宿縁邂逅~迫る白銀

作者:天川葉月

●男爵の企み、騎士の襲撃
「はじめまして、それがし、螺旋忍軍、アダムス男爵と申すものです」
 シルクハットにモノクルといういかにもな格好をした紳士は、身の丈ほどもある白銀の剣を構える少女に語り始めた。
「我々デウスエクスはそれぞれ、味方同士というわけではありません。しかし、共通の敵は存在いたします」
「……ケルベロス」
「その通りでごさいます。しかし、彼らは脅威ではありますがそれは群れているからこそ。一人の時に襲撃すれば勝利は容易でしょう」
 少女はまるで興味がないというような顔で紳士の話を聞き流していた。
「手筈は既に整えさせていただきました。常磐城様にはとあるレプリカントの相手をしていただきたく……」
 少女は紳士が差し出した写真の女性を見た途端、その写真を手にしている剣を地面に突き刺し、怪しくほほ笑んだ。

 その日、あるレプリカントは何となく体調が悪いと感じ、病気か何かかと思ったので治療のためにナース服を着て、それでも調子がよくならなかったので病院に向かっていた。
 別に看護婦の格好をしたからと言って病気にならないわけではないし、看護師のコスプレをしたまま診察を受けに行くのもおかしな話ではあるが、彼女は至って真面目であり、これは不慣れな生活と熱っぽさによる思考力の低下の産物なのである。
「む……?」
 若干鈍っている思考で捉えた違和感は、あまりにも人がいなさすぎるということであった。まるで人払いでもされているかのような――。
「やっと見つけましたよ?」
「なっ?! ジゼ――」
 背後から聞こえた声にすぐさま振り向いた彼女であったが、耳まで裂けんばかりの笑みを浮かべた少女の剣の方が一手早く、雪白の看護服は紅く染まっていた。

●真鍮の騎士に迫る危機
「老神・鞠香(真鍮騎士・e00556)さんが、宿敵である常磐城・ジゼルの襲撃を受けることが予知されました」
 焦りの表情を浮かべながら、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は手短に説明を始めた。
「急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることは出来ませんでした。一刻の猶予もありません。鞠香さんが無事なうちに、なんとか救援に向かってください」
 セリカは更に続ける。
「場所は病院へと続く街道なのですが、どうやら人払いされているようで周囲には人っ子一人いません」
 道幅は広く、存分に刃渡りの長い剣を振り回すことが出来る。
 更に近くにはダモクレスの配下もおらず、増援の気配もない。今現場にいるのは鞠香とジゼルの二人のみである。
 また、ジゼルは手に持っている白銀の剣のみで戦闘を行うつもりらしい。剣の扱いは剣自体の大きさとは裏腹に繊細で精確。ただし決して非力ということではなく、舞踊のような優雅さの裏に嵐のような強さと速さを併せ持っている。
「技としては、ズタズタラッシュ、ゲイルブレイド、月光斬と同様の効果を持つグラビティを使用するようです」
 なお、ジゼルは鞠香に異常なほどの執着心を持っており、何においても鞠香を最優先に行動するようだ。
「鞠香さんを無事に救出し、ケルベロスを襲撃しても無駄だという事を敵にわからせてあげてください」


参加者
老神・鞠香(真鍮騎士・e00556)
鳳・ミコト(レプリカントのウィッチドクター・e00733)
籠屋・凛人(番猫・e00883)
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)
ヤクト・ヴィント(邪神料理デリバリー・e02449)
ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)
赭嶺・唯名(紫黒ノ蝶・e22624)
スノードロップ・シングージ(堕天使はパンクに歌う・e23453)

■リプレイ

●真鍮に迫る白銀
「誰に唆されたか知らないが、もう止めるんだ!」
 流れ出る血を止めることもままならず、老神・鞠香(真鍮騎士・e00556)はジゼルの猛攻を剣で受けながら、説得を試みていた。しかしその足運びは重く、ふらついている。予想外の不意打ちで受けた傷は深く、深紅のシミは徐々に面積を広げている。
「唆される? それは違う。私は私の意思でここに居る。貴女を切りたいのは私の本心」
 されどもジゼルの白銀の剣が止まることはなく、むしろその命を刈り取らんばかりに早く、鋭くなる一方だ。
(「彼女からしてみれば先に裏切ったのは私……これも因果応報ということか。……だが、しかし!」)
 正義に目覚めたものとして、目の前の敵の凶行を止めないわけにはいかない。
「ハアアアァァァ!」
 怪我の痛みを吹き飛ばさんばかりの天を仰ぐ咆哮。次いで、稲妻を伴った剣の一撃でジゼルを突き飛ばす。
 距離と隙が出来たのを見計らって、鞠香は持参していた特製信号弾を空に向けて放った。鞠香の狙いに気付いたジゼルはすぐさま距離を詰め、すぐに決着を付けようと襲い掛かる。覚悟を決めた真鍮騎士は剣を構え、直後に剣戟の音は激しさを増した。
 時を同じくして、ケルベロス達は襲撃を受けている仲間の元へと急いでいた。
 ヘリオンより降下した直後からスノードロップ・シングージ(堕天使はパンクに歌う・e23453)は空中からその場所まで向かっていた。人の流れや戦闘音で大方の見当をつけ、空に放たれた信号弾を目印にその発信源に駆け付ける。
「ミュージックスタート! さア、アタシの歌を聴くデース!」
 スノードロップの懺剣の理は後に続くケルベロス達の合流の手助けとなり、続々とジゼルと対峙する。
「救援に来たよ。まだ元気にしてるかな?」
 赭嶺・唯名(紫黒ノ蝶・e22624)とラティクス・クレスト(槍牙・e02204)が、鞠香を庇うようにジゼルの前に立ちふさがった。唯名の傍らではボクスドラゴンのネフィリムが威嚇している。
 ラティクスはジゼルの視線や体の向きを注視していた。誰を狙っているのかを把握し、仲間への攻撃を庇うためだ。
「同じ旅団のよしみだ。宿敵退治を手伝ってやろうじゃないか」
 ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)が黄金の果実の聖なる光でケルベロス達を照らす。
 その光を気にも留めず、増援が駆けつけたことへの不愉快を隠そうともしないジゼルに肉薄した猫の、渾身の力を込めた蹴りが叩き込まれた。ジゼルはそれを白銀の剣で受け止めたものの、その衝撃でその場から大きく飛び退くこととなった。
「すまん、待たせたな」
 ジゼルから距離をとって鞠香へと駆け寄った籠屋・凛人(番猫・e00883)は、殺気立っているのが兜で隠れた顔を見ずともわかる。数少ない友人を、大切な存在を傷つけられた怒りが逆立った尻尾の毛からにじみ出ているからだ。
「老神・鞠香殿、こっちだ」
 ジゼルが凛人の相手をしている間に、ヤクト・ヴィント(邪神料理デリバリー・e02449)が鞠香の手を引き、後方へ避難させた。既に満身創痍な騎士はおとなしくそれに従い、ジゼルから十分に離れると鳳・ミコト(レプリカントのウィッチドクター・e00733)がジョブレスオーラの術式を展開し、鞠香の傷を癒す。了承を聞く前に処置を始めたのだが、緊急事態だ。
 一騎打ちに水を差されたことに腹を立てたように、ジゼルの顔が怒りで歪む。彼女の白銀剣が鞠香の前にいるヤクトに肉薄したのはそれとほぼ同時だった。

●真鍮の槍、白銀の剣
「来たれ……かつて妖精が作りし魔導の巨人よ……進撃せよ!」
 しかしヤクトは動じることなく、召喚した金属の巨人と融合し、白銀の剣を拳で迎え撃った。魂を燃料とする抗霊機の一撃はジゼルを容易く吹き飛ばすに至る。
 ジゼルは空中で体勢を立て直し、両足と白銀の剣をブレーキ代わりに勢いを殺す。そこに追撃と言わんばかりにラティクスの破鎧衝が迫る。
 強敵としのぎを削るような戦いを好むラティクスにとって、十分な実力を有していながら不意打ちなどと言う卑怯な真似をするジゼルに疑問と怒りが半々であった。こんなふざけた作戦を二度と画策させはしないという意気込みが破鎧衝に籠る。
 この追い打ちに対しジゼルは更に下がるのではなく、逆に左腕を犠牲にしてまで前へ右進むという通常では考えられないような行動に出た。
 未だに巨人との融合を解除していないヤクトや彼女の左腕を負傷させたラティクスを素通りして、その視線と切っ先が狙っているのは紛れもなく鞠香であり、彼女の壁になろうとしている唯名もネフィリムも、サークリットチェインで守りを固めているミコトも、ゼフトも凛人も視界に入っていない。
「カッチコッチになるとイイネ!」
 しかしジゼルの刃は標的に届く遥か前で遮られる。スノードロップのペトリフィケイションで動きが鈍くなったせいでバランスが崩れ、転倒を防ぐために前のめりの状態で踏ん張ったことによって。
「死ト希望ヲ象徴する我が花ヨ。その名に刻マレシ呪詛を解放セヨ!」
 待雪草(スノードロップ)に込められた花言葉は希望。しかし死を象徴することもあるこの花に隠されたもう一つの意味は『あなたの死を望みます』。真っ白な花弁となった死の呪詛は、漆黒の羽と共に隙だらけのジゼルへと降り注いだ。
「その程度の実力で鞠香を倒そうなど笑わせる。お前など俺でも勝てるな。鞠香と戦う前にまずは俺を殺してみろ」
「……言われるまでもない」
 ゼフトは、傷だらけになり白銀の剣を杖代わりに立ち上がるジゼルを煽ると、あえて挑発に乗り彼の首を斬り飛ばそうと横薙ぎに剣を振るう彼女を炎弾で包みこむ。しかしそれでもなお剣が止まることはない。
「斬撃は一つじゃない。気をつけて……あなた、喚ばれてるみたいだから」
 次々と繰り出される唯名の斬撃は寸でのところでジゼルの剣を弾き、後退させる。
「まあ誰も俺一人でお前を相手するとは言ってない。卑怯だって言いたいか?だが、病人を不意打ちする方も卑怯だがな」
 ゼフトのさらなる挑発を聞き流しながら、ジゼルは唯名の虚喚びを右腕と白銀の剣一本で、致命的になりそうな斬撃をさばく。当たっても問題なしと判断したものに関しては防御も回避も捨て、隙が出来るのを待っていた。
「治療完了! 医療保険は効かないけどね。……いや、冗談だけど」
 傷が完全に塞がったことを確認して、ミコトは術式を一旦解除した。満身創痍であった鞠香は、ミコトの冗談に抗議の目線で返すことが出来る余裕が出来るほどまでになっていた。
「お前はこの程度で倒れるような女ではない、だろう?」
 凛人は回復した鞠香を励ますように、彼女の肩に手を乗せる。
 それを見たジゼルは我を忘れたように突進した。狙いは鞠香か、凛人か、あるいはその両方か。
「これが私の目覚めた正義の力、昔とは違う!」
 鞠香は熱く滾る正義の心から顕現された真鍮の槍を投擲して迎え撃つ。閃光の真鍮槍と白銀剣とが衝突し火花を散らし、時間の感覚が曖昧になる剣戟の刹那、真鍮の槍の矛先がわずかにそれる。
 過たず悪を貫くその槍は、打ち落とすこともできず防御もしきれなかったジゼルの腹部に突き刺さっていた。

●白銀の闇
 全身に損傷を受け満身創痍となり、状況を不利と判断したのかジゼルはゆっくりと後ずさった。逃走を図っているようだ。
「待ってくれジゼル! これは誰かの入れ知恵なのか?!」
「……確かにお膳立てはしてもらった。余計なお世話だったけど」
「それは一体誰なんだ?!」
「……答える必要はない。今度貴女と逢うときは私自身の力で舞台を整えるから」
 だから今はそのために撤退する、悔しさが滲んでいる顔はそう暗に言っていた。
「あれ、逃げちゃうの?そんなことしたら、鞠香はウチが貰っちゃうんだけど♪」
 唯名は、敵前逃亡を図るジゼルを煽るように、鞠香の左腕に抱き付いた。
「もう貴様の手には届かぬ現実を確認出来ただけで無駄骨だったな、哀れなことだ」
 凛人は鞠香の右腕に自らの尻尾を絡ませ、勝ち誇ったように宣言する。この女はもう俺の物だ、と。恋敵に現実を突きつける男のように。
 一瞬歯噛みしたジゼルであったが、白銀の剣を地面に叩き付け、体に刺さったままだった槍を無理矢理引き抜いて地面に突き刺し踏みとどまった。どうしようもない怒りを何とか鎮めようとして、それでも抑えきれずに八つ当たりをする子供のように。
「忌々しいケルベロス共め……」
 ジゼルは凛人、唯名の姿を網膜と記憶に焼き付けるように交互に睨み付け、更にはミコト、ラティクス、ヤクト、スノードロップ、ゼフトを一瞥する。逃走経路の確保でもしているのか、まだ鞠香を狙う隙を待っているのか、いずれにせよ警戒は怠れない。出方を間違えればジゼルを取り逃してしまうか仲間に犠牲が出るか、どう転んでも悪い結末にしかならないため、全員が迂闊に動けなかった。
 どこにそんな余力があったのか、ジゼルは白銀の剣を上空へ放り投げると、地面に突き立てた真鍮の槍を引き抜き、剣に気を取られた鞠香にお返しとばかりに投擲した。一瞬判断が遅れたが、これはヤクトが難なく弾き返した。
 しかしジゼルの狙いはそれではなかった。剣を手放し身軽になったジゼルはより速度を増し、恐るべき速さで鞠香に駆け寄る。気が付いた時には既にお互いの顔がぶつかりそうなほどに接近を許していて、次の瞬間ジゼルは鞠香の唇を奪った。先が触れるだけの軽いものではあったが。白銀の剣が未だに宙を舞っている程のほんの一瞬の刹那に起きた出来事である。
「待ってて。どんな手を使ってでも必ず貴女を――」
 距離を取り、落ちてきた剣を受け止めながら鞠香だけを見つめるその瞳は狂気で淀み、憎悪で昏く光っていた。貴女は飽くまで私の物だと言い聞かせるように。そしてそれを確実なものにするために、あえて今は自らの心を殺してこの場は譲ってやると言わんばかりに。
 その口から紡がれた言葉の結びの句は、トーンを落としてささやかれたのと、あまりの急展開に処理が追い付いていないのとで誰にも聞きとることが出来なかった。
 街道には反論も反撃も許さないまま即座に立ち去ったジゼルを追うことも出来ずに呆然とするしかないケルベロス達だけが残されていた。

●白銀の縁は未だ折れず
「本当に申し訳ない……!」
 凛人は膝をつき、両手の平と兜の額を地面に擦りつけていた。ジゼルの逃亡阻止のためとはいえ、恋人であるかのようにふるまった上セクハラじみた行為をし、結局取り逃してしまった。そのうえその挑発が対抗意識を呼びあのような行動に移させたのかもしれないと思うと、誠意をもって謝罪しなければならない。誠心誠意の土下座である。
「ウチも、ホントごめんなさい!」
 唯名も平謝りするほかない。女性にとって深い意味を持つそれを許してしまったことは悔やんでも悔やみきれないことだった。
「わ、私は気にしていないから……」
 鞠香は未だに半ば呆然としていながら、まだ感触が残っている唇に手を当てる。
「それに、彼女を殺したく、ない……」
 蚊の鳴くような細い声で付け加えたが、その言葉が他の仲間に聞かれることはなかった。
 ジゼルに対する心残りがある。そのため弱っていたジゼルに止めを刺しきることが出来なかった。とは流石に堂々と言える雰囲気ではない。
「あ、そ、そうデース! あ、あれはノーカン! 数に入りまセーン!」
 スノードロップは何とか慰めようとするが、却って逆効果な気がしてならないように思える。顔を真っ赤にして動揺を隠せていないのもそれを助長している。
 巨人との融合を解除したヤクトはどう言葉をかけてよいものか考えあぐねていた。よく考えた結果、どう転んでもいい方向に進みそうもないので、そっとしておくことにした。
 ミコトも同様に口をつぐんでいた。一個人に執着するダモクレス、それは感情を持つ個体なのではないかという予想。他人の事情に首を突っ込むべきではないし、どう考えてもその予想が当たっていた方が厄介である。そういった考えが巡っていたからではあるが。
 ラティクスは宿敵による強襲にきな臭さを感じており、相手の作戦を失敗させたことに安堵していた。尊い犠牲はあったが、そこには触れないというのがせめてもの優しさだ。
「追加報酬とかはないのか? ……なんてな。君が無事なのが何よりの報酬だ」
 ゼフトは微妙な空気を払拭するためか冗談めかして話しかける。先ほどの件を話題に出さないのは彼女を考慮してのことである。
「しかし、ナース服で病院に行こうとするとは……。似合っているし、目の保養なって俺は嬉しいんだが、それは治療する側が着る衣装だ。だから病院に行く時は普段着で良かったんだぞ?」
 ゼフトは目を反らしながら、気恥ずかしそうに言った。目のやりどころに困るように、顔を赤らめながら。
 これまでの自分の格好と今の状況を、平静を取り戻した頭で理解した鞠香の顔が見る見るうちに真っ赤になっていくのは、体調が悪いせいだけではない。

作者:天川葉月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:失敗…
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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