宿縁邂逅~絶望こそ甘露

作者:あき缶

●とある死神と男爵の会話
「お望みの情報をお持ちいたしました」
 シルクハットにモノクル、一昔前の貴族然とした螺旋忍者は、左手を胸に当て頭を下げると、その死神の顔を首だけ動かして見上げてみせた。
「ご苦労様でした。アダムス男爵」
 垂れ気味の猫目を眇めた金髪の死神は慇懃無礼に、紳士――アダムス男爵をねぎらう。
 なんの、とアダムス男爵は首を横に振る。
「いえいえ、互いの利益が一致しての事ですので」
「なるほど? 謝礼は不要ということですかね」
 字面は丁寧でも死神のセリフは、試すような挑発めいた口調だったが、アダムス男爵は素直に首肯する。
「はい、あなた様が標的を確実に始末していただければ、それが我が利益となるのです」
「……分かりました。では、結果を楽しみに待っていて下さい」
 にやと口端をあげ、死神は現世へと消えていった。

●とある死神と因縁ある彼女の対峙
 血のように真っ赤な長髪を揺らし、ウイングキャットのシュネーと共にそのドラゴニアンは街を歩いていた。
 読書好きな彼女の名前はドリス・フランメ(知識強奪者・e00878)。今日は、とある古書店にドリスが読んでみたいと思っていた本があるという情報を得て、その本を購入しに来たのだ。
「たしか、ここら辺だったと思うんだけどねぇ」
 とドリスが路地の奥まった場所で周囲を見回す。
 すると、シュネーが突然毛を逆立てた。
「……どうしたんだい……??」
 相棒の様子を訝しみ、ドリスはふと気づいた。いくら奥まった路地とはいえ、昼になったばかりの時間帯にしては静かすぎる。
「!」
 不気味なくらいの静寂の中、ドリスは不意に背後に生じた殺気に体ごと振り返った。
 死神が居た。
 朽ちたような竜の羽根に、耳の上に骨のような角、そして金の長髪に緑の猫目。
 不幸を悦ぶような下卑た笑みを浮かべた男はドリスをまっすぐ見据えて、笑みを深くした。
「見つけましたよ」
 その容姿、ドリスの記憶を揺さぶる形をしていた。
「ゲルト」
 思い出すそっくりな故人の名前を思わず口に出してしまうドリスに、ゲルトと呼ばれた死神はニタァと笑ってみせる。
「そんな顔で固まらないでくださいよ……。楽しくてたまらなくてどうしようもなくなってしまいますから!」
 ジャラリと取り出した白銀の鎖を目にも留まらぬ速度で伸ばし、ゲルトはドリスの首を締め上げる。
「あはは、あははは、どうやらあなた、俺のこの顔で攻撃されると、辛いようですねぇ」
 鎖を離したゲルトは、今度は骨と銀で出来たような柄から生えた冥府色の鎌刃を、主人を守らんと飛びかかってきたシュネーに振り落とした。
「だったら、この顔に殺されたら、それはもう絶望ってことですか?」
 楽しくてたまらない、と下衆の笑みを深めながらゲルトはドリスを苛み始めた。
「では絶望してください。俺は絶望を見るのが趣味でしてね。さあ、俺を満たしてくださいよ!」

 焦燥を隠さず、香久山・いかる(ウェアライダーのヘリオライダー・en0042)はケルベロスに危急を伝える。
「ドリス・フランメさんが宿敵の死神ゲルトに襲われる未来が見えたんや!」
 いかるはスマートフォンを苛立たしげに振りまわした。
「せやけど、ドリスさんにどれだけ連絡しようとしても、通じひんねん! これはもう、襲われてるトコかもしれん。時間がないんや、はよ助けに行ったって!」
 いかるは焦りで涙すら目尻に浮かべつつも、なんとかケルベロスに情報を伝える。
「場所はわかってる。路地の奥で、人気はない。一般人はゲルトが遠ざけたみたいやな。ゲルトの狙いはドリスさんだけやということや」
 ゲルトに配下はおらず、彼自身は大きな鎌と鎖で武装している。攻撃方法は全て単体攻撃だと予想される。
「人をからかって絶望させることが大好きな死神や。一言で言えば、ゲスやね。誰を狙ってくるかは、ゲルトの性格を考えたら分かりやすいかも」
 いかるから提供できる情報は以上のようだ。いかるは最後に付け加えた。
「ドリスさんを助けたって。それで、ケルベロスを襲おうとしても無駄やって、デウスエクスの体に教え込んだるんや。……頼んだで!」


参加者
ラトウィッジ・ザクサー(悪夢喰らい・e00136)
クロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)
ドリス・フランメ(知識強奪者・e00878)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
アレクセイ・ディルクルム(狂愛月下香・e01772)
長篠・樹(紋章技工師・e01937)
鷹野・慶(魔技の描き手・e08354)
八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)

■リプレイ

●フロントアタック
 路地裏をひた走っていくケルベロス。死神によってもたらされたドリス・フランメ(知識強奪者・e00878)の危機を知らされ、ドリスと既知の仲である長篠・樹(紋章技工師・e01937)、鷹野・慶(魔技の描き手・e08354)そして八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)の心中は穏やかではなかった。
「ドリスもシュネーも無事に連れて帰る」
 真介が呟く決意、他の者も抱く思いだ。
「あと個人的に死神は嫌いだ」
 付け加えられた真介の個人的感情に、慶が応じる。
「死神か。デウスエクスの中でも元々気に食わねえ相手だったけど、ドリスを狙おうって奴なら遠慮は一切いらねえな」
「しかしなぜ死神はドリスを?」
 樹は首を傾げるも、今はそんなことよりもドリスの無事が優先される、と思考を放り捨てて疾走に力を傾ける。
 ――その頃、樹達が案じている渦中のドラゴニアン、ドリスはギチギチと軋る鎖に首を締め上げられ、カハカハと浅く辛うじて呼吸していた。
「はははは。ほらほら、もっと足掻かないと……もう定命の者なのですから、死んでしまいますよ?」
 翡翠色の三白眼を四白眼になるほど見開いて、ゲルトはドリスの苦悶を見つめている。
 ウイングキャットのシュネーが必死に引っ掻こうとするも、
「邪魔です」
 あっさりとゲルトに蹴り飛ばされていなされた。
 悲鳴を上げ、鞠のように汚いアスファルトの上を転がっていくシュネー。
「シュ、ネ……」
 ドリスが視線をサーヴァントに向ける。
 それをゲルトは見咎める。
「おや、よそ見。そんなにあの猫が大事なら……あなたより先にあの白い毛玉を血まみれにしたほうが楽しいですかね」
「や……め、ゲル、ト……」
 ドリスがそっとブラックスライムの槍をゲルトに伸ばそうとした時、更に鎖が締まった。
「がっ」
「なーんてね、今、ちょっと助かるって思いましたぁ? 猫に俺の攻撃が移ったら、その隙にーなんて思っちゃいましたあぁ?」
 ケタケタ笑い、下衆な死神はゲルトの真っ赤な瞳を心底楽しげにキマった目で覗きこんだ。
「ダメダメ。教えてあげましょう、上手な甚振り方。希望を見せておいてそれをぶっ潰すのがコツですよ」
 その時、黒薔薇を咲かせる茨がゲルトの腕に巻き付き、無理やりドリスから引き剥がした。
「そこまでです」
「……おや、のんびり楽しんでいたら、邪魔者が」
 ゲルトは、邪魔者――アレクセイ・ディルクルム(狂愛月下香・e01772)を認め、困ったように眉を下げた。
 アレクセイはゲルトを睨みつけ、
「死神は死の深淵へおかえり下さい」
 と言い返す。
 ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)はゲルトを狙いやすい位置に自分を置いた。
「仲間のピンチに駆けつける、正に! なシチュエーションよな。……まっ、今回の主役は決まってるワケだがね」
 ならば自分は脇役として、出来る限りを。ダレンは愛刀の柄に手をかけた。
「オフくらいゆっくりしたいのにいきなり襲撃されるなんて、人生に希望を一切持てなくなりそう!」
 ぶぅんと鉄塊剣がゲルトを薙ぐ。
 剣を握ったクロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)が、普段のオドオドとした態度はどこへやら、凛と『竜王』然とした威風堂々とした態度でゲルトに立ちはだかった。
「我らケルベロスは貴様らから逃げも隠れもせぬ! それを闇討ちなど武を掲げるものの風上にも置けぬ行為よ! そのような行為が無駄であることを思い知らせてやるからかかってこい!」
「あは、褒め言葉ですねぇ」
 ゲルトは大鎌を握り直す。
「なるほどなるほど、助けに来るだなんて、ドリスは友達の多い子のようです。では、ちょっと方針を変えましょう。助けに来たっていうのに為す術もなく、目の前で無残に死んだら……絶望ですよね!」
「うん、実にテンプレートなクソ野郎!」
 咳き込むドリスに黄金の果実から放たれる癒やしの波動を与えつつ、ラトウィッジ・ザクサー(悪夢喰らい・e00136)は明朗快活に頷いた。
「……お姉さん達が、お仕置きしてあげなきゃね?」
 悪人顔に表情を変えたラトウィッジの芯の冷えた視線を向けられ、ゲルトは笑顔になった。
「出来るものなら。ふふ、そういう自信家の顔が絶望に染まると、とっても楽しいですよねぇ」
「……どんな因果があるかは、ご存知じゃないけど。中々、極まったキマり方してるわね、こいつ……」
 ラトウィッジは醜悪さに眉をひそめた。
 ドリスは魔導書を握りしめる。もう心惑わされない、と誓いながら。

●バックアタック
 ゲルトの鎌がドリスの首を狙って風切音と共に襲う。
 それをクロコが必死に庇い、代わりに受ける。ぶしゃあっと周囲の壁に真っ赤な飛沫はかかった。盾として立っているのに、この鎌の威力は何だ。とっさに手で首を押さえるクロコは、死神の鎌の鋭さにぞっとした。
 ふらついたクロコの足は空を切るも、拘束演算でアレクセイは、見ぬいたドリスの隙を突く。
 ラトウィッジの手術でクロコの首の出血が止まった。
「これはアタシ、大忙しかしらね……」
 傷の深さをウィッチドクターのラトウィッジは正確に見極め、そして戦慄する。
(「狙いすました一撃……相手のポジションはキャスターかしら」)
 ドリスの詠唱により呼びだされた『氷河期の精霊』は、極寒の息を死神に吹きかけたが、首を傾ける程度のわずかな動きで避けられてしまう。
「そんな程度で俺を倒せると思っているなら、ドリス……俺は心底ガッカリですよ?」
 と揶揄の笑い付きで。
 だがドリスは笑みを崩さない。怯めばゲルトの愉悦になってしまう。宿敵の悦ぶ結果にだけはしたくない。
 シュネーが羽ばたき、自分自身を癒やす。
「そら、次々いきますよ」
 ゲルトの鎖が再びドリスに伸びていく。だが、それはドリスの首ではなく、黒髪を流しながら割り込んできた女の腕に絡みついた。
「悪いが、そんな攻撃では倒れんよ。倒れる訳にはいかないんでね」
 長篠・樹(紋章技工師・e01937)は、強い視線でゲルトを睨みつけながら、魔術回路を駆使して自己を修復していく。じわりと碁盤のような模様が彼女の腕に浮かび上がる。
「樹!」
 見知った者の背を見て、ドリスはどこかホッとしたように思わず彼女の名前を呼ぶ。
「これ以上させないさ。慶も真介も来ている」
 樹は背中越しにドリスに言った瞬間、ゲルトがギャッと声を上げた。
「背面からとは、『武を掲げるものの風上にも置けぬ行為』じゃないですか?」
 ヘラヘラと笑みを浮かべ、ゲルトは後ろを振り向いた。
 マインドソードを構えた慶はそんな挑発にも動じない。
「ドリスにしたこと後悔させてやるからな」
「アは、後悔だなんて。それはどっちの……」
 と言いかけたゲルトはハッとしたように口をつぐんで身を引く。引いた先へとすかさず慶のウイングキャットがリングを飛ばして、死神を苛む。
 ゲルトが居た場所に空から落ちてきたルーンアックスが突き刺さった。
 アックスの持ち主は、外したか、と小さく小さく呟いた。近接武器の扱いにはまだ不慣れだと自覚している。
 割れたアスファルトからルーンアックスを引きぬき、黒い外套姿の真介は淡々とゲルトを見やった。
「友人が世話になったな。少し、俺とも遊んでくれ」
「新手ですか。しかも、ドリスのお知り合い……わらわらとまるで雲霞のようですね」
 怪我は、とドリスを気遣う慶を見て、ゲルトが馬鹿にしたような声で言うと、
「ゲス野郎のお前にゃワカんねーだろうがな」
 肩をすくめたダレンが地を蹴る。
「こうして見返りなんて求めないで体張ってでも護ろうと、助けようとするヤツら。それが友達や仲間ってヤツでね」
 ドカッと痛烈に死神の背を踏みつけ、くるりとトンボを切って着地したダレンは、ケラケラ笑った。
「これが集まると強ェんだよなぁ」
「反吐が出る講釈をどうもありがとうございます」
 ゲルトは苦虫を噛み潰したような渋面で、己を囲むケルベロスを順繰りに見回して、舌を打った。
 しかし、すぐにゲルトの表情は嫌な笑みにかわる。
「これだけの面々が絶望に染まったら……見応えありそうですね。ククク」

●メメントモリ
 そしてゲルトは白銀の鎌を構えて突進する。行く手を阻もうとする樹とクロコを振りきったゲルトは、ドリスに虚を宿す冥界色の刃を思い切り浴びせた。
 倒れかけるドリスの傷口を、ラトウィッジが瞬時に縫合する。
「ぐ……わる、いね」
「いいのよ、ラブをあげるのはザクサー家の使命だし、アタシの楽しみだから」
 ダレンが念じ、ゲルトの近くを爆破する。否、本当はゲルト自身を爆破しようとして念じたが、彼に避けられ、クリティカルヒットとはならなかった。
「あは、残念でした!」
 とダレンを嘲笑するゲルトに黒い薔薇が咲く。
 アレクセイにとって死神というデウスエクスは、思うところのあるものだ。攻性植物でゲルトを捕縛し、少しでも避けられないようにとサポートする。
 クロコの鉄塊剣が黒薔薇ごとゲルトを叩き潰す。
「やってくれましたね……」
「ならば我に一矢報いてみせよ!」
 クロコは少しでも狙いをドリスから自分へと変えさせようと、ゲルトを誘う。
 狙いすました樹の蹴りがゲルトに叩き込まれ、併せて慶の古代語魔法によって鼠に変化した路傍の石がゲルトの衣服に噛みつき食い破る。
 ユキの爪がゲルトを引き裂き、真介の鉾槍が達人級の鋭さを持ってゲルトを貫いた。
「死者は蘇らない。なのに夢を見せようとしてくる。目障りだ」
 真介の言葉にゲルトは頷く。
「そう。その夢が甘美であればあるほど人は喜び、夢だと分かった時に絶望する。それこそ、俺の愉悦ですよ」
「絶望か。きっともうすぐ見れるだろう。……ここには鏡がないか。悪いが、お前は見られないな」
 ゲルトは首をすくめ、鼻で笑った。
「ハッ? 俺が絶望する? どうして? 俺は夢なんて見ないですから、絶望なんてしないんです。絶望をするのは、『定命の者』だけなんですよ」
「……はは、馬鹿だねえ」
 ドリスはゲルトの言葉を笑った。
「アタシらはケルベロス。デウスエクスもアタシらの前では『定命の者』だよ。死ぬという一点においてね!」
「いけしゃあしゃあと出来もしないことを」
 ドリスは、せせら笑うゲルトを睨んだ。
「アイツはそんな顔して笑わないよ。ゲルトの笑顔はもう見られないけどさ。しっかり覚えてるんだ」
 シュネーのリングがゲルトを撃ちぬく。
「あーあ、いいんですか? この体がボロボロになっても」
 ゲルトは損傷が激しくなってきた自らを見下ろし、両手を広げてみせた。
「これをあなたの手で傷つけちゃっても? 俺もこの殻は気に入ってるんですけどねぇ?」
「お前はアイツじゃない。アタシの幼なじみのゲルトはもうあの世へいっちまってる。その身体も眠らせてやらなくちゃねぇ」
 ドリスは笑みを崩さぬまま、炎で出来た巨大な竜の頭の幻影をゲルトに食いつかせた。

●グッドナイトベイビー
 会話によって、ドリスとゲルトの大体の関係が他のケルベロスにも伝わった。
 アレクセイは眉根を寄せる。
「故人の皮を被った死神……しかも性格もよろしくないだなんて。あまりに悲劇的……心優しき私の姫も悲しみます」
 アレクセイは自分の身に置き換えて考えてみたらしく、心痛極まりないという面持ちで瞳を閉じた。
「結局は偽物……本物を穢す行為は許されない。深淵の彼方、暗く冷たい闇の最果てに……連れて行って差し上げましょう」
 見開くは満月の魔眼。死の幻影が死神を包む。
 続くはダレン。ゆっくりと抜いた日本刀を正眼に構えた。
「お上品な剣術ってのはどーにも合わねーが……。偶にはマジメに振ってみますか……ねっ!」
 すいと振り上げ、美しく振り下ろす。ずはり、とゲルトの身が切れた。
 ――顕になったゲルトの中身は腐臭漂う虚無だった。
 ゲルトがニタニタ笑いながら鎌を薙ぐ。
 しかし、それをガチィンと鉄塊剣でクロコは受け止めた。
 まさか相殺されるとは思っていなかったらしきゲルトの笑みが一瞬凍る。その隙を逃さず、
「右腕を失えど龍王と呼ばれし我が闘気に一片の衰え無きことをその身で味わうがいい!」
 地獄化した燃える右腕をクロコは振りぬいた。
 頬を殴られ吹き飛ぶゲルトを待ち構えていたのは、ラトウィッジの悪夢だった。
「狂夢侵食だぁー! 一度くらいは痛い目みやがれナルシー顔! 享受せよ!!」
 吐いた彼の息は黒光りする昆虫の群れとなって、ゲルトの全身を這い上がらんと駆けていく。
 ギャアと叫び、ゲルトはそれを避けた。
「逃がすか」
 樹とユキが追い詰め、慶がナイフを閃かせる。切り広がった虚無めがけ、散華の矢が突き刺さる。
「永遠に咲く花などないだろう。お前はここで散っていけ」
 真介の底冷えする瞳がゲルトを射抜く。
 この矢は敵意、殺意……強い負の感情で織り上がったもの。今日の真介の矢はいつも以上の威力を誇った。
 顕になった虚無――もはやゲルトの首から下は混沌であった。
 ケタケタ笑い、ゲルトは地に沈む。
「お強いお強い、負けましたよ……」
 伏せたゲルトはじりじりと手を懐にいれようとする。だが、ドリスはそれを見逃さなかった。
「油断しないよ。そうやってこっそり鎖を掴んでアタシに投げるつもりなのは……わかってるんだからねえ!」
 ブラックスライムでゲルトを掬い上げ空中に縫い止めたドリスは拳を固め、彼女を惑わせるあの懐かしいかんばせを遠慮会釈なく、全力でぶん殴った。
 完全に虚無と化し、死神は此岸より消えていく。
 ヒールを使える者が傷ついた人も物もサーヴァントも癒やして回る中、
「……ま、お前は喧嘩売った相手が悪かったってコトだ」
 ダレンはタバコを咥えながら、死神の最後の一片が消え失せるまでを見つめていた。
 あとには襤褸と化した衣服と得物だけが残る。
 がく、と崩折れそうなドリスを樹が支えた。
「……ゲルト……やったよ」
 吐息のように呟いて、ドリスは空を見上げた。彼女が知る本当のゲルトの笑みを思い出しながら。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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