オウガメタル救出~兵蟻を打ち砕け

作者:天枷由良

 山陰地方の山奥。
 人跡未踏の山肌には、働きアリローカストによって作り出された異形の建築物が立ち並んでいる。
 異形の建築物はそれ自体が生命体のように有機的に積み重なっており、更に、上空や周辺から完全に隠蔽される構造となっていた。
 この異形の建築物の中心にある宮殿には、アリ系ローカストの支配者たる、狂愛母帝アリアが鎮座し、ローカストのゲートの地球側出口を守護していた。
 そのアリアの元に、兵隊アリローカストの一体が駆け込んでくると、緊急の報告をする。
「大変です、アリア様! ゲートから大量のオウガメタルが出現、我等の制御を受け付けず、都市区域から逃走しようとしています!」
 大量のアルミニウム生命体『オウガメタル』がゲートから現れ、そして、逃走しようとする。
 この事態は、狂愛母帝アリアにも予測不能だった。
 だが、最も重要なゲートの守護を任された実力者であるアリアは、すぐに打開策を考え実行に移す。
「今すぐゲートに向かい、ゲートを一時閉鎖する。お前達はただちに出撃し、逃げ出したオウガメタルを一体残らず殲滅するのだ。奴らが、他のデウスエクスやケルベロスの元に逃げ込めば、我等のゲートの位置が割り出されてしまうやもしれぬ」
 その言葉に、弾かれるように退出した兵隊アリローカストに見向きもせず、アリアはゲートへと向かった。

「黄金装甲のローカスト事件を解決したケルベロスの皆は、黄金装甲化されていたアルミニウム生命体と絆を結ぶことが出来たみたいだわ」
 そして、そのお陰で様々な情報が得られたと、ミィル・ケントニス(ウェアライダーのヘリオライダー・en0134)は切り出した。
「彼らアルミニウム生命体は『オウガメタル』という名の種族で、自分たちを武器として使ってくれる者を求めているわ。けれど、現在オウガメタルを支配しているローカストは、グラビティ・チェインの枯渇を理由に、オウガメタルを使い潰すような使い方をしているようなの」
 特に黄金装甲化は、オウガメタルを絶滅させる可能性すらある残虐な行為だと言う。
「この状況から脱しようと、オウガメタルたちは助けを求めてきた。そして今、彼らと絆を結んだケルベロスの皆が、その窮地を感じ取ったわ」
 なんとオウガメタルたちは、ローカストの本星からゲートを通じて脱出、ケルベロスを頼って地球に逃れてきたようなのだ。
 しかし最重要拠点であるゲートには、当然ローカストの軍勢が待機している。
 そのローカストたちによって、オウガメタルたちは遠からず一体残らず殲滅されてしまうだろう。
「オウガメタルたちが追われている場所は、山陰地方の山奥よ。今すぐ現地へ急行してローカストを撃破し、オウガメタルを救助しましょう」
 この作戦に成功すれば、オウガメタルを仲間に迎えるだけでなく、ローカストの最重要拠点であるゲートの位置を特定する事が出来るかもしれない。
 しかし、ゲートの位置に関わる事から、ローカストたちの攻撃も熾烈になるだろう。
「ローカストたちは、兵隊アリローカスト一体が働きアリローカスト数体を率いた群れで、山地の広範囲を探索して、逃走するオウガメタルの殲滅を行っているようなの」
 ヘリオンが現地に到着するのは夜半過ぎ。
 逃げるオウガメタルは銀色の光を発光信号のように光らせているので、それを目標に降下すれば、オウガメタルの近くへ降下する事が出来るだろう。
 降下には誤差がある為、すぐそばに降下することは難しいが、百メートル以内の場所には降下できるはず。合流は難しくない筈だ。
「追っ手である兵隊アリローカストの戦闘力はかなり高く、ゲートを守るという役割も担っているせいか、どんな不利な状態になっても決して逃げ出す事は無いでしょう」
 働きアリローカストは戦闘が本職ではないが、それでもケルベロス数人分の戦闘力を持っている。しかし此方は、兵隊アリが撃破され状況が不利だと思えば、逃げ出す可能性があるようだ。
「ローカストの支配から逃れるため、決死の行動に出たオウガメタルたちを見殺しには出来ないわよね。彼らの勇気に応えて、必ず助けだしてあげましょうね!」


参加者
佐竹・勇華(勇気の歌を力に変えて・e00771)
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)
リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)
狼森・朔夜(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e06190)
十守・千文(二重人格の機工巫女・e07601)
神籬・聖厳(日下開山・e10402)
ランジ・シャト(舞い爆ぜる瞬炎・e15793)
朝影・纏(蠱惑魔・e21924)

■リプレイ

●輝きの元へ
 見下ろす暗がりの中に、眩い銀の光が煌めいた。
 ――あれがオウガメタルだ!
 護るべきものを見つけたケルベロスたちは頷き合い、ヘリオンから飛び出していく。
 山肌に降り立つと同時に明かりを灯して、狼森・朔夜(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e06190)は手早く仲間たちの様子を確認すると、ランジ・シャト(舞い爆ぜる瞬炎・e15793)に先を行くよう促した。
 応じたランジが先頭に立って進み始めれば、行く手を遮る木々がひとりでに曲がり始め、ケルベロスたちを招き入れるかのように道を作り出してくれる。
 森の小路を先導するランジの後ろに付いたドワーフの神籬・聖厳(日下開山・e10402)が、僅かな灯りで真昼と同等の視界を確保できる夜目を用いて進軍をサポートすることで、ケルベロスたちは平野を走るのと遜色ない速さで山を駆けていった。
「……! あれだね!」
 再び強い光を目にして、姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)が指し示した木々の合間に辿り着くと、そこには不定形の銀色が佇んでいる。
「どうやら、ローカストよりも先に見つけることが出来たようですね」
 辺りを見回しながら言って、リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)は銀の塊に目を向けた。
 追手が辿り着いていない以上、恐らくこの生命体は健在であると判断して良いのだろう。
「……何ぞ、奇妙な生物じゃな」
 しげしげと眺めた聖厳が、意思の疎通でも図れないかと手を伸ばしてみると、銀色の塊は二つに、にゅるりと分かれた。
「わっ! びっくりしたー。……やっほー、こっちがオウガメタルくんで、こっちがオウガメタルちゃんかな?」
 ロビネッタは持っていたスカーフとウィッグを取り出して、それを巻きつつ被せつつ、話しかけてみる。
 反応はなく、どうやら会話は成立しないようであったが、しかし発光を止めたオウガメタルからは、助けを求めるような意志がひしひしと伝わってきた。
「大丈夫、安心してね」
 山の散策には些か不似合いなバニースーツ型フィルムスーツを纏った、佐竹・勇華(勇気の歌を力に変えて・e00771)がオウガメタルの側に屈みこんで言う。
 その心に漲る強い決意を感じ取ったのだろうか、オウガメタルは落ち着きを取り戻したように一つの塊に戻って、スカーフとウィッグがぱさりと落ちた。
「私達は、あんたを……あんた達を助けに来た」
 言葉を継いだ朔夜が、何処か敬うような気持ちを込めていたのは、自身が神造の兵器として使役されていた者たちを始祖に持つウェアライダーであるからだろうか。
「蟻は私達が倒す。落ち着いて、近くに隠れていてくれ」
 朔夜が告げると、オウガメタルは茂みの中にするすると移動していった。
「彼らの勇気……ここで潰すわけにはいかないね」
 十守・千文(二重人格の機工巫女・e07601)が言って、敵襲に備えて辺りを警戒する。
 それを夜目で手伝いながら、聖厳は小さく息を漏らした。
(「まさか、デウスエクスを助ける日が来ようとはのぅ……」)
 しかし、助けを求める者に、その声に差異はない。
 何とか彼らを救ってやろうと、それは聖厳だけでなく集った全員が共にする想いである。
(「……今度は、私が手を差し伸べる側に」)
 追われる身の異種族に己の境遇を少しばかり重ね、朝影・纏(蠱惑魔・e21924)は身の内に静かな決意を湛えて、茂みを見やった。

●追跡者
 ケルベロスたちの姿は灯りに照らされ、闇の中に浮き上がっている。
 それは追手に対して存在を知らしめることに他ならなかったが、千文の索敵を補佐する聖厳の夜目が、敵の急襲を許しはしなかった。
「見えておるぞ」
 威圧するのではなく窘めるような声で聖厳が告げると、黒い鎧の騎士らしき者と、それに付き従う二体のアリ型ローカストが姿を現す。
「……この事態、貴様らの差し金か」
 苦々しい物を含みながらも、意外や落ち着いた物言いで尋ねてきた騎士――兵隊アリのローカストに、聖厳は怯むことなく、あくまで諭すように言い返した。
「オウガメタルが逃げた原因ならば、それはお主らに責がある。兵を引き、反省しておれ」
「そうは行かぬ。あれを貴様らに、他の種族に渡すわけにはいかんのだ……!」
 我らが、生き延びる為に。
 呟く兵隊アリは、伴う二体の働きアリへ手を振った。
「その為なら逃げたオウガメタルを皆殺しにもする。……本当、反吐が出る連中ね」
「オウガメタルの引っ越しを邪魔するなんて、それでも蟻さんなの!? 蟻さんなら引っ越し手伝ってよ、ばか!」
 吐き捨てるランジ、がなり立てるロビネッタを無視して、働きアリたちは、じわりじわりと距離を詰めてきた。
 余地も猶予もない。
 兵隊アリがケルベロスを打倒し、オウガメタルの居所を吐かせようとしているのは自明の理であった。
「……いいわ。身の程ってのを思い知らせてあげる」
 ランジが星辰の剣を構え、敵を睨めつけた瞬間。
 働きアリが地を蹴って、兵隊アリが木々を薙ぎ払わんばかりの音波を発してきた。
 勇華が咄嗟に右手の縛霊手を振るって霊力を帯びた紙兵を撒き、ランジは剣で星座を描いて守護の光を放つ。
 それは前衛後衛、ケルベロスたちのほぼ全てを庇護の下に置いたが、音波は紙兵が展開されるよりも僅かに早く前衛陣に到達していた。
 身体が激しく揺さぶられ、内臓をかき混ぜられるような痛みに気が飛びそうになる。
「しっかりするのじゃ!」
 聖厳が攻性植物に黄金の果実を宿らせ、放たれる輝きで仲間たちの朦朧とする意識を呼び戻しながら傷を癒した。
 しかし、突撃する働きアリの飛び蹴りが紙兵を砕きながら勇華のみぞおちに炸裂して、もう一体の牙はランジの肩口に深々と突き刺さる。
 働きアリたちの動きは洗練されたものではなかったが、がむしゃらである分、より大きな傷跡を二人に残した。
「十守!」
「分かってます! だよ」
 短い呼び掛けに応えて、千文は半透明の御業で作り上げた鎧を朔夜に被せる。
 御業の加護を受けた朔夜は足元に転がっていた小石を手早く掴みとって、気を送り込みながら働きアリたちへと投げつけた。
「くらえ!」
 ただの小石だったそれは、働きアリの身体に当たるなり次々と爆ぜ、破裂音と閃光によって敵の身を竦ませる。
 そこへリコリスが大量のミサイルを撃ち込んで、アリたちを勇華とランジから引き剥がすと、働きアリの一体にロビネッタが鋭い蹴りを、続けざまに纏が降魔の一撃を叩き込んだ。
「ギィッ……」
 呻き声を上げる働きアリ。
 その体内にある僅かなグラビティが、纏に吸い上げられていく。
「堪えろ! 我らの敗北が意味すること、貴様らとて分かるはずだ!」
 兵隊アリが叫び、もう一体の働きアリに援護するよう促して飛び上がった。
 よく狙いすまされた強烈な蹴りが纏へと襲いかかるが、それは友を庇って割り込んだランジに、身体を張って受け止められてしまう。
「ランジ……!」
「っ……大丈夫よ、纏ちゃん。この程度、どうってことないわ!」
 裂帛の叫びを上げて痛みを吹き飛ばし、ランジは遅れて飛び込んできた働きアリの蹴りからも纏を守る。
「くっ……やはり此奴らでは……」
 兵隊アリが働きアリたちを見やって零した声は、音波から立ち直った勇華が縛霊手から放った巨大な光弾に、働きアリたちの体ごと飲み込まれてしまった。
「攻撃を一体に集中させて! 確実に減らして行こう!」
「よーし、目印をつけて分かりやすくしちゃうね!」
 勇華の呼び掛けに答えて、ロビネッタが大口径のリボルバー銃を連射する。
 纏に力を吸われていた働きアリの、黒々とした外殻に弾痕で描こうとした『R.H.』のサインは到底読み取れない歪さだったが、おまけに投げつけたカードと共に、ケルベロスたちが狙いを定める為の役割を十分に果たした。
「残念だったな。狩られるのはてめぇらの方だ……!」
 しなやかに飛び上がってから朔夜が放つ、流星のような飛び蹴り。
 その痛烈な一撃に、働きアリは足を止めて耐えるのが精一杯であった。
「何をしている! 動け!」
 ケルベロスたちの作戦を察して、悲痛な叫びを上げる兵隊アリ。
 その目の前で、リコリスの投じた鎌が働きアリの外殻を切り裂いていく。
 苦しげな声が漏れるが、もはやどうすることも出来なかった。
 千文の放つ必殺の砲撃と、纏が生み出した竜の幻影が、傷だらけの働きアリを焼き払う。
 幾らか黒さを増したアリは、枯れ木を踏み砕くような音と共に倒れて、動かなくなった。
「……おのれ……ッ!」
 同胞の亡骸を目にして、兵隊アリは剥き出しの殺意をケルベロスへと向ける。
 勇華が気の弾丸を、ランジが地獄の炎弾を撃ち放つが、兵隊アリはそれを跳ね除けて天に吼えた。
 それは大きな隙を見せているようで、ロビネッタは木枝を利用した跳弾射撃で背を狙い撃ったが、兵隊アリは微動だにせず銃弾を弾き飛ばす。
 硬い防御の理由はすぐに分かった。
 黒い鎧の上を、兵隊アリが従えるオウガメタルが徐々に覆いつつあるのだ。
「……同じオウガメタルを殺すために使役される、そんな共生関係でいいのかしら?」
 兵隊アリではなく溢れ出る銀色を睨めつけて、纏が問う。
「アンタ達も仲間を助けたいんなら、もう少し踏ん張りなさいな!」
「自由が欲しいなら、意志を示せ!」
 ランジと共に呼び掛け、朔夜は気と御業の加護を送り込んだ小石を投げて炸裂させるが、兵隊アリの操るオウガメタルは硬化を止めなかった。
 あれは完全な支配下にあって、抗うことが出来ないのだろう。
 やがて全身を覆い尽くした銀の感触を確かめ、兵隊アリは再び音波を放とうと構えた。

●意地と覚悟
 しかし、予期した衝撃は訪れなかった。
 兵隊アリを覆う銀の一部が、突然、血色の錆に塗れて崩れ始めたのだ。
「貴様ら、何を……」
 戸惑う兵隊アリに、胸に覗く地獄を歯車のように噛み合わせて回すリコリスが、放ったばかりの拡散砲撃をもう一度見舞う。
「……生きたまま錆びつきなさい」
 崩れた部分を覆い直そうとしていたオウガメタルが、錆色に変わって零れ落ちていく。
 それだけではない。
 纏が針状にして突き刺した微量のブラックスライムが、まだ無事な銀色を食い荒らして、その下の黒い鎧を露わにしてしまう。
(「私も……いえ、私たちも、オウガメタルに嫌われてしまいそうですね」)
 リコリスは纏に目を向けつつ、保護したオウガメタルの事を慮って自嘲気味に笑った。
 兵隊アリは必死にオウガメタルを操ろうとするが、現状では徒労だと悟ったのだろう。
 まだ無事な働きアリに攻撃の指示を出して、自らは怒りと恨みを込めた音波を放つ。
 それは聖厳が放ち続ける果実の輝きによって正気を失うほどの効果には至らなかったが、それでも変わらぬ威力で揺さぶられたケルベロスたちの身体は悲鳴を上げる。
「ぐぅっ……」
 あまりの圧力に勇華の膝は折れそうになって、ランジの口からは血が滲み出す。
 不退転の覚悟が込められた音波は、ケルベロスたちの意志を身体ごと粉々に砕く、その寸前にまで至っていた。
 しかし。
「ボク達がいる限り、君たちの思い通りにはさせない! だよ」
 千文が食いしばって音波を耐え、グラビティで精製したドローンや護符を展開して、赤い線で繋ぎ合わせる。
 描き出された防御結界は自身にしか効果を及ぼさないものだが、ならば進んで、攻撃を受け止めればいいだけの事。
「まだまだ、倒れるわけにはいかないのです、だよ!」
 瞳を赤く輝かせながら言い放つ千文に感化されて、勇華もまた、裂帛の叫びを上げる。
「私たちは……お前になんか負けないっ!」
 助けを求める者を救うのが、勇者だ。
 軋む身体に鞭打って、一歩進めた勇華の足元に、暖かな光が輝く。
「二人だけで気張るんじゃないよ……!」
 星辰の剣を杭のように突き刺して、口元を拭ったランジが勇華の前を行った。
 飛び掛ってきた働きアリを打ち払い、再び地に刺した剣で星座の陣を描き直せば、放たれる光に聖厳の黄金の果実から更なる輝きが加わる。
 負けじと強める音波を強める兵隊アリ。立ちはだかるケルベロス。
 いつまでも続くかと思われた意地と覚悟のぶつけ合いは、朔夜が操る半透明の御業によって、終幕を迎えた。
 鷲掴みにされ、もがく兵隊アリにロビネッタが銃弾のサインを浴びせ掛ければ、リコリスが鎌を放って鎧を砕き、その隙間に突き立てられた纏のブラックスライムが、傷口から兵隊アリの身体を汚染していく。
 集中攻撃を受け、疲弊する兵隊アリを何とかせねばと働きアリは遮二無二飛び蹴りを繰り出したが、勢いばかりの攻撃はついに見切られ、状況を打開することは出来ない。
「穿ち貫け、闘気の奔流!」
 音波が止み、ぐっと自由に動けるようになった勇華が、腕を捻りながら突き出す。
 ただの打撃であれば到底届かぬ距離であったが、撃ち放たれた闘気の渦は兵隊アリの腹を穿っていく、
「まだ、まだ終わるわけにはいかん!」
 操りにくくなっている事は理解しながらも、兵隊アリは体内のオウガメタルに念じて傷の治癒を図った。
 しかし不定形の銀は傷を塞ぐどころか、残り少ない命を吐き出すように身体の外へ溢れだしていく。
 それは千文が御業で鷲掴みにすることで更に勢いを増し、リコリスの拡散砲撃で銀から錆の色へと変わった。
 もう力とはなってくれぬ共生相手を見て、兵隊アリは何を思っただろうか。

 朔夜の投じた小石が、御業の加護も相まって鎧を完全に打ち砕く。
 纏の放つ竜の幻影が、剥き出しになった身体を焼き焦がす。
 最後に撃ちかけられたロビネッタの銃弾でサインが出来上がった時、兵隊アリはがくりと崩れ落ちた。
「……申し訳ありません、アリア……さま……」
 忠誠を誓う者へ向けた懺悔の言葉が、木々のざわめきに煽られて消える。
 残された働きアリは、リコリスに錆び塗れの死骸を指差され、激しい動揺を見せていた。
「……残ったのはてめぇだけだが、まだやるか? それとも、死ぬか?」
 此方はまだまだ余裕だと、朔夜が強気に言い放つ。
「まだやると言うのなら、殺してあげるわ」
 纏はブラックスライムを操りながら、降魔の力を湛えて次なる攻撃の構えを取る。
「ふん、仲間の後を追うってんなら――」
 ランジが鼻で笑って言いかけた言葉を最後まで聞くことなく、働きアリは怯えた鳴き声を上げながら逃げ去っていった。
 ……どうやら、追手を退ける事は出来たらしい。
 そう分かった途端、ケルベロスたちは尽く地に倒れこんだ。
 特に盾役を務めた者たちの疲労は著しく、今頃になって尋常ならざる痛みが全身を襲っている。
 しかし茂みから這い出てきたオウガメタルの無事な姿を見れば、それも幾らか、和らいだ気がした。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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