宿縁邂逅~すきすきだいすきあいして

作者:絲上ゆいこ

●黄昏の屋上
 紅色に沈む街並み。街を一望できる屋上。
 街を眺める少女の髪は、黄昏のように赤い。
 いつの間にか少女の背後に、いかにも紳士と言った出で立ちのトレンチコートの男が立っていた。
「来ましたか、アダムス男爵さん」
「ご機嫌よう、鳴無様」
 振り向きもしない少女に丁寧なお辞儀をしてから、男は用件を切り出す。
「お望みでした情報のご用意はできていますよ」
「そうですか、ご苦労様です」
「互いの利益が一致しての事ですので、お気になさらず」
 ふぅんと鼻を鳴らした少女は、白いマフラーを翻して屋上の柵の上へと跳んだ。
「頼んでおいて何ですけれど、策に踊らされているみたいで不愉快ですね。……情報は情報ですからありがたく受け取っておきますけれど」
「はい。ご武運をお祈りしております」
 再び丁寧なお辞儀をする男を顧みることも無く、少女は黄昏に染まる街へとその姿を消した。
 
●すきすきすきすき
 夕暮れの街並みを歩く、真紅のマフラーを纏う青年――鳴無・央(緋色ノ契・e04015)。
 その両手には自らの経営する喫茶店の買い出し袋が大量にぶら下がり、彼の店の繁盛具合を伝え揺れている。
 見慣れた街並み。
 いつもの道。
 しかしどうにも違和感がある。
 考えてみれば、全く人影が無いのだ。
 いつも道端で寝ている猫すら居ない街並み。
「みいーつけた。……流石螺旋忍軍の情報です、本当にこの道を通るんですね」
「……!?」
 背後より響く、喜色の浮かぶ少女の声。
「こんにちは、びっくりしましたか? 驚いちゃいました? ……おや、違いますね。これは、央にぃとでも呼んで欲しそうな表情でしたか?」
「愛梨栖……っ!?」
 振り向いた央の背筋にぞっとした物が奔った。
 ここに居るはずの無い少女。
「はーい」
 甘えるように返事をした少女が刃を抜く。
 ゆらりと彼女から伸びた影が人形に揺れる。
 狼狽しながらも央が構えようとするが、少女の踏みこみの方が早い。
「愛しています、愛して下さい」
 少女の白銀の刃が奔った。
 てん、てん、てん、とオレンジが転がった。
 果物だけで無い。
 アスファルトの上には手提げ袋の中身が全てぶちまけられていた。
 そして、彼の赤い赤い血液もアスファルトの上を広がっていく。
 
●襲撃
「おー、お前たち。ちいっと困った事があってなぁ。急いで用意してくれねぇかな?」
 焦りを帯びた様子でレプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)はケルベロスたちに声を掛けた。
「鳴無・央ってケルベロスを知っているか?」
 片目を瞑ったレプスが、掌の上に黒髪の青年を映し出す。
「この鳴無クンが、どうやら宿敵であるデウスエクスの襲撃を受ける事が予知されてなぁ。さっきから連絡を取ろうとしてるんだが取れねぇんだ。そう言う訳で、現場に急いで欲しい」
 央の宿敵でもあるデウスエクスは、死神の鳴無・愛梨栖と名乗っているそうだ。
 真紅の瞳に、真紅の髪。そして央と色違いの白いマフラーを身に纏っている。
「日本刀と、人型の影を使って戦うようだな」
 レプスが二度瞬きすると、掌の上の画像が地図に切り替わる。
 央自身が経営する喫茶店近くの、少し開けた道だ。
「鳴無・愛梨栖自身が人払いをしたんだろうな。周りに人は居ない。だからこそ危ないんだが……。お前たちが駆けつけることが出来れば、央クンの状態次第では央クン自身も戦闘に参加できるだろうし、頑張ってきてくれよな」
 一通り言い終えるとレプスは地図を閉じ、瞳を開いた。
「この襲撃には螺旋忍軍が関わっているみたいでな。ケルベロスを直接狙っちまおうって魂胆らしい」
 レプスは少し肩を竦めてから、信頼に満ちた視線をケルベロスたちに向ける。
「ま、お前たちを直接狙った所で返り討ちにあうだけだ、ってデウスエクスどもに教えてやってきてくれよな」


参加者
獅子・泪生(鳴きつ・e00006)
リーア・ツヴァイベルク(紫花を追う・e01765)
大御堂・千鶴(幻想胡蝶・e02496)
アウィス・ノクテ(月恋夜謳・e03311)
鳴無・央(緋色ノ契・e04015)
アトリ・セトリ(緑影疾走・e21602)
風神・百太郎(風に吹かれて・e23379)

■リプレイ

●黄昏
 アスファルトを染める紅色。
 血に溺れる鳴無・央(緋色ノ契・e04015)の唇が笑みに釣り上がる。
「……フ、フフ……、ああ、ようやく、ようやくだ。ようやく見つけたぞ、愛梨栖! お前は、お前は瀬利を殺し、――俺の全てを奪い去った!」
 翠色の瞳の奥に、憎悪と親愛に似た色が混ざり揺れる。
 睨めつけられた少女――死神の愛梨栖は腹の底から幸せそうな笑みを浮かべて、彼の血が付いた刃を拭うように舌を這わせた。
「あはっ、あはははっ……私が央にぃの全てを奪っただなんて! そんなの、とても、……とても素敵な響きですね」
「……俺がお前を狂わせてしまった。……だからこそ俺は、俺の手でお前を殺す」
 貫かれた刃は決して軽傷では無い。しかし動けぬ程でも無い。
 口に溜まった唾と血を吐き捨てた瞬間、踏み出した体は雷光のように。
 爆ぜる紫電は鋭い音を立て、突撃の勢いで彼女の喉を狙って繰り出される突き。
 彼女が片手で構えた刃と噛み合い、肉薄する赤と翠の眸。
「私は狂ってなんかいませんよ、ずっと昔から」
 白と赤のマフラーが舞う。弾き合うように同時にバックステップを踏んだ二人。
「愛すべき妹として。――全てを奪った増悪の対象として。お前は俺の手で決着をつける」
「あは、……愛していますよ。……大体、瀬利って何ですか?」
 刃を構えたまま愛梨栖が首をきょとりと傾ぐと、赤い瞳の奥に蠢く狂気の色。
 地を後ろ足で蹴りあげた瞬間、人型の影が膨れ上がった。
「もしかして、コレの事ですか?」
「ッ! ……お前ェッ!」
 まるで抱擁を求める少女のように両腕を広げた影が伸びる。
 簒奪者の鎌の柄で間合いを取り横に飛ぶが、伸びる腕も早い。
 央がガードを上げ衝撃に耐える覚悟をした、瞬間。
 銃弾が幾つも地で弾け、視界が煙幕に包まれ奪われた。
 ヘリオンから落下しながら、リボルバー銃を構えたアトリ・セトリ(緑影疾走・e21602)は叫ぶ。
「後ろは任せてよ、さあ、この間に早く!」
 アトリの生み出した煙幕は、街路を包みこんでいる。
 落下しながら壁を蹴り、ギターを掲げた風神・百太郎(風に吹かれて・e23379)は目に焼き付けた間合いへと煙幕を割くように飛び込んだ。
「はっ! 美女に釣られてきてみたら、ずいぶんと因縁がありそうだな!」
 庇う為には一瞬の隙で十分だ。
 影と央の間に割り入り着地した百太郎は、ギターを振り落としながらその一撃を受けとめる。
「あんまり重いのは趣味じゃねえが、……やることはやるぜ、聞かせてやる! 俺の想いの結晶を!」
 百太郎は叫び、交差する影とギター。かち合う二人の上に影が落ちた。
「大体ッ! キミだけが慕ってるとおもったら大間違いだよゥ!」
 軌道を修正するために、一瞬だけ顕現した鴇色を纏う天使の翼が風を切る。
 流星のごとく振り落とされた踵が、愛梨栖へと叩き込まれた。
 あの夜、失いたくないと思った。
 守りたいと思った。
 離れたくないと思った。
 ――一緒にいると、約束したのだ。
 大御堂・千鶴(幻想胡蝶・e02496)が降り立ち、縛霊手を構える。
「アハッ、店長、死んでなくて何よりだよォ! 約束通り来ちゃったよォ!」
「良く動く口だな、大御堂。……邪魔しないなら好きにしろ。アイツを殺すのだけは譲る気は無いし、それまで死ぬつもりも無い」
 吐き捨てるように言いながら体勢を立てなおす央へと、少女の姿をした炎が纏わりついた。

●禍時
「――道を標すその『指先』で火を灯せ」
 音色を紡ぐ炎は流れる血を焼き、癒しの力を持つ浄化の炎だ。
「央さん、泪生は知ってる。カゾクのことはよくわからないけど……、愛梨栖ちゃんが何を奪って、今何を奪おうとしているか。……泪生は知ってる」
 炎が名残惜しげに彼より離れ、獅子・泪生(鳴きつ・e00006)が祈るように言う。
「だから、少しでも央さんの力になりたい。……だから、お願い。無理はしないで……」
 左胸元に手を添えて、きゅっと握りしめる掌。
 自分の帰りを待つ人が、泪生にも居る。
 それは失われてはいけないものだ、失わせてはいけないものだ。
「落花流水の情、激情だけでは全てを流してしまいますわよ? ……と、言っても無駄なのでしょうけどね」
 マリア・スノードロップ(雪雫・e27835)は縦ロールを揺らしながら地に降り立つと、魔導書に手を這わせ。
 央への小言めいた言葉を零しながらも、重ねるのは癒しの力だ。
「さて――、仕切り直し、かな?」
 リボルバー銃を掌の中でぱしりと弄んでから、アトリが首を傾げ尋ねる。
 取り囲むケルベロス達に眉根を寄せた死神は、大きく息を吐いて肩を落とした。
「……はぁ、人払いなんて意味が無かったみたいですね。ゾロゾロゾロゾロ邪魔者たちが雁首揃えて、よくもまあこんなに集めたものです」
 ケルベロスたちから愛梨栖を守るように、少女の形をした影が羽根を広げる。
 愛梨栖は頭を一度振り、両手の刃を交わすように構えながら、間合いを取るステップを踏んだ。
「何人集まろうと無駄ですけれど、私達の愛の営みを邪魔をしないで頂けますか? ……ぶっ殺しますよ」
「ありす、だっけ。央をころしちゃ、だめ。殺したらもう会えない」
 夜色の翼を広げたアウィス・ノクテ(月恋夜謳・e03311)は妖精弓を重ねながら、駆ける。
「かなしいし、さびしい。好きだから、好きなのに。ころしあうの?」
 炎を纏う一撃を影で受け止めた愛梨栖は、アウィスの言葉がいかに不思議な事を言っているのか諭すように、首を傾ぐ。
「好きだから殺すのでしょう? 手に入れる為に殺すのでしょう? そうすれば、私だけのもの。とってもとっても幸せでしょう?」
 細腕より振るわれる一撃は音を切り。執拗なまでに央を狙う剣筋を、リーア・ツヴァイベルク(紫花を追う・e01765)が構えた花々を纏った灰かぶりの杖が受け止めた。
「愛梨栖と央の間にどういう因縁があるかなんて知らないけれど。何かの縁だ、僕らはサポートを行おう」
 リーアは声をかけながらジリジリと刃と杖を競り合わせるが、それは死神の強引に振り抜かれる刃によって拮抗状態は解かれる。
 その瞬間、杖は溶けるように灰色の狐へと姿を変えてリーアの肩へと駆け上り。
 入れ替わるように生まれたオーラの獣が、爆ぜるように駆けた。
「――すべてを喰らえ、惑いの牙。……手は貸すよ、君の手で因縁を断ち切れるならば、断ち切るといい!」
「言われなくともやるさ。コイツは俺から全てを奪い、……俺の支えだった妹だからな」
 だからこそ、その全てを受け止めて。自分が殺す事で彼女の思いに応えよう。
 引き抜いたライフルは愛梨栖を捉え、魔力の光線が彼女を貫かんと炸裂する。
「あっは……!」
 楽しくて楽しくて仕方が無い様子で唇を歪ませる死神、弾き飛ばされながら笑う彼女はとても幸せそうに見えた。
「全くご機嫌だネェ! ボクも負けてらんないなァ!」
「そうですね、今日は殺し愛にぴったりの日ですから!」
 そのまま壁を蹴って水平に刃を構えた死神。光線と共に踏み込み、振りかぶった千鶴の縛霊手の一撃は刃に受け止められる。
「へえー。でも、愛を強要するのは俺の好みじゃねぇな」
 千鶴の後ろからボクスドラゴンのドララがブレスを吐き、百太郎が突っ込む。
「俺は美人が好きだ、子供が好きだ、自由が好きだ、世界が好きだ! 愛してる、でも愛されなくていい! 俺の愛はそこで完結しているからな」
 チェーンソー剣を振りかぶった百太郎との間には少女の影が割り入り、激しく火花を散らす。
「だから、お前のことも愛してるぜ! 愛されなくても結構だがな!」
 百太郎は速度を緩めずに得物を振りぬきながら、愛梨栖に笑いかけた。

●沈む空
 剣戟の音が幾度も重ねられ響く。
 ウィングキャットのキヌサヤが翼をはためかせると、癒しを纏う風が吹いた。
「余所見してたら危ないよ、ほら」
 アトリの銃より目にも留まらぬ速度で吐き出された弾丸は、死神の手首を貫く。
「桜、お願いしますわ!」
 マリアの願いに魔力を膨れ上がらせ、金縛りを叩きつけるビハインドの桜。
 一歩下がって魔導書を紐解いたマリアは瞳を細め、央を癒しながら思考を巡らせる。
 どうやら死神は回復手段を持たぬようだが、その身に傷を増やそうとも退く気は無い様子だ。
 そして、それは央としても同じ事であった。
 愛梨栖の初撃によって深く刺し貫かれた傷は、今、幾度も癒しを重ねたとしても直ぐに回復する事の無いダメージと化している。
 彼に早く休息が必要であろうことは、目に見えて明らかであった。
 今退いたとして、次回もこのようなチャンスが作れるとも限らないからこそ。死神も退く事が無いのかもしれないが。
 最悪の場合を想定をしながらも、大きく息を吐いてから、ぐっと集中を高めるマリア。
「……できる限りの事をやるしかありませんわ」
「そうだね、出来る事を出来る限り行おうか。折角繋がった縁なのだから。――さ、ファイル、行っておいで。君の働きを期待しているよ」
 リーアが頷き、掌の上より魔力を纏った銀の狐を跳ねさせた。
 なんとしてでも死神を倒したい央の気持ちは、痛い程理解できる身であるからこそ。無茶をするなとは言えない。
 しかし、彼をみすみす殺させるつもりも全く無い。
 銀色の狐を前に銀と黒の刃を構えた死神に向かって、リーアは駆ける。
「央が立っていなくちゃ意味がないからね、……その一撃は、通させない!」
 あの一撃は空間を裂く。そして、彼女の狙いは分かりきっている。央だ。
 誰が狙われているか解っていれば、対応する方法もあるものだ。
 銀色の狐と同時に体当たりのように突っ込み。鎌でガードを上げたリーアはあえて自らを斬らせて、その身で刃を受け止める。
「……っ!」
 攻撃をする瞬間の一瞬の隙を掻い潜り、アウィスの放った漆黒の巨大矢が死神を穿つ。
「ありすが央が好きだからころすのは、解らない。でも、アウィスも央を好きって気持ちは解るよ、だから、央の助けになるなら、手を貸す」
 央には彼の帰りを祈る人が沢山いる。
 そして、その人達は央が好きで、きっと彼の無事を祈っているから。
「死が央にぃのための、――救いになるとしたら?」
 死神の影が腕を伸ばした。
 けほ、と血を吐きながら死神は笑う。どれだけ傷こうとも、彼女の刃筋が衰える事は無い。
「央には仲良しが、沢山いる。……死んですくわれる事は、ない!」
 アウィスは言い切り、矢を番える。
 泪生が縛霊手を展開すると、祭壇より霊力を帯びた紙兵が吹き出すように舞い、仲間を癒し守護をする力となる。
「央さんの帰りを待つ人が、居るんだよ!」
 息を少し吸い、死神を睨めつけて泪生は叫んだ。
「だから……愛梨栖ちゃんに、央さんは奪わせない!」
 強い決意の色を宿す桃色の瞳。炎の精霊が泪生の上をぐるりと周り、彼女と同様に死神を睨めつけた。
 死神の狙いは、未だに一つだ。

●夜の帳
「そうだ。くれてやる気は無い。俺はお前の全力を受け止めて、――俺の手でお前を殺す」
 赤いマフラーに手をかけて、央は言う。回路より冷気を纏う魔力が爆ぜた。
 互いに、限界が近い事は理解出来していた。
 死神より人型の影が伸び、羽根を広げる。駆ける死神の狙いは、どこまでも一途だ。
「どう言おうと、勝手に奪って行くだけです。こんなに、好きで好きで好きで好きで好きで、欲しくて、欲しくて、堪らないのですもの! 全て、――奪い尽くします!」
「アハッ、それはちょっと困っちゃうんだよネェ。――負けないくらい、ボクも央を愛してるからさァ!」
 死神の言葉に千鶴は祈り、願う。……彼女に奪わせる訳はいかないのだ。
「約束があるから、……信じてるからネェ!」
 お願い。
「――アルラウネ!」
 力を貸して。
 千鶴の呼びかけに、芽吹きが訪れる。マンドレイクがいくつも芽吹き、歌い始めた。
 雄叫びに似た歌声は、地より巨大なマンドレイクを呼び。
 死神の腰を掴んで持ち上げた巨体は、地面に目掛けて垂直に――、
「……ボクは全力で、央、キミを守るからネェ!」
 叩きつけた。
 魔力を精霊に食い尽くされる感覚。その場に立っていられなくなり、地に膝をつく千鶴。
 マンドレイクの腕を脚でカチ上げて何とか逃れた愛梨栖は、一度転がる事で跳ね上がり体勢を整えなおす。
 しかし、その間に央の掌の中には細く透明な氷の剣が生まれていた。
 師より授けられた魔法が、世界を冷気を撒き散らす。
 同時に愛梨栖は地を蹴った。
「央にぃ、央にぃ、央にぃ! 愛しています、たとえそれが禁忌だろうと――」
「散れ氷雪、――Diamond dust!」
 白いマフラーと赤いマフラーが交差する。
 少女姿をした影が赤い花飾りを揺らし、目の前に立ち塞がった気がした。
 ――死神が振るう狂刃は、央に届く事は無い。
 央より放たれた冷気の斬撃は、影ごと死神を飲み込み、氷雪の華を咲かせる。
「……私は、愛します」
 ぱきん、と冷たい音が響いた。
 愛梨栖の肉体が砕け、その上に影が重なるように溶ける。
「さよなら愛梨栖。もう、眠ってくれ。――心配すんな、俺は、……千鶴と二人で、生きていくから」
 そのままざらりと空気に溶け消える死神に背を向け。
 倒れた千鶴の横まで歩んだ央は、彼女の手を取ろうとそのまま地へと崩れ落ちた。
「央さん!」
 泪生が叫ぶと同時に、炎の精霊サラマンデルが駆けて彼に癒しの炎を与える。
 慌ててしゃがみこんだマリアが彼の手首を取った。
「……生きていますわ。全く、無茶をするのですから」
「……央。ほんとうに、よかった」
 アウィスが胸を撫で下ろし、更に癒しを重ねる為に旋律を口にする。
 澄んだ音。高く、遠く響く歌声。
「Trans carmina mei, cor mei……Curat.」
「――しかし、どうやって情報を掴んだのかは気になるけれど。自分たちを個別狙ったって無駄だとデウスエクスたちも解ってくれたかな?」
 キヌサヤを肩に止めたアトリが呟き、リーアは頷く。
「きっとね。……何より、因縁を利用してけしかけられるのは気分も良くないしね」
 過去に失った家族の事が脳裏に過り、掌をぎゅっと握りしめるリーアは細く息を吐いた。
「……アウィスは、央の望みを、手伝えたのかな」
 はた、と歌声が止まり、アウィスが呟いた。
 泪生がアウィスの両肩に掌を載せて、ふるふると顔を左右に振る。
「わからないけれど、……でも、央さんは千鶴ちゃんと生きていくって言っていたよ」
「……ん」
 百太郎が、八重歯を剥きだして笑う。
「央のやつは復讐鬼かと思ったが、ちゃんと心配している相手がいるみたいだな。気にする必要もなかったようだぜ」
 意識を失った央と千鶴の掌は、しっかりと重ねられたまま。
 黄昏に染まっていた世界は赤みを徐々に失い、藍色に沈みだしていた。

作者:絲上ゆいこ 重傷:鳴無・央(緋色ノ契・e04015) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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