宿縁邂逅~首狩り狐

作者:真鴨子規

●アダムスの暗躍
「よくぞ来た――野狐(やこ)」
 月の光さえも届かない暗闇の中、2つの影がうごめいていた。どちらも暗色の衣を身に纏った――しかし意匠は全く似つかないカタチの2人であった。
「螺旋忍軍男爵アダムスが、新たなる命を与える」
 片や、コートを着込んだ英国紳士風の男。シルクハットから覗かせたモノクルが、僅かな光を反射して妖しく光る。
「既に上位組織との調整は済んでいる。存分に暴れてくるがいい」
 片や、黒装束に身を包んだ細身の人物。男女の区別さえもつかないのは、顔を覆う白狐の面のせいだ。気配さえも希薄な、闇に溶けるかのような姿だった。
「――行け。お前の狙うケルベロスを捕縛、或いは……殺害せよ」
 2つの影は、瞬く間に消えていた。微かな残滓さえも残さず、それはまるで、最初から誰もいなかったかのように。

●夜の狐
「は、は――」
 金色の瞳が暗がりに輝く。
 息を切らせながら、ルナール・クー(箱庭エスティーム・e10923)は路地裏を駆けた。
 敵襲に気付いたのは、なんでもない買い物の最中だった。明らかに自分を狙う、刀のように鋭い殺気。ルナールの周囲に仲間はいなかったが、さりとて一般人を巻き込むわけにもいかず、自ら選んで人気の無い場所へと入った。
 唐突に襲い来る背後からの一閃。
 対となる二振りの刀――『雪柳』と『花海棠』を交差させ、辛くもその一撃を弾く。――かわすことも、受け流すこともできない。その惨状が、敵の力量を示していた。
「今の面――」
 一瞬だけ見えた狐面には覚えがあった。
 振り払おうとしても消えない、かつての記憶。

 狐牙忍軍――。

 放たれた幾つもの影が、ルナールへと斬りかかった。
 それをやっとの思いで防ぐルナールの背後に、再び凶刃が舞う。
「……っ!」
 背後からの攻撃を、警戒していなかったわけはない。
 影の刃を払いつつも、死角からの強襲には常に備えていた。
 にもかかわらず。その鋭利な閃光は、振り向いたルナールのガードを擦り抜けて柔肌を貫き、腹部に深々と傷を残した。
「うあ……!」
 堪らず飛び退き、ルナールは追撃に注意しながら傷口を押さえた。出血が酷い。身体に力が入らない。
「この力……まさか、自ら私を殺しに来たということですの……?」
 ゆらりと、幽々たる闇の淵から生まれ出でた、1人の忍の姿を見留め、ルナールは、吠える。
「――野狐!」

●緊急事態
「諸君、緊急事態だ。事は一刻の猶予も無い。準備をしながら話を聞いてくれ」
 ヘリオンから姿を現した宵闇・きぃ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0067)は怒鳴るようにそう言った。そうでなければ、既に起動しているヘリオンの駆動音に声が掻き消されてしまうのだ。
「ルナール・クーがデウスエクスの襲撃を受けることが予知された。連絡を取ろうにも通じない。彼女が無事なうちに、すぐ救援を送らなければならない」
 事態は急を要する。きぃの様子から、それが鮮明に伝わってきていた。
「敵は狐牙忍軍が頭領『野狐』1体。だがその実力は本物だ。君たち全員で掛かったとしても勝てるとは断言できず――ルナール1人では言わずもがなだ」
 この上なく、油断ならない相手だときぃは告げる。
「特筆すべきはその攻撃の正確さだ。闇に紛れながら、こちらの弱点を冷徹に狙ってくる。攻撃をかわす、防御するといったこちらの行動を読み切った上で攻めてくる」
 攻撃をやり過ごすのは至難の業ということか。
「さらに、今回の戦場は敵に有利な暗闇だ。1度闇に潜まれれば見失い、こちらの攻撃を当てるのは難しい。何らかの対策は必須だろう」
 時間はないが、上手い作戦を考案する必要があるようだ。
「ただし、戦場を他所へ移すのは悪手だ。一般人を狙われる危険を冒す訳にはいかないし、人混みに逃げられたら追いようがない」
 原則、敵の位置的優位を崩さず倒さなくてはならない。どれだけ有効な作戦を用いたとしても、苦戦は避けられないだろう。
「ケルベロスの襲撃――これを成功させてしまえば、敵はこの作戦が有効だと判断し、より多くのケルベロスに危険が及ぶだろう。それを許すわけには、絶対にいかない。
 いざ発とう。この事件の命運は、君たちに握られた!」


参加者
ケルン・ヒルデガント(めんつゆますたー・e02427)
鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
コルティリア・ハルヴァン(猫の演奏会開催・e09060)
安詮院・薊(ウツロウカゲ・e10680)
ルナール・クー(朱の花海棠・e10923)
ハインツ・エクハルト(当たって砕く・e12606)

■リプレイ

●邂逅
「ああ、ああ……! やっと、やっと会えた……! 私の師匠を殺した罪、償って貰いますわよッ!」
 暗澹とした闇に向けて、ルナール・クー(朱の花海棠・e10923)は吠えた。
 宿敵たる敵の首領――野狐の攻撃はなおも熾烈。既に『狐牙貫刀』によって大ダメージを受け、動きの鈍ったルナールを取り囲むように出現した影の尖兵が、更なる痛打を与えんと跋扈した。
 痛みはない。防具特性によって――何よりも、宿敵に対する怒りが、憎しみが、あらゆる痛みを遮断していた。それでも、勝ち目がないのは目に見えていた。
 既に敵は詰めに入っている。影による遠隔攻撃で相手を弱らせてから、自らの手で確実にとどめを刺す。それは予定調和のように確定的で、どうしようもないくらいに避けがたい現実であった――かに見えた。
「そう簡単に――仲間は殺させません!」
 野狐に失策があったとすれば、ケルベロスという群を甘く見ていたという点だろうか。
 炎を従えた蹴撃が『影軍』の包囲に風穴を開けた。飛び込んで来た鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)は周囲を確認するが、敵の気配がまるでない。影の攻撃が途絶えていたならば、既に野狐は逃げ去った後なのではないかと錯覚するほどだった。
「防衛班! 作戦通りに攻撃を! 敵を炙り出します!」
 3つのライトが灯る。指示を飛ばした神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)の熾炎業炎砲と、更にボクスドラゴン『リュガ』のブレスが周囲を照らす。
 それでも――野狐の姿を捉えられない。影軍の一角を炎上させ、路地裏の明度は大幅に上昇していたが、それでも野狐の隠遁は破れない。
「野狐――大切な友達を傷つけたお前を許さない! ルナールを襲ったこと、絶対に後悔させるんだから!」
 コルティリア・ハルヴァン(猫の演奏会開催・e09060)が影に隠れ続ける敵に業を煮やし、制圧射撃を仕掛ける。雨のような弾丸が闇の中を抜けていく。
「鈴様――」
「助けに来ましたよ、ルナールさん。ふふ、間に合ったのは、わたしの御守りの御利益かな?」
 ルナールと鈴が微笑み合う中で、コルティリアの銃弾がついに――野狐の尾を捉えた。
「そこ! 奇襲班、今です!」
 征の号令と共に飛び出してきたのは、神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)である。煉は渾身の力を込めて、露わになった敵目掛けてスターゲイザーを放った。
 背後からの強襲――それを野狐は、流れるような動作で回避した。すれ違い様に振るわれた刀が、煉の肩口を抉る。
「ぐっ――」
「まだまだ! 余所見するんじゃないぜ、オレはここにいる! 焼き付けろ、刻み込め、《想(ヴンシュ)》ーーッ!!」
 ハインツ・エクハルト(当たって砕く・e12606)の『竜ノ拳《想》(ドラッヘシュラーク・ヴンシュ)』――強さの果てを求める夢を喰らい、巨大なモザイクの鉄拳へと昇華させた一撃が野狐を狙った。
 それを、野狐は器用にも、モザイクの拳を足場にして三角に跳び、再び闇の中へと消えていった。
「手応えなし!? ふっざけんな!」
 奇襲班による更なるライトの点灯、それと共にハインツは持っていたライティングボールをばらまき、戦場を昼間のように照らし出す。
「るなーーるねえさまーー! 助けに来たぞーー!」
 ハインツの叫びを聞きつけたケルン・ヒルデガント(めんつゆますたー・e02427)と安詮院・薊(ウツロウカゲ・e10680)が飛来した。2人してルナールを抱え込んで、野狐が消えていった方向とは逆に跳んで距離を離す。ルナールを守る位置に付いていた鈴とオルトロス『チビ助』もそれを追い掛けていく。
「助けに来たよ、お姫様。ま、然しなんだ。こういう経験が出来るなら寧ろ感謝すべきかな。――どう? まだいける元気はあるかい?」
 鈴の回復を待ちながら掛けられた薊の言葉が、ルナールの表情に生気を取り戻していく。
「はい、行けますわ! 必ず、野狐を倒しましょう!」
 ルナールの復帰と共に、戦いは新たな局面を迎えるのだった。

●ウルブス・チェイサー
「親父みてぇに死なせちまう奴を、これ以上、増やさせてたまるかよ――デウスエクスゥゥゥ!」
 煉の叫声と共に発動した魔人降臨が、疲弊した自身の肉体を叱咤する。そしてなお止まらず、駆け抜ける。
「逃がさねぇっ! おらおらおらぁっ! こいつで……燃え尽きろぉぉっ!」
 僅かに姿を見せた野狐を追撃する煉の百式降魔『獄狼蒼炎舞』はしかし、悉くを紙一重でかわされる。その連撃は流星群の如く苛烈を極めたが、闇を味方に付けた高位螺旋忍軍を追い詰めるには一歩足りない。
 闇を照らすと同時に、照射範囲以外の闇を深めてしまう手軽(ハンズフリー)なライトや、当たることを前提とした蛍光塗料などは、グラビティの力を駆使して姿を隠す野狐にとっては児戯に等しい。
 それ故に、攻めあぐねていた。攻撃が当たらない。それ以前に、どこを攻撃していいのか分からない。それに対し、敵は的確に影軍による攻撃を滑り込ませてくる。征は焦れる心を抑え、消耗していく味方の防衛戦を必死で維持していた。
(「守って見せます。今度こそ――」)
 征の、いや、ルナールを除いた7人に共通するその思いが、防衛に偏った願いが、攻めきれない足枷になっているのかも知れなかった。
 だが、いつまでも後手に回り続けるケルベロスではない。
「大地に眠る祖霊の魂、今ここに……闇を照らし、 道を示せ!」
 鈴の『狼の追跡者(ウルブス・チェイサー)』。闇夜に紛れる死神を追うべく編み出された巫術。それは光り輝く狼の群れとなり、戦場を駆け回る。都合5回目となる能力の発動。その光が、野狐の行く手を、徐々にだが映し始めていた。
「見えたぜっ! きっちり返り討ちにしてやるからな!」
 滾る闘志を胸に、ハインツが駆ける。空を斬り割くスターゲイザーが、初めて野狐の身体を真芯に捉えた。
 野狐の両脚がアスファルトを噛む。ハインツの攻撃は片手で防がれている。だが――動きは止まった。
「厄介な術だな」
 ぞっとするような低い声に、薊たち全員の心臓が早鐘のように鳴った。野狐の声だ。感情というものが読めない――だと言うのに畏怖の念をばらまくような、おぞましい音色。
 薊はかぶりを振って全身に力を込める。姿が見えている今が好機なのだ。唯一のクラッシャーである自分が止まるわけにはいかない。
「死ぬまで逃がさん。喰らい尽くせ、鈍色の牙!」
 野狐目掛けて、薊の『死を招く雨(ヴェロス・エスパーダ)』が降り注ぐ。
「仮面被った不審者みたいな面しやがって。然もか弱い女子を痛ぶるとはまかり間違っても紳士のやることじゃないなァ。ルナールちゃんにあんなことやこんなことをしやがって破廉恥な――羨まけしからんぞ!」
 喋りながらも放たれる幾重にも折り重なった武装が、驟雨のように野狐を襲い続ける。
 野狐はそれを刀でいなすが、流石に全てとはいかない。幾つかの刀身が黒衣を掠め、少なくない傷を残していく。
 野狐は後方へ大きく跳んで薊の攻撃をやり過ごすと、一瞬のうちに印を組み、影の尖兵を生み出した。
 煉たちディフェンダーは咄嗟にルナールを守る位置につく。だが、影たちの狙いはルナールではなく――鈴!
「そんな攻撃、効きませんよ!」
 リュガ、そして鈴自身の回復でダメージを相殺する構えを取る。元より覚悟していた敏斬の攻撃だ。回復も手厚い。ルナールを狙うくらいならば、幾らでも自分を狙えばいい――。そんな風にさえ思った鈴に間違いはない。
 だから、誤認があったとすれば――敵が、尋常ならざるデウスエクスであるというただ一点。
「……っ!」
 無数の影の槍が鈴を貫く。それを追って回復を重ね掛けるも――その結果に鈴は驚愕する。完璧に対策したこちらの防御を貫通して、恐ろしいほどの回復不可ダメージを与えてきた。それはこれまで以上に痛烈な一撃だった。クリティカルヒット、というだけではない。
 この結果は即ち、野狐が『本気で攻撃を始めた』ということに他ならない。
「ルナール姉様だけではない。この戦い、鈴を失うわけにもいかん! ディフェンダー、心せよ!」
 ケルンが声掛けをする通り、この戦いにおいて、鈴の狼の追跡者(ウルブス・チェイサー)は文字通り命綱となっていた。失ってしまえば、影に潜まれた敵を炙りだす手段はない。
「ううむ、このねえさ……お姉ちゃんを使う時が来たか!」
 今なお姿を消せない野狐に、ケルンが突撃する。
「はーい、ちょっとそこどいてー、からの――ドーン!」
 暗闇を自らが照らすかのようなハイテンションで、野狐を掴み、投げ捨て、斬り裂く。
 血潮が跳ぶ。野狐の右腕を深く傷付けた『リティのとりあえず掴んで投げてみる(タダノナゲワザ)』は、だが、野狐にとって再び姿を隠すための布石になった。
「今更隠れたって、鈴がすぐ見付けてくれる! そうすれば、何があってもあたしが……ううん、「あたし達」が、必ず、野狐を倒せる!」
 コルティリアは勇んで声を上げる。味方の士気は止めどなく上がる。勝機が見えたのだ。この強敵を打ち倒すビジョンが、全員の心の内に等しく描かれていた。
 だから。
 その直後に聞こえた嗚咽は、誰もが、聞き間違えだと思った。

●九尾狩り狐
 最初は煉だった。
 次は征。
 続けてハインツとチビ助。
 さらには薊までもが。
 一瞬の出来事だった。
 立て続けに多くの仲間が倒れ、戦闘不能に追い込まれた。
 その間も攻撃を休めていた訳ではない。鈴の狼の追跡者(ウルブス・チェイサー)は回数を重ねる度に精度を増し、野狐の居場所を教えてくれた。導かれたその答え目掛けて、全員の攻撃が殺到した。そしてそれらは、開戦時と比べれば飛躍的に高まった命中率でもって野狐を襲った筈だった。
 野狐は。
 防御を捨てたのだ。
 防御を捨て、攻撃に全てを掛けた野狐の一撃一撃は、ディフェンダーの防御力をも無へと帰した。
 言葉を奪われたのは、倒れた仲間たちの傷を見てだった。
 首元から身体を両断するように、大きな刃で刈り取られたような惨たらしい傷口は目を覆わんばかりだった。とても、野狐が手にしていた忍者刀が付けた傷だとは思えなかった。
 野狐は、奥伝を発動している。
 正体は不明だが、確実に、強力無比な術を行使している。
「でもそれは、野狐だって追い詰められてる証拠!」
 コルティリアは悲鳴のように叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「負けない……! 誰かが傷つくのも、血を見るのも……何もできないまま倒れたくない!」
 必死の形相で、黒猫の姿になったブラックスライムを解き放つコルティリア。『猫が指揮する黒猫円舞曲(キャットリードシャノワールワルツ)』は際限なく鳴り響いた。
 それでも野狐は止まらない。攻撃を受けながらも、影から影へ、闇から闇へ、粘着質の紙のようにゆらゆらと揺らめきながら、ケルベロスたちの周囲を、まるで次の獲物を品定めするかのようにして回っている。
「警戒してください! 次は誰が狙われるか……ッ!」
 そう言った鈴の目の前で、血液が迸った。
 鈴は、何が起きたのかも分からないまま、崩れ去った。
 鈴がやられたのだ。
「次は」
 また、野狐の声が響く。
「次は、お前だ」
 白狐の面が、闇の中を掻き分けて。
「――忌み狐!」
「うわあああああああああッ!」
 ルナールは絶叫した。
 次に狙われるかも知れない恐怖から、ではない。
 次々と倒されていく仲間たちと、いつかの悪夢が交差していた。
 ルナールは手にしていた霊刀『雪柳』を手放した。その瞬間、妖刀『花海棠』から不気味な影が立ち上る。
「もう、もう誰も、失いたくありませんの……ッ!!」
 大いなる破滅、『カタストロフィ』。
 刀が黒い茨の剣へと変貌する。増幅する漆黒の魔力は渦を巻き――暴走の予兆を示していた。
 その光景を見て、仲間たちは口々に、渾身の思いを叫ぶ。
「やめて、ルナール! 野狐を倒せても、君がいなくなったら、意味ないんだよ! 一緒にあいつを倒して、みんなで帰ろう!」
 コルティリアが。
「ルナール姉様、飲まれるな! 気を強く持って! わたしたちがついてる!」
 ケルンが。
「大丈夫だ、ルナール……オレたちは、負けやしない」
 意識の途絶えかけたハインツが。
「ルナールさん……!」
 息も絶え絶えの鈴が。
 折り重なった言葉が、ルナールの意志を繋ぎ止める。
 狙うは――目の前の宿敵。
 そのときになってようやく、敵の技の全貌が掴めた。
 影で形作られた、黒い鎌。野狐の身長を超えるほど巨大な武装。『奥伝・九尾狩り』とは、まさしく死神の得物と呼ぶべきその酷薄の凶刃でもって、敵を斬り伏せる奥義であった。
「ありがとう、みんな」
 ルナールの表情は、禍々しいオーラとは裏腹に、晴れやかだった。

 仲間がいるということ。
 自分が失敗したときは、助けてくれる誰かがいる。
 復讐に囚われず。
 怒りと憎しみに委ねることなく。
 決して譲ることのできない強い願いを持って戦うからこそ、ケルベロスは強いのだから。
 暴走などに頼らなくとも、こんなにも心強い仲間がいるのだから――!

 奇しくも同じ黒い武装を手に、両者は弾けた。
 九尾狩りの鎌が、花海棠の刃が、正面切って激突する。
 力と力の衝突に、凄まじい衝撃が戦場を駆け巡った。
 互いに消耗した今の力量差は――それでも、圧倒的に野狐の方が上。
 それでも拮抗している。単純な技の威力以上の力が、ルナールの心には宿っていたから。
 失ったものがある。
 失いたくないものがある。
 絶対に譲れないものがあるから――
「さようなら、野狐――お父様」
 ルナールの心は静かだった。
 静かに、その一歩を踏み出して。
 九尾狩りの黒鎌を、打ち砕いた。
「貴方を許すことをはできないけれど……今度は、ちゃんとした家族になりたいですわね」
 野狐の胸元に深々と刀が突き立てられた。
 影は、影に消え。
 闇は、闇に消え。
 狐牙忍軍頭領『野狐』は、その命を燃やし尽くしたのだった。

作者:真鴨子規 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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