宿縁邂逅~死音ミィエスュツ

作者:秋月諒

●アダムス男爵
 夜の深い闇の中、街を見下ろすビルの上にひとつの影があった。赤髪を靡かせる少女は薄く開いた唇に乗せていた歌声をーー止める。びょうびょうと吹く風が止んだのはその時であった。
「お望みの情報をお持ちしました」
 闇に、声が落ちる。
 吹き込む風さえ止んでしまえば、声の主が足音ひとつ響かせずにそこに現れたことが知れる。長身の男だ。リンクハットに片眼鏡をかけた姿には紳士という言葉が似合いーーだが、こんな場所に音もなく姿を見せた事実はこの男が見た目通りの『紳士』では無い事を示していた。
 アダムス男爵。螺旋忍軍の一人である男は、一礼の後少女を見た。
「……」
 ふわり、靡いていた赤髪が背に落ちれば黒い羽が見える。大鎌を抱える少女は、視線だけをアダムス男爵へと向けた。色の無いの視線ひとつ、言葉は無くーーだが、アダムス男爵は、ふ、と笑う。
「ご満足いただけたようで何より」
 浮かべられたのは正しく微笑であった。
 否の声が響かぬ夜を少女の肯定として、アダムス男爵は口を開く。
「あぁ。どうぞお気になさらず。これは互いの利益が一致してのことですので。あなた様が標的を確実に始末していただければ、それが我が利益となるのです」
「……そう」
 ようやっとひとつ、少女の声が落ちるのと男が一礼の後に消えるのは同時であった。
「……」
 少女は顔を上げる。夜の空、星を眺め、戻って来た風に赤い髪を靡かせーー歌う。

●銃鬼の心、たまゆらの唄
「風が強いっすね」
 は、と青年は灰色の髪を夜明けの風に靡かせる。朝焼けに染まる街を眺め、リン・グレーム(銃鬼・e09131)は息を吐いた。早朝の公園に、さすがに人はいない。緑豊かな場所ではあるがーーさすがに早すぎるのだろう。藤棚の藤だけが、甘い香りでリンを出迎える。そういえば、古びたベンチに先客の鳥たちの姿がない。
「雨でも降りそうって思ったんすかね」
 朝焼けは雨の前兆とも言うらしい。
 ひとつ、記憶の底から拾い上げた言葉を口にした青年は静寂の公園に息を吐きーーそのまま振り返った。
「襲撃にはお誂え向きでもそれがあっしに分からないと……!」
 思ったんすか、と続く筈の言葉が空を切った。反射的に向けた武器の銃口が、揺れる。見た目以上に重くとも、使い慣れたそれを構えてぶれるようなことは無かったというのに。
「なん、で……」
 口調が、変わる。
 銃口を向けた先には、赤い髪を靡かせる少女が立っていた。背には黒い羽を持ち、その手には大鎌を持った少女がふらふらと歩きながらこちらを見た。
「なん、で」
「……」
 二度目のその言葉に、少女は応えない。ただ、気配だけがぶわりと強くなる。さっきまで感じられなかったそれの正体をリンは知っている。
(「殺意……ッ」)
 赤髪の少女ーー死音ミィエスュツは薄く口を開く。懐かしさを感じるような歌声が、容赦なくリンの体を引き裂いた。
 その歌声を全ての答えとして。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
 レイリ・フォルティカロ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0114)はそう言うと「急ぎの案件です」と顔を上げる。
「リン・グレーム(銃鬼・e09131)様が、宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました。急いで連絡を取ろうとしたのですが……連絡をつけることは出来ませんでした」
 相手は死神だ。
 現状から見て間違いなく、とレイリは言った。
「リン様は、死神の襲撃を受けているものと思われます」
 最早一刻の猶予も無い。
「救援をお願いいたします。相手は一体とはいえ、ただ一人で相手にできるような容易い存在ではありません」
 リンが襲撃を受けたのは、街を見下ろすことができる公園だ。緑豊かな公園で、藤棚が美しいと有名な場所だ。
「観賞用にと設置されたベンチがある以外は、大きな木が何本かある程度の丁度開けた場所になります」
 日の出の時間であるこのタイミングだ。公園に一般人の姿は無いが、襲撃を受けている場所は開けており、救援に向かうこちらの姿を隠すことは難しいだろう。
「死神の意識は、リン様に向いているので……それを邪魔することで手を止めること自体は可能かと」
 但し死神の怒りは買うだろう。
 死神は何らかの理由で『誰か』を探し求めており、それを邪魔する者には容赦は無い。構えた大鎌による攻撃の他に、死を招く歌声を持つ。
「リン様の無事の救出を、どうかお願い致します」
 そして、とレイリは言う。
「アダムス男爵によるケルベロス襲撃作戦を砕きましょう」
 ケルベロスを襲撃をしても無駄だと敵に分からせる為にも。
「それでは参りましょう。皆様に幸運を」
 


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
リリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241)
ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)
リン・グレーム(銃鬼・e09131)
ジョー・ブラウン(ウェアライダーの降魔拳士・e20179)
篠原・唯識(ドクターブラックキャット・e21063)
ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)
朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)

■リプレイ

●死音ミィエスュツ
 風が、震えた。
「見つけた」
 まろやかな頬。歌う声は、気まぐれな彼女のそれと変わらない。
「——」
 風に、赤い髪が揺れた。同じ色をした瞳がリン・グレーム(銃鬼・e09131)を見下ろす。リンを拾い、最初の感情を与えた存在。揺れる視界で、それでも顔をあげる。静かに笑う彼女を前に、背後に音が増えた。
 それはこの場に駆けつける者達の足音だった。

●その狡猾に牙を向け
 ケルベロス達が駆け込んだ公園は、青々とした木々の匂いに包まれていた。
「見つけた。あそこだ」
 ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)の声が鋭く響いた。一点を指差した男の目が、すっと細められる。厳しさを見せたのは、彼の目に赤い髪を靡かせる死神と血まみれのリンの姿が映ったからだ。
 急ごう、と告げる代わりに公園の地面を蹴った。身を前に飛ばしながら、手にライフルを構える。射程まではあと少し。
(「覚えてはいないかもしれないが……一度は模擬戦で剣を交え、戦艦竜を斃しに行ったことのある者だ。見過ごす訳にも、行かぬだろう」)
 例え、その裏の企みが何であろうとも、な――。
「おやおや……毎回の事ながら、螺旋忍軍の狡猾さにはほとほと困りものです」
 ほう、と小さく息をつき、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は、その目に戦場をーー死神の姿をいれる。
「ケルベロス狩りを阻止する為にも、若者をピンチから救う為にも努めてまいりましょう」
「うん」
 こく、と朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)も頷いた。
(「この手段が有効だと思われるのは嫌だな……。頑張らないと、だね」)
 アダムス男爵の策を成功させはしない。
 た、とベンチを飛び越えれば、攻撃の射程に入る。届きますね、と一つ声を紡いだ景臣の杖が雷光を帯びる。
 ゴウ、と唸る一撃が赤髪の死神へと向けて放たれ、続けてロウガが銃口を向けた。
「時空の理、この刃にて封じる!!」
「!」
 凍結する弾丸に、死神が僅かに身を引く。避けるようなその動きはーーだが弾の方が早い。続けざまに攻撃を受けた赤髪の死神は、ゆるり、とケルベロスたちに視線を向けた。
「これは、何?」
 響く、その声は少女らしくーーだが向けられる赤々とした瞳に乗るのは明確な苛立ちだ。眉根を寄せた死神が次の動きを見せるより早く、ジョー・ブラウン(ウェアライダーの降魔拳士・e20179)の声が響く。
「そこまでだ、死神」
 たん、と踏み込むその足に力が篭る。
「仲間の命は奪わせない」
 力強く踏み込まれれば地面が、その衝撃と振動を以って死神の足場を崩した。
「——っ」
 一撃に、死神は身を揺らす。小さく詰められた息と共に、その意識が来訪者であるこちらに完全に向く。視線が向けられるのは一瞬。だがそれだけの時間があれば、死神とリンの間に割り込むにはーー十分だ。
「大丈夫ですか!?」
 篠原・唯識(ドクターブラックキャット・e21063)の声が響く。
「リン、無事ですか? 今少し、耐え抜いて下さい」
 正面、敵を見据えたまま、ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)はそう言った。あ、と小さくリンの声が落ちる。
「回復を」
「私も」
 唯識の宣言に、リリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241)が続いた。手を伸ばせば、赤い血が目に映る。一撃は深く、リンの体を引き裂いていた。赤く染まった腕に二人、重ねた回復が淡い光を零す。
「なんとしてでもここで敵の計画を潰さないと」
 リリアの心に浮かぶのは、愛しい人の顔。彼にも追っている宿敵がいる。
(「もし彼が敵の刃に倒れるようなことがあったら……わたしはきっと、その絶望に耐えられない」)
 きゅ、とリリアは祈るように拳を握った。
「……ああ!  神様!  どうか、私たちケルベロスにあなたの加護を!」
 後方、満ちる癒しの光の中で、死神の少女は赤髪を揺らす。これは、と落ちた二度目の声は低い。
「どういうこと?」
 言の葉は問いかけの形をしていたが、その実、答えを求めるようなものではない。声は低く、一度向けられていた苛立ちがじわり、じわりと変化していくのをリンは感じる。
「邪魔を、するの? 私はずっと探しているのに」
 探していたのに。
 そう紡ぎ落とした赤髪の死神——死音ミィエスュツは息を吐き、次の瞬間、ぶわり、と纏う空気が変わった。
「——来ます」
 ザフィリアの警戒が響く。
「ケルベロス。邪魔は、させない」
 薄く開いたミィエスュツの唇が、旋律を紡ぎ出した。

●死に至る調べ
 旋律が耳に届くのと、全身に痛みが走るのは同時であった。体が、ひどく熱い。死神の歌は、リンとの間に割り込んできた前衛陣を狙うように響き渡った。
「さあ、退いて」
「そう、言われてそのまま素直には退けませんね」
 静かに微笑み、告げた景臣たちを視界に、結は息を吸う。次の瞬間、少女のグラビティが蒼く燃える翼へと変わった。
「加護の翼、蒼き焔を纏って、ここに」
 前衛へと届けるは数多の癒し。その焔は、共に戦場にある仲間へと加護をーー紡ぐ。
 その焔に、死神は僅かに眉を寄せた。回復、それ自体を嫌ったのか。両の手に握っていただけの鎌を、持ち直す。
「そう、邪魔をするのね」
「さぁ、踊りましょう。死の舞踏を。ヴァルキュリアが誘うは冥府。お付き合い頂きますよ?」
 確認のようにひとつ、落ちたミィエスュツの言葉に、ザフィリアは構えを取りながら武器を構える。ヴァルキュリアステップ。秘技とされるそれを、行うことができる戦乙女に死神は目を眇める。鎌を持つ敵のポジションは、未だ分からない。
(「見極めるには、もう少し刃を交えないと……」)
 探り探り、攻撃していて倒せるような相手ではないだろう。気は抜けないが、相手の立ち位置さえ分かればこちらも打つ手を選べる。
「邪魔よ、ケルベロス」
「そうか」
 落ちたのはジョーの声だ。踏み込む拳に、死神が身を引き避ければ、ビハインドのマリアが金縛りを落とす。バチ、と弾ける空気に、眉寄せ息をつく死神にリンは「本当」と零した。
「……なんで君なんだろうね」
 独白めいた声に、剣戟が乗る。
 唯一殺されてもいい人なのに、唯一誰も傷つけさせたくない人。
 生きたくても生きることができなかった人。
(「撃ちたくない、傷つけたくないけど……きっとここで止めなければ君は誰か殺すのだろう」)
 その手で、その歌声で。命を奪ってしまう。
「それはさせるわけにはいかない!」
 銃を手に、リンは吠えた。告げる、決意と共に立ち上がった男が地を蹴る。向けた銃口が放つバスタービームが死音ミィエスュツを撃ち抜いた。
「!」
 熱が、死神を焼く。一撃、前衛陣達との撃ち合いの中、躱すことの出来なかった赤髪の死神はーーだが楽しげに笑った。
「そう、そうね。ふふ、あはははは……!」
 狂ったように声は響く。生前の姿とは、違うことを示すかのように。喜悦の滲む笑い声の中、死音ミィエスュツは大鎌を持ち直す。
「遊びましょう? 邪魔をする子には、みんな退いてもらうわ」
 た、と死神は地を蹴った。
 首筋を狙う一撃が、リンへと振り下ろされる。庇うように、前に飛び出たのは結のサーヴァントだった。ガウン、と重い音が響く中、中衛より投げられたのはザフィリアのゲイボルグの槍であった。雨のように降り注ぐ槍に、死神が息を吐く。間合いを取り直すように飛んだそこに、景臣が踏み込んだ。
 雷の霊力を帯びた一撃が、死神を切り裂いた。赤い髪が一房散りーーその事実に、僅かに眉を寄せた死神の鎌が振るわれる。
「邪魔をするのね」
 歌うような声音に、景臣は表情を変えぬままに薄く口を開く。
「……歌は好きですが、与える物は死ではなく安らぎであって欲しい物です」
 眉根を寄せ、見下ろすような視線を向けた死神に男はふふ、と笑った。
「死の神に言っても無駄でしょうか」
「なら、倒れてちょうだい」
「——それは無理な話だな」
 落ちた声はロウガのもの。抜き払った刀に、バチバチと雷が乗る。
「初手を征し、全てを征す――瞬剣・疾風怒涛!!」
 続く雷光の中、死神は身を揺らす。前衛へと満ちる光はリリアのものだ。重ねかけられた守護は、前衛のケルベロスへと毒への耐性を作り出す。
「まさかターゲットを一人に絞って襲ってくるなんて……」
 回復を担いながら唯識は今までに無い敵の行動に驚きを隠せずにいた。
 死神の意識それ事態は、リンに強く向いているようだった。だからこそ、彼以外のケルベロス達に邪魔だと言ってその旋律を唇にのせる。届く先は後衛だ。回復を邪魔というのだろう。甘やかな声音は、毒と共に痛みをケルベロス達に届けるーーだが、その毒に侵されたままでは、ない。
 前衛に続き、後衛にも耐性を結が紡ぎ落としていたのだ。顔をあげた結が最後の一列、中衛へと耐性を紡ぎ落とす。
「あなたが誰を探してるのかは知らない。でも、もう探さなくて良いよ……? 終わりにしよ? ね……?」
 結のその言葉に、死神は笑った。大丈夫だと唇に乗せる。
「もう見つけたから」
「——!」
 は、とした結の前、赤髪を揺らす死神はぶわり、とその気配を強くする。
「だから、邪魔をしないで」
 退いてちょうだい、と響く声に殺意が乗る。

●覚悟
 火花が散る。
 早朝の公園に剣戟と旋律が響いていた。踏み込むケルベロス達に対し、大鎌を振るう死神の動きは軽やかだ。まだダメージが少ないのだろう。だがこちらとて敵の毒に振り回されてはいない。
 踏み込んだジョーの蹴りが炸裂する。一度、回復した死神はこちらが重ね落とした術技を振り払っていたのだ。
(「だがーー」)
 落とされたのであれば、再び叩き込めばいいだけのこと。
 ジョーの蹴りに合わせ、踏み込んだザフィリアがその槍を振り回す。高速の回転は薙ぎ払う一撃となり、死神の腕に沈む。死神は特別回避が高いわけでもなく、回復に特化しているわけでもない。
(「強いて言えば攻撃力の高さが目立つ……」)
 一撃は重く、旋律は隊列を巻き込み響きながらもーー。
「回復を必要とする……! 敵のポジションは、クラッシャーです」
 解を得たザフィリアの声が響き渡る。次の瞬間、そう、と死神の声が響いた。
「随分と調べてくれたのね」
「!」
 踏み込み、振り下ろされるのは死神の大鎌。その、命さえ奪わんとする一撃はーーだがザフィリアには届かない。結のサーヴァントが間に入り込んだからだ。一撃を、代わりに受け止めたハコが崩れ落ちる。
「邪魔を」
 低く響いた声に、苛立ちが混ざる。それは攻撃ひとつ邪魔をされたその事実とーーザフィリアの読みが正しかった事を示す。
「言ったでしょう。これ以上の邪魔はーー」
「うん、させないよ」
 応えたのはリンであった。揺れる照準を無理やり押さえ込んで、放つのは熱を奪う凍結の光線。
「——ッぁ」
 ぐら、と揺れたそこに、景臣が踏み込む。刃が、刻まれた傷口をなぞるように振り下ろされれば死神は大きくその身を揺らした。
「邪魔を、邪魔を邪魔を……!」
 吠えるように響いた声に、ロウガは間合いへと踏み込んだ。緩やかな斬撃が、死神へと振り下ろされれば紅が公園に散った。結が高い命中率を持って凍結の光線を放てば、続けてジョーの打ち込んだ拳が重く沈んだ。く、と息を吐き、それでも死神は顔をあげ息をついてみせる。剣戟と共に火花が散り、加速する戦場においてただ一人となったディフェンダーの傷は唯識の予想通り大きい。
「回復します」
 唯識の回復が景臣に届く。他の仲間へと、リリアが四度目の回復を紡ぐ。
(「仲間を誰ひとり欠かすことなく無事に帰さなければ。それがわたしに課せられた使命」)
「祝福あれ、祝福あれ。苦難の時に終わりを告げるために」
 地面に描き出した守護星座が光り、中衛を癒す。己が使命を胸に、戦場を見据えたリリアの前で火花が散る。
 熱と氷、駆け抜ける足音を以って戦場は加速する。流れ落ちる血を、痛みを今は無視してケルベロス達は動いた。足を止めて、見ていられるほど容易い相手ではない。
「邪魔」
 そう言って死神はリンの前へと踏み込む。振り下ろされる大鎌に景臣が踏み込む。一撃、庇い受けた男が崩れ落ちればリンの目に見えるのは不機嫌そうな死神と血塗れの視界。
(「これ以上、させるわけには……」)
 暴走を覚悟した瞬間、声が聞こえた。
「リン」
 それ踏み込んだ仲間の一撃を捌いて響く。
「——」
 命を救ってもらった。心をもらった。
(「たくさん貰っておきながら救えず、一人生きながらえてるんだ。恨まれて当然か」)
 でも、とリンは顔をあげる。血塗れの指先で銃を握る。
(「死ぬわけにはいかない。君に誰かを傷つけさせるわけにはいかない」)
 今は想ってくれる人が居る。友達との必ず生き残るという誓いがある。
 護りたい人もいる。
 顔を、あげる。痛みを、今は無視して銃を握る。込めるのは銀の弾丸。可能な限りのグラビティと鎮魂を込めてーーリンは撃鉄を、引く。
(「再び君を殺すことになるけど……せめて安らかな終わりを」)
「リン。やっと見つけた」
 たん、と死神は地を蹴る。庇うように動いたロウガの目に、リンが銃を構えるのが見えた。
「——」
 言葉は紡がない。ただその意を知った男の前、開いた軸線でリンは一撃を放つ。
「せめて……その魂に安らかな鎮魂をッ」
 銀の弾丸は、その心を撃ち抜く。
 一撃が、真っ直ぐに死神を撃ち抜いた。あ、と声が落ちる。ぱち、と瞬いたミィエスュツはほんの少しだけ笑いリンの顔を見るとーーそのままぐらり、と倒れた。

 光が公園に満ちていた。崩れ落ちた死神が僅かに残して言ったものだ。煌めきにリンは顔をあげる。気がつけば雨が降ってきていた。
「——ッ」
 溢れる涙を雨のせいにして、リンは泣く。頬を濡らす雨に、喉を震わせる。
 心中を、覚悟したのだ。確かにあの時。
 降り注ぐ雨の中、やがて向き直ったリンにザフィリアは言った。
「右も左も分らなかったケルベロスとしては新人同然だった私を、リンは信じて背中を預けてくれました。ささやかではありますが、それに少しでも報いることが出来ればと思ったのです。何はともあれ無事で何よりでした」
 頷いた青年が息を吐く。己の中、ひとつ切り替えるように。偽るのをやめて、皆と向き合って生きていくために。
「これで、男爵の思惑通りじゃなくなったのかな……?」
 意識を取り戻したハコを撫でながら、結はそう言った。重傷の景臣も遠からず意識を取り戻すだろう。今はリリアが回復にあたっている。
 この地に、男爵の痕跡はなかった。
「帰って報告と今後の対策、だね。一体何人のケルベロスの情報が敵に渡っているのか……」
 後手に回るだけではダメだ。この奇襲を大元を絶つ手段を考えなくては。と唯識は険しい顔で言う。
 今は、戦場に降り注ぐ雨とーー確かに一つ敵の作戦を打ち砕いたという事実が、この手にあった。

作者:秋月諒 重傷:藤守・景臣(ウィスタリア・e00069) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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