オウガメタル救出～光を掬ぶ

■リプレイ

●森を走る
　高高度落下。鋭い風に髪を煽られながら、須々木・輪夏（翳刃・e04836）の青い瞳は唯一点を捉えていた。
　チカ・チカ・チカ。
　暗い夜の森に灯る光は、ローカストに虐げられ、絆を頼りに逃げてたオウガメタルの救難信号だ。輪夏は自分達に向けて一途に訴えかける銀の光を見落とさないよう目を凝らす。
　８人のケルベロスがヘリオンから降下したのは山陰地方の山奥。木々の合間から月明かりが差し込むが、近くに民家など人工照明はひとつもない。これなら一般人と遭遇する心配はないだろうと、ズミネ・ヴィヴィ（ケルベロスブレイド・e02294）は豊かな胸を撫で下ろす。
　夜よりも深い漆黒のスカートをふわりと翻して、アム・クローズ（漆黒の救済美少女・e24370）は華麗に着地を決める。舞い降りた地点は、オウガメタルから百メートルも離れてはいないだろう。その距離は、数字上でイメージするよりもはるかに近かった。
「あの信号はローカスト達にも丸分かりよね？　 急いで助けないと！」
「ああ。上空から見た光の移動速度なら、すぐに追いつけるはずだ」
　八島・トロノイ（あなたの街のお医者さん・e16946）は大きく息を吸い込むと、光の方角に向かって声を張り上げた。
「オウガメタル、いま助けに来たぞ！」
　耳を澄ませて周囲の戦いの音を探っていたユーリエル・レイマトゥス（知識求める無垢なるゼロ・e02403）は、森の静けさに小さく頷くと、真っ直ぐに足を踏み入れる。
「ローカストはまだ追いついてないようです。急ぎましょう」
　隠された森の小道に、木々が従順に身を曲げて目的地への最短ルートを示した。８人は光に向かって伸びる小道を駆け抜けた。

　暗い山の中、木の根元で震えるようにうずくまる金属体の群れを発見し、シルビア・レバンドフスカ（着せ替えウィッチドクター・e05023）は色香溢れる唇に無垢な喜びの笑みを乗せる。
「オウガメタル、みぃつけた♪」
　悪戯な声に応えるように、オウガメタル達は銀色の光が瞬かせた。
「他のオウガメタル達の所にも俺達の仲間が向かっている。あとは任せて、隠れていてくれ」
　トロノイが救出に来たことを伝えて、安心させるように大きく頷いてみせると、繋がった絆を介してオウガメタル達の安堵の意識が伝わってきた。
「そう、大丈夫よ！　私がきた！」
　自信あふれる笑みを浮かべたアムは漆黒の救済美少女の名に恥じない堂々とした振る舞いで宣言し、ピシリと伸ばした手で木々の向こうを指し示した。
「敵も来たようだわ。ここからが本番ね」
　道なき森を近づいて来るのは、蟻のローカストだろう。敵よりも早くオウガメタルと合流できたのは、準備を惜しまず練り上げた作戦の成果に他ならない。
「必ず守るから、しっかり隠れていてくれよ」
　風城・斗真（熱血料理人・e19921）は万が一の時には身を呈して守れるように彼らの隠れ場所を把握し、ローカストの出現を待った。
　暗い茂みが、ガサリと揺れる。姿を見せたのは、せわしなく動く触覚を持った黒い蟻のローカストだった。
　敵がこちらに気付くよりも早く、叢雲・秋沙（ウェアライダーの降魔拳士・e14076）はとんっと軽やかな踏み込みで地面を蹴る。
「先手必勝だよね」
　先頭に立つ働き蟻に、凶月之乱舞が叩き付けられた。

●蟻の騎士
　出会い頭に一撃を食らい木の幹に体を打ち付けた働き蟻に続いて現れたのは、重厚な全身鎧に身を包んだ兵隊蟻だった。
「貴様ら、ここで何をしている」
　ローカストは月明かりに鈍く光るランスを構え、低い声で警戒を発した。素早く周囲を見渡すのは、オウガメタルの姿を探しているのだろう。その口からもしや、と半ば確信を持った言葉が漏れる。
「――差し出せ。あれは、このアリア騎士フォグベルが駆逐すると定められている」
　険悪な声を出す騎士に、ズミネは肩を竦めてノーを示し、鎖で描く魔法陣で前衛に立つ３人と１匹に状態異常の耐性をつけた。続くシルビアの守護星座が後衛に同じ守りを贈り届ける。
　輪夏は真っ直ぐに敵を見据えて告げた。
「オウガメタル達は保護した、よ」
　だから後は戦うだけだ。輪夏は働き蟻のクラッシャーを狙ってその影を斬り付ける。
「あなたの影、ちょっともらう、ね」
　影を切り取られた働き蟻がたたら踏むように足を止めたところへ、トロノイの飛び蹴りが更に機動力を奪う重力を科した。
「虫けらにこれから親しく慣れそうなやつらを殺させる訳にはいかないしな。全員まとめてピッツァにしてやるぜ！　インフェルノ・フォルノ！」
　斗真の紅炎ノ竃が火勢を上げ、前衛の敵を炎に巻いた。働き蟻と騎士が業火に巻かれていく。
　アムは明らかに己より格上の相手を前に、恐れることなく制圧射撃を放つ。
「ふふっ。安心しなさい導かれし者よ。私こそ【導く者（シュメルツカイゼリン）】にして漆黒の救済美少女。新たな同胞をやらせるわけには行かないの。ここで我が闇に呑まれて溺死しなさい！」
　撒かれた弾薬が絶大な効果で敵の侵攻を食い止め、周りに合わせて足止め効果を狙ったユーリエルの蹴りが、流星の煌めきを引いて働き蟻に落とされた。
「この戦い、絶対に負けるわけには行きません、オウガメタルの為にも、ローカストへ有効打を与える為にも……」

　騎士フォグベルの反撃は、破壊音波から始まった。
「邪魔するならば、貴様らから滅してやろう！」
　ギチギチと鳴らした牙の音が衝撃となり、前衛に襲い掛かる。催眠の力を跳ね退ける頼もしい背を見て、ズミネは心積もりをしていたヒールに代えて攻撃の手を回した。
「調理、開始（３分クッキング）……！」
　即興の創作料理は、対象の悪の心を映して凄まじい威力――アンリミテッド・メシテロワークスとなる。
「おあがりよ！」
　幾重にも巻かれた足止めにより避ける術を持たない働き蟻は、ボディを殴られたように体を折る。続く斗真の拳がローカストの魂を啜り、苦悶の呻きが上がった。
　他の働き蟻が牙を鳴らして破壊音を立てる。耐性の力を持っても防ぎきれない妨害の力に押され、アムは息を呑む。前衛の働き蟻の鋼鉄の牙がユーリエルに噛みつき、右腕を二度三度と貫いた。その背後に素早く回り込んだ銀の影は、輪夏。静かに放たれた絶空斬は、しかし働き蟻へ届く前に鋼鉄のランスに阻まれる。
「……騎士はディフェンダー、か。これは骨のあることになりそうだな」
　ベルナドットに鷹の目薬を施しながら、トロノイは苦々しい思いで呟いた。オウガメタルを救出するには、少なくとも騎士に勝たなければならない。初手こそ有利に運べたが、ここからは身を削り合う熾烈な消耗戦になるだろう予感がした。

●光を掬う
　ベルナドットがつぶらな瞳で狙いを定め、口に咥えた神器の剣で働き蟻の胴を薙ぐ。過たず命中した一撃を追って、シルビアはオーバーヒートさせた快楽エネルギーをセクシャルフェロモンフルブラストに乗せた。
「最高の快楽、教えてあげる♪」
　耐え切れない力の本流に、働き蟻が大きく体を傾がせる。ほぼ無傷な他の働き蟻が高々と跳躍し、斗真を蹴りつけ加護の力をはぎ取った。間髪入れずに３体目の働き蟻が破壊音波を鳴らす。
「虫けら、お前たちの力はその程度か」
　裂帛の叫びで催眠効果を振り払った斗真が、敵の注意を己に向けるため挑発的に嗤う。騎士は不快気にピクリと触覚を揺らしたが、ゲートの守りを第一とする性質からか大きく揺さぶられることはないようだった。
「ならば我らが力、貴様らの身に教えてやろう」
　空を切って繰り出されるランスを秋沙は上半身を捻ってかわす。脇腹を掠め過ぎた凶器は、瞬きよりも早く鋭い鎌状の刃を伸ばした。引き戻す力で、彼女の胴を刈り取らんと迫る。咄嗟に上げた腕を犠牲にして致命的な軌道を逸らした秋沙に、働き蟻が飛びかかった。
「ここは私が止めます！」
　頭上で交差させた両腕を盾にユーリエルが蹴りを受け止め、ズミネのヒールが前衛を包み込む。トロノイの放つ雷が自在に戦場を駆け、後衛の１体を狙って落とされた。
　素早く立ち上がった秋沙は、最も蓄積ダメージの多い働き蟻に向かってローラーダッシュで蹴りつける。炎に巻かれた働き蟻は、どさり地に崩れて動かなくなった。
「まずは、１体ね！」
　頬を滑り落ちる血と汗をぬぐい、ケルベロス達は次の標的をジャマーに定めて、各々の得物を構える。

　当初の予想通り、戦いは苛烈を極めた。アムとトロノイが全敵に足止めとパラライズをかける間に、盾役の斗真達が前線を保ち、かかる状態異常と看過できない負傷をズミネがヒールで拭い続ける。遠近自在に攻撃を仕掛ける敵を前に一度のヒールでは追いつかず、シルビアも破られた守護の掛け直しと回復に回り、各自で負傷に対応していく場面も増えていた。アムが最後のパラライズを撒いて集中攻撃に入る頃には、攻撃の手数が足りず、戦況はじりじりと押され始めていた。
　騎士と働き蟻２体が揃って催眠の音波を奏で、多くの仲間が纏わりつく異常に顔をしかめる。
「『四つ足回路』起動……」
　催眠の力に抗って紡がれるユーリエルの言葉に、彼女の髪の一房が薄紫色に変じた。
「仲間に癒しを、敵に死を。『ジャッジメント・スコール』発動します」
　高高度に打ち上げた回復弾が慈雨となって降り注ぎ、前衛の傷を癒していく。この回復だけでは彼女自身を含めた前衛の大きな傷は癒えないが、もとより仲間を活かすための選択だ。だから働き蟻の牙を受けて立ち上がれなくなっても後悔はなかった。
「ユーリエル！」
　呼び掛けに、小さな呻き声が答える。息はあるがこれ以上の戦闘は無理と見て取り、アムは輝く翼を広げて浄化の空間を作り出した。彼女が己に定めた役目は、オウガメタルと仲間達を生還させるために尽力すること――癒しの力が傷ついた仲間に注がれる。その中、２体目の働き蟻にトドメを刺したのは輪夏の狙い澄ました一撃だ。
「……後ろ、だよ」
　死角から放たれた黒い槍に穿たれ、働き蟻は絶命の声すら上げる暇もなく倒れ伏した。
　次に狙う敵こそ、騎士蟻。おまちどうさまと笑みすら浮かべて、シルビアは竜語魔法を練り上げる。
「あははははは！！！」
　哄笑とともに放たれた竜の幻影は、敵を焼き尽くす火柱となる。騎士は気合の声をあげ回復すると、体内のアルミニウム生命体を鎧に付した。
「その鎧、砕いてあげるよっ」
　すかさず飛び出した秋沙が高速の重拳撃で騎士の胸部を叩くが、手応えの甘さに目を見開く。速度もタイミングも最良。最大の火力で攻撃は入った。しかし、強固なアルミニウム金属体の鎧はヒビが入ることもなく鈍い輝きを保ったままだ。
　カウンターで迫る破壊音波が消耗の激しい前衛を打ち据え、秋沙とベルナドットが森に倒れた。ズミネが急ぎサークリットチェインを敷くが、仲間の負傷は拭いきれない。
　騎士がランスを構える動作で、斗真は次の一撃を予測していた。継戦を意識したスタイルを取る彼であっても、疲労が重く纏わりつく今の状態で、その一撃を食らえば無事には済まないとわかっていた。けれど、仲間とその後ろに隠れたオウガメタル達を庇うことに迷いはない。
「させるかよ！」
　ランスの軌道に割り入って左肩を貫かれながらも苛烈な目で敵を睨み付ける。その体からガクリと力が抜けるまでは、瞬き程の時間だっただろう。しかし、騎士が彼から警戒を外せずにいたその間に、最後の好機があった。
　味方は満身創痍だが、敵のダメージも着実に積み重なっている。敵数は２体。撤退要件とした残３体はすでに落とした。終幕まではあと、少し。そしてここで押し切らなければあとは、ない。
　覚悟を決めたズミネが攻撃に転じた。彼女の黒影弾が騎士の鎧を打ち砕き、アムの稲妻突きとがそれを追った。輪夏の影法師とシルビアの惨劇の鏡像が、次々に騎士に命中する。激しい攻撃の渦に、さすがの騎士も避けきることができない。
　トロノイは胸の内に小さな温もりを感じていた。それは戦いの間に、皆の心に絶えず届いていた絆の光。森に隠れて彼らの戦いを見守るオウガメタルの応援の意識だ。
　自分達を頼り命懸けで逃げてきた彼らの信頼に応えたい。応えなければならない。絆に引かれるように強く一歩を踏み込んで、トロノイは敵の頭上へ跳躍する。流星の煌めきが落ち、騎士が崩れた。

　もうピクリとも動くことない騎士を目の端に収め、アムは油断なく槍を持ち上げて見せた。
「闇に導かれたいのなら、かかってきなさい」
　残されたスナイパーの働き蟻は慌てて身を翻し森の奥へ駆けて行く。
　深追いはしない。初めから決めていた通りに逃げ去る敵を見送って、シルビアは小さく息を吐く。長い戦いが、今終わったのだ。
「もう出て来て大丈夫よ」
　ズミネの呼びかけに、オウガメタルが姿を現す。絆を辿り伝わってくるのは、重症を負ったケルベロス達への心配と、深い感謝の気持ちだった。
　しゃがみ込んだ輪夏が、オウガメタルに向かって手を差し出す。
「怪我とか大丈夫？　とりあえず、ここ離れよう」
　皆で一緒に。
　伸ばした手が、光を、新たな絆を取りこぼすことなく掬い上げた。

作者：三咲ひろの	重傷：ユーリエル・レイマトゥス（知識求める無垢なるゼロ・e02403） 叢雲・秋沙（ウェアライダーの降魔拳士・e14076） 風城・斗真（料理は情熱・e19921）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年6月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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