清流の呼び声

作者:香住あおい

 深い山の中に滝があった。雄大で美しい滝。
 ここは滝を裏から見ることができると有名な場所であるが、辺鄙な場所なだけにあまり人が来ることはない。
 そんな場所へ、一人の男性が滝を見にやって来た。
 滝の裏側へ続く道があり、彼は慣れた調子でそこを歩く。
 しかし彼は足を滑らせて滝壺に落ちてしまう。
 水流が激しいというわけではないが、着衣のまま泳ぐことは容易ではない。彼は上手く泳ぐことができず必死に手足を動かす。
 どうにか浅瀬へ辿りつくことができたのだが、そこで意識を失ってしまう。
 そこに渦巻きのような次元の裂け目が出現したと思えば姿を現したのはヴァルキュリア。
 死を導く乙女はまるで水面に立っているかのように、ふわりと浮かんでいる。
 彼女は浅瀬まで移動すると、手にした槍で気を失っている男性を一突きした。それは的確に心臓を貫く。
 息絶えた男性は浅瀬から転がり、底に沈んだ。すると、男性から魂のような青白い塊が抜き出され、光輝くと人型に変わっていく。
 この光景を見ていたヴァルキュリアは満足そうにほくそ笑んだ。

 ヘリオライダーの黒瀬・ダンテは神妙な面持ちで口を開く。
「皆さん、お疲れっす。早速っすけど、事件っす」
 ダンテは前置きもそこそこに本題に入る。
「ヴァルキュリアが新たなエインヘリアルを生み出そうとする事件が発生してるっす」
 このままでは新たなエインヘリアルが生み出されてしまう。
 それを阻止すべく現場に急行し、ヴァルキュリアに命を奪われようとしている被害者を救出するとともにヴァルキュリアを倒して欲しい、ということらしい。
「被害者は男性っす。その状況なんすけど、滝を裏から見ようとしたら足を滑らせて滝壺に落ちてしまったみたいっす。
 滝壺からちょっと泳げば足がつく浅瀬っす。けど、服って水を吸ったら重くなるじゃないすか。だから上手く泳げないんすよね」
 男性は溺れそうになりながらもどうにか浅瀬までは辿りつけたようだ。
 しかし、そこで意識を失ってしまった。当然、服は濡れたままで。
「水は飲んでるけど命に支障はないくらいっす。あとは体力の消耗も見受けられるっす。でも、それよりも厄介なことが」
 現場は緑生い茂る山奥の滝壺であり、季節を加味しても少し肌寒い。
 そこに長時間、濡れた服のまま倒れていたら低体温症になってしまい命の危険に晒されることになる。
「だからといって、すぐに死んでしまうってことはないっす。ヴァルキュリアを倒してから処置をしても大丈夫っす。
 そのヴァルキュリアは滝のそばから現れるっす。狙いは被害者っすけど、妨害されるようなら皆さんを始末してから、って感じみたいっす。
 でも、被害者が近くにいればその限りではないみたいなので気を付けてほしいっす」
 滝は切り立った崖から張り出した岩を伝い、流れ落ちる。
 滝壺から直径数メートルは丸い池のように、透明度の高い綺麗な水が貯まっている。
 この周囲は岩場であり、滝に近付けば近付くほど足場が悪くなる。
 男性が倒れている浅瀬は滝から一番離れた、下流へと流れる小川のそば。この一帯は草で覆われており、小川を挟んだ反対側も同様に草が生い茂っている。
「そうそう、奴は槍を装備していて飛んでるっす。他に増援はないみたいっすね。敵はこの1体だけっす」
 ダンテはヴァルキュリアの使うグラビティを簡単に解説する。
 光を宿した強烈な槍の一撃で敵を貫くもの。
 氷を纏い、槍で突撃もの。
 そして、傷を癒すと同時に敵の呪的防御を破る力を与えるもの。
「以上で自分からの説明は終わりっす。ちょっと足場が悪いっす、だけど皆さんならヴァルキュリアを倒すことができるって、自分信じてるっす!」
 ダンテはキラキラとした瞳で皆を見る。その目はケルベロス達を信じ切っている証でもあった。


参加者
乾・陽狩(サキュバスのミュージックファイター・e00085)
レリア・フォーネリー(夜露草・e00527)
彩看・転夏(弱虫こむし・e00566)
周防・虎河(正義の味方・e01279)
貴石・連(砂礫降る・e01343)
マリス・エナメル(偽心の放浪機人・e02802)
河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)
エステル・エクセレン(奇怪な機械・e14107)

■リプレイ

●茂る緑の中で
 滝の流れる音が響く中のこと。
 足を滑らせて落ちてしまった男性が浅瀬で気を失っている。
 すると、滝のすぐそばに渦巻きのような次元の裂け目が現れたかと思えば、そこからヴァルキュリアが現れた。
 飛行している彼女は男性を見下ろし一瞥すると、手にした槍を握り直す。
 ふわりと、そしてゆっくりと、彼女は男性の命を奪うべく動き出す。
 そのときだった。風と滝の音しか聞こえなかった森の中に突然奏でられる曲。
 それは彼女の心に語りかけ蝕む。ヴァルキュリアは男性の方へ向かうのを止め、予期せぬ乱入者達を見た。
 ヴァルキュリアの注意を引いた「欺騙のワルツ」を奏でたのは乾・陽狩(サキュバスのミュージックファイター・e00085)。次いでボクスドラゴンのフィリーヤがボクスブレスを吐き出す。
「エネルギー圧縮展開。目標補足。――――焼き尽くせ!」
 同時にマリス・エナメル(偽心の放浪機人・e02802)もヴァルキュリアの足止めをすべくFlamme Strahlを放つ。結晶体による炎の光線で焼き払われた彼女は炎に包まれた。
 炎に包まれるヴァルキュリアを見上げた後、フィルムスーツ姿のエステル・エクセレン(奇怪な機械・e14107)は浅瀬の男性をちらりと見やった。男性を安全圏へと避難させるなら今のうちと判断する。
「小野寺さん、男性の避難に手を貸して下さい」
「わかったわ」
 小野寺・蜜姫(ウェアライダーのミュージックファイター・en0025)に声を掛け、彼女達とともに男性を避難させる。
「アスラも頼む」
 彼女達の行動を受け、周防・虎河(正義の味方・e01279)はオルトロスのアスラを護衛として救助に同行させた。
 男性の救助は伊勢波・晴陽(先見の魔法剣士・e12669)、ルル・キルシュブリューテ(ブルーメヘクセ・e16642)、リーゼロッテ・ハイトラー(淫魔だなんて言わないでっ・e16488)、そしてミュピエ・リクシェール(ポリネシアン系地下アイドル・e12657)と行う。人手が多いということもあり、想定よりも早く男性を引き上げることができた。
 速やかに男性を下流の小川のそばへと避難させたところで晴陽とミュピエとルルで応急手当てをし、犬江・親之丞(仁一文字・e00095)に護衛を任せる。
 エステルは念のためとヒールドローンで小型治療無人機の群れを操り、男性の警護をさせて蜜姫とともに戦列へと戻ろうとする。
 その最中のことだった。背後から爆音が聞こえてきて、2人は何事かと振り返った。

●滝壺での戦い
 時間は少しだけさかのぼる。
 男性を水から引き上げたのを確認した彩看・転夏(弱虫こむし・e00566)が紙兵散布で皆の耐性を上昇させる。それと同時に呉羽・律(凱歌継承者・e00780)も第六の凱歌で補助をする。
 炎に包まれたヴァルキュリアをさらに業火に包むべく、貴石・連(砂礫降る・e01343)がグラインドファイアで高く跳躍し、蹴り上げる。
 それを腹部に食らったヴァルキュリアは、前が見えないながらも気配を察し、槍を振る。
 しかし光を宿した槍の一撃は、その切っ先が着地体勢へと入った連の鎧を掠るのみ。
「さぁ……お覚悟なさいませ」
 連が着地したところで、レリア・フォーネリー(夜露草・e00527)がヴァルキュリアを叩き落とそうとドラゴニックミラージュを放つべく掌をかざす。
 まさにその直前だった。レリアの背後から加賀・マキナ(自らを知らぬ者・e00837)のフロストレーザーがヴァルキュリア目掛けて放たれた。
 それは寸でのところでレリアから逸れ、連と河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)の頭上を抜け、ヴァルキュリアを逸れて滝を破壊した。
 爆音とともに崩れる滝。張り出していた岩は垂直に落ちて水が舞い上がる。
 その余波で滝のすぐそばにいたヴァルキュリアに大量の水しぶきがかかり、身を包んでいた炎が消えてしまった。炎から解放されたヴァルキュリアは自分の妨害をした者達を確認し、突撃すべく槍を構え直す。
「ならば、これで」
 すかさず虎河が猟犬縛鎖でヴァルキュリアを締め上げた。
 陽狩も同じく猟犬縛鎖でヴァルキュリアを捕える。
 空中で2本の鎖に縛られたヴァルキュリアは鎖を引きちぎろうともがく。しかし、2本の鎖が絡まり合い、もがけばもがくほど彼女は締めつけられる。
 身動きが取れずに空中にいるだけのヴァルキュリア目掛け、実里がダブルジャンプで空を蹴るように跳び上がった。
「太陽の騎士にて旅人、河内原・実里、参ります!」
 グラビティブレイクをヴァルキュリアへと叩きつける。その勢いでヴァルキュリアは水面へと叩き落とされ、巨大な水柱が上がった。

●翼をもがれた戦乙女
 実里も多少の水は被ってしまったが戦闘に影響はない。川岸へと着地し、皆と同様にヴァルキュリアの浮上を待つ。
 ばさり、と水の中からヴァルキュリアが飛び出て来た。垂直に上昇し、落とされた場所と同じ場所に浮いている。
 彼女はターゲットとその護衛、そしてケルベロス達を見るとそちらのほうへと降りてくる。どうやら不得手な遠距離でケルベロスと戦うのは不利だと考えたようだ。
 ヴァルキュリアは着地と同時に氷を纏い、槍で突撃してきた。
 前衛を狙ってきたその攻撃はタカ・スアーマ(誇り高いドラゴンの騎士・e14830)とミルディア・ディスティン(全速全開猪突猛進の暴走娘・e04328)がその身を呈して受け止める。
「あんたたちはやっこさんに集中するにゃ!」
 ミルディアがそう言えばタカはうなずき、ヴァルキュリアの動きを少しでも抑えるべく槍を掴む。
「オンディーナ……オンディーナ……その蒼き指先、蒼き唇もて、我が敵を縛れ」
 レリアがOndina blueを放つ。青の精霊、天青石に宿るオンディーナが柔らかな微笑みを浮かべ、ヴァルキュリアを痺れさせようと彼女に触れる。
 エステルも同じくミサイルポッドを出してマルチプルミサイルで大量のミサイルを浴びせ、パラライズを狙う。
「降魔の桜よ、狂い咲け……ブレイクッ!」
 虎河が闇の桜吹雪を作り出す。薄く拡げられた降魔の力によって作り出されたそれもヴァルキュリアを痺れさせるものであり。
「くっ……」
 3重の攻撃によって痺れさせられたヴァルキュリアは槍を動かすのも一苦労のようで、槍の一撃も速度を失っている。そのため、攻撃を庇おうとしていたマリスも簡単に受け流すことができる。
「い、いま……うち……」
 少しばかり離れた場所にいる転夏がヴァルキュリアが動きを止めているうちにと、メディカルレインで傷ついた者達を癒す。槍で攻撃されたダメージが完全にとまではいかないが、それに近いくらいは回復させることに成功した。
 動きの遅くなったヴァルキュリアに、フィーリヤは箱に入って体当たりをし、アスラは神器の瞳で睨みつける。
「全てを破壊する旋律を今此処に!」
 サーヴァント達がぱっと散ると、陽狩の奏でる万物破砕の旋律がヴァルキュリアへ直撃した。強烈な振動波で吹き飛ばされたヴァルキュリアは大木へ打ちつけられる。
 同時に、皆を奮起させるべく蜜姫が「紅瞳覚醒」を奏でた。
「我が前に塞がりしもの、地の呪いをその身に受けよ!」
 身を起こそうとしているヴァルキュリアに砂礫の打突を撃ちこむ連。傷口周辺が石化し、ヴァルキュリアは自身を回復させようとするが、思うように傷は塞がらない。
 手負いのヴァルキュリアにマリスが鉄塊剣を振り下ろし、デストロイブレイドを食らわせる。付加効果はつかなかったものの十分すぎるダメージを与えることができたようで、ヴァルキュリアは肩で息をしている。
「エインヘリアルによって支配されている、それを君たちは良しとするのかい?」
「……問答無用」
 実里の問い掛けに対してヴァルキュリアは槍を振るう。切っ先のぶれたそれを簡単に受け流すと実里は手加減攻撃をした。それがヴァルキュリアに当たるのを確認すると虎河に目配せをする。
 虎河はヴァルキュリアへ説得を試みる。
「君達にかけられた呪縛から助けたい。今は無理でもいつかきっと――」
 その言葉を遮るようにヴァルキュリアは槍の一撃を浴びせた。身体で受け止めているため反撃がないのをいいことに、ヴァルキュリアはさらなる追撃を掛けようと、残った力を振り絞って再度槍で一撃を与えようとするが。
 陽狩が猟犬縛鎖でヴァルキュリアの槍を持つ手を締め上げた。次いでエステルがロックオンしてロックオンレーザーで、蜜姫が「幻影のリコレクション」を奏でて武器を封じる。ヴァルキュリアは槍を振ろうとするが、その腕は動かない。
 そしてマリスが力を宿した飛び蹴りスターゲイザーを炸裂させて足止めをし、説得を見守っていたレリアが不調に終わったことを察し、アイスエイジで氷河期の精霊を召喚した。
 一斉にヴァルキュリアを攻撃する仲間達の後方、変わらず離れた場所にいる転夏はすかさずウィッチオペレーションで虎河の傷を癒す。
「最後に聞きたいんだけど『ニーベルングの指輪』のこと、知ってたら教えてくれない?」
 連の問い掛けにヴァルキュリアは黙秘を貫く。代わりに力の入らない腕で槍を握り直す彼女を見て連は仕方がない、とばかりに光輝く左手でヴァルキュリアを引き寄せ、漆黒を纏った右手で放つセイクリッドダークネスがヴァルキュリアの体を貫いた。
 ヴァルキュリアが膝を折って地に伏せようとした寸前。実里が機械仕掛の大剣を掲げる。
「皆の笑顔の為に、この力がある! カリバー!」
 力を開放したその刀身は、あらゆるものを切り裂く騎士王の剣の模倣品。イミテーション・カリバーがヴァルキュリアの体を引き裂く。
「あああああ……」
 断末魔の声、そして苦悶の表情を浮かべるヴァルキュリア。
 彼女はその身に着けていたものすべてと一緒に、何も残さずさらさらと消えていった。

●渓流のなかで
 ヴァルキュリアがいなくなったことを確認した実里はとても良い笑顔でサムズアップをした。その先にいるのは虎河だが、ヴァルキュリアを救えなかったからなのかそれとも傷のせいか、表情はあまり冴えない。
 陽狩はサキュバスミストで傷ついた仲間を回復させ、フィリーヤはそれを応援するようにぐるぐると彼女の周囲を回っている。
 マリスとレリアは男性の無事を確認しに向かう。素早い手当てのおかげもあって深刻な症状にはなっていないようで、2人は胸を撫で下ろす。
 その様子を遠くから見守る転夏。男性のことが心配ではあるのだが人の多い場所が苦手であり、話したり触れ合ったりすることも苦手なために木の陰からじっと救護活動を見守っている。そんな彼女の周りにはいつの間にか小動物達が集まっていた。
 修復された滝をじっと見る蜜姫。エステルは彼女に怪我がなくてよかったと一言告げると、男性の元へと向かう。
 連は蜜姫にまた会えた喜びを伝えると、彼女は照れたようにそっぽを向いた。

 先ほどまでヴァルキュリアがいたとは思えない空間に響く滝の音。
 深い緑に包まれたそこはケルベロス達と男性が去り、いつもの静寂を取り戻していた。

作者:香住あおい 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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