●男爵と雛菊
「御機嫌よう、男爵?」
ふわり、白いドレスときつく巻いた飴色の髪が揺れる。あどけない顔に浮かぶいとけない微笑。
シルクハットを少し持ち上げることで軽い挨拶として、『男爵』と呼ばれた男は告げる。
「変わらんな、パキュレッティ。──呼びつけたのは他でもない。螺旋忍軍男爵アダムスが新たなる使命を与える」
「ふん?」
浮遊する杖の上、パキュレッティと呼ばれた『少女』が首を傾げる。低いアダムスの声は淡々と抑揚なく続けた。
「地獄の番犬を称するケルベロスを、殺害或いは捕縛せよ」
「ほう……」
パキュレッティの硝子色の瞳に無邪気な光が灯った。
彼女は悟る。かねてより彼女が探し求めるあの『悪魔』へ、プレゼントができると。
後押しするように、アダムスは零す。
「奴らの1体1体の戦力は決して高くはない。ひとりで居るところを狙えば難しくはない。上位組織との調整は済んでいる──思うままに切望を果たすが良い」
男爵はどうやら笑ったようだ。
『少女』も、綻ぶように笑った。
●『一途な放蕩』リュカ
「さぁて、後はどうしようか、ハコ」
隣を歩くミミックは主であるリュカ・バルザック(あそべやとまれ・e01783)を見上げ、それから何事もなかったかのようにひょこひょこと歩みを進める。
リュカ自身も返事は求めてもいない。肩を竦めて軽く笑い、いつものようにポケットに手を突っ込んで、ぽつり空に呟く。
「パキュちゃん、どこでなにしてるのかなぁ……」
キュン。
聞こえたのは一瞬のこと。追うように弾けた爆音に自分の声すらも聞こえない。
「──?!」
突如空から墜落したのは、流星の如き魔法弾。ほとんど吹き飛ばされるようにしてそれを避けた彼が見付けたのは、もうもうと立ち込める土埃の中で鮮やかに浮かび上がる彼女。
「パキュちゃん! 久し振り」
ずっとまたひと目と願い続けた姿に、崩れた瓦礫も構わず彼は傍に寄ろうと立ち上がる。
その姿は、未だ愛しき在りし日のまま。
ただひとつ、その硝子色の瞳に紛うことなき憎悪が燃えていること以外は。
「見付けたのじゃ、リュカ・バルザック……! 交わす言葉などない、お主にあまいあまい『死』をプレゼントしてくれる……!」
まっすぐに向けられた彼女の右掌に描かれた螺旋から放たれる容赦のない魔法弾は、彼の足許を、髪をいくつか融かし斬るほど顔の傍を、暴力的な霰のように穿ち続ける。
下手くそなステップを踏むかのようにリュカとハコはそれを避け、そして彼は慌てて彼女へと問うた。
「ま、まさかまだ『初めて』を『奪っちゃった』こと、怒ってるのかい?」
「────これ以上の侮辱は、許さんのじゃ……!!」
それは逆鱗。
そして布石は既に、打たれていた。
彼女が右手を振り上げた途端。魔法弾で射ち砕かれ、脆くなった壁が崩れ落ち──大小の瓦礫がリュカを呑み込んだ。
●螺旋忍軍、推参
「急いで! 乗ってください!」
操縦席から身を乗り出して、暮洲・チロル(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0126)の拡声器がヘリポートの仲間に告げた。
ヘリオン内部で乗り込んだケルベロス達が聞いたのは、デウスエクス達が一斉にそれぞれの宿敵であるケルベロスを急襲したということ。
「俺とハガネが視た予知は、リュカ君のそれです。なんとか急ぎ連絡を取ろうと試みましたが、無理でした。せめて最速で現場に向かいますから、お力添えをお願いします、Dear」
リュカ・バルザックの宿敵は、『いとけなきパキュレッティ』。
ふたつ名の通り愛らしい少女のような姿をしているが、不死であるデウスエクスのこと、年齢は外見と等しくはならない。
更に彼女は螺旋忍軍として、他者から体術よりも魔術的な技術を盗み続けているようだ。いくつ重ねたかも判らない年月の中、彼女が秘めた力は計り知れない。リュカひとりで戦い勝てる相手では、到底、ない。
「彼はどうも気付かない間にひと気のない倉庫街へと誘導されたようですね。周囲に一般人が来ることはまず無さそうですが、整然と並んだ倉庫は見分けが付きにくいですし、見通しも良いとは言えません。見失うと死角から痛手を喰らうかもしれませんので、ご注意を」
普段よりも速い口調でそこまで告げたチロルは、戒めるようにかすか首を振り、それからひとつ肯いた。
「今回の襲撃を防ぐことで得られるのは、仲間の命だけではありません。敵に『ケルベロスの各個撃破に意味はない』と知らしめる──これは今後のためにも、重要です」
宵色の瞳が、地獄の番犬達を見渡す。
「……無事の帰りを待ってますよ、Dear」
参加者 | |
---|---|
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028) |
ティアリス・ヴァレンティナ(プティエット・e01266) |
リュカ・バルザック(あそべやとまれ・e01783) |
霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089) |
リィ・ディドルディドル(はらぺこディドル・e03674) |
ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609) |
花露・梅(はなすい・e11172) |
イジュ・オドラータ(星唄い・e15644) |
●それはとても複雑で
──会えたのは嬉しいけど、
暗がりの視界、土埃の匂い。口の奥には砂に混じって鉄の味。からりからりと未だ転がる瓦礫は、『悪魔』を埋めて彼女を遮る。
それでも彼は僅か、口角を上げた。
──もう少し、ロマンティックな再会が良かったなぁ……。
握り込んだ拳。掌の感触。きみの名を呼ぶ。
……パキュちゃん。
プロペラの音に紛れて、破砕音。
「あっ、あそこっすよぅ!」
耳を澄ましていたイジュ・オドラータ(星唄い・e15644)が顔を跳ね上げると同時、ヘリオンの窓に張り付いていたベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)も声を上げた。
機体が傾き、倉庫街に立ち昇った土煙を目指す。
宿敵。
詳しいことは判らない。
それでも、たったひとりがたったひとりを狙う此度の螺旋忍軍の作戦に、全員が心に決めていることがあった。それを確認するかのように、誰からともなく視線を交わす。
まずは、リュカ・バルザック(あそべやとまれ・e01783)を護り抜く。
それから。
「……折角、逢えたンだから」
夜闇の望月を思わせる瞳を炯と光らせ、霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089)は言う。
「悔いの残らぬよー、に。出来得る限り、のコト」
やンね、──やろッか。
「……ええ、そうね」
返す眸に浮かぶのは、憂いのような諦観のような、ひたむきさ。ばさりと翼広げ、リィ・ディドルディドル(はらぺこディドル・e03674)は空へと躍り出た。
●あまくにがい距離感の
崩れた倉庫の壁はいとも簡単に『悪魔』を呑み込んだ。
『少女』は感情の浮かばない硝子色の瞳でただ、それを見下ろす。
あっけない。
地獄の番犬とは本当に──こんなものなのか?
「!」
咄嗟の気配に『少女』は杖を振り払った。ティアリス・ヴァレンティナ(プティエット・e01266)の手から小さなクリスタルボトルが弾かれ、路地に叩き付けられて割れた。あまい花の香りが周囲を覆う。
「あら、残念!」
せっかく調香したのに、と肩を竦めるティアリスの後ろ、リィは勿体無いとばかりに軽く『少女』を睨み──そんな彼女達へ、パキュレッティの鋭い視線が返る。
「御機嫌ようパキュレッティ」
「見くびられたものじゃな」
急ぎ駆けつける傍ら、瓶を開いた途端にあまく誘う香水。多数の足音を隠す工夫のひとつもなければ、奇襲は相当に難しいだろう。
そして一度周囲を覆った香りの中、重ねて香りの目印を付けることも困難だ。草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)は差し出し掛けた手を引っ込めつつ、笑ってみせた。
「ま、それはそれだ。それよかリュカとはどんな関係だ? 何されたのかちょーっと詳しく聞きてぇんだけど、パキュちゃん?」
「──なに?」
「……がっ、がおー!」
毛むくじゃらの両手を掲げてベーゼが声を上げる、『少女』の後ろ。あぽろの質問に既に気を害した様子のパキュレッティの射抜くような視線に、「ひっ、」びくっとその大きな身体が跳ねる。
けれどそれは、ある意味で成功。
乱れた彼女の意識の隙間をつき、花露・梅(はなすい・e11172)達が『少女』の傍をすり抜けて積み重なった瓦礫の傍へと膝をつく。
「リュカ様!」
細い指先に力を籠めて、持ち上げる瓦礫は怪力無双の効力でほとんど重さを感じない。
「っ、させんのじゃ……!」
「こっちの、セリフ」
掲げられた杖から放たれた魔法弾を、リィの前に飛び出した彼女のボクスドラゴン・イドが遮る。
「言いたいコト。あるンでしょ?」
パキュレッティの背越しに悠が問う。がらり崩れる瓦礫の下、満身創痍の『悪魔』は自らのミミックが這い出す隙間を作ってやりながら立ち上がる。
「はは……おじさんに気を遣ってもらっちゃって悪いね」
梅のマインドリングから浮かび上がる光の盾の加護を受け、リュカの翡翠の双眸が光る。
「改めて久し振り、パキュちゃん。ちょっと話そうよ」
「交わす言葉などないと、言ったはずじゃ……!」
「なら、叩きのめして話を聞かせるまでだ。ストレートで良いじゃねえか、好きだぜそういうの」
再び怒りをあらわにする姿にあぽろが笑い、『陽光』の名を持つ日本刀が弧を描いた。
●そして決して相容れない
──『初めて』ってなんのことだろ……?
予知で聞いた、彼の台詞。イジュがふるり首を振りながらも放つ、流星の煌めきを纏った蹴撃は敵の細い肩を打つ。気にしている場合じゃない。そうは思ったけれど、パキュレッティを囲む陣形の向こう側、梅と対を成すように光の盾を構成したリィがあっさりと口にした。
「それで。『初めて』ってなんなのかしら」
単刀直入に切り込む彼女に、リュカが苦笑を浮かべて眦を和らげ、『少女』を見据える。
「昔、お付き合いをしていたときに。パキュちゃんが初めて作ったパイを、おじさんが食べちゃったんだよねぇ……まさかそんなに怒るとは思わなかったんだ、ごめん。でもあの時のパイは、とっても美味しかったよ」
「パイ!」
言葉の後半はパキュレッティに語り掛けるが、ついついイジュが肩を跳ね上げる。美味しいものはすてきでしあわせになれるけれど、まさかそれだけで?
「……いえ。それは仕方ないわ」
ところがリュカをすげなく見遣って、リィが言う。過酷な環境で育ったはらぺこ娘にとって、それは理解できることだったよう。しかし当のパキュレッティは更に瞳の憎悪を色濃くしただけ。
「なにを戯けたことを……!!」
「……ち、違うみたい、です……?」
「リュカサン、ナニしたの」
「え、ええ?」
おずおずと梅が告げて、どこか呆れを滲ませて悠が息を零す。戸惑うリュカは、ふらふらひとところに居られない己の性質を思い返す。まさか、もしかして。
──他の女性の影に、気付かれてた……とか?
ならば、彼女の怒りを収めるにはなにを伝えたら良いだろう。浮かぶ言葉は、ひとつしかなかった。
「ねぇパキュちゃん。今でも君を愛おしく思ってるよ。君が好き、それは今でもずっと変わらない……信じてもらうのは、難しいかもしれないけど」
妖しい光を灯す、催眠魔眼。瞬時、揺らいだ彼女の瞳。けれどぎりっと音が聴こえるほど強く、パキュレッティは歯を食い縛った。
「おぬしの戯言はもうたくさんなのじゃ。今度こそあまいあまい『死』を与えてくれる!」
「ささささせないっすぅ!」
強く蹴った道。飛び出したベーゼの背中に、撃ち出された《贈り物》が叩きつけられる。
「んぎッ……!」
弾けるような痛みをこらえて、ざり、と彼はパキュレッティへと向き直る。
──……スキって気持ち、おれにはまだ、よくわかんないっすけど。
「あっあの……きみはリュカのこと、どう思ってるっすか……?」
なにを想って、彼をころしにきたのだろう。
「そうね」とティアリスも彼の言葉に肯く。
「貴女のその殺意は、愛から? それとも悲しみから?」
ふたりからの問いに、ふ、と初めてパキュレッティは口許を緩めた。
「簡単なこと。『任務を全うすべき相手』、『死を与えるべき相手』──ただ、それだけ」
「それだけ、っすか」
「当然じゃ」
──……じゃあ、
顎を上げて言い切った彼女の瞳に翳りが見えたのは、なぜなのだろう。
「因縁があるらしいが、通す訳にはいかねーんだ」
ぱちんと弾いた指。光あれ。高高度から一閃した光の柱が、パキュレッティを打ち抜く。
「小麦色に焼いてギャル化させてやるよ。そして思い知ってろよ、俺たち相手に小細工は無駄だってな!」
「……!」
「そうだよっ、一人のところを狙っても無駄だよ! だってわたしたちには絆があるもの」
だから判るのとあぽろの言葉を継いだイジュは、ひたと『少女』と視線を合わせた刹那、高々と跳んだ。振り下ろす、強大な斧。
「どこにいても絶対に駆けつけちゃうんだから!」
あまいのはお菓子だけで十分! 鋭い刃は『少女』の白いドレスを血に染める。だけど。
「ええ。あまり男に執着すると品位が下がるわよ? 追っかけるのやめてお帰りなさいな」
ティアリスが軽く小首を傾げる。
全員が心に決めていた、こと。
リュカ・バルザックを護り抜くこと。
そして──パキュレッティが逃亡するなら、妨げないこと。
「……そのようじゃな」
くるり、杖を回してその上に坐し、パキュレッティはその場を飛んだ。
「、」
リュカが思わず一歩を踏み出す。けれど彼女はそれを顧みることもなく倉庫街をふわりと進み、その姿を消した。
「……行ってしまったのでしょうか……?」
「だったら、」
梅の言葉に、ティアリスは苦く笑って素早く身構えた。
「良かったんだけどね!」
キュキュキュキュキュキュン!
容赦なく降り注いだ魔法弾の雨に、リュカを含む後列の面々が晒される。倉庫の壁は抉れ崩れ、身は焼かれて蝕むような痛みが襲う。見失わないようにと意識はしていても、防ぎ切れるものではない。
自らも少なくないダメージを受けながらも、悠は掌を伸ばした。しゃん、と鈴の音。
「其れは、『いのち』を与える。恵の、雨」
敵がいのち奪う魔法の雨なら、与える慈雨で対抗する──甘雨の調べ。「ノア、」降りしきる雨の中、闇の静けさを纏う相棒へと声を掛ければ、彼のボクスドラゴン・ノアールも仲間へと癒しを送る。それらによって再び気力を得、めいめいに見上げる先はパキュレッティ。
血に濡れた白いドレスの『少女』は、再びゆっくりと彼等の前へと降り立った。
「わらわの任務は、その男を殺すまたは捕縛すること。任務を遂行せず逃げ帰れなど、侮辱も良いところじゃ……!」
周囲の、恐れを孕んだ視線が突き刺さる。
じわりじわりと身を蝕む、他者の感情。
我を失って暴れた先で手に入れたのは、絶望の眼差し。
「あ……、」
「ベーゼ様!」
突如動きを止めて震えたベーゼに、梅の声が、あたたかく柔らかなオーラが届く。
「大丈夫、わたくしがすぐに癒します!」
彼を包んで、彼のトラウマを呑み込んで弾ける、ゆるい膜。それと知って、それでもまだ震える彼の脚を、ミクリさんが思いきりがっしゃと踏んだ。
「ぃだッ?! ──あ、……そう、そうっすよね。ミクリさん!」
ベーゼの背を踏み台に、ミミックが跳ぶ。鋭い牙がパキュレッティの肌を裂く。それを後押しするかのように、太く低い熊の咆哮が、彼女の足を縫い付けた。
「だめっすよ、やっぱり自分の気持ちを無視して戦うのは、良くないっすぅ!」
「わたしもそう思うわ。あまり激高したらまた男に騙されちゃうわよ。……貴女にこの話を持ちかけた人も、もしかして、ね」
ティアリスがほのめかす、任務への疑惑。
リュカも肯く。否、自らの命についてはいっそ構わない。しかしこのまま戦い続ければ、パキュレッティに待つのは『死』のみだ。可能であるなら、それは避けたいから。
「パキュちゃん。僕もケルベロスなんだ。もう判るだろう? 君に勝ち目はないって」
元より、ひとりで居るところを奇襲し討ち果たすはずの襲撃戦だった。それを通常の戦闘に持ち込まれた時点で、彼女の勝ちは、ない。
「……だから?」
それでも、彼女は言う。
「勝たずとも。おぬしの命を奪えば、任務は遂行されるのじゃ」
「っの、わからず屋……!」
「本当に。どっちもどっち、ね」
あぽろが歯噛みをしながらも眩い光弾く日本刀を走らせ、リィは溜息と共にそっと指輪を撫でた。
リィはデウスエクスがイコールで『悪』だとは考えていない。だけどこの場合、どうすることが最良なのだろう。
●いとしくせつない両片想い
戦闘は、泥沼の様相を呈した。
ケルベロス達は敵へ撤退待ち命を削り切らないように加減をし──パキュレッティはただひたすらにリュカを狙い、ケルベロス達が彼を護り、癒し。
ひたすら主を護り続けた彼のミミック・ハコがまず倒れ、リュカ自身にも回復できない傷の蓄積が目立った。ディフェンダーとして前に立ち続けたリィとベーゼも、癒えない傷に息が弾む。
しかし、パキュレッティのダメージも、もはや限界だった。
それでも彼女は、退かない。
「なにがアンタをそこまで駆り立てるんだよ……!」
慈悲の力を籠めて打ち抜く、峰。飴色の髪は乱れ、白いドレスは見る影もない。そんな姿の『少女』に、あぽろも言葉がない。もはや、何度目のやりとりだろう。体力も底をつき、硝子色の瞳には黒銀の色合いが滲み始めている。
ふわとスカート揺らし跳んだイジュの脚を腕で受けた刹那、絡んだ視線。きゅ、とイジュは眉を寄せた。
「ねぇお願い、もう退いて……! わたし達、あなたを倒すつもりはないの……!」
「ふむ。それは朗報。おぬしらがわらわに『死』を与えんのなら、ならばわらわも任務を遂行するまでなのじゃ」
「パキュちゃん、どうして……!」
彼が知っていた彼女なら、そんな道を選ぶことはなかったのだろう。けれど彼女は、諦めたような笑顔を向けた。いとけなく、あどけない、彼のあいしたその笑顔。
「愚かな。なにを判ったつもりで居たのじゃ? わらわは螺旋忍軍。任務を遂行できぬ忍びに、価値はない」
『おわり』を悟り、パキュレッティの声音が落ち着きを取り戻していた。
全員が、ふたりを見守る。
「パキュちゃん……」
「リュカ。……これがさいごの、プレゼントじゃ」
そしてパキュレッティが、杖を掲げる。「!」仲間達が色めき立つ。踏み出した膝が折れて、ベーゼは立ち上がれない。歯噛みする。ティアリスの伸ばした手が宙を掻く。
魔法弾によって崩された瓦礫が、浮き上がる。──降り注ぐ。
「────パキュちゃん!!」
『少女』の、上に。
『悪魔』のかけた、魅了の催眠。
「あァ……」
零すことのできる言葉すら、なかった。悠は静かに瞼を伏せた。好い結果をと望んだはずの彼の傍に、ノアが寄り添う。
ベーゼはそのままの格好で瞳を震わせ、リィはじっとふたりの姿を見つめた。立ち竦む梅の肩に、ティアリスがそっと手を置く。あぽろは悔しさを隠さず俯いて、イジュはくしゃりと顔を歪ませた。
誰もが最善を目指した。ただひとつ予期できなかったことがあるとすれば、彼女は螺旋忍軍であり、此度の作戦は、螺旋忍軍から発せられたものであったということ。その上で、彼女に『任務の遂行よりも撤退に価値がある』と思わせることができなかったこと。それだけだ。
蒼褪めた『悪魔』は、夢中で瓦礫を掻き分けた。己と従者を救うために備えた怪力が役に立った。満身創痍の小柄な身体を抱き上げた『悪魔』の腕の中で、彼の頬にそっと触れて、『少女』は笑った。
「……相変わらず、ひどい男よ。憎んだまま、逝かせてもくれないのじゃ、な……」
『悪魔』の慟哭が、空を裂いた。
作者:朱凪 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 7
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