宿縁邂逅~赤華竜輪

作者:宮内ゆう

●赤の竜人
 薙刀を握る女性の手に力が籠もった。
「誰かを呼んだ覚えはないのですけれど」
 振り向きもせずに声をかけた。背後に感じた気配に対して放った殺気が如実に語りかけている。それ以上近づけば斬ると。
「これはこれは。女性の背後から忍び寄るとは礼を失していたようで」
「……」
 さらに濃密になった殺気にアダムス男爵が姿を現すと、女性も振り向いて少しだけ一触即発の気配が和らいだ。
「はじめまして。それがしは螺旋忍軍、アダムス男爵と申すものです」
「……何用でしょうか」
「エインヘリアルである貴女にお願いがございまして」
 いっこうに晴れない殺気がアダムス男爵に浴びせられ続けている。
「我々はデウスエクスですが、互いに味方同士というわけではありません。しかし、共通の敵が存在いたします」
「ケルベロスのことでしょうか」
「その通りです。地球侵攻の障害であるケルベロスを殺害、あるいは捕縛する子が出来れば戦いを有利に運ぶ事が出来るでしょう。もちろんケルベロスの力は脅威ですが……」
 しかしとアダムス男爵が指を振る。
「1体1体の戦力は決して高くない」
「つまり、私に1人のケルベロスを襲撃しろ、と?」
「ご明察。なかなかに聡明です」
 褒めてはいるがどこか胡散臭い。慇懃な態度に女性はため息をついた。
「すでに手筈は整えさせていただきました。是非ご助力をお願いいたします、進藤――恵美様」
「……ッ!?」
 音もなく薙刀が一閃し、光の筋が闇を斬り裂いた。
 しかし刃に手応えはなく、すぐ後ろにいたはずのアダムス男爵の姿は跡形もなく消え失せていた。
 
●朽ちた峠道
 人気のない、暗闇の山道をひとりの男が進んでいた。
 ガードレールは錆び付き、アスファルトはヒビ割れて雑草が芽を覗かせている。一目見て、そう古くはないもののすでに使われていない道路であることが分かるほどだ。
 しかし、その使われていない道路の先にこそ男――進藤・隆治(沼地之黒竜・e04573)の目的地があるようだった。
「……おいおい」
 隆治が立ち止まった。この朽ち果てた道路に似つかわしくないもの、すなわち人影を見つけたからだ。
 はっきりと顔形までは分からない。女性のようだがこんなところにいる時点で真っ当な者ではないだろう。加えて長物を持っているともなれば、穏便な話ではあり得まい。
「こんな夜中にこんな所を散歩というわけではないだろう?」
「そうかしら」
 風が吹き、茂った木々の隙間から月明かりが差し込む。それが女性の持つ薙刀の刃で照り返し、姿を一瞬だけ露わにした。
 花柄の赤い着物を纏ったドラコニアンの女性の姿を。
「こんな静かな夜ですもの。散歩もなかなか趣があるとは思いませんか?」
「まさか……嘘だろ」
 赤い髪、翼、尻尾、声。そして何より、その柔らかな微笑み。
「恵美ッ!!」
 動揺して一歩足が出た。
 思わず出てしまったのか、分かっていながらも踏み込まずにはいられなかったのか。それが、致命的なまでの隙だった。
 突き出された刃が隆治の身体を貫き、そのまま山側の岩壁へと叩きつける。
「がはっ……恵美、我輩だ! 分からないのか!」
「存じません」
 先ほど微笑んでいたのは嘘だったかのように冷たい声で恵美と呼ばれた女性が言い放つ。
「……チッ!」
 薙刀を引き抜き再度刺しに行くよりも早く、隆治が上方に向かってガトリングガンを乱射しはじめたので、恵美は咄嗟に後ろに飛び退いた。
「どこを狙って……これは!」
 弾を避けようと退いたのが失敗。崩れた崖の土砂が隆治の姿を覆い隠していく。すぐに見つけようと恵美は飛び込んでいくが、すでに隆治の姿はなかった。
「そう、易々と狩らせてはくれませんか……けれど」
 それなりに深手は負わせたはず。その証拠にアスファルト上には転々と血の跡が続いている。
「ふふ、ふふふふ……待っていてくださいね」
 刃に付いた血を舐め取ると、身体がぶるりと震える。
 隆治を突き刺した感触に、恵美は心が昂ぶるのを感じていた。
 
●危機
 ヘリオライダーである茶太からもたらされたのは火急の要件だった。
 ひとりで行動をしているケルベロスがデウスエクスの襲撃を受けるという予知をしたのだ。
「進藤・隆治さんです。なんとか連絡は取ろうとしたのですが」
 取れなかったということ。故に危機的状況になっている。
「そもそもなんであんな場所にいたのか……」
 場所は東北のとある峠道。今は使われていない道路で、その先にあるのは廃村のみだという。
「いえ、そんな事より今は進藤さんです」
 話を戻す。
 現状では急いで現場に向かったとしても襲撃には間に合わない。
「でも応戦するのではなく、撤退をして時間を稼いでくれたおかげで、なんとか助けられそうです」
 現場での正しい判断が功を奏したということ。
 襲撃には間に合わない、しかし救出にはまだ間に合う。
 一時撤退した隆治と先に合流できれば、彼を無事に救出しつつ敵を撃退することも可能だろう。
「使われていない道路だけあって人気は一切ないです。救出が最優先ですけど、戦うときは思いっきり良いですよ」
 ぐっ、と茶太は拳を握った。
「それで敵にも分からせてやるんです。姑息に闇討ちなんかしても無駄だってことをね!」
 その言葉にケルベロスたちは力強く頷くと、急ぎ現場へと向かっていった。


参加者
エニーケ・スコルーク(黒麗女騎・e00486)
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)
リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)
クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)
永代・久遠(小さな先生・e04240)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
フォンセ・グングニル(元戦乙女の一本槍・e24796)

■リプレイ

●離脱
 時折風が吹き、木々のざわめき音と小石の転がる音がする。
 音といえばその程度、山道は静寂を取り戻していた。
「いました! 進藤さんです!」
 倒れている人影に気付いた永代・久遠(小さな先生・e04240)が駆け寄っていくと、仲間たちも集まってきた。
「気を失っているようです。傷は深いですが……」
 致命傷ではない。久遠が患部に癒やしの力を込めた弾丸を撃ち込むと、ひとまず傷は塞がった。応急処置としては十分だろう。
「じゃあすみません、お願いしますっ」
「ええ、任せてください」
 白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)が頷いた。敵が来る前に隆治を安全な所へ退避させようというのだ。
「すぐに戻ってきますよ」
「!!」
 その時、リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)のアホ毛がびびっと反応した。尖って山道の暗闇を指し示す。
「いそいでください! ちかくまできています!」
「それ、センサーか何かなんですか……?」
 言いつつも佐楡葉は隆治を抱えてその場から離れ始めた。その一方で暗闇からひとりの女性が姿を現す。事前に伝えられた進藤恵美に間違いない。
 ゆっくりと静かな動作で、歩いている。
「薙刀持った和服の姉ちゃんか……一体何者なんだ……?」
 見た目はしっくりする。しかし、打ち棄てられた山道には不釣り合いなその姿にフォンセ・グングニル(元戦乙女の一本槍・e24796)が思わず呟く。ビハインドのエレオノーラさんも心なしか緊張しているようだ。
「いや、ま。どちらにせよこれ以上は進ませないぜ」
 隆治を倒したいのなら自分たちを倒していけ、そんなニュアンスを含ませて語りかけたフォンセだが、恵美は静かに微笑んだ。
「心配せずとも、まずはあなた方の相手を致しますよ。だって――」
 ひゅっと風を切る音がした。恵美が薙刀を構えたのだ。
「あなた方を殺してからの方がじっくり楽しめそうですもの」
「信用ならないな」
 今は隆治を狙う気はないと意思表示する恵美に、アンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)が即座に切り返した。
「さっきから隆治の方をずっとみてるじゃないか。狙う気満々だろう」
「……」
 そんな簡単に惑わされはしない。だからこそ、アンゼリカはこう宣戦布告した。
「私達が力を合わせ守る以上――隆治の撃破は叶わないと知れ」
 恵美は表情に微笑みを携えたまま、黙っている。
「図星みてェだな」
 クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)がニッと笑った。
「ま、因縁の相手と一対一なんて状況、場合によッちャ悪くねェ状況なんだろうが……悪ィが介入させてもらうぜ。俺らは群れてなんぼの番犬なんでな」
 ケルベロスとデウスエクスなどという間柄、放置は出来ないということ。クラムが戦闘するべく構えると、ボクスドラゴンのクエレさんもそれに倣った。
「それにしても、夜道で異性を襲うなんて感心しませんね」
 今思いついたのだろう、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)がそんな事を言いだした。
「肉食系女子ってやつですか?」
 分かって言っているのかいないのか、ナチュラルな挑発である。
「それは分かりませんが」
 ようやく恵美がまた口を開いた。
「あの人を思い、あの人を見、あの人に……この刃を刺すと、心が満たされていく感じがするのです。ああ、今の私はあの人を刺すためにいるのだと」
「肉食どころじゃなかった!」
 思わず言ってしまうカルナ。
「貴女方の人間関係など知ったことではないですが、ひとつ言わせていただきますわよ」
 ふうとひとつため息を漏らしてエニーケ・スコルーク(黒麗女騎・e00486)が言った。
「加虐趣味の女はドン引かれるだけですわよ」
「……」
 自身のゲシュタルトグレイブを突きつけると、ほんの僅かに恵美の眉が動いた。
「分かったら……私をもっと甘やかしなさいなッ!」
 それが戦闘開始の合図。
 エニーケの撃ち放った雷を纏う突きが恵美を捉えた。

●尖刃
 真っ直ぐ点を穿つような突きが紙一重で避けられた瞬間、エニーケは危機を感じ取った。その直感は正解。恵美は突きを避けた流れで身体を反転させ、薙刀を大きく振るってきた。
「はっ!」
 範囲の広い薙ぎ払いによって前衛たちの前進が阻まれた。いや、とっさに後ろに退いていなければ大きなダメージを負っていただろう。敵の得物は薙刀、刃は突くだけでなく斬ることも出来る。
「なかなか美しい薙刀ですわね。貴女を殺せたらもらっていってもよろしいかしら?」
「あら。あの世まで武器は持っていけませんよ?」
 エニーケが笑えば恵美も笑う。
「ひとりでまとめて相手しようッてだけはあるッてことか!」
 地を奔らせたエアシューズから炎がほとばしる。
「――チッ」
 万全の状態ではやはり効果が薄いか。クラムの放った炎はその場から退避。しかし、そこにリリウムが追いすがる。
「ぜったい、やらせませんっ!」
 体格差が大きい、勢いで飛びだしたものの拳が届かない。ならばと追いかけながらも弓を引き絞る。
 撃ち込まれた矢も避けようとした恵美だったが、追尾してくるものと判断すると薙刀で叩き落とし、逆にリリウムへと距離を詰めた。
「あっ」
「おいたが過ぎますよ」
「クエレ!」
 クラムが叫ぶ。とはいえそれよりも早く動き出していたクエレさんは、リリウムを庇って薙刀の突きを受けた。
「いけませんっ」
 慌てて久遠が銃を構える。だが恵美はさらにもう一撃加えようとしている。回復が間に合うか――。
「かはっ!?」
 その刹那、恵美の動きが鈍った。後方から飛んできた光弾が直撃したのだ。
「遅くなりました」
「佐楡葉さん!」
 隆治を退避させていた佐楡葉がちょうど戻ってきたのだった。恵美が怯んだ隙にクエレさんも下がり、久遠が治療を施す。
「しまっ……」
 こうして怯んだ一瞬の隙を逃す理由はない。当然の如くフォンセが飛び込んできていた。
「一撃、くれてやるッ!」
「ああっ!」
 ここでようやくダメージらしいダメージが入った。いや、真に重要なのはダメージではない。
「エレナ! 来い!!」
 フォンセの言葉を受けてエレオノーラの周囲に瓦礫が浮かぶ。それらが恵美を押しつぶそうという勢いで一斉に殺到した。
「もう一丁!!」
 さらにアンゼリカが落下してきた。斬り込むタイミングを見計らって、いつでもいける準備をしていたらしい。続けざまの足止めがあってはこれを避けるのは困難。
「だから言っただろ、私たちが力を合わせればって!」
 深くはないが幾度も繰り出された蹴りによって、恵美の足に複数の傷が刻まれる。
「そうですね、ここまでいけば……」
「え!」
 背後から聞こえた声に恵美が咄嗟に振り返る。いつの間にかカルナが死角に入り込んでいたらしい。攻撃が来る。しかしすぐに足が動かない。
「この魔法も避けられないでしょう!」
「――ッ!!」
 カルナの拳から繰り出される魔法(物理)が恵美を殴りつけ、胸を打ち付けた彼女は声にならない悲鳴を挙げた。

●夜華
 確かに進藤恵美は強い。純粋な強さでいえばひとりのケルベロスを遥かに凌駕することに疑問を挟む余地はない。
 しかしながらケルベロスが8人もいるとなれば話は別。無理な戦いをせずに堅実に戦いを進めていけば負ける要素はない。
「みなさん、受け取ってくださいっ」
 久遠が上空に放り投げた薬瓶を撃ち抜くと、中に入っていた薬品が飛び散り雨のように降り注いだ。仲間たちの傷が癒やされていく。
 役割をわけ、連携することでケルベロスたちはさらなる強さを発揮するのだ。
「くっ……」
 ケルベロスを直接撃破するのが難しいと判断してから、恵美はことあるごとに突破を試みるがすべて失敗に終わっている。
「読めてるぜ」
 恵美はクラムの横をすり抜けようとしてクエレさんに阻まれ、怯んだところを鎖に縛られた。
「そうそう行かせねェよ」
 そこへアンゼリカが踏み込んだ。
「ケルベロスの護りは貫けない。さあ、エインヘリアル……覚悟を決めろ!」
「生憎と、ここで果てるわけには参りません」
「ならばその魂、ここで凍らせるといいさ!」
 衝撃を受けながらも鎖をふりほどき、恵美が後退する。度重なる攻防でだいぶ動きが鈍っているようだ。万全な状態であれば警戒していても突破された可能性があるかもしれない。
 恵美が最初からそうしなかったのは、ケルベロスを侮っていたからだろう。ひとりでも全員倒せると思って相手取ろうしたのが判断ミスということだ。
「――ふ」
 恵美が息を吐いた。呼吸を整える。
「まだ……やる気ですか」
 カルナの言葉に恵美は微笑みを浮かべた。進むことも退くことももはや叶わない。それを知っている表情はどこか悲しげにも見えた。
「こんなに恋い焦がれてもらえたら男としては幸せかも……ではなく、これに懲りて欲しいところなんですが」
 カルナの掌底が打ち込まれる。一瞬竜の幻影が見えた気がするが、それはともかく打ち込んだ部分から恵美の身体に炎が広がった。
「まだ、まだ……あの人の所に行くまでは……!」
「根性は結構なことですが」
 今までの突きとは違う構え。そこから繰り出される無数の突きがエニーケに迫る。だが、動きの鈍ったエインヘリアルの攻撃など恐るるに足らずといわんばかりに悠々と避けていく。
「な、なぜ……」
 恵美が目を見開いた。戦闘開始頃はむしろ恵美の方が押していたはず、この期に及んで何故立場が逆転しているのか。
「肉体的なダメージのこともありますが……信念の差ですわね。貴女の薙刀からは信念を感じませんの」
「信念……」
「どうして、その刃を振るうのかしら?」
「それは、あの人に……あの人を……あ、あ」
 突きを繰り出し尽くし、薙刀を持ったまま恵美の腕が震え始める。
「――殺す」
 恵美がそう言った瞬間、エニーケはつまらなさそうに槍の柄を叩きつけた。
「が、ふっ……!」
「訳ありだとは思ってたけどよ……なんか、なんだろうな」
 やるせない気持ちがわだかまる。フォンセは自分にも気持ちが分かるだろうかと隣のエレオノーラを見遣る。
「わからねえよ!」
 力任せの斧の一振りが恵美を裂いていく。それでも恵美は前に進もうとする。
「私は、私はあの人、に……」
「だめです!」
 ばちんと光が弾けた。見ればリリウムが絵本を開き、そこから電撃が飛び出している。
「なんか、その、えっと、あれです、なんかよくわからないですけど、いっちゃダメです! な気がしますです!!」
 電撃が恵美を飲み込んでいく。
「離して、お願い、行かせて……!」
「だめです、いかせませあばばばば」
 電撃がついでにリリウムも飲み込んでいく。
 これ以上見ているのも悪趣味というものだろう。いい加減楽にして上げるべきかもしれない。
「――ヘリオガバルスの薔薇って知ってます?」
「――?」
 佐楡葉が囁くようにいった。
 それは天井から降り注いだ薔薇が、宴の客人たちを窒息させたという伝説。
「是非その客人たちと同じ気分を味わってください」
 至近距離で光が収束する。目の前に佐楡葉がの掌がある。
 そして次の瞬間。
 超高温の光が爆発するように炸裂した。
 まるで、無数の薔薇の花が咲いたかのように。

●月下
 倒れた恵美を診ていた久遠は首を振った。
「隆治さんは大丈夫そうなのですが、こちらは……」
 なるべくしてなったこととはいえ、何とも言いがたい。同じ名字で同じドラコニアン。事情が全く分からないでも隆治と恵美の関係はいくらか想像が付く。
「聞いていますか?」
「いいえ、何も」
 久遠の問いに佐楡葉は首を振った。避難させるときに伝えたい言葉がないか確認したかを聞いたのだろう。残念なことに隆治は未だ気を失ったままで何も聞けなかった様子だ。
「せめて、これだけでも」
 だから手向けに赤い薔薇を恵美の胸元に添えた。
「う、かふっ……」
 まだ恵美にかろうじて息はある。
「アダムス男爵の行先に心当たりがあるなら教えて欲しい所ですが……」
 カルナが目を伏せる。この状態では仮に正直に答えてくれる気であったとしても話せないだろう。
 ならばせめて別のことを聞いた方がいい。
「何か伝えたい言葉は、ありますか」
「……」
 小さく唇がうごいた。そしてどこか遠くの空でもつかもうとするかのように恵美が手を伸ばす。
「隆治……さ……」
 ぱたりと、手が落ちた。カルナは何もいわずその手を胸の上でそろえてやった。
「あるべき者は、あるべきところへ。夜は静寂を取り戻した――」
 いつの間にか風は止んでいた。全く音がしなくなった山道では呟くようなアンゼリカの声も響いて聞こえる。
「けれど、もしかしたら、私はまた……」
 ぎりぎりと握る拳に力が入る。そんなアンゼリカの様子を見て、リリウムも不安げにアホ毛を揺らした。
「ほんとうに、戦うしかなかったんでしょうか」
「さあな……だけどはっきりしてることならひとつある」
「なんでしょう」
 フォンセが答えたのでリリウムは首をかしげて聞き返した。
「失った者はもどらねえ。そういうこと……だろ、エレナ?」
 そう語りかけるもエレオノーラさんはやはり彼の背後に佇むのみだ。
「ところで、手に持ってるそれはなんだ?」
「スコップとバケツですー」
 穴を掘って襲撃案は不採用だったらしい。
「それにしても、わたしには全部がたまたまとはおもえないですー」
「確かになぁ」
 リリウムのぼやきにクラムが反応した。
「ケルベロスの襲撃が始まったのは何となく分かるが、それで因縁のありそうな相手がやッてくるッてかァ? 確かにできすぎてやがる」
 クエレさんが辺りを回る。
「そうだな、とりあえずはこの作戦が無駄だッてつたわりャいいか」
 これからのことはこれから考えれば良いだろう。
「では参りましょうか。隆治さんの具合も心配ですわ」
 エニーケがそういうと、撤収が始まった。現状ではここにはもう用はない。あるべき者はあるべき場所へ帰るときだ。
「――ご機嫌よう」
 地に横たわる赤い華が、突き立てられ月の光を反射した刃に映えていた。

作者:宮内ゆう 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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