従い、働き蟻の片割れがオウガメタルへと強烈な振動を含んだ音を放つ。彼らの狙いはあくまでもオウガメタルであり、ケルベロスではない。
「させない！」
　だが、それさえも防ごうと牙羅が立ち塞がった。ディフェンダー陣で身を挺してオウガメタルを庇い切り、牙羅の詠唱が怪物の姿を喚ぶ。
「正体不明！」
　呼び出された雷撃が働き蟻達を撃つ間に、オウガメタルはミスラ・レンブラント（シャヘルの申し子・e03773）の誘導に従って森の奥へと消えていく。苛立った様子を隠そうともせず、兵隊蟻は低く唸った。
「邪魔をするのなら屠るまでだ」
「ま、その辺お互い様かもな」
　するりと手袋を外しながら天羽・煤里（クレイジーハッピー・e23088）が返す。種の諍いに興味はなくとも、目の前の敵から立ち昇る強者の雰囲気だけで思わず笑みが零れそうだ。
「ハロー、強敵！」
　強く握った左手の地獄すら、嬉しそうに燃えた。

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　従えていたはずの『アルミニウム生命体』の離反はローカスト全体を震撼させたに違いない。
（「ローカストはもはや後はないといった感じかネ」）
　己の宿敵であるローカストは、どのような状況に置かれているのだろうか。
　仮面の下で、ふむ、と軽く唇を結んで、ルロイ・オッペンリバー（歪に揺蕩う湾曲白色・e19891）は戦況に視線を走らせる。戦闘自体は始まったばかりだが、オウガメタル発見と接敵が同時になった影響もあり、多少削れた状態からのスタートになってしまった。
　しかし想定外というほどのことでもないだろう。
　夜闇にも鮮やかな色とりどりの爆煙が仲間達を鼓舞して咲く。支援を受けて働き蟻へと走るリミカは、全力を籠めた回転拳を打ち込みながら力強く訴えかけた。
「オウガメタルの心の悲鳴が聞こえないロボか！？」
　いつの頃からか、共生を踏み越えて搾取する側とされる側へと変わってしまった関係。もしかしたらローカストにとっても本意ではないかもしれないその主従は、本当に仕方のないことなのか、と。
　オウガメタルの心情を汲むリミカに対し、兵隊蟻はきつく歯噛みした。
「富める者が！　我々はそうでもしなければ生きてさえゆけぬ！」
　彼らの現状は死線の境界上にあるのかもしれない。かつての友さえも喰らわねば生き残ることさえ難しいのだと吼える兵隊蟻の体内にもいるのであろうオウガメタルは、ローカストの言い分をどう感じるのか。
　憤りを露わにする兵隊蟻にも、彼の所属する騎士団の立場における考え方があるのだろう。が、煤里としてはそんなことはどうだっていい。ただ、強敵を連れてきてくれた礼にオウガメタルを助けてやる、その程度。
　硬い外殻を殴りつけ、反動で身を逸らした兵隊蟻の牙に噛み付かれても、伴う痛みごと高揚にすり替わる。
「はは、上等！」
　見開いた瞼、金の瞳が好戦的に敵を見据えた。やはり此処が――戦場こそが、己の在り処だ。
　とはいえ、一体一体がケルベロスを上回る戦闘力を有しているのは充分に実感に足る。先程、兵隊蟻の攻撃を庇ったラピスにも、相手の攻撃の重さ、威力は嫌と言うほど伝わっている。
　だからこそ、まずは邪魔な取り巻きを片付けてしまいたい。
　葉に覆われた空へ手を掲げ、ラピスは高らかに喚んだ。
「天空よりラピスが命ず、蒼き風よ来たれ！」
　ラピスの生み出した蒼き風は、放たれた先の働き蟻を呑み込んで渦巻く。黒い殻鎧に刻まれていく無数の傷は働き蟻の動きを阻害する呪詛を孕んでいた。
　まずは兵隊蟻の行動を制限しようと光弾を撃ちながら、集中砲火を浴びせられた働き蟻が鈍るのを確認し、纏はちらりとオウガメタルの隠れているであろう辺りへ目を遣った。
「救助とか柄ではないんだけど」
　口ではそう言いつつも、助けを求めている相手を見捨てるのも後味が悪い。
　これも纏の求むる平和と平穏に繋がる大事な戦いならば、
「まァ、やれるとこまでやってみるとしようか」
「ええ、諦めるわけにはいきませんから」
　相槌を打ったミスラが柔らかく指を組む。
「――報復には許しを　裏切りには信頼を　絶望には希望を　闇のものには光を」
　詠唱が重なるたび、前衛を包む力は強くなっていく。
　すぅと瞳を閉じ、小さな唇は祈りを紡いだ。
「許しは此処に、受肉した私が誓う　“この魂に憐れみを”」
　ミスラの籠めた祝福が仲間に加護を与えるのに続き、ノイアールも地面に星の方陣を描く。
　手を抜ける相手ではないことは百も承知の上で、兵隊蟻の言葉がノイアールの胸をちくりと刺す。負けるわけにはいかない、けれど、憐憫も拭い去れない。
　阻む者達と追う者達の戦いは、徐々に熾烈を極めていく。

●
　正直に言って、戦況は芳しくなかった。
　全体としての作戦に決定的な不備はなかったはずだ。それでも、状況は次第に良くない方向へと傾きつつあった。
「く、キツイな……ッ！」
　ディフェンダーとして仲間を庇いながらも、標的となっている働き蟻とは別の相手にも攻撃を向け、抑えるというのは、少々荷が勝ち過ぎたのかもしれない。牙羅は気合で立ち上がりはするものの、好機と見た働き蟻の一撃を受け、倒れてしまう。
　決して相手に手傷を負わせられていない訳ではない。現に、ローカスト達の行動は可能な限り阻害しているし、彼らにはその回復手段はないのだ。
　それでも、あと一歩。もう一歩が足りない。
　焦燥感が胸中を占める。重傷者は絶対に出さないと心に決めたルロイの眼に映る今の状況は正に正念場。
「メディックの意地を見せてやるさネ！」
　癒しの雨を降らせながらも、仲間の負傷状況の把握に神経を集中させた。こうなってくると最大の敵はヒール不能ダメージに思えてくる。
　リミカもまた、前衛として決着を急いでいた。
「もっと、相手の立場に立って考えるべきだったロボね」
　低く地を蹴った突撃で相手に詰め寄り、リミカが放った指天殺が、手傷を負った働き蟻の気脈へと突き刺さる。
　ゆっくりとその身を地へと沈める働き蟻を目の端で見るに留めて、リミカは兵隊蟻をビシッと指差した。
「でも時既に遅し、だロボ！！」
　まずは一体。
　安堵したのも束の間、今度は兵隊蟻が跳び上がり、煤里を狙う。咄嗟に飛び出したミミ蔵が盾となるも、負担は大きく。砕けた木片はそのまま光の粒子となって消えていった。
「……前、出るっすよ！」
　空気に溶けていく相棒へ「お疲れ様」と呟いて、ノイアールが事前に打ち合わせていた通りメディックからディフェンダーにスイッチする。
「標的を、兵隊蟻に！」
　ミスラの声にケルベロス達の攻撃対象が切り替わる。獄炎まとうゲシュタルトグレイブを叩き付けるミスラに続き、纏の手から爆弾が兵隊蟻へと投げつけられた。
「爆ぜろ」
　投擲に適した手榴弾の形をしたそれは、兵隊蟻に触れる直前で強烈な電撃を放ち、働き蟻をも巻き込む。
　相手が怯んだ瞬間を見逃さず、電撃の網を抜けて煤里が兵隊蟻へと肉薄した。
　竜爪の如き一閃が兵隊蟻を斬り裂こうとした瞬間、しかし攻撃は横合いから割り込んだ働き蟻に阻まれた。返す刀で斬りつけてくる刃状の器官が煤里の胴を真一文字に赤く染める。
　クラッシャーとして前衛を張り続けていた煤里の体力が限界を迎え、ついに膝が折れる。
「天羽さん！」
　倒れ込んだ煤里を守るようにして、ラピスのスターゲイザーが閃き兵隊蟻へと炸裂するも、相手には未だ余力が残されているように見えた。
　ラピス自身も次に誰かを庇えば、立っていられないかもしれないギリギリのところにいた。そうでなくとも、ノイアールがポジションを移り変わるまでに、自分が狙われる確率も高い。
　けれど。
「絶対退きません」
　怪我も恐れぬ気丈な瞳でまっすぐにローカストを睨み、ラピスは武器を構える。
　少しずつ顔を覗かせ始めた『撤退』の二文字は脳裏の奥底に押し込めて。

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　兵隊蟻の強烈な攻撃は疲弊したケルベロス達にとって脅威以外の何物でもなく、回復不能分が蓄積した状態では満足な回復量も見込めない状態が続く。
　壁役だったらしい働き蟻は兵隊蟻を狙う間に潰れた。だが、そこに至るまでのこちらの被害も相応に大きかった。悔しさに頬を歪めて、申し訳ありませんとラピスが地に伏せば、残るディフェンダーはノイアール一人だ。防ぎ切れない攻撃がリミカに流れ、ダメージソースの不足が深刻になり――遂に撤退条件が成立してしまう。
（「どうする……！」）
　相手の残存体力を推測し、纏は眉根を寄せる。
　このまま戦い続けて勝てるだろうか。行動阻害が上手く働けば可能かもしれないが、どうしても希望的観測の域を出ない。
　じり、と踏みしめた踵に伝わる湿った土の感触も、厭らしく粘ついて感じる。
　誰かの息を呑む音すらも響きそうなくらいの緊迫感に支配されそうな戦場の中、ノイアールが明るく言い放った。
「撤退、してくださいっす」
　半数が戦闘不能の状態で、倒れた仲間を支えた上でオウガメタルをも確保するのは難しいだろう。それでも、オウガメタルを見捨てずに、仲間達も安全に撤退させる方法がたった一つだけ。
　唯一にして最終の手段が、彼女には残されている。
「撤退……『してください』って……？」
　息を切らしながらミスラが確認する。
　ミスラの問いにはニッと笑みだけで答えて、ノイアールは兵隊蟻に向き直った。ちりちりと威圧を発するノイアールの背中にルロイが声を張り上げる。
「置いていける訳ないデショ！！」
　誰一人、絶対に取りこぼしたりなどしたくはないのだ。
「撤退するなら……！」
「そう言って貰えるのも嬉しいっすけどね」
　僅かに振り返ったノイアールの横顔が困ったように眉を下げる。
「どっちかっていうと、頑張れって応援してほしいなー、なんて、思うっす」
　徐々に変異していく身体に意識を持っていかれそうになっているにも関わらず、ノイアールは仲間達に攻撃が通らないように壁としての役割を継続する。
　尚も食い下がるルロイを何とか制し、纏は静かに言葉を零した。
「無駄にしない」
　全ての者にとって苦渋の決断であっただろう。纏の声音にも決断に至る決意が乗る。把握しておいたオウガメタルの位置に素早く駆け、救助対象の無事を認めたミスラも頷く。
「オウガメタルのことは、私達に任せてください」
「頼んだっすよ」
　ノイアールはもう振り返らなかった。

　毛の逆立つような、焦燥に似た昂り。心臓が早鐘を打つ。
　ぞわぞわと背筋を上る得体の知れない興奮が脳髄を絡め取り、思考も肉体も『手段』に塗り換えられていく。
　頭の芯の妙に冴えた部分だけが目的を訴え続けるが、それを聴く者は誰もいない。
　ざぁ、と髪を振り乱し、灰塵を築く異形は口端を吊り上げる。
　数瞬ののちには、粉々に砕かれた蟻だったモノだけが暗い森にあった。

作者：鉄風ライカ	重傷：ラピス・ウィンドフィールド（天蓋の綺羅星・e03720） 真夏月・牙羅（ネコゴニアン・e04910）  死亡：なし 暴走：ノイアール・クロックス（菫青石の枯草色・e15199）
種類： 公開：2016年6月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：失敗…
得票：格好よかった 11／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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