オウガメタル救出~助け求める光を目指せ

作者:柊透胡

 山陰地方の山奥。
 人跡未踏の山肌には、働きアリローカストによって作り出された異形の建築物が立ち並んでいる。
 異形の建築物はそれ自体が生命体のように有機的に積み重なっており、更に、上空や周辺から完全に隠蔽される構造となっていた。
 この異形の建築物の中心にある宮殿には、アリ系ローカストの支配者たる、狂愛母帝アリアが鎮座し、ローカストのゲートの地球側出口を守護していた。
 そのアリアの元に、兵隊アリローカストの一体が駆け込んでくると、緊急の報告をする。
「大変です、アリア様! ゲートから大量のオウガメタルが出現、我等の制御を受け付けず、都市区域から逃走しようとしています!」
 大量のアルミニウム生命体『オウガメタル』がゲートから現れ、そして、逃走しようとする。
 この事態は、狂愛母帝アリアにも予測不能だった。
 だが、最も重要なゲートの守護を任された実力者であるアリアは、すぐに打開策を考え実行に移す。
「今すぐゲートに向かい、ゲートを一時閉鎖する。お前達はただちに出撃し、逃げ出したオウガメタルを一体残らず殲滅するのだ。奴らが、他のデウスエクスやケルベロスの元に逃げ込めば、我等のゲートの位置が割り出されてしまうやもしれぬ」
 その言葉に、弾かれるように退出した兵隊アリローカストに見向きもせず、アリアはゲートへと向かった。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)の言葉はいつも通りながら、些か早口に聞こえた。
「黄金装甲のローカスト事件については、皆さんも記憶に新しいと思います」
 見事、件のローカストを撃破したケルベロス達は、黄金装甲化されていたアルミニウム生命体と絆を結ぶ事が出来たという。
「絆を結べた結果、様々な情報が明らかになりました」
 アルミニウム生命体は、本来は『オウガメタル』と呼称する種族で、自分達を武器として使ってくれる者を求めている事。
 現在、オウガメタルを支配しているローカストは、グラビティ・チェインの枯渇を理由に、オウガメタルを使い潰すような使い方をしている事。
「特に、黄金装甲化は、オウガメタル絶滅の可能性すらある残虐な行為との事で、オウガメタルに助けを求められたという訳です」
 そして今、オウガメタルと絆を結んだケルベロス達は、オウガメタルの窮地を感じ取っている。
「オウガメタル達は、ケルベロスの皆さんを頼りに、ローカストの本星からゲートを通じて脱出、地球に逃れてきた模様です」
 尤も、本星と地球を結ぶゲートには当然ローカストの軍勢がいる。このままではその軍勢によって、オウガメタル達は1体残らず殲滅されてしまうだろう。
「オウガメタル達がローカストに追われている場所は、山陰地方の山奥です。現地にはヘリオンで向かい、オウガメタルの救助とローカストの撃破をお願い致します」
 この作戦に成功すれば、オウガメタルを仲間に迎えるだけでなく、ローカストの最重要拠点であるゲートの位置の特定も可能となるかもしれない。
「ゲートの位置特定にまで関与するならば、本件はローカストにとって死活問題と成り得ます。彼らの攻撃も熾烈となるでしょう。厳しい戦いになると予想されます」
 ローカストは、兵隊蟻ローカスト1体が働き蟻ローカスト数体を率いた群れで、山地の広範囲を捜索。逃走するオウガメタルの殲滅を行っているという。
「ヘリオンの現地到着は、夜半過ぎ。逃走するオウガメタルは、発光信号のように銀色の光を発していますので、それを目標にすれば、オウガメタル近辺への降下が可能となります」
 尤も、降下ポイントに若干の誤差は否めない。
「流石にすぐ傍、というのは厳しいですが、100メートル以内の場所には降下出来る筈です。夜間の山中ではありますが、合流は難しくないと考えます」
 追手である兵隊蟻ローカストの戦闘力はかなり高く、ゲートを守るという役割からか、どんな不利な状態になっても決して逃げ出す事は無い。
 一方、働き蟻ローカストは、戦闘は本職ではないが、それでもケルベロス数人分の戦闘力を持っている。
「但し、働き蟻については、兵隊蟻ローカストが撃破され、状況が不利だと思えば、逃走の可能性もあるようです」
 何れも、堅固な肉体による白兵戦を得意とし、体内で飼育するアルミニウム生命体――オウガメタルを利用するグラビティを使ってくるだろう。
「正直言いまして……黄金装甲のローカストの事件が、こんな急展開になるとは予測していませんでしたが、これは、ローカストと決着をつける好機かもしれません」
 冷静な声音は相変わらず、だが、ケルベロス達を見回す創の眼差しは何処か熱を帯びる。
「我々を頼って逃げてきたオウガメタルを、むざむざ全滅させる訳にはいきません。尽力の末に結ぶ事が出来た絆を無に帰さない為にも、どうか彼らを助け出してあげてください」


参加者
黛・繭紗(アウル・e01004)
ニムバス・シェイド(キャプテンエヌ・e01275)
斎藤・斎(修羅・e04127)
楠森・芳尾(灰毛の癒刃・e11157)
ティア・ラザフォード(シューティングスター・e21071)
ダニエル・ロウ(繰絡匣・e22095)
リカルド・アーヴェント(彷徨いの機弾・e22893)
ステラ・アドルナート(明日を生きる為の槍・e24580)

■リプレイ

●銀光を目指し
 深夜、山陰地方の山中――明滅する銀の光目掛け、降下したケルベロス達は次々と駆け出す。
 新たなる絆を結んだオウガメタル達からのSOSは、暗視ゴーグル越しにも眩く映る。黛・繭紗(アウル・e01004)は黒の双眸を瞬いた。
(「デウスエクス……オウガメタルだって、そうだけど」)
 デウスエクスを悪と見なす思考はかつて程、明解でなくなっている。自らの在り方に未だ結論を出せぬまま――今はただ、純粋に助けたいと、その使命感だけは本当。
「……まあ、ローカストの境遇にも同情はするが」
 先頭に立ち、仲間を誘導するのは楠森・芳尾(灰毛の癒刃・e11157)。狐の獣人の青年が1歩踏み出す度に、隠された森の小路が描き出される。
 翼持つ仲間の誘導で、ある程度、目標地点近くに降下出来たが、オウガメタルとて移動する。後は銀の光を目指して急ぐのみ。
「助けを求める声を放ってはおけねェさ。もし無視しちまったら……俺は俺を許せなくなる」
 つい思った事を口にしてしまうのは、芳尾の性質だ。そんな呟きに、ダニエル・ロウ(繰絡匣・e22095)は速度を緩めぬまま、器用に肩を竦める。
「互いに利があれば共生、だがそこに利が無ければただの奴隷だ……逃げたくもなるだろうよ」
(「……誰が悪いのか、誰が悪かったのか……」)
 リカルド・アーヴェント(彷徨いの機弾・e22893)は黙考する。自身が、同胞が困窮すれば、他種族まで慮る余裕など消し飛ぶ――それは、判らぬ事ではない。
「それでも今は、助けを求める者を助けるのが先、だな」
「倒す為じゃなく、救う為の闘い……いいね、燃えてきた!」
 いっそ愉しげに、八重歯を覗かせて笑むステラ・アドルナート(明日を生きる為の槍・e24580)。
「大変ですけど、上手くいけば、ローカストの戦力を削ぐだけじゃなくゲートの位置も特定出来ますしね」
 ティア・ラザフォード(シューティングスター・e21071)の言葉も正しい。この一戦は、大きな意義がある。心情的にも戦略的にも。
 銀の光にある程度近付いた時点で、ケルベロス達は二手に分かれた。少数の囮班でオウガメタルに接触し、油断した敵をもう一方が奇襲する算段だ。
(「つくづく、俺ってローカストに縁があるんだな。そんなの嬉しくないのに」)
 緊張の面持ちをマスクで隠し、ニムバス・シェイド(キャプテンエヌ・e01275)が遠目に見守る中――明滅する銀の光へ進み出る斎藤・斎(修羅・e04127)。
 果たして、茂みから姿を現したのは、スライムにも似た物体。アルミニウムを流体化したような銀色で、ケルベロス達の前で発光してみせた。
『オウガメタル、さんですか?』
 興味津々のテレビウムの笹木さんを窘め、躊躇いがちにそっと触れる繭紗。接触テレパスで確認すれば、何となく肯定の意思を感じた。その間に、ダニエルはバイオガスを噴霧する。
『私たちは、ケルベロス、です。オウガメタルさんを、援けにきました』
 繭紗の頷きに応じて、銀色のスライム――オウガメタルに気力を注ぐ芳尾。
「ありがとう、って言ってるみたい……?」
 実際、オウガメタルが言語を発している訳ではないが、その意思は感じ取れる。
 意思疎通は可能なようなので、発光信号は止め、戦闘中は背後に退がるよう伝えれば、素直に応じてくれる模様。
(「確か、武器になるデウスエクス、だったよな。ローカストに装備可能なら、俺達の身体でもいけるんじゃねえか?」)
 内心でそんな事を考えるダニエルだが、実際に、ケルベロスからオウガメタルに共闘を求める言葉は無かった。先日、黄金のローカストと戦った斎もキビキビと踵を返す。
「上手く合流出来た事ですし、少し拓けた処に戻りましょう……バイオガスの中にいたままでは、奇襲班も困るでしょうから」

●背水のアルクレピオ
 ――その一群と遭遇したのは、山中に在って少し拓けた草原だった。
 一際目立つのは、星影にも黒光りする甲冑に身を包み、ランスを構える蟻型ローカスト。兵隊蟻と言った所か。照明を腰に結わえた軽装の蟻型ローカストを3体従えている。
「ご要望は、グラビティ・チェインでしょうか?」
 ローカストの標的を知りながら、しれっと言い放つ斎。だが、兵隊蟻のようなローカストは、軽口も意に介さなかった。
「我はアリア騎士アルクレピオ。オウガメタル引渡しを要求する」
「アリア騎士……? お名前はアルクレピオさん、ですか……勿論、出来ない相談ですね」
 いっそ機械的な要求を、斎もあっさりと拒否。これ見よがしに両目から、胸元から、噴出した地獄の炎が全身を覆い尽くしていく。
「俺達4人で相手するぜ」
 臨戦態勢の斎に続き、不敵に言い放つ芳尾。次々と身構えるケルベロス達を、アリア騎士は淡々と見回す。
「ターゲット変更。妨害者の殲滅優先」
 次の瞬間、蟻型ローカスト4体が一斉に動く。
「っ!!」
 1度は、庇えた。だが、斎の前で繭紗が黒い蚕蛾の翅を広げるより速く――ローカストは、次々とアルミの牙剥き襲い掛かる。
「……く、あぁっ!」
 前衛の牙は殊更に強靭で鋭く、中衛に下がる1体は斎に素早く何度も喰らい付いた。
 ダニエルの放った御霊殲滅砲を高々と跳躍して回避し、アリア騎士は落下速度の勢いのまま、強襲する――。
「な……」
 斎自身のシャウトも、芳尾のヒールも間に合わない。かわす事も許さず、的確に急所を貫いたアルミニウムランスとダブルで華奢を食い破ったアリア騎士の牙は、斎を血の海に沈める。
 物静かな外見に違う斎の挑発に、ローカストは即全力で応じた。ディフェンダーであれば耐え切れただろう。或いは、防具に破壊ダメージの耐性があれば。踏み止まるには、後1歩が足りなかった。
「こいつら……」
 芳尾は確信する。少なくとも、このアリア騎士は寡兵を侮る事はない。オウガメタルであろうと、ケルベロスであろうと、敵は全力で殲滅しようとする。
 ゲートの情報が漏れるかもしれない瀬戸際で、ローカストに敵を侮る余裕などないのだ。
(「……むしろ、侮っていたのは、私たち?」)
 忸怩たる思いを抱えながらも、繭紗は快楽エネルギーの風と共に毒鱗粉を撒く。
 デウスエクスは強敵だ。その強敵を相手取るのに、戦力を二分するのは……結果、速攻で1人沈んだが、ここで奇襲を止めれば全てが無為となる。
「おっと間違えた、8人だったわ。すまねェな」
 嘯く芳尾が流心香を燻らせると同時に、響き渡る古代語の詠唱。アリア騎士にペトリフィケイションを浴びせるステラ。
「初手は、ボク達奇襲班の腕の見せ所だよね!」
 オウガメタルが巻き添えを食わない位置を取り、ティアはバスターライフル『アスカロン』を構える。迸るバスタービームは、さながら流星の如く――だが、その光条を前衛の働き蟻が遮った。
「俺たちは味方だからな。安心するといい」
 逃れてきたオウガメタルに声を掛け、ニムバスは拳を握ってファイティングポーズ。
(「よ、よし。怖いけどがんばるぞ」)
 オウガメタルにはカッコいい所を見せたい。見栄っ張りかも知れないが、無様はヒーローのプライドが許さないのだ
 だが、奇襲とて必中ではない。ニムバスのニートヴォルケイノを、アリア騎士が素早くかわしたのを見て取り、リカルドは刹那眉を顰める。
 リカルド自身、それなりに得意と言える制圧射撃でさえ、眼力が見通す命中率は芳しくない。という事は。
「兵隊蟻はキャスター。働き蟻はディフェンダーとクラッシャー各1、残り1体はジャマーだろう」
 既に1人戦闘不能。アリア騎士が格上ならば、真正面からやり合っても勝機はない。
 狙いは唯1つ――アリア騎士アルクレピオ。冷静に2丁リボルバー銃を構えるリカルド。戦場を制圧すべく、弾丸が迸った。

●各個撃破
「我々は弱いですから、数を頼みにもしますし騙し討ちもします……卑怯だなどとは言いませんよね?」
 戦えぬ不甲斐なさが胸を食むも、せめて一矢報いんと、斎は尚も挑発を投げる。
 アリア騎士は少女を一瞥したのみ。すぐ奇襲班に注意を向けた。敢えて戦闘不能の斎にトドメを刺さないのは、一手の無駄も良しとしない合理性故か。
「増援確認。数は4。各個撃破継続」
「やらせません! 笹木さん!」
 クラッシャー蟻のアルミニウムシックルを、テレビウムの鞄がいなす。ディフェンダー蟻がアルミニウム鎧化を施せば、すかさずステラは「寂寞の調べ」を歌い上げた。
「お、俺も負けてられないな」
 ティアが総合武装ユニット【グリフォン】よりナパームミサイルを浴びせるついでに、早速破剣を以てディフェンダーの鎧を剥がす連携に、ダニエルは愉しげに唇を歪める。撒かれた紙兵は、前衛へ。繭紗もサークリットチェインを前衛に展開すれば、備えは万全、に見えた。
 だが、ニムバスの絶空斬はまだ敵を捕えるに至っておらず、芳尾が投げた殺神ウイルスと交錯するように、破壊音波が相次いで爆ぜる――その標的は、後衛の3名。
 催眠が発動すれば厄介だ。ジャマー蟻とアリア騎士の二重奏に、リカルドの気力溜めはメディックの芳尾へ。芳尾が焚いた流心香は、エフェクトを強化する効果があるが、即効性は低く掃い切るにはまだ足りない。
「回復は任せて、2人は兎に角叩け!」
 メディカルレインを降らせる芳尾。サキュバスミストも悩ましげな繭紗に促され、笹木さんも応援動画を流す。
 考え込むのも束の間、ダニエルは再び、紙兵を作り、今度は後衛へ散布した。
 敵の攻撃に対して、きちんと対処していく。負けない為に必須だ。しかし、前衛、後衛とエンチャントが掛けられ、ティアのバスタービームとステラのグレイブテンペストが奔る中、次にローカストの標的となったのは――ジャマーのリカルド。回避せんと軍人めいた身のこなしながら、集中打を被れば、急速に回復不能のダメージが積み上がる。
「後手後手だな、おい」
 思わず歯噛みした芳尾の口数もいよいよ少なくなってくる。
(「……喩え神が地へと堕ちても、暴れる力は残っている。そうだろう?」)
 なれば、最後まで自分のすべき事を――模造術式・這い回る紫電。リカルドが構築した魔法陣より、迸る雷撃は跳ね回るように、アリア騎士の足止めの傷を抉り裂く。
 リカルドの体力尽きるのが先か、アリア騎士を的に堕とすのが先か。
「後は……頼む」
 そこは地力の差が物を言った。自身を顧みず、戦い続けた無理も祟ったのだろう。とうとう膝を突くリカルドを庇うように前に出たダニエルは、不敵に頷き返す。
「任された」
 目にも留まらぬダニエルの抜き撃ちが、アリア騎士のランスを的確に穿つ。思わず快哉の声を上げたのは、ニートヴォルケイノを繰り出したニムバスだ。
「いくか?」
「ああ!」
 序盤、掠りもしなかった技が、漸く功を奏し始めた。勢いづくケルベロス達。既に火力の中心となっているスナイパー2人には(メディックも含めて)、何度も破壊音波が爆ぜたが、その度にヒールを重ねて凌ぎきった。
 それでも、まだそれでも――ローカストの攻撃は熾烈。
(「お、オウガメタル君の前で、かっこわるい所は……!」)
 標的と定めれば、集中攻撃も徹底している。回復分をも圧殺する勢いに一溜りも――。
「ぐ、う……うぉおおおっ!!! 畜生ぉおおおおお!」
 絶叫が轟く。気力のみで辛うじて踏み止まったニムバスは、無我夢中でアリア騎士に殴り掛かっていた。

●掴み取った勝機
 その名もタイフーン・ラッシュ――ニムバスの超高速両腕回転パンチは、クラッシャーらしく相当の打撃を浴びせ掛ける(けして、駄々っ子パンチと言ってはイケない)。
(「通販のビデオで鍛えたってのに……」)
 痛撃を浴びせるも、その応酬に咽喉笛に喰らい付かれたニムバスは、今度こそ倒れる。だが、アリア騎士も又、台風の如き勢いにたたらを踏んだ。千載一遇の好機は、けして!
「フェアリー起動、逃がしませんっ!」
 魔力感応型機動武装【フェアリー】――ティアの魔力を動力源として、複数展開された妖精型戦闘人形が、アリア騎士に殺到する。
「もう暫くイイコにしてて貰おうか?」
 周囲の空気を集約・圧縮、狙いを定め一気に放つ。あくまでも、ダニエルは敵の弱体化に専念する。
 この際、働き蟻の横槍も構わず、徹底的にケルベロス達は攻撃を集中させる。
 ――――!!
 雄叫び轟き、アリア騎士のランスが穿ったのは――その軌跡を真っ向から遮った繭紗。
「……っ」
 あの日、腹部を貫いた傷痕は、もう消え掛けていたけれど――こころに穿たれた楔は永遠に消えない。
(「生者の義務として……使命を果たします」)
 凜と見据える繭紗に笹木さんが応援動画を流し、賦活の雷を込めて投射された芳尾の十手がショックを帯びて彼女を癒す。
「ありがとう、繭紗さんっ!」
 その庇ってくれた背中に声を掛け、ステラは右手を握り締める。
 ステラはヴァルキュリアだ。闘争の中で数多の敵から奪い、魔術と魂を身体に刻んだ。
(「ボクはこの力を、大事な命を護る為に、振るうと決めた」)
 今更虫が良すぎるかもしれないけれど……生きる為の槍で、突き穿つ。
「今、この右手で全てを――!」
 光翼の暴走、降魔の力と鹵獲魔術。その総てを拳に収束、最大速力で叩き付ける。閃光の軌跡は一振りの巨槍を描き、アリア騎士を完膚なきまでに打ち砕いた。

「……急いで、離脱しましょう」
 斎の言葉に否やはなかった。
 ケルベロスの戦闘不能は3名。敵が効率重視であったが故に、重傷者がいないのは幸いであったが……後1人でも倒れれば、撤退を余儀なくされたギリギリの攻防であった。恐らく、殿は無事では済まなかっただろうし、その覚悟完了で臨んだ者も1人や2人ではない。
 ともあれ、辛うじてアリア騎士を倒し、働き蟻も逃げ去った。過程はどうあれ、最後に残った者こそが勝者。だが、ここで別の部隊に襲われれば、今度こそ洒落にならない。
「いつか尽きる命だからこそ、生きてるって思えるけど……少なくとも『今』じゃないよね」
 ステラの言葉に誰もが肯く。戦闘不能の3人が回復する時間も惜しみ、撤収を開始するケルベロス達。
「ほら、さっさといくか?」
「ちょっ……まだ傷が、痛い痛い!」
 ニムバスがダニエルに荒っぽく引き摺られる一方で、斎の手を心配そうに、慎重に引くティア。
「……」
「シケた顔すんなよ、俺達はやり遂げたんだ。なァ?」
 リカルドに肩を貸し、芳尾はその堅い表情を覗き込んでは軽口を叩く。
 そんなケルベロス達の後をふよふよと、付いて来るオウガメタル。未だ戦闘の気配濃い中に在って、何処かユーモラスな様相を見やれば、繭紗に思わず笑みが浮かんだ。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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