宿縁邂逅~鉄足のスレイヴ

作者:カワセミ

「よくぞ来てくれた、『鉄足のスレイヴ』。この男爵アダムスが、新たなる使命を与えよう」
 闇の中、尊大に告げる声が響く。
 貴族のような風体の螺旋忍軍――『男爵アダムス』は、相手の答えも待たずに話し続けた。
「地獄の番犬を名乗る者たち――ケルベロスを、殺害或いは捕縛せよ。
 既に上位組織との調整は済んでいる。思う存分暴れてくるがいい」
 そう端的に告げ、アダムスはゆっくりと口端を吊り上げる。
「またとない話だろう?」
 アダムスの話が終わるか終わらないかの内に、それまで黙り込んでいた黒衣の男は獣のように飛び出した。
 その疾駆に一分の迷いもなく、ただ一人を目指して。

 一面の荒野と、その先にある断崖。
 風が吹き抜けて砂塵を舞い上げる。そんな物寂しい場所に、烏丸・藤治郎(根無し草の傭兵・e00845)は一人立ち尽くし、断崖の彼方を眺めていた。自分に呆れたような溜息も風が浚っていく。
「なんでまたこんな所に来たかな、俺は……」
「ああ、オレも来ちまったよ。気が合うじゃねえか」
 他に人などいるはずがないこの場所で、背後から声。藤治郎が反射的に振り返り大剣で身を庇うと、剣と鉄足が激しくぶつかり合う音が響いた。
「お前は……!!」
 殺意の塊のような蹴りを受け、衝撃で吹き飛ばされそうになるのを踏み留まる。藤治郎が睨む先には、伸び放題の髪の下で獰猛に笑う男が立っていた。
「よォ、今度こそ本当にケリをつけようぜ。前のオレと同じなんて思ってくれるなよ」
 言うが早いか、鉄足で地を蹴って飛び出す。その鋼の足先は藤治郎の身を深く抉り、男の表情は喜悦に歪む。

「みんな、大変です!
 烏丸・藤治郎さんがデウスエクスの襲撃を受けることが予知されて……。急いで連絡をとろうとしたのですが、応答がありません。
 一刻の猶予もありません! 今すぐ藤治郎さんの救援に向かってください!」
 ケルベロス達の元へ飛び込んできた笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が、焦燥を隠さずに叫ぶ。
 襲撃者の名は、『鉄足のスレイヴ』と呼ばれる螺旋忍軍だ。
「藤治郎さんが襲撃を受けたのは人気のない荒野です。広いです! 人払いの必要はありません。
 そう遠くないところに崖があるので、落っこちないように気をつけてください!
 両脚が鉄の義足になっているのが特徴で、この両脚を使った攻撃が主軸です。集中して自分の疲労を癒すこともできるようです。戦闘スタイルもかなり攻撃的です」
 早口で説明してから、ねむはぎゅっと両手を握り締めてケルベロスたちを見上げる。
「これはきっと、螺旋忍軍の新たな作戦です。襲撃の阻止に失敗したら、きっとこの作戦は有効なのだと思われてしまいます。
 そんなことはないって、こんな作戦は意味ないって、デウスエクスに思い知らせてやりましょう。
 ……それに何より、藤治郎さんが非常に危険な状況です。一刻も早く合流し、援護に回ってください。どうか、よろしくお願いします!」


参加者
烏丸・藤治郎(根無し草の傭兵・e00845)
朝霧・紗奈江(カフェテラスオーナー・e00950)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
相馬・竜人(掟守・e01889)
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)

■リプレイ


「まさかテメェが生きてるとはな。てっきりご自慢の『あんよ』を失ってくたばってるかと思ったぜ、スレイヴちゃんよ」
 深く抉られた脇腹を抑え、烏丸・藤治郎(根無し草の傭兵・e00845)は地に膝を突く。重い一撃を受けながらも藤治郎の口端から笑みが消えることはない。皮肉を言う余裕さえ見せた。
 その顎先を、黒衣の螺旋忍軍――鉄足のスレイヴの爪先が容赦無く蹴り飛ばす。背中から地面へ叩きつけられた藤治郎の首を、間髪入れずに鋼鉄の足で踏みつけた。苦しげに呻く藤治郎の顎は鋼の爪で無理に押し上げられ、彼を見下ろすスレイヴの表情が嫌でもよく見える。前髪の下でぎらぎらと光る両目が細められた。
「オレの自慢のあんよはな、てめェがくれたこの両脚だぜ。藤治郎」
 ギリ、と喉を踏み潰すほどの力が鋼の足に加えられ、藤治郎は声なく呻く。スレイヴの口元は、いよいよ陰惨な喜悦で歪に吊り上がった。
「最っ高の眺めだな。――なあ、藤治郎。これならてめェも認めるだろ? オレの勝ちだ。そう言えよ」
「なんだって……」
 不可解げに顔を顰めながら、なんとか言葉を発しようと藤治郎が口を開く。弾かれたようにスレイヴがあらぬ方を振り返ったのはそれとほぼ同時だった。
「へえ、こいつは奇遇だね。あたしの拳も鉄なんだ」
 闖入者の声にスレイヴは短く舌打ちして、藤治郎を踏みつけていた脚を振り上げる。前触れ無く飛び込んで来たハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)の鉄拳と鉄脚が、重い音を立てて激突した。心地よい激突音にハンナは細く口笛を吹く。
「藤治郎さん、こちらへ!」
 解放され、激しく咳き込む藤治郎。その傍へ和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)が駆け寄り、仲間達の方へと肩を引き寄せた。
「よお、生きてるか? 烏丸とやら」
「全く、冷や冷やさせやがって!」
 藤治郎とスレイヴの間に相馬・竜人(掟守・e01889)と白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)が割って入る。窮地に颯爽と現れた仲間達の姿に驚いていた藤治郎も、二人に声を掛けられるといつもの調子で不敵に笑った。
「ああ、お陰様でな。いいタイミングで来やがるじゃねえか……」
 負傷しながらも立ち上がって見せる藤治郎の様子を見届けて、竜人は腰に下げた髑髏の面をゆっくりと嵌めた。戦いの時にはそれを着けると決めている。
「攻撃の届かない後方で最優先で治療……する暇はなさそうですね。すみませんが一緒に戦っていただきますよ、烏丸さん」
 レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)が、辺りを見渡し素早く状況を分析する。
「なに、此処からが地獄の番犬の本領発揮、まだまだ行けるだろうよ。そうであろう、藤治郎」
 音もなく傍らに立っていた樒・レン(夜鳴鶯・e05621)が、レベッカの言葉を受けて藤治郎を振り返る。
「烏丸さんの大事な戦い……。負けるわけにも、この機会を逃がすわけにもいきません〜!」
 朝霧・紗奈江(カフェテラスオーナー・e00950)もおっとりした言葉の中に決意を秘め、皆と目配せする。崖の方向に厚めにした包囲網。スレイヴはケルベロス達に取り囲まれる形となった。
「ちょっと見ねえ間に、随分お友達が増えたじゃねえか。結構なことで」
 ケルベロス達を暗い眼で睨むスレイヴは、さながら獲物を奪われた獣だった。しかし、やがてこきりと首を鳴らすと、その瞳は使命を帯びた螺旋忍軍のものへと切り替わる。
「ま、持ち帰る首が七つ増えたってわけだ。オレとしちゃ大歓迎だね」
「落ちぶれたもんだな、スレイヴ。今も敵として俺の前に立ちはだかるってぇ言うンなら……今度こそ、テメェの暴走を止めるだけだ」
 自分の負傷などまるでないことのように、藤治郎はまっすぐに鉄塊剣を構える。
「こちとら、死ぬ時はベッドか畳の上って決めてんだ!」
「耄碌しちまったのか? ここは――ベッドでも畳の上でも、ねェよ!」
 鉄足が地を蹴り、宿縁を屠らんと飛び出す。
 戦いの火蓋は今、ようやく切って落とされた。


「ハッ!」
 鋼の左脚が蹴り上げられ、強かに藤治郎の腹を切り裂かんとする。
「チッ……!」
 再び鉄塊剣で自分の身を庇いながらも、藤治郎はダメージを覚悟した。
 ――しかし、その蹴撃が構えた大剣に届くことはない。
 藤治郎とスレイヴの前に素早く滑り込んだ竜人の縛霊手が、襲撃者の左脚を受け止めたのだ。
「こいつはまともに食らいたくねえもんだな……」
 引き受けた一撃の重さに、竜人の額に嫌な汗が滲む。
 スレイヴもまた、攻撃を防がれたことに嫌そうな顔をしながら素早く脚を引いた。
「いきなり現れたかと思えば動きが良すぎるんだよ、ケルベロス。一体どこで嗅ぎつけてきやがるんだか」
「俺らは番犬だぜ。テメエみてえなくせえ奴の動きは分かっちまうんだよ」
 竜人がこともなげに返す。藤治郎への初撃がなんとか防がれたのを見て、紫睡もまたロッドを振るう。
「その、こうした男同士の戦いに、私なんかが手を出して良いのか判りませんが……」
 振るわれた軌跡が生むのは針状の硫黄結晶。それが襲撃者に向けて一斉に襲いかかった。
「今の藤治郎さんには、私達の手が必要です! だから、失礼します……!」
「良い妨害だね紫睡。――さ、仕切り直しだ。
 因縁の対決に水を差しちまって悪いな。ちょいと邪魔するぜ」
 紫睡の妨害でスレイヴの足が一瞬鈍る。生まれた隙を見逃さず――今度は牽制ではなく、明確な攻撃の意思をもってハンナの鉄の拳が直撃する。
「ま、同じ鉄同士だ。仲良くしようじゃあないかっ!」
 その威力は拳の域を超えるどころか、その辺のグラビティの破壊力さえ凌駕していた。足による防御が間に合わず、脇腹で拳を受けたスレイヴの表情が苦痛に歪む。
「カレンさん、私も続きます〜!」
 離れた場所から紗奈江も高く跳躍し、両の手指に灯した炎を燃え上がらせる。
「確実に当てます! 朝霧流螺旋忍術、桜花炎舞!」
 胸の前で交差させた腕を大きく解き放つと同時、十の炎がレーザーのような尾を引いて次々に敵の身を焼いていく。その正確無比な狙いは、デウスエクスとて躱す術はない。
「なかなか不味い状況ですね。個人を狙って来る、しかも単独でいるときっていうのは」
 螺旋忍軍の卑劣ながらも的確な作戦を思い、レベッカは歯噛みする。すぐに首を振って意識を切り替え、アームドフォートを軽々と構えた。
「だからこそ、今回だけで螺旋忍軍には懲りてもらいますよ。――烏丸さんは渡しません」
 レベッカが睨み据える先へと、アームドフォートの主砲が一斉に発射される。
 砲撃の煙が薄れた頃、土埃の奥からスレイヴめがけて疾駆する影があった。
「藤治郎ばっかじゃなくて、俺の相手もしてくれよ! 先輩!」
 敢えて敵の気を引こうと声を張り上げながら、ユストが軽やかに地を蹴りスレイヴの頭上へと蹴撃を見舞う。
「刺し貫けッ! 黄道十二星剣――『アンチアレスの星腿鞭』!!」
 下腿を鎧う鞭剣での高速斬撃。星屑の尾を引く美しい蹴撃を腕で受け止め、強烈な痛みの中でスレイヴは獰猛に笑った。
「藤治郎……。傷が深いな。見せてみろ」
 仲間達の猛攻を縫い、影のような静けさでレンが藤治郎の傍らに現れる。レンが短く瞑目すると、金剛力士を表す輝く梵字が現れ、藤治郎を守る盾となった。その輝きは藤治郎の傷を少しずつ癒していく。
「仕方のないことだが、すぐに完治とはいかないな」
 忍者装束の下で微かに表情を曇らせるレンに、藤治郎は首を振る。
「お前らが来てくれなきゃ、俺ぁ今頃こんな傷で済んでねぇんだ。いくら感謝しても足りないくらいだぜ」
「仲間を救いたいと思うのは当然のことよ。――さあ行くか、藤治郎。お前が前に立つと言うのなら、俺達が全力で支援する」
 頼もしいレンの言葉に藤治郎は頷く。
 援護にやってきたケルベロス達は、藤治郎が立ち続けるために最大限の努力を払った。
 その努力の上で、最初に倒れたのは藤治郎だった。


「藤治郎、あんた……!」
 目の前でスレイヴの蹴撃を受け止め、口端から血を零す藤治郎。それが藤治郎にとって決定的な一撃であることは、守られたハンナにも周囲の仲間達にも一目で知れることだった。
 凍りつく仲間の空気に耐えかねたように、藤治郎が力なく笑う。
「俺だってな、前に立つってことの意味くらい分かってるんだよ。少しでも多く敵を殴るか、仲間を守って最初に落ちるか。そのどっちかだろ……」
 戦闘に臨むケルベロス達には役割があり、皆その役目を全力で果たす。ディフェンダーは攻撃を一手に引き受け、仲間を守ることが使命だ。その役割を選んだ以上『庇わない』という選択はありえない。
 その上、スレイヴの攻撃的な戦法。最初から大きなダメージのあった藤治郎という盾が、脆いものとなることは自明だった。
 崩れ落ちた藤治郎を、スレイヴが不可解げに見下ろす。
「自分が怪我人だってことくらい分かってただろ? 素直に守られて戦えば良かったじゃねェか。それは恥ずかしいことでもなんでもねェだろうが」
 ディフェンダーが守った結果、今も立っている仲間達。彼らは守られた分だけそれぞれの役割を果たしている。
 自分の意図を全く理解できていない様子のスレイヴに、地に伏したまま藤治郎は浅く笑った。
「とんだ筋違いだな、スレイヴ……。お前がケリをつけに来たんだ。俺だって正面切って、お前と戦いたかったんだよ……」
 想像の斜め上を行く答えに、スレイヴは一瞬目を丸くした。すぐに呆れたような溜息が漏れる。
「はあ。バカかてめェは」
「藤治郎さんは真剣です! それを侮辱するようなことは……」
 スレイヴの言い草に、紫睡が思わず声をあげる。
 しかし紫睡が言い終わる前に、スレイヴは首を振って再び身構えた。
「ま、藤治郎のそういうところは嫌いじゃねェ。――どうせてめェらが生きてる内は、藤治郎にトドメも刺させてくれねェんだろ。さっさと終わらせようぜ」
「そりゃこっちの台詞だ。藤治郎の分まで、俺達が片を付けてやる!」
 きょとんとしている紫睡の横でユストが高らかに吠える。
「思い切って、藤治郎さんには前で攻撃に回ってもらうという手もあったんでしょうかにゃ〜」
「それも相当勇気の要る選択ですけどね。まあ、今回の相手は一度に一人しか狙って来ないし、盾役を多めにすれば守りやすかったかもしれませんね」
 紗奈江とレベッカが言葉を交わす合間にも、竜人が真っ先に飛び出して竜化した拳を大きく振り上げる。
「なら、もう遠慮は要らねえな挑戦者。この俺が咬み千切ってやる!!」
 腕だけで王者の如き威圧を誇る古竜の剛腕。それを最早何のためらいもなく叩き付けながら、竜人はスレイヴを睨む。
「大体な、他人にけしかけらんねえと決着も付けに来れねえのかよテメエはよ。その殺意のなさがマジで気に食わねえんだよ」
「ああ?」
 交差させた両腕で剛腕を受け止めながら、スレイヴは低い声で凄む。挑発された怒りが瞳の奥で燃えていたが、その目が一瞬だけ逸らされた。
「今回がまたとない好機だから来たんだよ。オレだっていつも好き勝手に生きられるわけじゃねェ」
 竜人の突っ込みは少し悔しいものがあったのだろう。それは声にも微妙に滲んでいた。
 ――ディフェンダーがディフェンダーを庇うという効率の悪い戦法や、ジャマーも回復に回らざるを得なかった前半の戦況。戦力を一人失ったにも関わらず、敵の攻撃は防ぎきれていない状態だった。そんな不利な状況の中でも、ケルベロス達は諦めることなく攻撃を重ねていく。
「紫睡、今日はあんまり怖がってないな!」
 ユストに声を掛けられた紫睡が、自分の胸に手を当てて考えてから頷く。
「は、はい。考えることがたくさんあって、頭はぐるぐるしますけど……。救援だから、皆さんがいるから、まだ怖くありません!」
「まあ、守るための戦いってのは良いもんだよな!」
 重なった自分の負傷から気を逸らすように、ユストは声を張り上げる。次に誰かの攻撃を引き受けた所で役目は終わりだろう。
 ならば、倒れる前に少しでも。ユストは果敢に敵へ向かい、流星の如き飛び蹴りを食らわせる。
「ケルベロスは多頭の獣。お目当ての頭が欲しいなら、周りの頭に噛みつかれることくらいは覚悟してもらわないとなッ!」
 いつか倒した、模倣を得意とした螺旋忍者を思い出しながら。今日はユストが、相手に合わせた足技で戦っている。
「烏丸さんのためにも、負けられない……。絶対に、押し切ってみせます〜!」
 紗奈江が放つ螺旋掌に続き、レベッカが手にした銃器をスレイヴへと向ける。
「助けに来た私達が負けるとか、笑えませんから。――では撃ちますよ」
「ああ、まだ終わりではない!」
 容赦無く見舞われる冷凍光線に、傷ついた竜人を守るレンの分身。
 ケルベロス達の連携と不退転の猛攻を受けよろめくスレイヴに、ハンナの銃口が向けられた。
「デッド・オア・アライブと行こうじゃないか。
 ……あたしは別にあんたのことなんて知らねぇが、仲間に手を出した時点で、あんたの運命は決まってたのさ」
 前中衛は既に満身創痍だ。しかし、ハンナの狙いは少しもぶれることはない。
「……ハッ。助けるとか、仲間とか。そんなんばっかりだな、てめェら……」
 皮肉げなスレイヴの呟きは既に虫の声だった。
 その銃弾は荒野の岩や大地を跳弾し――あらゆる死角からスレイヴを撃ち抜いた。

●墓標
 最後の一撃は藤治郎に。それが叶わぬのならば自分達で。
 その覚悟は、ここに来た誰もが持っていたが――それをしなかったのは、もうその必要さえないと、誰もが感じていたからかもしれない。
「お前が藤治郎の元にやってきたのは、お前もまた過去に縛られているからだ」
 レンの静かな声に、今や襤褸切れのようになったスレイヴの目が向けられる。
「お前の魂が、魂の奥底に棲むお前自身が、藤治郎の手で決着をつけてもらいたいと……。
 そう望んでいたからなのだろう?」
「……ハッ。知ったような口を、利くんじゃねェよ……」
 レンの言葉に、スレイヴはただ力なく笑う。その足はふらふらと断崖の方へと向かっていた。
 崖からの逃走をケルベロス達は想定し、それに対応した位置取りを心がけていた。だがそれも、今となっては不要だろう。
「……多頭の獣、か。
 オレは一人で強くなったような気でいたが、なるほど、こんな時になっても、誰も見送りに来やしねェ……」
 嘆くでも羨むでもない。ただ、藤治郎の窮地に駆けつけた七人の姿を思っているのだろう。
 力を振り絞ってどうにか身を起こす藤治郎と、断崖に立って振り返ったスレイヴの目が合う。
「なあ、藤治郎……」
 最期の言葉は、荒野の静寂が皆の耳まで届けてくれた。
「今度は、俺の勝ちか……?」
 黒衣の男の身体から力が抜け、その身は奈落へと投げ出される。

 一人のデウスエクスの終わり。それを確かに、八人は見送った。

作者:カワセミ 重傷:烏丸・藤治郎(根無し草の傭兵・e00845) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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