宿縁邂逅~愛する強き者へ――十三、襲撃

作者:高畑迅風

「お望みの情報をお持ちしましたよ」
 紳士風のシルクハットを被り、片眼鏡をかけた男の眼が鋭く光る。
「ご苦労様、アダムス男爵」
 漆黒のドレスをまとい、ベールで顔を覆っている女は、口元に微笑を湛えながら声をかけた。
 アダムス男爵、と呼ばれた男は唇の端をわずかに持ち上げた。
「お気になさらず。利害の一致というものですので」
「あら、お礼は要りませんの?」
 女は少し意外そうな声色で、しかし全く微笑を崩さぬまま尋ねた。それは貼り付けた笑顔のようで、逆に不気味さを感じさせる。
 アダムス男爵は恭しく頭を下げて答えた。
「はい、貴方様が標的を確実に始末いたしましたら、それが私の利益となるのです」
「そう、ならいいわ。楽しみね……ふふ」
 そう上品に笑いながら、女は闇の中に姿を消した。
 
 夜の帳が下りる。
 紫瞳竜・四(ドラゴニアンの螺旋忍者・e22130)は独り、夜の町を歩いていた。
 昼だろうが夜だろうが、活気のある町には多くの人が行き交うものだ。そんな人の流れを避けながら、四は歩いていた。
 どこか行く場所があったかもしれないし、なかったかもしれない。ぼやけた目的で、ただ歩いていた。
 四がふと気付いたときには、もう人気の無い場所まで来てしまっていた。
 そして、少し先の闇にはひとりの女が佇んでいた。黒いドレスに、黒いベール。暗闇に紛れ、姿もぼやけて見えた。
「あなたも、お強いのでしょう?」
 女はおもむろに口を開いた。何かを期待しているような声。
「お前は……?」
 と四は尋ねる途中で、目の前の女が何者かを理解してしまった。
「名乗る必要がありまして?」
「貴様、十三か……!」
 十三はとても楽しそうにくすくすと笑った。今や強者を前にした興奮を押し殺した表情がはっきりと見てとれた。
「ふざけるな! 貴様が俺の父を――」
 四の言葉を十三はピシャリと遮った。
「あら、記憶にありませんわ。そんなこと、どうでもいいでしょう?」
 四は顔を歪ませ、拳を握りしめた。
「そんなこと、だと……!」
 しかし、四が十三に踏み込むよりも一瞬早く、十三は四に弾丸を放っていた。弾丸を受けた四の身体が後方に吹き飛ぶ。
「私が欲しいのはお強い方だけですの」
 
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は憔悴した様子で話し始めた。
「紫瞳竜・四さんが、宿敵のデウスエクスに襲撃されることが予知されました。そこで連絡を取ろうとしたのですが、四さんとの連絡は取れませんでした」
 ケルベロスたちがどよめく。セリカはまくし立てるように言った。
「もう一刻の猶予もありません。四さんが無事なうちに、急いで救援に向かってください」
 敵は十三と呼ばれる死神。強者を好む性格で、気に入った強者は、殺害してから使役するのだという。
「十三がどんな攻撃を使ってくるか、詳細はわかりませんが、魔法による攻撃を多く用い、破壊属性の攻撃に弱いようです。また、配下は連れていないので、敵は1体のみです。周りに人もいませんし、戦いの妨げになるものは無いようです」
 セリカは口早に説明した後、
「四さんを無事に救出して、ケルベロスを襲撃しても無駄だとわからせてやりましょう!」
 セリカは意気込んで言った。ケルベロスたちの士気がそれに応じて上昇する。
 戦いの予感が、迸った。


参加者
ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)
嵐城・タツマ(ヘルダイバー・e03283)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)
狐崎・玖(ウェアライダーの刀剣士・e08160)
紫瞳竜・四(ドラゴニアンの螺旋忍者・e22130)
クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)
リノン・パナケイア(狂気と後悔に苛まれ・e25486)

■リプレイ

●相対する二人
 夜の闇の中で、ふたつの影が向かい合う。
 その一方の影――紫瞳竜・四(ドラゴニアンの螺旋忍者・e22130)は、ゆっくりと身体を起こし、地面に手をつきながらも立ち上がった。
 もうひとつの影、十三はその姿を見て満足げに微笑む。
「私の目に狂いはありませんでしたわ」
 四は十三を真っ直ぐ睨みつけた。彼の瞳が怒りに満ちるほどに、十三はその微笑をますます歪ませる。
「あなたの全力を見せてちょうだい。強い御方は好みですわ」
 十三の上品な、しかしどこか狂気に満ちているような高笑いが響く。
「貴様は生きて帰さない……必ずだ!」
 四がそう叫び、武器を構え、十三に突進しようとした次の瞬間。
「待ちなッ!」
 嵐城・タツマ(ヘルダイバー・e03283)の雄雄しい声とともに、四と十三の間に、突然何か大きな物体が置かれた。重い地響きのような音と、立ち上がる土煙が張り詰めた空気をかき乱す。
 土煙が晴れ、姿が見えてきたそれは、2トン程度はあろうかという大型の自動車だった。
 四の眼前に着地したタツマの隣に、ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)が並ぶ。
「命あっての物種だ。ただ闇雲なだけというのは感心しないな」
 ヴィンチェンツォは四の姿を見て、
「1人の所を狙うとはな」
 ふと彼の家族を思い出し、
「これは……気をつけなければならないか」
 そっと呟いた。
 と、轟音が響く。
 自動車が横に退かされ、十三とタツマ、ヴィンチェンツォが向かい合った。
 四は再び姿が見えた十三へ攻撃を加えようとするが、それを止めたのはフォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)だった。
「ん、まだ前線には行っちゃダメなの。このままじゃ死んじゃうの」
「しかし奴は……!」
 反論しようとする四の瞳を、狐崎・玖(ウェアライダーの刀剣士・e08160)がまっすぐ見据えた。
「私たちは四さんを護りたいの。四さんは仇が取れればどうなっても良いかも知れない、けど私達はそんな事望んでいないの!」

●十三
「あなた達もお強いのかしら? んふふ……ますます楽しみね」
 不気味に笑う十三のもとに、剣戟が走った。
「奇遇だな。私も強者を求めていたところだ」
 クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)が挑発的に笑う。
「あら、気が合いそうですわね」
 十三はクオンの強烈な斬撃をもろともせず、余裕すら浮かべた表情で笑った。
 クオンは十三を睨んで吐き捨てた。
「生憎だが、貴様のような趣味は無い」
 そして、再び重い一撃を十三に浴びせようと疾駆する。
 遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)はクオンの攻撃に合わせて、力強く歌った。
 十三はクオンとの戦いに喜びを覚えるかのように笑った。その様子はまるで娯楽に興じる上流貴族のようで、クオンのただ強者を求める姿勢とは全く異なる狂気だった。
(「強者を求める……あの死神は、どんな強さを求めているのでしょう?」)
 鞠緒は心の中で問い、十三の胸に手を伸ばした。
 十三の求める強さ。鞠緒の手に、それは書物となって現れた。
 鞠緒はそれを開き、歌い始める。
 憂い、悲しみ、そしてどこか憎しみを帯びた歌声。だが、それは鞠緒の感情ではない。
 歌いながら、鞠緒は自らの忌むべきであり、同時に向き合うべきでもある過去に思いを馳せた。
「!? 何ですの……、それは……?」
 歌声が聞こえた十三は驚き、ほんの一瞬動きを止めた。
 しかし、その一瞬の間に、リノン・パナケイア(狂気と後悔に苛まれ・e25486)が魔法を唱える。
 リノンが上方に向けた手から、鎌を持った影のようなものが噴出した。影はケルベロスたちに呪い――それは敵を苦しめ、死に至らしめるため――の力を与えた。
「私は、お強い方が欲しいだけ……」
 自らに言い聞かせるように十三は呟く。ベールで覆われた奥で、十三がどんな表情をしているのか、ケルベロスたちには知る由も無かった。
「あなた達は、私に強いことを示せば良いのよ!」
 突如、十三は糸が切れたように叫ぶと、全てを焼き払わんと魔法を放った。
 その威力は圧倒的で、誰も避けることができないものに思われた。
 しかし、タツマはそれを後方に飛んでかわしたかと思うと、一転して鮮やかに翻り、十三との間合いを詰めた。
「お望み通り、示してやるよ」
 タツマは強い力の源流を結晶化して強引に拳に握り、十三に近づいた勢いのままにそれを叩きつけた。
「……俺が死んだら好きに使って構わんぜ、死神。今夜を越えて、俺より長生きできたならなァ!」
 タツマがそう高らかに叫んだ直後、彼の叩きつけた結晶が爆発した。
 一度は落ち着いた土煙がまたも巻き上げられる。
「……そうね、あなた達もまとめて使役してあげますわ。私のペットにでもしようかしら」
 巻き上がった空気を裂いて、十三が姿を現す。
 今や十三の表情には微笑などなく、ベールの奥に鈍く光っているのは鋭い殺意だった。

●立ち上がる者たち
 ケルベロスたちと十三との間の攻防は、一進一退だった。
「お前が奪ったのは誰かの愛する者だ。……わからないか?」
 リノンは仲間たちを癒しながら、苛立たしげに尋ねる。
 リノンはその問いかけが意味を成さないことはわかっていたが、十三の冷酷さ故に、問わずにはいられなかった。
「わからないわ。下らないことですもの」
 十三は笑う。それまでの上品さはどこかへ消え、今はただ恐ろしく狂った声だった。
 そして、十三はリノンに狙いを定め、攻撃を放とうとする。
「させはしないよ、シニョリーナ」
 ヴィンチェンツォが十三の行く手を阻み、至近距離で銃撃を放つ。
「あらあら、私のことかしら?」
 十三がクツクツと笑う。しかし、ヴィンチェンツォは急に気迫に満ちた表情で、
「そうさ……と、言いたいところだが、悪いな。お前は敵だ。どうしようもなくな」
 また銃撃を放ち、十三を撃ち抜く。
 十三もまた魔法を放とうとしたその時。
「させない! 私が護るの!」
 玖はヴィンチェンツォと十三の間に割って入り、自らの武器で攻撃を受け止めるが、受け切れずに大きく後ろに吹き飛ばされた。
「玖さん! 大丈夫ですか?」
 鞠緒が玖に駆け寄る。
「大丈夫なの。私も、四さんも」
「ん、みんなも大丈夫なの」
 フォンも仲間達に声をかける。フォンの獣霊手『シュヴァルツヴァルト』に宿った、狼、鷹、熊、鹿、狐の5種の動物を象った紙兵がケルベロス達に力を与えた。
「群れるだけで強くなんてなりませんのよ」
 十三は軽蔑するように言った。
「それはどうだろうな。少なくとも今の私は、そうは思えない」
 四は十三の正面に立ち、答えた。
 夜の闇が、緊張した静寂に包まれた。そして、一瞬の後。
 十三は魔法を放ち、四は駆け出す。
 クオンがその後を追うように走り、追撃の構えを取る。
(「倒すことはできなくとも、せめて左目の傷の分、一矢報いてみせる」)
 四は過去を想いながら、十三の一撃をかわす。
「合わせる!」
 カッと目を見開き、背後のクオンに向かって声をかけた。
「ついてこられるなら、な」
 クオンは微笑し、すぐに真っ直ぐ敵を見据えた。
 そして、二人の刃が交錯する。
 クオンの激しい一撃に、四の鋭い斬撃が絡みつくように。
 止まぬ斬撃に、十三は苦々しげな呻き声をあげた。
「っ……!」
 しかしその中で、十三はクオンの一瞬の隙を見出し、渾身の一撃を繰り出す。
 クオンは咄嗟にその攻撃を武器で受け止め、地面を足で削りながら後方へ下がるが、姿勢を崩すことなく堂々と立ち続ける。
「……どうした? こんなものか?」
 挑発。十三は表情を歪ませ、クオンに向かって攻撃を放とうとした。
「てめぇの相手はこっちだぞ」
 タツマが十三の背後から攻撃を仕掛けた。不意を衝かれた十三は思わず跳躍し、攻撃を切り抜けるも、
「Addio」
 ヴィンチェンツォが捨てゼリフとともに銃弾を放つ。それは幾度も跳ね返り、十三の死角から襲い掛かる。
 十三はその軌道を読み切れず、撃ち落とされてしまった。
「コマちゃん! 行くよ!」
 玖の隣にオルトロスのコマが並ぶ。コマが十三に突撃し、十三はそれをいなす。
 コマの攻撃が弾かれた瞬間、玖がその隙間を縫うようにして十三を狙える間合いに入り込む。
 そして斬撃とともに、火花が舞い、電流が走る。
 そのまま振り抜いた玖の刀は、電撃をまとって十三を襲った。
「甘く見すぎていましたわ……」
 膝から崩れ落ちた十三は後悔の念を言葉尻ににじませた。ベール越しに見える表情にも、苦痛が表れている。
「あなたの求める強さは、強さの一面でしかないようですね。ケルベロスには、団結する強さがあります。四さんが、そして私達が生き抜いてきた強さもまた、素敵なものでしょう?」
 鞠緒は穏やかに微笑みながら、語りかけた。
 十三は答えない。ただ膝をついたまま、鞠緒を睨みつけるだけだ。
「お前に強さはわからないのだな」
 リノンは静かに言い放った。
「強さとは、大切なものを失っても、また前を向ける、ということだろう?」
 十三は荒い息遣いながら、嘲笑うように軽く、
「ふふっ、そんな綺麗事、私には響きませんのよ」
 息を吐いた。
「立ち直るのは、そんなに簡単なことかしら?」
 十三は顔を歪ませ、力を振り絞った最後の抵抗が、四に襲い掛かった。

●漸進、前進
 四の視界が揺らいだ。
「くっ……!?」
 四の目の前に現れたのは、過去の記憶の幻影。執拗に迫り来る悪夢だった。
「御覧なさい、誰もが乗り越えられない苦しみを抱えているのではなくって?」
 と、十三はせせら笑った。
「確かにそうだ、だが違うな」
 ヴィンチェンツォが一言で斬り捨てる。
「?」
 十三は首を傾げた。
「ん、みんな一緒に戦ってるの。怖いものなんてないの」
 四のもとへ駆け寄り、力を分け与えたのはフォン。タツマも四の前に立ちはだかる。
「俺は他人の敵討ちとか、そんなのはどうだっていい。てめぇが本当に奴を倒したいなら、ガッツを見せろ。今じゃねぇか、見せるならよ」
「…………ああ」
 四の瞳はきと、十三を見据えた。
 そして、四は駆けた。過去の幻影も振り払い、十三のもとへと駆けた。
「なぜ、ですの?」
 十三は目を見開き、怯えたように声を搾り出した。
「苦しくても支え合うのが愛だ、ってな」
 ヴィンチェンツォが呟く。
「さらばだ、十三」
 四が刃を振り下ろす。十三は、そこで終わりを迎えた。

「私怨に巻き込んですまなかった」
 四はケルベロスたちに頭を下げた。
「気にするな。それよりも、お前は大丈夫なのか?」
 リノンが心配して声をかける。
「ああ、むしろ私は感謝せねばならない」
「ん、じゃあ何か奢ってほしいの」
 フォンが期待した目つきで四を見つめた。
「それはこっちが要求することじゃないの」
 玖がフォンを笑って戒めるが、四は気にする風もなく、
「いや、構わない。迷惑を掛けたのはこっちだからな。なんなら私が料理を振舞ってもいい」
 ヴィンチェンツォはそれに少し興味を示した。
「料理ができるのか。なるほど」
 四は何でもない風に答える。
「腕には自身がある……なんせ、私の料理を食べた者は気絶するほどだ」
「それは、なんというか、違うと思います……」
 鞠緒は苦笑いを浮かべた。
 ケルベロスたちは、ヒールで戦場を修復してから、その場を後にした。
 彼らの脳裏に、ふとよぎるもの。
 ――強さ。
 それがいったい何であるのか。ケルベロスたちの答えはそれぞれ違うのかもしれない。
 しかし、ケルベロスたちは団結する。たとえひとりのケルベロスを狙おうとも、ケルベロスたちは集い、力を合わせて立ち向かうのだ。
(「だからこそ、か」)
 四はそんな風に考え、明かりの方へ去っていく。
 夜の帳は下りた。
 また、平穏な静寂が夜の町を包む。

作者:高畑迅風 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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