宿縁邂逅~虚栄の絆

作者:螺子式銃

●螺旋巡る計略
 深く、暗い闇の中でぽつりと灯りが見える。ひとつ、ふたつ、みっつ、ゆらゆらと灯り始めたひかりは幻想的に室内を照らし出す。
 無数の蝋燭に似た灯りに囲まれて、豪奢な椅子に身を沈めるのはクラシカルな黒のワンピースに身を包み、揃いのボンネットを被った女だ。いかにも愛らしい少女めいた容貌の彼女は、細い指先を組んで目を瞑っている。
 音もなく、昏い影がその傍らに現れた。シルクハットを被った瀟洒な出で立ちの彼は胸に手を当てて丁寧な礼を取ってみせる。
「これはこれは、お休みでしたかな? ――ご依頼の情報をお持ちしましたが」
 ビスクドールのように静止した美を湛える少女の様子に可笑しげに笑う男。瞼を開けた少女は、ゆっくりと首をかしげて。
「いいえ、いいえ? アダムス男爵の訪れをずうっと待っておりましたのよ。一日は千の秋のように焦がれ、待ちわびておりましたわ。御礼に何を致しましょうかしら」
 男爵と呼ばれた男はとんでもないと首を振る。
「互いの利益が一致しての事ですので、礼などは要りません。――ただあなた様が標的を確実に始末していただければ、それが我が利益となるのです」
 含みのある響きで、男爵が囁く。彼には彼の、目的があった。この少女が上手く件のケルベロスを襲ってくれるのであれば――。
 その意を受け止めて少女は鷹揚に頷く。彼女にとってもまた願っても無い好機だ。
「宜しくてよ。――どうかまたいらして下さいませ。私の可愛い『お姉さま』をお見せしますわ」
 承諾を合図に、室内から灯りが消えていく。ただ一つだけ、闇の中に消えぬ光がある。一際強い光輝を放つ、その蝋燭へと少女は手を伸ばした。押さえきれない期待を胸に。

●光を覆う影
 空を紅が染めていく。ビルの屋上から見る夕暮れの景色に、星野・光(放浪のガンスリンガー・e01805)は微かに目を細めた。
 人が賑やかに行き交う地上とは違い、エアポケットのようにそこだけ人の居ないこの場所での見回りを終えて、踵を返そうとしたそのとき。
「…あら、本当にいらしたのね。男爵の情報は流石だわ」
 楽しげに笑う声と共に、姿を現すのは黒いドレスの少女だ。スカートの端を持ち上げ、小さく礼をしてみせる。
「星野アカリと、申します。――お迎えに参りました『お姉さま』」
 白々しくもわざわざ星野アカリと名乗った少女は、明らかに人ならざる気配を湛えており、更に言えば姉と光を呼ばわりながら、全く肉親の情を抱いている様子もない。あるのは、底冷えするような殺意だ。
「そちらの思惑とやらに乗るつもりはないね」
 相対する光は、言い放つと同時に腰の銃へと手を伸ばす。アカリはおっとりと笑って。
「意志を聞いたつもりも、ありませんわ」
 いつの間にかその手には巨大な鎌が握られていた。一気に距離を詰め、その鎌が光へと振り下ろされる――。

●光を失う前に
 セリカ・リュミエールの招集はいつもの通り。ただ、今回は特に緊急性があるのだと、静かに少女は語る。
「星野光さんが、宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました。至急連絡を取ったのですが、現在音信不通となっています。――どうか、一刻も早く現場へと向かって下さい」
 告げられる内容は、確かに余裕のないものだった。
 セリカによると、彼女は星野アカリと名乗るデウスエクスに襲撃を受けたのだという。星野アカリは現在はサルベージした身体を使っているのか人間の少女の姿を取っているが、れっきとした死神だ。戦闘能力としては鎌を使っての攻撃に加え、毒や石化などの効果がある攻撃も仕掛けてくるらしい。
 襲撃を受けた場所は、ビルの屋上となるので直接今からヘリオンで向かうことになる。本来ならば雑居ビルなので人がいるはずだが、現在一般人は確認されていない。敢えて、死神が人払いでもしたのだろうということだ。
「急いだとしても、間に合うタイミングは光さんが襲撃を受けた直後です。その場で戦闘不能となっていれば救出を、未だ戦えるようであればどうか共に」
 セリカの表情に案じる色が浮かぶ。皆を、一度静かに見渡して。
「これは、ケルベロスを襲撃するという敵の新たな策謀でしょう。だからこそ、このような真似を防ぐために、ケルベロス襲撃は阻止されると敵に思い知らせねばなりません。――どうぞ、無事に光さんの救出をお願いします」
 セリカは一同に向かって深々と礼をする。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
花骨牌・晴(春告鳥・e00068)
花骨牌・旭(春告花・e00213)
戦場ヶ原・将(ビートダウン・e00743)
星野・光(放浪のガンスリンガー・e01805)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)

■リプレイ

●逢魔が時
 血のように紅い、消えゆく太陽の日差しを浴びる影は二つ。星野・光(放浪のガンスリンガー・e01805)と、星野アカリだ。致命的な一撃を辛うじて銃弾で跳ねのけ、つかの間の拮抗を保っている。
「お姉さまは、相変わらず往生際が悪いわ? ねえ、私のモノになればとてもとても大事に致しますのに」
 アカリは光の返り血を浴びて心底愛おしげに微笑む。甘ったるいのに、どこか歪な笑い方だ。
「私を簡単に殺せると思ってもらっちゃ困るね。まったく、諦めたもんだと思ってたけど、本当に私の妹か何かみたいな名前名乗りやがって」
 対する光は満身創痍で片膝をつきながらも、未だ顔は上げている。歯切れの良い啖呵を切るその裏側で、じわりと鈍痛の走る腹部へと掌を押し当て。
 小さな舌打ちを落とした、その瞬間だった。上空から降るは、七つの影。
「くだらねぇ、離れろよ」
 よく通る低めた声と共に、黒い液体が大きく広がってアカリを飲み込みへと向かう。ブラックスライムの主、ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)は、如何にも不機嫌そうに整った顔を歪め前線へと立つ。
「オープン・ザ・ゲート!フューチャライズ! ――フューチャーカード、ライズアップ!」
 人の注目を惹きつけるに慣れた振舞いで、戦場ヶ原・将(ビートダウン・e00743)は戦陣へと躊躇わず切り込んでいく。翳したカードは、悪を焼き尽くすドラゴン。巨大な力が溢れて、アカリへと襲い掛かる。更にもう一つ見えた幻影は、花骨牌・晴(春告鳥・e00068)が放つ幻の、これもまた竜。竜語魔法の行使により、炎がアカリのドレスの裾を巻き上げる。
 アカリは一気に鎌を振り下ろそうとするが、突然の乱入に光の首筋から刃物の行方は逸れる。割り込んだ花骨牌・旭(春告花・e00213)が背中で刃を受け止めた。肉の裂かれる生々しい音と衝撃に遅れて苦痛があるが、唇を噛み締めるのは一瞬。
「――守りに来た」
 敢えて笑みを浮かべる旭の背後、ドローンが無数に現れて飛び交いながら傷を癒し警護を始める。その指揮者は、イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)。ショコラを溶かし込んだような髪が柔らかに揺れて、真っ直ぐ背筋を伸ばし言い放つ。
「家族ごっことかよく分かんないけど、その殺意は止めさせてもらうね」
 幾人もが、光と死神を遮るように現れる。光が失血に萎えそうな意識を無理やり立て直すと、見慣れた背中が見えた。
「ツケの分は働くぜ団長! お仕事お仕事っと!!」
 銀と白の毛並みを持つ狼の獣人、――ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)はしなやかに尻尾を揺らして、満月に似た光の珠を、彼女へと投げ込む。いつもと同じようにただ、肩を並べて立つ為の。
 凛とした詠唱を行うのはメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)。彼女が紡ぐ魔導の断章は、直接脳裏に響くように活力を注ぎ込んでいく。
「私ともあろうものが、ちょっとドジ踏んじまった。けど、お陰で目は覚めたよ。ありがとね」
 幾分傷の癒えた身体を下げるのは、狙撃手の位置へ。ただ一人で戦うわけでは、なくなったから。
「あら、皆さま揃って、邪魔をするおつもりなの?」
 未だ余裕を崩さず、アカリと名乗る死神は微笑んで見せる。
「悪ィがこの女はダチのツレでね。どうしてもってンなら、力ずくでやってみな!」
 ひるまずに将が返し、ランドルフもまた小さく鼻を鳴らす。
「姉妹喧嘩なんざみっともいいモンじゃねえぜ、とっとと仕舞にしてやるよ鎌女。――ただしお前の負けで、だ!」
 吠えるに近い響きで、リボルバー銃を構える。宣戦布告に放たれた銃弾は、しかし敵に向かわず味方へと。癒しに加えて守護を込めた銃弾は、開幕の合図としてこの上なく相応しい。
 彼らは、守り手としてここに在る。


●黄昏にて
「さァ、こっからが逆転の時間だぜ。――掟破りの卑劣なプレイングはジャッジキルだ。ペナルティを与えさせてもらうぜ!」
 陣形を整えるが早いか、将が真っ先に飛び出す。アカリへと駆動式の刃が襲い掛かる。その痛打が応えていないでもないだろうに、死神は涼しい顔で微笑む。
 ふわりと体重を感じさせない動きで鎌が空を一掻き。幻の刃が前衛達を切り裂いていく。
「退きなさい。家族を迎えねばなりませんの」
 丁寧な恫喝に、眉を跳ね上げたのはルースだ。避けきれぬ斬撃を覚悟して踏み込もうとする。迷わない――そのタイミングを見越したかのようにイーリィが腕一本、遮りに間に合わせる。共に戦う呼吸なら、知っている。そして、攻撃手たる彼を守る意味も。ルースを狙った刃は、イーリィの腕に突き立って袖口から石へと変えていく。
「ルース先生、――大丈夫、守るよ。……先に邪魔者を倒す気なのかな」
 苦痛に喘ぐより、慎重に敵の動向を見極めようとする少女の様子に、僅かにルースの目が細められた。援護を最大限に活かすべく、足を止めずに踏み切った先二本のグレイヴが炸裂する。
「今のところは、だな。守りは任せて俺はアレを仕留める。……気に入らねぇ」
 最後の言葉は、イーリィに向けてではなく。冷えた鉄の内側に熾火が宿るような、微かな熱を含んで。
「家族を騙るなんて、許せないよ。光には、本当の家族や仲間だって、きっと」
 メリルディは、砂糖菓子のように甘い眼差しを今は真摯に引き締める。彼女にも、家族は居る。両親は亡くしたけれど、弟がいて。ただ、――ちらつくは彼女の胸に住まう死神の影。見透かしでもしたように、アカリは薄く笑う。
「本当の家族にするのですわ。ねえ、貴方。家族って大事でしょう? 愛しいでしょう?」
 嬲るような言葉に、毅然とメリルディは顔を上げた。攻性植物を操り、聖なる光で皆に手渡すのは、死神の撒く破壊に耐え抜く力。
「惑わされない。――痛い目見て、退場してもらうよ」
 光の届いた先、晴は石の戒めを跳ね除けて、一陣の風のようプラチナブロンドが翻る。大きく助走をつけて、綺麗なラインで伸ばした足先がアカリへと流星の如き速さで向かう。
「そうだよ、光ちゃんを守るために晴達はがんばる!」
 晴に迷いや恐怖はない。自分の持てる最善を叩き込めるのは、仲間達に、友達に――家族に信頼があるからだ。
「……なぁ」
 身を削るようにして誰かを守るため戦う妹は、その最中ですら信頼しきった無償の愛情をくれる。旭にとっての家族は、この愛おしく時に危なっかしいまでに純粋な妹だ。だからこそ、問いとも言えぬ言葉が、口をつく。人を庇い、傷ついた身を癒しながら。
「家族を殺したいってどんな気持ちなんだ、『星野アカリ』」
 すぐには答えず、アカリと名乗る女は光と視線を向ける。
「お姉さまは、どう思っているのかしら」
 同時に虚空から容赦のない刃が光の間近へと生え、肩口から胸を斜めに引き裂いた。
「誰が、姉だって? 厄介モンに絡まれる人生ってのも退屈しなくていいが、ちょいとばかりウザったいよアンタ!」
 咲いた血の華を愛でるよう細い指先が光の頬へと触れようとするがすげなく振り払う光に、やはり家族の情愛はない。
「まあ、つれない。やっぱり、殺さないと」
 それでもめげずに、死神たる少女は笑うばかり。
「うるせえな、鎌女。うちの団長に触るんじゃねえよ」
 威嚇じみた唸りに合わせ、無数の銃弾が、雨とあられとアカリに向かって降り注ぐ。踏み込ませぬとばかりに、銃を構えたランドルフはアカリを睨み据える。
 光が編み上げた場にランドルフもまた、一員として過ごしている。人だって場所だって、色んな出来事があり、いろんな思いがある。その中で、ただ言えるとすれば。
「団長、アンタを失う訳にはいかねえぜ!」
「はっ。私もこんな場所でくたばる気はないよ」
 呼応して、光は高らかに笑う。バトルオーラが膨れ上がり、やがて弾丸となって迸る。肩から頬を大きく抉られたアカリは、ようやっと口許から笑みを消した。
「ならば、全員殺しますわ。誰一人、逃しません。そして、私も逃げません」
 明確な宣戦布告を、改めて星野アカリは言い渡す。彼等が敵であるのなら、退く気はない。それは計画の主への義理立てであり、同時に彼女の矜持でもあった。
「殺させないよ。癒して、癒して、守るんだから。みんなで帰るんだ」
 ぴしゃり、跳ねのけるのはメリルディだ。言葉通り、彼女が宿す光は皆へと降り注ぐ。これは、生と死のせめぎ合いに他ならない。ならば、勝ちに行こう。生き抜くのは、――きっと得意だから。


●暮れる、散る
 ざわり、と周囲に昏い霧が舞い毒持つ刃としてケルベロス達へと一斉に襲い掛かる。
 真っ先に飛び出した旭は、晴を抱き込むようにして胸に庇う。彼女の頬を狙った刃が旭の首筋を抉り、途端に熱を持って爛れる感触が肌を焼いた。その苦痛に、妹がこの傷を受けずに良かったと心から思う。
「……あにさま」
 腕の中から覗く小さな白い顔を見たら、旭は笑える。ごく、強気に。苦痛は吐息ごと深く呑み込んで。
「あにさまは強いからな、痛くないさ。それに、すぐ治してくれる」
 その言葉が終わるか終わらないかのうち、聞き慣れた声が響く。
「――ぜんぶ ゆめのなかで なかったことになるから」
 イーリィが囁くは、夢物語。言葉遊びは機械の翼から零れる力に、本当になる。優しい、優しいしろの夢。少女が描く、お定まりのうそだ。
「そら、もう平気だよ」
 頼もしげに顔を輝かせて晴がイーリィを見るのに、旭も胸を張ってみせる。小さく肩を竦めて、イーリィから悪戯な笑みがちらりと零れた。旭もまた友人に見せる年相応の顔で口元を斜めにしてみせる。ほんの少しの、親しいもの同士のじゃれ合い。その横では、テレビウムも懸命に動画を流していた。今は、毒の影響を和らげようとでもいうのかヒーリング的な動画だ。
「毒やらなんやらで前の足並みを乱したかと思えば、不意打ちで狙いに来やがる」
 冷静に状況を見ながら、将が顎を一撫でする。前衛への精度の高い攻撃から、状態異常の植え付け。立ち位置のせいだろうか、光を狙い撃ちすることこそないけれど、隙あらば首を掻き切ろうという殺意はひしひしと感じ取れる。
「だが、団長に寄せ付けるかってんだ」
 腹の底から、ランドルフが吠える。びりびりと空気すら振動させるハウリングにアカリの身動きが僅か、鈍る。
「こーいう作戦なら、敵の目標を徹底的に邪魔してやンのが一番効くからな! ディフェンダー、よろしく頼むぜ!」
 その隙を逃さず、敢えて朗々と声を張る将の意図を察してかイーリィも殊更、余裕のある表情を作ってみせる。けれど、耐えているテレビウムの動きにも精彩がなく、イーリィも身体の芯から蝕むような苦痛に苛まれていた。皆の動きが悪いわけではない、ただ、星野アカリは間違いなく強大な敵であり――しかも狡猾な類で。
「まかせて! そっちの回復、お願いするね」
 自分の傷を癒しながらメリルディと声を掛け合う。メリルディとて、その白い肌は鎌に切り裂かれた細かな傷が浮き上がり、毒に変色する皮膚は癒しても癒しても蝕まれる。
「――うん。絶対に、まもりきる」
 誰もが戦況の終局を悟っている。だからこそ、メリルディが出来るのは、誰かの背中を守ること。自分の足で、家に帰るために。
 流麗たる音楽の響きのよう、彼女は禁忌の断章を詠唱する。その手で、断ち切ることを願って。
「十分だ。そろそろあのブッ壊れ女に引導を渡してやるよ」
 馴染んだリボルバー銃を指先に引っ掛けてくるりと光は回す。
「なら、仕舞いだな」
 ルースが、一呼吸の間にしなやかな肢体をアカリの至近へと肉薄させる。
 飾り気のない、ただ暴力に特化した拳が少女の腹部を撃ち抜き、そのまま鼻面目がけて肘を叩き込む。暴力衝動に酔う様子はなく、どこか武術のようなストイックさすら漂う一連の動作。
「俺は思い通りに踊らされるのが大嫌いなんだ。――今日は特に虫の居所が悪い。不運だったな」
 淡々と、酷薄に響くルースの声。アカリは身を崩しかけて不自然な角度から鎌を薙ぐ。死神の姿はもう見る影もなく、けれど、無様でもない。
「…逝きましょう、お姉さま」
 咄嗟、イーリィと旭が目を見交わす。次の瞬には庇いに身体がそれぞれ動いていた。二人の苦痛は濃く、傷は深い。けれど前へと向ける気持ちは重なる。エアシューズの一撃に沿うは紙片の刃――背を押す、風が吹く。
 言葉の代わりに受け取る想いに、振り返りたがった晴は、気丈に前を向く。
「あにさまやイーリィちゃんも、一緒だから。晴は、いつもより、もっと、もっと、がんばれる」
 憧れた月光、想像の魔法陣。ひどく切なく眩しい月灯りの向こうには、闇と悪夢がある。全部を背負って立つ、小さな少女はせめて懸命に胸を張り、光線を叩きつける!
「銃撃つばかりが能じゃねえぜ!コイツでも食らいな!!」
 グレイブに雷を纏わせるのは、ランドルフだ。月光の合間を縫って、稲光の如く轟く強さは、アカリを一瞬立ち竦ませる。将が隙を逃さず添えるは竜と化す猛攻。もはや死期を悟ったか、けれどアカリの表情は穏やかだ。最後の瞬間まで向かうは、光へと。
「お高い特殊弾だ……こいつは効くよ! 香典がわりに、取っときな!」
 ――どれだけつけ狙ってみても、けして殺せぬ女がいた。取るに足らぬ筈の女を縛れず、どれだけの策も女には届かない。ささやかなはずの執着は、死神の心を蝕んでいく。
 だからこそ、――星野アカリに『成った』のだ。人ならざる少女は、ふっと微笑む。先程、問われた問いの答えを、思い出して。
「殺さねば手に入らないもの、ああ狂おしい。――そうやって多くがきっと、貴方に魅入られる。厄介ごとに、きっとずうっと付き纏われる。なのに涼し気で―…なんて、自由な、」
 高らかに謡う声は、やがて業火へと包まれる。その最後まで、哄笑は続いていた。毒のように、呪いのように。
「――俺は、一切理解できないよ」
 嘆息と共に、旭は傍らの妹を見遣る。幾人かが唇を引き結ぶのは、余りにも異質な絆に思いを馳せるのか。
 不思議と凪いだ黒の双眸を束の間伏せて、光が皆を振り返る。彼女が何を言うよりも先、代表するよう、一歩進み出たのはランドルフだ。ごく自然な常の様子で、ひょいと肩を竦めて見せる。
「団長、アンタの『これまで』を詮索する気はねえし、『これから』に口出す気もねえよ。好きにすりゃいいんだ……さ、早いトコ帰ろうぜ」
 血のような夕焼けは、やがて夜に変じようとしていた。メリルディは、最後にもう一度光へと癒しを注ぐ。お帰り、の代わりみたいに。
「ああ、日が暮れちまったね。――帰ろうか」
 そうして、仲間達と共に光は歩き出す。風に髪を好き勝手散らされながら、何処までも自由に。
 強き星は、未だ潰えず帰還する。

作者:螺子式銃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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