宿縁邂逅~絶花明姫

作者:志羽

●アダムス男爵よりの指令
 シルクハットに片眼鏡。ぱっとみて紳士と思わせる男はアダムス男爵という螺旋忍軍がひとり、デウスエクスだ。
 アダムス男爵は近くへとゆっくりと歩み寄る者の姿を見てよく来たと発する。
「螺旋忍軍男爵アダムスが、新たなる指令を伝える」
 地獄の番犬を称するケルベロスを、殺害あるいは捕縛せよ――そう、命を放った。
 その命を受けた女の赤い唇が笑みを模る。それは承ったと、そう暗に言っているのだ。
「既に上位組織との調整は済んでいる」
 思う存分暴れてくるがいいと向けられる声を女は背中で受けた。
 身を翻せば赤く長い髪が踊る。アダムス男爵の視線を受けつつ、浮かべた笑みは先ほどまでと違うものだ。
 ケルベロスを、狙うなら――狙うのならば、と。

●邂逅
「ちょっと遅れ……あー、ギリギリかなぁ……」
 家でのんびりしていたら、時がたつのは早く。出発する時間を少し過ぎていた。
 急いで家を出たものの、このままでは到着はギリギリ。もしくは遅刻の可能性もある。遅刻するわけにはいかないと絶花・頼犬(心殺し・e00301)は普段使わない道へと入った。
 近道にはなるが、少し狭いような、人通りのほとんど無い路地。
 まだ明るい時間だというのに薄暗く静か。大きな通りとは隔絶されたような、そんな場所だ。
 急ごうと歩みが早くなる。
 と、ふと何か。緊張が走ったのか、直観的なものがあったのか。
 何かはわからぬ、何かに惹かれて頼犬は後ろを振り向いた。
 とん、と小さな音だけたてて背後に、おそらく降り立ったであろうもの。
 足首にまで届くほどの長い、赤い髪。金色の瞳の、白い肌の女。
 その姿を頼犬が瞳に映し、動いて名を紡ぐよりも早く、一歩早く。
 その女は踏み込んで手にしていた日本刀を振るう。その一撃を容赦なく刻まれ、頼犬は痛みに思わず瞳伏せる。
 しかし、しっかりとその姿を再び瞳開いてとらえた。
 目の前の女と同じ金の視線が合う。女はただ、微笑んで見せた。

●救援
「急ぎでお願いしたいことがあるんだ」
 そう言って、夜浪・イチ(サキュバスのヘリオライダー・en0047)は集まったケルベロス達へと力を貸してほしいと紡いだ。紡ぐ言葉の速度はいつもより少し早い。
「ケルベロスがデウスエクスの襲撃を受ける――そういう予知が出て」
 狙われるのは、絶花・頼犬君とイチは言う。狙ってくるのは、彼の宿敵と。
 連絡を取ろうとしたのだが、とれなかった。もうすでに一刻の猶予もない状況である可能性が高いのだと。
「頼犬君が無事なうちに、救援に向かってほしい」
 イチは続けて敵について手短に伝える。
 その敵は螺旋忍軍の一人。踝ほどまである、赤く長い髪、金色の瞳の白い肌の女だ。扱う武器は日本刀。血を吸ったような刃の日本刀を手にしていると。
「襲撃の場所は、細い路地。戦うに問題はないし、人は通らない場所だから誰かが巻き込まれるっていう事はないよ」
 この路地へ入る入口は二つ。それぞれから入れば、挟み込む事も可能だ。
 丁度、同じタイミングでその場所に駆けつける事ができるだろう。
「頼犬君はいま、一人戦ってるかもしれない。けど、ケルベロスさん達が向かえば」
 活路はまだ十分ある。
 まだ間に合う、だからよろしくお願いしますとイチは救出を託した。


参加者
絶花・頼犬(心殺し・e00301)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
白神・楓(魔術狩猟者・e01132)
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)
舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)
荒耶・四季(進化する阿頼耶識・e11847)
十朱・千鳥(ローズロワ・e19159)
ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)

■リプレイ

●守る為に
 その場所を聞き向かう。
 ヘリオンから近くまで降下した後、ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)は翼広げ、上から探しつつ進んでいた。
(「螺旋忍軍達の卑劣な所業を許すわけには参りませぬ」)
 その後を追うのは十朱・千鳥(ローズロワ・e19159)だ。
 けれどいつも世話になっている相手の危機と聞いて、ただ待っているだけということはできなかった。
(「今は俺に出来る事をやるだけだから」)
 不安も心の内にある。けれど頑張ろうと、千鳥は思っていた。
 その向かう先――誰かが、しかも複数向かってくる気配がある。それを感じ、絶花・頼犬(心殺し・e00301)は宿敵――絶花明姫から視線外さぬままに声あげた。
「ここだよ!!」
 響いた声に導かれるように近づく気配。
「あの声は!」
 舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)は仲間達と視線合わせる。
(「敵のことはよく分からないが、無事でいてくれ、絶花」)
 声が聞こえたのだ。まだ終わっていない。守るために、力を尽くすだけだと沙葉は強く唇を噛む。
 大事になる前に急がねば、と荒耶・四季(進化する阿頼耶識・e11847)もまた前を見据える。
 仲間の為に走る。
 同じケルベロスとしての仲間ではあるが、今共に向かっている三人とゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)は特別親しいわけではない。
 けれど、その気持ちは察する事ができる。何より、今は救助が最優先。
 ゼルダは傍らを共にかけるテレビウムのあるふれっどへとちらりと視線を向けた。
「私は私の願いのために」
 螺旋忍軍の狙いはくじかなくちゃねとゼルダは小さく零す。
「今日もどうか力を貸してね、お婿さん」
 あるふれっどはその言葉を受け取って、力強く頷いて返した。
 そして聞こえた声との距離は縮まる。突き当りに見えてきた角を曲がった先だ。
 互いにその姿を視界に納めて、安堵が込みあがる。
 頼犬が無事であった事――仲間が駆け付けた事。
 自分の、そして明姫の背後と二手からの合流。明姫の背後から迫る者達は気配をできるだけ消しての接敵だった。
「螺旋忍軍ってのは毎度厄介な沸き方してくるな……」
 呟き落ちる。鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)は一瞬、嘗て人馬宮で戦った自らの宿敵を思い出す。
 その時は、自分が仲間達に力を借り、助けられた側だった。
「今度は、力貸す番だ」
 もうすぐ、敵も後ろから迫る自分達を認識するだろう。
 白神・楓(魔術狩猟者・e01132)がその姿を捕らえると同時に自然と走る速度は上がった。
 そのまま、頼犬を襲っている相手へと一気に距離を詰めジャンプし蹴り放つ。引き離す為の一撃を放ち、楓は頼犬へと軽く笑いかけた。
「よう頼犬、弁当を忘れているようだったから届けに来たぞ!」
「間に合ったかな? ヘリオライダーからの襲撃予知があったんだ」
 無事かと声をかけ、四季は頼犬にどうしてここに来れたのかを簡単に告げる
「ありがとう……!」
 頼犬はほっとして笑みも零れる。けれどそこにある戸惑いは完全に消えるものではない。
「姉さん、なんで」
 退いてくれと頼犬は望む。家族で殺し合うなんて間違ってる、と。
 その言葉で、頼犬を襲っている女が何者なのか――そこに居合わせたものは察する。
 絶花明姫という名の、姉だと頼犬は言う。
「ああなに、この人は頼犬のお姉さんか」
 楓は明姫へと視線向け、すっと瞳細める。
「……どうもはじめまして。管理棟こと、頼犬の今の家族のような者共です」
 管理棟に住まう者達は楓にとって家族のようなものだ。
(「管理棟の住人を狙うなんてお姉さんと言えどいい度胸しているよねぇ」)
 頼犬と目の前の明姫の関係。
 この状況にまったく動揺しない、という事はない。だが揺るがないのはただ一人
 明姫から向けられるのは血のように赤い刃の切っ先だった。

●振り下ろされる刃は
「絶花、いけるか?」
 沙葉の声に大丈夫と頷いて返す。
(「管理棟に来てから日は長くはいが、絶花には普段から世話になっている」)
 家族みたいなものと言ってくれたこともあったと沙葉は思い出す。
 家族の危機ならば、駆けつけるしかないだろう。そして、大事に至る前に間に合った。
 癒しの力を借りながら、頼犬は問われる。
 どうしたいのか、と。
 先ほども言葉にした、家族で殺しあうのはおかしいと。
 退却してほしい、それが叶わぬなら、こちらが退却する。その道を、頼犬は選んだ。
「頼犬さん、癒します」
 千鳥はオーラを溜めて、頼犬に向ける。
 頼犬の傷はすぐに倒れる、ということはなかったがそれでも深いものだった。
 一人で戦えば確実に追い詰められる程度に。
 頼犬を攻撃してきたのは、姉だという。それを知って、千鳥の気分は複雑なものだ。
(「知り合いの宿敵を前にしたのは、初めて。頼犬さんの気持ちは、尊重したい」)
 そこでふと、千鳥は思ってしまった。
(「俺が逆の立場だったら――」)
 それこそ、知り合いにこそ介入して欲しくないと思う。だからこそか、簡単に想いを言葉にすることはできなかった。でも、いつだって頼ってくださいね、と。その気持ちは千鳥が間違いなく抱いているものだ。
 千鳥は傷を癒し、頼犬を気遣いつつ一歩下がる。
 そこへ重ねて、ゼルダも癒しの力を。マインドリングから生み出した光の盾は傷を癒すと同時に守りの力を貸すのだ。そしてゼルダのあるふれっども、頼犬の傷を癒す手伝いをし、その前に立つ。
 その身に受けていた傷は、万全とは言えないが塞がり回復している。
 だがこのまま頼犬が目の前にあっては明姫から集中して攻撃向けられることは必至だ。頼犬は後方へと立ち位置変え、距離をとる。
「頼犬にはいつも世話になっているしな」
 危険因子を取り除く為にも張り切るか、と楓はオーラの弾丸を生み出す。
 それを向ける相手はただ一人、明姫に。
 弾丸が爆ぜる衝撃、それに構わず明姫は動く。
 流れるような、刀の動き。薙ぎ払う一撃は頼犬を含め前列の仲間全てへ向けたもの。
 ギヨチネはその一撃を間近に受けながら明姫へと問いかける。
「何故姉が弟を傷付けるような真似を」
 家族を尊ぶ――それはギヨチネの一族の性質だ。だから今の、この状況はどうしてなのかと問いかけた。
 だがギヨチネの問いに返る言葉はない。
「――構えろ。遠慮は無用だ」
 そこへ素早く沙葉が懐へ踏み込んだ。二人に挟まれるような格好で明姫の動きが制される。
 沙葉の体内の魔力、それは炎に変わり全身を走る。燃え盛る赤は、明姫の闘争心を刺激し、その視線を捕らえた。
 そして放たれた灼熱の一撃は、身体の中心を穿つ勢い。
「第一射……狙い撃つ……―――ホーミングアロー」
 放てばありとあらゆる創造物は消えて無くなると言われる弓矢、四季はそれに矢を番え放った。
 矢が、四季が狙う先はその手元。
 その間に、しゃらりとケルベロスチェインを千鳥は広げる。
 今は、攻撃をする時ではなく守りを固める時と。一番狙われる頼犬は今後列に下がっている。
 その分、前列の、守りに比重を置いた仲間達は削られる機会が増えるのだ。
 皆を守護するように展開された鎖が敷くのは魔法陣。守りの力が、ギヨチネと楓、それに沙葉へと齎されてゆく。
「帰りは必ず8人でって、決めてるんだよ」
 イチに無事の報告届けねーとな、と零した。だからここは引くわけにはいかないと雅貴は思う。
 狙いは頼犬、攻撃受けてもその衝撃を和らげる事ができるよう、雅貴は指輪より光の盾を生み出す。その数は恩恵を受け三つ。念には念を、だ。
 明姫の攻撃をばらけさせるためにもあるふれっどは画面より光放ちその気を引く。
 回復の手は、今は必要ない様子にゼルダは紡ぎ始める。
「聞きなさい、小さな声を、叫びを……痛みを知って」
 その声は、響きは空を翔かぬける電波にのせ、とおくとおく響かせる音色に似せて。
 聞いて、この声と。ゼルダが声向けた相手を絡めるもの。
(「頼犬くんを助けようと、彼の想いを汲もうと力を尽くす者がいる」)
 それはこの短い時間の中で十分、解る事だった。
 誰かが誰かの大切なひとのはずなのに、なお身内を狙おうとするのは袂を違えたからこそなのか。
(「誰よりもいとおしいと思うからこそ……とかあるのかしら」)
 その答を持っているのは、明姫なのだろう。
 ゼルダは仲間へ攻撃を駆ける彼女へと緑柱石の瞳を向ける。
 誰かが誰かを喪って嘆くことのないように――奪わせないためにいるのだもの、とゼルダは呟く。
 掛け替えの無い命を奪う存在には全力で抗うのだと。

●感情の在処
「第四射……用意……」
 四季の掌から雷鳴と共に現れる稲妻。それは迸り槍の形を司る。四季がそれを弓へ番えると矢の形と成った。そこへ招来する天雷。
「光より速く……―――穿て……! ブラフマーストラ!」
 言葉と共に放ったそれは雷速で飛翔し明姫を貫いた。いくら攻撃を喰らっても、退く様子がない。
 どうすればいい、と四季の表情は一層、苦悩に満ちる。どうすれば、この明姫は引くのだろうかと。
 明姫は薄く笑みを湛えて言葉向ける。
「ねぇ、どうしてケルベロスなの?」
 正義の味方をやっているなんて、と明姫は零す。まるで本当は、そうではないでしょうと言っているように。
 そんな事、明確に答えがあるわけではない。
 そう問いかけながら掌より放つ氷結の螺旋。その狙いはやはり頼犬だ。
 だが攻撃が頼犬に集中していることは戦っていれば解る。その気をほかの者へ散らすべく仕掛けもしたが、持ちうる術で耐性を付け、その影響を削いでいたのだ。
 自然と頼犬の前にいたギヨチネの身は動きその射線上に入っていた。
「まだ、倒れません……」
 その表情に笑顔はない。見目には厳つい大男のギヨチネ。その物腰や言葉遣いは紳士的で、それは今戦っていても揺るがない。
 ただ平時の穏やかさはない。しかし体力の及ぶ限り、仲間を庇って見せる。多少の無理はと、強い意志の力はその瞳にある。
「詩人の後胤よ、我が見るは、汝が母なり」
 言葉紡ぐと同時に幻想の花園が広がる。蔓延り続ける蔓植物が敵を絡め取り、咲き乱れる花々の官能的な芳香はその精神を掻き乱すものだ。
 その間に、攻撃で受けた傷を癒すべく千鳥は光を招いて仲間達の元へ向ける。
 前列の誰かが、集中して削られているというわけではない。けれどじりじりとダメージは募っている。
 千鳥の呼んだオーロラのような光は仲間を包み込む。その光は傷を癒しつつ、明姫より受けた阻害をすべてではないが払ってゆく。
「姉さん!」
 やめてくれ、と声色に想いは籠められている。だが届く様子はない。明姫の体力を削り退却の道を開くべく、頼犬も攻撃を向けた。
 氷結の螺旋の力が明姫の身を凍りつかせる。
 その攻撃に続けて。
「さあ、お姉さんには帰ってもらおうか」
 それが無理なら気絶してもらうよと楓はそれを呼んだ。
 大きな口を持った黒く醜く大きな塊。
「ほら、餌だよ。全部食って良いからね」
 何でも良く食べる。本当に、何でも良く食べるそれは明姫へと噛り付きその体力奪い糧とするもの。
「綺麗な花には何とやら、ってのはこの事かねぇ」
 明姫がどんな事情と思いを抱えているのかは、雅貴は知らない。
 けれど少なくとも、頼犬が殺したくはないと思っていることはわかる。
「なら俺は、その意思まで守れるように、尽くすだけ」
 自分の、この戦いでの在り方を確認するように雅貴は紡ぐ。
「――――オヤスミ」
 囁くような詠唱ひとつだけ。刹那、音も無く、首へ、背後へ、死角へと影より生じた鋭刃が迫る。その刃が身を掠り、明姫の視界は眩み、闇と痺れがその身を蝕んでゆく。
 父の剣術、母の魔術。微かに残る二人の面影を頼りに雅貴が織り成した技だ。
 明姫は自分が乱されていると察し、呼吸整えその身を分かつ。分身の幻影を自ら纏い、攻撃かわし傷を癒しているのだ。
 戦意は衰えない。体力もまだ残っている様子。
 だが攻撃の手数でいえばケルベロスが上回っており、互いに支える術で優位ではあった。
 月の軌跡を、描いて沙葉の持つ日本刀の切っ先が踊る。その一閃を明姫はいなしてかわした。
 ぎりぎりまで明姫を追い詰める事は、今の状況なら迎えられる。
 戦いは推しきれる、どこかで退却できる隙があると思い、明姫の様子を見て攻撃の手は変わっていく。
 手加減して、倒さぬようにと。

●零される毒
「いい加減、退いてくれると嬉しいんだけどね」
「退かないわ」
 楓が攻撃を叩き込む。けれどそれは手加減をして、倒さぬようにしての攻撃だ。
 人であるのなら、手加減して、慈悲をもって向ける攻撃で戦闘不能となる。
 だが相手はデウスエクス。精神が肉体を凌駕したのと同様の、そんな状態が続いているのだ。
 明姫の体力はもうないに等しい。だがその状態まで追い込まれても、撤退するという様子は見られない。退却しようにも追ってきて、逃げられそうにない。
 このまま、戦い続ければ――その先にある未来は。
(「皆、倒れてしまう」)
 危ないところを助けにきてくれた仲間達。明姫が撤退してくれれば、と頼犬の気持ちも汲んで戦ってくれている。
 心の内に迷いはある。簡単に感情に区切りをつけられるような、そんな感情、そんな想いではない事は確かだ。
 けれどこのまま決定打を繰り出さぬまま、戦い続ければ最悪を迎えることになる。全員、倒れるという結果だ。
 傷は確かに、千鳥とゼルダの二人中心に癒すことはできるが、その身を削っていくダメージが募っているのもまた事実なのだ。
 前に立ち自分を幾度も庇ったギヨチネの身は満身創痍と言っていい。沙葉もまた、一時集中して攻撃を受けており、決して軽傷ではない。
 何度も癒しの力を送ってくれた千鳥、ゼルダ。
 雅貴は敵の動きを落とすべく、四季もまた確実に攻撃あててゆくため。楓は、こちらが優位と思わせるべくダメージを重ねていくように。
 彼らを守りたい想いがある。頼犬は、その力を解き放とうとした。
 暗く、おぞましいものの片鱗が漏れ出た時――一声響く。
「私の目が届く範囲でソレは許さんぞ」
 静かに、けれどしっかりと響いた声。
 明姫の攻撃を受けながらも肩越しに向けた楓の緑の瞳が、ただ頼犬の金の瞳射抜く。
 頼犬は己を取り戻し、明姫へと何か覚悟したような、そんな視線を向けた。
「――三刀奥義・重雪」
 振り払う。斬撃が、衝撃波が、明姫を襲った。その一撃は、その命を終わらせる一撃。
 一閃。斬撃を喰らうと共に明姫の身は崩れ落ちる。
 それを目にして、頼犬は倒れた明姫のもとに走り寄った。
「……姉さん……」
 弱弱しく落ちる声。
 明姫は倒されたというのに笑みを浮かべる。そして傍にきた頼犬だけに聞こえる声で何事かを囁いた。
 明姫が零した言葉は、頼犬には毒たりえるもの。最後に浮かべた笑みは妖艶なものだった。

作者:志羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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