●密会
「よく来た『白影』レイ。螺旋忍軍男爵アダムスからの新たなる使命を伝える」
帽子の影で鋭く反射光を放つ眼鏡、コートの下に覗くピンストライプのが印象的なアダムス男爵が、無機質な口調で告げた。
「へへっ、いい部屋じゃねえか、命令? 俺と遊びたいってか?」
いやらしい笑みを浮かべながら手甲に仕込んだ刃をちらつかせるレイ。
だがアダムスは下品な冗談など気にも止めることなく話しを進める。
「地獄の番犬を称するケルベロスを、殺害或いは捕縛せよ」
そして標的となる褐色を帯びた肌に赤い瞳、肩ほどまでのピンクの髪をした地球人の女の写真を差し出す。
「ひゅ~。つまりこの女、好きにさせて貰って良いってことだな」
「目的さえ達すれば手段は問わない。既に上位組織との調整も済んでいる、思う存分暴れてくるがいい」
「好きにして良いんだな。流石はアダムス男爵だ。話が分かるぜ」
●襲撃
「その顔を忘れるはずが無いじゃない? もうその格好で悪事はさせないわ」
胸の鼓動が早鐘のように打ちならされ、肩を激しく上下させるほどに、モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)の呼吸は乱れていた。
「させない。ねえ、面白い冗談だな。そこまでいうならやってみろよ」
客観的にみて圧倒的な実力差があるため、ひとりでこの状況を覆すのは無理だった。
ゆえに完全に見下した口調で『白影』レイは言い放つ。
「それからな、俺様は弱い者をいたぶるのが大好きなんだ」
モモが怒りを孕んだ赤い瞳で、レイを睨み返した瞬間、その姿が残像となって消える。
「なっ?!」
「まぁ心配すんなって。今からヒイヒイ言わせてさぁ、天国に連れてってやるからよ、ヒャーハッハッハッ」
「くっ、嫌よ。そんなの絶対に許さない」
赤い瞳に薄汚い嗜虐心を漲らせて刃を近づけて来るレイに、モモは最後の力を振り絞って抵抗を開始した。
●緊急事態
「大変だ、モモさんが、宿敵であるデウスエクス、『白影』レイに襲撃されると分かった」
ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は鋭い声を上げると、居合わせたケルベロスたちに話を始める。
「モモさんとは、現在連絡を取ることが出来なくなっている。ハッキリしているのは直接現地に救援に向かうしか状況を改善する手段は無い」
既にモモに連絡を取ろうとするあらゆる手段は失敗している。
「猶予は全く無い。モモさんが健在なはずのうちに急いで救援に向かって下さい」
既にモモとレイは接触していると見られ、予断を挟める状況ではない。
「レイは惨殺ナイフの扱いに長けていて、幻影や炎氷を螺旋と共に操る攻撃は螺旋忍軍のそれに準じていてるとみられる。行動は単独で配下などはいないけれど、相当の手練れな上に攻撃も苛烈だ。複数のケルベロスを一撃で落とす程度の実力は持っているから気をつけて欲しい」
現場となるのは街中にある路地裏、袋小路になっていて連鎖倒産したファッションホテルやビジネスホテルの建物に囲まれた昼間でも全く人気の無い寂しい場所だ。
「今回の襲撃は螺旋忍軍の新たな一手であるに違いないだろう。だから絶対にモモさんを無事に救出し、ケルベロスを襲撃しても無駄という事実を奴らに思い知らせてやって欲しい」
応じてくれたケルベロスたちの顔を信頼を篭めて見つめるとケンジは丁寧に頭を下げる。
そして決意を込めて瞳を大きく開いた。
「さあ、急いで行こう!」
参加者 | |
---|---|
モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721) |
ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830) |
虎丸・勇(フラジール・e09789) |
ウォリア・トゥバーン(獄界の流浪者・e12736) |
バドル・ディウブ(月下靡刃・e13505) |
ムソン・バンクス(はぐれ鴉・e13845) |
カッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死神型ー・e19121) |
不破・葵(炎心のイレイザー・e23040) |
●都会の死角
それが起こったのはまだ陽の高い午後。
「レイ、ここからが本番よ。覚悟はいいかしら?」
モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)は肩を上下させながら言い放つ。
フォートレスキャノンにヘッドショット。
多少派手なアビリティを使用したところで、あらゆる連絡手段を絶たれている今、ケルベロスが救援にやってくる確証などあるはずも無い。
誰かがやってきたとしても、それが戦えるケルベロスで無ければ瞬く間に殺されてしまう恐れもある。
「へははは、本番ねえ、簡単に気絶するなよ。いたぶる楽しみが無くなるからな」
罪深く下卑た言葉に、冷静を保って来たモモの心も揺らぐ。
「次は耳にしようか、それとも指にするか?」
今できることは敗北を先延ばしすることだけだ。
レイは圧倒的な身のこなしで、モモが死線と定めた間合いを踏み越えて、子どもが昆虫を弄ぶように刃を振るう。
「勝つ為に持てる限りの手を尽くす……曾祖父ちゃんの教えの一つよ!」
曾祖父の意思に導かれたように言葉に思いを注ぐモモに、今まで手に掛けた者など数が多すぎて、いちいち覚えていないと笑うレイは鼻を鳴らした。
●来援
しかし次の瞬間、2人が予想すらしていなかった出来事が起こった。
「この刃が、貴様への手向けだ」
身体能力の極限に挑んだが如き、バドル・ディウブ(月下靡刃・e13505)の速度任せとも言える、正に強襲。
「獲物が来てやったぞ。さあ、ヒイヒイ言わせてくれ」
鋭く振るわれる刃に続いて、迷いなく繰り出された貫手が強かにレイを捉え、息をつく間も無く、流星の煌めきと共に、不破・葵(炎心のイレイザー・e23040)の飛び蹴りが炸裂する。
「ヒィヒィ言うのは貴様だ! 行き先は、地獄だがな!」
驚きと強烈なダメージのあまりに奇妙な悲鳴を上げるレイに向かって、ウォリア・トゥバーン(獄界の流浪者・e12736)の稲妻の電光を帯びた槍撃が、追い打ちとなって突き刺さった。
しかしレイに取って幸運だったのは最も脆弱な時間を三度の攻撃のみで乗り切れたこと。そして自身の持つ本能によるものなのか、的確な身のこなしで姿勢を整えると周囲を見渡す。
「よく此処が分かったわね」
「あまり喋るな。傷に障る」
ムソン・バンクス(はぐれ鴉・e13845)は莫大な癒力をもつ魔法の木の葉を呼び、癒やせと命じる。瞬間、淡い光を帯びた木の葉を纏ったモモの傷が急速に癒やされて行く。
メディックの武器は癒術だ。モモに取って今ほどその武器が必要とされる時は無かった。
「とはいえ、あれは本当に便利なものだな」
「そういうことね。理解したわ」
少ない言葉から現況の把握に勤めつつ、モモは黄金の弾丸・基礎体勢を発動する。その間にも、カッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死神型ー・e19121)は葵に分身の幻影を纏わせ、ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)は気合いを篭めて、黒い金属棒のように見える得物を掲げて、祭壇を召喚すると、霊力を帯びた無数の紙兵を散布する。
「見逃すな、その全て。虎眼」
身体に巡る氣の流れを両目に集中させると、虎丸・勇(フラジール・e09789)は嫌悪感を孕んだ瞳でレイを睨み据えた。
「糞ぉ、遊びすぎちまったぜぇ!」
来援した7人のケルベロスがそつのない動きで布陣したことを把握して、レイは地団駄を踏んでわざとらしく悔しがって見せた。
(「へへへ、おめでたい奴らだ。俺様を殺せるチャンスをみすみす見逃すとはねぇ。しかし困ったぜぇ、女だけでもぶっ殺さなければ、逃げるわけにも行かねぇ……」)
そんなレイの思考までは分からなかったが、自分らを格下と見下し、よからぬことを企んでいることを、勇は直感した。
「不思議だね。何となく分かっちゃうんだよ。その態度がウソだってこと」
一対一の戦いであれば鼻歌を歌いながらでも勝てそうだと感じていたが、同時に8人ともなれば、事情は異なる。しかも最初に食らったダメージの影響が残っている。
「ひゃっはっはぁ~良い勘してるじゃん」
レイは勇の声に返しつつも、勇とは違う方向、モモへの射線を遮るように動く前列へ向けて、準備動作も無しに強烈な火炎の力を解き放った。
「なっ?!」
爆圧を帯びた業火が吹き暴れてレイを守ろうと身構える者を焼いた。
ライドキャリバーのエリィが為す術も無く落ち、葵の体力も消し飛ぶ。分身の幻影による加護が無ければ倒れているダメージであり、比較的高い耐久度を誇るミュラとバドルも窮地に陥っている。
「ひゃーはっはっはっ、悪りぃな、手元が狂っちまって」
「前を向け。苦しくとも、悔しくとも」
ボロボロになった葵たちをあざ笑うような声に続いて聞こえたのは、男の低い声色。
モモの脇、後方からサークリットチェインを発動したムソンは、その治療効果の薄さに歯噛みする思いを抱いていた。
瞬間、目にもとまらぬ速さで飛来した礫がレイの手にしたナイフに当たって砕ける。
「手元が狂うなんて、どうしたのかしら?」
レイの標的は自分はず。自身に意識を集中させれば、多少の隙は作り出せるかも知れない。
「料理はじっくりと楽しむものだろぅ?」
無造作に握り直した得物を舐めて、下品な笑みと共にレイが刀刃を確認した瞬間、ミュラの重力を込めた右足がその身を捉える。
「ド派手にキック! かーらーの、時空干渉! いっせーの、ブレーイク!」
上空に飛ばされた刹那、空中で姿勢を変えたレイは古びたビルの壁面を蹴り込んで、続くミュラの足技を躱して、攻撃の意図を完全に挫く。
割れたガラスや壁面の装飾タイルの破片がバラバラと降ってくる中、その壁面を蹴って宙に跳び上がった勇が上空から狙い定める。
(「こいつは絶対に調子に乗らせちゃいけないタイプだ」)
直後、決意と共に繰り出した、流星の如き輝きを帯びた跳び蹴りがレイを打ち据える。
続けて、くるりと身体を回転させて壁への激突を回避したレイを目がけて、
「穿て」
声と共にバドルが毒手裏剣を投げ放つが、こちらは鋭い音を立てて壁面に突き刺さるだけだった。
「番犬と黒猫の餌となれ! お前の生命力や魂はどんな味なのかな?」
「ひゃはははぁ、上品な味だぜぇ!」
レイの動きを予測してカッツェは虚の力を纏った蒼と漆黒の大鎌を振り抜くが、その軌跡は空気を切るだけだった。
「そんなにがっつかないでさ。メインディッシュの前に、カッツェと遊ぼう?」
踏み込んで、身体を半回転させると、カッツェはレイに向き直る。
「ま、メインには辿り着けないかも知れないけどね」
そう軽口を叩いた瞬間、カッツェの脇をすり抜けた、レイがモモを含む後列に襲いかかる。
●死闘
複雑な螺旋のうねりが体内で暴れ回る。一瞬の後、レイが駆け抜けたことによる風が数秒の間を置いてから吹き抜けた。甚大な威力持つ螺旋を帯びた斬撃。血塗られた惨殺ナイフに脇腹を抉られて、膝を突くムソン。激痛の為に目の前が真っ赤に染まる。必ず勝ってモモに思いを遂げて貰いたかったが、もはや戦えないと自身の思考と経験による直感に悟らされて、腹を押さえたまま地面に倒れ伏した。
急速に仲間の体力が削られて行く中、未だ無傷なのは自分だけ。だがウォリアはこのまま戦いが長引けば確実に負けることに気づき始めていた。
(「ふむ……見た目だけ懐かしい男に似ている…見た目だけは、な」)
(「モモ、旅団の知り合い……袖摺り合うも、なんとやら……」)
内なる2つの思考が交錯する刹那、得物に地獄の炎を纏わせると、渾身の力を込めてレイに叩き付ける。瞬間、手応えと共にレイの身体が炎に包まれる。
「貴様ぁ~後で形も残らないように必ず殺してやる!」
「好き勝手にやらせはせんぞ!」
自身の無力さに怒りを込めて、葵はレイを睨み据え、決意を孕んだ絶空斬を繰り出す。瞬間、刃は傷に食らいつくように突き刺さり、正確に傷口を斬り広げた。
大気が震えて感じられる程の裂帛の叫びと共にミュラはシャウトを発動した。濃厚な癒やしの力がわき起こる。
「流石と言いたいところだけど、言うほど余裕ないみたいね」
レイの呼吸の乱れに気がついた、モモは言い放つと同時に間合いを詰め、炎を纏った蹴りを繰り出す。何かを返そうとして一瞬反応が遅れた格好になったレイは激しく打ち付けられて再び激しい炎が燃え上がる。
「やりやがったなぁ!」
炎が爆ぜ斬撃が火花を散らす攻防の果て、焼け焦げて、また刻まれた傷口から血を流しながらもなお、レイの戦意が衰えることはない。虎縞のような模様の服は破れており、肉が露出し、血液の滴る腕で刃を握り直せば、目にも止まらぬ速さでモモに迫る。
「……ッ?!」
直後、葵の身体が揺らいで、鈍い水音と共に地に倒れ伏した。着衣を潤しまた隙間から流れ出た己の血が地面を赤く潤して行く様子を認識しながら、葵の意識は消えた。
「糞ぉ! 邪魔しやがってぇ!」
「暫し、悪夢と戯れていろ」
静かな怒気を込めて、バドルは悔しがるレイを睨み据え、惨劇の鏡像を繰り出す。無銘の刃に映されたトラウマは具現と化し、心を蝕む牙となって襲いかかる。
「調子に乗るなよぉ! てめえら全員ズタズタにしてやる」
回避に精彩を欠き始めたレイの消耗は急速なものとなっている。間髪を入れずに触れた勇の掌から放たれた螺旋の力が、レイの体内で暴威を振るう。
血を吐き出し、膝を折るレイに向かって、好機とばかりにウォリアが繰り出した稲妻を帯びた突きは外れて、轟音と共にコンクリートの壁面を穿った。
「弱者をいたぶるのが好きなんでしょ? その弱者にいたぶられる気分はどう?」
蔑むような言葉と共に、カッツェの放った魂を喰らう降魔の一撃が、強かにレイに食らいついた。勝てる! そうカッツェが手応えを確信した瞬間。
「死ねぇぇえ!!」
叫びと同時に橙色の閃光が爆ぜて、爆圧と共に業火が暴れ狂う。
眩い炎は間もなく消えて、風景の色が戻って来て、カッツェは、その攻撃が後列のモモと勇の方に放たれたものだと気がつく。
●終わりの始まり
「……残念ね。私は、死んで無いからね」
そう確りと言い放つモモ。
一拍の間を置いて、戦闘力を失ったモモの身体は揺らぎ、鈍い音を立てて倒れ伏した。
勇も倒れ、現時点で戦えるのは、ミュラ、ウォリア、バドル、カッツェの4人のみ。
「もう、アタシたちで倒すしか無いよ」
決意と共にミュラは己の小さな身体に秘めたる力を黒色の魔力弾に篭めて撃ち出す。続いてその攻撃に機を合わせるように、カッツェが振るう蒼と漆黒、2本の大鎌がレイを斬り裂いて、残された僅かな生命を啜り取る。
「オマエは間もなく死ぬだろう」
ウォリアは無慈悲に言い放つ。そして繰り出した稲妻を帯びた一撃が突き刺さる。
「ライジング殿からの、地獄への片道切符だ。ありがたく受け取るといい!」
直後、目にも止まらぬ速さで繰り出されたバドルの貫手がレイの息の根を止める。
かくして『白影』レイの撃破に成功し、戦いはケルベロスたちの勝利に終わる。
「迷わず地獄へ向かいなさい、レイ!」
レイが倒れていた地面を見下ろしてモモは呟くと、手にした手甲を胸に抱き暫し瞼を閉じた。
(「それから。……たとえ宿敵でも、私を強くしてくれた目標だからね」)
湿り気を帯びた風が、ビルの谷間を吹き抜けてくる。
上空には6月らしい青空が広がっている。季節は間もなく暑い夏であった。
作者:ほむらもやし |
重傷:不破・葵(炎心の処刑人・e23040) 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|