●狂愛母帝アリア
山陰地方の山奥。
人跡未踏の山肌には、働きアリローカストによって作り出された異形の建築物が立ち並んでいる。
異形の建築物はそれ自体が生命体のように有機的に積み重なっており、更に、上空や周辺から完全に隠蔽される構造となっていた。
この異形の建築物の中心にある宮殿には、アリ系ローカストの支配者たる、狂愛母帝アリアが鎮座し、ローカストのゲートの地球側出口を守護していた。
そのアリアの元に、兵隊アリローカストの一体が駆け込んでくると、緊急の報告をする。
「大変です、アリア様! ゲートから大量のオウガメタルが出現、我等の制御を受け付けず、都市区域から逃走しようとしています!」
大量のアルミニウム生命体『オウガメタル』がゲートから現れ、そして、逃走しようとする。
この事態は、狂愛母帝アリアにも予測不能だった。
だが、最も重要なゲートの守護を任された実力者であるアリアは、すぐに打開策を考え実行に移す。
「今すぐゲートに向かい、ゲートを一時閉鎖する。お前達はただちに出撃し、逃げ出したオウガメタルを一体残らず殲滅するのだ。奴らが、他のデウスエクスやケルベロスの元に逃げ込めば、我等のゲートの位置が割り出されてしまうやもしれぬ」
その言葉に、弾かれるように退出した兵隊アリローカストに見向きもせず、アリアはゲートへと向かった。
●戦経て
黄金装甲のローカスト事件を解決したケルベロス達は、黄金装甲化されていたアルミニウム生命体と絆を結び、結果、幾つかの事実を知る事になった。
まず一つ目。
彼らの真の種族名は『オウガメタル』ということ。
二つ目は、オウガメタル達は自分たちを武器として使用してくれる者を求めていること。
そして、現在オウガメタルを支配しているローカストはグラビティ・チェインの枯渇を理由に、オウガメタル達を使い潰すような使い方をしているというのが三つ目で、特に黄金装甲化はオウガメタルを絶滅させる可能性すらある残虐な行為であるというのが四つ目。
これらを経て、オウガメタル達はケルベロス達に求めている。
自分たちを助けて欲しい、と――。
●絆結びし先に
「オウガメタルの窮地を感じ取ったのは、彼らと絆を結んだケルベロスの皆さんです」
ケルベロスに助けを求めたオウガメタル達は、ローカストの本星よりゲートを通じて脱出し、地球に逃れて来たらしい。
これまでの経緯を語り、リザベッタ・オーバーロード(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0064)は更なる未来に踏み込む。
「ですが、ゲートは最重要拠点。護衛のローカスト軍勢がいない筈はありません。このままでは、オウガメタル達は一体残らず殲滅されてしまうでしょう」
相手は絆を結んだ存在。
どうして助けを求める声を無下に出来ようか。
「オウガメタル達がローカストに追われている場所は解っています」
そこは山陰地方の山奥だと、今すぐにでもヘリオンを駆らんとする勢いのリザベッタは言った。
そしてリザベッタは願う、オウガメタルを助け、追っ手のローカストを撃破して欲しいと。
「この作戦に成功すれば、オウガメタルを仲間に迎えられるだけでなく、ローカストの重要拠点であるゲート位置を特定する事も可能になるかもしれません」
事は火急にして重要。当然、その分だけローカスト達の反撃も苛烈になるだろう。
けれど、それでも。
応えたいのだ、応えて欲しいのだ、助けを求める絆があげる悲鳴に。
「ローカスト達は、1体の兵隊蟻ローカストが数体の働き蟻ローカストを率いる編成で、逃走するオウガメタルを山地の広範囲を探索、殲滅を行っているようです」
ヘリオンで現地に到着するのは、夜半過ぎ。
逃げるオウガメタルは発信信号のように銀色の光を放っているので、ケルベロス達はそれを目標に地上へ降下する作戦を執ることになる。
ただ降下にはどうしても誤差が生じてしまう。けれど、百メートル以内の位置には降下できるだろうから、合流はさほど難しくはない筈だ。
「兵隊蟻ローカストの方はかなりの戦闘力を持つ上に、ゲートを護るという役割から、危機的状況に陥っても逃げ出さないと思います。対して働き蟻ローカストの方は、兵隊蟻ローカストが撃破され状況が不利だと悟れば逃亡しようとするかもしれません」
戦闘が本来の役割ではない働き蟻ローカストならではの性分。とはいえ、一体でケルベロス数人分の戦闘力を有しているので、決して侮れない。
「正直、こんな展開になるとは予想していませんでした」
今の素直な気持ちを吐露し、けれどリザベッタ化力強い瞳で締め括る。
「ケルベロスを……皆さんを頼って逃げてきた相手を見捨てる訳にはいきません。ですから、どうかお願いします。オウガメタル達を助けてあげて下さい」
「ケルベロスを……皆さんを頼って逃げてきた相手を見捨てる訳にはいきません。ですから、どうかお願いします。オウガメタル達を助けてあげて下さい」
参加者 | |
---|---|
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550) |
立花・ハヤト(白櫻絡繰ドール・e00969) |
超宗我部・雪兎丸(五線譜の檻からの解放者・e01012) |
卯京・若雪(花雪・e01967) |
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873) |
リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468) |
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289) |
月代・風花(雲心月性の巫・e18527) |
●君呼ぶ光
上空から見えた光は、蛍のように強くなったり弱くなったりしていた。
「向こうです!」
降下の最中も瞬きから目を離さなかったリディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)は、大地へ足を下ろすやいなや一方向を示す。
「待ってろよ。今、行くぜ」
着地、即座に反転。
身軽な格闘トランクススタイルの相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)は、鍛え上げた筋肉を撓らせ走り出した。
(「助けてくれと頼まれた以上はな……」)
黄金装甲のローカストとの一戦で触れたオウガメタルの意識。受け取った仲間の救済を求める願いは胸に熱く、素足の男は見る間に加速する。その道筋を示すように草木が身を退くのは、泰地が纏う衣が持つ特性の恩恵。
「ありがてぇな」
鬱蒼と繁る緑を掻き分ける面倒の不要さに感嘆しつつ、天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)は暗視ゴーグルの先に覗く世界で、目星となりそうな樹にチョークで目印を刻む。
此処から先、待ち受ける敵は強大。万一に備えれば、速やかな帰路の確保も疎かにはできない。
かくて彼らは懸命に疾駆した。自らの足元を照らす光さえ、最小限にして。その努力は、すぐさま結実する。
「少し左です」
「きっとあいつらだ!」
注意深く周囲に視線を巡らせていた卯京・若雪(花雪・e01967)の声に、泰地が確信を叫んだ。
果たしてその確信は正しく。若雪が木々の先に見つけた小さな光は、徐々に大きくなっている。
「ウーハー君、盾になれ」
隣を往かせていたミミックを一歩先に出し、超宗我部・雪兎丸(五線譜の檻からの解放者・e01012)は喉の力を入れた。
「ユッキーだ!!! 地獄の狂犬が来てやった!」
天性の音楽格闘家らしいシャウトを更に強化した鋭く突き刺すような咆哮が、森を貫く。
(「地球人はよ、ガキの頃から蟻の巣を見つけたら水を流し込んだり、掘り返したり。無邪気に巣を崩壊し蟻を蹂躙しやがる。ただの興味本位で」)
雪兎丸が胸に飼う想いは様々に――けれど。
「ユッキー達の後ろまで走れ! 若しくは飛べ!」
サキュバスの男は、オウガメタルの為に強く、激しく、到来を告げる声を届ける。そうすれば、進行方向から森を割る音が近づき始めた。
「見えました!」
探し求めた銀姿に、今にも追いつきそうな蟻の異形。それらを視界に見止め、立花・ハヤト(白櫻絡繰ドール・e00969)は纏っていた隠行用の黒衣を振り払ってミサイルポッド射出の構えを取る。
「助けに来たよ!」
転げる勢いで、月代・風花(雲心月性の巫・e18527)がオウガメタルとローカストの間に身を割り入れた。
「わたし達を信じて。危なくない場所に隠れていてね」
「あの木の蔭付近なら安心です」
言葉は通じていないだろう。でも、きっと想いは届いた。マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)と若雪の願った通り、救援を求める発光を止めた銀色はするするとケルベロス達の後方へ身を潜ませたのだから。
●電光石火
抑えていた光源を全開にすると、真夜中の戦場が照らし出される。
「我らの邪魔をするか!」
追っ手は、すぐに事態を悟った。兵隊蟻と思しき一体が、すかさず手にした槍を前へと突き出す。その突端は最も勢いよく駆けていた泰地へ向けられたが、一瞬早く滑り込んだウーハー君を貫く。
「ぬおおおおおおおおおお!!!!」
直後、護られた男が雄叫びと共に全身から、対峙する者を圧倒する波動を噴き上げる。恐怖の念を植え付けられた働き蟻たちの脚がビクリと竦んだ。
「逢瀬の最中、失礼します。良ければ私達とも、お相手下さい」
優しさより今は強さを。長い髪を払って左頬に施した戦化粧を晒し、リディアは怯んだうちの手近な方へ極限まで高めた意識を注ぎ爆ぜさせる。
「戦場で足を止めてはなりませんよ? 格好の的になってしまいかすから」
幼く見える面差しでくふりと敵を挑発したハヤトは、無数のミサイルの雨をローカスト達の頭上へ降り注がせた。
「……クッ」
「ヤッタナ!」
被った痛みに背を押されでもしたか、働き蟻が自分たちを襲ったリディアとハヤトへ牙を伸ばす。
「害虫はさくっと退治しないとな。ミッション開始しようぜ」
けれどその一手が二人の命を大きく削ってはいないと見て取った陽斗は、事前の心算通りに若雪へ満月に似たエネルギー光球をぶつける。そこに秘められていたのは、破壊力を増す加護。受け取った若雪は、ゲシュタルトグレイブを手に最も傷深きデウスエクスへ迫る。
淡い茶色の髪をふわり舞わせ叩き込んだ回転撃に、働き蟻の一体が大きく仰け反った。が、もう一体が援護に回る素振りはない。
「彼らは連携が取れていないようです」
「それは好都合だね!」
若雪が状況から読み解いた朗報に、風花は口元を綻ばせた。
「人じゃなくても、助けを求められたら放ってなんかおけないよね。だって、困ってる誰かを助ける為に私はケルベロスをしてるんだから!」
人々を鼓舞する魔力を内包させた巫女装束の袖を払い、風花は御業を繰る。
「……さぁ、世界一お節介な地獄の番犬の力を見せちゃおうよ!」
迸った紅蓮の炎弾は、過たず追撃となって翳りを見せ始めた一体を灼く。
「ウーハー君の回復は任せたぜ」
「うんっ」
並び立つマイヤに一つ請うた雪兎丸が練り上げる力は、彼だけのグラビティ。
「ユッキーの美声を聞ける事を誉れに戦えご飯共! 貴様等ならの牙を星さえもユッキーが届かせてやる貴様等のハートごと貫いて飛ばしてやるぜ」
解き放たれた縦横無尽な歌声が、最前線に立つ同朋の脳内を蹂躙する。あまりに暴力的な旋律に、既知の間柄であるハヤトが「みせおさ……」と目を丸めもするが、逆にその歌から逃れようと意識は戦いへ集中していく。
(「皆、すごい」)
眼前で繰り広げられる苛烈な戦いに、マイヤはきゅっと眉を寄せた。
真っ暗な山の中は、それだけで怖い。しかも敵だって強い。ぶつかりあう気迫には、思わず息を飲んでしまう。
(「でも、助けてって声をほっとけない」)
「ラーシュ……頑張ろうね。わたしが皆を支えるんだ!」
心強い相棒であり兄的存在のボクスドラゴンと目を合せ、マイヤは高らかな決意で自らを鼓舞すると、求められた癒しを全力で届ける。
ケルベロス達の行動には、僅かの乱れもなかった。
「侮るなァッ! 我はアリア騎士の一員なり!」
故に、アリア騎士の一員を名乗った兵隊蟻が、再び苛烈な一撃をウーハー君に見舞っても、誰一人冷静さを失ったりはしない。
「生憎と、これっぽっちも侮ってなんかないんだよ」
泰地が縛霊手の掌から巨大光弾を迸らせる。行動阻害因子を撒くのに長けた役を担う男の一撃に、ローカスト達は翻弄される。
そこへリディアが狙い定めた働き蟻へチェーンソー剣で斬り込めば、節と節で構成された脚が踏鞴を踏んだ。
「クソッ、クソッ」
同朋の腕が泰地を穿ったのに対し、覚束ない足取りで前へつんのめった働き蟻が悪態を吐く。
しかし、哀れな労働者の命運もここまで。
「残念だったな」
相手の衰弱ぶりを判断し、陽斗は電光石火の蹴りを繰り出す。胴体の中程、急所を貫かれた働き蟻は、断末魔を上げる余韻さえなく息絶えた。
●峻烈
騎士の槍が唸りを上げる。泰地を貫かんとする穂先に、陽斗は身を投げうつ。
「貴様っ」
「お前の相手はそっちじゃねぇ、浮気してんなよ?」
熱い、と感じる衝撃を口の端で笑い、命が吸い上げられる感覚に耐えた。全身が震える程の痛みはあるが、ローカストから伝わってくる口惜しげな気配の方に軍配が上がる。
それに。
「ったく、休む間は無しか」
「待ってて、すぐに治すよ」
後方では雪兎丸とマイヤが回復の準備に入っているし、足りない分は己が錬成気功術で補えるだろう。
互いに目の前の相手を殲滅するのが狙いの戦いは、苛烈を極めた。兵隊蟻の異形に最初の獲物と定められたミミックは、耐えきれず既に倒れている。とは言え、デウスエクス側の手数が一つ減っているのは、ケルベロス側にとって非常に有益だった。主力級ではないにせよ、被るダメージが少なければ、その分だけ戦況は読み易い。
「うおぉっ!」
幾重にも被らされる縛めが厄介だと敵に判じられた泰地の蹴りが、兵隊蟻の脇腹を打ち据える。ッハ、と漏れた憎々しげな息は、重ねて付された行動阻害因子のせいだろう。
明らかな苛立ちを目に、若雪はローカストが今なお纏うオウガメタルへ訴えた。
「仲間を狩る為の武器として使われるのは苦痛ではありませんか? 仲間の命運が掛かっています、共に抗う事は出来ませんか……!」
救える命なのならばという切なる想い。しかし、返されたのは騎士の嘲笑。
「黄金装甲ならともかく。これっぽっちのオウガメタル、我が意思に反しよう筈もない!」
漆黒の胸を反る様は、まるで勝利を手にしたかの如く。駄目で元々を覚悟していたとは言え、若雪の胸は苦しく締め付けられる。
「そういう事でしたら……咲き誇れ」
流れる様に、舞う様に。若雪は白刃を抜いて閃かせ、兵隊蟻の肩に疵を刻んで幻の花を咲かす。
ちらり視線を移すと、未だ存命の働き蟻の懸命な戦いぶりが目に入った。
種の命運がかかっているのは、虫たちも同じ。確かに人も理不尽な行いをする事があるが、だからと言って悲痛な叫びを見過ごしは出来なくて。
(「奪い合わず、双方命を繋ぐ手立てはないのでしょうか」)
得られぬ答が、只々哀しかった。
「ハヤト、ちゃんと立っとけよ!」
雪兎丸の癒やしに添えられた野次に、ハヤトは凛と顔を上げて戦場を見渡す。穿たれた胸は未だじくじく痛みを叫ぶが、背中に守った泰地の無事は誇らしい。それに、受けた傷もマイヤが届けてくれた光の盾によって消え去る。
「無理はするなよ」
同じ役割を担う女を気遣った陽斗は、風精の加護を宿す翅靴でデウスエクスの腹部を打つ。見た目は風に揺れる花の如き優雅な一撃は、重く激しい。
「流石に厄介な相手です」
素早く兵隊蟻の全身をくまなく見遣り、ここぞと決めた鎧の接合部へリディアが得物を突き入れた。
「っ、手応えは十分なんですが」
それでも、鎧に無数の罅は入ったが本体を砕く所までは至らず。
「騎士を名乗るだけあるねっ」
リディアの真後ろにピタリとついてローカストとの距離を詰めた風花は、敵の頑健ぶりに感嘆を零す。勿論、働き蟻の動きも侮れはしない。直前に貰った蹴撃は急ぎ癒す程ではなかったけれど、相応のダメージを残してくれている。
(「でも、絶対に皆で無事に帰るんだよ!」)
髪に飾った日緋色金から勇気を貰い、風花は雲竜の意匠が施された鞘から霊刀を抜く。
「っ!」
そうして軽く腰を落として左から右へ鋭く切り払えば、ジンと痺れる感触が掌に残った。
(「……やった?」)
切っ先を追った瞳をデウスエクスへ戻すと、相変わらず顔色変えず――覆う仮面で実際には見えないのだけれど――泰然と立っている。
だが。
「何処を見てらっしゃるんです? 貴方のお相手はわたくしに御座います」
近くの機を蹴りつけ宙へ躍ったハヤトが、回転させた腕を頭部に見舞った直後、変化が起きた。
「……っくぅ」
遂に耐えきれなくなったのか、果敢な騎士が膝をついたのだ!
「今です、畳み掛けましょう」
刃に雷の霊力を帯びさせた若雪が走る。繰り出された神速の突きに、胸部を守る鎧が弾け飛んだ。
「ラーシュもお願い!」
マイヤの願いを受け取ったのか、はたまた自ら状況を察したのか。マイヤの隣に在ったボクスドラゴンが翼をはためかせて兵隊蟻ローカストに突進した。
「、くっ」
衝撃に、漆黒の体躯の上半身が揺れる。
「生意気な! させぬぞ、させぬぞ!」
気力を振り絞り、黒の騎士が再び立ち上がって泰地へ斬り込む。けれど、伸ばした牙は目標へ届く事無く、草生い茂る大地へ突き刺さった。
「何を、見ているか! 貴様も命を捧げよ!!」
「ッ、ハ!」
叱咤された働き蟻が、慌てたように腕からカマキリの刃のような鎌を展開する。懸命に駆けた脚は泰地の元へ届き、振るった切っ先は確かに獲物を捕えた。
しかし、ケルベロスとローカスト。オウガメタルを巡る峻烈な戦いの行方は、既に定まっていた。
●君と共に
「おーっと、足が滑ったぜ」
軽々に嘯いた雪兎丸の重力に引かれた脚先が、騎士の触角が生えた頭部を激しく打つ。
ウーハー君の守りはないが、体力方面に不安を抱える雪兎丸でも飛び出せるだけの状況が、彼の眼前にあったからだ。
「待っててね」
陽斗の脇腹に残る槍痕をマインドリングの力で癒しながら、マイヤは背後の木陰に身を潜めるスライムにも似る銀色の命たちを振り返る。
「もうすぐ終わるから」
贈る安寧の言葉は、すぐ先の未来を確信した為。ラーシュが破壊の吐息を敵へ吹きかけると、希望は現実にまた一歩近付く。
「退かぬ、ただでは退かぬっ!」
吼える気迫は最初と変わらず、されど不安定な足元ではただの虚勢。しつこく狙われる泰地を守ろうと反射的に動いたハヤトからは数歩遠い大地に、蟻の騎士は頽れた。
「それでも、手加減はしないぜ!」
「ま、多少の哀れは感じるけどな」
青を基調としたガントレットで覆われた右手の指一本で触れた首筋から、泰地が兵隊蟻の気脈を断ち。陽斗が放った魂喰らう一撃に、熾烈な戦いを繰り広げてきたローカストが遂に地に手をつく。
「この一撃は避けられないんだから、風牙!」
生まれる連撃の波に乗り、風花は目にも留まらぬ速さで斬霊刀を振り抜いた。
「……ッぐぅ」
斬り飛ばされた腕に、兵隊蟻の口から苦痛が漏れる。それでも叫びを上げないのは、騎士の誇り故か。
「この一撃で過去を撃ち抜き、未来への扉を開きます。そして――」
苦しい息遣いさえ聞こえてきそうな距離から、リディアは一歩退く。
「手を伸ばし、掴み取るのです。望む明日を」
そうして静かにアリア騎士を見遣り、リディアはアームドフォートに接続した二対四枚の収束翼を展開する。
「グラビティ・チェイン、収束開始」
「ヒィッ」
膨れ上がる膨大なエネルギーの気配に、働き蟻が後退った。おそらく彼はこの一撃が決まった時、逃げ出すだろう。確かな予感を胸に、しかし追うつもりのない若雪は、運命の瞬間を静かに待つ。
「照準補正完了。射線クリア。R-1、発射します!」
「クァァッ……――」
リディアの緑の髪を逆巻かせ発射された高出力の破壊光線。刹那の間だけ森を真昼に染め上げた白は、デウスエクスを飲み込み、その命を夜天に散らした。
「終わったぁ」
再び戻った静寂の中、マイヤは安堵を呟きオウガメタルの傍でへたりこむ。寄り添うラーシュは、少女の健闘を讃えるように胸を張っている。
「嘆き苦しむ夜は、今日で御終い」
案の定、逃げた蟻には目もくれず。若雪は救った命へ手を伸ばす。
――帰りましょう、一緒に。
来たる朝は、きっといつもより少し明るいだろう。
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年6月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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