宿縁邂逅~雨中の凶刃

作者:舎里八

 薄暗がりの中、シルクハットに片眼鏡、紳士然とした男と、赤髪で豊満な肉体、禍々しい刀を携えた女が対面していた──。
「よく来たな、鬼柘榴。螺旋忍軍男爵アダムスが、新たなる使命を伝えよう」
「ほう。つまらない話なら承知しないよ」
「地獄の番犬を称するケルベロス──奴らを殺害、或いは捕縛せよ」
「殺害ならお手の物だが、捕縛……ねぇ」
「既に上位組織との調整は済んでいる。思うがままに暴れてもらってかまわぬぞ」
「うっかり殺っちまっても、勘弁しておくれよ?」
 そう言い置いて、鬼柘榴は溢れる殺意を隠しもせず、舌なめずりをしながら退出するのだった。
 
「うん、なかなか風情のあるところだね」
 忍術訓練に適した場所があるとの噂を耳にした影宮・那由多(したっぱくノ一・e18564)は、郊外にある廃寺を訪れていた。
 人気は全く無く敷地内は荒れ放題だが、手裏剣投擲の的に使えそうな物が多くあり、たまには気分転換にここで訓練してみるのも良さそうに思えるのだった。
 夕暮れに差しかかる頃、雨が降り出した。
 本堂の軒下で雨宿りをすることにした那由多は、境内を眺めているうちに微かな異変を感じ、石灯籠に向けて手裏剣を投じるのだった。
「──そこっ!」
 手裏剣は狙いあまたず石灯籠に当たり──。
「ほう、私の気配に気づいたか。少しばかり殺気が漏れすぎたか」
「あなたは──!」
 石灯籠の陰からゆらりとあらわれたのは、螺旋忍軍、鬼柘榴。
「雨は嫌だねぇ……」
 鬼柘榴は瞬く間に那由多との間合いを詰め、刀を大上段に振りかぶる。
「──せっかく血化粧を施したところで、すぐに流れ落ちてしまう」
「あやしげ様っ!」
 那由多の声とともに、鬼柘榴の背後から噛みつこうとするミミック。しかし、その動きは読まれていた。
 鬼柘榴は振り向きざまにミミックを一蹴し、返す刀で那由多に斬りつける。
「くっ……」
 境内に転げ落ちた那由多に無情の雨が降り注ぐ。
 泥まみれの那由多を見下ろしながら、鬼柘榴が冷たく言い放った。
「立ちなよ。まさかこれで終わりだなんて言わないだろう?」
 
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)に急な呼び出しを受けたケルベロス達は、その不安げな面持ちを見るや姿勢を正した。
「影宮・那由多さんが宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けるという予知があり、急ぎ伝えようとしたのですが──」
 セリカは一度言葉を切り、俯きながら再び口を開いた。
「──彼女と連絡が取れません」
 その言葉を受け、ケルベロス達は顔を見合わせて嘆息した。
「事は一刻を争います。那由多さんが無事なうちに、なんとか救援してあげてください」
 待ち受けるのは螺旋忍軍、鬼柘榴。強さを求めて殺戮を繰り返す、狂気に身を委ねたくノ一だ。
 鬼柘榴が現れるのは郊外の廃寺。本堂は朽ち、境内は広いが荒れており、大きな石灯籠が一基置かれているとのことだ。
 鬼柘榴は禍々しい形の刀を振るい、腱や急所を狙った斬撃を繰り出してくる。さらに、流水の如き刀捌きや氷結の螺旋にも注意が必要だ。
 配下は連れておらず、単独で動いている。だからといって侮ってかかれば痛い目を見るのは必至だろう。
「皆さん、どうか那由多さんを救け出し、ケルベロスを襲撃しても無駄であることを敵に思い知らせてやってください」
 セリカの言葉に、ケルベロス達は力強く頷いた。地獄の番犬は仲間を見捨てない。一同はすぐさま仲間の救援に赴くのだった。


参加者
桐生・陽真(空白スプリングリング・e00013)
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
ディルティーノ・ラヴィヴィス(ブリキの王冠・e00046)
流星・清和(汎用箱型決戦兵器・e00984)
皆瀬・祈(覚無き他化自在天・e07771)
マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)
影宮・那由多(したっぱくノ一・e18564)
山蘭・辛夷(凛と咲く白き花・e23513)

■リプレイ


 泥まみれの螺旋忍者、影宮・那由多(したっぱくノ一・e18564)は螺旋忍軍・鬼柘榴に執拗に攻め立てられ、防戦一方となっていた。
 ミミックのあやしげ様も主の命に従い壁役に徹しているものの、鬼柘榴の前では薄い戸板のようなものであった。
 廃寺の境内に満ちているのは雨音と剣戟音、そして赤髪の狂忍の哄笑、時折の苦鳴。
(「このままじゃ駄目だ。じきに追い詰められる……!」)
 苦境ならいくつか越えてきた。その経験に照らし合わせて打開策を見い出せないかと思いを巡らせる。
(「とにかく、立ち止まらずに動き回らなきゃ……」)
 しかし、地を蹴ろうとしたその足に力が入らない。
「くっ……!」
 度重なる斬撃によって足の腱を痛めつけられていたのだ。
「逃がしはしないよ。もっとお前を堪能させとくれ!」
 片膝をついたその頭上で鬼柘榴の刀が禍々しく光り、あわや振り下ろされようというところ──唐突に大音声が響いた。
「ハーイ! 盛り上がってる所ごめんね! まずは一曲聴いちゃってー!!」
 二人が同時に目をやると、そこには拡声器を手にしたディルティーノ・ラヴィヴィス(ブリキの王冠・e00046)をはじめ、数々のケルベロス達の姿があった。
「み、みんな……!」
 ディルティーノがそのまま拡声器越しに殲剣の理を歌い始めると鬼柘榴は手を止めて、
「何奴だ。無粋な……」
 と吐き捨てるように呟いた。
「今だっ!」」
 その機を逃さず、那由多は足元の泥をすくって鬼柘榴の顔に投げつけた。
 鬼柘榴は咄嗟に拳で顔を庇い、その隙に那由多は地面を転がりなんとか間合いから脱しようとする。
 すぐに追おうとした鬼柘榴であったが、その動きは強力な衝撃波によって防がれてしまった。
「私の魂の刃、受け取りなッ!」
 それは、山蘭・辛夷(凛と咲く白き花・e23513)が放った螺旋力によって構成された刃の斬撃によるものだった。
「そこまでだよ、鬼柘榴! 仲間が駆けつけるという計算が入ってなかったねぇ。詰めが甘いんじゃない?」
 色白の螺旋忍者は螺旋手裏剣を手に、鋭い口調で啖呵を切った。
 無我夢中で地を転がる那由多は、真っ先に駆け寄った桐生・陽真(空白スプリングリング・e00013)に抱き止められ、皆瀬・祈(覚無き他化自在天・e07771)が真に自由なる者のオーラでその傷を癒し始める。
「間に合って、良かった、です」
 白髪のドラゴニアン少女は泥まみれの螺旋忍者に肩を貸して立ちあがらせると、
「よく、頑張ったね。助太刀、するよ! アマテラスも、お願いね」
「きゅい!」
 サーヴァントであるボクスドラゴンも一鳴きすると臨戦態勢を整えるのだった。
 結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)はゆっくりと斬霊刀を抜き放ち、鬼柘榴に切先を向ける。
(「凄い殺気だ……」)
「どうした白獅子? 手足が震えているぞ」
 敵の安い挑発には乗らず、熱き魂を秘めたウェアライダーはじりじりと間合いを詰めていく。
(「言われなくても解っている。いつものことだ!」)
 睨み合う二人の横合いから、流星・清和(汎用箱型決戦兵器・e00984)が、
「そこのバストの豊満なチャンネー、おっちゃん達が相手やでー!!」
 と雄叫びをあげながら炎弾を放ったものの、流れるような身のこなしでかわされてしまった。
「ふっ、どこを狙っている!」
「……ならば!」
 駆け寄った蒼いドラゴニアン、マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)が蒼白く輝く地獄の炎を纏った拳で殴りつける。その拳は鬼柘榴の頬をとらえ、そこから一気に炎が燃え広がり、周囲の雨をも蒸発させる。
「一対一の勝負に割り込むのは性に合わねぇが、仲間をむざむざ見殺しにするわけにはいかねぇからな!」
 鬼柘榴は炎に包まれたまま後方へ跳躍すると、石灯籠の上に着地した。すっくと立ち上がると、既に炎は消えていた。
 石灯籠の上から己を取り囲むケルベロス達を見下ろしながら、
「美味そうな仲間達じゃないか、歓迎するよ。それにしても那由多、お前は果報者だねえ。死出の道連れがこんなにいれば寂しくなかろう」
 強がりにも聞こえる口ぶりであったが、それが紛うことなき実力に裏打ちされたものであることをケルベロス達は間もなく痛感するのだった。


「さぁて……真っ先に殺られたい奴はどいつだい?」
 赤髪の狂忍が繰り出す流れる水の如き斬撃が、ケルベロス達を容赦なく薙ぎ払う。
「チィッ! 舐めてたわけやあらへんけど、一撃が重いなっ!」
 斬り裂かれた腹部を抑えながら呻く清和。レオナルドと陽真も浅からぬ傷を負わされた様子だ。
 一曲歌い終え、拡声器を投げ捨てたディルティーノが神火を纏った斬霊刀を手に身を屈める。
「それじゃ一発、受け取って貰おうかな!」
 咆哮の如き一振り。それを受けて鬼柘榴の身が傾いだが、すぐに体勢を立て直した。
 続いてレオナルドが裂帛の気合いとともに空の霊力を帯びた斬霊刀で鬼柘榴の傷跡を斬り広げると、すかさず辛夷がミサイルポッドから大量のミサイルを放った。ミサイルは次々と鬼柘榴に降り注ぎ、大きな爆煙が立ち上る。
「やったか……?」
 爆煙が晴れると、そこには仁王立ちする鬼柘榴の姿があった。身体のところどころから血を流しているが、まだまだ健在だ。
「さっきのはお前の仕業か?」
 苛立たしげに言いながら、氷結の螺旋を放つ鬼柘榴。螺旋状の氷の礫が辛夷をしたたかに打つかに見えたが、マサヨシがその攻撃を庇い、毒づいてみせた。
「オイオイ、オネェさん? そんなヘボい攻撃じゃあ、番犬の首は落とせねぇぜ?」
「これでも、くらえっ!」
 重厚無比な一撃を見舞うべく、陽真が鉄塊剣を振り下ろす。しかし、鬼柘榴は哄笑とともにそれを避け、深々と地面が抉られるのみであった。
「想像、以上に、やります、ね」
 祈はヒールグラビティによって仲間達を支援し、必死に戦線を支えている。しかし、誰も倒れさせたくないという彼女の願いも虚しく、ケルベロス達の疲弊の度は増していくのであった。
「ありがとう、祈ちゃん。わたしはもう、大丈夫だよ」
「あまり、無茶しちゃ、駄目、だよ。鬼柘榴、チラチラ、こっち、見てる。きっと、狙ってる」
「うん、わかってる」
 傷の癒えた那由多も戦列に復帰することとなったが、仲間達に比べればその攻撃は確実に鬼柘榴をとらえているものの、大きな打撃は与えられずにいた。それでも、少しずつダメージを蓄積させているのは間違いなかった。
「白獅子、お前は斬り心地が良さそうだ」
 鬼柘榴の放った弧を描く斬撃が、レオナルドの腕の腱を痛めつける。間髪入れず、ケルベロス達を薙ぎ払うべく刀が振り下ろされたが──。
「そうそう好きにはさせへんで!」
 清和の胸部から放たれたエネルギー光線が、その攻撃を相殺したのだった。
「ぬう……小癪な!」
 敵がわずかに怯んだところで、ケルベロス達は猛攻を仕掛ける。
 まずは疲労の著しいレオナルド。ディルティーノと対峙している鬼柘榴に素早く駆け寄り、斬りかかる。敵の腕を斬り裂くと同時に返り血を浴びた。白い毛並みが朱に染まり、その血によって幾らかのダメージが回復される。
 続けてディルティーノがナイフの刀身に鬼柘榴のトラウマを映し出す。
「このナイフ、よく磨かれてるでしょ?」
 具現化されたトラウマを目にし数歩後ずさった鬼柘榴にマサヨシが気脈を断つべく指一本の突きを見舞うと、辛夷が鋭い呼気とともに螺旋掌を叩き込んだ。
 さしもの鬼柘榴もこの攻勢は凌ぎきれず、痛手を負ったためか、その動きが徐々に鈍りだすように見えた。


「ククク……どうした那由多、もう少しで私が討てるかもしれんぞ」
 おびただしい血が流れる腕の傷口をぺろりとひと舐めし、鬼柘榴が呼びかける。
「あいつの、言葉に、耳を、貸しちゃ、駄目!」
 祈が叫んだが、那由多の耳には届かなかった。 
「もういい加減にしてよー! わたしより実力がある人なんて、いくらでもいるでしょー!?」
 ここが踏ん張りどころとばかりに、ありったけの忍武器が解き放たれる。
「木っ端微塵になるまで乱れ咲かせるよー!」
 鬼柘榴目がけて放たれた忍武器は狙い通りに直撃し、その身を大きく傾がせたものの、
「その才の片鱗、見せてもらったぞ……だが、まだ惑いがある!」
「くあっ……!」
 鬼柘榴の繰り出した氷結の螺旋に襲われた那由多は、深手を負わされてしまった。
 すぐさま祈が癒しの手を向けたが、その様を鬼柘榴は目の端に捉えていた。
 再び攻勢に転じるべく辛夷の放った手裏剣が螺旋の軌道を描き、鬼柘榴に突き刺さる。
「そろそろ、倒れちゃくれないものかねえッ!」
 鬼柘榴とケルベロス達、ずぶ濡れになりながらの攻防は続く。巧みに連携して攻めるケルベロス達ではあったが、鬼柘榴に決定的な打撃を与えるには至らないのだった。 
 ケルベロス達が押し返したように見えた流れは、再びその向きを変えようとしていた。
「この戦況、どう見る?」
 ひとまず敵と距離を置き、額の汗を拭いながらレオナルドがマサヨシに耳打ちすると、
「このままでは、良くて相討ち……か」
「俺も同意見だ。おそらく攻め切れない」
 捨て身の戦いなど、許容できるものではない。撤退を視野に入れた決断が迫られる。
「俺もそろそろ……限界が近いかもしれない」
 レオナルドは斬霊刀を握り直すと、そう言い残して鬼柘榴へと向かっていくのだった。
「う……わたしは、まだ、やれ……」
 氷結の螺旋に撃たれた祈が力なく膝をつき、その前方では傷だらけのディルティーノが本堂の壁にもたれかかっていた。
 その他の仲間達も疲労の色が濃い。疲弊しているのは鬼柘榴も同様であり、このまま戦い続ければ勝てるかもしれないが、運に頼ることはしたくなかった。
「──潮時やな」
 清和はうずくまる那由多をひょいと抱え上げるとマルチプルミサイルで弾幕を張り、仲間達に頷きかけた。
 これ以上戦闘不能者が出るのは看過できない。退き際を誤れば犠牲者が出る恐れもあり、ケルベロス達は撤退の道を選ぶのだった。


 廃寺を後にし、次々と退いていくケルベロス達。清和の背におぶわれた那由多の上には、辛夷の羽織がかけられていた。那由多は無言のまま、時折身を震わせていた。清和の背が濡れているのは、振り注ぐ雨によるものだけではなかった。
「泣きたいときは泣けばええ。生きてさえいれば、雪辱の機会もあるよってな」
 そう言って、清和は殿を務める者達の身も案じて後ろを振り返るのだった。
 その殿のケルベロス──陽真とマサヨシ、二人のドラゴニアンは仲間達の背を見送りながら、鬼柘榴の前に立ちはだかっていた。
 明らかな逆境。しかし、そこに悲壮感はない。むしろ、溢れる闘志が心を奮い立たせていた。
「アマテラス、もう少しだけ、頑張ろうね。終わったら、ご褒美に、お菓子、あげるからね」
「きゅいっ!」
「残りを生かす為、お前達が生贄となるか……」
「生贄だと? そうなるつもりなんて──」
 残る力を振り絞りマサヨシが拳を固めると、陽真も地獄化した左腕を握り締めた。その腕に触れた雨粒はたちどころに蒸発してゆく。
「──さらさら、ないよ。鬼柘榴、お前は、誰も、殺せない!」
「ぬかせっ!」
 アマテラスのブレスによる牽制を退け、鬼柘榴は大きく踏み込んで刀を振り下ろす。マサヨシの肩口に深々と刀が食い込み、その顔は激痛に歪んだが──ニヤリと笑った。
「ぬ……離せっ!」
 マサヨシは刀身を素手で掴み、鬼柘榴の動きを封じたのだ。そこに、陽真が鉄塊剣で渾身の一撃を叩き込む。鬼柘榴は石灯籠に打ちつけられ、砕けた破片の上に倒れ込んだ。
「さぁ、オレ達も退くぞ……!」
「うん……!」
 全身を苛む痛みを堪えながら、二人は地を蹴って撤退に移る。幾度か背中に焼けつくような痛みを覚えたが、もう応戦するつもりはない。
 満身創痍の体に鞭打ってしばらく駆けると、敵の気配を感じなくなった。なんとか振り切ることができたのだ。
 鬼柘榴の襲撃から那由多を救い出すことができ、仲間内から一人の犠牲者も出さずに済んだことに気が緩むと、一気に意識が遠のいてゆく。朦朧とする意識の中、二人は先行した仲間達が近づいてくる姿を見た。労いの言葉がどんなものだったのかは解らないが、雨音だけはやけにはっきりと聞こえるのだった──。

作者:舎里八 重傷:桐生・陽真(宙の勇者・e00013) マサヨシ・ストフム(未だ燻る蒼き灰・e08872) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:失敗…
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