宿縁邂逅~この両手いっぱいに貴女を

作者:洗井落雲

「お望みの情報をお持ちしました」
 夜の空に、2人の人影があった。
 1人は、先ほど声を上げた男。コートとハットをかぶり、芝居がかったしぐさで、もう1人の人影――喪服のようなドレスを身にまとった女性へと、資料の束を渡した。
「あぁ、ご苦労様ですわ、アダムス男爵」
 喪服の女性――死神、アスクラッド・エラーラは、柔和な笑みを浮かべつつ、それを受け取った。
「いやいや、礼は結構。互いの利益が一致しての事ですので」
 アダムス男爵が言った。
「あなた様が標的を確実に始末していただければ、それが我が利益となりますので」
 だが、アダムス男爵の言葉は、アスクラッドの耳には入っていないようだ。彼女は資料に乗せられていた、ある女性の姿を、恍惚の表情で見つめていた。
「まぁ……想い人と、2人だけのお時間を。ごゆるりとお過ごしください」
 アダムス男爵は芝居がかった一礼をすると、夜の闇にとけるように消えていった。

●死神と旅鳥
 ある日の午後。
 アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)は1人、街の図書館で趣味の読書にいそしんでいた。
「こんにちは。今、お時間よろしいでしょうか?」
 そんな彼女に声をかけてきた女性が一人。アトリは顔を上げ、その女性の姿を確認する。さながら喪服のようなドレスを身にまとう、美しい女性――アスクラッド・エラーラ。アトリと浅からぬ縁のあるデウスエクス、死神。
「……ちょっと無理だね。外でならお話聞くよ」
 アトリは動揺を悟られぬように、笑顔を取り繕う。そして、周囲への被害を考慮し、外への誘導を試みた。
 それで構わない、とアスクラッドは答えた。アトリはアスクラッドを伴い、図書館を出た。そのまま、図書館の裏手、人気のなさそうな場所に誘導する。
 到着すると、気持ちの悪いほどに、周囲に人の気配はなかった。いや、人だけではなく、或いは、生物の気配全てがぽっかりと抜け落ちている感覚。そう言えば、図書館を退出する際にも、人を見かけなかった。人払いは済んでいる、と言う事なのだろう。
「有難う。誘いを受けてくださって」
 アスクラッドは優雅に一礼した。
「……好きで受けたわけじゃないかな。こうしなければ、あなたはまた、無差別に人を襲うんだよね?」
 アスクラッドはにこにこと笑って答えない。
「それで、私に何か用なのかな?」
 警戒を崩さず、アトリが尋ねる。
「つれないお言葉。最上の愛を捧げる。それが私の全てですのに」
 悲しげな表情で――恐らく、本気ではあるまい。アトリの様子を探っているのだ――アスクラッドは答える。
「あなたの愛って言うのには、応えられないよ――応える気もないけれど」
「いいえ、いいえ。今日この日、あなたは私の物になりますのよ」
 瞬間、アスクラッドが動いた。瞬きする間には、既にアトリの眼前へと迫る。
 アトリに油断は一切なかった。アトリの警戒の虚をつき、ここまで迫ったアスクラッドの手腕を評価すべきだろう。
「貴方の唇も、あなたの瞳も、あなたの手も、あなたの体も、もう私の物。殺(あい)して、サルベージ(あい)して、使役(あい)して差し上げますわ、アトリ・カシュタール」
 死神の鎌がきらめく。
 アトリに向けて、それは振り下ろされた。

●旅鳥救援
「緊急の依頼です! アトリさんが、デウスエクスの襲撃を受けることが予知されました!」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が焦りを隠そうともせず、ケルベロス達に告げた。
 勿論、アトリへ連絡を取ろうとしたのだが、連絡がつながる事はなかったという。
 一刻の猶予もない。アトリが無事なうちに、速やかに救援に向かわなければならない。
「相手はアスクラッド・エラーラと言う個体名持つ死神です。アトリさんとは浅からぬ因縁があるようですが……」
 言いつつ、セリカは周囲の状況を説明し始めた。
 時間帯は昼過ぎ、図書館の裏手の人気のない広場だ。
 どうやら敵により人払いをされているようで、周囲に人の気配はないという。
 アトリの救出と、アスクラッドの撃退に全力を注いでほしいとの事だ。
「どうか、アトリさんを助けてあげてください。お願い致します」
 そういって、セリカはケルベロス達を送り出した。


参加者
風藤・レギナエ(啼き喚く極楽鳥・e00650)
メリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007)
ゼノ・フィーニス(夜告・e01129)
香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)
アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)
アシュレイ・クラウディ(白翼の騎士・e12781)
キリン・ホウ(求められるまま・e16357)
影渡・リナ(シャドウランナー・e22244)

■リプレイ

●旅鳥救出
 死神、アスクラッド・エラーラの刃が眼前できらめいた瞬間、しまった、と、アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)は思った。同時に、身体は大きく飛びずさろうと反応していたものの、完全に虚をつかれた一撃だ。アスクラッドの刃は、彼女の肉体を大きく切り裂く。
 痛みがアトリの脳を駆け巡る。ギリギリの所で体は動いた。致命傷ではない。だが、決して軽い傷でもない。気丈にもアスクラッドをにらみつけるものの、たまらず膝をついた。
「ああ……そんな、どうして」
 アスクラッドは、ひどく悲しんだそぶりを見せながら、言った。
「誤解なさらないで。痛めつけるつもりなどなかったの。本当に、苦しませずに、殺してあげるつもりだったのよ」
 くるり、と、アスクラッドが両端に刃のついた鎌を回す。刃にこびりついたアトリの血が零れ落ちた。
「……簡単に、やられてなんてあげない」
 アトリが何とか立ち上がる。傷口を押さえる。回復手段はある。だが、アスクラッドがその隙を与えてくれるか……?
 その時、うなりを上げて、何かが飛来してくる。警戒したアスクラッドが、思わず後方へと飛翔。同時に、両者の間の地面に、巨大な何かが突き刺さった。眼鏡を模した巨大な盾である。
「お前が手に入れるんは、アトリちゃんの愛やない」
 怒気を含んだその声と共に、再び何かが飛来する。それは、スノードロップの花。だが、それはただの花ではない。
「この花を、キミへ。――もたらされるのは、『希望』でも『慰め』でもないけれど」
 本能的に危機を悟ったアスクラッドは、再び飛翔し、スノードロップから距離をとろうとする。だが、それはまるで意思持つかのように、空中で軌道を変え、アスクラッドへと追いすがった。
 追尾するスノードロップの花は、アスクラッドへ接触する瞬間、その花弁で人を食らう、獰猛な食人植物へと化す。腕に食らいついたそれを、アスクラッドはたまらず振り払う。
「誰……!?」
 その声には驚愕と、怒りが含まれていた。アスクラッドが初めて見せた、心底からの動揺の色である。
「この花……この声……まさか!」
 アトリが声を上げる。
 アトリを守るように、2つの人影が立ちはだかった。
 スノードロップの主である、香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)。そして、巨大なシールドを投擲したメリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007)だ。
「雪斗さん……? それと……」
「詳しい話はこれを乗り切ってからにしましょう!」
 メリッサが言う。
「そしてそこの裸眼死神にはあいさつ代わりです! めー! がー! ねー! シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥト!!!」
 言うや否や、グラビディで作りだした『視界を遮るメガネ』を投げ放つ。アスクラッドは高速で飛来するそれを、なんとか鎌で叩き落とした。彼女の注意がメリッサへと向く。
「アトリ、無事ですか!?」
 アシュレイ・クラウディ(白翼の騎士・e12781)がアトリに駆け寄った。
「アシュレイさんも……」
「ええ、他の皆も来ています……無事でよかった」
 一瞬、アシュレイがほっと表情を浮かべた。だが、すぐに引き締めると、
「アトリ、今のうちに傷の手当てを。アスクラッドは抑えます。シキ、貴方はアトリの傍に」
 オルトロスのシキに指示を出しつつ、前線へと駆け出す。
「アシュレイくん、アトリちゃんを護ろな。……絶対に」
 雪斗がアシュレイに声をかける。
「……君にとって、彼女は特別な存在なんやろ?」
 小声で、雪斗が続ける
「ええ、雪斗……大切だから、護りたいんです……協力してくださいね」
 アシュレイの言葉に、雪斗が頷いた。
「アスクラッド……貴方の愛はアトリを悲しませるだけです」
 言いながら放った猟犬の鎖は、アスクラッドを捕捉、その動きを阻害させる。
「悲しませる……?」
 心底不思議そうに、アスクラッドは答えた。
「いいえ、いいえ。そんな事はないわ、絶対に」
「はいはーい! そんならそこの黒いお嬢ちゃん、オレも愛したってーな!!」
 叫び、風藤・レギナエ(啼き喚く極楽鳥・e00650)が乱入する。特殊な方法で振るわれる刃から放たれるのは、多彩な色彩を伴う衝撃波と風切り音。風騒彩刃(サワガシイカゼノヨウニイロドラレタヤイバ)がアスクラッドに襲い掛かる。衝撃波によるダメージと共に、様々な色彩と風切り音から、視覚、聴覚によるダメージを受け、流石に眉を顰めるアスクラッド。
「……騒々しいのですね……あなたは愛するに値しないわ……」
 アスクラッドの言葉に、レギナエは不敵に笑いつつ、
「あらら、フラれてもうた! まぁ、お嬢ちゃんの愛はちょっと歪んどるし、正直ちと怖いし、こっちから願い下げや!」
「レギナエさんまで……!」
「アトリさんだよね? 助けに来たよ!」
 言いながら、影渡・リナ(シャドウランナー・e22244)がアトリの治療を行う。アトリもまた、自身の治療を行い始めた。
 と同時に、戦場で爆発が起きた。アスクラッドが放った魔力弾が、前衛のケルベロス達に向かって放たれたらしかった。
「皆……!」
 アトリが叫ぶ。リナは彼女を制した。
「落ち着いて……焦るのは分かるけど、まずは治療に専念して!」
「だけど……!」
「彼女の言うとおりだ。キリン、アトリを頼む」
「分かりましたわ」
 ゼノ・フィーニス(夜告・e01129)はキリン・ホウ(求められるまま・e16357)にそう告げると、戦場へと舞い戻る。
 ゼノは空より一羽の鳥を呼び出した。それは、星の輝きを持つ鳥。美しくも、死を運ぶ鳥だ。
「身を引くのも愛と……まぁ貴様には、解るまいな……蒼白に燃える星の鳥、今から罪をもう一つ。さぁ……その影さえ、残してくれるな」
 ゼノの夜鷹の祈りがアスクラッドを飲みこむのを見ながら、キリンはアトリの治療を試みる。
「皆……皆……どうして……」
 泣きそうな声で、アトリが尋ねる。
「家族、友人、仲間……大変な時に助けるのは、当然でしょう?」
 キリンが微笑む。
「さぁ、アトリ、下がっていてくださいませ。貴方の事は、私達で必ずお守りしますわ」
「ううん……私も……戦う。皆を守るために。それが、私の戦いだから……!」

●翡翠の鳥が舞う
「二人きり、というお話でしたのに……!」
 苛立たしげにアスクラッドが呟く。
「お前の愛、一方的で歪んでてほんま胸糞悪いわ。アトリちゃんと、彼女の大切な人を傷つけた事、絶対に許さへん。金輪際、彼女に近づくな」
 吐き捨てながら、雪斗が肉薄。獲物で斬りかかるのを、アスクラッドは受け、
「一方的? 歪んでいる?」
 忌々しげに顔をゆがめながら、言った。
「まったくその通りです! あなたの視界は歪んでるんですよ! あなたの心にこそ眼鏡が必要ですね!」
 メリッサが斬りかかる。アスクラッドはこれを防御、ドレスと腕に醜い傷が走る。
「うるさい……!」
「貴方とアトリの間に何があったかまでは分かりません。ですが、何度でも言いましょう、貴方の愛は彼女を傷つけるだけです!」
 アシュレイが斬りかかる。アスクラッドはそれを鎌で受け止める。つばぜり合いのかたちになり、2人の顔が接近する。
「私は愛しているの! 心から! 私の全てをかけて、あの子を!」
 徐々に、穏やかだったアスクラッドの口調が変わっていく。追い詰められたように。喚きたてる子供の様に。
「それが間違いだったと言ってるのです!」
「私とあの子の間に……! 入ってこないで……!」
 両者が飛びずさり、距離をあける。すかさずレギナエが追撃を行う。
「いーかげん、諦めるんや!」
「諦める……!? どうして……!? 私はずっと、ずっと……!」
「死神なんかに手出しはさせないよ! 放つは雷槍、全てを貫け!」
 武器に稲妻の幻影を宿らせ、リナが突撃する。雷の幻影は、アスクラッドにダメージを与えるのみならずまとわりつき、その行動を阻害させる。
「あなたは何なの!? どうして私達の邪魔をするの!?」
「仲間よ! 同じケルベロスの仲間。困ってたら、大変だったら、助けて当然だよ!」
 リナが叫ぶ。その声に一瞬、アスクラッドが気圧される。
「仲間!? そんな曖昧な関係で……!」
「曖昧なんかじゃ、ない」
 アトリが言った。
「とても素敵な関係。大切な人達。これからそうなっていくかもしれない人達。皆、仲間なんだ」
 アトリが手をかざす。すると、翡翠色の鳥たちが、空を舞った。
「私は、貴女から……皆を、大切なものを、守ってみせる!」
 それは、彼女の想い。彼女の決意。彼女の、旅人達への守護の祈り。
 翡翠色の鳥が、ケルベロス達に守護の祝福を与える。
「他人を不幸にする貴女の愛を、私は受け入れられない!」
 拒絶の言葉。それは、アスクラッドの精神に徹底的な一撃となって突き刺さる。
「どうして……どうして!? 貴女は……私の……私を……!」
 半狂乱になったアスクラッドが、アトリに襲い掛かった。死神の刃が、アトリに迫る。だが。
「貴様にはわからんだろうさ。永遠にな」
 間に立ちはだかり、攻撃を受け止めたのは、ゼノだった。
「そして、貴様の愛が彼女に伝わる事もない」
 受け止めたアスクラッドの鎌をはじき返すと、ナイフでアスクラッドを切り裂いた。
「ああ……ああああっ!」
 たまらず悲鳴を上げ、飛びずさるアスクラッド。
 だが、ゼノもそれなりのダメージを受けたらしく、思わず膝をつく。
「ゼノ殿!」
 キリンがゼノに駆け寄り、治療に移る。
「ゼノくん!」
 思わず雪斗も声を上げるが、
「俺はいい! 奴を落とすチャンスだ! 攻撃に専念しろ!」
 雪斗は頷き、追撃を行う。メリッサも後を追うように攻撃。
 2人の攻撃を、もはやアスクラッドはただその身に受けることしかできなかった。うめき声をあげるアスクラッドに、さらにアシュレイの猟犬の鎖が絡みつく。
「――捕らえました!」
 猟犬の鎖がアスクラッドを捕まえる。ギリギリと締め付け、そのまま空から地へと引きずり落とした。
 アスクラッドは、ついに地に落ちた。服も体も翼もボロボロで。もはや、立ち上がるだけの力も残ってはいなかった。
 それでも、アスクラッドは、地面を這いながら、アトリを目指した。
 アシュレイがアトリを守るように立ちはだかるが、アトリはそれを制した。アシュレイに対して頷いて見せると、アスクラッドの前へと自ら進み出る。
「アト……」
 アスクラッドが、アトリに手を伸ばす。
 アトリは、首を振った。
「その手を、私は取れないの」
「あ……ああ……」
 それが限界だった。アスクラッドは倒れ伏し――死を、迎えた。
「さよなら……アスクラッド……」
 アトリが呟いた。
 それは、どのような想いから発せられた言葉だったのだろうか。それは、アトリにしかわからない。
 いずれにしても、それは長い戦いの終わりを告げる言葉であったのだ。

●この両手一杯にあなたを
「この戦いは、アトリにとって、辛かったでしょう……」
 アシュレイが、アトリの傍に寄り添い、言った。
「うん……色々、疲れちゃった、かな……でも」
 そういうと、アトリは、アシュレイを強く抱きしめた。
「……よかった。守れて。本当に……よかった……」
 顔を真っ赤にして慌てるアシュレイだったが、少しの逡巡の後、アトリを優しく抱きしめた。

「無事に作戦も終わって……なんだかいい雰囲気だね」
 リナが呟く。
「流石のオレも、今は静かにせざるを得んわ~。お二人とも幸せにな~……」
 いつもよりは小声で、レギナエが言った。
「ええ、あの二人には後でウェディング眼鏡とかをプレゼントした方がいいのでしょうか……?」
 メリッサの言葉に、
「えーと、ソレって何……?」
 と、思わず聞き返してしまうリナである。

「アトリが無事でよかった。それに、皆も、大きな怪我はないみたいだ」
 雪斗が、ゼノとキリンに声をかけた。
「ああ。多分、皆が無事である事が、アトリの戦いだったのだろうな。そして、俺達は……アトリは、勝ったんだ」
 ゼノは答えつつ、アトリとアシュレイを見やった。
「……死神がキューピッド、と言うのも妙な話かな」
「まぁまぁ、結果良ければ、と申しますわ。外野は退散いたしましょう」
 くすくすと笑いながら、キリンが言った。

 伝えたい言葉は山ほどある。
 伝えたい想いは山ほどある。
 でも、今は、何も言葉に出来なかった。
 今は、ただ。この両手いっぱいにあなたを。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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