宿縁邂逅~『夜魔を狩る者』カルラ

作者:弓月可染

●『夜魔を狩る者』カルラ
「――誰?」
 街の片隅、人気のない夜の公園。
 ざわり、と風が枝を揺らす音が聞こえるばかりの暗がりを、少しかすれた、ハスキーな声が引き裂いた。
 遠く明滅する街灯がぼんやりと照らすのは、薄衣を纏った女の姿。夜の蝶を思わせる艶かしい雰囲気を纏う彼女は、しかしそれとは裏腹に険のある誰何を突きつける。
「これは失礼。それがし、螺旋忍軍が一人、アダムス男爵と申す者」
 彼女の視線の先には、気取ったシルクハットに季節外れのコートを着込んだ男。慇懃に礼をした彼――自称アダムス男爵は、カルラ殿ですね、と言葉を続ける。
「今夜、それがしが参ったのは他でもありません。我らが共通の敵、ケルベロスを排除する為に力をお貸し頂きたいのです」
 男爵がまくし立てるに曰く。
 地球侵攻の邪魔者であるケルベロスを殺害、ないし捕縛する事ができれば、地球での戦いを有利に運べるだろう事。
 ケルベロスの力は脅威ではあるが、集団の強みを活かした戦いを得意としており、個の力はデウスエクスに比べてさほどでもない事。
 つまり、ケルベロスの各個撃破を狙うならば、勝利は容易いだろうという事。
「……だから、私に手伝えって?」
 だが、アダムス男爵の誘いに、カルラと呼ばれた女はつれない態度を返す。無論、この男が信用に値するのか半信半疑、という点は大きい。しかし、彼女の視線に満ちている感情は疑念というよりも――。
「興味無いわ。他を当たって頂戴」
 心底面倒そうに、ばさりと斬り捨てるカルラ。けれど、そんな彼女へと男爵は言葉を重ねる。まるで、最後には引き受けると知っているかのように。
「まあ、そう仰らずに。手筈は既に整えさせていただきました。ターゲットは――」
 そして、彼の思惑通り、程なくしてカルラは男爵と手を結ぶ事を選んだのであった。

●襲撃
 かつん、と足音が響く。
 世話になっている事務所からの帰路を急ぐ喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)が異変に気づいたのは、余りにもクリアに響いたその足音が切っ掛けだった。
 大通りからは中に入っているとはいえ、普段から人通りの多い道だ。やや高めのヒールを履いているとはいえ、こんな風にはっきりと足音が聞こえるなどありえない。
 はっとして周囲を見渡す。無人。この時間、この場所では余りに不自然な、静寂。
「何? 誰も居ないの?」
 警戒して視線を巡らせる。そして次の瞬間、波琉那はその円らな瞳を一杯に見開いた。
「姉……さん……?」
 視線の先には、黄色いチャイナドレスに身を包む、臈長けた美女。まるで警戒色に彩られた蜂の様な印象を与えるその女が常人でない事は、背に負った異形の翼だけで察せられる。
 だが、波琉那が返した反応は、ただの『敵』へのものではなかった。もっとも、それは一方通行の思いでしかなかったと、すぐに思い知らされるのだが。
「何を寝ぼけた事を言っているのかしら」
 手にした大鎌を振り上げる女。その瞳が宿すのは、ただ嗜虐の快楽、それだけだ。
「さあ、死になさい」
 満ち満ちた殺意を解き放つように。
 ドラグナーのカルラは、ケルベロスを討つべく地を蹴った。

●ヘリオライダー
「喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)さんが、ドラグナーの襲撃を受けることが予知されました」
 アリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)の説明は極めて端的であった。既に連絡を試みてはいるものの、結果は芳しくない。もはや、一刻の猶予もない事は明らかだった。
「皆さんには、すぐにヘリオンで波琉那さんの元に向かっていただきたいんです。そのドラグナーに、波琉那さんがやられてしまう前に」
 アリスによれば、襲撃してくるドラグナーは、蝙蝠じみた翼を持つカルラという女だ。大鎌を縦横に操るその力は、八人で当たったとしても油断できるものではないだろう。
 ましてや、波琉那一人ならば。
「襲撃を受けるのは繁華街の路地裏なのですが、既にカルラが人払いをしています。邪魔をされずに、一対一で確実に仕留めるため、でしょうか」
 そう告げるヘリオライダーの声に緊張の色が滲む。一つ判るのは、このカルラというドラグナーが、明らかに波琉那を狙って来た、という事だ。
「いずれにせよ、一分一秒でも早く駆けつけて、波琉那さんを助け出しましょう」
 そう言って、ヘリオンへとケルベロス達を誘うアリス。彼女の説明以上に、その焦り方こそが逼迫する事態を雄弁に語っていた。


参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
烏夜小路・華檻(夜を纏う・e00420)
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
タルパ・カルディア(土竜・e01991)
天海・矜棲(ランブルフィッシュ海賊団船長・e03027)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
キーア・フラム(黒炎竜・e27514)

■リプレイ


 明滅する夜灯の光を受けて煌く刃が、夜闇を横一文字に切り裂いた。
 凍気さえ纏う白刃こそ、風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)が得物――銘を煌翼。愛刀と呼ぶまでに馴染むには未だ時間が掛かれども、その鋭さに疑いはない。
 だが、七人の先陣を切って見舞われた斬撃は、闇に血の華ではなく眩い火花と耳障りな金属音を生み出すのだ。
「悪いですが、これ以上彼女に手は出させはしません」
「可愛い子ね――うん? 雄の匂いかしら、これは」
 恵の刃を受け止める大鎌。その遣い手たるカルラは、嫣然と笑みを浮かべた。
「――油断ですよ」
「では、『本物』を教えて差し上げますわ」
 切り結ぶ恵を目晦ましに迫る、烏夜小路・華檻(夜を纏う・e00420)。制服を脱ぎ捨てぴったりとしたボディスーツに身を包んだ彼女は、格闘家もかくやという勢いで跳ね、襲い掛かる。
「簡単には離れてくれませんでしょうから――これはいかがでしょう?」
 視界を防ぐように組み付き、首を捻って後ろに落とす。彼女の柔らかな身体から繰り出される体術の極致。出し惜しみ無く披露されたそれは、人型の相手にとって必殺の一撃であるが。
「今ですわ!」
『オモカジイッパーイ! リベル! ヨーソロー!』
 華檻の叫びに応じたのは電子音声。ベルトが叫ぶ台詞と共に、天海・矜棲(ランブルフィッシュ海賊団船長・e03027)が突貫する。
 視界には敵。組み合う二人の仲間。臆するな、考えろ。最高の一発をかます方法を。
「さあ――錨を上げるぜ!」
 小回りを求め、剣を短く握り直した。低く疾走。脇腹を斬り付け、そのまま駆け抜ける。倒れた仲間の手を左手に握って。
「喜屋武は返してもらう!」
 いつもの派手さとはかけ離れた動き。けれど矜棲は知っている。全員で生きて帰る事が第一の目的だと。それが出来るのがヒーローだと。
「待ちなさい!」
「待つのはあんただ、雌蜂」
 人派の身体に荒々しき闘気を纏ったタルパ・カルディア(土竜・e01991)が、剛剣を構え彼女の行く手に立ち塞がる。
「俺達を簡単に殺せると思ったか?」
 ちり、と首裏の炎が疼く。ハルナを簡単に殺せるのか、とは問わなかった。目の前のカルラは、もう『成り果てて』しまったと――理解できてしまうから。
 そして。
「ハルナ――」
「――、うん、倒して」
 背後で起き上がる喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)が、自分を押し殺してそう告げるであろうと判っていたから。
(「兄弟も仲間も、守るものだ」)
 ふと浮かぶ弟妹の顔。得物を振るいつつ、タルパは相棒たる翼竜へと迷いを漏らす。
「そうだろ、ソル」

「どうしようかなって思ってたんだ。仲間をやらせるワケにはいかないしね」
 ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)がその手を掲げれば、生み出されし光の円盤が波琉那の元に跳び、盾の様に寄り添った。
「その大鎌を振るうなら、もう仲間のお姉さんじゃない」
 そして、波琉那がそう望むのなら。少女が漏らした、ただ一言の覚悟。
「身内を手に掛けられる気持ちなんて、僕には判んないや。だから、敵として戦うよ」
 普段の軽さに一握りの痛みを混ぜ込んで、彼は戦場に立つ。
「姉が、家族が妹を殺そうとするなんて、ね……」
 一方、キーア・フラム(黒炎竜・e27514)の痛みは、ルードヴィヒのそれとは異なっていた。
「……所詮、竜の手先なんてそんなものよ」
 背に負う黒炎の翼が彼女の顔に影を落とす。だが、強気に笑んだ唇は隠れようとも、漆黒の瞳に爛と宿る光は隠せない。それは、身を灼き尽くす程の。
「竜に所縁のある者は、全て私の敵」
 翼を広げ、滑る様に迫る。目にも留まらぬ速さで得物の槍を突き入れた。纏うは雷、浅く掠めた傷より流れ込む衝撃がカルラの動きを鈍らせる。
「死になさい、ドラグナー……!」
 そんな彼女の様子に、クリスティ・ローエンシュタイン(行雲流水・e05091)は整った眉根を寄せる。今回の様な縁ある宿敵が策を弄したならば、キーアの様に恨みを持つ者達を簡単に罠に嵌めてしまうかもしれない。
(「こういう時の為、日々努力しているというのに」)
 暗殺紛いの策を繰り返されては厄介というより他にない。ならばこそ。
「為すべき事を為し、私にできる最善を尽くすしかないか……」
 不安に苛まれながらも、敵を見据える視線は冷徹だ。素早く周囲に展開した符が、クリスティの合図で発火し巨大な炎弾を成す。
「姉さん……!」
 そして爆音の中、息を整えた波琉那が数語の韻律を唱えた。短い音へと高度に圧縮された詠唱は、禁じられし古代の秘呪。急速に濃縮された魔力が、一条の光線となって放たれる。
(「手心を加えて、一般人を襲うよりは……!」)
 だが、炎と光線による爆煙が吹き散らされた時、そこには大きな傷を受けた様子も無いドラグナーの姿があった。
「――この程度だなんて、言わないわよね?」
 余裕の笑みを、唇に湛えて。


 何度目かの衝突。タルパに従う小竜が、大鎌の一閃を受け止める。
「ソル!」
 名を呼んだ。駆け寄りたい衝動に駆られ、しかしタルパは攻撃の手を緩めない。強力な敵という触れ込みは伊達ではなかった。ならば、後衛の支えを信じて役割を全うするだけだ。
「……救えないな。竜の供物に『血族殺し』とは」
 蛮勇、なれど野卑に非ず。暢気な性質を一時捨てた傭兵は、ちりちりと耳の奥で囁く何かを振り切って大剣を薙いだ。その軌跡に生まれし炎が、宙を駆け敵を灼く。
「手前の喉笛に食らい付いてでも、ここで仕留めてやる」
 そんな彼らを、突如淡い光が包んだ。いつの間にか足下に這っていた鎖が描く守護陣に魔力が通され、癒しの力を前衛達へと届けたのだ。
 それはルードヴィヒの手妻。道化じみた言動に隠した冷静と沈思。
「波琉那は……凄いな」
 だが、彼に得意げな所はない。視界に映るのは波琉那、姉が暴走する前に討つ事を選んだ少女。その芯の強さには感嘆せざるを得ないのだ。
 何故なら。
(「――正直なところ」)
 自分はまだ逢えない、逢いたくない。その覚悟はまだ出来ていないだろうから。
「それでも……!」
「迷ってる暇なんて無いのよ」
 逡巡に陥るルードヴィヒを、キーアの舌峰が穿つ。思わず振り向いた彼は、そこに笑みを貼り付けたままの少女を見止め――そして、息を呑む。
 嫌が応にも気づくのだ。張りついた様な笑み、けれど彼女の瞳には笑いの色など何一つ残っていないのだと。
「感謝なさい、私がサポートに回ってるんだから……」
 キーアが自ら敵を討たんとしているのは明らかだった。だが、まずは勝利を優先し、彼女は腕に巻きついた蔦を急速に育たせ、黄金果を実らせる。
「ああ、サンキュー!」
 そして、彼女は矜棲の余りに素直な返答に面食らうのだ。とは言えこれは相手が悪い。髑髏の仮面を被った船長に、屈託など指の先程もないのだから。
「オレ達の力を合わさなきゃ、アイツは倒せないぜ!」
 先行の華檻に続いて真正面から迫り、ドラグナーの大鎌と打ち合う矜棲。一合、二合。散る火花。だが、既に彼は見切っていた。力任せの大振りは、避けるのも容易い。
「全力で行くぜ――そこだっ!」
 鎌の防御を掻い潜って放たれた三撃目の横薙ぎは、矜棲に確かな手応えを伝える。そして、息吐く間も与えずに、恵の突きがカルラを追った。
「ボク達ケルベロスが集まれば、その力は何倍にもなる」
 例えば、恵は矜棲にある種の関心を抱いている。こなれた剣術を身に付けながらも、ふざけた衣装に身を包む海賊。けれど、敵の強さを知り、皆で当たれと説くその戦いはクレバーだ。
「各個撃破は順当な戦術でした。でも、波琉那さんには仲間がいた。ただそれだけです」
 業物に宿るは稲光。連携の勢いに任せ、恵は刀尖に神速を乗せる。閃光。赤い血が迸ると同時に、カルラの右肩が爆ぜて肌が露になった。

「どこで食い違っちゃったのかな、私達は」
 鋼鉄と魔力が奏でる戦場音楽の中、波琉那は唇を噛んだ。覚悟はしていた。それでも、こんな形で会いたくはなかった。
「みんな仲良く暮らしたかったのに……どうしてなの?」
 ガトリングガンを構えながらも、やはり彼女の指は引鉄を引く事を躊躇う。
「ドラゴンを崇めて得た強い力なんて、要らないのに!」
「……可哀想な子」
 けれど、波琉那に大鎌を投げながら彼女は告げるのだ。ドラゴンに仕える素晴らしさ、齎される力の強さを理解できないなんて、と。
「馬鹿ぁっ!」
 止められぬと知って、思わず指に力を篭めた。轟音と共に吐き出される鋼の雨霰。同時に、肩に斬撃の痛みが走る。
 その時、いつの間にか戦場に撒かれた多くの符が眩い光を放った。それは光線となり、やがて一点――クリスティの持つ符へと収束していく。
「姉妹が争うとは、惨い話だ。……だが、ここで終わりにすれば、これ以上は悪くなるまい」
 彼女の抑えた声色は、むしろ感情を感じさせぬ程に冷徹だった。無論、それが彼女の真情でない事くらい、ひそめられた眉を見れば明らかなのだが。
「流れに抗うな。身を任せ……溶けて消えるがいい」
 鎌がカルラの手を離れた一瞬。いまや光の源泉となった符を構え、クリスティは隙を見せた敵へと迫る。叩き込む様に符を打ち込み、圧縮された詠唱を短く呟いた。瞬間、溢れ出た奔流がカルラを呑み込んで。
「あら、怖いですわねぇ。あんなにお綺麗ですのに」
 戦場を塗り潰す大技を前にして、華檻が蕩ける様な笑みを漏らす。美しい女性型との戦いに昂ぶる彼女だが、同じくらい味方の女性陣にも興味津々ではあった。
「とはいえ、まずは主役をお相手しなければなりませんわね」
 意外にも、細身の籠手から繰り出される突きは鋭く、金属とて穿つ勢いがあった。まして、高速演算により最適な攻め手を選んでくるとなれば尚更。
「わたくし、甚振られるのも好きですが、甚振るのも中々のものですのよ」
 白い肌のサキュバスは、そう言い放つのだ。


「ボクの剣は、守る為にある」
 傷つけど未だ健在なる敵を前に、恵は誰聞くとなく呟いた。いや、他ならぬ自分が聞いている。その誓いを、聞いている。
「穿ち――」
 弾ける様に踏み込んだ。愛刀を包む渦巻く烈風。濃厚なる霊力と共に、渾身の突きを叩き込む。
「――貫く!」
 次の瞬間、風の護りが爆ぜ、その勢いが刃を後押しする。一層重く、深い突きが、ドラグナーへと常に倍する傷を与えて。
『オモカジイッパイイッパーイ! アンカーストライク! ヨーソロー!』
 ベルトの電子音声の先触れと共に、息吐く間もなく矜棲が仕掛けた。高く掲げた腕、その手の中に巨大なる錨が実体化していく。ぼんやりと、徐々に質感を持って。
「さあ、これで決めるぜ!」
 いまや鋼鉄の錨は幻ではなく、圧倒的な質量を得てそこに在った。大きく振り回し、投擲。だが、カルラを押し潰す様に押さえ込んだその錨へと、矜棲は飛び蹴りを放つ。
「得体の知れない奴の言葉に易々と乗ったのが間違いだったな!」
 グラビティの錨を蹴り砕き、その下の敵へと強烈な一撃。そして、ふわり浮き上がったクリスティの放つ蹴りが、その後に続くのだ。
 柔らかな衣装と白き翼をはためかせ、地上に降りた彼女は素早く距離を取る。反撃を避ける為だけでなく、さりげなく逃げ道を塞ぐ為に。
「ピンチの裏にチャンスあり、か。今回もそうかもしれないな」
 大作戦を惨敗に終わらせたならば、もはや同じ戦術を採る者は居まい。ならばこそ、負ける訳には行かなかった。仲間の為。そして。
(「――私とて」)
 護りたい相手が居るのだから。だから、負けはしない。

 ――地獄を纏う黄泉還りでも、俺は誇り高き竜の血族だ。
 耳の奥で反響する呪詛。化け物と谺する記憶。けれどそれらを振り切って、タルパは師に授かった槍を握る手に力を篭める。誇り高き『心臓』は、決して折れることはない。
「お前の手は、誰の血も啜れない」
 それは自らへの誓いでもあった。高く舞う。上空からの滑空。加速する身体。
「言っただろ、此処で仕留めるって」
 身を一本の投槍と化し、翼持つ土竜は敵を穿つ。と、その身体を後方からぶっ掛けられた薬液が濡らした。ぐ、と引き寄せられ、手早く包帯を巻かれるタルパ。
「無理しないでよ、キミの帰りを待ってる人が居るだろう?」
 怒濤の治療を施したルードヴィヒが、キャスケットを目深に被り直してそう諭す。
 波琉那の芯の強さに報いたいと思った。自分に出来るのは、螺旋忍軍の目論見を壊す事。そして。
「この番犬の力で、あんたに抗う。助ける。絶対治す……!」
 きっ、とカルラを見据え言い放つ。道化た態度の裏にある決意と追憶を、いまやルードヴィヒは隠さない。
 仲間を助けるんだ。守りたくて手に入れた、この力で。これからも、ずっと。
「甘い事。でもいいわ、どんなに気に食わなくたって――殺してしまえばイイんだもの」
 強い意思を前にして、ドラグナーは嘲笑う。全身は傷に満ち、立っているのがやっとだろう。それでも、カルラという女は殺意を露にするのだ。
「私、本当は姉さんと戦いたくなんか無いよ……!」
 姉への想いとケルベロスの使命。その狭間で一度は戦いを決意した波琉那。だが平気な訳が無いのだ。感情の堰を切った彼女は、思いのたけを言い募る。

「昔みたいに、お互いの作った歌を交換して一緒に歌いたい! 姉さんはどうなの、本当の気持ちは!」
「知らないわよ、そんな事。お涙頂戴で手加減するとでも?」

 ああ、だが蜜蜂の少女は思い知らされる。彼女の声は、何一つ届かないのだと。
 波琉那は何かを言いかけて、けれど、もう何も言えなくて。
「お綺麗ですから、残念ですけれど」
 皆まで言わせまいとするかの様に、華檻が仕掛けた。放つは魂を喰らうが如き一撃。
「――最後に、わたくしと楽しい事、致しましょう?」
 いかな彼女でも、『姉妹』の会話を邪魔する気など無かった。けれど、続ければ続けるだけ心を傷つける応酬は、肉親の会話ではない。
 華檻は美少女を愛している。もしかしたら、世界の命運よりも。
「波琉那様を、これ以上悲しませませんわ」
「まあ、姉が妹を殺すのも、妹が姉を殺そうとするのも同じよね」
 キーアの両掌から吹き上がる炎。自然にはありえない漆黒になるまで凝縮されたグラビティの業火が、敵を求め踊り狂う。
 それは裁きの炎。人に仇なすデウスエクスを断罪する復讐の炎獄。
「だから、私の番なのよ」
 波琉那の手を汚させるのは余りにも忍びなかった。だから、私が手を下そう。竜とその眷属を狩る、それこそが私の望みなのだから。
「私の炎は全てを焼き尽くす黒炎。さあ、燃え尽きなさい……!」

 炎が迫る。ドラグナーが最後に浮かべたのは、蕩けるような笑み。

 黒炎に呑まれたカルラが、悲鳴さえも灼かれ、消えていく。その様子を、波琉那はただ呆然と見つめていた。
 ――頬を伝う一筋の涙と共に。

作者:弓月可染 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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