宿縁邂逅~弔う者の唄

作者:綾河司

●暗躍
「お望みの情報をお持ちしましたよ」
 夜の闇に紛れ、姿を現した男が同じく闇に紛れた女に何枚かの紙を手渡した。
「ご苦労、アダムス男爵」
 女は受け取った紙に視線を走らせ、静かに笑みを浮かべた。
「何かお礼をしなくちゃいけないかしら?」
 顔を上げた女にアダムスは小さく首を振って応える。
「いえいえ、互いの利益が一致しての事ですので……」
「そう……」
 女はそれ以上何も言わず、視線を紙へ戻した。そこに映る、1人の少女を食い入るように見つめて。
「咲鬼様が標的を確実に始末してくだされば、それが我が利益となるのですよ」
 アダムスの言葉を背中に受けて、女――咲鬼が口元に笑みを浮かべる。
「いいわ。楽しみに待ってなさい」
 まるで抑えきれない自分に言い聞かせるような一言が、闇の中へ静かに溶けていった。

 とある霊園の一角――。
「晴れてよかった」
 太陽の光を受けて、橘・ほとり(キミとボク・e22291)が体を伸ばす。それから彼女は目の前の墓へと向き直った。そこには彼女の亡き家族が眠っている。
「…………」
 ほとりが目を閉じて、手を合わせた。静かに心の中で語りかけるように意識を墓へと向け、
「っ!!」
 不意に自分へ向けられた殺気を感じて、ほとりが目を開いた。瞬間、ケルベロスの本能が彼女を身構えさせる。
「見ぃつけた……」
 目の前に現れた女――咲鬼は溢れ出る殺気を隠そうともしないで、ゆっくりとほとりの方へ歩み寄ってきた。
「ダメだよ! 幽鬼!!」
 殺気に当てられ、ビハインドの幽鬼が飛び出しそうになるのをほとりが抑える。
「幽鬼はボクが守る!」
「どのみち同じことよ? あなたを殺してしまえば、ね」
 狂気の笑みを浮かべ、近づいてくる咲鬼。一戦は避けられそうにない。
(一般人は――)
 ほとりが周囲の状況を確認しようとした一瞬、咲鬼が地を蹴って宙を舞った。
「さあ、ゆっくりと眠りなさい」
「――っ!!」
 咲鬼の振り抜いた大鎌がほとりの体を直撃した。

●緊急事態
「緊急です。申し訳ありません」
 抑揚のない口調で天瀬・月乃(レプリカントのヘリオライダー・en0148)が集まったケルベロス達に話し始める。よほど急いでいたのか、彼女の長い髪は所々跳ねていた。
「橘・ほとり(キミとボク・e22291)さんが、宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました。急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡がつきません」
 ざわめくケルベロス達を待たずに彼女は続けた。
「もう一刻の猶予もありません。ほとりさんが無事なうちに、なんとか救援に向かってください」
 そう言って月乃は立体スクリーンに作戦情報を表示する。
「戦場は霊園です。ほとりさんはどうやらご家族のお墓参りに出掛けられていたようです。戦闘を行うには問題ない広さですね」
 場所的にはアレですが、と彼女は付け加えた。
「敵はほとりさんの宿敵、死神の咲鬼です。大きな鎌を巧みに操り、攻撃してきます。攻撃の威力、精度、ともに相当高いので気をつけてください。手勢は連れておらず、また咲鬼本人が殺気を張り巡らせた為、周囲に一般人はいません。咲鬼撃破に集中してください」
 月乃は最後に一呼吸整えて、
「ほとりさんを無事救出し、ケルベロスを襲撃しても無駄だということを敵に叩き込んできてください」
 お願いします、と彼女はぺこりと頭を下げた。


参加者
オルガ・ディアドロス(盾を持つ者・e00699)
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)
毒島・漆(薬も過ぎれば毒になる・e01815)
呉鐘・頼牙(その刹那に・e07656)
ハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
橘・ほとり(キミとボク・e22291)
一羽・歌彼方(槍つかいの歌うたい・e24556)

■リプレイ

●救援
「終わらせましょうか……」
「くっ……」
 傷を負わされた橘・ほとり(キミとボク・e22291)が咲鬼の動きに合わせて身構える。慈悲なき大鎌が太陽の光を受けて、鈍く煌いた。絶対的不利な状況で、ほとりが背に幽鬼を庇うように立つ。手にした紫苑から溢れる紫色の炎が一瞬の風に吹かれ、なびいた。
「やらせん!」
 風に乗って飛び込んだ影が勢いのまま、左手を叩き込んだ。
「何者っ!?」
 強襲など全く頭になかった咲鬼が大鎌を引き寄せて攻撃を防ぐ。その姿を見てほとりは眼を見開いた。
「漆さん!」
 毒島・漆(薬も過ぎれば毒になる・e01815)の縫手から発せられた縫合糸が咲鬼の四肢を捕らえる。さらに、
「境界形成――そこまでだ、死神」
「友達の危機……見過ごすわけには参りません」
 ほとりの両脇を抜けて、ハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)と南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)が飛び込んだ。
 漆の攻撃をなんとか振り切る咲鬼。グラビティの発動で髪を白く戻したハルの斬魔刀“緋月”と心魂写映す境界剣が咲鬼の大鎌と切り結び、その隙をついて夢姫の鋭い蹴りが咲鬼の胴を薙ぎ払った。
「うちには縁のない顔やけど」
 距離の開いたほとりと咲鬼の間にガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)とオルガ・ディアドロス(盾を持つ者・e00699)が並び立つ。
「ここで会ったが一年目、短い付き合いっちゅうことで、まぁよろしゅうお願いします」
「仲間は守らねばならぬ……それが騎士だ」
 自らの前に巨大なタワーシールドである魔皇の大盾を掲げ、光の領域を作り出したオルガが仲間の防御を高めれば、
「手加減は下手くそなんでね……お互い、覚悟しとこか!!」
 と、咆哮をあげたガドが前衛に力を漲らせた。
「邪魔が入るとは……!!」
「突、撃ィ!」
 明らかに想定外の出来事に表情を僅かに曇らせる咲鬼に対して、強烈な勢いをつけた一羽・歌彼方(槍つかいの歌うたい・e24556)が飛び込んだ。
「いっけぇ――!!」
 地を蹴り、宙を舞った歌彼方の飛び蹴りが大鎌で防御する咲鬼を巻き込んで一気に後退させる。
「みなさん……」
 窮地に駆けつけた仲間達にほとりの目頭が熱くなる。
「っ!!」
 地を滑り、距離を引き離される咲鬼の表情を見た歌彼方の背に冷たいものが走った。
「ふふっ……それでも、関係ないわ」
 力を逸らし、構え直した咲鬼が手にした大鎌を投擲する。正確無比な一撃が、弧を描いて寸分違わずほとりを襲う。直撃を覚悟したほとりの前にその最後の影は立ち塞がった。
「ふっ!」
 吐く息一瞬。投影した剣で大鎌を受け止めた男が傷を負いながらも大鎌を弾き返した。
「頼牙……」
 目の前に現れた呉鐘・頼牙(その刹那に・e07656)の姿にほとりが安堵の息を吐く。
「立てるか?」
 不器用な笑顔を浮かべながら手を差し出してくる頼牙。その表情にほとりは笑みを、湧き上がる勇気を抑えられなかった。
「うん!」
 手を取り、立ち上がったほとりが自身の防御力を高めていく。その様子を眺めていた頼牙は惨殺ナイフを一振りすると、切っ先を咲鬼に突きつけた。
「幽鬼、つまりほとりを狙うという事が、誰に喧嘩を売る事になるのかを教えてやる」
 大鎌を手にした咲鬼はゆらりと体を揺らし、狂気の笑みを浮かべた。

●物言わぬ者の主張
「さあ、好きなだけ逃げ惑いなさい!」
「ボクは逃げない!」
 咲鬼と距離を取ったほとりの紫炎が夢姫を活性化させると同時に夢姫のオーラが手に集中した。
「太極より双儀を分かち 四象に至りて星に宿るは二十八 東方青龍 西方白虎 北方玄武 南方朱雀 四方の四神よ我が手に集え 霊器形成」
 次々と形成される武器を駆使しての連続攻撃が咲鬼を打つ。
「ふふっ……まだよ、まだまだ」
「どいつもこいつも……デウスエクスってのは厄介な奴らばかりですね……」
 連携した漆が右手の隠爪を構えて薙ぎ払った。九つの爪痕を残す一撃が外装を切り裂くが、咲鬼の笑みは崩れない。
「だが、ウチの団員に手を出したんだ。生かして帰す気は無ぇよっ……!」
 撃ち終わり、体を倒す漆の背後からハルが飛び込んだ。
「我が心、喰らえ世界。貫き砕け、境界・雷皇鎚落(デッドライン・トールブレイカー)」
 自らの領域より取り出した刀で咲鬼を貫き、雷を落とす。刃ごと砕く一撃を受けて、なお咲鬼はその場に踏み止まった。
「こちらこそ、あなた達全員、生かして帰す気はないわ」
 ゆらりと構えられた大鎌が空を裂いて、ハルに襲い掛かる。
「あぶない!」
 朽ちた黄金の槍を立てて飛び込んだガドが間に割って入って大鎌を受け止める。切り裂かれた傷口から生命力を吸い取られて、咲鬼の傷が見る間に癒えた。
「厄介やなぁ、けど!!」
 前もって対策していた攻撃に怯まず、ガドが螺旋の力を叩き込む。体勢を崩す咲鬼に頼牙が肉薄した。
「貴様の動きなど対策済みというわけだ」
 振り抜かれた鉄塊剣が咲鬼の大鎌と交差する。頼牙の表情は至って冷静だが、その左目には憤怒の銀炎が揺らめいていた。力の限り、鉄塊剣を押し込んで何度となく切り結ぶ。
「宿縁清算、その一助となる為――いきます、全身全霊で!」
 頼牙が一進一退の攻防を繰り広げる中、瞬間的に身体能力を強化した歌彼方が大地を蹴った。その動きに反応した頼牙が後方に飛び退く。爆発的に光量を増した光の翼をはためかせ、翔けた歌彼方がフェローチェを繰る。剣閃乱れ飛ぶ高速の連撃を横から浴びせられ、咲鬼が弾き飛ばされた。
「守る為に俺は動く」
 回り込んだオルガが盾をずらし、その手に惨殺ナイフを構える。攻撃すらも守護の為。それ以上の感情を彼が戦闘に入れることはない。だが、
「ぬるい!」
 変質した刃の一撃をかわす咲鬼。その先に誘い込まれたと知ったときには既に遅かった。
「守ろうと動く者の姿を俺は見逃さない」
「っ!!」
 ともすれば、彼の嫌う無駄な会話。戦闘時は黙して己の仕事をこなすオルガだからこそ、語らずも彼の想いに気がついた。
「幽鬼っ!?」
 ほとりに守られ、庇われていた幽鬼が咲鬼の退路を塞ぐかのように飛び出していた。同時に念を込めた瓦礫を撃ち放つ。咄嗟にガードした咲鬼をそれでも瓦礫の弾丸は強く撃ちつけた。
「幽鬼、キミは……」
 自分の前に降り立った幽鬼の背中をほとりが見つめる。彼は語らない。だがしかし、その背中は言葉よりも確かに物語っていた。自分もほとりを守るのだ、と。
「おのれ……」
 体勢を整えた咲鬼の口から噛み殺すような声が溢れる。
「抗うというの……この私に!!」
 背筋も凍りそうなほど暗い狂気と怒りがグラビティの波動となって渦巻き、ケルベロス達を襲う。それでも、
「戦おう、幽鬼……一緒に」
 ほとりの手から溢れた紫炎が幽鬼を包み込むと、その炎を纏い、力を漲らせた幽鬼はこくりと一つ、頷いた。そんな二人の背に手を置いて、頼牙が一言。
「勝つぞ」
 ケルベロス達の心は一つ。皆、その言葉に頷く。
「やってみなさい! ケルベロス!!」
 咲鬼の咆哮と同時、ケルベロス達は一斉に大地を蹴った。

●想う者の盾と刃と
 咲鬼の猛攻を前にして、一歩も引かずに戦うケルベロス達。咲鬼はほとりを狙いつつ、減った体力を前衛から奪い取っていく。
 対して、
「抑える!」
「たのんます!」
 ガドと体勢を入れ替えたオルガが魔皇の大盾で咲鬼の大鎌を受け止め、火花を散らす。
「そう簡単には通さん!」
「はぁぁぁっ!」
 一瞬の拮抗。だが、力任せにグラビティを込めた咲鬼の一撃が巨体を誇るオルガは弾き飛ばした。なんとか踏み止まるオルガ。その開いた間合いから咲鬼が続けて大鎌を投擲する。
「死ねぇ!」
 ほとりを狙う、何度目かの遠距離攻撃。
「やらせるか!」
 常に射線を遮るように立ち回る事を心がけていた頼牙が身を呈してほとりを庇う。
「頼牙っ!」
 正確無比な攻撃を受け続け、血を流す頼牙をほとりのマインドシールドが包み込んだ。だが、癒せる傷にも限度がある。その限度を感じ取って、自然とほとりの表情が強張った。
「限界か?」
 盾を構えたまま、油断なく咲鬼を見据えたオルガの言葉に頼牙が目を細める。
「冗談を……」
「ほとりの保護は君に任せたのだ。大事なら己の手で護って見せるがいい」
 脇に降り立ったハルの言葉に頼牙が四肢に力を込めた。言われるまでもない。最後まで彼女を護るのは自分だ、と。
 その様子にオルガとハルがほぼ同時に応えた。
『ならば……』
 二人の口から、
「私は君達の刃となろう」
「俺はお前らの盾となろう」
 そう告げて、二人が同時に駆け出す。それを合図に動き出すケルベロス達。
「小賢しい!」
 迎撃体勢を整えた咲鬼が大鎌を掲げる。その間に割って入ったのはガドの威勢のいい咆哮だった。
「よォし、盛り上がってきたァ!!」
 周囲に巻き上がった螺旋の風が、その風鳴りが踏み出す前衛を余すことなく鼓舞する。
「いきます!」
「突貫ッ!」
 より力を漲らせた夢姫がKami-Tamisu:Igarimaを振り抜き、咲鬼の胴を切り裂いて体力を奪い取り、入れ違いに飛び込んだ歌彼方のチェーンソーが唸りを上げて咲鬼を切り裂いた。
「くっ……」
 生命力を奪い取られる脱力感と、切り裂かれた傷口に咲鬼が顔をしかめる。その懐深く、今度はハルが飛び込む。
「君が挑むは地獄。死を蒐集する神といえど逃れる術はない。我らが牙、畏れぬのなら来るがいい」
「黙りなさい、駄犬風情がっ!」
 振り払われる大鎌を掻い潜り、振り抜かれた緋月が咲鬼の傷をさらに斬り広げた。そこへ魔皇の大盾をかざしたオルガが右腕から地獄の炎弾を撃ち放ち、咲鬼から体力を奪い取る。
「この……っ!」
 顔を上げた先、視界にそれを捕らえた咲鬼の動きが一瞬止まる。
「溜めに溜めた一撃だ」
 漆の左腕に視認可能になるまで高められたグラビティチェインの鎖が幾重にも巻きつく。
「グラビティチェイン臨界付与! 砕けろっ!」
 強烈な一撃が咲鬼のガードごと撃ち抜いて、彼女を弾き飛ばす。血を吐きながら、なんとか踏み止まった咲鬼に頼牙が突っ込んだ。距離を測ろうとする咲鬼より早く、頼牙が地を這うように疾走する。
「くらえっ!」
 勢いのままに体を回した頼牙の蹴りが天を突くような軌道で咲鬼の顎を捉えた。
「ぐっ……!」
 跳ね上げられた咲鬼の視界に舞う影が二つ。
「咲鬼っ!」
 頭上に紫苑を掲げたほとりと幽鬼が紫炎の尾を引いて舞い降りる。
「これで、全部終わらせるっ!」
 ほぼ同時に放たれた幽鬼の金縛りとほとり渾身の縛霊撃が咲鬼の頭上から降り注ぎ、
「おのれ、おのれぇ……!」
 大鎌を掲げて防御した咲鬼を容赦なく叩き潰した。
「……勝った?」
 身じろぎしない咲鬼の姿に油断なく構えつつ、夢姫が様子を探る。力尽きた咲鬼の体が徐々に消滅し始めて、ケルベロス達の緊張が解けた。
「勝った……」
 終の一撃を放ったほとりがその事実に追い付かないまま、呆然と咲鬼の消滅を見守る。因縁に決着がつき、力の抜けたほとりがその場に崩れ落ち、
「っと……」
 座り込みそうになるほとりを咄嗟に手を伸ばした頼牙が受け止める。
「襲撃阻止、成功ですね。皆さん、大丈夫ですか?」
 ぱちんと手を合わせてぽやっとした雰囲気に戻った歌彼方が笑みを浮かべると、夢姫の表情にも明るさが戻った。
「なんとかなりましたね。お疲れ様でした」
 彼女がそう言うと、それぞれが労を労った。

●アナタの傍に
「ふむ……」
 ヒールグラビティがない為、手作業で霊園の修復を手伝っていた漆が買い物に出ていた者の気配を感じ取って顔を上げた。
「おーい、買ってきたでー」
 手に仏花を掲げつつ、ガドと歌彼方が戻ってくる。彼女は破損した墓地の花も場所を問わず、入れ替え始めた。折れてしまった花、散ってしまった花を丁寧に整えていく。
「お騒がせしてもうたし、ね」
 ガドの申し出に墓地を修復していたケルベロス達が加えて花を入れ替えていく。
 墓地の修復を終えたケルベロス達は皆でほとりの両親の墓に花を添え、手を合わせた。
「みんな、助けてくれて……あ、ありがとう……」
 改めて頭を下げるほとり。ハルが柔らかい笑みを浮かべた。
「なに、礼には及ばない」
 仲間が窮地であれば見過ごすケルベロス達ではない。
 漆が懐から煙草を取り出した。
「さて、我々は先に戻ろうか」
 そう言って帰路に着く背中にハルが続く。
「?」
 持ち前の鈍さを発揮して疑問符を浮かべるオルガの背中をガドと歌彼方が二人して押していく。
「はいはーい、帰るでー」
「帰りますよー」
 押されるまま帰路に着くオルガを夢姫は苦笑いを浮かべて見送ってから、
「それではお二人とも、また」
 そう言って笑みを浮かべて彼女も去っていった。その場に残ったのはほとりと頼牙、それと幽鬼。
「キミも無事でいてくれてありがとう」
 ほとりが幽鬼に笑みを向けると、幽鬼も笑みを浮かべた。そして、その姿を消すとこちらこそと示すようにほとりの胸に一鼓動、優しい脈を返した。その脈を大事に仕舞い込むようにほとりが自身の胸に手を当てる。
「もう少し、いいかな?」
 視線を向けてきたほとりに、傍らに立つ頼牙が静かに頷く。ほとりは再び両親の墓地へと向き直った。
「……仇は取ったよ」
 呟くようにそう言うと、しばらく風が木々を撫でる音だけが二人の間に響く。
「ねぇ、頼牙……」
 振り向かず、ふと呼びかけられて、頼牙が返す。
「……なんだ?」
「……ううん、なんでもないよ」
 ほとりはそうとだけ言って黙した。両親の仇を討ったその墓前で、その小さな背中が何を言いたかったのか、頼牙にはなんとなく分かっていた。だから、彼女がどんな表情をしているか、頼牙は覗こうとしなかった。
「ほとり……」
 そっと優しく背中から腕を回し、軽く触れる程度に抱きしめる。生きている、その事をしっかりと伝える為に。
「俺も、幽鬼も皆も……誰もほとりを独りになんてしない」
「……うん……うん」
 彼女の頬を伝う雫が彼の袖を濡らしても。二人はしばらく、そのままでいた。

作者:綾河司 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 1
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