宿縁邂逅~そのオーク、将軍級

作者:山田牛悟

「はじめまして、それがし、螺旋忍軍、アダムス男爵と申すものです」
 アダムスと名乗った怪しげな紳士の影が、蝋燭のかすかな明かりにゆらめいている。
 その正面には中国風の鎧をまとったオークが腰掛けている。おそらくは名のある指揮官であろう。
 オークにしては引き締まったシルエット。長い体毛は豚というより獰猛な猪を思わせる。体のいたるところに傷跡が見えているが、なかでも顔に残る斜め十字の傷跡はひときわ目につく。
 オークはアダムスが現れたときに一瞥をくれただけで、寡黙に偃月刀の手入れを続けている。
「崩天様」
 アダムスが改めて呼びかける。
 それでも崩天と呼ばれたオークは反応しない。
「実は、あるケルベロスの情報をお持ちしたのです。おそらく興味がおありでしょう」
 アダムスは懐から1枚の写真を取り出し、示した。
「ケルベロスは我々の共通の敵ですから、殺害あるいは捕縛をしていただければと思うのですが」
 崩天は、ようやく顔を上げた。視界の端でしっかりその写真を確認していたのである。
「情報、といったな」
「ええ」
 アダムスはかすかに笑みを浮かべた。
「すでに、襲撃の手筈も整っております」

●襲撃
「強き雌よ」
 崩天が呼びかける相手は、レプリカントの少女。星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)だ。
「それ、ボクのこと?」
 空気は張り詰めている。
 ユルは崩天の動きに即座に対応できるよう、その姿を注視している。
「共に来い」
「なんでかな?」
「我が子を孕んでもらうためだ」
 この返答は予想していなかったというように、ユルは少し目を見開く。
「……それって、キミなりの愛の告白?」
 しかし、崩天は答えない。
「残念だけど、お断りするよ」
「ならば、力づくで」
 予備動作もなく崩天は踏み込んだ。
 偃月刀の横薙ぎ。巨大な質量が空気を揺らす。
 ユルは飛び退き、きわどくその斬撃をかわしていた。同時にアームドフォートを展開し、斉射。
 そのひとつが崩天に命中し、爆煙が広がる。
 しかし崩天はひるまない。力強く地面を蹴ると、爆煙を突破し、次の瞬間にはユルの目の前に迫っていた。
 崩天にまとわりつくかすかな煙がはっきりと視認できるほどの距離。ユルはシャーマンズカードを手にとるが、間に合わない。
 視界外から触手が迫っていた。
 永遠とも思われるような連続攻撃がはじまった。

●予知
「大変じゃ!」
 エッケハルト・ゾルゲ(ドワーフのヘリオライダー・en0178)が慌てふためき、ぶかぶかゆるゆるの袖をパタパタと鳴らしている。
「ケルベロス、星黎殿・ユルどのが襲撃されることが予知されたのじゃが……」
 エッケハルトは頭を抱え……、
「連絡がつかんのじゃ!」
 叫んだ。
「もう一刻の猶予もない! おぬしらで救援に向かうのじゃ!」
 エッケハルトは急いで作ったかのような手書きの地図を広げ、ひとつ深呼吸すると、説明をはじめた。
「現場はこのような廃墟になっておる」
 敵は1体のオーク。現場周辺には敵とユルの他に人影はなく、人払いの必要はない。
「それとな、オークはユルどのを殺害するつもりはないようじゃ。おぬしらと戦闘になるまでは、じゃがな」
 エッケハルトは続ける。
「戦闘能力じゃが、このオークは武器を使うようじゃな」
 薙刀のような武器だという。
「そして困ったことに、回復手段もある」
 敵は指揮官クラスと思われ、戦闘能力は相当に高い。武術に長けているとの情報もある。
 急所を正確に狙う強烈な一撃には注意が必要だ。
 また、攻撃をいなす能力、回避する能力もかなりのものだという。
「強力な相手じゃが、わしはおぬしらの勝利を信じておる。ユルどのを頼んだのじゃ」


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)
空鳴・無月(憧憬の空・e04245)
アリエット・カノン(鎧装空挺猟兵・e04501)
黒斑・物九郎(ナインライヴス・e04856)
河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)
忍足・鈴女(キャットハンター・e07200)
マティアス・エルンスト(メンシェンリアリン・e18301)

■リプレイ

●救援
「その程度ではないはずだ」
 オークは床に倒れている星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)を見下ろしている。
「立て。せめて一矢報いてみろ」
 しかしユルは反応しない。先ほどの一撃が効いているのだ。
「……よかろう」
 その声音には、失望と苛立ちの色。
「興醒めだが、それでも雌としての役割は果たしてもらう」
 崩天の触手は、ユルの腰回りをぬるりと抱き、やがて全身を包み込んだ。
 体が浮く感覚。
(「SOSは送ったけど、ちょっと間に合わないかな」)
 ここまでかと思うと、ユルの意識は遠のいていった。

 一方で、救援に向かう7人のケルベロスと1匹のウイングキャット。
 ユルの信号を受信していたのは忍足・鈴女(キャットハンター・e07200)だった。
「もうまずいでござるよ!」
 状況は切迫していた。
「絶対、助ける……!」
 そう呟く空鳴・無月(憧憬の空・e04245)は無表情なまま、壁に向かって夜天鎗アザヤを構える。
 同じことを考えているのがもうひとり。河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)である。
「真っ直ぐ向かおう」
 実里は偽りの勝利の剣を開放すると、大上段から振りぬいた。

 ユルは意識の暗闇の中で、ふたつのグラビティが壁をぶち抜くのを聞いた。
 そして続けざまに、黒斑・物九郎(ナインライヴス・e04856)の口上。
「黒斑物九郎がログインしますた! ユルおねーさんのヒロインピンチ回と聞いて!」
 その非現実的なほどの暢気さに、ユルはきっと夢だと思い、触手に包まれたまま口元をほころばせる。
 触手の外で騒ぎは続く。
「名乗り上げるのは後にしたほうがいい」
 この冷静な声はマティアス・エルンスト(メンシェンリアリン・e18301)。
 そして別の、無言で鋭く地面を蹴る音。
 衝撃。
 ユルは、オークが大きく傾ぐのを感じた。
「うお! 御神のにーさん、すげえ飛び蹴りっすね! ワープしたっす!」
「だいごろー! キャットリング!」
 これは鈴女の声。ユルにははっきりわかった。
 2度めの衝撃。ふっと触手が緩んだ。
 解放。自由落下。その落ちる感覚の中で、ユルの意識は明晰さを取り戻しつつあった。
 ユルは受け身を取ろうと、ほとんど無意識の内に体を強張らせる。
 しかし予期していた衝撃はなかった。

「……鈴女君?」
「ユル殿、ゲットでござる!」
 ユルをスライディングキャッチした鈴女は、少し驚いたようなユルの顔を覗き込んだ。
「お待たせしたでござるな」
 そう言って微笑みかけると、ユルを押しやった。
 後方でユルを受け止めるのはアリエット・カノン(鎧装空挺猟兵・e04501)だ。アリエットはユルをかばうように身を置きながら、ヒールを当てる。
「間に合ってよかった……もう大丈夫です」
 一連の攻撃でわずかに開いたオークとの間合いに割り込んだのは、無月、マティアス、そして御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)と実里。ウィングキャットのだいごろーも忘れてはならない。
 かれらは、負傷したユルを守る壁であった。


●因縁
 オークは偃月刀を構え直す。
「増援か」
「意外かな」
 ユルはオークの表情を読んだ。
 おそらくこのオークは、救援の到着を全く想定していなかったのだ。
「キミのこと、ちょっとだけ思い出したんだよ」
 ユルは続ける。
 先ほどの混濁した意識の中で、ある映像を見ていた。
 同じ巨体に、まだ生々しい十字の傷。そのオークの名は確か、
「……『崩天』。その傷は、ボクがつけたものなんだね」
 オーク・崩天は答えない。
「だから、ボクのことを強い雌だと言った」
「……」
「今のボクは昔の強さを失ってしまったけど」
「……」
「……だけど、新たに得た召喚魔術やこの窮地に来てくれた心強い仲間がいる」
 ユルはクレジットカード大のシャーマンズカードを手に取ると、その御業を自身に当てる。
「それが今のボクの強さだよ」
 御業の鎧をまとったユルは目を見開き、崩天を見据えた。
「ならば、その強さとやらを見極めてやろう」
 崩天がようやく口を開いた。
「ここで貴様が死ぬようなら、もはや惜しくもない」
 そう言い捨てると、崩天はユルに向かって突進、ケルベロス前衛の突破を試みる。
 すばやく動いたのはマティアスである。
「届かせはしない」
 マティアスは崩天に密着し、片手で偃月刀を掴み、もう一方でスパイラルアームを撃ち込んだ。
 崩天の体力からいえば、そこまで大きなダメージではない。しかし突進の体勢を崩すのには十分であった。
「……なるほど、無視できる存在ではなさそうだな」
 崩天はすばやく体勢を立てなおすと、偃月刀を振りぬいた。

 重い一撃が前衛を襲う。
 容易には間合いに踏み込ませてもらえそうにない。そんなビリビリとしたプレッシャーを感じるほどの重さがあった。
 しかし怯むわけにはいかない。
「ようやくこちらに気が付いたようだねぇ」
 実里が纏うオーラは騎士の威風。
「残念だけど、ここから先は通さないよ」
 騎士たりえるのは、守るものがある者だけだ。
「……いざ、尋常に! 勝負!」
 実里が偽りの勝利の剣を振りぬく。衝撃波が崩天に向かう。
 崩天は攻撃の直後でありながら即座に体勢を整え、偃月刀の柄でその衝撃波を弾き飛ばした。
「あの姿は伊達ではないようでござるな」
 鈴女は味方前衛に針を飛ばす。
「感度を高めさせてもらったでござるよ」
 全身の感覚を鋭敏にし、相手の動きを把握しやすくする秘術だ。これによって少しは攻撃が当たりやすくなるはずだ。
 同時に重要なのが、敵の動きを阻害することだ。
「大地よ……」
 無月が霊力を帯びた槍を大地に突き刺した。
 その霊力は地面を伝わって崩天の足下にまっすぐ至り、炸裂した。あるところは隆起し、あるいは陥没して崩天の足元をえぐる。
「こりゃいいっすね!」
 物九郎が嬉しそうに叫ぶ。
「降魔拳士の武器も、どんなモンか見せてやりますでよ!」
 かつての城ヶ島の『荷電粒子砲』。その姿、竜の頭部を模した砲が右手にあらわれる。
「やいこのイケオーク! ユルおねーさんを嫁になんざやりませんからな!」
 閃光。命中。そしてどうだといわんばかりのガッツポーズ。

●十字
 ほとんど互角の攻防が続いていた。
 鈴女が主体となって味方に様々な効果を付与しながら、ユルの波乱判官、ユルとアリエットのヒールドローンなどがそれを補った。
 なかでも崩天にとって脅威と映ったのは、鈴女である。
「まずは貴様をやらねばならぬようだ」
 崩天は触手を鞭のようにしならせると、そのすべてを鈴女に向けた。
 鈴女を放置して、万が一戦闘が長引けば状況は悪くなるしかない。崩天が危惧したのはそういうことであろう。
 鈴女は触手を避けるべく、ステップを踏む。
 しかし触手の軌道はそれ以上に変態的だった。触手が複雑にうねるのを感じ、鈴女は網にかかったかのように身動きがとれなくなる。避ける場所がないということを、嫌でも悟らされるのだ。
 ところが、実際にその攻撃を受けたのは無月であった。
 無月は躊躇なく触手の前に姿を晒した。これを受けるのが自分の役割だと言わんばかりに。
 槍を操りいくらかの攻撃を受け流し受け止めるが、すべてを防げるわけではない。
 触手に打たれるたび、無月の長い黒髪と翼が波打った。そんな衝撃を受けても、無月はその表情をかすかに歪めるだけだ。
「助ける……って、言った……から」
 誰に届くでもない、静かな叫び。
 ユルだけじゃない。ひとりだって失うわけにはいかない。
 赤い瞳はしっかりと崩天を見据えていた。

 白陽は無音で敵との間合いを詰めると、炎を帯びたエアシューズで蹴りつけた。
 さらに実里とマティアスの斬撃、物九郎の見様見真似の触手攻撃が追い打ちをかける。
 しかしそれでも、崩天は鈴女から狙いを変えなかった。
「この感じ……触手! 来るよ!」
 後方のユルが声を張り上げる。
 鈴女はうなずく。
「連続で同じ攻撃とは、舐められたものでござる」
 チャイナドレスの短い裾がひらりと舞う。
「欠伸の出る遅さでござるな」
 その大口に違わず、今度はひらりひらりとかわしていった。
 崩天はうめく。勝利を焦ったがゆえの失着。
 崩天はそっと十字の傷に触れた。この傷は、まさしくこのような油断を戒めていたのではなかったか。
 この瞬間、おそらく崩天は方針を変えたのであろう。
 崩天が鈴女を狙うことはなくなった。

●今の強さ
 前衛にはケルベロス5人とだいごろーが固まっている。偃月刀の一薙が最も効果を発揮するのもここである。
 崩天が前衛の白陽に攻撃を集中させたのは自然なことであった。

 このとき、崩天も何度かキュアを入れざるをえなかった程度には、時間が経過していた。
 攻撃の集中した白陽に蓄積したダメージはすでに大きく、次の攻撃を耐え切れるかどうかも危うい。そのことは白陽自身が強く感じていた。
「……来る」
 触手だ。
 ダメージが蓄積していても意識は明晰さを欠くことはなく、むしろ死の気配がよりクリアに視界を開いてくれる。
 ……避けられるか。避けられなければ、終わりだ。
 しかし、そのとき白陽の視界に滑り込んできたものがあった。マティアスである。
 マティアスは触手の軌道に割り込み、その連続した衝撃を一身に受け止める。
「……相手を見て喧嘩を売る事だ」
 痛みに耐えながらもマティアスは攻撃に移った。
 にわかに、中空に無数の大剣が現れる。
「……攻撃軌道、計算完了」
 瞬時にプログラムも組み上がった。大剣は崩天を正確に追尾し、崩天が防御に振るう偃月刀さえ避けながら、次々と斬撃を食らわせていく。
 ダメージが蓄積しているのは崩天とて同じこと。さらに、ケルベロス側には様々な効果が幾重にも付与されている。
「勝つのは……わたくしたちです!」
 アリエットは力強く言い切った。
 アリエットのまとう快楽エネルギーが赤色の糸状になって、崩天に流れ込む。これは崩天の精神を束縛する糸だ。
「僕たちが勝つ。ひとりも欠けずにね。行くぞ! カリバー!」
 実里だ。その手に持つ大剣がいっそう輝きを増す。
「ブチのめしてやりまさァ! ブチネコだけに!」
「お前が相手だって、負ける気は……無い」
 物九郎と無月の声。
 まず動いたのはブチネコこと物九郎。両手のガントレットを打ち鳴らしながら崩天の懐に飛び込んだ。ボコォと凄まじい音がして崩天の体が一瞬宙に浮くと、そこに実里の大剣が振り下ろされた。
 崩天としてはたまらない。物九郎と実里を振りほどき、牽制するように偃月刀を大きく打ち振る。
 しかし、そこに白陽の冷徹な声が響いた。
「死は尊くあるべきもの――いつか終わることだけは世の全てに平等だ」
 次の瞬間、後方にかばわれていたはずの白陽が、崩天の背後から致命的な一撃を加えていた。

 うつ伏せに倒れた崩天は、やっとのことで体を転がし、天を向いた。
 鎧の下の胸が息苦しそうに上下している。
「今の強さ……といったな」
 崩天の、絞り出すような声。その視界の端にユルの姿を捉えていた。
 ユルがゆっくりと口を開く。
「キミが番に求める強さとは違うかもしれないね」
「……あるいは、な」
 崩天はゆっくりと瞼を閉じた。戦いの中にありながら、穏やかな最期であった。
 ユルは、傍らに倒れていた偃月刀を持ち上げる。
 ずしりと重い偃月刀。この重さも、ひとつの強さの証。しかし……。
「指揮官として配下を従えたキミと戦っていたら、全く別の結末だったろうね」
 あるいはその誇り高さゆえに、崩天は単独での襲撃にこだわったのかもしれない。
「皆、本当にありがと」
 ユルは振り返り、顔を上げて微笑んだ。
「鈴女としては、ユル殿が無事でなによりでござる」
「サムズアップだ」
 実里が親指を立てた。

作者:山田牛悟 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 18/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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