宿縁邂逅~ユタカとブリキ

作者:柊透胡

「よく来た、ブリキ。螺旋忍軍男爵アダムスが、新たなる使命を伝える」
「ふん……今の俺は『旦那』に従っている。幾ら、夜討ち朝駆け騙し討ちが十八番の螺旋忍軍でも、筋は通せよ」
 片やシルクハットを被り、片眼鏡を掛けた英国風紳士。慇懃ながら居丈高な言葉に、純白の軍服姿の青年は不機嫌に言い返す。
「問題ない。既に上位組織との調整は済んでいる」
「……ちっ」
 あからさまに嫌そうに舌打ちして、軍帽を目深に被り直して表情を隠す男。構わず、紳士は指令を口にする。
「地獄の番犬を称するケルベロスを、殺害或いは捕縛せよ」
「……へぇ」
 漸く、男の唇に笑みが浮かぶ。白手袋を嵌めた手がゆるりと弄ぶのは――誰のものとも知れぬ、眼球沈む透明ケース。
「ターゲットは、俺の一存で構わないよな?」
「問題ない。思う存分、暴れてくるがいい」

 福富・ユタカ(橙陽・e00109)は、楽しい事や美味しい物が、そして、素敵な物や優しい人が大好きだ。
 だから、旅先のホテルで、コンシェルジュからそのチャペルを紹介されて、喜んで観に行った。
 ロイヤルリゾートとして名高い那須高原――プロポーズするに相応しいロマンチックな『恋人の聖地』である「那須高原展望台」を始め、初夏の緑滴る光景は、何処もかしこも美しい。
「おお! これは愛らしい!」
 思わず、歓声を上げた。初夏の花々の彩りも優しく、木漏れ陽溢れる森のチャペルはユニークな正三角形。小鳥の囀り、小川のせせらぎ――耳を澄ませば、森の祝福が聞こえてくるよう。
 足取りも軽く、チャペルに足を踏み入れるユタカ。
 祭壇へと続く白大理石のバージンロードは、きっと新婦の長いトレーンをドラマチックに演出するだろう。
 ――よもや、祭壇の前に、黒の祭司服ならぬ白の軍服の男が現れようとは。
「っ! ブリキ、長兄――」
 息呑むユタカの呟きは、風切り音にかき消される。
「重力の底で這いずる虫の分際で、この俺を兄弟子呼ばわりとか、反吐が出るぜ」
 氷結のメスの刃が、掠めたユタカの頬傷を凍りつかせる。
「……ま、いーや。用があるのは、その小さな太陽2つ。さっさと俺に寄越せよ」
 欠片の情も窺えぬ薄笑みを浮かべ、男が構える白銀のハサミは精緻にして鋭利。まるで『何か』を切開し、摘出するのに打って付けの様相か。
「俺は優しいからな。きっちりトドメを刺してから、傷1つ付けずに摘出してやるよ!」
「っ!」
 咄嗟に大理石の床を蹴り、かわした――と思った。
「う……く……」
 予測の軌道より更に伸びたハサミは、容易くユタカを切り裂く。膝突く彼女の血潮が、白き床を斑に染めた。

「緊急の事態です」
 厳しい面持ちで、都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)は、集まったケルベロス達を見回した。
「ヘリオンの演算により、ケルベロスが宿敵のデウスエクスに一斉襲撃される事件が判明しました」
 福富・ユタカも、そのターゲットの1人。
「急いで連絡を取ろうとしたのですが……未だ、音信不通の状態です」
 事態は、一刻の猶予も無い。
「福富さんが無事である内に、何としても救援に向かって下さい」
 襲撃の場所は既に判明している。栃木県北部に位置する那須高原。正三角形の外観がユニークな森のチャペルだ。
「敵の名前は、ブリキ。螺旋忍軍の1人で、白い軍服を着ています。見間違える事は無いでしょう」
 どうやら『眼球の収集』に執心しており、ユタカのシトリンの瞳も狙っているようだ。
「眼球の摘出はトドメを刺してから、のようですが……余り楽観視出来ない情報ですね」
 まず、ユタカの命を奪う事を優先するという事だからだ。早急の合流を要するだろう。
「ブリキの武器は、氷のメスとハサミです。その一撃は傷口を凍らせます」
 特に、ハサミの攻撃の威力は、けして侮れない。
「また、分身による波状攻撃も仕掛けてくる模様です」
 チャペル内は、ユタカとブリキの2人きり。一般人の避難誘導などは不要だ。その分、ユタカの救出とブリキの撃破に全力を傾けてほしい。
「チャペルの中は、祭壇とオルガンがあるきりです。そこそこ広いですので、戦うのに支障はない筈です」
 今回のケルベロス一斉襲撃は、螺旋忍軍の企みであるようだ。
「福富さんを無事に救出し、ケルベロスを襲撃しても無駄だと、敵に思い知らせてあげましょう。皆さんの武運を、お祈り致します」


参加者
福富・ユタカ(橙陽・e00109)
ナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210)
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
国津・寂燕(刹那の風過・e01589)
クラウス・ロードディア(無頼剣客チンピラ系・e01920)
如月・シノブ(蒼の稲妻・e02809)
霧崎・鴉(はぐれ忍・e05778)
軋峰・双吉(悪人面の黒天使・e21069)

■リプレイ

●ユタカとケルベロス
「う……く……」
 予測の軌道より更に伸びたハサミは、容易く福富・ユタカ(橙陽・e00109)を切り裂いた。膝突く彼女の血潮が、白き床を斑に染める。
(「いつか殺しに来るとは思っておりましたが、何故拙者の目玉など……」)
 血潮と共に命も零れ落ちるよう。冷え冷えとした死を、ユタカが実感した時。
「させるか……!」
 響き渡る銃声。チャペルの入り口に複数の人影――逸る気持ちを冷静に抑え込み、リボルバー銃を構える霧崎・鴉(はぐれ忍・e05778)。
(「面倒な手を打ってくる」)
 眼前の軍服男との因縁など、鴉にはない。だが、仲間のケルベロスをやらせる訳にはいかない。
 確かに、ケルベロス各個撃破は対軍戦術として妥当だろう。この作戦が有効と判断された場合、螺旋忍軍以外のデウスエクスの行動にも影響を及ぼすかもしれない。
(「それ以前に……螺旋忍軍という異常性、それだけで狩る理由としては十分だ」)
「さてさて、あんまり女の子をいじめちゃいけないよ?」
 流石にハサミを叩き落すに至らなかったが――やはり目にも留まらぬ速さで、国津・寂燕(刹那の風過・e01589)も礫で白銀のハサミを穿つ。
「おう、遅れてすまねェな」
 突如爆ぜたのは、クラウス・ロードディア(無頼剣客チンピラ系・e01920)のサイコフォース。同時に禍々しく身を躍らせ、白い軍服の男――螺旋忍軍が一、ブリキへ牙剥く蛇は如月・シノブ(蒼の稲妻・e02809)が放つ怪蛇噛鎖だ。
「……ちっ」
 舌打ちしたブリキは、クラウスとシノブの連撃を更に上回るスピードで回避。だが、バックステップでユタカとの距離が空いた隙を逃さず、京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)が2人の間に割り込む。
「ユタカさん、なにのんびり寝てるんですか」
 いっそ冷ややかに一瞥する夕雨。対照的に、夕雨のオルトロス、えだまめは元気付けるように一吠えする。
「邪魔なんで、寝るなら今すぐ帰って下さい」
「……嘘でも良い、今くらいは優しくして」
 相変わらずの物言いとは裏腹に注がれる相棒の気力を感じ、苦笑染みて唇を歪めるユタカ。立ち上がろうとしてよろける彼女を、光の盾が庇い立てる。
「お邪魔すんぜ!」
 ブラックスライム纏う翼が、戦意高揚に波打った。眼光鋭くブリキを睨む軋峰・双吉(悪人面の黒天使・e21069)に続き、ナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210)もマインドシールドでユタカを護る。
「このユタカのピンチに駆けつけて下さるとは……感謝の言葉もありませぬ」
「シャクナゲも花を散らさんばかりに『危険』な友人の状況。見逃すボクらではないよ!」
 満面の笑みで大輪の花をユタカへ投げ、一転、ブリキへ向き直るナコトフの腕を攻性植物の緑が覆っていく。
「チャペルは女性を幸せにする場だというのに……無粋な輩には、仕置きが必要だね?」
「てめぇか。人様の身内に手ェだしたバカは」
 物騒な殺意も露に、クラウスは日本刀の鯉口を切る。
「こういう台詞は、素敵なレディに使うのが正しいんだろうが……貴様には、俺に夢中になってもらうぜ」
 これ以上、ユタカを敵の攻撃に晒しはしない――シノブの盾としての決意を、ブリキはせせら笑う。
「生憎と、俺は『旦那』一筋だ。地虫にかまける趣味はねぇ」
 地球人への侮蔑を吐き捨て、軍服姿が多重に分身するや一斉に襲い掛かってきた。

●ケルベロスとブリキ
「!!」
 分身の波状攻撃が、ユタカ含む前衛を襲う。
 有言実行、シノブがユタカの、夕雨はクラウスの盾となった。
(「ブリキさんの氷と私の地獄の炎、どちらが上か気にはなりますね」)
 きっちり庇えた事で、攻撃に転じようとする夕雨。だが、内心で愕然となった。
 技の命中率は、眼力で知れる。よもや、ブレイズクラッシュの命中率が5割を切ろうとは。同様に、シノブの表情も心なしか険しい。
「実は……過去に長兄に勝てた経験は、ゼロでござる」
「そういう事は先に言って下さい」
 元より、8人を1人で相手取る格上だ。分身攻撃のプレッシャーは予想以上。前衛の様子を見て取った双吉は、すぐさまオラトリオヴェールを編む。
(「福富やその友達が思いっきり敵をブン殴れるように……後方支援に徹する事が、今回、俺が積むべき功徳だぜ……ま、狙われるような綺麗な目でもないしな」)
 オーロラのような光が前衛を包む。圧迫の感覚が幾許か和らぐも。
「ジャマーか」
「厄介です」
 メディックのキュアをして厄が払い切れぬなら、ブリキのポジションは唯1つ。
「『戦いの準備』を怠ってはならなかったね。グラジオラスの忠告を聞き逃したとは、不覚」
 BS耐性を齎すナコトフのジョブレスオーラは単体対象だ。このままでは、バッドステータスの対策に1歩遅れよう。
「大丈夫です。雨はやみませんから」
 夕雨が回復主体としていたのは幸いだった。突如降り出した炎の雨は、残る厄を焼き尽くす。赤き炎は、程なく夕暮れの紫に変わり、静かに消える。
(「今は唯、倒す事に集中しねぇと……逃がさねぇよ、長兄!」)
 素早くゴーグルを外すユタカ。露となったシトリンの眼光でブリキを切り裂かんと。
 ヒュッ!
 躊躇いもなく、その両眼目掛けて氷結のメスが奔る。咄嗟に逸らした視線は、ブリキを捕えるに至らない。
「余所見すんじゃねぇ」
 すかさず、クラウスの雷刃突、シノブのスカルブレイカー、えだまめのソードラッシュが次々と。しかし、その尽くがかわされた。
 喩え厄なき状態でも、序盤から前衛が命中させるのは中々厳しい。ならば、反撃の起点は、よくよく狙いを付けられるスナイパーからが定石。
 礫をばら撒き、ブリキの足止めを狙う寂燕。敵の忌々しげな様子を見れば、僅かとも溜飲が下がるというもの。
「少し大人しくしてもらおう」
 だが、鴉のショックバレットは、ハサミの一閃に弾かれた。本来なら、外れる方が稀のスナイパーの攻撃が。
「てめぇの攻撃、単調過ぎて見え見えなんだよ」
 鴉を斜に見やり、ブリキはニィッと唇を歪める。
 素早さには自信がある鴉。だが、同じ要素を基とする技では、敵とて目が馴れる。
 その点は鴉自身、予測の範疇だったろう。半減する命中率は、ポジショニングとスナイパーの効果で補う心算だったかもしれない。しかし、狙いUPのエンチャントは常に効果がある訳でなく、逆に命中精度が高ければ、痛撃さえ狙えるのだ。唯1つでも、他の要素の技を交えれば、得意技を思い切り浴びせられただろうに。
 当たらない攻撃は無いも同然。それを嫌という程、思い知らされた序盤だった。
「テメーッ、その態度ッ! 眼つきの悪い奴の眼球は美しくねーからいらねぇってことかァ、アァン!?」
「浮気はしない性質でな」
 双吉の挑発(というか、半ギレの因縁)を余所に、ブリキは執拗にユタカを狙う。
 ユタカが倒れるのが先か、『全員の攻撃が当たる』状態となるのが先か――静かに斬霊刀の鯉口を切る寂燕。
「死天八重桜、この刃で正に八重と裂いてやろう」
 その名の通り、斬霊刀より立ち上る八重咲きの剣気。一気に奔った空の霊力帯びた斬撃は、ブリキの足止めの傷を正確になぞる。
「ユタカクンの魅力は判るけどね。眼球に御執心の『魔性の愛』は御免被るよ!」
 比較的早く、ナコトフのストラグルヴァインがブリキを捕えられるようになったのは幸いだった。
 捕縛の厄は足止め程の即効性は無いものの、ジャマーの手なればその効果は確か。のみならず、クラウスの絶空斬、シノブのジグザグスラッシュが重なれば。
「いけます……!」
 ブレイズクラッシュがブリキを捉えるに至り、夕雨は地獄燻る眼差しを細めた。

●ユタカとブリキ
「長兄! 今どこで何をしてる、瞳など集めてどうするんだ!」
 螺旋掌を繰り出しながらユタカが叫ぶ。物騒な収集癖など少女には与り知らぬ事で、困惑が疑問となって口を突いて出た。
「っ!」
 だが、その応えに呵責無い分身の技が爆ぜる。
「それが螺旋忍軍に物を尋ねる態度か? 甘ちゃんが螺旋の技を使うんじゃねぇ」
 凍れる眼差しに侮蔑しかない。ユタカが覚えた痛みは身体のものか、或いは。
 双吉がオラトリオヴェールを編み、夕雨が炎の雨で厄を払う中、ケルベロスの攻撃が殺到する。
 目にも留まらぬ速さで寂燕より礫が迸り、ナコトフのマインドソードが鮮やかに閃く。勢い付いたシノブのルーンディバイドは防備を更に砕き、鴉の計算し尽くした跳弾が縦横無尽にチャペルを奔る。そして、「如何に斬り捨てるか」のみを見据えたクラウスの一撃は、如何なる時も陰る事のない歪みの結晶。
「く……」
 堪え切れず膝突くブリキ。思うように動けぬのか、口惜しげに唇を噛む。
「行ってこいよ、どういう関係かは知らねぇが何か繋がりがあるんだろ?」
 油断なくルーンアックスを構えながらも、シノブはそっとユタカの肩を押す。
「なら、最後はしっかりお前が決めてこい」
「ああ、お前の因縁だろーしな。ケリつけてこい」
 荒っぽく顎をしゃくるクラウスにも促され、ユタカはブリキの前に立つ。
「長兄……」
 今でこそ青年将校のような姿だが、ブリキは状況に合わせ骨格まで変えるカメレオンの様な男。そのどんな姿の時も嫌われていたように思う。けして『螺旋忍者』と認められる事はなかった。
 苦手だった。でも、それでも。
(「拙者は長兄の事、嫌いではない……」)
 殺したくない――向けたクナイの切っ先が揺れる。そのほんの刹那が、致命的な隙。
「……か……は……」
 白銀閃く。ブリキのハサミが、ユタカの腹に抉り込む。ゾブリ、ゾブリ――重い衝撃に激痛が被り、口から血潮が溢れ出る。
「ユタカさん!」
 夕雨の悲鳴。光の盾を作るのももどかしげに、双吉が崩れ落ちるユタカへ駆け寄る。
「たかが『影っぺら1枚』が、一丁前に粋がるか」
 鮮血に塗れるハサミを一振り、ブリキは醜悪に嘲笑う。
「独りで存在すら出来ない『影』の分際で」
「てめぇっ!」
 日本刀を構え直したクラウスが怒声を上げる。
「地獄の番犬に喧嘩売ったンだ。どうなるかぐれェ分かってんだろうなァ、おい」
「それがどうした。折角の『狩場』に、蛆虫よろしくわらわら湧きやがって」
 驕慢に唇を歪めるブリキ。掌中で返したハサミの刃が、鋭利に煌く。
「下衆であろうと、散らす命の儚さよ……力と技の限り行かせて頂こう」
 冷徹に言い放った寂燕は、クラウスと肩を並べる。
「……っ……っ」
 全身朱に染め、ユタカは動かない。夕雨の身体が震える。相棒の危機に、獰猛な何かが少女から外に出んと暴れている。
「京極も手伝え! お前もヒールあるだろうが!」
「!」
 双吉の叫びに我に返った。慌てて、気力を注ぐ夕雨。えだまめが呻り、更に鴉が前に出る。
「アンタ、勘違いしてるぜ」
 狩られるのは螺旋忍者――ケルベロスでなく。
「螺旋忍軍の方だ。今からお前を潰させてもらう」
 リボルバー銃が火を噴き、雷撃纏う弾丸が奔る。積み重ねた厄が、今度こそ逃れるを許さない。
「ああ、『警戒』する必要はないよ。手遅れだからね」
 シャツをはだける勢いのまま、尊大に言い放つナコトフ。ブリキの足下から巨大シャクナゲが咲き乱れるや、麻痺毒を散布する。
「……チィッ」
 忌々しげに舌打ちするブリキ。それでも、風切る氷結のメスがユタカの命脈を絶たんと――。
「今だ、行け!」
 その射線を遮るシノブ。返すルーンアックスがジグザグに白の軍服を切り裂いた次の瞬間。
「じわりと焼かれ、そして逝け」
 一閃・迦具土――寂燕の灼熱の剣気は斬るのみに終わらず、ブリキの身体を焦がし焼く。
「これで斬って終いだ。楽なもんだなァ、おい」
 剣魔憑依・布都御魂――己の限界を一切省みぬクラウスの太刀筋は、あらゆる急所を狙い『殲滅曲線』を描く。
「長兄……」
「馴れ馴れしく呼ぶな、反吐が出る――」
 霞み行くユタカの視界に、全身燃え盛り斬り裂かれるブリキの壮絶な笑みが焼き付いた。

●ユタカと夕雨
「……あ」
「気が付きました?」
 ゆるゆると開いたシトリンの瞳が像を結ぶ。視界に映るのはチャペルの高い天井と、相変わらず表情に乏しい夕雨。顔を覗き込んでくるえだまめの方が、寧ろ心配そうか。
「拙者……あ、長兄は……っ!!」
「無理に動くな。折角塞いだ傷がまた開いちまう」
 双吉の声が聞こえた。ユタカの危機に駆け付けたケルベロス達に、ウィッチドクターはいない。それでも、決着の後、意識を喪ったユタカに皆してありったけのヒールを注いだと、苦笑混じりに教えてくれた。
「その様子ですと、暫く病院の厄介になりそうですけどね……最後の一太刀を躊躇うなど、自業自得ですが」
「夕雨殿、今くらい優しくしてくれても、罰は当たらぬでござ……痛い痛い!」
(「もう大丈夫そうだな」)
 チャペルのヒールも一段落。何とも賑やかなやり取りに、思わず唇を緩めるシノブ。
「あれこそ『真実の友情』だろうね! 満開のマーガレットは麗しき花嫁のブーケ、そして神聖なチャペルに相応しい!」
 花壇に咲き誇る白花と2人を交互に見やり、ナコトフはうんうんと満足げに頷いている。
「いやはや、何事も無くて良かったねぇ」
「約1名、ちょっと棺桶に足突っ込んでるけどな」
 煙管を取り出したものの、場所柄を弁えてクルクルと弄ぶのみ。いっそのんびりとした寂燕の言葉に、鴉は苦笑混じりに肩を竦める。
「俺も美少女になったら、あーいうヤベー嗜好の野郎に狙われんのかね? サングラスでも買っとくか。正月にハワイに行くような芸能人がしてそうなヤツをよ」
「折角だ。土産くらい買ってこうかね」
「『恋人の聖地』で、おっさんが何買うってんだァ、おい?」
「俺とあんたじゃ、そんなに歳違わねぇだろ」
「てめぇに言ってんじゃねぇよ!」
 寂燕の思い付きとかクラウスの突っ込みとか双吉の大真面目な返しとか、賑やかなやり取りと共に複数の足音が遠のく。チャペルに残ったのは少女2人。
「お陰で命拾い致した。皆さまは拙者のヒーローでござるな!」
「私は女ですが」
「夕雨殿は、ほら……気心知れた相棒枠で!」
 激闘の後と思えぬユタカの軽口に、思わず夕雨は溜息を吐く。
「私としては……いえ、きっと皆さんも、ユタカさんにけじめをつけて欲しかったでしょうね」
「はは、面目ない」
 ゴーグル越しで無い光溢れる光景は、何故か胸に沁みる。しみじみとした感慨が口を突いて出た。
「……綺麗な、処でござる」
 ゆっくりと動かしたユタカの右手に触れたのは、冷たい結晶――氷結のメスが砕け、消えず残ったブリキの技のよすが。思わず握り締める。
「こんな美しいチャペルで襲ってくるなど……」
 結晶を握ったままの拳で、シトリンの双眸を覆う。
「ホントに、酷い兄弟子でござる……馬鹿野郎め」
 呻くような声は聞かない振りをした。夕雨は黙ってえだまめの頭を撫でる。
 ――相棒があの緩い笑顔で立ち上がり、再び歩き出す時は支えるつもりで。

作者:柊透胡 重傷:福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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