宿縁邂逅~被虐求むる狂えるド・マゾ

作者:月見月

 薄暗い廃墟の一室。かつては豪奢であっただろう洋館の一室で、二人のデウスエクスが対峙していた。
「……はじめまして、それがし、螺旋忍軍、アダムス男爵と申すものです」
「これはこれはご丁寧に……まぁ、仕える相手には物足りないですがね」
「まま、そう言わずに。一つ、話を聞くだけでも」
 恭しく一礼するのは、紳士然とした姿の螺旋忍軍。片眼鏡の奥にある瞳を怪しく光らせながら、もう一人のデウスエクス……そっけなさげなドリームイーターを見つめる。
「我々デウスエクスは、それぞれ、味方同士というわけではありません。しかし、共通の敵は存在いたします」
「ケルベロス、だろう? 分かりきった話じゃないか」
 ドリームイーターの言葉に、アダムス男爵は静かに頷く。
「地球侵攻の邪魔者であるケルベロスを殺害、或いは捕縛する事ができれば、地球での戦いを有利に運ぶ事が出来るでしょう。しかし、ケルベロスの力は脅威です」
 ドリームイーターはそっけない態度を崩さないものの、アダムス男爵の言葉にぴくりと眉を震わせた。
「……しかし、1体1体の戦力は決して高くない。つまり、敵が1体である時に襲撃すれば、勝利は容易となるでしょう」
 手筈は既に整えさせて頂きました。そう言ってアダムス男爵はある人物の名を告げる。それを聞いたドリームイーターは先ほどとは打って変わって、食い入るように身を乗り出した。
「そ、それは……ふ、ふふふふふっ!」
「是非、ご助力を頂けたらと思います……クレール・ド・マズリエ様」
 クレール・ド・マズリエ……手錠と首輪をモザイクと化し、仕えるべき主を求める『狂えるド・マゾ』。その恍惚とした笑みを前に、アダムス男爵もひっそりとほくそ笑むのであった。
 

「ふっ、はっ、せやぁっ!」
 板張りの道場、その一角。しんとした静けさの中、気合の入った掛け声と空を切る音が響き渡る。そこでは七種・酸塊(七色ファイター・e03205)が一人鍛錬に励んでいた。
「仲間と、手合せするのも、楽しいけどっ……こうして、一人で黙々と、修行するのも、たまには良いもんだ……ぜっ!」
 拳撃が風を裂き、蹴打が床板を震わせ、汗のしずくが宙を舞う。ふわりとしたウェーブヘアをたなびかせながら、黙々と修練に励み続ける酸塊。誰に見せるともなく体を動かし続ける彼女へ……。
「素晴らしいっ! ますます強さを求め続けるとは……それでこそ、僕の主人となるべき人!」
 ぱちぱちという拍手が浴びせられる。その言葉を聞いた瞬間、酸塊は思わず構えを取っていた。顔には嫌悪感が浮かび、感情の高ぶりを示すかのように竜の翼が背より生える。彼女の眼前にはクレール・ド・マズリエが佇んでいた。
「うわっ、性懲りもなくまた来やがったな……けど、ちょうど体も温まってきたところなんだ。今度もぶっとばしてやるぜ!」
 先手必勝、躊躇うことなく酸塊は相手へと肉薄、攻撃を仕掛ける。彼女の突貫は確かにクレールの急所を捉える……が、『狂えるド・マゾ』の笑みは崩れない。痛みこそが望みであるがゆえに。
「このままご褒美を頂き続けるのも良いですが、約束もありますし……楽しみは後にとっておきましょうかねぇ! ふふ、ひひひ!」
「おまえ、何を……っぅ!」
 そうして、返す刀で放たれた鎖付の手錠が酸塊の鳩尾へと叩き込まれる。その一撃は彼女の意識を霞ませるには十分な威力を持っているのであった……。


「緊急事態です。七種・酸塊さんが、宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 開口一番、シャドウエルフのヘリオライダー・セリカは集まったケルベロスたちにそう告げる。その表情には切羽詰ったものが見受けられた。
「残念ながら、急いで安否確認を取ろうとしたのですが……連絡をつけることは出来ませんでした。おそらく、もう既に何らかの事態に巻き込まれていると思われます」
 その言葉に、集まったケルベロスがざわざわと騒ぎ出す。それは即ち仲間の危機を意味しているからだ。
「一刻の猶予もありません。酸塊さんが無事なうちに、なんとか救援に向かってください!」
 戦場となるのは大きな道場。そこで鍛錬中に酸塊はデウスエクスの襲撃を受けたようだ。幸か不幸か、一人で鍛錬していたことに加え、敵が人払いしていたのも相まって周囲に人気は一切ない。
「敵は『狂えるド・マゾ』の異名を持つクレール・ド・マズリエというドリームイーターです」
 その二つ名を示す通り、クレールは道化師風の煌びやかな衣装を纏いつつ、首や手にモザイクと化した首輪と手錠を嵌めている。被虐を求め、それを与えてくれる主人を探し彷徨っているという様々な意味で危険な相手だ。
「敵の使う能力も、相手の願望を模したものとなっているようです」
 周囲へモザイクを飛ばし冷静さを奪い、怒りを自分へと向けさせる技。手錠や首輪を使った拘束攻撃など、文字通り絡め手を多用してくるようだ。
「それに性癖が性癖ですから……身体的どころか、精神的にもタフだと思われます」
 少なくとも、大ダメージを受けたり劣勢になって怖気づくような性格ではないだろう。その点は注意が必要かもしれない。
「酸塊さんを無事に救出し、ケルベロスを襲撃しても無駄だという事を敵にわからせてあげてください」
 どうかよろしくお願いします。そう言ってセリカは話を締めくくるのであった。


参加者
ラビ・ジルベストリ(意思と存在の矛盾・e00059)
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
若命・モユル(ケルベロスいちねんせい・e02816)
七種・酸塊(七色ファイター・e03205)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
アインヘリアル・レーヴェン(虚誕捏造マゾヒズム・e07951)
赤崎・蛮(豪炎の終焉破壊者・e24005)

■リプレイ

●宿敵『狂えるド・マゾ』
「さて、と。一先ずは、これで男爵との約束も果たせたでしょうかねぇ? なら、ここから先は僕の時間という訳ですか、くふふ!」
 人気のない、板張りの道場内。呻きながら床に倒れ伏す七種・酸塊(七色ファイター・e03205)を見下ろしながら、『狂えるド・マゾ』クレール・ド・マズリエは思案顔でそうつぶやいていた。
「なに、嫌な笑い方してんだお前……気持ち悪いんだよ!」
 体力の半ば以上を奪われながらも、決して態度を変えようとしない酸塊。しかし、そんな彼女の態度も相手を喜ばせるだけである。
「うーんっ、それでこそ僕が見初めたご主人様……この後がますます楽しみになってきましたよぉ、ひひひひっ!」
「っ、一体、何を……!?」
 マズリエはその性癖ゆえに、主人に見捨てられ続けて来た過去がある。だからこそだろう、どこか逃げられぬ場所へ監禁し、そこで目的を果たそうというつもりらしい。じゃらりと鎖を揺らす姿に、不吉な予感を覚える酸塊。身動きの取れない彼女へ、モザイクに覆われた魔手が触れる……寸前。
「……『数』が武器の相手を一人一人潰してなんになる。こんな杜撰な理論に乗せられ襲ってくるお前は、まさにピエロだな」
「っ、なにぃっ!?」
 ラビ・ジルベストリ(意思と存在の矛盾・e00059)の罵倒と共に、竜の幻影が道場いっぱいに展開され、猛烈な業火を吐き出す。その凄まじい熱量に、さしものデウスエクスも堪らず後ずさった。すると今度は、間髪入れずに道場内へと踏み込んだ水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)が肉薄する。
「ピエロねぇ。着飾る男はハートに自信がない証拠だぜ? 実際、趣味悪るい服装してるし、同族にもモテた事、ないだろ?」
「ふ、ふふ……突然現れてこの言い草。しかし否定は出来ませんねっ!」
 一瞬で振るわれる左切り上げ、右薙ぎ、袈裟の三閃ととどめの刺突。勢いを載せた一撃だが、マズリエは鎖付の手錠を巧みに操り、微妙に軌道をずらすことによって被害を最小限に留めた。しかし、肝心の酸塊とは引き剥がされ、そうしてこじ開けられた空間へ若命・モユル(ケルベロスいちねんせい・e02816)が仁王立つ。
「ほら、痛いのが好きなんだろ。望み通り、力の限りぶつけてやるぜ!」
 全身に獄炎を纏わせながら注意を惹きつけるモユル。その背後では、仲間のケルベロス達が次々と酸塊に駆け寄り、彼女の傷の手当へと取り掛かっていた。
「大丈夫ですか、七種さん。安心してください、いま治します。」
「……絶対に助けるよ。痛みが真珠に変わるように、涙が罪を雪ぐように――傷も恐れも躓きも、光の雨になるように」
 傍らに膝をついた彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)がその場で緊急手術を行い半ば強引に傷を癒し、ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)が自らを雨に濡らしながら、掌に生み出した光によって痛みを共有し引き受ける。
「う、うう……すまねぇみんな、助かったぜ」
「礼には及ばん。大事が無くて何よりだ……さて」
 仲間たちの治療を受けながら、横たわって体力の回復に努める酸塊。彼女の感謝の言葉を背に受けながら、赤崎・蛮(豪炎の終焉破壊者・e24005)はドリームイーターへと向き直る。
「こいつがドリームイーターというやつか。ケルベロス襲撃とは舐めたことを考えてくれる。みすみす、思い通りにさせるものかよ」
「それはこっちのセリフでもあるかな? さっきの攻撃もまぁ悪くは無かったケド……僕とご主人様のひと時を邪魔するだなんてねぇ!」
 現状、マズリエにとって酸塊こそが特別であり、その他のケルベロスは邪魔者でしかない。このままでは彼女を奪還すべく、痛みをものともせず我武者羅に向かってくるだろう。ゆえに。
「困りましたねぇ……デウスエクスごときがドMを称するなど……クソ生意気なんですよねぇ……!」
 酸塊に意識がいかないほど、強烈な『ご褒美』を与え続ければいい。アインヘリアル・レーヴェン(虚誕捏造マゾヒズム・e07951)は治療に一区切りをつけると、長槍へと変じさせたブラックスライムで相手の首筋を切り裂いた。傷口から毒が浸み込んでゆく感覚に、マズリエは恍惚とした表情を浮かべる。
「ひ、ひひっ……良いでしょう。僕が仕えるに相応しいか、貴方たちを試してあげましょう。しかし、もし満足できなかったら」
 ご主人様は僕のモノだ。そう粘つく笑みを浮かべながら、マズリエはケルベロスとの戦闘を開始するのであった。

●被虐を求め、苦痛を与え
「そんなに痛い目にあいたいんなら、オイラが相手してやる! いっちばん強いのをくらわせてやるぜ!」
 まず真っ先に先手を動いたのは、先頭に陣取っていたモユル。振るわれた二振りの巨剣は深々と傷を刻み、常人であれば容易く絶命する一撃である、が。
「ああああんっ!? 実に、実に良いよキミぃ! 心動かされてしまいそうだよ!」
「うえぇ、なんかきもちわりぃ、ってうわ!」
 相手は喜ぶばかりである。思わず飛び退ろうとするモユルだが、マズリエの飛ばした手錠が動きを阻害し、床へと引きずり倒した。
「さぁ、逃げないで! もっと僕に痛みを与えておくれ!」
「教育に悪いうえ、ふざけた性癖だ。なに、幾ら敵が強力だろうと、殴り続けていれば滅びる」
 体勢を崩したモユルに追撃を仕掛けようとするマズリエへ、蛮が割って入る。引き絞ったチェーンソー剣による刺突が両者をつないでいた鎖を断ち切り、返す刀で駆動式の刃がマズリエの首筋を狙う。だが相手は首元の首輪でそれを受け止め、両断を免れた。
「ふぅ、今のはヒヤッとしたねぇ」
「デウスエクスでも命は惜しいってか? 遠慮するなよ、仲間にやってくれた分も熨し付けて返してやるぜ」
「それこそ僕が望むもの! 嗚呼、だからもっと嬲っておくれ!」
 自らを戒めながらも、マズリエは器用に鬼人の攻撃を凌いでゆく。それに対し鬼人は両手の刀で強引に防御を突破、顔面に蹴りを叩き込んだ隙に、傷をなぞる様に刃を走らせた。
「……言動から服装まで、本当に気持ち悪いなお前は。この言葉でも喜ぶのだろう、変態野郎め」
「援護しますです……言葉だけでなく、物理的にも痛めつけてやりますよ……もう止めてくれと言うまでね」
 どれも必殺の威力を秘めた一撃にも関わらず、マズリエは悦楽に浸るのみ。半ば本音交じりの罵倒を浴びせるラビの突撃を、同じく苛立たしげなアインヘリアルが支援する。酸塊の守りをミミックに任せつつ、エアシューズを地面と強くこすり合わせ、灼熱の蹴打を放つ。
「ふ、ふふっ、火を使ったプレイも基本だよね!」
「それ以外の言葉を知らないのか、無能。だから確固撃破などという愚策を選ぶのだ」
 身を焦がすマズリエへ、炎の背後に身を隠していたラビが襲い掛かる。卓越した技術を誇る一撃はマズリエの鳩尾へと叩き込まれ、体の端々を凍てつかせた。
「ふ、ふふ……成程、なかなかじゃないか、君たち……! 痛みも罵倒も絡め手も、期待以上だよ、ひひ!」
 マズリエはニタニタとそう評してくるが、微塵も嬉しくは無い。むしろ、毒や凍結に身を蝕まれているにも関わらず平然としている姿に、言い知れぬ圧を覚える。
「だから、もっと、もっと……お仕置きして下さぁぁいっ!」
「っ、気をつけろ、奴の狙いは後衛だ!」
 蛮の警告から一拍置き、全身から解き放たれたモザイクが、後方で治療に専念していた者たちの思考を浸食してゆく。
「さぁ、そんな後ろに居ないで、君たちも僕にお仕置きを与えておくれ!」
 これから起こるであろう事態に、期待と共に身を晒すマズリエ。攻撃を誘う相手へ、いの一番に反応したのは。
「……それじゃあ誰でも良いって言っている様なもんだぜ? それはそれで、ちょっとむかつくんだよなぁ!」
 竜の羽をはためかせ、普段よりもやや可愛らしい姿に服を修復した酸塊だった。遠方から一直線に放たれた突進に、さしものマズリエも吹き飛び、壁へと叩きつけられる。
「さっきはよくもやってくれたな! 今日こそ立ち上がれなくなるまでぶん殴ってやるから覚悟しろよ!」
「うっ、はっ、ふぅ……やはり、これだよ。見た目も可愛らしくなって、ますますご主人様らしくなったねぇ……!」
「う、嬉しそうにしてんじゃねえ!」
 びくびくと体を震わせる宿敵に、酸塊は体を隠すように腕を交差させる。怯える仲間を庇う様に、ウォーレンは一歩前に出た。
「攻撃を受けたがっているようだけど、僕は癒し手。怒りや戦いに飲まれたりしない」
 むしろ微笑んで、怒りには慈悲で応えるよ。そう言って、彼はケルベロスチェインを展開、仲間を守護する陣を形成し支援に徹する意思を見せた。そして、悠乃も痛みに対して一家言持ち合わせている。
「痛みは自身の身体状況を知るための情報、生存のために大切なものです。医療分隊で、私はその管理の必要性を学びました」
 彼女の周囲に咲き誇る、薔薇の幻影。そこから生み出された棘がマズリエの全身へと絡みつき、四肢の感覚を麻痺させてゆく。
「……痛みの扱いについて、医療分隊の私はあなたに絶対に負けませんよ」
「ふ、ふふ。その程度で萎えていたら『狂えるド・マゾ』などという通り名を頂戴していませんよ」
 体の自由と感覚を奪われながらも、マズリエが動揺することは無い。むしろその表情は、更なる苦痛への期待に満ち溢れているのであった。

●因縁、決着
「もう逃がさないよ、僕のご主人様ぁああっ!」
「執着したらしたで鬱陶しいんだよ! お前、この事を言いふらしてないだろうな!」
「安心してほしい、あの熱い日々は二人だけの秘密さぁっ!」
 目的の相手が再び立ち向かってきたことで、マズリエの士気も上がっている。躊躇なく酸塊を首輪で拘束するや、凄まじい勢いで自らの方へと引き寄せ始めた。
「『ご主人様』に手を上げるとは、仕える者としての自覚が足りないんじゃないか、従者失格め!」
 それを見たラビが、咄嗟にアタユナの踊る三連府を発動させる。生み出された三つの刃のうち、一本は鎖を絶ち、もう二本はせわしなく動くマズリエの手元へと固定、自らずたずたに引き裂かせていった。
「が、あっ! 痛い、良い、けれどこれじゃご主人様が……!」
「どうした、痛みさえ与えられればなびくのだろう。火が好きと言っていたな? 凍てつく炎で燃やし尽くす……受けるがいい」
 痛みと執着に悶えるマズリエへ、蛮は攻撃を叩き込んでゆく。呼び出された炎、それは蛮のマフラーが青く輝いた瞬間、冷たき凍炎となって相手を飲み込む。更には、悠乃の解き放った攻性植物が巨大な花弁で挟み込み、身悶えすらも許さない。
「あなたは痛みに耐えることはできるでしょう。ですが、それも度が過ぎると害悪にしかなりません」
「はっ、ふひ、ひ。何を言って……あぁ?」
 悠乃の言葉を鼻で笑うマズリエだったが、本人の意思とは関係なくガクリと膝が崩れた。幾ら身体的、精神的に頑強とはいえ、度を越えたダメージに肉体が悲鳴を上げ始めていたのだ。
「おやおや、ドMを名乗りながら何とも情けなくはありませんですか……ほら、従僕なら従僕らしく……跪け」
「ふは、は……まだ、僕が倒れるはずがないっ!」
 アイデンティを揺るがす事態に狂乱するマズリエと、嘲りと共にグラビティを解き放つアインヘリアル。鎖付きの手錠と煌めきと共に降り注ぐ雷撃が交差する……その結果は。
「絡め捕れなかった、だと……全く、どこまでもいけずなご主人様だ」
 マズリエは針の如き雷に全身を貫かれるも、アインへリアルは代わりにミミックが攻撃を受け止めていた。そのミミックもウォーレンの展開した光の盾により、負傷は軽微。
「『主人』? 君には献身も愛情も感じない。都合良く『ご褒美』をくれる『奴隷』が欲しいだけじゃないか」
「まだよく分かんないけどさ、そう言うのってお互いの気持ちが大事なんじゃねーの? 誰でも良いって奴を受け入れる相手なんて居やしないぜ!」
「ぐ……ぐぅうっ!」
 ウォーレンには在り方を否定され、モユルの投擲した炎弾によって体力も奪われている。気力体力共にもはや限界を迎えおり、これ以上戦い続ければ死は免れない。だが……そこで退かぬが故の『狂えるド・マゾ』。
「死を……死を垣間見る程のご褒美をぉおおおっ!」
 自らへ怒りを集めるモザイクの波動。確実な死よりも、このドリームイーターは自らの悦楽を優先したのだ。
「全く……救いようがねぇな。そんな状態で、もう一回こいつを防げるか?」
 飛び散るモザイクを切り捨てながら、一歩前へと踏み出すのは鬼人。初手で放った我流剣術『鬼砕き』、前回は防いだ四連撃も今の状態では避ける事すらままならない。大きく仰け反るマズリエを前に、鬼人はあえて脇へと飛び退く。
「譲るぜ、引導を渡してやんな」
「サンキュ……最後ぐらいきっちり型にはめてやるぜ」
「嗚呼、僕の……ご主人様」
 その背後から現れるは、因縁深き酸塊の姿。執念のなせる業か、条件反射とも言える速さでマズリエは首輪を放ち、酸塊を手繰り寄せる。だが、彼女もそれには逆らわず、むしろ勢いを利用して一気に距離を詰め。
「これが最後の『ご褒美』だ……地獄の底まで抱えてけっ!」
「あ、ああああああああっん!」
 全身全霊、渾身の力を込めた降魔真拳が、相手の体を貫通した。びくびくと痙攣し、体を崩壊させてゆく『狂えるド・マゾ』クレール・ド・マズリエ。
 散り際の表情は、満足したような満面の笑みであった。

「……終わった、か」
「最後に満足げだったのが気に入らないですけどね……」
 戦闘終了後、周囲を見渡しながら言葉を交わす蛮とアインヘリアル。彼らの一言を切っ掛けに、八人の緊張がふっと解れてゆく。
「何だか、いつも以上に疲れる相手だった気がするな」
「出来れば、同じような奴はもうこりごりだぜ」
 得物を収めるラビの傍らでは、モユルがどっかりと床に腰を下ろしている。戦闘力以上に濃い性癖だったのだ、無理もないだろう。
「さてと。まずは道場を直しましょうか。このままでは忍びないですし」
 一方ではウォーレンが堂内へヒールを掛けてゆく。間借りしている道場、荒れたままで返す事など出来はしない。またそれと並行して、悠乃が何がしかの痕跡がないかと調査を行っている。
「……何も残っていません、か。流石にそこまで爪は甘くありませんね」
 が、結果は芳しくないようだ。これと言って特徴的な物は見つけられなかった。
 そうして、全員が一息ついた後に、酸塊は改めて仲間たちへと頭を下げる。
「みんな、今回は本当に助かったぜ。ありがとうな」
「なに、お互い様だろ。ああでも、迷惑じゃなけりゃ軽く手合せしてくれないか?」
「お、いいぜ」
 鬼人の言葉に、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる酸塊。数刻後、静謐さを取り戻した道場に、拳撃の音が響き渡るのであった。

作者:月見月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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