宿縁邂逅~狂い咲く死人花

作者:そらばる

 忍びの者の邂逅は、暗がりでと、相場が決まっている。
「よく来た、山河。螺旋忍軍男爵アダムスが、新たなる使命を伝える」
 シルクハットのつばを持ち上げ、アダムス男爵は片眼鏡越しに、間近に控える同胞を見やった。
「地獄の番犬を称するケルベロスを、殺害、或いは捕縛せよ」
 標的は、ただ一人。
 数を集めてかかってくるケルベロスは、無視できない脅威。ならば、一人きりの時に襲撃すれば良いだけの話。
 標的の情報を、わざわざ言葉に乗せることはない。螺旋忍軍ならば、使命を受けた者が自ら調査するのが道理である。
「既に上位組織との調整は済んでいる、思う存分暴れてくるがいい」
 ただ静かに使命を聴いていた螺旋忍軍、山河は、虚ろな眼差しを上げ、にぃ、と不吉な笑みを浮かべた。

●花片のいざない
 太陽の投げる日差しが、うっすらと赤味を帯びてきた、昼と夕の境の頃。
 和風建築の建ち並ぶ街並みを、あてどなく散歩していた凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425)の髪に、風が運び込んだ真っ赤な花弁が絡みついた。
 詳しくない者が見れば、花びらとは気づかないかもしれない、細長く、反り返る形に湾曲した独特のフォルム。それは、悠李の大好きな花だった。
「こんな時期に……?」
 花びらを手に、悠李は風を吹き出した路地を見やり、なんの気なしに奥へと足を踏み入れた。
 暗い細道。高々と陽を遮る木製の塀が、どこまでも続く。
 思いのほか長い道程に、引き返した方がいいのでは、と迷うたびに、新たな花弁が舞い込み、悠李をいざなった。
 やがて開けた視界には、季節外れの真っ赤な花畑。
 彼岸花の群生地が、そこに広がっていた。
 あまりの見事さに、我忘れて息を呑んだ瞬間――。
「……みぃつけた」
「えっ」
 冷たい衝撃が、悠李の胸を抉った。
 急激に暗くなっていく視界に映ったのは、漂う冷気に真っ赤な首巻をたなびかせる、一人の女性。
 それは仇敵。かつて己の無力を知らしめた、張本人の一人。
 倒れ込む寸前、悠李の口許を彩ったのは、狂気的な笑みだった。

●ケルベロス襲撃を阻止せよ
「危急の事態にございます。凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425)様が、宿敵たるデウスエクス、螺旋忍軍は山河なる者の襲撃を受ける事が予知されました」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は硬い面差しで仲間の危機を告げた。ケルベロス達にどよめきが走る。
「急ぎ、ご本人への通達を行ったものの、未だ連絡がつきませぬ。
 一刻の猶予もございません。悠李様がご無事のうちに、なんとか救援に向かってください」
 悠李が襲われるのは、町外れの、彼岸花の群生地。緑豊かな一面の平地だ。周囲に人はいないので、避難誘導などを考える必要はない。
「山河は日本刀を用い、分身や自然界の要素を操り戦う事を得意といたします。螺旋氷縛波のほか、分身による一斉斬撃にて多くを薙ぎ払い、風纏う斬撃にて一人を斬り裂いて参ります」
 分身は常に出しておくわけではなく、攻撃の都度現れてはすぐに消える類のものである。また、配下を引き連れず、単独で悠李を襲うようだ。
「単身のケルベロスへの奇襲成功を許すという事は、今後、同様の襲撃事件の呼び水となりかねませぬ。悠李様を無事救出し、ケルベロスを襲撃する事がいかに不毛であるか、敵に知らしめて頂きたく存じます」


参加者
村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)
立花・恵(カゼの如く・e01060)
凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425)
アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)
フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)
参式・忍(謎武術開祖のニンジャ・e18102)
レックス・エクハルト(灰燼風の鐵竜・e21613)
レイン・プラング(解析屋・e23893)

■リプレイ

●彼の無事を、誰もが望んでいる
 山河から、標的へ。螺旋の凍気に巻き上げられて、直線状に、紅く細い花弁が舞い上がった。
「……こんなもの?」
 重たげな瞼の下の瞳を、山河はつまらなそうに細める。
 異名を、『国落としの山河』。数々の里や集落を攻め滅ぼしながら、ずっと命を懸けるに値する好敵手を求めていた。
 ……ようやく見つけたと、そう思っていたのに。
 所詮、ケルベロス一匹、この程度か。胸を抑え、地面に落ちていく凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425)を見つめる眼差しが、感情の温度を失いかけた――その時。
「――!」
 背後より伸び迫る殺気に、山河は咄嗟に反応した。視界を、禍々しく展開した黒い質量が覆い尽くす。飲み込まれるすんでで、山河は背後に退くも、片足を粘つく流動体に取られてしまう。
「季節外れの狂い咲き、それ以上はさせません!」
 攻撃の芯を外された事に眉を寄せつつも、村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)は威嚇するように吼えた。
「こっちだ、デウスエクス!!」
 ブラックスライムから引きちぎらんばかりに逃れる山河を、一際の大音声が背後から不意を討った。
 振り返りかけたその横顔を、立花・恵(カゼの如く・e01060)のスターゲイザーが完璧に捉えた。人間のそれと変わらぬ体積の肉体は、衝撃と重力を乗せて、あらぬ方向へと吹き飛ばされていく。
「ケルベロスの増援……? 早すぎる……」
 山河は地面に叩き付けられる寸前に、くるりと体を返し、彼岸花を踏みつけて着地を決めた。赤い花びらが、彼女を彩るように舞い散る。
 しかしその瞬間を待ち受けていたかのように、巨大な質量が頭上から山河を襲った。
「こっちを見なァッ!!」
 レックス・エクハルト(灰燼風の鐵竜・e21613)渾身のデストロイブレイドが振り下ろされる。山河は瞬発的に真横へ身を流さんとするも、躱しきれずに残った左腕に一撃をもらってしまう。
「――っ、不快な……」
 急ぎ退き、山河が体勢を立て直した時には、ケルベロス達の合流は完了していた。
「ドーモ、山河=サン。拙者達がお相手致そう」
 堂々前面に佇み、仮面めいた素顔のモノアイで、毅然と山河を見据える参式・忍(謎武術開祖のニンジャ・e18102)。その隣では、レイン・プラング(解析屋・e23893)が静かな怒りを秘めた眼差しで身構えている。
 膝をつく悠李を庇いだてする形で立ち塞がるのは、七人。
 概ね、多くのデウスエクスが敗れ去ってきた頭数だ。これでは、単独行動を釣り出した甲斐がない。
 しかし、山河の目的は、標的の殺害或いは捕縛。
 ケルベロス達の背後に隠されながら、うずくまる悠李に治癒の光が集中しているのがわかる。
 ……まだ、生きている。
 山河の、ほとんど熱を失いかけた眼差しの奥に、一縷の期待が熾火のように灯った。

●前哨、そして復活
「邪ァ魔」
 じっとケルベロス達の様子を見つめていた山河が、初めて、呼びかけるように声を上げた。
「……しないで欲しいんだけど?」
 ダウナー系の気だるさを漂わせつつも、力のある語気だった。
「そう言われて、退くと思う?」
 返したのは、アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)。
「仲間の命、みすみす奪わせる訳にはいかないわ。守護者としての本気を見せてあげる」
 言うが早いか、漲る殺気を叩き付けるように接敵する。手甲で受け止めた重い破鎧衝の、嫌な感触に山河は顔をしかめた。
「まぁ、そうでしょうね」
 あっさりと呟き返しながら、取って返すように刀を一振り。何気ない動作だったが、振り切った瞬間に豪風が吹き荒れ、アーティアの体が勢いよくはじき出される。
「螺旋忍軍、山河! 覚悟! イヤーッ!」
 忍の拳がやかましく畳みかける。攻撃は最大の防御。少なくともケルベロスの攻勢に対処している間は、山河の意識は悠李を向かない。
 声なく接敵したレインとレックスの稲妻突きが追随する。神経に及ぶ麻痺に、山河の表情に苦悶が浮かんだ。
「ケルベロスを直接狙うなんて、たいした奴だ。けど、思い通りにはさせねーぜ!」
 恵がクイックドロウを撃ち込みながら叫ぶ。目にも留まらぬ弾丸を、山河は辛うじて刀で弾くが、それが故に刃に小さな毀れが生じてしまう。
「……まずはこいつらをどうにかしなきゃ駄目ってことね」
 山河は刀身を一瞥し、面倒臭そうに柄を握り直した。その姿が、わずかにぶれる。
 次の瞬間、山河が『増えた』。前衛一人一人の目の前に、山河とそっくり同じ姿の分身が現れ、各々に素早い一撃を加えると、あっさりと消え果てたのだ。ケルベロス達の苦痛の声が、かしこから一斉に上がった。
 山河本人は、先程と変わらぬ場所に佇んだままだ。
「っ……これが分身を利用した広域殲滅……」
 アーティアは目を爛々と輝かせて呻いた。即興で同様の精度を出すのは難しいだろうが……系統は違えど同じ風螺旋使い、後学のためにも、敵の一挙一動から目が離せない。
 ……敵を悠李から引き離す作戦は功を奏し、悠李の治癒は邪魔だてされることなく急ピッチで進められていった。
「無理させて悪いけど……もうちょっと頑張って!」
 フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)の展開した『生命の場』が急速に悠李の生命力を賦活していく。ベルのウィッチオペレーションも手伝い、立て直しは間近だった。
 膝をついたままの悠李は、重傷を負いながらも、意識はあるようだった。だが、一切言葉を発しないのが、何か不吉なものを感じさせた。
「大丈夫ですか、悠李さん?」
「……大丈夫? ……大丈夫なわけないよね?」
 ベルの問いかけに、悠李はようやく言葉を返した。その声音を上ずらせたのは、恐怖ではない。
 昂ぶりすぎた、狂喜の感情だ。
「だって……山河が僕の目の前にいるんだからさぁ……!」
 伏せていた顔がもたげられ、極限まで見開かれた瞳と、歪んだ笑みが現れる。
 治癒を施す二人は気づいた。悠李は自ら生命力を回復している。付与された氷結も、一瞬にして吹き飛んでいた。
 回復完了の瞬間は、仲間達の見込みより早く訪れた。それと同時に、あまりに出し抜けに駆け出した悠李を、呼び止める間もなかった。
「まさか君が直々に出て来るなんてね――アハッ、嬉しいよ山河ぁ……!」
 あたかも愛おしい者を抱きしめんばかりに。
 悠李の凶刃は、分身をかき消したばかりの山河を、強襲した。

●刃の邂逅
 己に向けられた新たな殺気に、山河が発露した感情は、やはり狂喜だった。
「やっときたぁ……!」
 月光の軌跡を描いた刃を、山河は嬉々として己の刃で受け止めた。ギリギリと、相対する二刀が鍔迫り合いに震える。
「あの日も今日も――どうして僕を付け狙うのかな?」
 間近に山河の瞳を覗き込み、悠李は静かに、囁くように問いかけた。ふと凪いだかに見えた表情は、しかし、瞬く間に狂気を帯びていく。
「アハッ、アハハハッ……答えなよ山河ぁぁぁぁああ!」
 押し負けたのは山河。鋭い斬撃を受けてなお、爛々と輝く瞳には愉悦の色が濃い。次々に追撃を加えてくる他のケルベロス達の事など、意識に入れていないかのようだ。
「そんなこと、知りたいの? ……言わなきゃ、わからない?」
 くすくすと無邪気な笑い声。挑発というには意味深で、悪意にしては澄んでいる。強い陶酔に似た気配が、その表情を蕩けさせて見える。
 あたかも、女が男を選んだ、ただそれだけの事だと言わんばかりに。
 悠李の口許を彩る笑みもまた、狂気を深くする。
 精神が昂揚する。ひどく攻撃的な気分だった。
 悠李は心の赴くままに宿敵へと刃を打ち込んでいく。もちろん、仲間のケルベロス達が、これを捨て置くはずもない。
「指天殺! イヤーッ!」
 螺旋力と内臓ブースターを駆使した忍の攻撃は、随所の動作が瞬間加速する見栄えのスマートさに反し、非常にやかましい。山河は実に五月蠅そうにそれを眇める。
 ケルベロス達は主張激しく、攻撃を悠李に集中させまいと振舞ったが、山河の標的への執着のほどはそれを遥かに上回り、戦線に復帰した悠李は集中的に狙われる事となった。
 風を纏う刃が、明確な殺意と悦びを乗せて、抉るように悠李へと突き出される。
 が、すんでで割り込んだ影が、豪風の衝撃を全て受け止めた。
「これ以上、この人を傷つけさせません……!」
 レインだった。山河と対峙する眼差しは、仲間を傷つけられた事への、深い場所から湧き出るような怒りと決意を、奥底に灯して見えた。
 すかさずフォトナも治癒を飛ばす。
「私の目が開いている間は、そうそう誰かを倒れさせたりしないわよ……!」
 強い決意表明に、山河は面白くないとばかりに鼻白む。
 しかし山河が最大級に気に入らないのは、レックスだった。本意では悠李と斬り結びたいのに、瞬間的に正体不明の『怒り』が湧き上がり、気づけばそちらへ斬り込んでいる事がすでに幾度か。
「妙な術使いやがって……!」
 口汚く舌打ちする山河に、レックスはニヤリと笑み返し、これ見よがしに肩をそびやかしてやった。

●狂気の笑顔は夕陽に融けて
 あの日、全てを失った。
 友を、家族を……自分自身の心さえも。
 それでも僕は笑おう……折れない様に、潰されない様に。
 ――その笑顔が、どれだけ狂っていようとも。

 戦場となった赤い花畑には、悠李の哄笑が木霊していた。山河と斬り結ぶたびに、辺りにはか細い花弁が一斉に散り、血しぶきを思わせた。
 悠李の精神状態は、常にも増して安定を欠いて見える。攻撃性が前面に際立ち、昂揚と凪ぎを瞬間的に行き来する様は、いかにも危うい。
 ……が。
「屋敷で皆が待っているぞ」
 姉代わりのようなレックスが、優しく声を掛け、悠李の代わりに山河の攻撃を肩代わりしに進み出ていく。
「絶対に、やらせません……!」
 悠李を背に庇う形で気を張るレインの後ろ姿は、常に前にある。
「あんまり突出しすぎないでくださいね!」
 今まであまり縁のなかったベルも、常に悠李の危うさに心を砕きながら、全身に無数の魔方陣を浮かべて、皆の攻勢の起点となるべく妨害攻撃を山河に叩き込む。
「その分身の使い方は、今の私には難しいけれど……こちらはどう? ――風螺旋龍哭刃!」
 あたかも山河の技を写し取ったかのように、武器に風を纏わせるアーティア。叩き込んだ刃の轟音は、敵の注意を自らに引き付ける――そんな真意を忍ばせているのではないか。
「悠李に何の恨みがあるのかはわかんねーけど、やらせるわけにはいかねーのさ!」
 無駄に張った大声は、やはり山河の注目を逸らすためのものだろう。恵は一切無駄のない動作で高々と跳躍、超高速の連続射撃で、敵の急所を確実に貫いていく。
「言った筈よ。そう簡単に、倒れさせないって……!」
 フォトナは誰のダメージも瞬く間に治癒していく。彼女の『生命の場』に包み込まれると、自身の魂が調律されていくような心地だった。
「……前回も螺旋忍軍絡みでござったが、これもまた縁でござるか」
 忍は以前に一度共闘した奇縁に感じ入るように、悠李の傍らに呟きを残し、またしても五月蠅い掛け声を放ちながら、八極拳の絶技を撃ち込んでいく。
 仲間達の行動の全てが、悠李には見えていた。どれほど自身が、助けられているかを。……心配をかけているのかを。
 身を案じて寄越された言葉に、今更ながら、真っ当な答えが返せそうな気がした。
「……うん。大丈夫」
「――!?」
 風纏刃を柄で受け止めた悠李が呟くのを、間近に聞き取り、山河が目を見張る。
 悠李の顔から、憑き物が落ちたかのように暗い熱と狂笑が消え果て、穏やかな表情に取って代わるのを、あまりにも至近距離で見取った山河の衝撃は、いかほどか。
 気づけば、彼女はもうボロボロだ。その姿に、悠李は侘しさを覚えずにはいられなかった。
「……ねぇ山河、今回は痛み分けって事で手打ちにしない?」
 さらなる驚愕が山河の顔色を変え――瞬時にして、それは殺気へと変じる。風を帯びた刃が、押し出すようにして横に薙ぎ払われた。
「っ……悔しいけど、あまり長引かせたくもないし……いや、これはもう、ただの僕の我が儘、かな」
 風に切り刻まれた傷を、仲間達に急速に癒されながら、悠李は穏やかさを崩さない。
 一方、山河は不機嫌を隠さない。言葉の意味を十分に吟味したと思われる沈黙ののちに、低く返してくる。
「……別の形で再戦を望むのはあなたの勝手だけれど、ここで私を逃せば、ケルベロス狩りには一定の成果があったと、上は判断することでしょうね」
 普段は容赦なくデウスエクスを葬るケルベロス達が、特定の敵には温情や手抜かりを見せる――それは、デウスエクスにとって、戦力の消耗を抑える可能性を示唆する、有益な情報なのだという。
 どうしてそんな事を教えてくれるのか。そう問えば、山河は、気に入らないから、と返してくる。
「私たちの関係は『そう』じゃない……でしょ? それともまた腑抜けに成り下がるつもりなの? ねぇ――悠ゥ李ィィィィイイッ!?」
 空気がざらりと変質した。怒り、歓喜、執着――全てが混然一体となり、山河の存在感を何倍にも増した。
 探していたのは、命を懸けるに値する好敵手。元より『次』など見越した関係ではない。出会えば殺し合う。どちらかが死ぬまで。それが、ケルベロスとデウスエクスの宿命。
「そう……か。……そうだよね」
 呟き、悠李は刃を構え直す。先程までの昂揚が嘘のように、気持ちはひどく凪いでいた。
 どこかから、熱風巻き起こすレックスのアリアが聞こえる。
「終わらせる権利は団長にある」
 そんな風に、背を押してくれているようだった。
 悠李は呼吸を整え――止める。
 哄笑を上げる宿敵への距離は、一瞬で埋まる。
 美しき真紅の一閃。
 『弔い』の剣が、すれ違い様に、宿敵の命を刈り取った。
「――おやすみ、山河」
 倒れ伏した虚ろの瞳が見つめるのは、三千世界か、彼岸花の花畑か。
 自らの手で因縁に幕を下ろした悠李の顔に、もう、狂った笑顔は存在しない。
 一陣の風が深紅の花々をかき乱す。自然現象に任せれば、彼岸花の花びらは、舞い上がる事なく地に落ちていく。
「……宿敵、見つかったのは良いけれど……」
 フォトナが重く口を開き、すぐに閉口した。彼女の言わん事を察し、仲間達も複雑に黙り込む。
 宿敵が誰かの作為によって遣わされたというのなら、これを単純に吉事と喜ぶわけにもいかないだろう。
 今回の事件を企てた元凶こそを、いずれ、叩かねばなるまい。
 決意を固める仲間達から少し離れて、悠李は懐のオーブが暖かな熱を帯びるのを感じていた。
 泡沫の夢が吸い込んだそれは、きっと、山河の想いの残滓。
「出会いさえ間違えなければ……存外、仲良くなれたのかもね」
 儚い呟きは、再度の風に、融けるような夕空へと攫われていった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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