宿縁邂逅~君を呼ぶ声

作者:森高兼

 シルクハットや片眼鏡をかけた紳士風のデウスエクス『アダムス男爵』は、小さなビル屋上で命令を伝える相手を待っていた。
 高いビルではないため眼下の公園を見下ろせば、母親と手をつないで家に帰る子供たちの姿が目に映るだろうか。
 黒衣を纏った女性がビル屋上に現れ、その眼に狂気を滲ませながらも公園を見ることなく、アダムス男爵に声をかける。
「お待たせしました」
「よく来た、ラリマー・ウィンディア。螺旋忍軍男爵アダムスが新たなる使命を伝える。地獄の番犬を称するケルベロスを捕縛、あるいは殺害せよ」
 螺旋忍軍のデウスエクス『ラリマー・ウィンディア』は……ゆっくりと首を傾けた。
「捕縛でも構わないのですか?」
「すでに上位組織との調整は済んでいる。生死は問わず、思うようにするがいい」
 襲撃対象の調査はラリマー本人が行うため、アダムス男爵がビル屋上から音もなく去っていく。
 それから、やはり静かに首を戻すラリマー。今度は口元を微かに歪め、不気味な笑みを浮かべた。
「今、行くわ」
 異常な程に子供を求める性質のラリマーだが、最早手の届くはずの子供たちには興味を示さない。現在の彼女が狂気に満ちた眼に捉えたいのは、襲撃対象に決めたケルベロスただ一人なのだった。

 シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)は閑静な住宅街で一人迷っていた。彼女に方向音痴のきらいがあるとはいえ、周囲に人気が無くなってきたのは明らかにおかしい。やがて遊具が少なく普段から利用者も限られていそうな公園に迷い込んだ。
 公園中央でセンチメンタルな気分にさせられる夕焼けを目にして、ふと朧げな記憶が甦ってくる。
(「ここ、似てるかな?」)
 一部が似ているだけだが、それは少女のシルが物心ついたばかりの頃に行方不明となってしまった彼女の母親と、一緒に来た覚えがある公園の事。思い出の中の母親は帰り際、いつも手を差し出してくれた。
「私の可愛いシル」
 シルの大切な思い出と重ね合わせるかのようなタイミングにて、不意に後方の公園入口から声をかけてきたのはラリマー・ウィンディア。
「……っ!?」
 口をつぐんだシルが、ラリマーと距離を取る。母を思い出さずにはいられない宿敵との邂逅に戸惑い、咄嗟に声を発することはできなかったのだ。
 『ウィンディア』の姓と容姿から、ラリマーは母親かもしれないとシルに思われている。だが彼女に異様な執着心を持ち合わせていながら、母親かどうかの問いはあくまで否定してきた。
 確かな事といえば、両者の間に因縁が結ばれているという事実だろう。
 ラリマーが動揺を隠せないシルに虚ろな目で告げてくる。
「迎えに来たわ」
「わたしには、帰りを待ってる……みんながいるんだよっ!」
 詰め寄ろうとしてきたラリマーから離れるために、シルは再び一歩引いた。
 しかし、ラリマーも連れ去るためにシルの意識を奪うことは辞さないつもりのようだ。
「さぁ、私と行きましょう?」
 捉えたシルの足元から伸びる頭の影を左手に持った杖で打ち、ラリマーは不敵な笑みと共に術を発動させてきた。

 駆けつけたケルベロス達へと、サーシャ・ライロット(サキュバスのヘリオライダー・en0141)が簡潔に話してくる。
「ケルベロスのシル・ウィンディアが宿敵たるデウスエクスに襲撃される事を予知した。そして、いまだシルと連絡を取ることができていない」
 デウスエクスが直接ケルベロスを狙ってくると聞けば、それはただならぬ案件だと皆も理解できるだろう。
 どうやら、事態は……深刻のようだ。
「急ぎシルの救援に向かってほしい」
 襲撃場所の公園は広くはないが、遊具は端にあって戦いの邪魔にならないのは助かる。公園にはシルとラリマーしかおらず、ケルベロス全員で螺旋忍軍『ラリマー・ウィンディア』と戦うことになるのだ。
「ラリマーに手足や左手に持っている杖で影を打たれると、体の自由を奪う術をかけられてしまうぞ。袖口からは魔力の宿った木の葉が飛ばされてくるが、高めた力を破られないように注意してほしい」
 グラビティは二つしか説明されなかった。ヒールも使ってくるのだろう。
「ヒールの際は、ぼやけて見える少女の幻影を呼び出してくる。特定の幻影が出てくるわけではないようだな。その幻影の加護がある限り、ラリマーの呪的耐性は高いままとなるぞ」
 さらにメディックとして応戦され、呪力対策は侮れない強敵となっているらしい。
 最後に、サーシャがそれぞれのケルベロスと顔を見合わせてくる。
「シルの心情は、恐らく私たちが思う以上に複雑だろう。だが君たちの言葉や行動が……シルの力になるはずだということを、忘れないでほしい」
 ケルベロス達はサーシャの激励をしかと胸に刻み込むのだった。


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
リノ・ツァイディン(旅の魔法蹴士・e00833)
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)
アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)
リディア・リズリーン(希望を謡う明星・e11588)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)

■リプレイ

●黄昏に叫ぶ
 『ラリマー・ウィンディア』の縛影がシル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)に直撃した。状況次第では一撃のもとに、彼女の意識は奪われていただろう。
「大丈夫か、シル!?」
 駆けつけたクリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)達はシルに接近を許さぬ半円の隊列を組んだ。
 運命はかくも残酷なもの。望む瞬間に交差してくれるとは限らない。
 シルが仲間たちの後方から声を張る。
「な、なんで、いきなり襲うなんて……お母さんだとしたら、なんでこんなことするのっ!」
「お母さんだとしても、シルは渡せないわ。絶対によ」
 4姉妹で両親との思い出が最も深いセレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)は、シルの側に幾重も木の葉を舞わせた。
「母親ではないと言ったはずよ」
 あくまで否定してくるラリマーだが、認識の仕方は個々の問題か。
 本当の愛を知るため戦うリディア・リズリーン(希望を謡う明星・e11588)にとって、命懸けで庇うのにシルと面識が無いことは小事だ。
「全力全開を飛び越えろ……これが私の、無限大ッ!」
 漲る思いと感情の奔流より生じる無限の力を蒼き炎に変えて左拳に纏い、ラリマーに一撃ぶち込んで啖呵を切る。
「シルさんは奪わせない。皆の所へ帰りたがっているんだから! 私たちが絶対護ってみせる。ナノちゃん!」
 ナノナノの『ナノ』は元気に鳴いてシルをバリアで包んだ。
 セレスティンと同じ中衛から、ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)がラリマーとの距離を詰める。
「私はダモクレスとして製造されたから、お母さんだかなんだかは知らないけどね。絆がどんなものかは解るわ! 多くの団員や仲間もシルさんの帰りを待っているの!」
 高速演算で複数の弱点を見抜いて黒衣ごと貫き、ボクスドラゴン『ばるどぅーる』にはシルに属性を注入させた。
 セレスティンがある愛称についてラリマーに尋ねてみる。
「……セレスと聞いて何か思い出さない?」
「セレス? それは誰の名前かしら」
 姉妹と違って暗く淀んだ青眼のラリマーは、凍るような冷たい視線を送ってきた。
 ラリマーの回答でセレスティンに憂いが帯びるも、母親代わりの愛情が歪んだ偏愛などに負けられない。
「お母さんではないのなら、尚更こんなこと許せないわ」
 リノ・ツァイディン(旅の魔法蹴士・e00833)はラリマーに質問しておきたいことが一つあった。
「シルを連れ帰ってどうするのかな?」
「それはシルだけのお楽しみよ」
 一切を語る気はラリマーに無いようだ。
「たとえ、シルの母親であろうとなかろうと。シルの帰りを待ってる人たちのためにも、みすみす連れて行かせるわけにはいかないんだよッ」
 姉すら母と見紛わせたラリマーに驚きながらも嬉しく思い、襲われたことは悲しくて……シルはとても困惑している。
 シルに信頼以上の好意を抱くクリムには、彼女の胸の苦しみが理解できた。杖から迸らせた雷より轟きそうな大声を公園周辺に響かせる。
「貴女は私達の仲間を、シルを傷つけました。そこにどのような理由があろうと、その事実だけで十分です。子供を傷つけるような親に、貴女にシルは渡せません!」
 前線で戦うクリムに過去の記憶は無い。現在は記憶を失う前後に巡り合っていた姉妹の世話になっている。シル以外は目上のウィンディア家の者に敬語となる温厚な性格だ。その彼らしからぬ感情的な態度で、ラリマーに敬語が使われた。
 熱い言葉が重ねられ、心が落ち着いていくことを実感するシル。複雑に考えなくたっていいのだろう。
「大好きなおねーちゃんや沢山のお友達、なにより、かけがえない大事な子がいるから。もし、その人達に手を出すのなら」
 『魔人』となって戦闘態勢を整えた。
「わたしは許さないよ。誰が相手でも……たとえお母さんだとしてもっ!」
「どのような経緯があるかは知らぬが」
 ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)もまた、幼い頃に母親を失っている。それゆえに姉妹の心中は察するに余りあった。その二人に心構えができた以上、尽力を惜しまない。
「彼女の友人達に、無事に連れ帰ると約束している。退くのならば良し、そうでなければ覚悟してもらおう」
 己以外の想いまで乗せるように、苛烈な一撃でラリマーの注意を引きつけた。
 後衛はシル以外が援護中心のアストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)やリノのボクスドラゴン『オロシ』を含む六名となっている。
「ボクは空気を読む子だから、事情は詳しくは聞かないよ……本当は聞きたいけれど」
 ラリマーに正直な告白をしたのは、改造スマホでシルのために感動エピソードの投稿を済ませたアストラだった。
「でもシルさんはお持ち帰りなんかさせないよ。退かないようなら、みんなに倒してもらうしかないかな」
 そんな人任せ発言を聞き、シルから余分な肩の力が抜けていく。
「……アストラさんらしいねっ」
 アストラのぶれなさが妙な安心感を与えたのかもしれない。庇い手のミミック『ボックスナイト』との愉快なやりとりを見せれば、心も癒せるだろうか?
 それは全員で帰路について初めて確かめられる事。
 リノが二匹の小動物をファミリアロッドに変身させる。
「ネギ、シソ、戦闘モードON……みんなに力を!」
 光の雨で後衛陣の集中力を高めた。

●少女の守護者たち
 ラリマーは袖口から木の葉を散布させてきた。
「後ろに隠れていないで、こっちにいらっしゃい」
 後衛を襲う広域攻撃でシルのバリアと呪紋、リノの光が朽ち果ててしまう。
 精霊の氷雪を見舞ってから、シルがラリマーの誘いを拒絶する。
「絶対に帰るって約束している人がいるんだ。だからそっちには行かないよっ」
「みんながいる限り思い通りにはさせないよ」
 アストラはヴァルカンの飛び蹴りが炸裂後に、コメントを超スピード送信して画面に弾幕を張った。なんやかんやで助言になって後衛陣のグラビティ命中率を上げていく。
 エクトプラズムでラリマーに催眠をかけるボックスナイト。彼女が惑わされる時、誰しもがシルに見えてヒールしたりするのか。
 ラリマーは敵と肝に銘じたセレスティンだったが、他人の空似だとしても完璧に割り切ることは難しい。
(「お母さんの肉じゃが美味しかったなぁ……」)
 揺れかけた心を再び振り払うように身を翻した。
「お誘いが来ているようよ」
 冥府から生じる鳥の羽を打ち出し、ラリマーにヒールの効き目が悪くなる呪縛をかける。
 ラリマーはショートヘアの少女の幻影を呼び出して傍に寄り添わせた。
「この子がシルではないのが残念ね」
 傷の治療が少し阻害されたとはいえ、黒衣の修復と同時に機動力を取り戻してくる。やはり持久戦を強いられそうだ。
 それは承知の上で、リディアが折れぬ盾になろうとペインキラーを発動し、紅い瞳を輝かせて自身を鼓舞する。
(「これで痛みはいくらでも誤魔化せるよ!」)
 ヴァルカンは攻撃を誘うため、重厚無比な一撃を今一度ラリマーに繰り出した。
 攻撃のチャンスとあれば、リノも逃すつもりはない。
「誰かの幻影のキミには悪いけど、消えてもらうね。オロシ、いくよ」
 電光石火の蹴りによる衝撃でラリマーから少女の幻影を掻き消す。
 パステルオレンジ色の綿菓子のようなオロシはブレスを吐き、ラリマーのヴァルカンに対する苛立ちを増幅させた。
 ラリマーに至近距離から雷を撃ったクリムが、後列の姉妹を気遣う。
「シル、セレスティンさん。無理だけはしないでください」
「それはお互い様よ?」
「クリムさんも気をつけてねっ」
 牽制にラリマーへと激しく銃撃したセレスティンと守りたいシルに応じ、強く頷いて微笑んだ。一瞬だったものの、二人にならば伝わっているだろう。
 前衛突破を試みてきたラリマーの視界内に、ヴァルカンはあえて踏み込んだ。
「仕かけて来ぬのか?」
「……鬱陶しいわ」
 忌々しげに眉根を寄せるラリマー。ヴァルカンの腕の影を踏んで術をかけてくる。
 ジェミが自信に満ちた赤眼とバスターライフルの銃口をラリマーに向けた。
「シルさんがいなくなったら、うちの団長が泣いちゃうからね!」
 団長のことを思いながら、エネルギー光弾を射出して杖の先端を破損させる。
「無事に連れ帰るって約束してるから。貴女には絶対負けられないわ!」
 呪力耐性を備えさせるのに際してばるどぅーるは、ヴァルカンにかかっていた術を打ち消した。
 ヴァルカンがラリマーに改めて話しておく。
「ジェミ殿が言ったようにシル殿の友人達には、無事に連れ帰ると約束しているのでな」
 再度の猛攻により、ラリマーの状態は完全から程遠い。続け様に彼女へと忠告する。
「先刻……俺も言ったはずだ」
 内なる地獄を解き放ち、紅き鱗のドラゴニアンは巨大な炎の龍へと変貌した。業火の牙でラリマーに喰らいつき飛翔する。万物一切を焼き尽くさんとする追撃に、猛る紅蓮の龍は燃え盛った。

●ケルベロスの団結力
 クリムに槍で刺突され、ラリマーが幻影を呼び出してくる。シルではなさそうな長髪少女の幻が彼女の精神を鎮め、回避力をほぼ元通りに近づけてきた。
「……これからが勝負よ?」
「まったく、しぶといじゃないの」
 飛び蹴りでは見切られてしまうため、ジェミがラリマーに肉迫して弱点を突いた。ふと全体を見回し、息を合わせた者たちがいることに気づく。
(「シルさん達が何か狙ってるみたいね」)
 どうやら、先の攻撃は絶好のアシストになったようだ。
 母を感じたくなって、翠翼の花守りにそっと触れるシル。
「これは使ったことないから見るのは初めてだよね……行くよっ!」
 声を上げて勢いよく両手を突き出した。
「火よ、水よ、風よ、大地よ……混じりて力となり、目の前の障害を撃ち砕けっ!」
 一点に四属性のエネルギーを収束させてラリマーを砲撃し、追加術式を作動させる。背中に魔力で二対の翼を模り、新たな一発を撃ち出した。
「私も続く、一気に攻めましょう!」
 クリムが掌に魔力を集中させる。
「貫くは己の信念、穿つは悪しき妄念……」
 魔力の槍を形成中、掌は焼かれ続けるが。姉妹には辛い戦いを早く終わらせるためならば苦にならない。
「突き抜けろ、ルーン・オブ・ケルトハル!」
 巨大な槍を作り出すと、投擲してラリマーの体を貫いて魔力を爆裂させる。
 二人の頑張りを見届けたセレスティンは、たおやかな微笑みを浮かべた。
「シルとクリムさんの前で情けないところは見せられないわ」
 バスターライフルを優雅に構えたかと思いきや、巧みな射撃によって強烈な光線をラリマーに撃っていく。
 ケルベロス達の攻撃は続き、ラリマーが前衛にリーフブレイカーを放ってきた。後衛では威力が減衰することに業を煮やしたらしい。木の葉がヴァルカンの呪力耐性を無効化してくる。
「本当に貴方たちは邪魔ね」
「彼女を連れて行かせる訳にはいかぬ!」
「護ることができている証拠よ!」
 前衛の回復を図ろうと、リディアは『ブラッドスター』を演奏した。
「ナノナノ!」
 前の攻撃でラリマーに尻尾を躱されていたナノだが、見切られることはないハート光線を見事に浴びせる。
 ヴァルカンは飛び上がってエアシューズに流星の煌めきと重力を宿し、ラリマーを蹴り飛ばして動きを鈍らせた。強敵はどれだけ弱らせても損になることはない。
 前衛陣宛てのコメントを大量に、アストラが送信しまくっていく。
「諦めてもらうまでボクも諦めないよ」
 アストラのコメントには姉妹を応援するようなものも少なくなかった。理屈はさておき、ばっちり命中補正されるから問題は無い。
 ファミリアロッドを掲げたリノは、空中に魔法円を展開させた。前衛に攻撃が長引くならば多人数ヒールが大活躍となるだろう。
「光よ……癒しの雨となれ」
「手厚い援護、痛み入るな」
 暖かい光が前衛のヴァルカン達の傷を癒していき、加護によって集中力を高めていく。
 その時、ラリマーがよろめいて傍に現れかけていた幻影が消失した。
 大きな隙を晒したラリマーに畳みかけるケルベロス達。さすがのラリマーも全力で抵抗してきた。シルの砲撃は相殺し、ヴァルカンとリノのグラビティを回避する。だが痛手は免れなかった。
「潮時かしら」
 手を抜いたように飛ばされた木の葉群だろうと、リディアが全力でヴァルカンを庇う。
「大丈夫、痛くない。こんなものは!」
 ボックスナイトはクリムの分までダメージを負うことで、彼の加護を守った。

●寂寞の宵闇
 二度ヒールされていたこともあり、さらなるケルベロス達の総攻撃はラリマーに耐えられてしまった。それでも、戦闘を継続すれば……勝利できるだろう。
 しかし、ラリマーが突如ぼやいてくる。
「良い命令だと思ったから来てみれば、この有様よ。興醒めだわ。ねぇ、退かせてくれるのかしら?」
 あまり命令にはこだわらないタイプらしい。ケルベロス達の返答を聞く前から後退していき、深追いしないことが通じたところで一旦立ち止まってきた。そして、シルに薄笑いを浮かべてくる。
「シル。また会いましょう?」
 異常なまでの執着心は健在だ。それだけ言い残すと、戦場から離脱していった。
 ヴァルカンがラリマーと彼女を手引きした存在の痕跡を求め、公園を見渡してみる。
「何かしらの手がかりをつかめれば上場だが」
「とりあえず、みんなで帰れるようだね」
 周辺の警戒を行っていたアストラは、さっさと安全をお知らせ。
 空を見上げれば、鮮やかな橙色がもうすぐ藍色に移り変わろうとしていた。
 リディアが緊張の糸を解いて、八重歯の目立つ笑みを浮かべてみる。熱血な部分が前面に出ていたから、ちょっとばかりクールダウンだ。
「襲撃事件、これで終わってくれる……かな?」
「みんな、ありがとう」
「また来たら……まぁ、泣いちゃう人がいるからね。その時も守り切るわよ!」
 一人一人に礼を述べているシルに、ジェミは超自信たっぷりに言い切った。
 セレスティンがシルと向かい合って堪らず彼女を抱き締める。
「とても心配したのよ」
「……うんっ」
 居場所が皆目見当もつかない母親の分を合わせると、長い抱擁になりそうだ。
 心を痛めた姉妹を、クリムは暖かく見守った。ふと顔を上げたシルと目が合って、今度こそ分るように微笑む。静かに頷いて、声はかけないでおいた。
 姉妹が再会の喜びを存分に分かち終えてから、リノが特製医療キットを取り出す。
「ホントに無事でよかった」
 手当てを受け始めた、シルの目から雫が流れた。
(「あれ?」)
 薬が染みたのか、あるいは無意識に何かを感じたのか。
 奇妙な宿縁は……まだ繋がっている。

作者:森高兼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:失敗…
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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