汚れを拭い、男は片眼鏡を眼窩に嵌め込む。
ミリアムハットに白い手袋。ピンと背筋を伸ばした姿は紳士そのもの。
男の後ろに炎が現れた。否、青い炎で身を包んだ忍び装束の男だ。
「よく来た、名もなき男よ。螺旋忍軍男爵アダムスが、新たなる使命を伝える」
アダムスが燃える男を振り返ることなることはない。視線は絶えず前にある。
燃える男は気にした素振りもなく次の言葉を待つ。
「地獄の番犬を称するケルベロスを、殺害或いは捕縛せよ」
「……対象は?」
「任せる」
刹那、青い炎が大きく揺らめいた。布地で覆われた口角が僅かに持ち上がる。
「既に上位組織との調整は済んでいる、思う存分暴れてくるがいい」
自宅への帰り道。
等間隔に置かれた街灯の下をミリアム・フォルテ(緋炎の拳士・e00108)は急ぐ。
ぽつり、ぽつりと降る雨はこれから強くなるはず。傘を持ってはいるが、本格的に振り出す前に家に着いておきたい。
早足のまま、小さな公園の前に出た。この公園は突っ切ることが出来ない。外縁に沿おうとして、ミリアムは気づいた。
ベンチの上に大きなうさぎのぬいぐるみ。子供が忘れて帰ったのだろう。このままではずぶ濡れになってしまう。
少し悩んたものの、面倒見のいいミリアムはせめて濡れない場所へ移動してやることにした。
公園に入り、うさぎのぬいぐるみを拾い上げたところでミリアムの眼前に炎が出現した。
「っ!」
咄嗟に身を翻したものの、肩を抉られる。
攻撃の主はすぐに見つかった。なんといっても、青く燃えているのだから。
「アンタは……!」
見覚えのある姿。表情こそ見えないが雰囲気でわかる。男はミリアムへの害意、いや、憎悪に満ちている。
「貴様のグラビティ・チェイン、貰い受ける」
青く燃える男は投じたばかりの手裏剣を手にミリアムへ襲い掛かった。
「皆さん、大変です!」
河内・山河(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0106)が、珍しく大きな声で呼びかけた。
青ざめた山河は閉じた唐傘の柄を強く握りしめている。
「ミリアム・フォルテさんが螺旋忍軍の襲撃を受けることを予知しました。急いで連絡取ろうとしたんですけど、連絡がつかへんのです」
山河の言葉にざわめくケルベロス。山河は小刻みに何度も頷く。
「猶予はありません。ミリアムさんの救援をお願いします……!」
夜の狭い公園が戦場となる。
狭いと言ってもケルベロス達が充分に動き回ることが出来る広さはあるし、遊具が邪魔になることもない。
しかし、夜といってもまだ子供も起きているような時間だ。人通りは少ないが、仕事帰りのサラリーマンや塾帰りの親子が通る可能性はある。
螺旋忍軍はケルベロスを優先するだろうが、一般人を巻き込まない保証は無い。事前に避難させることが出来ない以上、多少の対策は必要だろう。
攻撃手段は3つ。青い炎を纏った武器の投擲。分裂させた手裏剣を雨のごとく降らせるもの。そして分身の術だ。
「ミリアムさんを無事に救出して、ケルベロスを襲撃しても無駄だっていうことを敵に分からせたってください」
参加者 | |
---|---|
ミリアム・フォルテ(緋炎の拳士・e00108) |
ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706) |
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956) |
鏑城・鋼也(悪機討つべし・e00999) |
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000) |
イピナ・ウィンテール(四代目ウィンテール家当主・e03513) |
風魔・遊鬼(風鎖・e08021) |
サブリナ・ロセッティ(ブリスコラの魔女・e21766) |
●緋
劣勢ながらも懸命に駆け回り、抵抗を続けるミリアム・フォルテ(緋炎の拳士・e00108)。一挙一動の度に血が舞い、公園を赤く染めていく。
赤髪の女は苦しい状況の中にあっても諦めるどころか、余裕を捨てることすらしなかった。
「よっぽどアタシが憎かったのか、10余年も経てまあよく来たな」
一般人を巻き込まない為にも殺気を放つ。尖った耳を彩る青い涙がちり、と揺れた。
燃える男の手裏剣が青く燃え盛るのを見て、ミリアムは笑う。
「ボーボーと燃えて派手だな、年がら年中息苦しい奴」
「ぬかせ」
炎が唸りを上げて迫る。ぽつぽつ降る小雨の中にあっても炎の勢いは衰えない。ミリアムは来る痛みを堪えるべく歯を噛みしめたが、衝撃は訪れなかった。その理由に気付いたミリアムは笑みを深くする。
「間に合ったかな?」
「おかげさまで。まさか、アタシが守られる立場になるとは。……あの頃には考えられなかったわね」
身を挺して庇ったラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)に軽口をたたくミリアム。
そのすぐそばを半透明の『御業』が疾走した。『御業』が燃える男の肩を鷲掴み深々と食い込む。と、同時に技を繰り出した張本人たるサブリナ・ロセッティ(ブリスコラの魔女・e21766)が手中のカードを切った。
「大丈夫。もう1人じゃないわ。まずは後ろでしっかり傷を治して」
「手なんて貸してほしくはないのかもしれないけれど、それでも踏み込ませてもらうわ」
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)は毅然に言い切ると、魂に刻み込んだ想いを喚起させるべく高らかに歌い上げた。歌に呼応して傷が一つ、また一つと癒えていく。
ミリアムはありがと、と短く礼を言うとサブリナの言葉に応じて後方へ下がるべく跳んだ。
逃がさないとばかりに男が投げた手裏剣が空中で大量に分裂し、小雨よりも強い勢いで降り注ぐ。何枚もの手裏剣が後方の三人に襲い掛かった。
鈍い痛みが走るものの、突入してすぐの回復をユスティーナに任せた自分の判断は正しかったとサブリナは安堵する。
「さぁ、ミリアムから離れろ外道忍者が!」
ダンッと地面を蹴り、流星の煌きと重力を宿した鏑城・鋼也(悪機討つべし・e00999)の蹴りを、男は身を屈め前進することで避ける。
そこへ闇夜に溶けるような黒衣に身を包んだ風魔・遊鬼(風鎖・e08021)が稲妻を帯びた高速の突きを繰り出した。男が槍を受けた部位の炎が刹那、揺らぐ。
「邪魔をするか」
男の言葉に答えることなく遊鬼はブランコの柵を踏み台に後ろへ飛び退いた。
そこへ新たに加わる二つの影。ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)とイピナ・ウィンテール(四代目ウィンテール家当主・e03513)だ。
「こんな奴に梃子摺ってんじゃあねーぞ!」
サイコフォースを撃つと同時に駆けたジョーイはズザザザザザと土を巻き上げ、男の前に割って入る。
一般人を巻き込む可能性を危惧したケルベロスは、先に公園へ突入する者と入り口を封鎖する者とで分かれたのだ。ジョーイとイピナは後者として動いていたのだ。
既に形成されていた殺界に加え、二人が手早く公園の入り口に『立入禁止テープ』を貼ったことにより、一般人が現れる可能性は皆無と言えるだろう。テープを貼る間、面倒くせェとジョーイがぼやいていたのは些細な事。
「後顧の憂いは絶ちました。あとは、この襲撃を完全な失敗へと持ち込むだけです」
心と刃を重ね合わせたイピナの刀が電灯の光を反射し、ギラリと輝いた。
●青
七人のケルベロスが加わったことにより戦況が一気に覆る――とはいかなかった。
男は時に避け、時に手裏剣を投げて相殺し、ケルベロスから受ける被害を着実に抑えていた。その上、ケルベロスは連携に欠け、幾度もあった畳みかける機会を逃していた。
「ケルベロスのグラビティ・チェインを狙う敵……厄介な敵には違いないけど捕縛も殺害もさせないわ。行きなさい」
ケルベロス狩りを横行させぬためにも、ここで頑張らなくてはならないとサブリナは理解していた。
そのサブリナが呼び出した黄金の竜が突撃する。男は吹き飛ばされたものの、空中でくるりと体勢を整え木に叩きつけられる前に幹を蹴り、地面に着地する。
「ミリアムさん、今手当を。……手伝わせてもらいますからね」
すかさず、ユスティーナが再び歌う。十全とまではいかなくとも、傷は出来る限り癒しておきたい。
「頼むわね、ユス子」
ミリアムはユスティーナに視線を投げるも、すぐに男を睨みつける。
「アナタにワタシは視えない」
かつて喰らった魂と極限まで同化し、炎を身に纏ったミリアムはゆっくりと歩く。男と同じ色の炎だ。揺らめく陽炎が認識をずらし、男の意識の外から一撃を見舞う。
「貴様っ……!」
「過去の清算、ここで済まさせてもらう」
憎悪に燃える視線と怒りに滾る金の瞳が交錯する。間にあるのは空から落ちてくる僅かな滴のみ。
「アンタにも恨みやら憎しみはあるんだろーけど……こっちだって何人も仲間殺られてんだ。鬱憤晴らしたいのはこっちもよ!」
その言葉に応じるように遊鬼は空の霊力を帯びた槍を振るい、男の傷を抉る。男に纏わりついていた痺れが肥大したのか、手の動きにぎこちなさが現れる。
グッ、と呻く男にイピナが迫る。背中の翼を大きく広げ、イピナは言う。
「殺害する対象は指定されていないのでしょう? なら、私の首を狙ってみてはいかがですか?」
翼から放たれる光が男を照らす。途端、男の身を包む炎が僅かに勢いを増す。
イピナが翼を広げたのと同時に、刀を素早く鞘に納めたラインハルトが再度抜刀した。ザンッと音が響くのみの見えない斬撃が男の手足に刻まれる。
「Don‘t get so cocky!」
それでも男は雨で湿った地面を蹴り、自らの炎を手裏剣へと移し、投げた。誰を狙うかなど、全員が分かりきっている。
「ラインハルトさん、そっちに!」
ゆえにイピナは声を上げた。彼女と同じように『守』へ重きを置くラインハルトが、より『対象』の近くにいるから。
ラインハルトは首肯を返し、駆ける。しかしラインハルトはあえて途中で進路を変えた。何故ならば、射線の近くにいたサブリナのウィングキャット『アレッタ』がすかさず手裏剣の前に飛び出したからだ。アレッタは小さな体で一撃を受け止めみてせる。
ぽつぽつと降る雨の中を突き進んだ鋼也が高速演算で見抜いた弱点へ掌を叩きつける。
「螺旋忍軍てのはよォ、そうやって影からチマチマ弱った獲物を虐めて楽しむような小せえ組織なのか?」
己へと意識を向けさせるための言葉だが、男は鋼也をちらと一瞥しただけ。思惑通りの反応を見せない男を、鋼也の声が追う。
「オラ来いよ! ビビってんのか!? 俺はまだここにいるぞォ!!」
意に介すことなく男は執拗にミリアムを狙う。けれどその炎も刃も容易には届かない。イピナとラインハルト、アレッタが何度も立ちはだかったからだ。
男の苛立ちを感じ取ったラインハルトが不敵に笑う。
「皆を守るって決めたんだ、だから…僕を殺さない限り、他の誰かを殺せるとは思うなよ?」
時に空振り、時に相殺されるも鋼也とジョーイの一撃は格段に重い。受ける度に男は攻撃の手を止め、回復を余儀なくされる。それはケルベロスの傷を癒す機会にも繋がった。一人一人着実に癒すユスティーナに加え、アレッタも羽ばたき邪気を払う。
さらに男が自らに施した状態異常の耐性も、すぐに無駄となる。
「そうはさせないわ」
すかさずサブリナが耐性を砕くからだ。
故に流れは徐々にケルベロスへと傾いていく。それを感じ取った男は躍起になり、なおも狙いを変えようとしなかったが――。
「邪魔だ、地に伏せろ! 燃え尽きろっ!!
男の手裏剣が、ついにイピナへと向けられた。イピナが与えた『怒り』がイピナと遊鬼の絶空斬を経て、男の判断を狂わせたのだ。
しかし、それだけでは終わらない。
「っ!?」
手裏剣を放つ瞬間、男の手元が狂ったのだ。
気づいたジョーイが不敵に笑う。逆立った髪は濡れてなお天へと向いている。
「効いてきたみてぇだな? 一発デケェの行くからしっかり受け止めろよ?」
鬼神が如きオーラを身に纏ったジョーイの攻撃には隙がある。けれど、その一撃は確かに男に叩き込まれた。
あまりの衝撃に姿勢を崩した男の炎が揺らめく。
誰も油断などしていない。けれど、勝利がすぐそこにあることを誰もが確信した。
死経装を翻し、柵、ベンチ、ジャングルジムと跳びはね、宙を舞う遊鬼。そのサイコフォースの爆破が男を掠める。当たりはしなかったものの、遊鬼の瞳の色は変わらない。
ユスティーナの中で、揺らぎ始めた男の炎がミリアムと重なる。普段楽し気に笑っていることの多い彼女にも、相応の過去があり、宿縁がある。見えるところだけでは測れないことがあるとユスティーナは知っている。
それでも。
「どんな暗闇でも、心に宿した光がある限り歩もう。魂が唄う限り」
ユスティーナは喉を震わせ、高く、低く小夜曲を歌い上げる。何かと人と壁を作りがちな自分を何時も引っ張って連れ出す人の為に、心からの歌声を。
その歌を聞きながら、鋼也は鎧をオーバードライブさせる。
「俺の炎は真っ赤に燃えるぜ。テメェの青い火とどっちが熱いか比べてみるかァ!」
限界を超えた出力が超加速を生み、赤い弾丸のように青の男へと肉薄する。
「燃えろォォォォォォオオオッッ!!!」
万全の状態であれば、男は避けることができたかもしれない。しかし、仲間が重ねた縛めが男の手足から自由を奪う。
一打、二打、三打、四打と叩き込まれ、男は地面へと叩きつけられる。
「お、のれ……貴様の、貴様の炎を……!」
ごぼりと血を吐き、ふらつきながらも立ち上がろうとする男。
最初に武器を下したのはジョーイだった。僅かに迷いを見せながらも、次にユスティーナ。そして一人、また一人と武器を下していく。
「倒すんならミリの字の手できっちり終わらせろ!」
頷き、ミリアムは雨の中を走る。その勢いに反し、拳を振りかぶるその瞬間はあまりにも静かなもの。
「忘れないわ、失った者も、奪った者もね」
●消
「……終わりましたね」
遊鬼が槍を収めた。玉鋼製の武器飾りがカラリと音を立て、戦闘の終わりを告げる。
戦場だった公園と仲間を見渡し、ラインハルトは胸を撫で下ろした。誰も倒れていない。多少の怪我はあれど、すぐに癒える程度のものだ。狙われたミリアムにも大きな傷は無い。
「他は……」
「今はいねェな」
イピナと鋼也は別の敵が現れるかもしれないことを警戒し、周囲を窺う。今は気配も無いが、無事に帰るまでは気を抜く気はない。
その為にもユスティーナは、僅かな傷さえ癒しきるつもりだ。
穏やかな笑みをたたえた唇で仲間へ感謝を告げると、ミリアムは雲間からのぞく銀の月を見上げた。
「見てるかディミニ。アタシたちのやってきたことはきっと、実ってるよ」
作者:こーや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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